元宮チアキではなく、“元”チアキ   作:元宮チアキ以外の誰か

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主観ではなく、客観 その2

「今、少し時間あるかな?」

 

先生がメディア編集部の木製ドアを軽くノックした瞬間、部屋の奥からバタバタと慌ただしい物音が聞こえてきた。ドア越しに誰かが驚いたような声を上げ、それから数秒間、室内は小さな騒動の渦中にあった。

 

「せ、先生じゃないですか〜!来るなら言ってくださいよ〜……!」

 

しばらくしてドアが少しだけ開き、顔を覗かせたのは編集部所属の二年生だった。乱れた制服に、背後には散らかった机の上、スナック菓子と開きっぱなしの漫画雑誌が無造作に置かれている。どうやら完全にオフモードだったようだ。タイミングが悪かったかもしれない。

 

「ごめんね、急に来ちゃって。ちょっと聞きたいことがあってね。今、話せるかな?」

 

先生はやや申し訳なさそうに微笑んだ。

 

「もちろん……いや、ちょっとだけ、三分だけ待ってください!」

 

彼女はそう言うなり、勢いよくドアを閉めた。再び室内からは慌ただしい物音が始まる。先生にとって部屋の散らかり具合はどうでもいいことだった。むしろ、これくらい生活感があった方が好ましいくらいだ。しかし、彼女にとってはそうではないらしい。彼女だって今を輝く一人の女の子。いろいろと気にしてしまうのだろう。

 

「面白い子だね」

 

先生が何気なく隣のチナツに振り向いて言うと、彼女は肩をすくめて少し呆れたように笑った。その視線には、「あなたの方が面白いですよ」という無言のツッコミが含まれていたが、先生は気づかないふりをした。

 

「お待たせしました!ささ、どうぞ!」

 

先生の体内時計で四分三十二秒後、編集部のドアが再び開いた。今度は制服も整っていて、机の上も見違えるほど片付いている。彼女の努力に微笑ましさを覚えながら、先生は促されるままに部屋に入った。

 

「お邪魔します」

 

準備されていたパイプ椅子に腰掛けると、チナツも軽く会釈してその隣に座る。

 

「それで、今日はどんな用事ですか?あ、もしかして印刷のお手伝いですかね、それともそれとも……」

 

明るく笑いながら、彼女は冷蔵庫から紙パックのレモンティーを取り出し、紙コップに注いで二人の前に差し出した。

 

「いや、今日はね、メディア部というよりはチアキに関して話を聞きたくて来たんだ」

「チアキ書記のことですか?今は食堂か、どこかで原稿書いてると思いますけど……」

 

先生は、レモンティーを口に含む。高級とは程遠い味だが、妙に落ち着く。自分には、こういう庶民的な飲み物の方が合っているのかもしれない。

 

「いや、正確にはチアキというよりは周りの人から『チアキの印象』を聞きたいんだ」

「なるほど……?」

 

彼女も同じくレモンティーを一口飲み、思案するように視線を泳がせた。

 

メディア編集部は、チアキの書いている週刊万魔殿の発行を請け負っており、それでいてこの部室はイロハの隠れ家の一つである。万魔殿の傘下組織ということもあって、お互いによく知る仲のはずだ。

 

「チアキ書記……うーん、普通に良い人って感じですけど……」

 

うんうん頭をひねっている彼女を見ながら先生は、返答をゆっくり待つ。どうせ万魔殿に直接話を聞きに行けるのはかなり後のことだ。しばらくここで時間を潰していても何の問題もない。

 

「まあ、この学園で上から数えた方が早いぐらいには『ゲヘナ』が好きですよね~」

 

彼女は、明るい笑顔を浮かべながらスナック菓子の袋を勢いよく開けた。横でチナツも小さく頷いている。

確かに、週刊万魔殿を『毎週欠かさずに』作っているというのはかなりの『愛』が無ければ為しえないことだろう。

 

「私がその時はまだ編集部の生徒じゃなかったからよく知らないんですけど、チアキさん、入学してすぐ『週刊万魔殿』の企画を持ち込んできたらしいんですよ」

 

彼女は、スナック菓子を薦めながら話を続けた。先生は、今体重を絞っているのでやんわりとお断りしたが、シュンとしてしまった彼女が少し申し訳ないので一つまみだけ口に放り込む。

 

「対応した先輩の話じゃあ、まだ入学2日目なのにものすごく必死だったとか」

「2日目で……ふむ」

 

