元宮チアキではなく、“元”チアキ   作:元宮チアキ以外の誰か

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今更かもしれませんが、本小説では「エイミは飛鳥馬トキと前々から会っているし、エリドゥも事前に知ってた説」を採用しています。(今は調印式前でミレニアム2章の前ですよの意)


チアキではなく、エイミ その7

自他の境界とは、はっきりしているようで案外曖昧なものなのかもしれない。昨晩の和泉元エイミは、それを嫌というほど分からせられたのだった。

 

 

 

「……すぅ」

「……………………はぁ」

 

通常よりも何時間か遅い起床。

 

特異現象捜査部部室のベッドで目覚めたエイミの横には、ほぼ同じような服装の明星ヒマリ、即ち下着姿のヒマリが幸せそうに眠っている。まったく、普段はエアコンの操作権をハッキングしてでも室温を上げようとしてくるのに、自分からそういう格好をしていては駄目だろう。

 

「部長、風邪ひくよ」

「んふふ……」

 

エイミの言葉が聞こえていたのか聴こえていないのかは知らないが、ヒマリは幸せそうに微笑んでいる。きっとしばらくは夢の中にいるだろう。わざわざ起こすのも面倒だし、早く起こす理由が無い。ヒマリのほとんど脱げているパジャマを着せ直し、毛布をかけた。

 

エイミが、朝ごはんの用意でもしていようかとベッドから這い出ようとした時、枕元に投げ捨てられていた携帯が震える。

 

何だろうかと確認してみれば、リオ会長からのメッセージが届いていた。おそらく、サトカ関連のことだろう。

 

 

 

 

 

 

 

「……昨日は大変だったようですね」

 

飛鳥馬トキが、エイミの素肌にガーゼやら絆創膏を貼りながら問いかけてきた。

 

「そうだね。ビルの崩落に巻き込まれたわけだし……」

「……そういう意味では、ないのですが。まぁいいでしょう」

 

トキは、若干不満そうにしながらもエイミに絆創膏を貼る。

 

リオ会長に呼び出された部屋には、まだリオ会長はおらず飛鳥馬トキがいるだけだった。すぐ来るから待っていてほしいと言われたので、エイミはそのまま待機していたのだが、気が付けばトキは救急箱を片手に持っていたのだ。

 

それから何故かケガもしていないのにガーゼやら絆創膏を貼られている、というわけである。

 

 

 

 

 

約束の時刻と同時にやってきたリオ会長が話したのは、エイミの予想通りやはりサトカに関してだった。

 

ゲヘナ側はチアキの『治療』のためにサトカの身柄を要求。しかし、ミレニアム側としてはそう簡単にサトカの身柄を渡すわけにはいかないので、当初の予定通りサトカの『奉仕活動』の一環として『ミレニアムの施設』でチアキを『治療』したいと伝える。

 

サトカを渡したくないミレニアムとチアキを外に出したくないゲヘナ。キヴォトス二大マンモス校の間で対立が生まれてしまったのではないか、エイミはそんなことを危惧しながら話を聞いていたが、リオ会長の話しぶりからしてそこまで深刻な事態にはなっていないらしい。

 

途中からなんとなく察していたが、やはり間に先生が割り込んで話を仲裁し、無事に落ち着いたようだ。相変わらず、こういう時はかなり頼りになる存在である。

 

「……ということで、監視付きでサトカをゲヘナに向かわせることで合意したわ」

「なるほど……ということは、私が?」

「察しが良くて助かるわ」

 

監視。

サトカは指名手配されていた生徒であるため、校外に出すならば当然必要になってくる措置ではあるのだが、ミレニアムの『戦力』がゲヘナに行くのもそれはそれで政治的な思惑があると『事情を知らない外部』からはとやかく言われかねない。

 

そこで『表向きはただのセミナー下級役員』の和泉元エイミの出番である。要はシャーレ活動開始直後にエイミがシャーレに送り込まれた理由(その1参照)とだいたい同じだ。

 

「そういうことだから、これサトカと共にゲヘナ学園に向かってほしいのだけれど」

「分かりました。では、早速……」

「待って頂戴。話はまだあるわ」

「……そうでしたか。申し訳ありません」

 

