ブルアカ監禁SS 作:名無し
ガチャリ、自宅の扉を開く
奥の部屋から物音がする
“やあ、ただいま”
「……おかえり」
こちらをやや鋭い目で睨む、彼女と会うのは2日ぶりだ、だから不機嫌なのだろう
“悪かったね、少しゲヘナに出張しなきゃいけなくて”
「…そう……」
“保存食は…ちゃんと食べてるね、よし…今日は外で買ってきたから、食べようか”
「……」
ミサキは小さく頷く
ビニール袋から出されたまだ暖かい弁当を受け取り、いそいそと食べ始める
「…あぐ……はぐ…」
“そんなに急いで食べなくても、逃げないよ”
“それとも…何か、ご飯を取り上げられるようなことをしたのかな?”
ビクッとミサキの身体が跳ね、食事の手が止まる、緊張した様子でこちらにゆっくりと視線を合わせてくる
「……してない」
“そっかそっか、じゃあ、調べてみようか、そうだなぁ…例えば、窓の鍵とか?”
「…待って…!」
“ダメだよミサキ?コレは何?”
窓の鍵を覆うカバーが壊れている、つまりこれは…
「先生…違う、コレは…!」
“ダメじゃないか、ミサキ…ご飯は没収だね”
「あ……」
“……食べかけなのにほんとにいいの?”
「うん、早く」
“ねえ、ミサキ、コレ楽しい?”
「いいから」
「……先生…その…ご飯、作ってみたよ」
“ありがとう”
ご飯、と言っても、ミサキにできることは限られている
ポット、レンジ、炊飯器、冷蔵庫、コレらの家電と、キッチンではないシンクにしか近づけない、安全のためだ
だからミサキが作るものはそれらを利用してつくられる
おにぎりと、レンジで火を通して破裂した魚、お湯で溶いただけの味噌汁
“すごくおいしいよ、ありがとう”
「良かった…」
安心したようにミサキがため息をつく
「せ、先生…あのさ…明日は…」
“明日はヴァルキューレに行くんだ”
「……そっ…か…」
“午後には帰るから、一緒に映画を観ようか”
「…うん、わかった…」
“だから、ちゃんとルールを守って良い子にしてるんだよ”
「わかってるから…」
ミサキが何を考えているのか、こちらからはうまく読み取れない
だけど、これはミサキの為だと思う
「……先生、私がここに来た時のこと、覚えてる?」
“覚えてるよ”
忘れもしない、いつだったかのミサキをホテルに運んだ日のような雨の日だった
私はその日、たまたま仕事を終わらせ、帰る余裕ができたので、プライベートな空間に帰ろうと思い自宅へと帰った
その途中…公園のベンチに座り込んでいるミサキを見つけた
“ミサキ!何してるの!?”
「……先生、なんで?」
“帰り道なんだよ、それよりも…ほら、傘”
「…要らない」
傘を持った手を押し除けられる、虚な目のミサキと目が合った
“どうして?何か辛いことでもあった?”
「……辛いこと…?……生きるのなんて…ずっと辛いものでしょ…」
“……”
私は、その時の私には、ミサキを救う手段が思いつかなかった
だから、私は…
“ミサキ、来て”
「……」
“命令なら、従うんでしょ?”
「……わかった」
嫌々とベンチから立ち上がったミサキの手を引き、自宅へと連れ帰った
冷えきったミサキを風呂場に押し込み、暖かい食事を用意…したかったが、フードデリバリーを頼んだ
着替えとタオルを用意して、部屋を片付けて一つ開け、来客用の寝具を並べた
「……先生、服、ありがとう」
“…何が合ったかは聞かないよ、とりあえず、奥の部屋に行こうか”
「……」
ミサキが何か、不愉快なものを見る目をした気がした、重い足取りで部屋に入り、「うわ…」と声を漏らした
“…ミサキ、これはミサキの望んでないことだと思うけど”
「…なんでもいい、私は命令なら…」
“うん、とりあえずしばらくミサキはこの部屋に住んで”
「……は…?」
“とりあえず、食料の位置はそこの棚と、後向こうに備蓄のペットボトルがあって…”
「待って、先生…何?どういう意味?」
“…えっと…そうだな…こういうの、私には向いてないかもしれないけど”
まあ、強制力を振りかざす行為なのだから、きっとコレも間違いではないだろう
“私はこの部屋にミサキを監禁する”
「……」
“だから、ここに居て、雨が止むまででも良いから”
「…首輪もリードも無しに監禁?笑える冗談だね」
そういうミサキの目は一切笑っていない
「…ここ、先生の家なんでしょ?お尋ね者を匿うなんて正気?」
“じゃないかもね、だって、私は今生徒を監禁してるんだから”
「……ほんとにその設定でやるの?」
“せ、設定とか言わないで!?変なプレイじゃないから!!”
