ブルアカ監禁SS 作:名無し
「あ、先生、目が覚めましたか?」
知らない天井、そしていつも寝ているソファとは違う、ふかふかのベッド
甘くて落ち着く匂い、光の差してくる方向
今日の目覚めはいつもと何もかもが違う
“ここは…?”
「救護騎士団の部活棟にある部屋です、入院が必要な方が入られることもあります」
“……セリナ?”
「はい、先生のセリナです!」
にこやかに、そして嬉しそうに笑う彼女は、いつもの白い制服とは違う、ピンクのナース服姿…
つまり、察するに…
“もしかして、私は…倒れちゃったの?”
空腹のせいか、それとも睡眠不足か、理由を探せばキリはない、だけども激務に追われ、疲弊していたことだけは覚えている
「…とりあえず、お食事をどうぞ」
ベッドの上のテーブルに盆が載せられる、お椀にはおかゆ、小鉢にはおひたし、もう一つの皿にはほぐした鮭の身があった
「そこまで胃が弱っている様子はなかったので、あ、でも顔色や脈拍などから鉄分が足りていない様です」
なるほどと納得し、スプーンを使い粥を口に運ぶ
“あ…おいしい、優しい味…”
塩気はあるが、甘みを感じる優しい味わい、そこに卵の風味が際立って、たまらなく美味しい
数口食べてからおひたしを食べて見れば、これまた美味い、鮭をつまめばこれも塩気がいい
いつの間にかあるもの全てを粥に混ぜ込んで一息に食べてしまった
「あまり急いで食べると体に悪いですよ…?」
“ごめんごめん、あんまりにも美味しかったから…ところで、私はどのくらい眠ってたの?”
「…ほんの半日ほどですよ」
“そんなに!?でもトリニティまで搬送されてるのも考えるとそうか…仕事も終わってないし、急いで戻らなきゃ”
「帰れませんよ」
“え?”
「先生はここから出られませんから…絶対に返しません、あんな場所になんて…」
セリナの言葉を理解できず固まっていると扉が開く
「失礼します…お目覚めでしたか、先生、予定通りですね」
“み、ミネ!助けて!セリナがなんだか変で…あれ…今、予定通りって言った?”
「はい、先生には睡眠薬を服用していただきました、安全にトリニティに護送するために」
“な、なんでそんなことを!?”
「先生の安全のためです」
“わ、私の為…?”
「先生は日々業務に明け暮れ、その身体には限界が来ています、食事もろくに摂らないせいで当然栄養も不足しています。
睡眠が足りないせいで疲労は癒えませんし、心は荒み、病んでいきます…
先生に飲ませた薬品は1〜2時間の睡眠を促す効果しかありませんが、やはり、日々の不眠が祟り、半日も目を覚まさなかったのがいい証拠です」
“で、でも、それは生徒のみんなのためで…”
「セリナ」
「はい、少し大人しくしていてくださいね」
ベッドから出ようとしたところを押し倒され、寝かされる
「先生、私にだってお休みの日くらいあります、でも先生にはありませんよね…?」
「たまには有給休暇を消化するくらいのつもりで、少しここでお休みになってください、連邦生徒会にはヨハネ分派の名義で書状を認めさせて頂きました」
“え、えっと…でも…”
「もしこれ以上抵抗するのであれば、より強度の高い救護を実行しますが!大人しくされますか!?」
“……は、はい…”
「先生、何かあればいつでも呼んでください、私がいつでも先生のお世話にきますから」
“……これは…とんでもないことになってしまったぞ…”
救護騎士団に入院して1日が経った、しかし相変わらず自由はない
自分の体の為…と言われても、うまく飲み込めず、わなわなとした感覚に襲われてしまう
仕事をせずに居る時間がこうも苦痛だとは…特に苦痛だったのは夜、この部屋の消灯時間は22時、そして起床時間は7時
私が眠っているのはせいぜい3〜4時間が限度、身体が自然と目覚めてしまう…でもこの部屋には何もない
「うーん…あの時間がくると思うと気が狂いそうだ…」
コンコン、とノックの音ともに扉が開く
「先生、お昼ご飯を持ってきましたよ」
ありがとう、と返して唯一の娯楽に目を向ける
“あれ、ご飯が…”
「はい、お粥は卒業です、これからは通常のメニューを食べられますよ!」
“やったぁ!”
