元宮チアキではなく、“元”チアキ 作:元宮チアキ以外の誰か
不審な箇所があったらこっそり教えてください。
ああ、何をしているのだろうか。
自分でも分からない。
いつものように薬を貰いにきたら、サトカのアジトが何やら騒がしい。
ブラックマーケットだからいざこざの一つや二つはあるだろう。そう思って、いざという時は助けに入れるように銃に弾を込めた。
ちゃんと使ったことはないけれど、多分なんとかなるだろう。
息を殺して、中の気配を探る。
『ご苦労様。……さて、久しぶりね、サトカ。大体一年振りぐらいかしら?』
聞いたことのない声だった。
じゃあ、原作キャラじゃないはずだ。と、ホッと胸を撫で下ろしたのも束の間……
『リオ……ッ!』
その希望はあっけなく砕け散ってしまった。
リオ、リオ……
ミレニアムサイエンススクールのトップである調月リオ。
ああ、そうか、リオも『私』の記憶の中では未実装だったなぁ、そういえば。
『……随分と凄い拾い物をしたんだね、これが噂の『懐刀』かな?』
『その話はミレニアムに戻ってきたら好きなだけしてあげるわ』
サトカを拘束しているのは、和泉元エイミだった。
トキじゃないのか? ……いや、それは些細な問題だ。
まずい。このままだとサトカがミレニアムに連れて行かれる。
キヴォトスの規範では、それが正しいのだろう。
でも、私にとっては――困る。
薬が手に入らなくなる。つまり、“元宮チアキ”でいられなくなる。
なぜ、こんなことに。
いや、大丈夫。
原作に影も形もなかったサトカなら、きっとここから逃げ出せる。
……そう信じた。
『元宮チアキもミレニアムに連れてきて。それが条件』
『元宮チアキ……?ああ、ゲヘナの万魔殿の。……一体どうして?』
__バレた、ゲヘナでもなく、ミレニアムに
時間が、止まってしまったような感覚がした。
時間にしてみれば1分ぐらいのことだろうが、私の中ではまるで何日も止まったままのよう。
本来の流れを、自分が変えてしまった?
いや違う。
こうして『原作と違う元宮チアキ』をリオとエイミに知られた時点で終わりだ。
どうすればいい?
ここから、何をすれば?
薬が切れていなくても正常な思考ができているとは言い難い『私』の脳が、こんな状況で正しい判断ができるはずもなかった。
そして――
気づいた時には、私は物陰から飛び出していた。
和泉元エイミに、銃を向けていた。
「ちょ、ちょっと待って、別にこの人たちはあなたに危害を加えようとする訳じゃあない……」
サトカの声が届く。
自分でも、何をしているのか全く訳が分からない。
でも、それをどうにかできる期限はとっくの昔に過ぎ去っている。
「むしろ救ってくれる人たちだ」
違う、そうじゃない
私は救われたいんじゃない
――『元宮チアキ』になりたいだけなんだ
高まる『私』の感情に応えるかのように、元宮チアキの銃が赤黒い光を放ち始める。
「……ねぇ、なんとかできないの?」
和泉元エイミは、おぼろげな記憶と同じように何を考えているのか分からない表情で、サトカを抑え込みながら全く動揺せずにこちらを見つめていた。避けるそぶりを全く見せないエイミに、サトカは困惑した様子だ。
流石はエイミ。ボロボロな『私』と違って、あなたは『強い』。
ゲームでお世話になったころと何も変わらない、原作そのままの頼もしさが、そっくりそのまま『私』に立ちふさがる壁となっている。
チアキの『シナリオ的な強さ』は全く知らないけれど、少なくともミレニアムの特異現象捜査部のエースに匹敵するほど強くはないだろう。
断言できる。この世界線のキヴォトスは、既定路線から外れている。
エイミがチアキと闘うなんて、ありえない。それも、エデン条約前で。
――私のせいで、原作から離れ続けているのだ。
もしかしたら、「的場サトカ」も私が知らなかった原作キャラなのかもしれない。
言われてみれば、『記憶の中のミレニアム』に医療系部活は無かった。それ以降のキヴォトスではミレニアムに医療系部活があったとしてもなにもおかしくはない。
まあ、そんなことはもはやどうでもいい。
赤黒く光る銃口から、禍々しい光を帯びた弾丸が放たれる。
確かなことが、ひとつだけあった。
――引き金を引いたのは、“私”だった。
『本当ですか?』
――――
「そう。まずは私がサトカを丸め込む。ここはミレニアムと合同作戦でも良いかもね、サトカを捕まえる以上向こうにも話を通さないといけないから」
周囲に怪しまれないように用意した『エデン条約に伴う万魔殿の臨時顧問』という表向きの理由で先生は、マコトたちとサトカの扱いについて話し合っていた。
「その役目はマコトと先生に任せるとして、一応私もサトカの捕獲作戦に参加しておきたいわね。事情を把握している生徒がいた方がやりやすいでしょうし」
ヒナの提案に、先生は一理あると思った。だが、不用意に他校へチアキの情報を開示することには、不安もある。
地獄への道は善意で舗装されている、というように――誰かがチアキを助けようとして致命的なミスを犯す可能性は十分にあるのだ。
キヴォトスの生徒は、一部の例外を除いて基本的に優しい。仲が悪いと聞いていた風紀委員と万魔殿が、チアキを通じて協力しているように。
