ダンジョンに傲慢の罪が居るのは間違っているだろうか 作:リラット
親愛なる友のため、大切な〈
かつて手放そうとしていた命を燃やし、死力を尽くして皆と共に魔神王を打ち倒し、最後には誓いを果たして燃え尽きて死んだ……筈なのだが。
「はて……ここはいったい何処だ?」
ふと、気が付けばそこは見知らぬ場所。岩肌のようにザラザラとしていて見るからに硬そうな樹皮で覆われた木々に、所々で隆起していて荒れ果てている大地、そして陽の光を遮るようにして遥か頭上に存在する岩の天井。
「死後の世界……にしてはとてもみすぼらしく、退屈そうな世界だ」
こんなのが死後の世界なのか、と少し落胆しながらそう思った瞬間、決して遠くない場所から女性の悲鳴らしき声が聞こえてきた。
「やれやれ……死後の世界であっても厄介事には尽きないようで」
ため息を吐きながらも、足は既に聞こえてきた声の方へと向かっていた。
◆◆◆
かつて人だった物のパーツが無数に転がり、大量に溢れた血が大地を侵し赤く染め上げ、鉄臭い血の匂いが周囲に満ちている。
この世のものとは思えないような悲惨な光景……それを作り上げたのは1匹の
全身を装甲で覆った骨の身体、槍のように長く鋭い尻尾、全てを切り裂く両腕に備わった6本の爪、獲物を無感情に見つめる深紅の瞳。
後の世にて『ジャガーノート』と名付けられるそのモンスターを前にして、唯一この場で息をしているのはたった4人の少女達のみ。
彼女達こそは【アストレア・ファミリア】。正義と秩序を司る女神アストレアの名の元に、
団員達のほとんどが瞬く間に殺され、残された少女達の姿も無事とはとても言えなかった。
【アストレア・ファミリア】の団長であるアリーゼ・ローヴェルは背中から脇腹にかけて風穴を開けられ、大量の血が流れ続けている。
副団長であるゴジョウノ・輝夜は右腕をもぎ取られ、簡易的な治療を行うも布の下から血が滲み出ている。
一般の団員であるライラは味方が撃った魔法が『ジャガーノート』により跳ね返されたことによって被弾し、視力を失った。
そして最後の一人、リュー・リオンは『ジャガーノート』から一撃をくらっているものの唯一肉体的に欠損をしていなかったが、目の前で仲間を『ジャガーノート』に殺されたことによって精神が折れていた。
正に満身創痍。少女達の中で、もはやまともに戦えるのは誰1人として居なかった。
「……ごめんなさい。輝夜、ライラ、2人の命を頂戴」
このままではファミリアの全滅は必然。幸いにも『ジャガーノート』は今【アストレア・ファミリア】ではなく、この場において先程まで敵対していた【ルドラ・ファミリア】の方を襲っているため、僅かだけれど時間はある。
なればこそ、アリーゼはその僅かな時間を使って決断した。
「私は……リオンを助けたい」
このまま何もしなければただ無駄に死にかねない3人の命を使い、唯一身体が無事で生き延びれる可能性があるリューを生かす選択を。
「いいぜ、あたしは自分の命が1番大事なんだ……でも、このまま戦ったってどうせ真っ先に死ぬだろうからな」
「あぁ、死に場所はここでいい。選択すべき時が来たということだ」
2人もアリーゼの判断を受け入れた。ここで全滅するぐらいならば、自分の身を犠牲にしてでも大切な
だからこそ、この場においてアリーゼの判断を受け入れることが出来なかったのはリューのみであった。
「ぇ……?」
呆然と目を見開き、何を言われたのか全く理解することが出来ないと言わんばかりの様子のリューを置いて、話は進んでしまう。
「リオン、聞いて? アイツを倒すために、あんたの魔法が必要なの。私達がアイツの殻を剥がす。だから……あんたはここで歌っていて?」
深い傷を負っているというのに、いつもの日常と変わらない優しい笑みを浮かべるアリーゼに、リューはまるで幼子のように小さく首を横に振ることしか出来ない。
自分の為に今から死のうとしている3人に対し、何をどう声を掛ければいいのか言葉が見つからなかったのだ。
