元宮チアキではなく、“元”チアキ   作:元宮チアキ以外の誰か

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最終編になります。


知らないのではなく、これから知る

朝。

 

それは、時間が動いている限り、何があっても絶対にやってくるもの。夜が来れば朝が来るのは当たり前のことであり、朝が来ることに特別な理由なんてない。

 

沈んだ太陽が、地平線から顔を出すから。ただそれだけの理由である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

——随分と、長く眠っていたような気がする

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

故に、『元宮チアキ』が、目を覚ましたことにも特別な理由なんてない。

 

寝たから起きた。

 

本当に、ただそれだけのことである。

 

 

 

 

 

 

 

——目覚ましのベルは、ずっと『昔』に鳴り終わっていた。

 

カーテンの隙間から、薄く差し込む朝の光が、まだ眠りから目覚めた少女のまぶたを照らし、『春の陽気』を感じさせる。

 

布団の肌ざわりに包まれたまま、少女——『元宮チアキ』は、ぼんやりとまぶたを持ち上げる。

 

 

 

目が覚めたら、知らない部屋だった。

 

見知らぬ天井。無造作に積まれた段ボール……違う。知らない部屋などではない。

 

『昨日』引越してきた部屋だ。

 

知らない部屋ではなく、これから知っていく部屋の方が正しいだろう。

 

 

 

「くぅ~っ!いい朝ですねぇ~!!」

 

チアキを包む日の光は、春の陽気にしては少々暑い気がした。まあ、今日は少し薄着に……

 

「って!今日はこんなゆっくりしてる場合じゃなかった!」

 

寝起きに浴びた春の陽気にあてられ、このまま目をもう一度瞑りたくなったが、すんでのところで『今日が入学式である』ことを思い出したチアキは、ゆっくりと上体を起こした。

 

そして、

 

「——え?」

 

目が、携帯の画面に映った『時刻』を確認した瞬間、頭が真っ白になる。

 

7時57分。入学式の受付時間は、8時半までだった。

 

「うそ、うそ、うそっ……!?ちょっと待って!?なんで!?目覚まし鳴ってた!?」

 

叫びながら跳ね起きた。布団を蹴飛ばしてベッドから脱出しようとしたが、掛け布団に足が引っ掛かり、派手に転びそうになる。ぎりぎりで壁に手をついて体勢を立て直し、息を切らせながら部屋を見渡した。

 

部屋は、『昨日』と何も変わらず、ベッドと机と椅子しかない。

 

まだ段ボールに入ったままの荷物たちが、一刻も早く出してほしいと訴えるように部屋の隅で存在感を放っていた。

 

「あーもう!『昨日の夜』に目覚ましはちゃんとセットしたはずなのに~!!」

 

どうして目覚ましが鳴らなかったのだろうか。しかし、今はそんなことを気にしている場合ではない。

 

チアキはバタバタと壁に掛かっていた制服に手を伸ばした。

 

「……あれ、昨日段ボール開けたっけ?」

 

貰った制服や鞄はまだ段ボールから出していない筈なのに、綺麗に並べられている。

 

覚えていないだけで、実は寝る前に準備して——いや、だからそんなことを気にしている場合じゃないんだって!

 

とにかく着るしかない。

 

袖を通し、髪の毛を梳かし、角を磨く。リボンはうまく結べなかった。仕方なく、制服のポケットにねじ込む。

 

荷解きを先延ばしにしてしまうから、こうして遅刻してしまうのかもしれない。

 

そう考えたチアキは、入学式が終わって落ち着いてから最初に荷解きをすることに決めた。寝ぐせがぴょんぴょん跳ねたまま玄関の前に立って携帯の画面を見る。入学式が始まる20分前を示していた。

 

「うぅ~、こうなったら朝ごはんは途中のコンビニでおにぎりとかで済ませて……今日からゲヘナ生なのに初日からこんな感じじゃあ……あーもう!早く行かなきゃ!」

 

『昨日から変わっていない部屋』から慌ただしく出て行くチアキを、壁に貼り付けられている『昨日には存在していなかった(イブキが描いた)絵』たちが静かに見送る。しかし、チアキはそんな絵に目を向けられるほどの余裕はなかった。

 

「行ってきまーす!!」

 

チアキは、誰もいない部屋に叫ぶようにして言い放ち、ドアを開け放った。

 

 

 

当然ながら、この部屋には『元宮チアキ』以外存在しない。

 

——返事は返ってこなかった。

 

 

 

 

 

勢いよく開け放ったドアから、チアキの顔に朝の空気が一気に顔にぶつかってくる。

 

「えっ、あ、へっ……?」

 

その空気に混じって、困惑の声が聞こえてきた。声の主は、ゲヘナの制服を着ている。驚かせてしまったのだろうか。

 

「もしかして、お隣さんですか?」

「あ、えっと……」

「おはようございます!昨日お隣に引っ越してきた元宮チアキですが…………って!私急いでるんです!遅刻しそうなので、またあとで伺いますね!」

 

本当なら、もう少しお話ししていたかったが、流石にこれ以上ゆっくりしている余裕はない。

 

軽い挨拶と自己紹介だけ済ませて外階段を駆け下りる。昨日、寝る前に頭に叩き込んだ道順を頼りに、チアキは走った。

 

新しい町並み。見知らぬ通学路。すれ違う人は全員知らない顔。

 

久しぶりだった。

 

知らないことに溢れている環境というものは。

 

こんなにたくさんのことをこれから知ることができるなんて。

 

ああ、私は『幸せ』だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

チアキの部屋の前で張り込んでいた情報部の生徒は、走っていくチアキを見送る。今から追いかけても追いつかないのは、昨日でよく分かっていた。

 

