元宮チアキではなく、“元”チアキ   作:元宮チアキ以外の誰か

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主観ではなく、客観 その4

『……ということがありまして、先生にチアキのことを伝えようと思うのですが』

 

携帯電話から聞こえてきたイロハの声は、何かの決意を固めたような、そんな感情が籠められているようにも思える。

 

「そうか、先生に……」

 

イロハの話に対して電話越しに相槌を打ちながら、マコトは、廊下を歩いていた。まさか、ここにきて先生が関わってくるとは。

 

『まぁ、先生のことですからそのうち気が付いていたとは思いますけどね』

 

電話越しのイロハの声は、若干呆れていた。しかし、その呆れは、イロハから先生へのある種の信頼でもあるはずだ。

 

物事を大きくしてチアキに悟られたり、負担をかけてしまう事が無いように、ゲヘナの外には持ち出すべきではないと思っていたが、こうなれば話は別だ。先生にもチアキを救う計画に加わってもらうことにしよう。

 

「それもそうだな。まぁ、あの先生が協力してくれるなら心強いか……」

 

情報局によれば先生は『人心把握』に優れている。

 

その手腕はあの行政官(天雨アコ)で実証済みだから問題はない。

 

最初は詐欺師だのなんだの呼んでいてあそこまで反抗的だったにも関わらず、今ではすっかり懐柔されてしまっている。

 

それに、先生を手駒にする目的でイロハを送り込んだことを、あの先生は出会って初日で見破ってきたのだ。(これは嘘。イロハがめんどくさくなって初手でばらしたのが真実だが、それをマコトは知らない)

 

言い換えれば、メンタルケアのスペシャリストということである。その手腕はある意味恐ろしいものではあるが、味方になってくれるとならば心強いことこの上ない。

 

そこからしばらくは、廊下から中庭を眺めつつ、イロハの近況報告とイブキからのお土産相談をしてから、マコトは電話を切った。

 

 

 

電話を切り、懐にしまい込む。そろそろ万魔殿の議長室に戻るべきかと視線を動かした時、視界の端で誰かが中庭を横切った。

 

「……チアキ」

 

中庭を駆けているのは、チアキだった。

 

いつも通り週刊万魔殿のネタ探しでもしているのか、それともまた『何か』から逃げようとしているのか……

 

まぁ、どちらでもいいだろう。

 

この羽沼マコトが、チアキを『助ける』ために動いているのだから、辿り着くゴールは変わらない。

 

「キキキッ、安心しろチアキ……。この万魔殿議長である羽沼マコトが平穏な学園生活を送れるようにしてやるからな!」

 

そうだ。

 

チアキは自分が助ける。

 

それは、ゲヘナ学園を背負う万魔殿議長として、同じ万魔殿の仲間としての決意だった。

 

万魔殿の仲間すら救えないようでは、議長である資格が無い。

 

 

 

「あ、マコト議長!」

「む……、君か」

 

議長室へと戻る途中に、マコトは呼び止められて、振り返った。背後からマコトを追いかけてきているのはメディア編集部の生徒だった。

 

「いやぁ、なんだか少しだけ久しぶりな気がしますねぇ」

 

メディア編集部の生徒は、ケタケタと笑いながら上機嫌に話しかけてくる。だが、その内容はマコトにとってある意味急所でもある。

 

人の噂というモノを、マコトは侮っていない。マコトが裏で何かをしているということが大勢に知れ渡れば、変な噂が立つ。噂は悪評を産み、それは万魔殿にまで影響を及ぼす。そうなれば、チアキにも届いてしまう。

 

だが、幸運なことに、今はそれを誤魔化すにちょうど良い出来事があるのだ。

 

「最近は、エデン条約も近くなって忙しいからな」

 

裏で何かをしていることに正当な理由を付けられるエデン条約には、助けられてばかりだ。

 

イブキにチアキが薬に頼っているなんて知られたくないから、イロハと共に旅行に行かせたが、エデン条約の騒動に巻き込みたくないからイブキを旅行に行かせて遠ざけようという理由でチアキに説明できる。それに加えてヒナとの警備態勢で相談をしなければならず、情報漏洩を防ぐために3人だけで話すということでチアキは納得してくれた。

 

