元宮チアキではなく、“元”チアキ   作:元宮チアキ以外の誰か

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チアキではなく、エイミ その3

「どうしようかな……」

 

的場サトカは、悩んでいた。

ミレニアムを追われる身であるから、目立つような真似はできない。最近メインの患者……『元宮チアキ』にいつまでも構っていたら、そのうちバレてしまうだろう。

 

サトカ自身のガードは固いが、チアキはそうでもない。

 

現にこうして身分を隠しているチアキの正体を、サトカは掴んでしまっている。

 

本人は変装してきているつもりだが、ヴェリタスやセミナーから一年近く逃げ続けている自分の情報網を舐めないでいただきたい。

 

……というのは、嘘。

 

ミレニアム内に『お友達』がいるだけである。

 

こうしてブラックマーケットの一角でミレニアム本校に居た時と変わらない設備を用意できているのは彼女たちのおかげだ。

 

元宮チアキという正体に気がついたのは、支払いの財布から学生証が見えてしまっていただけのことである。

 

そういうところがあるから、チアキ経由で居場所がバレてしまうようにしか思えない。

 

 

 

 

サトカは、元宮チアキという生徒のことを『本質的には良い子』なのだろうとは思っていた。

 

万魔殿の構成員になれるような生活が出来ているなら、ちゃんとした医療機関で適切な治療を受けられたはずだ。

 

自分で言うのもなんだが、こんなブラックマーケットの薬売りに頼らなくても、選択肢は山ほどある。

 

しかし、何故自分が選ばれたのか、という理由を考えると『周囲に治療していること』がバレたくないからだろう。

 

「はぁ……」

 

思わずため息が出てしまった。

 

そもそも自分は薬学専門であるから、心理学とかそういう方面には疎い。的場サトカは『全知』ではないのだ。

 

もはやチアキは自分でどうにかできる患者ではない。自分にできるのは『気分が良くなる薬』を渡すことだけである。

 

秘密裏にミレニアムと連絡を取ってみるべきだろうか。

 

そう考えながら、サトカは窓から月を眺める。

 

 

 

――窓からピンク色の流星が飛び込んできた。

 

 

 

――――

 

 

 

窓ガラスが砕け、夜の静寂を切り裂いてエイミが飛び込む。

狙いは正確。着地の瞬間、膝蹴りを的場サトカの腹部へ叩き込んだ。

 

「がっ……‼︎」

 

湿った音と共にサトカの身体が折れ曲がり、薬品棚の脇へ転がる。薬瓶が床を転がって、カランと不穏な音を立てた。

 

エイミは迷いなく二歩踏み込む。ここで距離を空ければ、銃を使わざるを得ない。

だが、薬品棚の中身は劇物ばかり。下手に引火すれば、爆発する可能性すらある。

 

――だから、接近戦で終わらせる。

 

そのままエイミは流れるような動作で二撃目に移行、しかし、サトカもこのまま無抵抗でやられるような性格ではない。荒くれ者の街、ブラックマーケットで生きていく為にはこうした荒事への備えも当然していた。

 

サトカは、咳き込みながらも、わずかに腰のあたりへと手を伸ばした。指先に挟まれていたのは、小瓶に仕込まれた極細のスライド注射器。銀色の針がかすかに光る。

 

「……!」

 

エイミがもう一度蹴りを入れようとした瞬間、サトカは身体をひねって注射器をエイミの太腿に突き刺した。

 

「勝った……ッ!」

 

蹴り飛ばされるサトカの口元に、わずかに勝ち誇った笑みが浮かぶ。薬剤師としての誇りが滲んでいた。

 

「…………」

 

エイミは、自分の脚の感覚でサトカが何を打ち込んできたのか推理する。

 

おそらく、麻痺毒の類だろう。

 

――まぁ、自分には影響がないから無視でいい。

 

「なっ、なんでッ……!」

 

エイミは、突き刺さった注射器を無造作に引き抜くと、握りつぶした。

 

「即効性の麻痺毒、それも神経伝達を遮断して筋肉をロックする合成毒素だぞ!象だろうが打ち込めば一瞬で5時間は動けなくなるような……」

 

サトカは、分かりやすく狼狽えていた。当然である。この毒はサトカがブラックマーケットで生き抜くために用意したとっておきだったのだ。

 

「そっか、すごいね」

 

エイミはあっさりと遮った。毒の効能を分析するまでもない。

体感からして、自分の筋肉に麻痺の兆候は皆無。全く効いていない。そもそもエイミは、回復力と耐久力に優れているが、そこからさらに異常状態への耐性をつけているのだ。効くはずがない。

 

「くっ……!」

 

呻き声を上げたサトカが、再び何かを言いかける。

その瞬間、エイミは無言で手を伸ばし、サトカの腕を取り、捻り上げる。骨が軋む感触が掌に伝わる。

 