年甲斐もなくはしゃいでしまう、ハンバーグにポテトサラダ、お味噌汁にお漬物、そして白米
唯一の娯楽がグレードアップするのはこの上なく有難い、早速とハンバーグを箸で切り分け、一切れ口に運ぶ
“お、おいしい…!”
病院食である以上、薄味を予想していたのに…想像以上のパンチのある、ハッキリした味わいが嬉しい
ポテトサラダもところどころ形の残っていて食感が楽しい…そして何よりもシンプルな白米が嬉しい
噛むほどに甘味が溶け出す白米、ハンバーグ、お漬物、お味噌汁、どれを食べても止まらない
気づけば数分でペロリと食べてしまったらしく、セリナは困った様に笑って
「あんまり美味しそうに食べてくださるので言い辛かったのですが…もう少しよく噛んで食べてくださいね」
まるで子供の様なことを注意されてしまい、思わず恥ずかしくなる
それから、と、セリナが紙の束をこちらに渡し、ペンを握らせてくる
「入院に関する同意書です、これにサインをお願いします。
あ、正式に承認していただけた後でしたら、例えば本などの欲しい物をある程度持ってくることもできますので」
これは嬉しい誤算だった、本?それ以外も?横になって時間を潰すこともできずに過ごすのかと思ったのに…期待で筆が走る
「はい、ありがとうございます…では、本のリストが入ったタブレットを持ってくるので少しお待ちください」
トリニティの蔵書数はキヴォトスでも有数だ、古書や大衆小説、参考書、なんでも揃うだろう…
“あ、しまった、何も見ずにサインしちゃったな……まあ、セリナだし…大丈夫だといいけど”
「はい、こちらタブレットです、購買のメニューも入ってますけど、刃物と食べ物は私が直接確認します」
“あはは、厳しいな…”
とはいえ、この生活に差した一筋の光、なんとも嬉しいものだ
このタブレットは動画サイトや検索エンジンもな普通に動く
“あれ、SNSアプリまである”
「流石に、何日も誰とも連絡が取れないのは気を病んでしまうかと思いまして、直接会うことはできませんが…」
ソーシャルネットワークから閉め出されて数日、ようやく戻れることに安心感を覚えつつ…
「あ、でもあまり投稿はしないでくださいね」
という釘を刺されてしまったが、SNSを眺める事にした
嬉しい事に、私の安否を気にしてくれる生徒は意外と多く、健康状態と、保護している状況等を発信した救護騎士団のアカウントには大量の問い合わせが殺到しているらしい
“みんな心配してくれてるんだね…早く治さないと”
つい、みんなを安心させようと投稿用の文章入力フォームを開く、そこには…
[先生、事前の説明を忘れましたか?]という下書きが表示される、やはりセリナには敵わないと思いつつも文を読み込むと
[ルールを守ってくれるのなら、少しだけは許可します、絶対に「出たい」「助けて」などの言葉を使わないでください
救護騎士団の部活塔を襲撃する生徒が出てしまいますので!]
という注意文に目が止まる、まさかそんな訳はないだろう、そう思いつつも、実行に移しそうな生徒が数名脳裏によぎる
“……今は、やめておこうかな…”
次に見たのは購買のサイトだった、エンジェル24の様な普通のコンビニのラインナップ、だけど食べ物に関してはセリナの検閲がある
“…よし、次は…本かな”
しばらくして、セリナが頼んだ本を持ってくる
「消灯時間になったら読んではいけませんからね」
仕方ないので頷き、のんびりと読書を楽しんだ
……いつの間にか夜になっており、扉がノックと共に開く
「こんばんはー!先生、お元気ですか!?」
“ハナエ!晩御飯はハナエの担当?”
「はい、どうぞ!」
ドン、とテーブルに置かれたのは…
“わ、わあ…美味しそうだね”
丼にこれでもかと載せられた刻みネギ…これは、一体…
“…?あ、この匂い、うどん?”
「はい!先生に元気になって欲しいので、お腹に優しくて栄養たっぷりのネギうどんを用意しました!」
“ありがとう!”