「…ふーん…」
(ピンポーン)
「……私と暮らすとめんどくさいよ、今もそのドアの向こうに追ってがいるかもしれない」
“大丈夫、慣れてるからね”
そう言ってミサキを部屋に残して置き配のデリバリーを取り、部屋に戻る
“ね?”
不満気なミサキとお弁当を食べた
“あの時はほんとに驚いたなぁ……”
“…その、ちなみにもし不満があれば…”
「うるさいよ」
“はい…”
ミサキを自宅に招いて数日した頃、シャーレでの業務を終わらせて帰る道中、たまたま屋台の焼き鳥屋さんが目についた
お土産に買って帰ろうか、そう思ったが既に何人かの客が居る、多少待つことになりそうだった
“(…美味しそうだけど…ミサキも待ってるだろうし…でもたまにはおいしいものを…)”
少し悩みはしたものの、結局買わずにそのまま帰る、鍵を開けて玄関に入ると、まず水の音に気がついた
“(シャワーの音…?ミサキ…?)”
覗くつもりは無いが、洗面所が脱衣所を兼ねている為、どうしてもお風呂場の前まで行くことになる
“(…電気が、ついてない…)”
“ミサキ、いるの?”
返事はない、シャワーをうっかり出しっぱなしにしてしまったのか、いや…お風呂のドアにロックがかかっている
“……”
悪い予感を信じ、ドアを体当たりで破ると…
“ミサキ!!”
…想像した通りの光景だった、シャワーを止め、止血し、ミサキを湯船から抱き上げて運んだ
“(意識はある、でもぼんやりしてる…その上顔色も悪いな…とりあえず、やれることを…!)”
誰か、医療に強い生徒に助けを求めることなどその時は頭に浮かばなかった
ただひたすらに目の前の生徒を失いたくない一心で手当てをした
「……」
ミサキの目がこちらを見る
「どうして…放っておいて、くれないの」
“…そんなの、わかってるでしょ”
「……」
ミサキは目を閉じて、そのまま何も言わなかった
沈黙が続いて、本当に死んだように動かないミサキについ不安になる
ただ、呼吸音とその度に僅かに揺れる身体だけが彼女がまだ生きていることを教えてくれた
“……もし、あの時、私が…”
例えば、もしあの焼き鳥屋に寄っていたら…もし、お風呂場のドアを壊さずに待っていたら…?
…そんな最悪の想像が頭からこびりついて離れない
この家の中なら、ミサキはいなくならない
私はそう考えていた、その考えの甘さに気づき、そして…サオリたちが抱えていた苦しみを理解した
“(目の前にいるのに、こんなに簡単に消えてしまいそうになるなんて…)”
わかっていたはずなのに、だからサオリはアツコとヒヨリの2人と行動させていたのに
しばらくして、私は目を覚ましたミサキに軽い食事を摂らせ、ただ何も言わずにそばにいた
「……」
ミサキも何も語らなかった、なぜあんな事をしたのか、問い詰めたくて仕方ない、だけど…今はその勇気がなかった
そんなギクシャクした時間をしばらく過ごした後…
「…ごめん、先生」
“…うん、もう2度としないで…それから、刃物には近づかないようにして、もう、間違いを犯してほしくないから”
「……わかった」
私の心には恐怖があった
その時から、ミサキが死んでしまうという、あり得た可能性に対する恐怖がこびりついてしまった
(あの時は、ほんとに…)
ミサキは不満をできるだけ見せないように引き下がってくれたけど…
“(……私は…どうすれば…)”
わからない、私に何ができるのか、ミサキの為に何をすれば良いのか
こうやって制限をかけ続けることが正しいとは思わないけど、少なくともミサキの命は守らなくてはならない
先生の家に泊めてもらい始めて1週間
割と不自由の多い生活を送ってはいるが、携帯も触れるし、寝ることも、多少の運動もできる
何より先生は多趣味らしいから娯楽物も多い、暇を持て余さないのは精神的に楽
(でも、1人なのは…)
孤独は辛い、漫画本やテレビで気を紛らわしていても、なんだか落ち着かない
そもそも、こんな環境に閉じ込めておいて先生が私に殆ど構わないのはどうなのだろうか
「……」
台所に向かうことはできる、なんだって、自分の思い通りにできる
でも、それをするわけにはいかない
先生に禁止されたから
昔と比べれば、苦痛はかなり減った方だ、だけど、こんな人生に意味なんて無い、だからあんな制約も…
「……なんで、出来ないのかな…」
わからない、包丁を取りに行く気力も湧かない…私は、今、何を思ってるんだろう
“ただいまー…えっ”
先生が部屋を見てギョッとする
割れたコップ、散乱した雑誌や寝具、さすがの先生も顔をしかめてコチラを見る
“ミサキ、どうしたの?怪我はしてない?”
