ダンジョンに傲慢の罪が居るのは間違っているだろうか 作:リラット
エスカノールと名乗った男によって絶望すら感じていた異形のモンスターが呆気なく粉砕されたことで、アリーゼ達はようやく強ばっていた身体から力を抜くことが出来た。
「ありがとう、エスカノール。あのままじゃ私達───ぐっ」
全滅していた、と。そう告げようとしたアリーゼだったが、脇腹から走る激痛に思わず呻き、身悶える。
先程までは戦闘中ということもあり、アドレナリンが分泌されていたことで一時的に痛みを忘れていられたが、戦闘が終わり気が抜けてしまった今では痛みはまるで火傷のように継続して訪れる。
見れば、輝夜も無くなった右肩を抑え、額に脂汗を浮かべて必死に痛みに耐えている様子だった。
『ジャガーノート』を倒したと言えどアリーゼ達は重傷の身のままであることに変わりなく、このままではライラとリューはともかくアリーゼと輝夜は失血死するだろう。
「アリーゼ!! 輝夜!!」
ようやく目の前から絶望が消えたと思ったのに、大切な仲間が死ぬかもしれない事実に、ようやく思考が戻ってきたリューが悲鳴じみた声を挙げた。
「ふむ……」
激痛のあまり蹲るアリーゼと輝夜の傷口をエスカノールは確認し、あまりにも深い傷に思わず眉を顰めた。
「このままではお二人共すぐに死ぬことでしょう。であれば───」
エスカノールは蹲るアリーゼと輝夜の傷口に手を当て、2人に厳しい視線を向ける。
「少々手荒い治療になります。かなり痛むでしょうが、耐えなさい」
そう告げるや否や、エスカノールの両手から突如として太陽の如き灼熱の業火が現れ、アリーゼ達の身体を焼く。
「あっつぁ!!??」
「うぐっ!?」
ジュージューと肉が焦げる音と嗅いだことの無いような異臭を感じるも、それ以上に業火に炙られる熱さと痛みでアリーゼ達の意識は飛びかける。
「アリーゼ!? 輝夜!? どうした何があった!? この熱いの何なんだ!?」
「っ!? 貴様! 何を───!?」
アリーゼ達の苦悶の声を聞き、目の見えないライラはパニックになりながらも状況を何とか理解しようとし、目の前で大切な仲間が突然焼かれ始めたのを見ていたリューは今すぐエスカノールを止めようと飛び掛ろうとしたが───
「よし、こんなものでしょう」
アリーゼ達を焼いていた業火は突如として消え、エスカノールがアリーゼ達の身体から手を離すと、そこには焼け落ちた服と惨たらしい火傷の跡があるものの、先程まで夥しい量が流れていた血が完全に止まっていた。
「我が魔力〈
軽く息を吐き、さも当たり前のように傷口を焼いて止血したと言うエスカノールに、せめて事前に説明ぐらいしろとアリーゼ達の心はこの時同じ事を思っていた。
「いきなり焼かれた時はビックリしたけど……ありがとう、エスカノール」
「私からも礼を言わせてくれ。助かった、恩に着る」
やり方はともかくとして、失血死で死ぬ寸前間際だったアリーゼと輝夜にとって自分の命の猶予が延びたのは素直に助かることであったので、2人は揃って頭を下げた。
「当然のことをしたまでです。しかし、あくまで今行ったのは応急処置に過ぎません。適切な治療を受けなければどのみち貴女方は死ぬでしょう」
エスカノールはアリーゼ達のお礼の言葉を受け入れつつ、2人の傷口の具合からしてまだ完全に助かった訳では無いことを理解していたため、情報共有をしつつアリーゼ達それぞれに目を向ける。
「まずはここを離れ安全な場所にまで移動しましょう。先程のような怪物が襲ってきても私にとっては小動物がじゃれかかってくるのと同じ事に過ぎません。私が居る限り、貴女方にこれ以上の傷を負わせることは無いでしょう」
傲岸不遜な物言いだが、今この場においてはエスカノールの言葉はアリーゼ達にとってとても頼りになった。