「お願い、約束よ。リオン」
そんなリューに対し、アリーゼは弱々しい力でリューの小指を握る。
自分達を犠牲にしてでもちゃんと魔法を放ってくれるようにという事だけでなく、これから死にに行く自分達をいつまでも気にしないように……1人残された後でもリューがちゃんと前を向いて歩いていけるように。
「そして、いつか叶えて───あんたの理想を」
ただそう願って約束を結ぶ。リューの幸せのためならば、アリーゼは喜んで命を懸けれる。
「じゃあね、リオン」
別れの言葉を告げながら小指を離して立ち上がり、背を向けるアリーゼにリューの瞳から止めどなく涙が溢れる。
「そこに居るのかリオン? お前は生きるんだぞっ!」
視力を失い、ふらつく身体でありながらそれでもライラは明るく別れを告げ。
「これをくれてやる。形見と思わず存分に使え……強く在らんことを。私の好敵手」
二振りの小太刀───《双葉》をリューへと渡し、輝夜は凛とした笑顔で背を向ける。
覚悟を決め、リューを生かすために『ジャガーノート』へと立ち向かおうとする3人の背に、リューは涙を流して見送ることしか出来ない。
頭の片隅にある理性が言う。アリーゼ達の命を無駄にするな。早く魔法を使う為の詠唱をしろ、と。
けれど、ぐちゃぐちゃになった心では、まともに思考が纏まらない。
このままではアリーゼ達が死んでしまう自分のために命を投げ出そうとしている置いてかれてしまう一人ぼっちになってしまう死んでほしくない生きていて欲しい嫌だ行かないで死なないで置いていかないで嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ───
「だ、れか……」
頭の中は支離滅裂で。身体はまるで動きそうになくて。自分にはアリーゼ達を救う力なんて無いから。
リューは願う。現実はいつだって厳しくて、死ぬ間際に救いなんて無いと分かっていながら、それでも願わずにはいられない。
「誰か、助けて───」
この状況をひっくり返してくれる誰か。アリーゼ達を救ってくれて、仲間達を惨たらしく殺したあの
そんな都合のいい存在の登場を願った……次の瞬間。
「おや、悲鳴を聞いて急いで駆けつけてみましたが……少しばかり遅かったようですね」
ドン!! という衝撃と共に、上空からアリーゼ達の前に1人の男が
「えっ!?」
「なにっ!?」
「だ、誰だ!? 誰の声!?」
「え……?」
突然現れた男にアリーゼ達は驚き、そして男の姿を見てさらに驚愕した。
3M近くある身長に、パツパツとなっていて今にも破れそうなズボンを履き、これまで見てきた冒険者の中でも見た事がないぐらい鍛え上げられた筋骨隆々とした上半身を晒し、武器らしき物を何も持たず無手で居る男。
端的に言おう。明らかにダンジョンに居ていい格好ではない筋肉ムキムキマッチョマンの変態の登場に、オラリオで戦いの日々を繰り広げてきた歴戦の冒険者であるアリーゼ達と言えど流石に困惑した。
唯一視力を失っていることで男の容姿が分からないライラだけが状況を理解出来ずわーぎゃー騒いでいるが、アリーゼ達にとってそれどころではなかった。
「え、えっと……どちらさま、ですか?」
困惑したまま思わず敬語で話しかけてしまったアリーゼだが、男は意外だと言わんばかりに目を見開いた。
「この私を知らない、ですか……どうやら死後の世界ではまだ私達のことはあまり知られていないようですね」
「は? 死後の世界……?」
突然訳の分からないことを言い出した男にアリーゼ達の困惑は深まるばかりだったが、男はそんなアリーゼ達に対して人差し指を掲げた。
「では、覚えていきなさい。私こそが───」
そう言って男が名乗ろうとした瞬間、【ルドラ・ファミリア】を虐殺し終えた『ジャガーノート』が男に向かって目にも止まらぬ速さで襲いかかる。
「っ!? 危な───」