「……してないよ」
“何か、嫌なことでもあった?それとも、虫とか出た?”
「…違う」
“じゃあどうして?”
「……わからない、暇だったから?」
実際、大した理由はなかった
最初はガラスのコップが割れる様が見たかった、本が落ちるのが見たかった、羽が舞うのが見たかった
それだけだった、それがいつの間にかこうなった
“……うーん…どうしてこんな事をしたの?”
娯楽なんてテレビでも本でもなんでもある、なのにこんな方法で暇を潰すのはどうやら先生にとっても不満らしい
だけど、ガラスはいつか割れるし、本も布団もなんでも朽ちていく
…きっとそれが見たくなったのかもしれない、もしくはそんな考えすらもなかったのかも
「…さあね」
“(…そういえば、前にミサキはサオリからもらった大事な人形も「いつか失くす」って言ってたな…)”
“ミサキにとっては…コレは悪い事じゃないのかな、それも君の考え方だから、頭ごなしに否定しても仕方ないけど”
「……?」
“でも、この家に居るなら私の決めたルールを守ってもらうよ”
「ルール?」
“そう、自分を傷つけたりしない、物をわざと壊さない、後から増えるかもしれないけど、とりあえずはこの二つかな”
「台所は?」
“…それも追加で、ガラスが危ないから離れてて”
先生はそう言って片付けを始めた、私はそれを眺めてる
私の散らかした物をせっせと片付ける姿に、目が釘付けになってしまった
見ていても面白くない、くだらない物なのに…
でも、この日、私は間違った事を学んでしまった
いや、元々知っていた、だけどそちら側の側面には気づいていなかった
私はただ、苦痛が他の苦痛を紛らわして、そのうちその苦痛の中で消える為にそうしていたのに
(……あの参考書、先生がよく使うって言ってたな)
ちらりと読んで投げ捨てたり
(…まだ残ってるのに…お腹、いっぱい…あ…)
食べかけのカップ麺が床に落ちてもそのままにしてみたり
わからない、なんでこんなくだらない事をしているのか、そしてずっと先生の事を考えてるのかも
“ミサキ、こんなことしちゃダメだよ、わかるでしょ?”
「……」
“ね?”
「……そんなに」
“…ミサキ?”
「そんなにしつけがなってないと思うなら…自分でしつけてみれば?監禁、してるんでしょ?
“……えっと…”
いつの間にか、私は先生に罰を求めた、孤独という苦痛を、別の苦痛で埋める為に
“…じゃあ、わかった、今日は部屋から出ちゃダメだよ”
「…了解」
「……一晩くらいならって、思ってたけど…っ…キツい…」
呼吸が浅くなる、クラクラとした頭、薄くなる意識、きっとこのまま倒れても死にはしない
だけど、助けを求めるように手が扉を掻く、ドアを開けば出られるはずなのに
(…う……ひゅ……く…!)
出られるのに、手が届いていたのに、私はそうしなかった
恐怖はある、何かに襲われるような感覚、まるで喉を掴まれているような…そのまま意識が落ちていく
眠ったわけではない、ただ、息が続かなくて失神しただけ
「…んっ……んぅ…?」
“ミサキ!良かった…!”