早速、ネギの底にあるうどんをすくってよく混ぜて食べる、口に含むたびに刺激的な味が広がり、やや苦みもキツい…
「どうですか…?」
“美味しいよ!”
だがそれは生徒の作ってくれた料理の味が落ちる理由にはならない
柔らかく茹でられたうどんを全てすすったあと、ややしょっぱい出汁にネギを絡めながら完食した
“ごちそうさま、ありがとう、ハナエ”
「えへへ」
嬉しそうにおぼんを片付けるハナエを見送る
少しすると満腹感からか眠気に襲われ、そのまま眠りに落ちてしまった
…そして、数時間して目が覚める、まだ消灯時刻には余裕がある
“うーん…もう眠れそうもないなぁ…”
本を開き、読み始めて少ししたあたりでフッと部屋の電気が消えてしまう…なんとも間の悪い話だ
“…あ、そうだ”
タブレットの電源を入れてその明かりで本を読む、SNSアカウントや動画サイトは履歴などを検閲されそうな気がしたので触らない事にした
“…うーん…あっ”
タブレットの電源が自動で消えて、もう一度明かりをつける
充電が心許ないので薄暗い中でかくれて本を読むのは修学旅行の日の夜の様だ
夢中で読んでいた本をパッと取り上げられる
「先生!なんで起きてるんですか!」
「消灯時間は本を読んではダメだと言いましたよね?」
“ハナエに、セリナ…!?ご、ごめん、晩ごはんのあと少し寝ちゃったから…どうしても眠れなくて…”
「それでも先生は十分な睡眠が足りてないんですから、ちゃんと寝ていただかないと…」
「あ、それなら良い方法がありますよ!」
“ハナエ!そのバットはやめよう!ね!私大人しく寝るから!”
「…もしかして先生、昨日も起きてたんですか?」
“う、うん…”
「では、睡眠薬を処方します、なのでちゃんと眠ってくださいね」
“わ、わかった…”
渡された薬のおかげで次の日の朝までぐっすりだった
…次の日の朝、ミネが朝食を持ってきた
「先生、不自由を強いてしまい申し訳ありません」
“大丈夫、気にしないで、それよりもありがとう”
何処か暗い表情のまま、ミネが食事を並べる
卵焼きにウインナー、お味噌汁、それからおにぎり、手を合わせて早速いただく
“…!?…この卵焼き…すっごく美味しいよ!しっかり甘くて私好み!”
「そ、そうですか…」
“うん!おにぎりやウインナーに塩気があるからより甘みを感じてすごく美味しいよ!お味噌汁も落ち着く…”
本音を言えば洋食が食べたかったが、これはこれで…
「と、ところで先生、その、食事が終わりましたら服を脱いでください」
“え?なんで!?”
「…先生はこの部屋から出られない都合上、お風呂に入れていませんので、衛生のために体を拭きます」
“あ、それなら自分でやる──”
「ダメです!」“ダメかぁ…”
「自分でやろうとしてもどこかに拭き残しがあったりと不衛生です!」
“は、ほんとにダメ…?”
「恥ずかしいのは理解できますが、我慢してください」
「それでは先生、お背中、失礼します」
優しく、しかし力強さを感じられる力加減で背中を拭き上げられる、これが思いの外気持ち良い
丁寧に、しかし手早く背中や腕を拭きあげられる
“ミネ、前くらいは…”
「静かにしていてください」
“はい…”
…こうして前を拭かれると、より恥ずかしさが増してくる
時折こちらの様子を伺おうとするミネと目が会うたび、つい顔を逸らしてしまう
えも言われぬ感覚に襲われつつ、目を閉じて全てを流れに任せようとしたが…
“ま、待って!ズボンはやめて!?”
