元宮チアキではなく、“元”チアキ   作:元宮チアキ以外の誰か

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長続きはしません
この作品も、チアキも


見逃さないのではなく、見ていない

「おはよー!」

 

『元宮チアキ』は元気よく扉を開けて万魔殿の部屋に入る。

だが、その明るさとは対照的に、見た目はボロボロだった。

 

別にいつも『私』は身も心もボロボロではあるが、今回はそういう精神的なものではなく物理的なものだ。

 

「えっ、ちょっとどうしたのよ」

「あはは……ここに来るまでにちょっと襲われちゃいまして……」

 

キヴォトスという土地は基本的に治安が悪い。まあ、これは『私』の中での価値観でしかないが。

そしてこの『元宮チアキ』の通うゲヘナは、キヴォトスでも上から数えた方が早いぐらいには治安が悪い。

 

今回登校中に襲ってきた不良はどうやら万魔殿に恨みがあったようで、『元宮チアキ』を拉致して金銭を要求するつもりだったらしい。

なんともまあ、甘い計画だろうか。それをしたところで風紀委員に叩き潰されて終わりだろうに。

 

マコトの計画の方が聞いていてワクワクするだけマシだろう。

 

ただ、それはそれとして『元宮チアキ』に危機が迫っていたのもまた事実である。

もしかしたら、『元宮チアキ』は複数の不良に襲われても切り抜けられるぐらい強いのかもしれない。

 

__でも、『私』は弱い。

 

だから、逃げた。

適度に応戦しつつ、隠れて、逃げる。

 

逃げるのと隠すのは得意だから。

 

「__それで、途中で偶然出会った風紀委員に押し付けて逃げてきたってわけ」

「……災難だったな」

 

傷だらけになった制服を脱ぎ、新品の制服に着替えつつ、私は他のメンバーに先ほど体験した出来事を話した。

 

「キキキッ!だが!この万魔殿にケンカを売ったのは間違いだったな!イロハッ!今すぐ叩き潰してこい!」

「え、嫌です」

「何だと!?」

「めんどくさ……いえ、風紀委員が対処しているならもう終わってるんじゃないですか?」

「ぐっ……確かにそうだ。おのれ風紀委員め、我々の仕事を奪いおって……」

「はぁ……それで、体の方は大丈夫なんですか?怪我とか」

 

見当違いな恨みを募らせているマコトを無視してイロハが私に訊ねてきた。そのマコトもきっと彼女なりに心配しているんだろう。

 

「大丈夫です!カメラは無事ですし、目立つケガもないですよ!」

「ならいいんですけど……」

 

そう言ってイロハはソファーに寝ころぶと読書を始めた。

 

私は、もう一度自分の肌をよく見る。

 

 

 

『元宮チアキ』は外見だけキレイだった。

 

――

 

「もう! 万魔殿め! せっかく委員長への贈り物を選びに来ていたというのに!」

「……普段のアイツらを擁護するわけじゃないけど、今回は万魔殿悪くないだろ」

「まあ、そうですね」

 

風紀委員のアコ、イオリ、チナツの3人は、日頃頑張っているヒナ委員長への贈り物を探すため、朝早くから商店街を見て回っていた。

ところが、その最中、チアキに不良の対応を押し付けられ、急遽そちらに駆り出される羽目に。

 

__まあ、言ってしまえばザコだった。ほぼイオリ一人で片付く程度には。

 

「お疲れさまでした。後は私がお預かりします」

 

そんなこんなで、イオリとアコにボコボコにされた不良たちは、救急医学部のセナによって、救急車に乱雑に積み込まれていく。

 

「はっ……もうこんな時間! イオリ! チナツ! 早くしないと活動が始まってしまいます! その前に委員長への贈り物を選びますよ!!」

「あっ、ちょっとアコ!」

「……ありがとうございました。それでは失礼します」

 

ものすごい勢いで走り出したアコを追いかけ、イオリとチナツも慌ててその後を追う。

 

彼女たちを見送ったセナは、救急車に乗り込もうとしたその時、足元に目を留めた。

 

「おや」

 

足下には万魔殿のロゴが入った小物入れが落ちている。

 

「風紀委員のもの……いえ、これはチアキさんでしょうか」

 

こんな派手なデザインのポーチを使うのは、万魔殿のメンバーぐらいだろう。不良に追いかけられていたチアキの物なのかもしれない、とセナは考えながらそれを拾い上げた。

 

――

 

ない。

 

小物入れが、ない。

 

鞄に穴が開いていたので新品のカバンに移し替えている時に気が付いた。

精神安定剤を入れた小物入れがない。

 

「……チアキ?」

 

まさか、落とした?