エイミは席を立とうとしたが、立つ前にリオに呼び止められて、再び座り直した。

 

「……そう身構えなくていいわ。これはどちらかと言えば『個人的』な話よ」

 

リオ会長は、にこりと微笑んではいたのだが、笑い慣れていないのだろう。常日頃目にするヒマリの笑顔とは比べ物にならないほどぎこちないものだった。

 

「つい昨日、トキから聞かれたと思うのだけれど()()()()()()との付き合いは()()されているものではないのよね?」

「はい。あくまでシャーレの任務を通じて知り合った関係であり、『ただの友人』です」

「そう、ならいいのだけれど……」

 

リオ会長は、目を閉じて小さく溜息をつく。

 

「ネルから報告を受けたわ。()()鬼怒川カスミにも目を付けられてしまったようね」

「あー……えっと、それは…………」

 

エイミは、昨晩のことを思い出していた。今にして思えば最初に『友達』と言ってしまったのが良くないのかもしれない。

 

「大丈夫よ。私はミレニアム生徒の『居場所』を守るためにここに立っているの」

 

リオ会長は、座りながら力強く宣言した。

今は座っているじゃないかと突っ込むのは何か違うか、とエイミは喉元まで出かけた言葉を飲み込む。

 

「座ってる……あ、いえ何でもないです。続けてください」

 

エイミの後ろに立っていた飛鳥馬トキの口からぼそりと何か聞こえてきたが気のせいだろう。

 

「…………交友関係で困っているなら遠慮なく言いなさい」

「分かりました」

 

リオ会長が、エイミの後ろを少し悲しそうに見つめたような気がした。しかし、エイミには関係ない。

 

「最後に」

「はい」

「…………本当にヒマリには『迫られて』いないのよね?」

 

 

 

――

 

 

 

リオは、和泉元エイミを見送った。

 

「……ふふふ、エイミにも良い居場所ができたみたいね」

 

孤立しがちだったエイミに居場所を与え、学園生活を謳歌させるというリオのささやかな目標は達成されたのだ。

 

そのことに小さく笑みが浮かんでしまう。その表情は、先ほどの作った笑顔よりも自然なものだった。

 

──想定していた形とはだいぶ離れているが、問題はない。

 

 

 

「…………」

 

とは言っても、気がかりなことはある。

 

ネルからの報告にあった『和泉元エイミの身体能力』について、だ。

 

『鬼怒川カスミの意見』には賛同できないが、『鬼怒川カスミの発言』は理解できるものだった。

 

エイミの身体能力が、ここ数ヶ月で飛躍的に上昇していることについて、リオは先生かヒマリが何かしたのだろうと考えていたが、どうやらどちらも違うらしい。

 

エイミはヒマリに『何かを強要』されていることはなく、つい先ほどまでミレニアムに居た先生に直接問いただしてみても『心当たりがない』と返された。どちらも簡易的なウソ発見器を使用していたが、何の反応もない。即ち、どちらの証言も真実であるということ。

 

生徒の能力を大幅に上昇させる方法があるなら知りたいが、真相は未だ闇の中だ。

 

だが、それはリオにとって大した問題ではなかった。

 

エイミの性格は、多少周囲と打ち解けてきたぐらいの変化しかないのだから、『ミレニアムの味方』であることに変わりないはず。

 

ならば、頼もしい以外の感想はない。

 

「──ところでトキ、エイミ専用アビ・エシュフこと『バーニング・アバンギャルド』も駆使してトキとエイミの2人でお互いの死角をカバーし合い、アドバンテージを失うことなく戦闘を続ける戦法……、戦術名はやっぱりMaximum Aggressive Velocity、略して『MAV戦術』が良いと思うのだけれど……」

「何でもいいです。完成が先かと」

「……そうね」

 

 

 

――

 

 

 

 

 

「ねぇ、ミレニアムって実は貧乏なの?」

 

エイミがゲヘナ方面へと軽トラを走らせていると、助手席に座っていたサトカがそんなことを訊ねてきた。

 

「そんなことないと思いますけど」

 

確かに、セミナーの会計はほぼ毎日頭を抱えているが、流石に貧乏とまではいかないだろう。要塞都市(エリドゥ)をこっそり建てられるぐらいにはお金の流れがある。

 