「…そ、そうですね、ここからは御自分でお願いします」
“…ちなみになんだけど、普通にシャワーを浴びれる様になったりは…”
「大人しくしていてくれるのでしたら、数日後には…」
“そ、そっか…そんなにかかるんだ…”
気が遠くなりそうだが、我慢すれば少しずつ自由が手に入るという事でもある
しばらくすれば、きっと退院できるだろう…
「それでは、失礼します」
ミネを見送り、タブレットで取り上げられた本を再度送ってもらえる様に注文する
“早く帰れないかなぁ”
なんやかんやあって、入院からもう4日が経った、セリナやハナエ、ミネに世話を焼かれ続けてもう4日
最初は退屈だったが、今となってはやれる事も増えて自由も多少はある、だが…
“仕事、大丈夫かなぁ…”
どうしても気になるのはそこだ、うーん…元々シャーレに泊まり込みで働いていた時からギリギリだったのだ
これで退院して戻ると…想像するだけで胃が痛くなる
ああ、早く戻らなければどんどん仕事が溜まってしまう…
“セリナに頼んでみようかなぁ…”
ノックと共にドアが開き、セリナが顔を出す
「呼びましたか?」
“……”
もはや驚きの声も出なかったが、ちょうどいい機会だとセリナに悩みを打ち明ける
“私自身、もう元気になったし早く帰りたいんだ、どうかな?そろそろ退院しても…”
「退院?何言ってるんですか?」
しまった、まだ早かったか…と、思ったのも束の間、何かの違和感を感じる
「先生は入院してるわけじゃないんですよ?」
“え?”
「先生、私たちは先生を閉じ込めてるんです、確かに多少の自由は与えています、でもそれは、しつけです」
“し、しつけ…!?”
「先生の帰る家はここで、何処に行っても、何をしても、必ずここに帰ってこないといけないんです」
“そ、そんなの無理だよ!?”
「……」
“せ、セリナ…?なんで黙るの!?”
「どうやらまだしつけが足りなかったようですね、先生、タブレットを返してください」
“えっ!?なんで…”
「しつけ、です」
“…結局タブレットも何もかも取り上げられてしまったな…うう…退屈はつらいよ…”
セリナはしつけだと言ったけど、こんなのただの監禁じゃないか、なんとかして止められないか、こんな間違った事を…
ガチャリと音を立ててドアが開く
「先生!お昼ご飯ですよ!」
“ハナエ…あ、カレー?”
「はい!…ご飯を炊くのを失敗しちゃったので、カレーうどんですけど…」
“わあ、嬉しいよ!”
…ご飯の質は落ちてない、これはしつけの一環なんだろう、奪われる苦しみをタブレットで教えられた、となると…
“次は食事、かな…”
「どうかしましたか?」
“なんでもないよ”
食事は美味しい、だけど…味よりも、不安が頭に残る…仕事のことも頭から離れないし…
“ごちそうさまでした、ありがとうハナエ、おいしかったよ”
「良かったです!それではまた!」
“…ハナエで良かった…なんて、思っちゃいけないけど”
セリナだったらどうだっただろうか?ミネはこの事を知ってるのだろうか…?不安が頭を渦の様に回っている
“……はぁ…”
ハナエは、この事を知っているのだろうか…?いや、知らないはずだろう…どうにかして、ここから出ないと…
でも、自力で出るには…窓の外を眺める、地面を見れば、歩いている生徒は点のようなサイズ
この高さから落ちて助かるのはまず無理だろう、そしてもし生き残れても…逃げられるはずがない
“どうしようかなぁ…いや、ここは大人しく従ってみようかな…”
「先生?晩御飯を持ってきましたよ」
“セリナ…”
セリナが悲しそうな目をこちらに向ける、そうか、やはりセリナも決してこんな事を望んではないんだ
「ゆっくり食べてくださいね」
“ありがとう、中華か…久しぶりで嬉しいよ”
「…本当なら、先生には不自由させたくないので、せめて食事だけは…」
レバニラに餃子、それから中華スープと小さなチャーハン
お昼に続いて匂いの強いものだが、人に会う予定は…セリナたちを除けばないので気にせずいただく
シャキシャキしたもやしとニラ、そして柔らかいレバー…ニンニクの風味と甘辛い味付けが食欲を後押しする
餃子もいい、酢胡椒で食べたかったが、タレで食べるのも美味しいものだ
しっとりと、でもぱらりとほぐれるチャーハン、そしてあっさりとしたスープ…
“…すごくおいしいよ、ありがとう…”
「喜んでもらえて良かったです、頑張った甲斐がありました」
小さくガッツポーズするセリナの指にはいくつかの絆創膏があった
“ケガしたの?”