 

戦ってる最中に撃たれた弾が当たって鞄に穴が開いていた。

 

忘れたとかはない。出る前に確認してる。

 

じゃあ、落とした。

 

「どうしたの?」

 

まずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずい

 

見られたら?

 

どうなる?

 

チアキはこんなもの使わないのに?

 

「ねぇ」

 

『私』の呼吸が浅くなり、鼓動は早くなる。

 

「……ちょっとチアキ、大丈夫?」

「へっ……」

 

肩を掴まれた『私』が現実を見ると、サツキが心配そうにこちらを見つめていた。

 

「ひどい顔してるけど……」

 

 

「ねぇ、何を失くしたの?」

 

ダメだ。

チアキは、サツキにこんな顔させない。

 

「キキキッ、そんなに大事なものなら情報部に頼んで探させてやろうか?なあに、すぐに見つかるさ」

 

だめ。

 

 

 

 

 

 

「大丈夫ですよ!ちょっと大事な物を落としてきちゃっただけなので!」

 

顔を無理やり『元宮チアキ』に戻す。

 

「それではちょっと探してきますね!」

 

他の万魔殿メンバーからの追求から逃げるように、『私』は部屋を出た。

 

『元宮チアキ』が『私』になってしまう前に。

 

 

 

大丈夫。

まだ時間は経ってないし、どこをどう逃げたかはきちんと覚えてる。

 

だから、だから、きっと大丈夫。

 

まだ、バレてない。

 

――

 

チアキが出ていった後の部屋は静まり返っていた。

サツキは扉を見たまま動かなくなってしまったし、イロハはただ読書しているように見えて、ページをめくる手がまったく動いていない。イブキも、不安そうにキョロキョロしている。

 

これではいけない。

 

「…………絶対大丈夫じゃないですよね」

 

最初に口を開いたのは、イロハだった。

 

「そうだな……」

 

マコトが何とか口を開く。

だが、言葉が続かない。ダメだ。こういうときになんて言えばいいのか、私にはわからない。

 

「……チアキは」

 

マコトがまた口を開こうとした時だった。

 

コンコン、と扉をノックする音が聞こえる。

 

「あっ、どうぞ!」

 

その音でハッとしたサツキが扉越しに呼びかけると、扉を開けて入ってきたのは救急医学部のセナだった。

 

「すみません、今お時間大丈夫ですか?」

「キキッ!丁度退屈していたところだ!歓迎するぞ!」

「ありがとうございます。少しお見せしたいものがあるのですが……ただ……」

 

セナは、顔を動かさずに目をイブキの方に向けた。

なるほど、イブキにはよくない話か。セナの意図を把握したマコトはイロハにアイコンタクトで合図を送る。

 

「……私たちも探しに行きましょうか。虎丸でお散歩ついでに探してあげましょう」

「うん!きっとチアキ先輩も喜ぶよ!」

 

小さく頷いたイロハはイブキを連れて部屋を出た。

 

「……見せて良いぞ」

「これです」

 

セナは懐から万魔殿のロゴが入った小物入れを取り出し、マコトの机の上に置く。

 

「これを使っている生徒に心当たりは?今朝風紀委員からしt……患者を預かった際に発見したものですが」

「あ、チアキのじゃない?さっき落とし物探しに出かけたし、今朝風紀委員に不良任せたって言ってたし……」

「ム、そうかもな。よし、早速連絡して……」

「待ってください」

 

マコトがスマホを取り出し、チアキに連絡しようとした時、セナがその腕を摑んで制止させた。

 

「その前に、こちらを」

 

そう言ってセナが小物入れの中から取り出したのは、銃弾の箱だ。

確か、チアキが使っているものと同一のものだったはず。

 

「これが、どうしたんだ?普通の銃弾の箱じゃないか」

「……問題はこの中身です」

 