もっとも、ヒナが話していたように『気づかれていることに気づかれている』可能性はあるが、現在監視を行っている生徒によれば最近は週刊万魔殿の記事作りに精を出しているとのことらしい。

 

『好きなこと』に熱中できているならば、現在チアキの精神状態に乱れはないのだろう。安定しているうちに解決してしまいたいものだ。

 

と、ここでマコトは思考を中断する。

 

 

 

――そういえば、エデン条約に関係して『何か』を裏でやっていたな

 

 

 

が、思い出せない。まぁ、ここで忘れているのだから所詮その程度のことだし、何より現時点でチアキより優先するべきことなどない。

 

 

 

閑話休題。

 

 

 

「そうそう、それでチアキ書記を探しているんですけど、どこに居るか知りませんか?」

「チアキか……」

 

さっき見た。だが、教えない方が良いかもしれない。仮にもし、チアキが再び不安定な状態になっていたり、薬を飲んでいる場面に遭遇してしまったらここまでの行動が水の泡になってしまう。

 

「いや、知らないな。何か連絡か?私の方から伝えておくぞ」

「うーん、週刊万魔殿の原稿締め切りがもうすぐなんですけどまだ届いてなくて……」

 

マコトの中では、『元宮チアキという生徒は週刊万魔殿が何よりも好き』という印象だった。

 

入学してから毎週欠かさず書いているのだし、なによりマコトはチアキの書く週刊万魔殿を気に入っていた。

 

少々自分に自信が無さげな文章が目立つが、それはそれとして万魔殿やゲヘナのことを丁寧に紹介しているチアキを責めることなどできない。

 

こういうものを『味がある』というのだろうか。

 

「そうか……まあチアキのことだ。『大好きな週刊万魔殿』を続けるために何とか間に合わせるだろう。心配しなくていいぞ」

 

だが、マコトの感情とは対照的に、彼女の表情は若干曇り気味だった。

 

「いえ、その……私の個人的な感情では『何とか間に合わせる』のはやめてほしいなって……」

「む、それはどういうことだ?間に合った方が良いに決まっているだろう」

 

まさか、メディア編集部内での不和がチアキの精神的負担の原因なのでは?とも一瞬考えたが、目の前の彼女の様子はどうも純粋に心配しているといった様子だった。

 

「昨日、先生とも話したんですけど、チアキ書記はどうも最近頑張りすぎている気がするんですよ」

「なるほど……そういうことか」

 

チアキは、最近の精神的な負担も相まってスランプに陥ってしまったのだろう。だが、週刊万魔殿を毎週欠かさず書いてきたというプライドが、休載にすることを許さないのだ。

 

「チアキは……そうだな、少し焦っているんだ」

「焦ってる?」

「そう、最近は我々万魔殿も何かと忙しくてな。もしかしたら私は、通常の業務に加えて週刊万魔殿も書いているチアキに少々無理をさせてしまったのかもしれない」

「やっぱり……そうだったんですね」

「ああ。私はチアキが『好き』で書いているあの週刊万魔殿を気に入っている。だが、もしその『好き』が書かなければいけないという『義務感』になっているなら……休ませた方が良い!」

 

胸を張って、言い切った。議長としては、これぐらい堂々としている方が良いのだ。

 

「チアキをゆっくり休ませてあげるためにも、あんまり圧をかけないでやってくれ」

「そうですね!先生も同じことをおっしゃっていましたし、私たちはゆっくり待つことにします。それでもし、休載になっても『特別号のための準備』ってこととかにして、休んでいないことにしてあげようと思います」

 

ということは、やはりイロハの予想通りに、先生は自力でチアキの異常に気が付いたのか。流石は先生だと、本人がこの場にいれば褒めたたえてやっただろう。

 

「ああ、それでいい」

「ありがとうございました!マコト議長も、体調に気を付けてくださいね!」

 

そのまま、彼女は手を大きく振りながら去っていった。

 

 

 

 

 

「キキッ……」

 

誰もいない廊下で、マコトは静かに笑う。

 

学外の人間にチアキのことがバレてしまっていたが、問題はない。

 

むしろ、ここまでの全てがチアキを『救う』ために動いていると言っても過言ではないだろう。

 

うまくいっている。

やはり、『流れ』はこの万魔殿議長である羽沼マコトに味方してくれている。

 

パズルのピースが次々とハマっていくかのような感覚をマコトは味わっていた。

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