「あ、これは…その、実は…先生に酷いことをしてしまったので…私、どうしたらいいのかわからなくて…迷ってたら時間が…」
“…待たせない様に急いで作ってくれたんだね、ありがとう…でも、そんなの気にしなくていいんだよ”
「先生…わかりました、ありがとうございます」
セリナと話しながら、ゆっくり食事を楽しんだ
「…ところで、どれが一番美味しかったですか?」
“えっ?……ぎょ、餃子…かな?”
「そうですか!よかった…頑張って皮から作ったんですよ!」
“え、すごい!”
「次はもっと美味しいものを作りますね」
“うん、楽しみにしてるよ!”
「それじゃあこれ、今日の睡眠薬と…特別にジュースです、それではおやすみなさい、先生」
“おやすみ、セリナ”
……タブレットはもらえなかった…貰えたのは薬と、グレープフルーツジュース…
“…ジュースは明日飲もうかな、今日はもう寝よう…”
「……寝てますね…あ…ジュースには、手をつけてない…?……残念です」
“…うーん…?…あ、朝か…”
備え付けの洗面台で顔を洗い、歯を磨き、ベッドに戻って食事を待つ
「おはようございます、先生」
“ミネ、おはよう”
心臓がうるさい、ミネは…どっちなんだろう?セリナを止めてくれるだろうか?
「今日の朝ごはんはその…気に入ってもらえるかわかりませんが…パンケーキです」
“わっ!すごいかわいい!”
中心に大きなパンケーキ、そして小さなパンケーキで耳と鼻、チョコとフルーツで目や口を表現したそれは、年柄もなくはしゃぎたくなる様な繊細な出来だった
そしてこの甘ったるいほどの香りがたまらない、ミネは静かにカップに紅茶を注いでくれるが、その時間が待ち遠しくなる
「では、どうぞ」
“いただきます!”
とは言ったものの、あまりにも可愛らしい、これにナイフとフォークを突き立てることがどれ程罪深いのかと思うと…
「…あの…食べていただけますか…?」
“いや…あんまりにも可愛いから勿体無くて…”
「そ、それは…ありがとうございます…」
でも、いつまでも眺めているわけにはいかない、意を決して耳にナイフを入れる
切り取った耳をゆっくりと口に運ぶ、その間も柔らかな甘い香りがなんとも堪らない、口にしてみれば…
“これ、にんじん?”
「はい、すりおろしたにんじんを混ぜ込んでみました、にんじんに含まれるβカロテンには免疫の向上や粘膜の修復などの効果があります、さらにカリウムという栄養素には…」
話を聞きながらパンケーキを口に含む、柔らかくて甘い香りが漂うパンケーキは舌の上では違う風味を出してくれる
おかげであんなに大きなパンケーキをあっという間に食べ切ることができた
“美味しかったよ、ミネ”
「それは良かったです、では、体を拭きましょうか」
“……うん”
これは何度やっても慣れない、もう片手いっぱいに繰り返したのに…あと1日、何事もなければシャワーになっていたのに
テキパキと背中を拭くミネの手が途中で止まる
…指でなぞられる感覚、意識したせいでその辺りが熱く感じてしまう…
「痛みはありますか?」
“ううん、もうすっかり無いよ”
キヴォトスに暮らす人たちにとって、ここまで深い銃創というのは珍しいという
そうでなければあれほどの銃撃を耐えられる身体はありえないのだから当然かもしれないが…
「……セリナのことを悪く思わないであげてください、私達は、みんな先生を心配しているだけなのです」
“…理解はしようとしてるつもりだよ”
現状の不満を口に出すことは、どうしてもできなかった、これ以上ミネもセリナも、悲しませたくはない
その後も丁寧に身体を拭いてからミネはさっさと部屋を出て行った
“……安心させてあげるべきなんだろうな”
私は2度、死にかけている…もしそれが原因でこんなことになったのなら、生徒を安心させるのも大人の義務だろう
“…なんて言えばわかってくれるだろう”
今の私はとにかく主張を押し通すことに躍起になっていた、でも、寄り添うことで解決するのなら…
窓の外の空を眺めて、グレープフルーツジュースを飲みながら、時間をかけて考えることにした
コンコンコン、ノックと共に開くドア
「先生、お昼ご飯をお待ちしました」
予想通りお昼はセリナらしい、見え隠れする黄色や赤色から今日はオムライスかと納得し、テーブルに並べられるのを待つ
“…その、セリナ”
「今は何も言わないでください」
…大人しく従い、スプーンでオムライスを口に運ぶ、ふんわりと柔らかい卵に包まれたチキンライス
そしてそれにかけられたケチャップ、ベーシックだけど美味しいオムライスだ
“このケチャップ、何かアレンジしてるの?”
