元宮チアキではなく、“元”チアキ 作:元宮チアキ以外の誰か
元宮チアキこと、『私』は人気のない教室へと駆け込んだ。周囲に誰もいないことを確認すると、壁にもたれかかって一息つく。
まったく、自分が嫌になってしまう。せっかく先生がネタを提供してくれたところだったのに、美食研究会のイズミがいたというだけで逃げ出してしまった自分が本当に恥ずかしい。
「……」
なんとなく、憂鬱な気分になってきたのでポケットを漁り、薬の入っている箱を取り出した。
効力を強めてもらった薬は、効き目が強いのは良いのだが、その分効果時間が短く、それでいて量産体制が整っていないらしい。サトカ本人はそう説明していた。
一か月もあれば、量産体制を整えることができるらしいが、それまでは数日おきに貰いに行かなければならないだろう。
行く回数が多くなるということは、即ちバレる可能性も上がるということ。
もし、適当な風紀委員に捕まってしまったらどうなるか分からない。『私』の記憶では、万魔殿と風紀委員は仲が悪い。
そこで万魔殿の生徒がブラックマーケットに出入りし、その上違法な薬品を取引しているとバレれば……
考えを打ち切った。
そうなれば、自分のせいでエデン条約編が崩壊するとしか考えられない。これ以上は考えたくなかった。
「そっか……ここからエデン条約も乗り越えないといけないのか……」
エデン条約。
アリウスと手を組んでトリニティを風紀委員ごと潰そうとしていたマコトが裏切られて……
それ以降はあまり覚えていない。なんか色々あって、アリウスと闘って、誰一人欠けることなく終わった。
ただ、『私の記憶』の中の『元宮チアキ』が関わるシナリオで、最も『死』が近いものということははっきりと覚えている。
そうだ、いっそのことエデン条約調印式で消えてしまおう。
うん、それがいい。
それが、一番丸く…………
『そんなわけないだろ』
耳元で、怒鳴られたような気がして、ハッとした。
私は、今、何を考えた?
そういうことを考えてしまったからか、急激に脳が冷静になってしまい、薬の効果が一気に解けてしまった。
「はぁっ、はぁっ……ダメダメダメダメダメダメ……それは絶対…………ダメだ……‼︎」
ダメだ。ここで『チアキ』が消えたらマコトは悲しむ。そうなったらゲヘナが崩れる。
無事に終わるはずだったエデン条約編がバッドエンドに向かってしまう。
消えてしまおうとして、その上引き金は他人に引かせようとしている。
なんて烏滸がましい。
勝手に体を乗っ取っておいて、それで最後は他人に任せるなんて。
せめて引き金は自分で引くべきだろう。
マイナスの思考を打ち消すために、『私』は薬を取り出して飲み込んだ。
「ふぅ……」
気分は良くなってきた。
だが、状況は何一つ改善していない。
むしろ、悪くなるばかりである。
「あ……」
手元の箱が、空っぽになっていた。薬が、切れたのだ。
このタイミングで。
「あちゃ~、どうしましょうかねぇー……」
非常に不味い事態だ。『私』は薬の効果でまったく外見からは想像できないが、内心かなり焦っている。
サトカの薬なしで、週刊万魔殿を書き上げることができるとは思えない。このままだと、原稿を落としてしまう。
でも、週刊万魔殿は『私』にとって『元宮チアキ』を構成するための重要な柱だ。欠かすわけにはいかない。
薬の効果が出ているうちに、記事を書き上げる……いや、ネタが無い。
じゃあ、ネタを探しに行く。それだと、薬が持たない。
なら、薬を貰いに行こう。だめだ、時間が無い。
いや、そうは言っていられない。
「よし!こうなったら……やるしかありませんね!」
『私』は、決意を固めた。
薬を貰いに行って、その途中でネタを探し、帰り道で原稿を書き上げ、そのままデータを提出する。
かなり無茶な計画だが、これで間に合わせるしかない。
走りながら、『私』は息を呑んだ。
今さら怖がっている暇なんてない。
自分で選んだ道だ。だったら、最後まで走り切るしかないじゃないか。
——間に合わせる。必ず。『チアキ』のために
たとえ、『私』がボロボロになろうとも。