元宮チアキではなく、“元”チアキ   作:元宮チアキ以外の誰か

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主観ではなく、客観 その3

「もしもしイロハ?」

 

次の日、先生はイロハに電話をかけていた。別にモモトークでもいいのだが、イロハだからしばらく見ない可能性もある。そう考えての電話だった。

 

『はい、何でしょうか』

 

数コールの後、イロハが若干めんどくさそうな声色で電話に応える。今日は万魔殿のメンバーに話を聞く予定だったが、訪ねてみれば昨日と同じ張り紙がされていたのだ。

 

別に後回しにしても良いのだが、チアキと最も付き合いの長い万魔殿の話を聞かずに調査を進めるのは、大事な情報を見落としたまま調査を進めるのとほぼ同義である。

 

「ちょっと万魔殿のみんなに用事があって、話を聞きたいんだけど……」

『それなら直接マコト先輩にでも言えばいいじゃないですか』

「それはそうなんだけど、昨日から扉に『重要会議中』の張り紙がされてたからさ」

『……つまり先生は私がその会議に出ていないと読んで電話をしたと』

 

先生は、何も言い返さなかった。明確な負けである。

 

どう言い返すべきかと先生が思案していると、ふとイロハの後ろから聞こえてくる音が妙に騒がしいことに気が付いた。まるで遊園地かゲームセンターにでもいるかのようなポップな音楽と喧騒。

 

「イロハ、今どこにいるの?」

『あー……旅行中です』

 

イロハは、若干言葉を濁しながら答えた。

 

「旅行……?えっと、忙しいんじゃなかったの?」

『まぁ、マコト先輩からの指示……あ』

『イロハせんぱーい!あれ、電話してるの?誰と?』

 

電話の向こうからイブキの元気な声が聞こえてくる。どうやらイロハの旅行はイブキと一緒らしい。

 

『先生からです。お仕事のことでちょっと聞きたいことがあるみたいなので、少し静かにしててくださいね』

 

電話の向こうから、「はーい」という小さく可愛らしい返事が聞こえた。

 

「イロハ、もう一回聞くね。万魔殿は忙しいんじゃないの?」

 

2日連続で『重要な会議』を行っている万魔殿。だというのに、その主要メンバーであるイロハがイブキと共に旅行に行っているのはおかしい。

 

先生の中での推理はこうだ。チナツが言っていたような『万魔殿がしている何か』からイブキを遠ざけるためにイロハは旅行という名目で万魔殿を離れている。

 

数秒間、イロハは黙っていた。

 

「…………イロハ?」

『先生、今周囲に誰かいますか?』

 

小さく息を吐いてからイロハが答えた。

 

先生が今電話している場所は、ゲヘナ学園内のベンチである。ただの通路に併設されたものであり、平日の昼間ということもあって生徒でそこそこにぎわっている。

 

「なるほど、『そういう話』か」

『はい。そういう話です』

「じゃあ、ちょっと人が多すぎるな」

 

なるほどな、と先生は理解した。やはり、『重要な会議』と『イロハとイブキの旅行』は繋がっているらしい。イブキが巻き込まれないようにイロハがマコトの指示でゲヘナから遠ざけているのだろう。

 

ならば、最も近場なプライベートが保障された空間であるホテルの自室に戻るのが良いかと、先生はコタマから貰った『御守り』を握りつぶした。

 

「じゃあ、一旦宿泊してるホテルに戻るから……」

「あ!先生じゃないですか!」

 

ホテルに戻ろうとベンチを立った時、元気な声が先生を呼び止める。

 

 

 

 

それは今一番聴きたかった声であり、ある意味では一番聴きたくなかった声でもあった。

 

「……やあ、チアキ」

 

明るく、元気で、愛らしい振る舞いの元宮チアキが、そこにいた。

 

しかし、それが仮面であることは知っている。

 

「奇遇ですねぇ〜……、あれ?もしかしてお電話の途中でしたか?ひょっとして邪魔を……?」

「ん、ああ……もしもし、ごめんね後で……あれ切れてるや」

 

携帯での通話は既に終了しており、代わりにイロハからメッセージが送信されていた。

 

『チアキにはバレないようにお願いします』

 

その一言で理解した。

 

『会議』と『旅行』と『チアキ』は繋がっている。

 

セナが動いていたと聞いた時点で何となくそんな気がしていたが、今のチアキの不安定さに気がついているのは自分だけではないらしい。

 

だとすれば、心強い。

 

自分よりも付き合いの長いマコトたちが分かってくれているならばやりやすくなる。

 

 

 

 

 

ベンチにもう一度腰掛けると、チアキも隣に座ってきた。

 

「いや〜先生が居て助かりましたよ。週間万魔殿のネタが見つからなくてですねぇ……あはは……」

 

