何も知らない鳴坂和人くん(22) 作:スティック/糊
私立エテルナ女子学院文化祭文化祭2日目
1日目は在校生のみで行うが、2日目は生徒の父兄や友人等の招待客も訪れる。
私立エテルナ女子学院は小中高一貫のお嬢様学校なため警備の手はとても厚い。
「マーちゃん、すごくやる気だね」
「まぁね!」
帆坂朋は友人の真登香がいつになくやる気であることに疑問を覚えた。
普段はクールな小動物、女子生徒からも密かに人気を博している彼女が目に見えてやる気を滾らせている光景は非常に珍しく映った。
「あ、お兄さんが来るの?」
「んー、兄さんは微妙。時間が出来たら来てくれるって言うけど」
お母さんは少し顔を出してくれるって、と彼女は続けた。
…?
超絶ブラコン娘の真登香が兄以外の要素でこんなにも張り切ることがあるだろうか。
少なくとも校内の出店関係を調べ上げ完璧なエスコートコースを立ち挙げ、自身の店の当番交渉などの労力を起こすような存在が思いつかなかった。
「……もしかして彼氏でもできた?」
「できてないよ」
そんな出会いも無し、と続けた。
真登香は身内認定したらゲロ甘になるタイプの子だ。
少なくとも彼女に身内認定をされていることは確かだ。
「あ、来たみたい。ちょっと迎えに行ってくるね!」
ピコンと携帯のデフォルト通知音が鳴ると真登香は神速でそれを取り出し、内容を確認したかと思えばコレである。
後で紹介する、と校門の方へ向かう真登香の背に取り残されるのみであった。
「あ、まさか…?」
そう言えば以前義姉になるかもと言っていたAPP18の女性が来ている可能性が存在した。
既に外堀の真登香、陥落してたかぁ…。
朋はこの事態を深澄と明日奈にどう伝えるか頭を悩ませた。
外堀どころか本丸まで落ちていることを知らない朋は勝ち目完全につぶれる一歩手前じゃん?と呑気に考えた。
〇
門河の運転で私立エテルナ女子学院からほんの少し離れた送迎場所に降りた紗音は、必要だったらまた連絡する、と門河を帰した。
門河の娘、来夏が荷物持ちでもと入り口までついて来ようとしたが、真登香がこちらに来るというので断った。
紗音の母校……一度足を踏み入れたかどうか位のものだがその学校よりはやや劣るもののかなり大きな学校だ。
門に向かえば真登香に会えるだろうか。
そう思いながらゆっくりと足を進める。
作成してもらった義足の調子にも問題はなさそうだ。
それにしても、こう煩わしい視線は久しぶりだ。
基本は根っからの引きこもりの要因の一つに上げられていたのも確かだろう。
人よりも容姿が優れていることは理解している。
身体能力が劣っていることも。
それが嘗ての紗音にとっては大きな悩みの一つであった訳だが、今はさほど気にはしない。
それでも鬱陶しいものは鬱陶しいに違いない。
それでも、少しの好奇心が勝るから大きく気にせず歩みを進める。
義妹のクラスの出し物が和風メイド喫茶とか行くしかないやん。
学校周辺も警備の手が加わっているからか不用意にカメラを向けてくるような人が居ないのが救いだろうか。
まぁ、尤も撮られたところで写真がデータ的にずれる幾何学的なデザインを含めた服と眼鏡のお陰でそこら辺の心配は薄いのだが。
「あ、居たー!」
校門と送迎場の中間くらいで真登香が小走りでやって来た。
「ふふ、可愛いね」
「そうですか?」
紗音の身長は義足を用いた可変式とは言え、自身が一番見栄えするバランスと義足の動かしやすさを検討した結果である和人の身長-11.5㎝を維持している。紗音よりもさらに頭一つは小さい真登香と目を合わせると、自然と彼女の上目使いを浴びることになる。
大正ロマンを思わせる和服にエプロンと純和風喫茶と言った風貌だ。
ブーツまでしっかりしているのか。
ふわっと少しパーマ気味の髪質もあってか、何というか今すぐに猫耳カチューシャを被せたい。
紗音はこの時点で目的の8割は達成したようなものだ、と髪型を崩さないように優しく撫でると真登香の顔がふにゃっと柔らかく笑う。
……この兄妹の笑みはどうしてこうもヒトを誑し込むのだろうか。
「そろそろストップしてくださいね」
「ごめんね。受け付けは正門でよかったかな」
「周囲の目が気になっただけですので、別に嫌とかそう言うんじゃないので」
そう言われると先ほどまで紗音に向かっていた視線が少し質の違うキマシタワーな雰囲気を醸し出していることに気が付いた。
少し逃げるように速足で真登香と手を繋ぎながら、彼女に促されるまま校門に置かれた受付を済ませる。
鳴坂紗音、生徒との関係に義姉と書くのが妙にくすぐったい。
けれども妻になったんだなと実感が湧いた。
▽
「こちら私の親友の深澄さん」
「は、ははじめまして、兎沢深澄です」
「こちら私の義姉の紗音さん」
「初めまして。鳴坂紗音です」
深澄は困惑した。
突然APP18を紹介されたからである。
いや、嘘だ。
ぎし、義姉と申したかこの小動物!?