目を覚まして1番に映ったのは先生の顔、だけど様子がおかしい
「……あれ…な、に…先生」
“ミサキ…どうしてあんな事…!”
「……何…?」
“何って…自分で首を…!”
「首…?」
“……もしかして、覚えてないの…?自分の両手で首を絞めて、倒れてたんだよ…”
そう語る先生の表情は真っ青で、嘘を言っている様子はない…
だんだん思い出してきた、朦朧とする意識の中、首にまとわりつくような感覚を振り払おうとして首を掴んだ
その時に力を込めたまま失神したのだろう
「……ふーん」
“…ミサキ…その…”
「…ところで、この服は…?」
“えっ…あー…”
昨日の服じゃない…というか、何かおかしい、部屋は同じなのに…
“……その、ごめん、濡れてたから着替えさせたんだけど…”
(濡れてた…?………っ!?)
つまり、こうか、昨日失神した私は、全身の筋肉が弛緩していく時に…漏らして…
“ご、ごめん!”
「……そっか、全部見たんだ、ふーん」
“…えっと…”
「別に良いよ、私のせいだし」
きっと色々と後始末までしてもらった、その間も気が気ではなかったのだろう
(……なんだろ、この感じ)
そう思うと、不思議と満たされた気がした
“…ミサキ、やっぱり、何かあったなら、話を…”
「……ここまでさせといて何も言わないわけにはいかない、か」
「先生からすると、どうでもいい話かもしれないけど……元々は、アツコとヒヨリと、3人で行動してた、ずっといっしょではなかったけど」
でも、問題が起きたのは、先生に拾われる2日前
「……っ…頭、痛い…」
「ミサキ、大丈夫?」
「うん…ごめん、早く行こう、このままじゃマズイ」
その時、私たちは根城にしていた廃ビルの管理者にたまたま見つかり、警備員を追手に差し向けられていた
「あまり無理をしない方が…」
「いや……ここはトリニティに近い、正義実現委員会がでてきたら…」
「…確かに、そうなったら逃げられない」
重たい体をなんとか動かしながら、2人に支えられ、かなりの距離を逃げた
ようやく腰を落ち着けられたと思うと、そのまま意識は深く沈んでしまった
次に目を覚ますと、まずアツコに水と薬を差し出される
「これは…?」
「買ってきた、早く飲んで」
「……なんで、こんな物…」
「でも、必要だから」
買ってしまった物は仕方ないと薬を服用したが、今度は強い眠気に襲われて動けなくなった
結局私は役立たずで、ロクに動けないまま
(…こんな檻に囚われているせいで、誰かに迷惑をかけることしかできない)
それも、今まで支え合って生きてきた仲の2人にこんな事をさせている…そう思うと、辛くて、苦しくて
私は2人が警戒にあたっている間に、荷物をまとめて、書き置きを残してその場を後にした
(…サオリのこと、何も言えなくなっちゃったな)
いつの間にか夜遅くなり、雨に打たれながら、公園でぼんやりとしていたら、そこで…
“私が来た、と”
「…そんな感じ」
“2人とは?それから連絡は…”
「とってない、だけど…2人なら大丈夫だと思う…だから、今は余計なことは言わないで、お願い」
“…とりあえず今は、わかったよ”
“ミサキ”
「…何」
“明日から2日くらい家を空けるけど大丈夫?”
「……なんで?」
“アビドスの方で少し用があってね、明日は帰ってこれないかも、そこに備蓄のご飯があるから”
「……うん、わかった」
ミサキはこうして数日家を空けると、まるで抗議のように部屋を荒らす
その度に私はミサキに何かしらの罰を与える
…不健全だ、わかってはいる、だけど…他でもないミサキがそれを求めている
ミサキの心の中はわかりにくい、だから私は彼女の求めるままに振る舞う
食事が嫌なら食事をとりあげて、残りは私が食べて処理する、関わって欲しくないというなら部屋に居ろという
そうしなければむしろ不満気に振る舞うのだからますますわからない
窓の鍵を覆うカバーも、いつの間にかネットショッピングで注文されていた
いつだか首輪とリードが机に置かれていたときは流石に肝が冷えた
ちなみにその時ミサキには「昔犬でも買ってたの?」と聞かれた、その後はシャーレで保管した
…正直、そのお仕置きを求める行為で済んでいるのはまだマシな方で、未遂とはいえ自らの命を断とうとすることもままある
負担をかけたくないという言葉とは裏腹に、見てほしいという欲求も強い
どうしたら良いのか、よくわからない
“ただいま…また電気消してるの?”
