元宮チアキではなく、“元”チアキ 作:元宮チアキ以外の誰か
元宮チアキ、
ゲヘナ自治区に住むごくごく普通の明るい少女である。
幼いころから好奇心旺盛でカメラを入手してからは、周囲の人々や風景を思い出として記録することに楽しさを覚えるようになった。
趣味に「友達作り」を挙げるぐらいには、交友関係が広く、誰とでもすぐに打ち解けてしまうような、明るい子。
それが、本来の元宮チアキ。
でも、彼女はもういない。
いるのは、『偽者』である。
元宮チアキは、この春からゲヘナ学園に進学することが決まっている新入生
入学式を明日に控えた今日は、これから三年間を過ごすことになる新居へと荷物を運び込んでいた。
「ありがとうございましたーっ!」
引っ越し業者に元気よくお礼を伝える。チアキはそのまま、トラックが見えなくなるまで全力で手を振り続けた。業者の一人が思わず苦笑いを浮かべて手を振り返す。態度の悪いことで知られるゲヘナの生徒らしからぬ丁寧な対応に、少しばかり心を打たれたようだった。
トラックを見送ったチアキは、満足そうに頷きながらこれから3年間過ごすこととなる部屋に戻る。
まだ、ベッドと机と椅子しかない部屋だがきっとこの3年間の間に、いろんな思い出で埋まっていくことになるのだろう。そう考えると、まだ入学式すら終わっていないのに、今後のゲヘナでの学園生活が楽しみで楽しみで仕方がない。
「荷解きは……明日にしますか!」
本来なら午前中には引っ越しが終わるはずだった。しかし、治安が悪いことで知られるゲヘナ自治区では、そううまくはいかない。どうやら大通りで戦闘が発生し、通行止めと渋滞に巻き込まれてしまったのだ。
作業が終わる頃には、すっかり陽も傾き、空は橙色に染まっていた。
こんな時間にドタバタ荷解きをして物音を立てるのは、これから仲良くしていきたい近隣住人に迷惑かもしれない。
それに、程よい空腹感が食事を求めている。ベッドは既に運び込まれているのだ。何もしなかったとしても、今夜は無事に眠れるだろう。
チアキは、新たな出会いを求めて、外へと飛び出した。
「よーし、夕ごはん探しの冒険、出発です!」
それから約二時間後。完全に陽が沈み、街に灯りがともる頃。
「いや〜、美味しかったーっ!」
チアキは満足げに帰宅した。手には小さな紙袋と、ほんの少しだけ疲れのにじむ笑顔。
「親切な先輩方に、おいしいお店も教えてもらっちゃいましたし、ついでにお皿とかコップとかも買えたし……完璧!」
実は、特に下調べもせずにそのまま外へ出たのだが、ゲヘナ自治区の飲食店のカオスぶりを甘く見ていた。どこも独特すぎて、入る勇気が出ない。
だが、そんなチアキに声をかけてきたのがゲヘナ学園に通っているという先輩2人組。
どうやら『おいしいものを追求する同好会』をやっているらしく、いかにも「何か食べようと思って外に出てきたは良いけど何を食べようか全然決まらなくて困っている」ような顔をしていたチアキが気になってしまったのだとか。
おかげで初日から素敵な出会いに恵まれた。自分も、いつかあんなふうに頼れる先輩になれたらいいな――そう思いながら、チアキは買い物を済ませて帰ってきたのである。
「でも、なによりの掘り出し物は……これですよ、これ!」
紙袋から取り出したのは、一冊の日記帳だった。
「半額セールのワゴンにあったんですけど、どうして売れ残ってたのか不思議なくらい素敵……!」
日用品を探して入った雑貨屋で偶然見つけた、花柄の可愛らしい日記帳。表紙を見た瞬間、チアキの心はそのデザインに一目惚れしてしまっていた。
新生活の始まりに、日記を書くのも悪くないかもしれない。そう思って、迷うことなくレジへと向かい、この日記帳と共に一緒に新生活を始めることにしたのだ。
「ふふふ……じゃあ、早速書いちゃいますよーっ!」
新品のノートにペンを走らせる瞬間、なぜか文字を丁寧に書きたくなる。すぐにいつもの字に戻るとわかっていても、その最初の一文字に気合が入る。
そんな昂る気持ちをそのまま込めて、日記帳の最初のページが静かに埋まっていった。
○月△日
いよいよ明日から私も高校生!!
しかも、ついに!念願のゲヘナ学園の生徒です!!
今日は朝からずーっとドキドキが止まりませんでした!
胸がバクバクして、もう苦しいくらい!!
しかも、まだ入学もしてないのに、親切な先輩方にごはんまでご馳走になって、おすすめのお店も教えてもらって……!!
ほんとに優しくて、絶対に入学したらちゃんとお礼言わなきゃ!!
ああもう、全部が楽しみすぎてどうしよう~~!!!
どんな友達ができるかな?どんな授業?部活はどうしよう!?
寮生活もワクワクだし、考えるだけでニヤニヤしちゃって、たぶん今日は一睡もできないかも!!!!!!
ああああ~!早く明日になってほしいーーー!!!
でもこれ以上書いてたら本当に寝れなくなりそう!まだまだ書きたいことあるけど、今日はここで終わり!
「……よしっ」
眠れないかも、と書いたばかりだが、気づけばあくびがこぼれていた。やっぱり眠いものは眠い。明日は大事な入学式。寝坊は絶対にできない。
元宮チアキは、期待と希望で胸を膨らませながら、ふかふかのベッドにもぐりこんだ。
明日から始まる、ワクワクに満ちたゲヘナ学園での生活を夢に描きながら、静かに眠りについた。
――そして、そのままチアキが目覚めることはなかった。
代わりに目覚めたのが『私』である。