すんごい美人。
「あ、先月末にシャンフロで素材集め手伝ってくれたのも義姉さんだよ」
「その節は大変お世話になりました」
え、あ、アレか?
うちのクランの鍛冶師古匠化計画のために去栄の残骸遺道で遺機装探してる時に手伝ってくれた人ってこと?
あのプレイスキルゲロ高でオーバドレス・ゴーレムを文字通り秒殺したあの…?
…よかったね明日奈。
確実にお前クラスのプレイヤースキルもってるプレイヤーだぞ。
「また機会があれば手伝うね」
「は、はい」
……清楚の擬人化か?
と言うかあの美人落としたのかすごいなKRT。
深澄は突然ぶつけられた衝撃に少しフリーズ。
たまたまその光景を見たらしいクラスメートにアレは一体どこのどなたと問い詰められるまで、その間で固まった。
▽
「これがAPP18…」
「おーい、朋さーん?」
真登香の友人筆頭その2。
と言うか学校関係ではこの二人位としか休日遊ぶような交友関係築いていない。
先ほどの深澄はある程度お嬢様学校なりの気品を食らいなれていたのであの程度で済んでいたが、朋にはさらに効いていた。
「久々にこのリアクションされた」
「私も初対面で同じようなリアクションしてしまったわけなんですが」
「美人な姉は嫌?」
「いえ、最高です」
「なら良し」
ナチュラルに顔をモチモチされている真登香の様子を見て、これ完全に気を許しているやつだ、と直感した。
「あ、こちら私の親友の朋さん」
「帆坂朋です」
「こちら私の義姉の紗音さん」
「鳴坂紗音です」
……あね?
義姉か!!?
目の前のえげつない美人さん、さらっと鳴坂名乗っている!?
「……マーちゃん。先月は義姉になるかもしれない超美人と会っちゃったくらいのリアクションじゃなかった?」
「あ、今は正式な義姉さんだよ」
「本当に数日前先週入籍したの」
「ご結婚おめでとうございます」
「ふふ、ありがとう」
本丸落ちとるやんけぇ。
戦以前に戦場にたどり着けていなかったかぁ…。
……うちの旅館の優待券だしといた方がいい?
そっかー、そんなリアクションだったんだね、とまた真登香はモチモチされていた。
美人と美少女の図は絵になるなぁ…。
朋はすれ違う明日奈を見守る会に一本の通知を入れるべきか少しためらったが、深澄は既に紹介済と聞いたので彼女が動くまで放置でヨシ、と放置することにした。
ひどい空気読みがあったものである。
〇
「ここと、ここと、ここ。おすすめ」
紗音は義妹の給仕を楽しみ、「当番だから抜け出せないぃ」と残念がる真登香に見送られながらおすすめされたところを数か所回って帰ることにした。
さっきの栗毛の子どっかで見たことある気がするなぁ。
校内を巡り真登香におすすめされたお店にたどり着くと、前のお会計をしていた女性がチケット制の売店券を取り出した際にハンカチを落としたことを気が付いていない様子だった。
昔ならこんな善性のある行動を取ることはなかっただろう。
そう思いながらハンカチを拾い上げ、声をかけた。
「すみません。ハンカチを落とされましt――」
声をかけると、平均より少し小柄な女性。
おそらく外見年齢よりも歳は上と言った容姿の女性がこちらを振り返った。
「あら、すみません。ありがとうございます…?私の顔に何か?」
と言うか確実にそうであろうと言った風貌の女性だ。
「鳴坂和水さんで御間違いないでしょうか」
「え、ええ。どこかでお会いしたかしら…?」
紗音の愛する男性と、義妹の要素が其処かしこから感じられたためまじまじと見てしまった。
「ご挨拶が遅れてすみません、和人君の妻になりました。鳴坂紗音です。初めまして、お義母様」
まだ名前しか知らなかった女性、義母との遭遇であった。
彼女は目を点にして、再度ハンカチを落とした。
驚いたときの表情がとてもそっくりだと思わず笑ってしまった。
〇
和人は土曜出勤するまでにあわただしい仕事の中、「新婚さんは休んでください」と半日仕事で追い返されていた。
……夕方くらいまでは仕事するつもりだったんだがなぁ。
急に時間が出来たので一度家に帰り、身支度を整えて妹の文化祭をチラ見しに行くことにした。
敷地内撮影禁止でなければ妹の文化祭を楽しんでる姿の一枚や二枚撮ったものを。
逆に言えばセキュリティしっかりしてて安心とも言える。
