ブルアカ監禁SS   作:名無し

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ミサキを監禁したい 2

 

 

(結局眠れなかったな……)

先生に掴まれた腕が、ずっと何かを主張するように痛む

怪我をしてるわけじゃない、ただ、熱を持って、私の中に何かを伝えようとするように

それを意識するたび、喉の奥が熱くなる

「……はぁ…あ」

ため息をしたと同時に暗い様子の先生が部屋に入ってくる

 

“…朝ごはん、食べようか”

先生と惣菜パンをもそもそと食べる、その間、ピッタリとくっついていた

何か理由があったわけじゃなくて、気づいたらそうしていて、でも、離れたくなくて

(…ほんと、昔みたい…)

“…それじゃあ、行ってくるね”

「うん」

…先生を見送ると、私の人生の時間は止まる

ただ虚しい時間が過ぎて行くのを待つだけ

部屋を荒らして本棚を散らかし、空腹を感じたら食事を取る

 

(…今日はどうしようかな)

先生を喜ばせるか怒らせるか、それとももっと怒らせるか

どちらにしても先生は私を見てくれる、そして向けられる感情が強い方が私は満たされる

(……)

私は、きっと、この毒のような感情に蝕まれていて、その薬は先生で

「…寂しい…」

1人でいると、壊れてしまいそうになる

 

“ただいま、ミサキ”

「…おかえり」

“…ミサキ、退屈にさせてごめんね”

「いいよ別に」

ミサキはぶっきらぼうに返事をする、その様子から感情を読み取るのは難しい

私は、どうしたら、どうすれば…

じっとミサキを見つめていると、様子がおかしいことに気がつく

 

“(…何か、探して…いや…?)”

“……ミサキ、これはダメだよ”

テーブルの上に置かれたハサミ、刃物は決して手に取らないように言い付けてあるのに

“どうして?”

「…さあね」

…心臓が騒がしい、ミサキは、ミサキが、居なくなる

それだけは絶対に許さない、止める、止めなきゃいけない

 

「あっ」

ミサキの手首を掴み、包帯を外す

新しい傷はない、だけど前回のお風呂場の時の傷跡がまだ痛々しい、やや膿んでいるのではないか

“…そういえば、応急処置以来何もしてなかったな…こっちにきて”

 

ミサキの手を引いて、部屋に連れ込み、傷口を消毒する

“…痛かったでしょ、どうして言わなかったの…?”

「……別に、特に理由はないけど」

“……”

やはり、当然というべきだが…私はミサキに嫌われてしまったらしい

この痛みを我慢する必要なんてなかった筈なのに、手当を受けることも、救急箱の位置を確認する事もない

“(どうしよう、どうすればいいんだろう…これ以上は…でも…)”

膿を出し、消毒液で傷口を清潔にして、包帯を巻こうとするとミサキが自身の腕を、傷口を舐める

 

“な、何してるの!?”

「……いや、なんとなく…」

“確かに唾液は殺菌作用があるけど…やっぱりよくないよ、ミサキ、もしかして今まで…?”

「…まあ」

“…そっか”

ミサキの手首に包帯を巻く

“動かしにくくない?”

「…平気」

きっとミサキは本音を言ってくれない、だから私は小さな不満をこういう言葉から読み取らなきゃいけない

 

“(全然わからない…本当に、いいのかな、これで…)”

(……捨て犬みたいな顔してる…飼われてるのは、私の方なのに)

「ふふっ…あ」

“え、笑っ…え?”

つい驚いてしまった、一瞬だけど確かに笑ってた…すぐいつもの表情に戻ったけど…

「…大丈夫だって、痛くないし、動かし易い…だからそんなに心配しないで」

“そ、そっか…よかった”

 

 

「それで、お仕置きは?」

“え…あー…”

“(これは、求められてる…のかな)”

せっかくわかる位置にわざわざハサミまで置いたのに、先生は何かためらってる…

(…消極的になってる…恐れてる?何を?……わかんないな)

目の前の大人は大人なのに、大人として振る舞えない

そうしようとしているのにどこか歪んでいて、少し壊れている

…今日の先生は様子がおかしい、ずっと手を握ってるし、離れる様子もない

 

(何かあったのかな、何もなくてこうなったとしたら、精神に異常をきたしてる)

「…ごめん、冗談、あのハサミはたまたま落ちてたのを拾っただけ、今後は気をつけるから」

“…落ちてた?…そっか、わかった、うん、ごめんね”

“(…私の管理不足……そうか…気をつけないと…でも、念には念を入れた方がいいか…よし、ミサキには悪いけど)”

(……お腹減った)

普段は先生から持ってくる食事もこちらから言い出すまではもらえなかった

結局その日は差し出された食事を口にして休んだ

 

「ん……?」

…静かだ

「先生…?先生…」

次の日、目を覚ますともう先生の姿はなかった

(…仕事に、行っただけ………?)

気持ちがやけに落ち着かない、こんなに早く出ることなんて滅多にないし、私が気づかない事も今までなかった

なら今日はどうして?もしかして何かがあった?

そう思うと居ても立っても居られない、自身の装備を取り出して玄関のドアを…

ガチッ…開かない…鍵を開けた筈なのに、開かない…

 

(…なにこれ、どうなって…)

ガチャ、ガチャガチャガチャガチャ…ガチャリ

「開いた!…あ」

“…ミサキ、何処に行こうとしてたの?”