「そうですね、少し煮詰めてみました、焦がしてはないと思いますけど…苦いですか?」
“ううん、そんな事ないよ、おいしい”
セリナは安心した様に笑みを浮かべる、美味しい…けど、なんだか不思議な味だった
“ごちそうさまでした”
すっかり空っぽになったお皿を返し、セリナの方を向く、どうにかして会話をするべきなのだ、わかりあうために…
そう思ったのに
「ごめんなさい、先生…」
唐突にセリナに頭を下げられる、少しして顔を上げるとその顔はもう泣きそうになっていた
“大丈夫!?なんで泣いてるの!?”
「私、先生に酷いことをしてますよね…わかってるんです、ごめんなさい、でも…こんなことしてるのに、先生に嫌われたくなくて…」
“…そんな事、ないよ…私はこんな事でセリナを嫌いになったりしないよ”
「え…?」
“私の事を案じて、こんなことをしてるんだよね、わかってるよ、心配をかけてごめんね”
「……はい」
セリナがタブレットを差し出す
「…退屈でしたよね、また、欲しいものがあれば持ってきますから」
“ありがとう、セリナ”
…どうやら本当に治療が必要なのはセリナの方なのだろう、今説得して例え出られたとしても、それは…セリナに取り返しのつかない傷ができる、そんな気がしてならない…
どうにかして、セリナを…セリナをなんとかしてあげないと
時間をかけてセリナのケアをしようと決めたはいいが、このままではなんともならないだろう
だから、とにかく今の環境を変えるには…とにかくセリナと交流を深めるしかないだろう
「先生、ご注文のトランプを持ってきましたよ」
“ありがとう、セリナ、せっかくだし一緒に遊んで行かない?”
「え?…確かに1人じゃ遊べないとは思いましたけど…」
少し困った様に考え込んだ後、セリナは笑顔で「わかりました」と答えてくれた
2人で神経衰弱やポーカーをして楽しんだ
「先生、晩御飯をお待ちしました」
“あれ?晩御飯もセリナなんだね”
「はい、ハナエちゃんに代わってもらいました、それでは晩ごはんです」
鯖の塩焼きをメインに据えた和定食が並ぶ
“うーん、ほんとに何を食べても美味しいなぁ”
毎食手製の食事が食べられるのは、シャーレにいた頃にはあり得ないことだった
これが幸せというものなのだろう
“ところでセリナ、最近悩んでることはない?”
「悩み、ですか」
“不安とか、そういうこと…無いのなら、良いんだけど”
「……そうですね、一つだけあります、聞いてもらえますか?」
“もちろん”
箸と茶碗を起き、セリナの方を向くと、いつのまにかセリナは鼻と鼻が触れる様な距離にいた
「先生が、私の前からいなくなってしまいそうなことです」
“……え?”
「先生は今、私の前から消えようとしています、私に寄り添い、近づくフリをして離れようとしている」
…なんだろう、この感覚は、頭の中を覗かれているのか?なんで、なにが…
「私を安心させて、私と離れても大丈夫だと思わせようとしている、ですよね?先生」
“い、いや…そんな…”
「隠さなくていいんですよ、それに…最初に言いましたよね?絶対に帰しませんから、あんな場所に……って」
“…セリナ…?”
…ここまで来て、ようやく私は、本当の意味で、セリナの言葉の意味を、その一端を知る事になったのだった
「先生が何もしなければ何もしませんからね」
そういって部屋を出て行くセリナに何も言えなかった…そして、私はある決断をすることを強いられた
“…抜け出さないと、このままじゃセリナをどうにかするなんて話じゃなくなる”
セリナの暴走を止めるために、何ができるのかを考える必要がある…でも、とりあえず…
“ここに居たら何もできない、誰かに相談するにも、タブレットで特定の個人に連絡はできない”
…仕方ない、セリナを宥めるならミネがいいか、ゲヘナだけどセナに頼るのもアリだろう
とにかく、一度セリナから距離を取るしか…
普段は出るなと強く言い付けられている扉に手をかける
“あれ……カギ、かかってな──”
手の重みでのぶが動き、開く…そして隙間からセリナと目が合った
“せっ…”
「ダメじゃないですか、先生…言いましたよね?何もしなければ何もしないって…悪い先生には、しつけです」
“ま、待って!”