「一体何が起こってるんだ……」

 

部屋から飛び出てきたチアキの様子は、サツキから聞いていた情報や『今までの元宮チアキ』と比較すると、想像もつかないほどに明るく元気だった。

 

それに、しばらくチアキは部屋に引きこもってしまうだろうから優しく見守っていてほしいと指示されていたのにも関わらず、勢いよく玄関から飛び出してきたのだ。しかも、自分からである。

 

「……とりあえず、サツキ様に報告しよう」

 

 

 

 

 

 

 

 

履きなれていない靴のせいで転びそうになりながら、それでも止まらず、早足で角を曲がる。

 

同じような制服を着た子たちが前を歩いているのが見えた。数人の集団に追いつくと、みんながチアキのほうをちらりと振り返った。

 

誰の顔も知らない。

 

でも、だからこそ。

 

「おはようございますっ!」

 

チアキは、できるだけ明るい声で、そう言ってみた。誰も返事はしなかったけれど、なんとなくひとりで歩いているより、気持ちはましだった。

 

仲良しの友達は、まだ近くにはいない。近所の公園も知らない。コンビニの位置すらちゃんと分からない。

 

だけど今日からは、ここが「日常」になる。

 

そう思うと、胸がふるえてくる。

 

緊張。期待。不安。焦り。

 

それらが全部ぐちゃぐちゃに混ざって、チアキの心の奥でぐるぐると回っていた。

 

でも、止まりたくなかった。

 

置いていかれたくなかった。

 

遅れそうでも、ぐちゃぐちゃでも、始まりが最悪でも——それでも、今日という日はたった一度きりだ。

 

胸を押さえながら、もう一度走り出す。

 

新しい春は、あまりにも慌ただしくて、混乱していて、だけど確かに、ここから始まろうとしていた。

 

 

 

 

——だが、今は夏である。

 

 

 

 

「あっ、あれ……?」

 

途中で買ったパンを口に挟みながら登校するという、どこかで見たようなシチュエーションで必死に辿り着いたゲヘナ学園は、入学式という雰囲気ではなかった。

 

息も絶え絶えになりながらパンを咥えているチアキを、生徒が不審な目でチラチラと見てくる。

 

「……もしかして、何か間違えました?」

 

しかし、そんなはずはない。

 

門にはゲヘナ学園の校章が付いているし、入学式の前日に引っ越す予定だと何度も確認した。

 

もしや、入学式はゲヘナ学園ではなく、別な施設が会場だったのでは?

 

「あ、あの……」

 

チアキが訳も分からず途方に暮れながらパンを齧っていると、高身長の生徒が恐る恐るといった様子で声をかけてきた。上級生だろうか。

 

「あ、すみません!入学……」

「チアキちゃん……よね?」

「えっ、はい!元宮チアキですが……」

 

目の前の上級生らしき生徒は、何故か『私』の名前を知っていた。初めて会う相手のはず。

 

 

 

——なのに、どうして泣きそうな顔をしているんだ。

 

 

 

「よかった……っ!!」

「わっ、えっ、何事!?」

 

急に、抱き着かれた。

目の前の彼女は、ピンクの長髪を擦りつけながら、私の胸で泣いている。顔を揺らす度、連動して真上に伸びた赤い角が顔の近くで揺れて危ない。

 

「本当に……っ、もう会えないんじゃないかと思って……」

「えーっと、誰かと間違えてませんか?」

「間違えてなんかいないわよ……私も、マコトちゃんも、イロハも、先生も、みんなみんなずっと心配してて……」

 

『知らない人』しか出てこない。

 

ドラマとかだったら最終盤の感動的なシーンなのかもしれない。だが、そこだけ見ても今までの『積み重ね』がないので置いてけぼりをくらってしまうように、話についていけない。

 

横を通り過ぎる生徒たちが、パンを咥えていた時よりも、遠巻きになった。このままでは、記念すべき第一日目に悪目立ちしてしまう。

 

というか、こんなことをしている場合ではないのだ。

 

「って!そうじゃなくって!私は入学式の会場に向かわないといけないんですよ!」

 

無理やり引きはがすと、制服は涙でべちょべちょになってしまっていた。新品なのに……、と残念に思っている余裕もない。

 

「……にゅう、がくしき?」

「そうですよ!場所を教えてくれませんか!?それが終わってからお話は好きなだけ聞いてあげますから!!」

 

一刻でも早く会場に向かわないといけない。

だというのに、目の前の彼女は不思議そうな顔をするばかりだった。

 

「……どうして?」

「どうしてって……私がこのゲヘナ学園に入学する新入生で!今日が入学式だからに決まってるでしょう!?」

「……えっと、大丈夫かしら?」

「大丈夫じゃないですよ!だってもう始まっちゃう時間ですよ!ほら!」

 

携帯の時計を見せる。しかし、目の前の彼女は納得するそぶりを見せない。

 

「……チアキちゃんは……2年生でしょう?」

「へっ?」

 

2年生?何を言っているんだ。

だって私は、『今日から』この学園の生徒となる『元宮チアキ』のはずだ。

 

「そして今は……夏よ?入学式のシーズンなんてとっくに……」

「ええっ!?」

 

携帯の画面を、改めてゆっくり確認する。

 

どうみても、『春』とは言い難い日付がそこには表示されていた。

しかも、寝る前に見た日付から『約1年半』進んでいる。

 

 

「ええーっ!?!?!どういうことぉーっ!?!?」

 

 

——ゲヘナ学園での生活は、どうやら大波乱の幕開けとなってしまったらしい。

 

 

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