「先生…?なんで…」

攫われたりシャーレに行った訳じゃなかった?だとしたらどうして…それに、ドアも開いた…

先生は1人で出掛けていた?こんな早朝に?それになぜドアが開かなくて、先生が来た途端に…

 

“……ミサキはやっぱり、ここから出たいんだね”

「え、いや、ちが…」

先生が無理矢理押し入ってくる、私は一歩下がって先生の入るスペースを作った

“…ミサキ、ごめん、本当に、私はもうダメなんだ…”

「せ、先せ…」

“お願いだから、部屋にいて”

…その気になれば、押しのけて出ることなんて簡単、だけど私には、ここを出て行く理由なんてない

「わかった」

 

 

先生に部屋に押し込められる、必死に私をここに止めようとしている

今、ようやくわかった、先生が私を見てくれる理由、自分の奥底の感情

先生は私に依存しそうになってる、いや、してるのかもしれない

どちらにしても先生は私が生きていることを望んでいて、私がそばにいることを望んでいる

そしてそれは私がたまらなく嬉しくて…

 

(……こんなの、今まで…)

サオリ達とは違う、この感情の向けられ方は、初めてで、私も満たされたことのないものが満たされていて

“ミサキ…何処にも、行かないで…”

「うん、何処にも行かない」

…先生も、同じものが私といることで満たされているから

 

ガチャリ、クローゼットに手錠が固定される

“ごめん、ごめんね…私は…”

そう言いながらも先生は私の手錠を固く固定し、部屋を出て行った

(……別に、逃げ出すつもりなんてないのに)

そうは思いつつも、先生はきっと不安を拭えない、下手に刺激するのも良くないだろう

良く見ると、ペット用の監視カメラがいくつか置かれている

ペット扱いはしないと言ったのはつい先日だった筈なのに

でもそれも悪くない、そもそもこんな首輪をつけてしまっているのだから今更だ

 

(……先生は、私にどうして欲しいのかな)

ただ側にいて欲しい?それとも、そういう関係…なんてことも…

「いや、ないか………はぁ…」

自分で否定しておきながら内心はダメージを受けてしまった、こんなマッチポンプはいらない

…私はここにいたい、こんな風に思ったのは初めてだけど、そのためなら頑張れる気がする

だから、私は、先生が私に望む振る舞いを理解して、そうしないといけなくて

 

(…でも、わかんないな)

私は普通には生きてこなかったから

これがもし、恋愛やら家族愛に近い感情ならよりわからない、そんな健全なものな訳ないけど…

 

“ミサキ、私は出かけてくるけど、その…”

「…もしかして、このまま?」

“……”

なるほど、とため息を吐く、コレは思ったより深刻だ

「…先生、手錠だけ外してくれたりはしない?目の届くところにいるから」

“…それは…”

…限りなく近い状況に覚えがある、それを思い出して今も鳥肌が立っているし、吐き気もする

昔は何度もこうやって縛り付けられて、動けないまま狭い部屋に押し込められた

おかげで今でも閉じ込められるのは大嫌い

「…閉所がダメなのは、知ってるでしょ…」

“…それは、そう…なんだけど…”

…これは難しいかもしれない、先生は怯えている

でも、今の、自分の理性が作用しているうちに説得しなくてはいけない

「……1人じゃ耐えられないから、お願い」

“…ミサキ……そうだよね、ごめん”

先生が手錠を外してくれる

「ありがとう先生」

“…ごめん、わからないんだ、私は、どうしたらいいのか…私は…”

“……絶対に、ここにいて…お願い”

「うん、いる」

“……”

先生を見送り、部屋で静かに待つ、夜になって帰ってくるまでずっと退屈

 

(……まだかな)

先生はいつでもカメラ越しに私の姿を確認できるのに、私にはそれができない

ぼんやりと窓の外を眺めたり、本を散らかしたり、レンジで温めたご飯を少し食べたり、先生の見える範囲で活動した

…虚しくて、つまらない時間と日々……なのに、だったのに

(…先生、今も見てるのかな)

ずっとカメラが気になって仕方ない、私のことを本当に見ているのか、それとも今は見ていないのか

ずっとずっと気になって仕方ない

生きていることはあんなに虚しくて辛いことだったのに、今の私には生きている…過ごしている時間に意味がある

 

(……ヘンな感じ…)

アリウスにいた頃、教官の気に入らないことをしたら独房に放り込まれた

その時の真っ暗で寂しくて、怖い、あの頃とそっくりなのに、どうしてこんなに温かい気持ちになるんだろう

あの時は眠れるはずもなくて、苦しくて苦しくて、息ができなくて気を失う日々だった

(なのに、今はこんなに安心してる…)

気づけばもう夕方、もうしばらくすれば先生が帰ってくる

(…何かしてようかな)

結局場所や寝具を変えてもう一度眠り、目を覚ませば先生のいる頃だった

(今日は遅いのかな…)

探しに行きたい気持ちをグッと堪えて、ジッと待つ

少しして、先生が帰ってきて、ようやく安心した

 