セナは銃弾の箱を開け、その中身をマコトの机の上に出した。

銃弾ではなく、大量の錠剤が机の上に山を作っていく。

 

「は?」

「……嘘」

「勝手に中身を見てしまったのは謝罪しますが、持ち主を特定するためだったので」

 

マコトは動揺しながら錠剤の一つを摘まみ上げてみる。いや、錠剤を持ち歩いている生徒なんてたくさんいる。大きさ的に丁度いいし、無駄にたくさん手に入る銃弾の箱を薬入れにする発想もよくあるだろう。

 

だが、その量は異常だった。

 

「……これはなんだ」

「え、栄養剤か何かでしょう?ねぇ……」

「いえ、抗不安薬です。精神安定剤といった方が馴染み深いかもしれません」

 

セナがサツキの疑問に答える。

抗不安薬? チアキは、そんな薬を飲んでいたのか? マコトの頭の中で様々な考えが浮かんでは消えていく。

 

「……そしてこれは非常に言いにくいことですが」

 

セナのその言葉にマコトはごくりと唾を飲み込む。

 

「これは市販されていたり処方されるようなものではなく、ブラックマーケットで流通するような違法な薬品です」

「なっ……」

「効果は強力ですが、その分依存性が強く規制されています」

 

マコトは頭を抱える。

 

「な、何かの冗談よね……?」

 

サツキは震える声でセナに確認をとる。

 

「冗談ではありません。むしろこっちのセリフです」

 

しかし、セナはサツキに目を合わせずに淡々と答えた。

 

「教えてください。どうしてチアキさんがこんなものを使うまで追い詰められているのか」

「し、知らん!私はそんな薬を使うような心当たりは何も知らない。まったく知らん!」

 

心当たりは当然無い。今までチアキがそんな素振りをしたことは一度もない。

だが、自分が知らないだけでチアキはこんな状態になっていたのだろうか。

 

 

 

「……パワハラですか?」

 

 

 

「ふざけるな!私がそんなことを……!」

 

マコトは空き箱を握りつぶし、机をバンッ、と叩く。

その衝撃で机の上に山になっていた錠剤が床に散らばった。

 

「ちょ、ちょ、ちょっと!二人とも落ち着いて……」

「……すまん」

 

サツキの声で我に返る。

いけない。ここで怒鳴っても解決しない。

 

「チアキは……万魔殿の大事な仲間だ……」

「マコト……」

「いえ、こちらこそすみません」

 

セナも少し動揺していたのだろう。謝罪し頭を下げた。

気持ちはわかる。生徒がこんな麻薬じみた薬品に頼っていると知れば、動揺するのが当然だろう。

 

だが、しかしそれ以上にマコトの中では得体の知れない何かが渦巻いていた。

チアキはなぜこんな薬を使っている? 何かの病気なのか? それとも何か特別な理由があって常用しているのだろうか? 何にしろ、このまま放置していい問題ではないことだけは確かだ。

 

「……これは万魔殿の問題だ。こっちで聞き出す」

「……分かりました。それでは、失礼します」

 

セナは一礼して退出した。

 

「チアキ……」

「えっと……どうする?」

 

サツキが不安そうに見つめてきた。

 

「……私にいい考えがある」

 

――

 

『私』は『元宮チアキ』の部屋にいた。

自宅に保管している『薬』を飲んで心を落ち着かせていく。

 

「ふぅ…………」

 

落ち着いた。

 

よく考えれば、錠剤を見られたところでなんだ。

薬を持ち歩いている生徒なんてたくさんいる。

 

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『私』がそんなことを考えているとピロン、と携帯が鳴った。

 

サツキからメッセージが届いていた。

 

『サツキ:探し物を見つけ出すいいアイデアがあるわ!万魔殿の部屋まで戻ってきて!』

『サツキ:(カモン!と言っている謎の鳥のスタンプ)』

 

 

 

 

 

「そう!催眠術で深層意識に呼びかけ、落とした場所を思い出させるのよ!」

「どうだ!このマコト様の完璧な作戦は!」

 

いいアイデアがある、と言われて乗ってみればこんなことだった。

きっと彼女たちなりに気遣ってくれているのだろう。

 