返事はない、少しの焦り、不安、やや急ぎ足になりながらお風呂場、トイレ、ミサキの部屋と探す
“……居ない、もしかして出ていって…?”
だとしたら、それは喜ぶべきなのだろうか、なのに気持ちが荒れるぐるぐると渦巻く感情を整理しながら自室の扉を開く
“あ……”
「……すぅ……すぅ…」
居た事に安堵し、思わず力が抜けて尻餅をついてしまう
どうしてこの部屋にいるのか、どうしてここで寝ているのか
よくみればミサキの部屋は荒れているし、この部屋も物が散乱している
“………ははは…”
“(お仕置きの内容、考えた方がいいのかな…)”
部屋を片付けながら、他人の布団でぐっすり眠っているミサキを見つめる
…私は、いつの間にかミサキがいる事に安心感を覚えるようになっていた
「……あれ」
“やあミサキ、おはよう”
「…先生…?……お、おかえり」
“ミサキ、悪い子にはお仕置きだよ”
「……へえ、先生にそんな度胸あるんだ」
“…そうだね、じゃあ、今日はご飯抜き”
「えっ」
ミサキが目を丸くしてこちらを見る
“冗談だよ”
そう言ってお弁当を渡す
「…ありがと」
ミサキと2人でご飯を食べた
(……今日の先生、どうしたんだろう…?)
冗談まじりに、今日はこれをやったから罰として掃除だとか、今日はこっちの部屋で寝てだとか
そんな日々を先生と過ごしてしばらく
「先生って意外とまともだね」
“意外と!?”
そんな日々に、一つだけ不満があった
(…私って、なんなんだろう…)
私は今、先生の何としてここにいるのか、それがふと気になった
先生は基本的に何かを求めることはしない、私が何かをすることを期待する様子もない
最初に連れてこられたときは正直…カラダを、なんてことくらいは覚悟していた
どうなろうとも別にいいと思っていたのに、先生は私に何をするわけでもない
私から何かをすることもない
(…たまに料理…に似た事はするけど)
でもそれをしなくても先生は困らないし、散らかしたものを片付けてもらうことの方が多いし
いわゆる『そういう関係』とは程遠い…別に期待してないけど
となると…
(…今の私は、ペットか何か…かな)
そうなればちょうどいいものを前に見つけた
「あれ、ない」
首輪とリード、あれは触られたくなかったのだろうか、それとも危害予防で?
なんにしてもここにないのではつけられない
私はネットショッピングで人間用の首輪とリードを購入し、その日は大人しく待つ事にした
夜遅くになり、先生が帰ってくる、箱の中身は検閲が入るのだが…
“ミサキ!これどういう…!”
「…どうって?」
やっぱり、というべきか、慌てた様子を隠しもせずこちらへと走ってくる
その手に持った首輪を掴み、首元に当てる
「どう、似合う?」
“ちょ…ミサキ!?”
「約束する、これは…絶対、先生が考えてるような事には使わないって」
“…ほんとに…?なら…どうしてこんなもの…”
「どうしてって…ペットを飼うならまず、首輪を買うものじゃないの?」
ネットにはそう書いてあった
“…私は、ミサキをペットだなんて思った事ないよ”
「でも、今の私は何もできない、何もしない、ただここにいるだけ…それはペットと同じじゃない?」
「それとも、別の何かを教えてくれるの?」
“……私は…”
先生は何かを言おうとしてためらい、首輪から手を離した
「…前に言った通り、私は…もう、リードを預けたつもりだから、これは…それが目に見えるようになっただけ」
何も変わらない、何も変わらないはずなのに…
包帯を外して首輪を首に巻き、軽く締め付けるほどの強さにすると…
(……なんだか、落ち着く気がする)
“ねえ、ミサキ…”
「……ごめん、うん…流石に私も反省してる…」
“…ちなみに聞いてもいい…?…なんでこんなもの買ったの?”