…ミサキにバレないよう、こっそりカメラを設置した

どうやらそんな考えは無駄だったらしく、彼女には即日バレていたらしい

時々カメラ越しに目が合うし、彼女は基本カメラの前から動かない

私の不安をできるだけ和らげようとしてくれている、なのに私の心の内は不安や不信に溢れている

いつ彼女がいなくなるかわからないことが不安で仕方ない

仕事の合間にカメラを覗き、確認するたび安心する、もし映らないタイミングに確認したら取り乱しそうだ

そうなればきっと私の行動は問題として取り上げられるし、ミサキとの生活も終わる

 

そう思うとやや呼吸が荒くなり、当番の生徒に心配させてしまった

私は…どうしたらいいんだろう、今すぐに帰りたい気持ちもある

だけど私は責任ある大人だ、そんなことはできない

きっと、ミサキとの生活に安心を覚えてしまったから、私の中にある不安を抑えきれなくなったから

 

そんな言い訳を並べながら、仕事をする

どうしても手が遅い気がする、進みが悪い、ここしばらくずっとそうだ

“(今日は遅れを取り戻すまでは帰れないな…)”

ふと、携帯でミサキの様子を見ると…いつも私の使っている布団の上で猫のように丸くなって寝ていた

“(……早く帰ろう)”

 

いつの間にか随分と遅い時間になり、安売りの弁当を買って帰る

“(いつものお弁当、売ってなかったな…)”

家に帰ると、ミサキは普段通りの様子で出迎えてくれた

「おかえり」

“ただいま”

…すごく、疲れている、食事を軽く済ませ、シャワーを浴び、眠る

…眠ろうとはしている、だけど、眠れない

明日の朝、私の前にはヴァルキューレの生徒がいるかもしれない

明日になればミサキはいなくなるかもしれない

私は当初勘違いしていたが、ミサキは私がいなくても生きていける

明日にはいないかもしれない

だから、私はどうすればいいかわからなくて

怖くて…

ミサキは拒絶したけど、手錠だけじゃない、首輪のリードもそうだけど

動けないように縛り付けてしまいたい

 

…ふと、気配を感じる

「……寝てる?…寝てるかな」

“(ミサキ…どうして…?)”

心臓の凍るような感覚、目を開けるのが怖い、何か悪い夢だと信じたい

…こんな時間にコソコソと、間違いない、ミサキは今日、ここから出て行こうとしている

“(今起きれば、捕まえられる?いや、捕まえてどうする?ミサキを閉じ込めて、どうなる…?)”

この不健全な関係を終わらせるのは、自分の手では無理で、彼女が望まないなら終わると言ったのも私だ

だから、今ここで何もせず、ただ気付かないふりをすることが、1番正しい選択で…

 

“(…あれ…?)”

近づいて来る…そして…

すぐそばに座った、かと思うと、頭を持ち上げられる、そして…柔らかい?

「……起きてたんだ」

“…ミサ、キ…?”

「…震えなくてもいいよ、私がこうしたくてこうしただけ」

“(…これは、膝枕…?)”

「……最近、疲れてるみたいだったから、少しでも、何か返したくて」

“…ありがとう”

湧き上がる感情に整理がつかない

嬉しくて、暖かくて…

“(……あぁ…)”

やっぱり、もう絶対、2度と手放せないな…

 

ミサキと過ごし始めてもうどれほどだろうか

シャーレで過ごしている間もミサキはずっとカメラに映る位置にいてくれる

離れていてもミサキを認識できるし、帰ればすぐそばにいてくれる

たまに物を散らかしたり、敢えて食事をこぼしてお仕置きで構ってもらおうとするのも変わらない

寝る時も一緒に寝て、朝は引き裂かれるような想いでシャーレに向かう

そんな日々がしばらく続いた頃だった

 

「先生、当番に来た、よろしく頼む」

“あ、サオリ、待ってたよ”

「今日は何をすれば良い」

“えっと、じゃあ…”

サオリと仕事をしばらく片付ける

ふと時計を見ればすでにお昼すぎ

“そろそろお昼にしようか”

「ああ」

コンビニで買ったお弁当を2人で食べている時だった、ふとサオリが口を開く

「先生、その…」

“どうかしたの?”

「……ミサキを知らないか?」

“…え?”

心臓が凍るように冷える、わかっていた、いつかはこうなるとわかっていた

ミサキにも、本当の帰る場所があるのだから

 

「…アツコ達に相談されたんだ、しばらく前から行方不明らしい、何か知らないか」

“ぇ……あ…”

…言わなくては、ミサキの安否だけでも、伝えないと……

“……わか、らない…ごめんね、力になれることはなさそう…かな”

「…そうか」

“……うん、ごめんね…”

…私は、最低だ

 

「…暇」

ぼんやりと寝ながら過ごす

暇になれば部屋を荒らして片付ける、ここしばらく趣味を探したけど、漫画やゲームはどうにも熱中できなかった

昼は寝て夜は起きる、そして先生と過ごす、そんな生活をしてみた

いろんな事をしてみたけど、どうにもしっくりこなかった

ただ先生といる時だけが私を満たしてくれる

先生と過ごしてる時間にしか意味はない

…コツン、窓に何かぶつかったような音、それが2度3度

(……)