「エスカノールの言う通りね。まずは地上へ戻ることを優先とするわ」
団長であるアリーゼの意見も重なり、安全な場所であり確実な治療を受けれる地上へと戻る為、一同は行動を開始する。
「リオン、ライラを背負ってくれる? 目の見えない今のライラじゃダンジョンの中を移動する時に危険だわ」
ダンジョンは階層によって様々な環境へと変化するが、大体は凸凹とした地面だ。視力を失った状態でそんな場所を移動すれば、間違いなく転倒して怪我をする。
重傷者であるアリーゼと輝夜ではライラを背負って移動出来るほどの余力は残されておらず、エスカノールはモンスターの露払いをする大事な役目があるため手を塞ぐ訳にはいかず、消去法としてダメージを受けているもののまだ余力のあるリューに任せるしかなった。
「すまねぇ、リオン」
「大丈夫、気にしなくていい」
完全にお荷物と化している自覚のあるライラは申し訳なさそうに謝るが、リューにとってこんな危険な場所に大切な仲間を置き去りに出来る筈がなく、ライラが自分を責めたりしないようにするため、何ともなさそうな声色を敢えて出す。
「輝夜、私と一緒にリューの護衛をお願い。万が一の事があった場合は私達でリューとライラを守るわ」
「承知した。隻腕になったとはいえ、モンスターに遅れは取らん」
エスカノールが自分達の代わりにモンスターを倒してくれる予定ではあるが、何が起きるのか分からないのがダンジョンだ。不測の事態に備えてアリーゼと輝夜はリュー達のバックアップに回る───だけではない。
(輝夜、いざとなったら私達の身体を盾にしてでもリュー達を守るわよ)
(無論だ、言われるまでもない)
重傷を負った2人の身体が、地上まで持つかは正直に言って五分と五分。状況次第によっては肉盾となってでもリュー達を生き残らせる。
【アストレア・ファミリア】の団長と副団長だからこそ伝わるアイコンタクト。その意味にリュー達が気づくことは無かった。
「じゃあ、エスカノール。地上までのモンスターの露払いをお願い。さっき吐いた言葉、信じるからね?」
「当然の事です。あのような怪物が何匹来ようとも、まとめて躾てあげましょう」
自分がモンスターに負けるとは微塵も思っていないブレない自信を持つエスカノールに、アリーゼはもはや苦笑するしかなかった。
「よし、それじゃあいざ地上へ───」
「ま、待って!」
準備も整いあとは出発するのみという段階で、出発の音頭を取ろうとしたアリーゼをリューが慌てたように引き止めた。
「リオン? どうしたの?」
「アリーゼ、地上へ帰る前にせめて皆を……少しでも残ってる部分を持って行ってあげたい」
そう言ってリューが視線を向ける先には『ジャガーノート』によってバラバラとされた、かつて仲間達だった物の一部が転がっていた。
「こんな所ではなく、せめて彼女達を……地上で弔いたい」
「リオン……」
生き残った者として、何より大切な仲間として、切実にそう思うリューの気持ちはアリーゼ達にとっても痛い程理解できる。
けれど、だからこそ───
「ダメよ、リオン。一緒に持っては行けない」
アリーゼは心を鬼にしてリューの願いを断った。
「今の私達にそんな余力は無いわ。今はまず、私達が助かることだけを考えなさい」
「し、しかし……」
「ダメ。これは【アストレア・ファミリア】団長としての命令よ」
渋るリューに、アリーゼは断固として意志を変えない。
「皆は……ここに置いていく」
奥歯を噛み締め、血が滴り落ちる程に拳を強く握り、見るからに辛そうな顔でそう命令するアリーゼの様子に、リューはそれ以上何も言うことが出来なかった。
仲間の遺体をダンジョンに置いていくのはアリーゼにとっても酷く辛い事だ。
それでも、ファミリアの団長として、今優先すべき事とそうじゃない事の取捨選択だけは決して間違える訳にはいかなかった。