興味深い話だ。

いくらゲヘナが好きだと言っても僅か2日目でそこまでの行動を起こすとは、何か深い理由があるに違いない。

 

「あー……でも、ちょっとその責任感が強すぎるとは思うかなー……」

「というと?」

 

先生が身を乗り出すと、彼女は少し困ったような笑みを浮かべた。

 

「前にこの部室が温泉開発されたことがあるんですよ」

「3か月ほど前のことですね?」

 

隣に座っていたチナツが、補足する。『温泉開発する』という動詞がこのゲヘナ学園においては、少々異なる意味で使用されていることは今更語る必要もないだろう。

 

「そうそう、それそれ。その時に、週刊万魔殿の原稿が全部吹き飛んだんですよ。まあ、他のデータも木っ端微塵で大変だったんですけどね……あはは」

 

少し遠い目をした彼女は、何かを振り払うように首をぶんぶんと振ると話を続けた。

 

「それでその時、今週の週刊万魔殿は休刊かな~って感じになってたんですけど、あんまりにもチアキさんが必死になって頼み込むものですから『間にあったら出版する』って流れになったんですよ。いやぁ、その時はすごかったなぁ~」

「だからあの時は……」

 

チナツが、呟く。

 

「チナツ?」

「あ、いえ、3か月ほど前にチアキさんが学内で意識不明の状態で倒れているのを見つけたことがありまして……徹夜して週刊万魔殿を完成させたと言っていたのですが、きっとその時の……」

「なるほどね」

「なんなんですかねぇ、何かに取りつかれてるみたいに思うこともありますけど、まあそれもチアキ書記なりの学園への愛情でしょうし……」

 

彼女は腕を組み、しばし考え込んだ。

 

「実際、学外にもファンがいるみたいです。毎週ミレニアムから来る子がいるんですよ、万魔殿のために。カルト的?な人気があるみたいで」

「それはまた……カルト的な人気、ねぇ」

「チアキ書記の性格と文章のギャップが私は結構好きなんですよね~。ミレニアムのファンの子たちもそうみたいですし……あ、紹介しましょうか?モモトークで連絡先送りますよ?」

 

なるほど、これは話を聞きに行く相手が増えそうだと先生は脳内の予定表を書き換えていく。

その後もしばらく、雑談を交えつつチアキについて話し込んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

夕暮れが部屋を染める頃、彼女がふと真剣な声で言った。

 

「……先生」

「どうしたの?」

「チアキちゃん、大丈夫でしょうか」

 

先ほどまで『チアキ書記』と呼んでいた彼女は、無意識なのかは知らないが『チアキちゃん』と呼んでいた。

 

「何か、気になることでも?」

「その……この前、氷室セナさんにも、先生と同じような質問をされたんですよね」

「セナに?」

 

先生は、思わずチナツの方を見た。それに対してチナツは、軽く驚いたような表情を浮かべている。チナツも知らないことらしい。

 

「最近のチアキさんの様子はどうですか?って……」

「ふむ……」

「あのセナさんがそういうことを聞いてくるってことは、何かあるってことじゃないですか」

 

確かに、救急医学部がわざわざ心配してくるということは、何かあると思うのが普通かもしれない。

 

「私、ちょっとチアキちゃんのこと心配なんですよね、週刊万魔殿への姿勢もなんか最近は焦ってるような気がしなくもないですし。それに、前までは余裕を持って完成させていたのに、最近は締め切りギリギリに持ってくるようになったし、今週号もまだだし……ああ、今日持ってくるかもしれないから私はここに一人で残ってたんですけど……」

 

腕時計を見た彼女は、そっと溜息をついた。

 

「……大丈夫かなぁ。締め切り、明日なのに」

 

彼女の顔は、どこか遠くを見ているように思える。

 

「セナも私と同じように思ったから聞きに来たんだと思うよ。チアキは……最近何かを抱え込んでいるんじゃないかって、そんな気がしたから私は今日ここに話を聞きに来たんだ」

「……そうですか」

「私は、ゲヘナ学園への思いに熱が入りすぎて爆発しそうになっちゃってるんだと思ってる」

「うーん、まあ、そうかもしれませんね!チアキちゃん、ちょっと頑張りすぎてるんだと思います」

「だから、もしチアキが締め切りに間に合わなくても責めないであげてほしい」

「もちろん!というか責めるわけがないじゃないですか!こんなに今まで頑張ってくれたんですからむしろこっちから休んでほしいとお願いするレベルですよ!」

「ちゃんと休ませてあげないといけないね」

 