即座に武器を取り、窓から身を隠して近づく、この部屋は2階だ、イタズラの線は薄い

でも、偶然何かが当たったにしては…

 

「いる?」

「!」

声に体が跳ね上がる、その声の主を私はよく知っている、いや…それよりも…

(どうして、ここにアツコが…)

「…ミサキ、警戒しないで、何もするつもりはないから、少し話がしたかっただけ」

 

壁越しに微かに聞こえる声、武器を置き、壁にもたれかかって応える

「…2階だよ、どうやって」

「やり方なら知ってるでしょ?」

「……それで、何」

「…お話、しない?」

 

先生以外と久しぶりに話した、それは、すごく…満たされた、先生としか満たせなかった部分

「じゃあ先生は夜までミサキの事ほったらかしなんだ」

「まあね」

いろんなことを話した、ここに来た経緯、ここで何を食べて、何をみて、どうやって生活して

なんでここにいて、私はここが好きで、先生といることが楽しくて…今が退屈な事も

 

「…楽しそうだね、ミサキ」

「……うん、すごく……幸せ」

「そっか」

その返事の後、アツコは何も言わなくなった

「ごめん、2人を置いて行って…」

「いいよ、今日は会えてよかった、安心した」

…きっと、前の私ならこうは言えなかった、アツコなら前でも今でも許してくれただろうけど

「そうだ、良いこと思いついた」

「…何?」

「先生が居ない間が退屈なら、先生のために料理してみるのは?」

「えっでも…」

「きっと喜んでくれるよ」

「……そうかな」

「あ、ごめん、人が来たから帰るね」

少しの物音の後、気配は消えた

 

「料理、か…」

今の私は台所には近づいちゃいけない、けど…

(……前は怒られたけど、少しくらいなら…)

 

「戻ったぞ」

「サッちゃん、そっちはどうだった?」

「……(フルフル」

「…先生、知らないフリをしたんですね…」

「ああ…だが、私は、手を出すべきではないと思う」

「ど、どうしてですか?その…」

「私は先生を信頼している、ミサキを傷つけるようなことはしないはずだ…それに…」

「?」

「そちらも問題なかったようだしな」

「わかる?」

「そ、そうなんですか?!」

「…うん、ミサキが幸せだって」

「そうか…」

「……でも、ちょっと、ズルいかも」

「そ、そうですね…幸せ…私にも分けて欲しいです…」

「…放っておけ、私たちには……いや、いつか私達も……

「サッちゃん?」

「なんでもない…今後はあまり2人に近づくな、何が原因でヒビが入るかわからない」

「うん、わかった」

「………」

(((……もう、手遅れじゃないといい が/けど/ですね…)))

 

“ミサキ…これは……?”

帰ると、テーブルには食べ物が並んでいた

切って焼いただけの肉や野菜、魚…冷凍庫から出したのだろう

…台所には近づかないように強く言っていたはずなのに

「…料理を、しようと思って」

“……どうして…?”

どくん、と身体の内側が暴れている

心臓が跳ね回っているのが良くわかる

「…私は、ここに居させてもらってる立場だから、何か…」

…わかっている、これは違う、この感情は間違っていて、良くないと知っている

 

“ミサキはそんなこと考えなくていいんだよ…?”

…できるだけ理性的に、でも、理性を失った言葉を選んだ

もはやそれに躊躇いはなくて、ただ…

「でも…」

ミサキの、変化を私は嫌ってしまった

言葉が続く前に詰め寄り、ミサキの手を掴んで続きを遮る

“ミサキ、台所には近づかないでって言ったよね?”

抑え込んでいたものが溢れてくる、不安、恐怖、孤独

ミサキは変わろうとしている、それはここに居る意味がなくなるかもしれないことだ

ミサキは成長しようとしている、それは、私の存在意義を失うことだ

「で、でも…」

“…お仕置き、だよ”

 

…私は最低だ、わかっている、だけど…

ミサキの手を手錠でクローゼットに固定する

“もう、ここにいて”

「…先生」

“…わかってる、だけど…わかってるんだよ!だけど、無理なんだ!!”

“どうして約束を守ってくれなかったの!?せめて、私が帰ってからなら…!”

違う、きっと了承しなかった、これはただ、自分を正当化したいだけ

醜い、最低な大人の行動、こんなのは間違っている

“そんなことされたら、私は…!”

「……ごめんなさい」

“っ…”

 

頭がおかしくなりそうだ、わかってる、ミサキは今傷ついている

だけど、私は、私なら、ミサキをここに留められる…?

「約束、守るから…もう、勝手なことはしないから」

“……”

ミサキの心の傷に触れながら、ミサキをここに留めようとしている

…私は心の中で私を軽蔑しながら、この行為を肯定している

それどころか、それが正しいという理由を見つけようとすらしている

“…ご飯を、とってくるよ”

ミサキの作ったご飯を2人で食べた

 

…失敗した、私は、間違えた

先生を怒らせた、見放されずに済んだけど、すごく怒っていた

でも許してもらえた、だからもう間違えないようにしよう

(……)

ジャラッ、手錠に釣られた手が薄ら痛む

…このまま、ここで朽ちていくならまだ良い、ここから追い出されるのが怖い

でも、先生は私を監禁している、なら…先生が居なくなる…?