チアキは、首の後ろを掻きながら自虐気味に笑った。

 

それを見ていると、どうにも居た堪れない気持ちになってしまう。

 

「なーんか、ネタとかありませんかねぇ……その、そろそろ締め切りなんですけど……」

 

そういえばメディア編集部の生徒は、今日が締め切りだと言っていた。

 

本当のことを言えばチアキを休ませたいが、チアキの精神状態的には休ませた方がマズいのかもしれない。無理やり休ませるのは、編集部から聞いた話から考えると、絶対に避けた方がいい。

 

つまりは、今この場で自分が一瞬で週間万魔殿を完成させられるようなネタを提供すれば万事解決というわけである。

 

「そうだなぁ……うーん」

 

と、言っても自分の『趣味』は週間万魔殿へ掲載するにはやや厳しいものがある。どうにかマイルドにしなければ。

 

「シャーレの先生が見てて面白いと思った生徒ベスト3とか……これ需要あるのか?」

「もちろん!先生はキヴォトス中の注目の的ですからそういうことでも大歓迎ですよ!」

「そうなんだ……」

 

正直、自分のような若干変人寄りの人物がキヴォトス中から注目の的になっているということが、先生には未だに実感がなかった。

 

注目されているのはあくまで『肩書き』であり、自分の中身は悪い意味で『注目の的』なのではないかと思ってしまうが、そうでもないらしい。納得はいかないが。

 

 

 

「じゃあまず、第3位からかな」

 

考えるフリをしてチラリとチアキの顔を伺う。

 

ワクワク、という擬音が浮かんで見えるようなチアキ。その瞳には、心からの純粋な輝きが宿っているように思えた。

 

やはり、チアキは不器用ながらにゲヘナを、いやキヴォトスの生徒たちを愛しているのだろう。

 

 

 

――そういう意味ではチアキは『先生(自分)』と何も変わらないのかもしれない。

 

 

 

「第3位は、和泉(いずみ)……」

「え、私?」

 

 

 

突然、チアキではない声が後ろからしたことに驚き、先生は振り返る。

 

「私ってそんなに面白いの?」

 

後ろに立っていたのは、美食研究会の獅子堂()()()だった。手にはタピオカドリンクを持っている。

 

「……いや、元エイミの方だよ」

「なーんだ、アカリのお友達の方かぁ」

 

挙げようとしたのは獅子堂()()()ではなく、()()元エイミなのだと訂正すると、イズミは残念そうにドリンクを啜る。よく見ればそれはタピオカではなくカエルの卵だった。

 

「というか、ここでの面白いはInterestingであってfunnyじゃあないよ」

「ふーん」

 

イズミは既に興味を失っていた。まあ、美食研究会が第2位なのだが。

 

「それじゃあ第2位……って、あれ?チアキ?」

 

隣に座っていたはずのチアキは、いつの間にか居なくなっていた。辺りを見回すがチアキの姿はない。

 

「万魔殿の書記って、なんか私たちのこと苦手みたいなんだよねー」

「……そうなの?」

 

探しに行くために立とうとした瞬間、イズミが興味深いことを話し始めた。そういえばチナツがそんなことを言っていた気がする。

 

「うん。私はよく分かってないんだけど、なんか去年?にアカリが脅かして以来近寄らなくなっちゃったらしいんだよねー」

 

アカリがチアキを脅かして以来近寄らない、とすれば居なくなったのは美食研究会であるイズミが近づいたからか。

 

不思議だ。

 

話を聞こうとしていた時はあんなにも目を輝かせていたのに、イズミが来ただけで居なくなってしまうとは。

 

それも、アカリ本人ではなくイズミ1人だけだというのに。

 

「……チアキを探してくるね」

「いってらっしゃーい」

 

イズミはベンチに腰掛け、飲みながら手を振った。

 

それを見ながら先生は早足で歩き始める。

 

 

 

先生としてこういうことはあまり言うべきではないのかもしれないが、『美食研究会』が苦手な生徒は当然いる。

 

しかし、彼女たちは名前を聞いただけで誰もが逃げ出すような極悪人ではない(当社比)のだ。

 

週間万魔殿を書いているチアキなら、彼女たちの活動の本質に触れていてもおかしくないが……

 

と、チアキを探しながら頭の中で週間万魔殿を全号読み返していて気がついた。

 

 

 

美食研究会に触れた記事が存在しない。

 

 

 

ありえない。美食研究会なんてネタの宝庫であるはずなのに。自分が見ていて面白い生徒第2位に挙げるような集団なのに。

 

ここまで異様に避けているとなれば、チアキの根幹に美食研究会が関わっていても不思議ではない。

 

「……いや、今はチアキを探すのが先か」

 

先生は、ゲヘナ自治区を駆けた。

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