もっとも、これはまだ黙っていなければならないことだが。

 

「それにしてはこの軽トラ、ボロボロじゃない?」

 

サトカの顔は若干不安そうだった。走っている途中に壊れたりしないか気がかりなようだ。

 

「いや、『ブラックマーケットに潜伏している生徒』を捕まえる時、怪しまれないようにあえてボロボロのまま運用してるだけで、中身は最新型と相違ないよ」

 

確かに見ているだけで不安になるぐらいボロボロな軽トラだが、それは外見だけの話。あくまで怪しまれないように用意した『ガワ』でしかないのだ。

 

もっとも、その最新型も数週間、下手をすれば数日で前世代機になるのがこのミレニアムという場所だ。

 

「でも、ボロボロにしていたせいで『狙われた』のは事実でしょ」

「…………」

 

サトカの言うとおりだった。

 

この外見はブラックマーケットならば周囲に溶け込めるが、ミレニアムだと良くも悪くも目立ってしまう。

 

──このミレニアムにおいて「ボロボロの見た目」というのは格好の獲物だった。

 

 

 

 

 

十数分前。

 

エイミは、サトカと共に軽トラを止めていた駐車場へと向かっていた。

 

「おーよしよし、いい子だ。ここをこうしてやれば……ほらっ!」

「何してるんですか」

 

エイミの視界に飛び込んできたのは、エンジニア部の白石ウタハ、豊見コトリ、猫塚ヒビキの3人が軽トラをいじくりまわしている光景だった。

 

「あ……どうも……」

 

エイミが声をかけると、3人は上機嫌に動かしていた手を止め、ぎょっとした様子で振り返る。

 

「今から使うんですけど……」

「あー……あと10分、いや、5分だけ待ってくれないかな?せめてこのロケットブースターだけでも……」

「付けないでください」

「変わってないねぇ、ウタハくんは」

 

この状況でも作業を続けようとするエンジニア部に対して、サトカは小さく溜息をつきながら呆れていた。エンジニア部の恐ろしいところは『善意』と『好奇心』で動いているところである。良くも悪くも、純粋なのだ。

 

ただそれはそれとして、勝手に軽トラを弄られてしまうのは普通に困る。エイミは、彼女たちにバレないようにブラインドタッチで携帯を操作して各務チヒロに連絡した。

 

「おやおや、ヒマリの側にずっといる割にはロマンへの理解度が低いねぇ……」

 

ウタハは、残念そうに両手を肩の高さまで持ち上げながら、顔を左右に振る。

 

「ロマン云々の前に、部長をそんな危険な車に乗せるわけにはいかないのですが」

 

当たり前のことだろう。エイミは、その『ロマン』という感情はよく分からないが、好き勝手に改造される危険性はよく分かっている。

 

地獄への道は善意で舗装されているという言葉があるように、たとえ善意からの行動であっても余計なことはしないでほしいものだ。

 

「ふふふ、『ロマン』より『愛』か……いいね。やっぱり、噂と違って君はいい子だ」

「はぁ……そうですか」

 

ウタハが何に納得したのかは分からないが、とりあえず引いてくれるらしい。

 

「噂通りだったら、こうして話すことなくぶん殴られていただろうし」

「……噂」

 

噂。

和泉元エイミに関する噂は、エイミ自身もまったく聞いたことはなかった。しかし、ウタハの口ぶりからすると、和泉元エイミという生徒はウタハをいきなりぶん殴る生徒だとでも思われているのだろうか。

 

とすると、自分の知らないところで陰口でも……

 

「エイミはそんな生徒じゃないでしょ」

 

若干怒気のこもった声で話に割り込んできたのは、眠たそうな各務チヒロだった。

 

「おや、チーちゃん。寝不足かな?お肌の様子が……」

「そうね。ちょうど今あなたたちのせいで睡眠時間が削られてるところ」

 

そういえば、昨晩は自分が戻るまでずっとヒマリの相手をしていたのがチヒロだったことをエイミは思い出した。それに、サトカ周りで色々やってくれていたらしい。

 

もしかすると、呼び出す相手はチヒロではない方が良かったかもしれない。エイミは若干後悔したが、時すでに遅しである上に、チヒロ以外にエンジニア部を止められそうな生徒の連絡先を知らなかった。