「……ふ…ぅ…」

少し、心臓がうるさい、きっと先生はそんなことしない

…もう夜遅い、きっとそろそろ先生は寝る頃だろう

(今日は、どこで寝るんだろう)

最近はずっと一緒に眠っていた、1人で眠るのは、なんだか…

「…は…は……はっ…!…ふぅ…!…ぅ…!」

息が、しづらい、こんなに、苦しかったっけ

1人で、暗くて、動けないのは…

「はぁ…はぁ……ゴホッ…せ、せん…せ…!」

ジャラジャラ、どくんどくん、物音が、息が、鼓動がうるさい

先生の音が聞こえない、あの壁の向こうにいるのだろうか?それともドアの向こうだろうか?

本当に?

 

「はぁっ…ゲホッ…うっ……はぁっ…はぁっ…はっ…はっはっはっ…」

息が、続かない、呼吸が、早すぎる…

(先生…どこ…?)

ここは、暗くて、怖いよ…1人で、心細くて…すごく

「……怖い…助けて、先生…」

 

…ミサキを部屋に監禁して一晩、眠れなかったが、無理やり身体を休めた

横になってしばらくは声や物音が聞こえたが、しばらくするとそれも消えてしまった

心は穏やかではない、なんであんなことをしたのか、自分を責めるようなことばかり考えたが、もう後には退けない

意を決してミサキのいる部屋に入ると…

 

“ミサキ…?ミサキ!”

…意識がない、すぐに駆け寄り、抱き起こす

酸っぱい匂い、服や口の周りに吐瀉物…

“(窒息…!?)”

焦って確認したものの、呼吸はあった、自分でかけた手錠が邪魔で仕方なく感じた

おそらく、パニックになって、嘔吐しながら気絶したのだろう…

邪魔で仕方ないこの手錠が腕を吊り上げている事で、横向きにならず呼吸を確保していたのかもしれない

 

「…先生……?」

ぼんやりと開いたミサキの目がこちらを見つめる

“…ミサ、キ…その、大じょ…”

言い切る前に、こちらに抱きついてくる、よほど恐かったのだろう、泣いている、その上…

「……ごめんなさい…もう、約束破らないから…」

縋り付くように、か細い声で…

「…捨てないで…」

“ミサキ…”

 

…捨てるなんて、そんなはずがあるものか、もし見切りをつけられるなら私の方だというのに…

わかっている、わかっているのに…こんなの、勘違いしないはずがない

ミサキは完全に私に依存している、私が離れるだけで泣き、そばにいるだけで喜ぶ

あんなに人生をくだらないと言っていた少女がこうまで変わった、変わってしまった

ならば、それは…正しいのではないか?彼女の人生に意味を与えているなら?

 

馬鹿げているのはわかっている、こんなものを免罪符にして、私は…

そう思いながらも、最後の理性が消えていくのを感じた

“今日は休みを取ることにするよ、ずっと一緒にいよう”

「本当に…?」

“…もちろんだよ、辛い思いをさせてごめんね、体を綺麗にしようか”

「うん…」

 

…先生は約束通り、その日1日私といてくれた

私の側で、私を安心させてくれた、満たされなかったものを満たしてくれた

この安心感と、充足感は、私の中にある暗いものを隠してくれる

“ミサキ、髪乾かしてあげる、おいで”

「ん…」

バスタオルでゴシゴシと頭を拭かれる、髪を手櫛でとかしながらドライヤーをあててもらえる

…どれも、今までの生活では考えられなくて

手放すことを考えるだけで呼吸が苦しくなる、だから考えない

私は先生に生かされるだけの存在でいい

この瞬間が永遠に続けば良い

 

続く、私がここにいれば、先生がここにいてくれれば

先生といると、ずっとそんな時間が続いてくれる気がする

……そう思っていたのに、なのに先生は次の日、当たり前のようにシャーレに行った

最初こそ私を強く気遣ってくれた、ずっとそばにいてくれた

だけど段々、私を見てくれなくなってきた

 

(…私の事、もっと、見て…)

私のそばにいて欲しい、私のことだけを考えていてほしい

(…もっと、私の隣に、いて…)

そんな感情がぐるぐると渦巻いて仕方ない

私は、こんなにも先生を想っているのに、先生はどんどん私を見なくなっていくなんて、納得できるはずがない

(もっと私を見て、もっと、もっと私のことを考えて…)

そう思うと、自然に行動をとっていた

 

それも、カメラの見えるところで、見せつけるように、気づいてもらえるように

浅く、手首を刃がなぞる

痛む度に、先生の顔がチラつく

早く、早く、そう思いながら、何度も

「先生…先生……」

ダラダラと流れる血液が地面に溜まっていくのをぼんやりと眺める

「先生…早く助けて……」

いつの間にか、涙まで溢れてくる

もしかしたら、このまま帰って来ないんじゃないか

愛想が尽きたんじゃないか?私のことが嫌になったんじゃないか?

…だとしても、私は…

首輪を両手で握りしめ、泣きながら必死に祈る

今まで生きてきた中で、こんな風に祈る様な真似をした事なんて無かったのに…

「……先生…」

 

 

ふと、カメラの映像を見た時だった

“……え?”