「…いや……それは…」
ミサキが俯く、よく見るとすっかり耳まで赤くなっている
…今回買ったのは手錠、正直首輪といいリードといい、倒錯的なプレイをしている人間のラインナップだ
“(…もしかして、ミサキってそういう趣味が……いや、そういうのは人それぞれだし…)”
「ね、ねえ、何か変なこと考えてない…!?違うから…!」
“い、いや、でも…”
「違うから!!!」
…そんなやり取りの後、わざとらしくコップを落として割ったので、後ろ手に手錠をかけて部屋に転がしておいた
そのうち口枷やら足枷まで買うのではないかと思うと頭が痛くなる
“(ネットショッピングは制限をかけておこう…)”
「……」
“ねえ、ミサキ…なんだか近くない?”
「…寒いだけ」
“クーラー消そうか?”
「……チッ」
“(舌打ち!?)”
(…手錠…ほとんど気の迷いみたいなものだったけど…)
アレを買ってから、手錠をかけられて部屋に放置される行為がお仕置きの内容に追加された
ドアノブに触れるのも難しくて、もがいても動けなくて、息ができなくて、視界が狭くなる
苦しくて、辛くて、ようやく朝になって、手錠が外されて、先生と朝ごはんを食べて
(……絶対に、これ、やばい…)
この不思議な感覚、辛くて苦しいのを我慢した分、クラクラするくらいに満たされる
ヒヨリの読んでいた雑誌で見たことがある、辛くて苦しい時に一緒にいる他人のことを大切な存在だと思うようになるって
アツコに聞いたことがある、好きな人のそばにいることは心が安らいで、落ち着くって
(……)
サオリは、どうだったかな…
ずっと、いつもが虚しくて辛くて、生きるのなんて数えるのも面倒なくらい前から嫌になってた
なのに、苦痛と安心の板挟みの中で生きるのを…どこか楽しんでるような…
(どうせ失うのに…そうしたら、きっと前よりも…)
わかってはいるのに、どうしてこうなんだろう…
(……物になれたら良かったのに)
役割を果たして捨てられたとしても、その役割を離せたのなら、きっとまだ救いのある終わりだろう
(物に生まれたかったな…そうすれば、こんな気持ちにも……でも…)
「……はぁ…」
退屈しのぎに読み散らかした本、着るわけでもないのに引っ張り出した服、食べたままの食品
…首輪を触る、きっと今の私は犬のような物なのだろう
(そういえば、前に先生は…)
いつだったか、先生の部屋で寝てしまった時…少し様子がおかしかった、あれだけで悪い子とまで…
冗談とはいえ食事抜きなんて今まで言われたことがなかったのでよく覚えている
(……そういえば、サオリは…)
「…はぁ……先生も、同じなのかな…」
“…はぁ……疲れた…”
シャーレでの業務を終わらせ(完全には終わらないので切り上げ)て、自宅に帰る
最近はいつもこうだ、連邦生徒会から示された期日ギリギリに間に合うように、自室でも仕事をすすめはするが…
“(…そうだ、これ…ミサキ喜ぶかな)”
今日のお土産は貰い物のクッキー缶、ミサキは食が細い、だから一人前の食事を食べ切るのも大変そうだった
よく体調を崩したりするし、顔色が悪い日も多い
栄養失調の可能性を考えてフルーツやお菓子を多く保管し、空腹になるたびに食べられるようにしてある
…比較的甘い物への食いつきが良かったので、おそらくこのクッキーは喜んでくれるはずだ
“ただいまー…あれ”
「え、先生…」
“ミサキ!何してるの!?”
ミサキに詰め寄り、腕を掴む、特に何かをしていたわけではないけど、台所には入らないように言ってたはず…
「いや…その、ごめん、料理を…作りたいなって」
“……そ、そう…でも、大丈夫だよ、買ってきたら”
「うん…だよね…」
…ミサキのことは信じたいけど、本当に料理を作ろうとしただけなのだろうか…それとも…
自分でも理解できないほど嫌な想像がずっと頭を渦巻く、どうすれば良いんだろう
ミサキを傷つけたくない、傷ついてほしくない、怪我をしてほしくない、居なくなってほしくない
気づかないフリをしていた、私にとってここまで大きな存在になっていたことを
そして、嫌な事にはよく頭が回る
「……先生…?」
“(…そうだ、先に約束を破ったのは、ミサキの方だ…だから、これは、仕方なくて…!)”