そんな言葉が届くはずもなく、部屋に押し入ってきたセリナに押し倒される
「ベッドに戻ってください」
“待ってセリナ、話を──”
「戻りなさい」
冷たい声に体が強張る、冷や汗が全身から溢れるのがわかる
「それとも、鎮静剤を打たないといけないですか?先生、大人しくしないと…」
“わ、わかったよ、戻るから…”
…情けない、こんな女の子に対して…恐怖で逆らえないなんて
ベッドに腰掛け、チラリとセリナを見る
昼に見た泣きそうな顔をしていた、改めて思う、今のセリナはまともじゃない、このままではいけない
“セリナ、お願いだから話を聞いて欲しい、こんなのまともじゃないんだ、だから…”
バチン!…何かが弾ける様な音が響いた
…あれ、なんで私は自分の足元を見てるんだろう…頬が熱い、何が起きて…セリナは…?
「なんで、そんな事言うんですか…!先生は何も分かってません!私は先生のことをこんなに想っているのに!」
“…え…?…あ…”
ようやく自分が叩かれたことを理解する、遅れて痛みと熱が感じられる、かなり強い力で叩かれたらしい、声が出ない。
「こんな事したくなかったのに、先生を叩いたりなんて、したくなかったのに…!」
セリナは虚な目で涙を浮かべながらうわごとのように喋り、恨めしそうに自身の右手を睨む
そして、視線がこちらに向く…心臓が凍る様だった
「先生がそんなにわからない人だったのなら、私がちゃんとしつけないと…だって、先生が悪い、ですよね…?」
否定の言葉を発する前にベッドに押し倒される
ナース服のボタンがプチプチと音を立てて外れ、肌が徐々に顕になる
決して見ない様に、顔を晒し、強く目を閉じたのに…
「見てください……見て」
頭を掴まれ、持ち上げられ、瞼を指でこじ開けられる
“っ…”
…下腹部に、同じ痕があった
「…すごく大変だったんですよ、これをつけるのは…私達、先生と違って頑丈だったので…すごく大変でした」
“セリ…ナ……”
「でも、これでわかってくれますよね?私達、同じです…同じ痛みを知ってるんですよ、同じ苦しみを味わったんですよ」
セリナが顔を近づけ、額にキスをする
「先生…あなたは私が守りますから、だから、ずっと私と一緒にいてください…私だけの先生になってください」
“…そ、んなこと…”
「……やっぱりダメですか、なら、仕方ありませんね」
セリナが何処からか手錠を取り出し、片手を拘束される
「…しつけ、ですからね」
もう片方の手錠はベッドの支柱に固定されてしまい、とうとう行動まで制限されてしまった
これでは、どうやっても逃げる事が…
「先生」
目が合う、泣きそうに潤んでいるのに、何処までも深く、暗い目
「…私のことを愛してくれるのなら、解放してあげられますよ」
“こんなの、ダメだ──”
言い切る前にセリナの平手を受け、言葉が続かなかった
その後も抵抗できずに何度か暴力を受けた
少しして、セリナが出て行ったのを確認して…泣いた
救護騎士団に監禁されて、7日目
とうとう1週間が経過しようとしていた、私はいまだにベッドから動くことができない
…これが何を意味するのか、わかるだろうか?最後の砦はすでに陥落したのだ
ノックも無くセリナが入ってくる、ニコニコと笑っているが、私は泣きたい気分だ
差し出されるおまるを受け取ると、なんとかズボンを脱ぎ、用を足す
…初日はおまるすら与えられず、我慢の限界を受け入れるしかなかった、その時はあまりにも辛くて、泣いてしまった
「さあ、綺麗にしましょうね」
私が涙を浮かべているのに気づいているのに、セリナはニコニコとウェットシートで局部を拭いてくる
そしておまるを回収し、出たものを確認される
「今日も健康ですね、良かったです」
…心は健康ではないが、彼女にとっては重要では無いらしい
口に出したかったが、垂れ流しの苦痛に比べれば飲み込むほうがだいぶマシだ
私は、私には…もう何も残っていない、大人としての尊厳も、人としての権利も…
きっとこれにも慣れてしまう、そうなったら終わりだろうな…
“……ミネもハナエも、来なくなっちゃったな…”
助けを求められるのはあの2人だけなのに、このままでは部屋を出ることはおろか、手錠を外すことすらできない
「失礼します」
ノックと共にドアが開く
“み、ミネ!?よ、よかった!ミネ!助けて欲しいんだ!”