 

「そうかそうか!そんなチーちゃんのために安眠美容マスクを……」

「そういうのいいから」

 

ウタハは、チヒロのご機嫌を取るように懐から謎のアイマスクの様な機械を差し出したが、受け取りは拒否された。今のチヒロは、物品で機嫌が取れるような状態ではない。

 

「あの時から変わってないなぁ、どいつもこいつも……」

 

そのやりとりを眺めるサトカの目は、呆れているようで、羨ましがっているようで、苛立っているようにも、エイミには思えた。

 

「後輩の車を勝手に弄って迷惑かけて……あー、エイミは用事あるんでしょ?行っていいわよ。こいつは私が何とかしておくから」

「すいません、いろいろ大変なのにご迷惑おかけしてしまって……」

「いいのいいの、それに迷惑かけてるのはこいつらなんだから」

 

チヒロのその言葉に従って、エイミはサトカと共に見た目だけボロボロの軽トラに乗り込みエンジンをかけた。

 

 

 

 

 

エイミは、アクセルを踏みこむ感覚を思い出しながら、思考の時間軸を現在時刻に同期させる。

 

あの後、エンジニア部がどうなったのかも、チヒロが無事に眠れたのかも分からないが、何とかなるだろう。

 

「ま、目的地に辿り着けるなら何でもいいけど……近いうちに見た目は変えた方が良いと思うよ?セミナーが貧乏だと思われて困るのはあなたたちでしょう?」

「……それもそうですかね」

「それに、今後も使うんだったらなおさらでしょ」

「今後も……か」

 

エイミは、この軽トラを支給されたから使っているだけなのだが、もしかしたらこの軽トラが今後の愛車になるかもしれない。その可能性は否定できなかった。

 

確かに見た目はボロボロかもしれないが、それは性能には何ら影響はない。通常の自家用車とは違って荒れた道にも入り込んでいける上に、積み込める荷物も比べものにならない。

 

ヒマリの車椅子をはじめとして様々な機器を持ち運ぶ機会が多い特異現象捜査部にとっては助かる要素だらけだった。

 

改めて考えてみれば、特異現象捜査部の相棒としては最適な選択なのかもしれない。この後、リオ会長に特異現象捜査部の備品として申請してみよう。エイミは、心の中でそう決めた。

 

しかし、そうなるとこの見た目は変えざるを得ない。

 

あくまでブラックマーケットで狙われないようにこの見た目にしているだけで、このまま運用するのは難点がある。もっとも、エイミは外見をこだわらないタイプなのでこのままでも構わないのだが、構うのがヒマリである。

 

それに、このままだと再びエンジニア部に目をつけられてしまいそうだし、『ボロボロのまま走らせる』というのは少しだけこの軽トラがかわいそうな気がした。

 

きっと数日のうちに新しいフレームに交換されることだろう。キャンバスを探していたマキに提供しても良いかもしれない。

 

この軽トラを今後も使い続けていくならば、こんな風に思い出という積荷がどんどん追加されていくのだろうか。

 

「……ふふ」

 

エイミは、思わず笑みがこぼれてしまった。

 

 

 

 

 

突然、車内に鈍い音が響き、車体全体が大きく揺れる。

 

「なっ、なんだぁっ!?」

「……誰か乗り込んできたね」

 

この感じからして、荷台に誰かが飛び乗ってきたと考えるのが妥当か。

 

「何があっても、ゲヘナには着くようになってるから」

「えっ、ちょっ!」

 

エイミは、軽く溜息をつき、軽トラの運転を自動走行モードに切り替えた。座席の脇に備えていたマルチタクティカルを手に取り、窓から身を乗り出して荷台に銃を向ける。

 

まったく、荷台に飛び乗ってきたのは一体何だ。よく考えてみれば、この軽トラの見た目はボロボロなわけだし、狙われて当然だろう。弱いものから狙われるのは、自然でも戦場でも変わらないのだ。

 

「ゲヘナ学園まで、お願いしま~す」

「……これはタクシーじゃないんだけど」

 

──乗り込んできたのは、思い出ではなく鰐渕アカリだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、温泉開発部を……いえ、正確には鬼怒川カスミをちょっと締めてきました」