旦那様は本来休日ですから、と門河さんに運転を譲っては貰えずに彼の運転する車で妹の学校へ向かった。
「なんだこの光景」
「あ、兄さん来たんだやっほー」
調光レンズの眼鏡をかけたまま真登香のクラスを探し、ちらりと覗くと深澄さんに真登香は出ていると言われたので、ふらりと何か胃に入れようとクレープを買って休憩スペースに向かうと不思議な光景を目撃した。
母、妹、妻の並ぶ4人席。
すっごいあわあわとしている母と、にこやかな妻。
それを愉快そうに見ている妹。
そして謎の空気感からか、その周囲は少し開いていた。
「あー、母さん久しぶり。こちら妻の紗音」
「え、えええ。さっき聞いたわよ」
母は完全に動揺しきっていた。
……うん、実家挨拶行くときは一週間前に連絡くれって言ってたもんな。
「主犯はコイツ」
「偶然なら仕方ないよネ」
「確信犯じゃねぇか」
そこは実家でのあいさつまで待ってくれよ。
「紗音、こちらがうちの母」
「顔を見てすぐわかっちゃったよ」
そう言えば、母の顔が映ったもん見せてなかったな。
……もしかしたら俺のアルバムの中にあったかもしれねぇけども。
「どこら辺でわかったんだ?」
「目元とか、驚いた顔がスッゴイそっくり」
「どんな挨拶かましたんだ己は」
驚いたって、お前も愉快犯か。
和人がツッコミを入れるとその光景を見て母は気が緩んだらしい。
「ちゃんと人を見てる子で安心したわ」
「……その人たらしスマイルはお義母様由来でしたか」
「いえ、それはうちの旦那由来」
「え?」
人たらしスマイルってなんやねんと鳴坂兄妹は首をかしげるが二人はそれで通じ合ったらしい。
……なんか拗れることなさそうで安心したが、心臓に悪い事はやめなさいと真登香には我が家のVR機器半月使用禁止を下すことにした。
母からも3日ゲーム禁止の判決が下った。
うん、以心伝心。
そんな顔してもダメです。
▽
「さっきの人、ミト知り合い?」
「あ、うん。うちのクラスの鳴坂さんのお兄さん」
深澄は冷や汗だらっだら。
「そっか、父兄とか来るもんね」
「そうだな。後アレがKRTだ」
言った!?
アルゴさらっと言った!?
深澄は朋を思わず2度見した。
「けーあーるてぃー?」
「……キリト」
「えぇ?!」
突然大きな声を上げた明日奈に周囲の視線が集まるが、二人が何でもないですと流した。
「……ちょっと待って。え、あれキリトくん?え?サングラス似合う良い感じの男性だった?」
突然の情報に明日奈は困惑を極めた。
「と言うか、え?二人とも、知ってたの?」
「知ったのは最近だけどナ」
「説明するに説明できなかったというか」
「ど、どどどどいうい?」
「バグってるバグってる」
そしてさらっと二人が自分よりも早く遭遇していた事実を認識した。
「さっきミトが言ったけど、彼、クラスメイトの鳴坂さんのお兄さん」
「……?」
「リーファとキリトの血縁関係は?」
「いとk―――そういうこと!?」
「はい、声がデカい。ちょっと明日奈暴走してるから離脱しますねー」
あ、はーいとクラスメイトの返事を確認し2人は混乱する明日奈をドナドナ。
「えー、ここからが重大です」
「これ以上に?」
「明日奈はキリト妹こと鳴坂さんに危険人物認定を受けてます」
「え?」
「リーファに壁ドンした瞬間を目撃されてたみたいだぞ」
「……え?」
「後、私は中学時代から彼女と交友関係が有って、そこに詫び入れることなく割り込んできた明日奈を大変敵視しています」
「…え!?」
「少なくともリアルで遭遇する可能性が非常に低いキリトルートは彼女の好感度ないと開く可能性は限りなくゼロだな」
「み゛」
「で、でもまだここから挽回とか」
「数日前結婚されたそうだぞ」
「……?」
「あ、脳の回転停まった」
「ちなみに結婚相手はマーちゃんと大変仲良さそうにしていたあの美人さん」
「あとすごくシャンフロ上手い」
「みゃ゛」
「……この後やけ食いと反省会、付き合ってあげるから」
「ん゛」
・ゲームセット反省会(一部抜粋)
「……早い段階で教えてもらう事とかって」
「暴走しなかった?」
「したと、おもう」
友達を守るのは確かに優先すべきことだ。
明日奈はその後も語られる選択の失敗を客観的に説明され、反省。
失恋だ、とやけ食いした。
寝て起きると、彼への執着は嘘のように薄くなっていたような気がした。
体重は――増えた。