男に気を取られ『ジャガーノート』から注意が逸れていたアリーゼが瞬時に気付き、男に忠告しようとした次の瞬間……アリーゼ達は目を見開く程に驚愕することとなる。
「おや、躾のなっていないトカゲだ。人の名乗りを邪魔する所か、いきなり襲いかかってくるとは」
全てを切り裂く『ジャガーノート』の恐るべき破壊の爪を、男はたった人差し指と親指だけで掴み取り、一切の傷を負うことなく『ジャガーノート』の攻撃を完全に止めてみせたのだ。
「よろしい、ではこの私が躾てあげましょう。ほら、『お座り』です」
そう言いつつ、男はまるでフリスビーでも投げるかのように軽く放り投げる動作をすると、全長で数Mはある『ジャガーノート』の身体がいとも容易く浮かび上がり、砲弾かと見間違えるような恐ろしい速度で放り投げられ、比較的近くにあった大樹へと激突し、地面に倒れ伏す。
苦痛の声をあげる『ジャガーノート』を目にし、アリーゼ達は先程まで自分達を簡単に蹂躙していたモンスターが、男に対してロクに相手もされていないことに頭がどうにかなりそうだった。
「さて、襲いかかってきたので思わず投げ飛ばしてしまいましたが、あの怪物は倒してもよろしいですね?」
口調はとても紳士的で優しげだが、言葉の端々から有無を言わさせない傲慢さを滲ませた男にアリーゼ達はただ黙って頷くしかなかった。
「それでは手早く済ませるとしましょう。貴女方にも後で聞きたいことがありますから、そこで大人しくしていなさい」
そう言うや否や、男はアリーゼ達の返答を待たずにまるで散歩でもするかのような気楽な足取りで投げ飛ばした『ジャガーノート』の方へと向かう。
「何なのよ、あの男……?」
「分からん、だが少なくとも私達より遥かに強いのは確かだ」
「ちょっと!? さっきから何が起きてんの!?」
状況が理解出来ず騒ぎ立てるライラを除き、男の背を呆然と見送るしかないアリーゼ達であったが、その心には希望が生まれかけていた。
あの男に任せれば、自分達は助かるのでは? と。
「っ……」
絶望的な状況から、降って湧いた微かな希望。それが筋肉ムキムキマッチョマンの変態とは言え、この状況をひっくり返してくれる存在の登場を願っていたリューにとっては正に天啓でしかなかった。
力の入らない身体に喝を入れ、奥歯を強く噛み締めながらフラフラと立ち上がり、離れていく獅子の刺青を刻む男の背を静かに見つめる。
あの
「来なさい、トカゲモドキ。一撃で終わらせて差し上げましょう」
掌を上に向け、クイクイと指を曲げて挑発をする男に『ジャガーノート』はおどろおどろしい咆哮をあげながら跳躍して襲いかかる。
矢の如く飛び出した勢いを乗せ、今度こそ男の命を刈り取るべく爪を振るい───防御の構えすら取ろうとしない男の身体を浅く切り裂く程度で止まってしまった。
硬い鎧でさえ容易く切断する『ジャガーノート』の爪よりも男の鍛え上げた肉体の方が硬く、男の身体に食い込む爪に力を入れてもビクリともしない事に、さしもの『ジャガーノート』であっても動きを止めて固まってしまう。
「ふん!!」
その隙を男は見逃す事無く、『ジャガーノート』の頭部に強く握りしめた右拳を叩き込んだ。
鈍い打撃音と共に、めり込んだ拳を中心にピキピキと『ジャガーノート』の頭から身体に伝って全身に亀裂が入り、男がさらに力を入れた瞬間に『ジャガーノート』の身体は粉々に砕け散った。
バラバラに砕け散り、ただの破片と化した『ジャガーノート』だった物を男は暫く見下し、やがて興味を無くすと視線をアリーゼ達の方へと向けた。
「さて、貴女方に聞きたい事は山程ありますが……まずは先程の名乗りの続きをするとしましょう」
『ジャガーノート』の攻撃をノーガードで受けてもロクに傷を負わず、宣言通りにたった一撃で『ジャガーノート』を粉砕したその男は、人差し指を掲げて告げる。
「私は〈七つの大罪〉が一人、〈
己こそが最強だと言わんばかりに、エスカノールと名乗った男は傲岸不遜な態度でアリーゼ達を見下ろすのだった。