元宮チアキではなく、“元”チアキ 作:元宮チアキ以外の誰か
『ブルーアーカイブ』
人気のソシャゲ。世界観やキャラクターが高い人気を誇る作品。
そして、『元宮チアキ』もその一人である。
だが、実装されていないはずだ。
__『私』の認識では
太陽も人々も目覚め、それぞれの役割を果たすべく活動を開始する朝。
今日もまた、『元宮チアキ』としての役目をこなす一日が始まろうとしていた。
鏡の前に立ち、身だしなみを整え、私を元宮チアキに変えていく。
チアキはどんな化粧品や美容品を使っているんだろうか。少なくとも、手は抜いていないはずだ。
私の記憶の中のチアキは、美少女だった。
ならば、それを私が汚すわけにはいかない。
いや、そもそも既に偽者が入り込んで濁っているから、いくら取り繕うと無駄なのかもしれないが。
それでも、それでもチアキに近づけたくて、化粧を整える。
『私』という異物の上に『元宮チアキ』を貼り付けていく。そこに一切妥協はしない。
「……よし!完璧!」
鏡を見て、チアキが言いそうなことを言いながら微笑む。
そこには引き攣った笑みを浮かべる『私』が居た。
__ああ、いけない。チアキはこんな風に笑わない。
『私』の顔をぐにぐにとこねくり回し、顔の筋肉をほぐして『元宮チアキ』に矯正していく。
「うんうん、ばっちり!」
数分間納得がいくまで化粧と矯正を繰り返し、元宮チアキを作り上げた。
これで、いい
きっと
『元宮チアキ』を全身に纏い、ドアの前に立つ。
ここから一歩でも外に出れば、『元宮チアキ』にならないといけない。
その前に、忘れ物をしていないか確認する。
一つでも欠ければ私はチアキになれないから。
カメラ
財布
学生証
メモ
筆記用具
携帯
銃弾
『チアキの』愛銃
「精神安定剤、そろそろ補充しないとなぁ……」
そして、精神安定剤
当然、チアキはこんなもの持ち歩かない
__でも、これがないと私はチアキになれない
故に、私の演じるチアキは、どこまで言っても偽者に過ぎないのだ。
「……ふぅ」
深呼吸して、心を落ち着ける。
大丈夫、私は元宮チアキだ。
「いってきます」
そう言ってドアを開ける。
眩しい光が私を迎えた。
――
「さあチアキ! イブキの初仕事を一瞬たりとも撮り逃すんじゃないぞ!」
「はい!」
今日は万魔殿のメンバー全員でシャーレに乗り込んでいた。
イロハはマコトの指示でシャーレの先生を懐柔するべく派遣されていたものの、これまでのところ進展はない。どうやら失敗しているようだ。
まあ、予想通りだ。
イロハのことはよく知っているから。
チアキと違って。
それはともかく、イロハからシャーレの話を聞いたイブキが興味を持ち、当番だったイロハに同行してシャーレを訪れることになった。もちろん、事前に許可は取ってある(はずだ)。そしてその様子を見届けるため、チアキたちも勝手に押しかけてきたというわけだ。
なんともまあ、過保護なこと。
でも、それが万魔殿の良いところであり、悪いところでもある。
だから『私』もイブキを愛でる。360度、あらゆる角度からイブキの写真を撮り、ついでに先生や他のメンバーの写真も撮っていく。
「……楽しそうだね」
チアキらしく写真を撮っていると、先生がそんなふうに話しかけてきた。
__当然だ。チアキならこういう時、きっと楽しそうに記録を続けるはずだから。
「あ、私のことはお気になさらず~。空気か何かだと思ってもらって構いませんので!」
「そ、そう……?」
先生は少し戸惑ったような顔を浮かべると、自分の仕事に戻った。その様子も、せっかくなのでカメラに収める。
本当に大丈夫だろうか。『元宮チアキ』になりきれているだろうか。
絶対に、怪しまれてはいけない。先生が疑念を抱くことなんてあってはならない。
先生がチアキにそんな感情を持つなんて、無いはずだから。
――
__夕暮れ時
ファミリーレストランの窓から差し込む橙色の光が、テーブルを囲んだ6人の顔を照らしていた。外の空気は少し冷たく、秋の気配が感じられるが、店内は温かな照明に包まれて、どこか心地よい空間を作り出されている。
「キキキッ……こうしてシャーレの先生が万魔殿のメンバーと共に食事をしているということは!我々がシャーレをこの手に握ったも同然である!」
シャーレでの業務を終えた先生は、イブキの希望で万魔殿のメンバーと共にファミレスで食事をしていた。
先生の隣にはサツキが座ってメニューを見ている。意識しているのかしていないのか肩を寄せてきて少し、辛い。
「それを祝して乾杯!」
「かんぱ~い!」
「ははは……」
マコトは訳の分からない理論を展開し、勝手に盛り上がっているが、本人やイブキはとても楽しそうだからそれでいいのかもしれない。
まだ水とメニューしかテーブルにないというのにここまで盛り上がれるのはもはや才能だろう。
「きや~!マコト先輩かっこいい~!!」
相変わらずチアキはその様子をパシャパシャと撮り続けている。一日中写真を撮っていたが
「早くメニュー決めてくださいよ。それと公共の場所なんですから静かに……」