ミサキの様子を確認したかっただけなのに、そのレンズの先の光景は酷くショックなもので

私は当番の生徒に一言謝り、必死にシャーレから自宅へと急いだ

“ミサキ!!”

扉を荒く開く、横回り、血溜まりの中にいるミサキを抱き起こす

 

「…先生」

“なんでこんな事を!…いや、とにかく今は止血を…”

救急箱の包帯とガーゼを取ろうとすると、後ろから抱きつかれる

「行かないで…私といて…」

“…ミサキ、今は少し待って”

そう言って振り払い、救急箱を持ってくる

部屋を出た途端、啜り泣くような声が聞こえてくる

“…そうだ、私が、ミサキを変えたんだ”

自分のやった事を、責任を、そう思いながら戻る

“…ミサキ、手を出して”

消毒し、ガーゼをあて、包帯で強く押さえつけるように巻きつける

「先生…お願い…行かないで、私のそばにいて」

“…でも、私は…”

「私は、先生がいないと……生きられない…」

“ミサキ…”

私がこうした、私の望んだ結果だ

“うん、ごめんね、離れちゃって”

だから、もう私には拒むことができない

 

ミサキを手当てした後、流れ出た血液を掃除して、体調のすぐれないミサキが食べやすいようにお粥を作った

いくら頑丈でも、失血が長く続けば命に関わる

しっかりと食事を摂らせ、睡眠を摂らせないとミサキは良くならない

“どう?おいしい?”

「うん…ありがとう」

“よかった、はい、口開けて”

「あー…ん…」

“よしよし…”

元々ミサキは少食な方だが、今日は特に食が細い気がする…

これ以上は無理やり食べさせることになると思い

残りのおかゆを自分で食べて処理し、ミサキを寝かしつける

「…ねえ、先生…さっきのおかゆ…」

“…?どうしたの?おいしくなかった?”

「…ううん、あれ、残りは…」

“食べちゃった…まだお腹空いてた?”

「……いや、なんでもない」

 

ミサキをベッドに運び、寝かせる

“…ミサキ、どこにも行かないでね”

「うん……あ」

ミサキの右手と、自分の左手を手錠で繋ぎ、しっかりとミサキの手を握り、横に寝る

…依存しているのは、お互い様らしい

とりあえず命の危険がなくなった今、ようやく恐怖がやってきた

ミサキが居なくなることなんて考えられない、そんなのあり得ないのに…

優先順位を間違えてしまった

 

「……ぁ」

あまりにも静かで、ついミサキの方を向くと、目が合う

きっと、こうして一緒に過ごしてくれる前なら顔を逸らされたり、悪態をつかれただろう

なのに、今のミサキは笑ってくれる

…手放さない、絶対に私は、手放したくない

「わっ…」

ギュッとミサキを抱き寄せる

とくん、とくん、確かに生きている、私達2人とも

それに安心して、ようやく私たちは眠りにつけた

 

「……先生」

“おはよう、ミサキ”

「うん……おはよう、先生」

目を覚ましたら、先生の顔を見て安心する、おはようと言ってもらえる

そんな日を何度過ごしたのだろう

いつの間にか、それが当たり前になってくれたのはいつからだっただろうか

先生は私を求めてくれて、望んだ通りに振る舞ってくれる、だから私もそう振る舞う

先生は私のそばに居ようとしてくれる、シャーレの業務もできるだけ持ち帰ったり在宅で済ませる様にしてくれた

だから、私達は前よりも長く一緒にいられる

できるだけ遠方や泊まりの仕事は避けてくれている

それも全てではないけど、それでも私を優先してくれて…仄暗いモノが満たされている

でも、私はまだ、求めてる

 

“…じゃあ、行ってくるね、今日は引っ掻いちゃダメだからね”

「わかった……いってらっしゃい」

…先生を見送る、包帯に爪を突き立てる

痛む…痛くないと、我慢できない

寂しい、怖い、ひとりにしないで欲しい

それでも、私はドアの前でじっと帰ってくることを待つしかない

 

“さて、と……一息入れようかな”

シャーレでの業務は今日も遅々とだが、進んでいく

“…あれ?どうかした?”

「……いえ…いや…」

ぶっきらぼうにそう答えながら、あからさまに大きくため息をつかれる

「さすがに苦言を呈するほかありませんね、まだ午前中なのに3度目の休憩、先生、このままでは…」

…わかっている、今日の当番がリンだと言われた時になんとなく察していた

私もこのままではよくないとわかっていたし、仕事ももっと早く進めなくてはならない

「…何かありましたか?シャーレの業務が滞っては、キヴォトス全体の問題になります」

“……言い過ぎだよ”

「…そうかもしれませんが、先生の影響力はそれほどのところまで来ています」

“それは…光栄かもね”

…なんと答えれば良いのやら、私は、今、目の前のリンと話していない

…わかっている、こんな不健全な状態ではいけないということも

なのに、今もずっとミサキのことが気になっている

この前の一件からまだ2週間しか経っていない、いつまたあんなことをするか、次は間に合うのか?