心臓の鼓動がはっきりわかる、声を出すのが怖い、失望されるのが怖い、だけどお仕置きを望んだのはミサキで…
“…ミサキ、お仕置きだよ…来て”
ミサキの手を引き、部屋に連れて行く
そして、片手に手錠をかけ、クローゼットの取手に手錠を固定する
「…先生…!?これ、動けな…」
“今日だけ、今日だけだから…!少し、我慢してて…”
……私はこの行為が間違っていることに気づいている
だけど、もはや止まれなくなってる
「先生…その、少しだけで良いから手錠を…」
ミサキを拘束して2時間、食事と水分補給をしてしばらく、ミサキの様子から見てトイレに行きたいのだろう
“(…トイレの周りは、何か危ないものは…どうすればいいんだろう…いや、何を考えてるんだ私は…)”
自分が被害妄想に囚われていることは理解している、だけどそれを振り払えない
“…わかった、一緒に行こうか”
「えっ」
“ドアの向こうにいるから…”
「……うん」
(……)
ミサキをトイレに連れて行き、少し待つ
そして出てきたミサキを部屋に連れて行き、もう一度手錠を掛け直す
“ごめん、ごめんね…”
「…いいよ、謝らなくて」
わからない、目の前の少女の心の内が、もう軽蔑されているのか、それともまだなのか
明日にはこの手錠を外したらいなくなってしまうのではないか、私は、彼女がいなくなっても生きていけるのか
“ミサキ…”
「何?」
“……居なく、ならないでね…”
そう言って、私は手錠の鍵を外して自室に戻った
眠ろうとしたけど、全く眠れずに次の日を迎えた
ミサキはずっと部屋に居たらしく、私が出かけるまでずっと一緒にいてくれた
(……先生が壊れた)
私の中で、最初に浮かんだ言葉はそれで、こんな精神異常はアリウスにいた時からよくあった話だった
…私は、確かめたかった、だから、敢えてわざと台所に入って、見つかることにした
するとどうだろう、先生は私の腕を掴み、過剰に反応して…
(…まるで、昔のサオリみたい)
あの腕を掴む力の強さ、失うことに恐怖する表情、何年も前に見た子供のような表情を大人がしていた
人は子供から成長して大人になるというけれど、本質は決して変わらないものなのだろう
やっぱり生きることに意味なんてない
でも、もしその言葉に…だけど、とつけるのなら
(…今は、少しだけ、満たされてる…)
わかってる、私の頭はおかしくなってしまった、異常だ
クローゼットに腕が繋がれて、呼吸が苦しいのに、なぜか嬉しいと感じている
この苦痛が私と先生をつなぐものだと思い込んでいる
こんなのが間違ってるなんて、考えるまでもなくわかるのに…満ちてはいけないものが満ちていく…
“ミサキ…その、ご飯にしようか”
「うん」
先生の表情は暗くて、笑っているのに影がある…なんで私はこんなに嬉しいんだろう
「…先生、片手じゃ食べにくい」
“え…あ……ええと…”
手錠を外せば良いのに、そうしたくないのか必死に何かを考えている
「…食べさせて」
“わかった、いいよ…”
私の表情を常にうかがって、視線の追いかけたものを差し出して食べさせる、飲み物に目をやるとそれが差し出される
まるで赤ん坊扱いなのに、それがどこか心地いい
“…お腹いっぱいになった?”
「うん…ごちそうさま」
先生が安心したように大きく息を吐く
(……本当に、私に嫌われたくないんだ…)
なんとなく、そう感じた…先生が何を考えてるのかなんてわからないけど…
その後も先生は自室に帰ってはたまに様子を見に戻ってきた、少しした頃
「…先生…その、少しだけで良いから手錠を…」
直接的な表現は避けた、でも先生は察してくれたのか、少し悩む様子を見せる
“…わかった、一緒に行こうか”
「えっ」
…流石にそれは予想外だった、先生は私が用を済ませるまで本当に扉の前にいたらしい
そして部屋に戻される、手錠を再び固定する時に何度も謝られた
「いいよ、謝らなくて」
そう言って先生を見ると、思い詰めた様子だった、まるで何かの被害にでもあったかのように
“ミサキ…”
「何?」
“居なく、ならないでね…”
先生はそう言って、結局クローゼットから手錠を外して部屋に戻って行った
「……居なくならないよ、先生」