チナツが先生を肘でつつく。その意図を察し、先生は苦笑した。まったく、最近はきちんと休んでいるというのに。

 

「じゃあ、今日はこのぐらいにしておこうかな。……思ったより長くなっちゃったな」

「すみません、長居してしまって……」

「いえいえ、先生を独り占めしたようなものなので嬉しいですね!」

「ははは……」

 

先生は席を立ち、メディア編集部に別れを告げると、夕日に染まる廊下をチナツと並んで歩く。

 

「先生は、どうお考えなのでしょうか?」

「現時点での私の考えじゃあ、チアキはここ最近で『自分の根幹に関わる何か』が折れてしまったんだと予想している」

「根幹……」

「それが何なのかはまだわからないけどね」

 

先生の中では、チアキに対するおおよその分析は終えていた。チアキは、思春期特有の不安と、自分の『役割』に飲まれてしまっているのだろう。

 

「まぁ、そのあたりは明日かな……」

 

一応、もう一度万魔殿の扉の前に立ってみた。張り紙は変わっていない。エデン条約の件で忙しい彼女たちに、無理に踏み込むわけにはいかないが、それでも大切な仲間のことだ。早い方が良いだろう。

 

先生は、チナツにも「また明日」と別れを告げると、そのままゲヘナ学園を後にした。

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

ホテルにチェックインし、部屋の無駄に大きなベッドで横になる。

 

リラックスする姿勢をとって、自分の中で考えを整理していく。

 

 

 

チアキは少し精神面が不安定な生徒だ。

 

思春期という時期に、それも特殊な環境のキヴォトスならなおさらのことだろう。さらにチアキは、万魔殿というゲヘナを背負う立場で、今後のキヴォトス全体にも関わってくるエデン条約が近いとなれば、その精神的な負担はかなりのものになってしまっているに違いない。

 

本来の性格ではない『明るいチアキ』を演じながら、常に一歩引いたような立ち位置で、ゲヘナ学園を不器用ながらに愛している。だからこそ、そこに精神的な不調が絡み合って、今の雰囲気になっているのかもしれない。

 

 

 

先生は、『本来のチアキ』の性格が、伊草ハルカに近いものではないかと予想を立てていた。例えるなら、感情を抑え込むことに特化したハルカだろうか。

 

伊草ハルカは便利屋という居場所でありのままの自分を受け入れられているが、チアキにとっての万魔殿はそうではないのかもしれない。

 

万魔殿は、本来の自分をさらけ出してはいけないと、チアキにここまで思わせるような組織ではないはずだ。先生はそう思っているものの、チアキにはまだ『万魔殿への信頼』が足りていない可能性がある。

 

チアキはかつて『本来の自分を受け入れられなかったイベント』があり、そこから変わるために高校デビューの際に『明るいチアキ』の仮面をかぶって生活を始めた。そして、それがうまく行ってしまった。現時点でチアキの過去を予想するならこんなところだろう。

 

万魔殿に入ったのも、週刊万魔殿も、『自分の居場所』を作るためなのだろうか。メディア編集部部員が語ってくれたチアキの狂気すら感じる必死さも、自分の居場所にしがみつこうとするが故の行動かもしれない。

 

 

1年半、仮面をつけ続けた。だが、限界が来てしまった。

仮面の綻びが焦りを生み、本人すら気づかぬうちにバランスを崩しているのだ。

 

 

 

 

 

 

 

先生は、ひとまず頭の中での分析を終わらせる。

 

 

 

しかし、だ。

 

パズルは完成したが、最後のピースを無理やり押し込んだときのような感覚がしていた。理論はできたはずなのに、どこか納得がいかないのだ。

 

自分のプロファイリングに自信を持っているからこそ、この僅かな歪みが気になって仕方がない。

 

どうにも、根幹から何かを間違えているような気がする。

 

この歪みが、万魔殿メンバーに話を聞くことで解消できるようにと願いつつ、静かに目を閉じた。

 

 

 

 

 

――事実がどうであれ、薬物とか、自傷行為とかそういうところまで行ってしまわないように、『大人』として手を取ってあげなければ。




【注意】
本作品には薬物使用を想起させる描写がありますが、作劇上の演出であり、薬物使用を示唆・助長するものではありません。
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