それが頭から離れないのだ

 

「…はぁ……先生、体調が優れないのでしたら、休みを取っていただくなど、それなりに…」

“うん…ごめんね…”

……わかってる、私が見るべきなのはミサキ1人じゃないことも

ホシノや、アツコ、ミカ、私が直面しただけでも何人もの生徒が危険に巻き込まれ、苦しんでいた

今、この瞬間そうなる生徒がいるのかもしれない

そう思うと、頭がクラクラする…私は、誰を失うことになるのか

誰を守れないのか…

 

「……先生、今日私が来たのは、先生を急かす為ではありません」

“え?”

「最近、連邦生徒会に大量の問い合わせが来ていたんです、どれも当番や、直接関わった生徒の方達からです」

“みんなから…?”

「…先生の様子がおかしい、無理をさせているのではないか……そう言われて、私は今日、自分の目で確かめに来ました」

“……ええ、と…”

 

仕事のことを蔑ろにしている事を指摘されている

そう思うと動悸が早くなる

ミサキと、居られなくなる…

必死に何かを言おうとしても、声が出ない

「…最近は在宅でも業務をこなしている様ですし、プライベートの時間もかなり削っているのでしょう」

「ですが、私たちも先生に倒れて欲しいとは思っていません…」

“…えっ…と……?”

「業務量を減らしましょう、このままでは、先生の身が危険です」

「確かに業務効率は低下していますが、サボろうとしている様子も特には見受けられませんでしたし…」

「単純に集中力や気力が低下していると感じました、体力が続いていないのでは?」

“…それは、否定できないけど…”

……実際、仕事中もずっと眠い

実はここしばらく、ロクに眠れていない…

ミサキと一緒に眠ってはいるものの、ミサキが身じろぎする度に目が覚めてしまう

どこかへ行くのではないか、そう思って、その度に強く体を抱きしめて、安心を求めてしまう

 

「先生、いくら生徒のためとはいえ、先生が体を壊しては…」

“……ごめん、気を遣ってくれてありがとう、リンちゃん”

「こんな時に茶化さないでください」

“……”

私は、どうしたら良いんだろう?

ずっと、頭の中でグルグルと考えているのに…

わかっているのに、ただ時間が過ぎて、仕事も進まない

何一つ好転しないと理解しているのに…

“大丈夫だよ、私は、その…”

きっと、今のままである事を望んでいるから

“心配しないで!次の休日少し休みを取るから、その時にゆっくり休むよ”

「……そう、ですか」

 

 

 

“ミサキ、ただいま”

「おかえり、先生…わっ」

玄関で迎え入れてくれたミサキをギュッと抱きしめる

暖かい、鼓動もある

しっかりと、今日も生きている

 

「……先生…?」

“ごめんね、少しだけ、こうさせて…”

「…嫌な事でも…あった?」

“…ううん、違う、そうじゃないんだ”

そうじゃない、そうじゃないけど…

私は、私が嫌になってきた、嫌で嫌で仕方ない

私はミサキ1人の為に全てを後回しにして、最も悪い選択をした

私は、ミサキが前に進むための後押しをしていない

 

「……先生、私は…」

「私は、ずっとこのままでいいよ…ここで、一緒に朽ちたい」

“…そっか”

…これは、甘い毒だ

わかっているけど、私も、ミサキも、その毒が無いと生きていけない

 

 

 

「サッちゃん」

「…どうした」

…バイト終わり、根城にしていた場所に帰ると、やや暗い面持ちのアツコがいた

悪い事態であることは想像に難くない、わかっている、きっとこのままにはいかないことは知っていた

「…ちょっとマズいかも」

どうやら事態は深刻そうで、シャーレの先生の様子を不審がった連邦生徒会は先生の素行を調査させているらしい

 

「……そうか」

シャーレの先生と一緒に居るのは、ミサキは…私と同じアリウスの出身で、指名手配までされている

そんな状態の生徒と一緒に過ごしているなんて、とても許してはくれないだろう

何よりも、連邦生徒会にとって邪魔になるということは…

「矯正局…で、済むかな…」

「それ以上があるのかは、わからないが…」

捕まれば、先は無いだろう…

 

「今はヒヨリが偵察に出てるけど…どうしよっか?」

「…説得する、私は先生を、2人はミサキを頼む…もし、無理だと感じたらそのときは…」

「……うん、大変だと思うけど、仕方ないよね」

「…そうだな」

今のあの2人を引き離すのは、正しい選択なのだろうか…?

(……わからない、私には、わからない…どうすれば、良いんだ…先生)

 

 

“……はぁ…”

このままでは終わる、終わってしまう

頭ではわかっている、これは時が来ただけ、私たちは最初から別の道を歩むべきで…

何事にもいつか、終わりが来るのは当たり前だ

それが、迫っているだけで、私は、先生で、ミサキの道を閉ざすことなんて許されなくて

だからこれが間違っていることはわかっているけど…

私は手放したくない

私はこれを手放すつもりなんて毛頭ない、なんとしても、何が何でも

私は、理解している、こんなのは間違っていると

だけど、それでも、絶対に、手放したくない

 

“…どうしよう……”

「先生」

“サオリ?どうしたの、今日は当番じゃないよね…?”