「――あててててて!」

 

苦痛に耐えかねたような悲鳴。肩の関節に圧を加えると、サトカの全身から力が抜けた。

もはや反撃の余地はない。

 

「申谷カイの居場所を教えるから代わりに解放ってのは……?」

 

懇願のような言葉が口をついて出る。だが、エイミは冷たく返す。

 

「じゃあ、それも捕まえた後で聞いておく」

「あー、完全に余計なこと言ったわ……イテテテ」

 

サトカが呻く中、エイミは薬品を踏まぬよう注意深く足元を見て、拘束具を手に取る。

サトカの両手首にカチリと固定。確認してから腰の通信機を取り出した。

 

銀色の筐体に指を滑らせ、指紋認証を通すと、ホログラムの画面が静かに起動する。

 

「こちらエイミ。ターゲット、確保しました」

 

映し出されたのは、リオ会長。端正な顔立ちに、わずかな笑みすら浮かべていない。

 

『ご苦労様。……さて、久しぶりね、サトカ。大体一年振りぐらいかしら?』

 

エイミは黙ってサトカの顎を押し上げ、画面へと顔を向けさせる。

その目に映ったリオの姿を見て、サトカの口が歪んだ。

 

「リオ……ッ!」

 

絞り出すような声だった。リオは一切の感情を見せず、その言葉を受け止めるだけ。

 

エイミは何も言わず、その場に膝をついてサトカの動きを封じたまま、ただ通信が進むのを待っていた。

 

エイミの仕事は、確保と監視。サトカの過去や想いに立ち入る必要はない。

 

「……随分と凄い拾い物をしたんだね、これが噂の『懐刀』かな?」

 

サトカの言葉に、エイミは反応しなかった。心中では、いや違う、それは飛鳥馬トキの方だ、と否定していたが、口には出さない。

 

『その話はミレニアムに戻ってきたら好きなだけしてあげるわ』

「はぁ……流石にリオの私兵の動向は探れないか……もう良い、私の負け」

 

エイミは、サトカを押さえつけながら黙って聞く。どうやらサトカはエイミが調べて発見したのだと思っているらしい。実際は違う目的で尾行をしていたら偶然発見してしまっただけに過ぎないのだが。

 

『あら、じゃあ素直にミレニアムに戻ってきてくれるということでいいのね?』

「……はぁ、まぁ、うん、そうだね。この状態から逃げられるほど私は強くない……ただし、ここから大人しく出て行くために、ひとつ条件がある」

 

エイミは眉をひそめる。視線の先で、サトカが窓の外を一瞥した。

 

 

 

「元宮チアキもミレニアムに連れてきて。それが条件」

 

 

 

『元宮チアキ……?ああ、ゲヘナの万魔殿の。……一体どうして?』

 

リオ会長は、あくまで知らないふりをしていた。チアキを調べていてサトカを発見したと言えば、サトカはそこを詰めてくるだろうと予想しているからだ。

 

その駆け引きにエイミは口を挟まない。ただ、ここでサトカの視線にわずかな熱が宿ったのを見逃さなかった。

 

「……治療中の患者を途中で投げ出すのは、主義に反する」

 

その言葉には、迷いがなかった。

 

「患者を途中で投げ出したくないから、患者が勝手に自分から投げ出されようとするのが嫌だったからこうして薬を作っているのだけど、まぁ、あなたみたいな人には理解できない考えだよね」

『…………』

「話しても時間の無駄でしょ?合理主義のあんたが一番嫌う展開だろうからさっさと済ませよう」

『そうね。エイミ、サトカを……』

 

リオの指示が始まった瞬間、エイミは第六感のような感覚が何かの『気配』を感じ取る。

 

――来る。

 

空気の流れが変わった。嫌な予感がしたエイミは通信を即座に切断する。

 

「おっ、良いところに来たね。この人たちは私の故郷の……」

 

しかし、エイミよりも先に来訪者を目にしたサトカは、まるで対照的に嬉しそうな口調で口を開いた。

 

その反応に、エイミは嫌な予感を覚える。

 

まぁ、このタイミングでサトカのアジトにやってくるということは、サトカの『治療相手』だろう。つまりは――

 

「へっ?」

 

サトカの顔に、困惑が浮かぶ。

 

「ちょ、ちょっと待って、別にこの人たちはあなたに危害を加えようとする訳じゃあない……むしろ救ってくれる人たちだ」

 

サトカの声は、どこまでも優しかった。腐っても医者の端くれなのだろう。

 

「だから、その銃は下ろした方が……良いと思うよ、()()()()()

 

 

 

 

 

エイミの背後に立っていたのは――元宮チアキだった。

 

 

彼女が構える銃は、赤黒い輝きを放ちながら、確かにエイミの額を狙っている。

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