「……先生、セリナから言われているはずです」
“…え?”
「助けて、出たい、それらの言葉は迂闊には言わないように、と」
タブレットに表示された文が脳裏によぎり、全身の血の気が引いていく…
“ち、違っ…!こ、これは、その…!”
「…大丈夫です、罰を与えたりはしません、私もセリナのやり方に全てに納得しているわけではありませんから」
“……そう、なの…?”
「ですが、先生をここに閉じ込めること、それ自体には賛成しています」
“…理由を、聞かせてくれない…?”
「一つは先生の健康の為です、身体的な健康は、間違いなくシャーレにいた時よりも確実でしょう
心には目を瞑ればですが……でも、確実に蝕まれていくことも理解はしています」
“…出してはくれないんだよね”
「先生には救護が必要です、体が完治した暁には、私はセリナを説得しましょう」
“本当に!?”
「ええ、約束します」
“ありがとう…本当にありがとう…!”
(……人は希望が無くては、壊れてしまいますからね…)
ミネを見送り、少しすると急に不安になった、ミネはああ言ってくれたが、それが本当に可能なのか…と
…考えても仕方ないのに、なんだか不安になってしまう
どうすればいいんだろう、どうしたら出してくれるんだろう、私はここから出ることしか考えられない、ここに居ることが苦痛で仕方ない…
あと少しすればまたセリナが来る、排便の時間だからだ、そしてしばらくしたら食事をとる、そして眠る…何の自由はない、この苦痛に耐えるなんて…
ノックと共に扉が開く「先生!おトイレの時間ですよ!」
“は、ハナエ!?な、なんで…”
「セリナ先輩は晩御飯の用意をしてます!はい、おまるです!」
…これもしつけなのだろうか、セリナにみられることもかなりの苦痛なのに、まさかハナエに見られるなんて…ズボンを脱ぐのが躊躇われる、ハナエに急かされながら脱いでおまるに座るも…
「出ませんねー、うーん…じゃあこれを飲んでください!」
“ジュース…?”
「はい!どうぞ!」
“あ、ありがとう…”
数日前に飲んだのと同じ、グレープフルーツジュースだった、結構な量を飲んだが、少量しか出なかった
それでもハナエは満足したようで帰っていった
“…ふぁ……”
…意識が泥のようにぐちゃぐちゃになって…気づいたら私は眠っていた
セリナに監禁された
……体がだるい、目が開けられない
眠ったのに体がひどく重たく、起きたく無い
無気力というべきなのだろうか、何度も眠り、たまには起きて、それを繰り返している
…目を開き、状態を起こすと、やけに体からいい匂いがする
なんだろうこの感覚は…
“う……?”
体を起こす、頭痛が走る
あんなに重たく感じた体はどこか軽くも感じる
…ジャラジャラと手錠が音を立てる
“うう…なんだかもよおしちゃってつらいな、セリナはまだかな…”
(コンコン、ガチャッ)
“あ、せり…ミネ?”
「おはようございます、朝食を…」
“…そ、その…先に、トイレを…”
「…わかりました」
“あれ、ミネ…?…なんだか、様子が…うっ、うぅ…今は気にする余裕がないな、我慢してないと漏れそうだ”
少ししてミネが持ってきたおまるで用を済ませる
…ミネに見られるのは初めてだったが、恥じらう余裕すらなかった
“…ごめんね、嫌なもの見せて”
「いえ、この部活塔には自力での生活がままならない人も大勢いますから、その…慣れてはいます」
“そうなんだ…”
「……」
ミネがおまるの中をじっと見つめている、セリナ同様、排泄物から健康状態を見ているのだろう
まるでペットのような扱いだ…