「えっと……じゃあ私と情報部は変わらずチアキに何があったのかを調べつつ、チアキへの不用意な干渉を防ぐ係……で、良いのよね」
やや不安げに言ったサツキに、マコトが頷いて応じる。
「よし、今後の展望はこんなところか。ここまでで何か質問はあるか?」
マコトが時計をちらりと見て、会話をまとめにかかる。特に質問はない。……いや、一つだけあった。先生が確認しておきたいことが。
「……チアキが美食研究会のことをかなり苦手にしているみたいなんだけど、その辺りの理由って分かってる?」
先生はそう言いながら、思い出していた。イズミから「なんか去年?にアカリが脅かして以来、近寄らなくなっちゃったらしいんだよね」と聞いたが、詳細は知らない。
「ああ、それならハルナに話を聞いてきた――」
「えっ!?」
サツキの大声が、マコトの話を遮った。彼女は通信機に耳を当てながら、困った顔で先生の方を見つめている。
みるみるうちにサツキの顔色が青ざめていった。
「……どうした」
「サトカのアジトで……戦闘が……」
「何?」
「今、チアキがいるのよね?」
「えっと、アジトに入っていってすぐ騒がしくなって……」
先生はサツキの説明を聞きながら、頭をフル回転させた。
先ほどまでの話が正しいならセミナーとC&Cは動いていないとのこと。ということは、ミレニアムがサトカの身柄を抑えに来た可能性は低い。チアキとサトカの間に何かトラブルがあったのか? いや、戦闘になるほどチアキはまだ壊れていない……はずだ。
可能性として考えられるのは『別な患者』か。とにかく、チアキの安全を確保するのが最優先だろう。
このままでは、チアキが爆発しかねない。
「見張ってるのは誰?」
今、チアキに接触できるのは監視役の生徒だけだ。なんとかできないかと先生は訊ねた。
「えっと……先生は会ったことないと思うけど、情報部の子で……私のことをすごく慕ってて、信頼できるから任せてるんだけど……」
「戦闘はできる?」
「う、うーん、私よりは……」
「……言い方は悪いけど、期待しない方が良いわ。人には人の得意分野と苦手分野があるのよ」
サツキとヒナがそう言うなら、戦闘には向かないのだろう。
「とりあえず、現地に戦闘ができて、なおかつこちらに協力してくれそうな生徒がいないか探してくれ」
マコトが指示を飛ばした。
「必要だったら、シャーレの名前を出してもいいよ」
『分かりました!』
通信が静かになる。
「ヒナ、行こう」
「……大丈夫なの?」
ヒナが心配そうに尋ねる。
「ヒナとブラックマーケットをパトロールしていたら、偶然戦闘に巻き込まれて――という体でいく」
珍しく、自分でも無茶な作戦だと感じていた。焦りは思考を鈍らせる。
「だからマコト、ちょっとミレニアムに……」
そこまで言ったところで、ふと、先生の中で点と点が嫌な形で繋がってしまった。
――居る。
ミレニアムで、セミナーでもC&Cでもなく、その上で『チアキの異常』を知っている生徒が。
そして、チアキを『善意』で助けようとし、なおかつ『サトカの脅威』をよく理解していそうな生徒が――。
いるじゃないか。
「……もしや」
メールが届いた。
明星ヒマリからだった。
『突然のご連絡申し訳ありません。
実は、この間先生と話してからどうしてもチアキさんのことが気になってしまい、私とエイミで個人的に調べていました。
その過程で私たちミレニアムの問題児である的場サトカという生徒を発見しました。
ミレニアムとしても、他校の生徒さんにこれ以上ご迷惑をおかけする訳にもいかないので、私たちはサトカの確保に尽力することにし、チアキさんの調査をいったん中断して先生に協力する形にしたいと思います。
とりあえず私たちの調べた情報を添付しておきますのでご確認ください。
おそらく、このメールが送信されている頃にはエイミが既にサトカの身柄を取り押さえている頃かと思われます。
追伸
本来であればもっと早くご報告すべきでしたが、先ほどまでチーちゃんが『先日の車椅子』に対して少々お怒りになりまして……。
思わぬ騒動となり、まとめ作業が一時中断してしまいました。申し訳ありません。』
先生は、静かに頭を抱えた。
ヒマリたちの「とりあえずサトカの身柄は押さえて必要に応じて先生やゲヘナに協力させる」という認識に、非難すべき点はない。
どうせこの後、同じことをしていただろうし、事前に伝えようともしてくれていた。
――問題は、それが今日、このタイミングだったということだけ。
誰が悪いわけでもない。それが、いちばんやりきれなかった。
――――
「まずい……」
和泉元エイミは、チアキが発砲しそうな予兆を察知して、飛び掛かった。チアキは、どう見ても説得に応じてくれそうな雰囲気でもない。
銃弾をあえて体で受け、止める動きである。多数の薬品やら機械が集まっている部屋で発砲されては、何が起こるか分からない。エイミがサトカに対して近接戦闘を選んだ理由だった。
飛び掛かって銃弾を体で受け止めるという判断は悪くない。エイミの耐久力なら問題なく受け切れる。流石はリオ会長の懐刀の一人と褒めるべきだろう。
だが、ひとつ。
エイミにとって大きな誤算があった。
それは、銃弾が全てエイミに命中するという前提の下の行動であったこと。
――『元宮チアキ』はこんな状況で正確に狙いを定めた弾が撃てるほど、強い人間ではない。