 

鰐渕アカリは、まるで冗談でも言うかのように軽い口調でそう言った。しかし、その声色とは裏腹に、その背には火傷しそうな気配が纏わりついている。

 

和泉元エイミは、監視対象である的場サトカと共に、ゲヘナ学園の若干薄暗い廊下を歩いていた。隣には軽トラに無理やり乗ってきたアカリ。

 

「次に美食研究会を使って何か企んでたら『これ』ですよって言っていたんですけどねぇ……」

 

アカリは言いながら、拳と手のひらを打ち合わせて見せる。ごく小さな音。しかし、その動きに込められた圧力は、目に見えぬ稲妻のように空気を裂いた。

 

廊下の空気が瞬間的に張り詰め、チラチラとこちらを見ていたゲヘナの生徒たちはピリついた空気を感じ取り、視線を逸らして一斉に散っていった。サトカも思わずエイミの背に隠れ、怯えた小動物のように顔をのぞかせている。

 

どうやら、アカリは本当に鬼怒川カスミに一戦を挑み、その余波で集まってきた風紀委員から逃げてきたようだ。目立つのは今に始まったことではないが、今日の彼女は特に棘があるようにも見える。

 

「私が言うのもなんだけど、友達はある程度選んだ方が良いと思うよ。昨日のカスミといい、鰐渕アカリといい……」

 

皮肉を込めて呟いたサトカに、アカリは笑うでもなく応えた。

 

「あらひどい。私とエイミはシャーレの活動開始直後に任務で一緒になっていた仲ですよ」

 

声は軽やかだったが、表情は冗談を言っている時のそれではない。カスミと同列に扱われたことが、どうやら不愉快だったらしい。

 

それはさておき、エイミ自身もアカリとはかなりの付き合いになっているとは思っている。関わる機会の多さで考えれば、ヴェリタス、セミナー、C&Cの次ぐらいには位置するかもしれない。

 

サトカとアカリ、二人の間に位置するように歩きながら、エイミは時折アカリと軽口を交わす。

 

途中、『セミナーの制服』を着た見慣れない生徒が廊下に立っているのを見かけ、周囲の生徒たちが興味深げにこちらを見ていた。しかし、アカリの姿に気づいた瞬間、その生徒たちは蜘蛛の子を散らすように去っていってしまう。

 

それは少々気が立っているアカリの威圧感のおかげでもあったが、結果的に道が空き、万魔殿への到着はスムーズだった。

 

 

 

 

 

「よぉチアキ、元気か?」

 

サトカが勢いよくドアを開けて中へと飛び込む。エイミがノックしようと手を上げたその瞬間だった。

 

場の空気が一瞬止まる。

一足先にゲヘナへたどり着いていた先生も、困ったような顔をしていた。

 

ここはゲヘナの心臓部とも言える万魔殿。ミレニアムの代表として来ているエイミの立場から考えてみれば、サトカの態度は軽率でしかなかった。

 

「一応、元気ですが……えーっと、どなたでしょうか……?」

 

その場を流すように、チアキが訊ねてくる。

 

パッと見て、エイミ自身が思った率直な感想を述べると、チアキは思ったよりも元気そうだった。

 

「あ!昨日の!」

 

チアキの顔がぱっと明るくなる。

 

表情に浮かんでいる笑顔は作り物ではない。そのことにエイミは内心、ほんの少し安堵する。昨日の件で避けられているのでは、という不安があったからだ。

 

しかし——

 

 

 

「昨日……?昨日はあなたとは会っていないと思いますが……?」

 

チアキの言葉の先は、エイミではなくアカリだった。

 

思わぬ展開に、アカリは目を細める。その仕草は、彼女にしては珍しく戸惑いを含んでいた。

 

そういえば、この場で唯一アカリだけがチアキが『記憶喪失』になっていることを知らないはずだ。

 

 

 

 

 

「そんなはずはありませんよ!美味しいレストランを紹介してもらったじゃないですか!」

 

チアキは楽しげに語る。記憶に不具合があるとはいえ、その口ぶりはあまりにも自然で、無垢だった。

 

「……ずいぶんと懐かしいことを言うんですねぇ」

 