だが、そんな様子を気にすることなくメニューを眺めていたイロハが冷めた口調で注文を促した。
「おっと、それは失敬……イブキはどうする?」
イロハから注文用のタブレットを受け取ったマコトは様々なメニューを眺める。
「えっとね~これ!」
マコトの横で紙のメニューを見ていたイブキが、チーズハンバーグを指さした。その番号をマコトがタブレットに打ち込んでいく。
「では私は……イブキのもおいしそうだが、こっちだな。……他は注文したか?」
「私と先生は先に入力しておいたわ」
「私も」
先生とサツキはマコトがはしゃいでいる間にメニューを決めていたし、それはイロハも同じである。
となると残りはずっと写真を撮っていたチアキだけだ。
「1、2、3、4、5……ああ、チアキはまだだったか。どうするんだ?」
「マコト先輩と同じやつで!」
マコトが訊ねると、チアキは即答した。
「む、そうか。ドリンクバーはどうする?」
「大丈夫です!水でいいので!」
「ならいいが……よし」
『ご注文ありがとうございました!ドリンクバーのグラスは……』
マコトが『注文』のボタンを押すと軽快な効果音と共に注文内容が送信された。
「よしイブキ!ドリンクバー行くぞ!」
「うんっ!」
上機嫌なマコトとイブキが席を立ち、それにイロハに続く。
「じゃあ私たちは先にスープバー行きましょうか」
「そうだね」
サツキがそう提案してきたので先生はそれに続く。確かに大人数でドリンクバーに行っても詰まるだけだろう。
「…………?」
だが、その途中で先生は足を止めた。
__チアキは、メニューを見ていただろうか
イロハがタブレットで、サツキと一緒に私がメニューを見ていた時はずっとマコトとイブキの写真を撮っていたはず。そしてイブキは紙のメニューを立てて見ていたし、マコトもタブレットの画面を自分に向けていたはずだ。
『では私は……イブキのもおいしそうだが、こっちだな』
さらにマコトは『こっち』としか言っていない。
前もって決めていたのだろうか。
それとも、マコトが大好きで同じものを食べたいとかそういうのだろうか。
少しだけ気になって、先生は振り返った。
チアキは、ここまでに見せていた陽気な表情が消え失せた様子で、何かの薬を飲んでいた。
「先生?スープバーはこっちよ?」
「ああ、ごめんね」
サツキに呼びかけられたので、先生は向き直ってスープバーへ向かう。
店内は明るく、賑やかでとても楽しそうだった。
「オ゛ァ゛ー゛ッ゛!!イロハ!!このドリンクバーってどう止めるんだ!?止まらないぞ!?!?!?!?」
「知りませんよ…………」
日が沈むのはだんだんと早くなり、キレイなオレンジ色だった空は、すっかり暗くなっていた。
そんな空が映る窓際の席に、チアキは1人で座っている。
――
ファミレスでの食事会を終え、シャーレに戻った先生は手帳に今日会った万魔殿の生徒の特徴を書き連ねていた。
羽沼マコト
万魔殿、及びゲヘナのリーダー。少し調子に乗りやすいところがあるがリーダーとしての意識は高い。そのせいで将来大きなミスをしそうな予感がするので要注意。
まあ、これは趣味みたいなものだ。
ここに来る前は趣味が人間観察だったこともあり、他人の分析には自信がある。数々の生徒と付き合うにおいて出会った生徒のことをメモしておくのはいつか役に立つだろう。そう思って始めたことだ。
丹花イブキ
11歳。おそらく飛び級。年相応の明るさを見せるところがあるが、他の生徒と比較してもかなりしっかりしている印象。
周囲に甘やかされている。
京極サツキ
催眠術が好きらしい。今日だけでも何度かかけようとしてきた。発言や行動からやや怪しい印象を受けるが、実態としてはイブキのお姉さんのように優しく、周囲を気遣える優しさがある。ただ、どこか抜けているようで若干不安になる。
イロハは既に書き込んであるのでカット。
元宮チアキ
書記なので常にカメラを持ち歩いて様々なことを記録している。明るく……
と、先生がここまで書き込んだところで、携帯にメッセージが届いた。イロハからだ。
『今日撮った写真のデータを貰ったので共有します』
そのメッセージと共に数百枚はある写真のフォルダが送られてきた。1枚づつ確認していくのは骨が折れるだろう。
「……アロナ、写ってる人ごとに分類してもらって良い?」
『分かりました!ちょっと待っててください!分類サービスにアクセスします!』
『……あれ、チアキさんのお写真がないですね』
「…………カメラマンだからかな」
元宮チアキ
書記なので常にカメラを持ち歩いて様々なことを記録している。明るく振る舞っているが、おそらく演技。言動や動作の隅々から自分に自信がないことが伺える。無理に陽気に振る舞っている可能性あり。
「……そのうち、本当のチアキと仲良くなれるように頑張らないとな」
カメラマンは写真には写らない。
当たり前のことだ。
だが、『私』にはそもそも写る資格がない。
ここに居る資格も、ない。
『書けば出る』というジンクスがどこかにあるようだけど
『書いたから出ない』も両立すると思う