「え~?ほんとうに見つかるんですか?」

 

まあ、乗ってみるが。

チアキはその善意を素直に受け取るかもしれない。

 

 

 

 

 

 

深い静寂が部屋を包んでいた。目の前のサツキが糸で吊るしたコインを揺らしながら優しい声で語りかけてくる。

 

「さあ、リラックスして……私の声だけを聞いて……深く、もっと深く……あなたの心の奥底に触れる扉を、少しずつ開いて…………」

 

本当に効くのだろうか。

まあ、サツキは自信満々だし、効くのだろう。きっと。多分。おそらく。

 

でも、催眠術で探せるとは思わないが。

だって、探しても見つからな……

 

――

 

「すぅ……」

 

 

 

 

 

チアキのまぶたは、ゆっくりと閉じられていった。その表情から緊張が薄れ、顔全体が安らぎに包まれていく。

チアキは催眠状態になっていた。

 

__えっ、うまくいっちゃったんだけど

 

サツキは内心、自分でも驚いていた。だが、それを表には出さず、マコトの方を向く。

マコトは無言で頷いていた。

 

「今朝、チアキは何かを落としたでしょう?それは何?それがどこにあるのか、ゆっくり思い出してみて……記憶の中のどこかに隠れているはずよ」

「……商店街、逃げた時、鞄を盾にした。小物入れを落としたのは……きっとその時……のはず……」

「そう……その小物入れの中には何が……?」

「薬……あれがないと……」

「……!!」

 

マコトの方を見る。

再び無言でうなずいていた。続けろということだろう。

 

「そのお薬、大事なもの?」

「あれが……ないと……『私』は……チアキになれない……!」

「えっと……?」

 

チアキに、なれない?

どういうこと?

 

「あなたは元宮チアキでしょう……?チアキになれないって……」

「違う!」

「!?」

 

チアキがいきなり大声を出して驚いてしまったが、まだ催眠は解けていない。

 

「な、なにが違うのかしら……?」

「チアキは……もう、いない……」

「いないって、どういうこと……?」

 

 

 

「死んだ……」

「えっ?」

「私のせいで……チアキは……チアキは……私が……殺」

 

 

パン!

 

 

マコトが、手を叩いた。催眠の終わりの合図だ。

 

「……マコトちゃん」

「これ以上は、やめよう」

「……そうね」

 

チアキを見る。

苦しそうな顔をして眠っていた。

 

「……ごめんね」

 

イロハがいつも使っている毛布を掛けて、机の上に小物入れを置いて部屋を出た。

 

――

 

「んっ……」

 

『私』は目を覚ました。

 

「あれ……居ない」

 

部屋は、私一人だった。

既に時間は放課後になっている。もう帰ったのだろうか。

 

「あ」

 

机の上に小物入れがあった。

メモが添えられている。

 

『落とし物として届けられてたから持ってきておいたぞ!マコト様に感謝するんだな!』

「……ありがと」

 

中身を取り出す。

 

うん。薬も無事だ。

よかった。バレてない。

 

なんだ、心配することないじゃないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いや、

 

 

 

 

『ふざけるな!私がそんなことを……!』

 

“マコトは空き箱を握りつぶし、机をバンッ、と叩く”

“その衝撃で机の上に山になっていた錠剤が床に散らばった”

 

 

 

 

箱が新品だ。

傷ひとつ付いていない。

 

箱はずっと使っていたはずだったのに。

 

 

 

 

つまり、誰かが開けたということ。

 

違う。

 

開けただけなら、箱をわざわざ交換したりしない。

 

ということは、

 

 

 

 

中身を確認された

 

薬を調べられた

 

 

 

 

 

バレた

 

 

 

 

 

しかも

 

この詰めの甘さからして

 

調べたのはきっとマコトだ

 

 

 

 

 

「うっ、おええぇえぇえぇえぇ…………」

 

 

 

 

 

吐いた。

 

胃の中が空っぽになるまで吐いた。

 

空っぽになっても、液しか出なくなっても、吐いた。

 

何もかも吐き出した。

 

 

 

でも、いくら吐いても、『私』は『元宮チアキ』の体から出てこない。

 

ああ、このまま『私』も吐き出せればよかったのに。




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