アカリの声は穏やかだが、どこか距離を取るような響きがある。

 

仲睦まじく見えるやり取りに、エイミは自分が場違いな場所に立っているような感覚を覚えた。会話には入れず、ただ距離を感じるばかりである。確かに、自分はこの部屋の中にいるメンバーと比べると『元宮チアキ』との関わりはほぼ無いに等しかった。

 

「あ!もしかしてそちらのおふたりは同好会の仲間ですか?」

 

チアキの無邪気な問いかけに、エイミの思考は中断される。

 

「いや、私たちは……」

 

言葉に詰まった。突然のことだったというのもあるが、それ以上に——『昨日』の出来事を忘れたわけではないエイミは言葉に詰まってしまうのだ。

 

「まあ、概ねそうですね。こちら、私のお友達の『いずみ』さんです」

 

エイミが否定するより早く、アカリがすかさず適当な言葉を被せる。

 

「……和泉元エイミです」

 

軽く溜息をつきながらも、エイミは名乗った。

 

確かに、エイミはアカリのお友達の『いずみ』ではあるが、それは名字の『和泉元』の一部。美食研究会に所属する『イズミ』とは別だ。

 

「和泉モトエイミさん……ほうほう珍しい名前ですねぇー」

 

チアキは真面目な顔で返す。どうやら完全に信じてしまっているようだ。

 

「いや、和泉 元エイミじゃなくて、和泉元 エイミです。それに私はミレニアムのセミナー所属なので、アカリさんとは……」

 

だが、途中で気がついた。これはアカリなりの気遣いだ。会話に入れずにいたエイミのために、話題を作ってくれたのだ。

 

 

 

「……アカリ、お友達と仲良くするのは構わないけれど、私たちは今から真剣な話をするの。退室してくれないかしら?」

 

空崎ヒナの冷ややかな声が響く。部屋の空気が一瞬にして引き締まった。

 

「あらあら残念。では、元エイミさんはお借りしていきますねー」

 

アカリが、微笑みながらエイミの肩にそっと手を置いてくる。

 

「いや、私はサトカの監視が……」

 

本音を言えば、誘いは嬉しい。だが、任務の最中に遊びで動くわけにはいかない。

 

「風紀委員長がいるんですから十分でしょう?前々からあなたを美食研究会に入れようと思っていたんですよね〜」

 

アカリが、グイグイとエイミの腕を引っ張ってくる。

 

「行って良いぞ」

 

そうは言っても……とエイミが思索していると、マコトが許可を出してきた。

 

「ですが……」

「あいにく『患者』を前にして変な真似などしないぞ」

 

サトカは、そう言っているが、若干不安が残る。

 

「良いわよ。退出しても。サトカは私が責任を持って監視しておくし……」

 

ヒナは、アカリの方をジッと見る。

 

「今日はもう、美食研は暴れなさそうだし」

 

今度は、エイミの顔をジッと見つめてきた。

 

おそらく、エイミがここに居ることより、エイミがアカリと共行動してアカリが問題行動を起こさないようにしていた方が風紀委員長的には望ましいのだろう。

 

まぁ、自分自身も記憶喪失したチアキの力になれるとは思ってもいないので、居ても居なくても変わらないのかもしれない。

 

エイミは、確認の意を込めて一応先生の方を見た。無言で首を縦に振っている。

 

「そうですね〜では、元エイミさんをお借りしまーす」

「……失礼します。何かありましたら、遠慮なく連絡してください」

 

エイミは静かに頭を下げて部屋を後にした。サトカには発信機付きの腕輪を装着させてある。万が一の際は、エイミの合図で作動し、数秒間は行動不能にできる——エイミ基準で、だが。

 

 

 

 

チアキの力になることが難しい自分が、ここにいても変わらない。けれどアカリと共に行動するなら、別の意味で役に立てるかもしれない。

 

そう考えると、足取りは自然と軽くなっていた。




エイミ周りはリスペクト元の小説意識というのもありますが、元チアキとの対比として描いています。ただ、それがハーメルンで必要とされている描写かと聞かれれば微妙なところかもしれません。書きたいので書きますが。

リスペクト元もよかったら読んでください。(人を選ぶ内容ではあるので強制はしない)

https://syosetu.org/novel/341092/
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