「……話があってきた、ここは、安全か?」

“えっと……うん、でも、あまり長居しない方がいいかも、最近私、少し…”

「そうか、監視されている自覚があるようで良かった」

“……どういう…”

そこまで言って、理解した

そうか、最初からサオリは知っていて見逃していたのか、と

“…知ってたんだね”

「……ミサキにも、先生にも、私は…良い人生を生きて欲しいと思っている、だから…」

 

きっとサオリは、ミサキの幸せ、私の幸せ、その両方を考えて、考えた上で黙認していた

でも、そうだ、それはもう、成り立たない

「……先生、急には難しいだろうが、時間も無い、今夜…日付の変わったあと、朝の1時にシャーレの前に来る」 

“…わかった”

今夜……それで私達の関係は終わる

“……”

避けられない、未来だ

 

「今夜…」

「うん、今サッちゃんが先生にも伝えに行ってる」

「……そっか」

「じゃあ、そろそろ見張を倒したのバレそうだから行くね」

「…わかった」

…今夜、そんなにわずかな時間で、私の人生の時間が止まる

…そんな事、いきなり言われても…

「……先生」

その日、先生が帰ってきたのは夜の遅い時間だった

 

“…ただいま”

「先生…おかえり」

…ミサキの元気が無い…

「サオリから、聞いた?」

“!”

“(…ミサキにも、すでに伝えて…?)”

「……」

 

ミサキが、私にもたれかかってくる

…温かい

「…先生…ありがとう」

“…うん”

「私…生きてるのも……悪くなかったよ」

“…そっか、良かった”

2人で食事を摂り、寄り添って時間を過ごした

…ミサキの手を見せてもらったが、特に傷が増えた様子も無かった

見える範囲には、何も、自分を傷つけるような後は…ひとつも

きっと、きっとそれは、成長と呼べるものなのだろう…

だから、後は、私が背を押すだけだ

 

深夜、遅い時間

私達は、家を出て、2人でシャーレへと向かった

…夜は、綺麗で、暗くて、孤独だった

風が吹いていて、でも、なんの匂いも運んでこない

昼間の喧騒も、車の音も、何も無い

「…2人きりだね」

“そうだね”

…何も無い、今だけは、彼女を傷つけるものも、私を追い詰めるものも

 

「……行きたく、ないな…」

“…なら、逃げちゃう?”

「……」

ミサキが驚いたようにこちらを見る

…わかっている、これは、甘い毒だ、よく、わかっている

でも、私はその毒をミサキに差し出してしまった

 

「…ダメだよ、先生」

“うん、ごめん…言ってみた、だけ”

…しばらく歩くと、シャーレの前に3人分の人影が見えた

「ここまでで良いよ」

“でも…”

「いいから」

そう言って、ミサキが少しずつ離れていく

 

“……ミサキ”

“今度は、シャーレで会おう”

「……」

ミサキが振り返り、こちらへと戻ってくる

“み、ミサキ?”

「…これ、あげる」

“え?…ミサキ、これは…?”

「私は、コレをもらったから」

“……うん”

 

 

私達は、それぞれの人生に帰った

“忙しくて、でも、いろんな生徒に頼られて充実した日々”

「虚しくて、常に気を張って居なきゃいけないような日々」

…でも、確かにお互いが居た痕跡が、お互いの手元にあった

 

 

「先生、最近よくそれを手入れしてますけど…」

“え?ああ、コレ?いいでしょ”

「…ええと、はい、でも…拳銃なんて、先生らしく無いなって思って…」

“そうかもね、でも、コレは…貰い物だから大事にしたくて”

「貰い物、ですか?」

“うん、そう”

ミサキがくれたこの拳銃に、どんな意味が込められているのかはわからない

彼女の事を読み取るのは随分と難しいから

だけど、きっとこれは、誰かを傷つける為のものじゃない

だからこれを私が使うことはないだろう

 

「…ねえ、ミサキ」

「…わかってるから、何も言わないで」

「うん、でも、前より良いと思う」

「っ…!……はぁ…」

なんとなく、首に手を回す、金具がチャリリ、と小さく音を鳴らす

「…はぁ…」

「…な、なんていうか、少し…カッコいいかもしれませんね…ね、リーダー…!」

「…そうか?」

ヒヨリの気を利かせたらしい言葉もアッサリとサオリに切り捨てられる…少しは空気を読むことを覚えて欲しい

「何回も言うけど、コレはもう気にしないで」

「…だが…」

「サッちゃん、大丈夫」

サオリの視線がようやく首元から外れる、その隙に首輪に指を引っ掛け、少しズラす

…私がこの首輪をそう言う使い方をすると思っているのだとしたら、ひどい勘違いだ

「ミサキは先生からもらった大事な物でそんなことしないよ」

「ッ!?」

「そ、そうなのか?」

「大事な人に貰ったものは大切にしたいでしょ?」

「なるほど、それは…」

「り、リーダー…アツコちゃん…そ、その…ミサキさんが……」

「あ、ごめん、怒った?」

「……」

ホルスターの拳銃を掴もうとして、手が空を切る

(そうだ、もう、無かった…あげたんだった)

「……はぁ…もういい」

3人の驚いたような表情にややイラッとしつつ、またため息をついた

「…先生と暮らしたら、私たちも…ミサキみたいに変われるのかな?」

「…さあ」

…きっと、何かは変わるだろうけど

(それは、なんか…ヤだな……)

 

END

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