「……すまない」
自分達が生きるために断腸の思いで仲間の遺体を見捨てる判断を下させてしまったアリーゼに、そしてこんな場所に置いていく事しか出来ない死んでしまった仲間達に、リューは申し訳なく顔を伏せて謝る事しか出来なかった。
「大丈夫。地上へ帰って、私達の傷が癒えたら必ず皆を迎えに来る。だから今は堪えて、リオン」
「っ……はい」
今にも泣きそうなぐらい辛い顔をしたリューの頬を優しく撫で、先程の時のように小指を軽く握りアリーゼは約束した。
「団長、そろそろ向かおう。さっきのモンスターみたいなのがいつ出てくるかも分からん」
「えぇ、そうね。出発しましょう」
そうしてアリーゼ達は仲間の遺体を置いて、地上へと向かう。
いつの日か必ずまたこの場所に来ると、誓いを胸に刻み込みながら───
◆◆◆
【アストレア・ファミリア】崩壊───その知らせはすぐにオラリオ中へと広がった。
オラリオにおいて【アストレア・ファミリア】は良くも悪くも常に人目についていた。
民衆からは正義の味方として、
そんな【アストレア・ファミリア】の悲報が齎されたのは数日前、団長と副団長に一般の団員を2名だけ残して他は全員ダンジョンで死亡したとの事だった。
何が原因でそうなったのかは【アストレア・ファミリア】の面々が口を固く閉ざしている為未だに判明しておらず、憶測ではあるが人々の間では
そして生き残った【アストレア・ファミリア】の面々も
それはつまり、今【アストレア・ファミリア】の
「くく……あの小生意気な小娘共もいい気味だぜ」
「俺たち
「ケケケ、それならもっと罰を当ててやらねぇとなぁ?」
【アストレア・ファミリア】の崩壊によって、これまで静かに潜んでいた
その中には【アストレア・ファミリア】に悪事を邪魔立てされ、目をつけられないようにヒッソリと暗闇に隠れていた
今ならば【アストレア・ファミリア】に一泡吹かせられる、と……闇夜で笑う
……けれど、流れてきた情報をそのまま鵜呑みにしていた彼らは気付く事が無かった。
情報を疑い、【アストレア・ファミリア】の現状を知っている者達は彼らが辿る末路を察していた。故にそこが同じ
作戦当日。月夜に紛れて何十人もの
「来たか、
緑のマスクで顔を隠し、緑衣の外套を羽織っているが、それでも月明かりに照らされ美しく煌めくその金色の髪に、長く尖った耳を持つその女を彼らは知っている。
「お前達のような暗闇に蠢き生きる者達が踏み入れていい場所では決して無い」
【アストレア・ファミリア】の一員として、かつて自分達を遠慮なく叩きのめした張本人の1人。その女の姿を、忘れるはずが無かった。
「あまつさえ……その薄汚い手でこの場所を穢そうと言うのならば───」
懐にしまっていた2振りの小太刀を抜き放ち、鋭く研ぎ澄まされた殺意にも似た気配を向けてくるその女は間違いなく───
「この私自らの手で、貴様らを断罪する!!」
『疾風』リュー・リオン。その2つ名に相応しい速度を以て、彼女は
……そして時刻は流れ、朝日が昇り始めた頃、【アストレア・ファミリア】の
全員ほとんど死にかけとは言え、辛うじて生きてはいる。手足が逆に折れてたり、涙と恐怖で顔がぐちゃぐちゃになってたりするが、息をするのに異常は無い。
正しく死屍累々の光景の最中、唯一立っていたリューは傷を負うことも無く無傷のままであり、軽く息を吐きながら倒れ伏す
「では、エスカノール。後は頼みます」
「えぇ、任せなさい。私はこう見えて子守りが得意ですから」
リューと入れ替わるようにしてヌッと出てきた大男の姿に、倒れ伏す
「さて、人が寝ている時に喧しく騒ぎ立てる悪い子には、それ相応の『お仕置』をするべきだと私は思いますが……まず楽には終わりませんので、頑張って耐えてください」
ニッコリと微笑み、優しく語りかけるその男の言葉は、