元宮チアキではなく、“元”チアキ 作:元宮チアキ以外の誰か
「……あー、どういうことだ、これ」
サトカは、困惑していた。
セナから渡されたチアキの身体の調査結果の資料は、チアキが"いたって正常"であることを示している。何度見返しても、データは変わらないし、見間違いもない。
サトカが作成する薬は、できる限りバレる可能性を低くしている。学校の健康診断程度では、そう簡単に検出されないように細工をしているのだ。もっとも、『ミレニアム以外の』という前置詞はついてしまうが。まぁ、山海経もワンチャンあるのかもしれないけれど、アイツとは思想が違うので一緒にしないで欲しい。
ただ、あくまでこれは『バレる可能性を低くしているだけ』であり、サトカ自身が見ればどこにどう影響が出ているかは分かる。それに、徹底的に調べられれば流石に隠しきれない場合がほとんどだ。
チアキが『そういう薬』を飲んでいると分かっているであろう氷室セナは、徹底的に調べているはず。
その上で、数値は『一般的なゲヘナ生徒』と変わらない。
──なるほど、自分でも気づかないうちに才能が爆発してしまったのか。
とはいかない。
的場サトカという生徒は、そこまで自惚れてはいないのだ。
それに、だ。
仮にもし、才能が爆発して『完璧に隠せる』ようになっていたとした場合……
「へぇ~、美食研究会に温泉開発部……楽しそうな部活がいっぱいですね!」
「……そうですね、"本人たち"はとてもとても楽しそうに活動してると思います」
チアキに一切薬の影響が出ていないことと矛盾している。
今のチアキには、薬の影響が一切見られない。それに、記憶が『約一年半』消えているとはいえ、性格が『根本的に』違うような気がする。出会って数時間ではあるが、『的場サトカ』と巡り合ってしまうような人物には到底思えない。
的場サトカがチアキと出会ったのはおおよそ半年前。それまでの一年間の間に性格が一変してしまうような出来事があったのだろうか。
いや、そうは思えない。
ここに居るのは、本当に『元宮チアキ』なのだろうか。
しかし、そう思っても手元の紙に纏められているデータは、目の前でチナツと楽しく談笑している生徒が、昨日までの『元宮チアキ』と同一人物であることを示している。
やはり、もう一度見返しても内容は変わらないし、見間違いも無かった。
──
マコトたちが待機していると、チナツに見張られているサトカが、セナとチアキを伴って戻ってきた。
もしかして記憶を「元に戻す」手がかりを見つけたのではという、そんな淡い期待がマコトの中に浮かんできたが、明るい表情を見せていたのはチアキだけで、他の二人の顔色は冴えない。つまりは、そういうことだろう。
「……どうだった?」
マコトの問いに、サトカは無言で両手を上げ、首を横に振る。それだけで十分な答えだった。
「そうか……」
「まーッ、ダメだね。なんでこうなってるのかも、どうすれば『元に戻せる』のかも全く分からん」
わずかに期待していただけに落胆はある。だが、医学的なアプローチではどうにもならないと分かっただけでも、一歩前進と考えるべきかもしれない。
「だったら、我々の力だけでチアキに思い出してもらうしかないな!」
ダメだったらそこまでだったということ。それ以上気にする必要もないだろうと、マコトはパチンと手を叩き、すぐに気持ちを切り替えた。
「サツキ!向こうはどうだ!」
「大丈夫。イロハとイブキはいつでも構わないって」
サツキは、パソコンで数分前から旅行でゲヘナを離れているイブキとイロハに連絡を取っていた。目的はもちろん、チアキの記憶を『取り戻す』ことである。万魔殿でともに活動してきた仲間、それも同学年の友達でもあるイロハと話せば記憶を取り戻すきっかけ作りにはなるかもしれない。
「そうか……よし、チアキ」
「はっ、はい!なんでしょうか!」
「これから話すことになるイロハとイブキは、君と同じ万魔殿で活動してきた仲間だ。きっと記憶を取り戻すヒントになるはずだぞ!」
マコトの声には自信が籠っていた。一年半も苦楽を共にした顔を見れば、何かが心に引っかかるはず。そう信じているのだ。
──まあ、その期待があっさりと霧散することとなってしまうのは、もはや引っ張る必要もない。
サツキが先生に色々助けてもらいながらPCをセッティングしている様子をチアキが後ろから眺めている。マコトは、その様子を議長席から観察していた。
チアキは、自分が思うほどに『記憶を取り戻すこと』に重きを置いていないのではないだろうか。マコトはそんな考えを胸の奥で転がす。
PCの謎の警告で驚くサツキを見て不安そうにしたり、それをズバッと解決していく先生の姿に目を輝かせているチアキ。サツキにここへ連れてこられた時はまだ混乱している様子だったが、今では全くそんな様子がない。
「ふむ……」
なんか、こう……違う気がする。この感情を言語化すればいいのだろうかとマコトは考えてみるも、それらしい答えが出てこなかった。
純粋に物事を楽しみ、些細なことにも目を輝かせているチアキが、どうして『あんな風に』なってしまったのだろうか。
そうだ、結局どうしてチアキが悩んでいたのか自分たちは何も分かっていないではないか。
「マコト、どうかした?」
不意に先生の声がかかる。どうやら表情に出ていたらしい。
「……いや、なんでもない」
マコトは、答えられなかった。イロハたちとの通話の前に水を差すようなことはしたくなかったのだ。
いや、それだけではない。
もしかすると原因は「万魔殿」──つまり、自分たち自身にあるのかもしれない。セナがかつて言っていたように、それは『パワハラ』のようなものかもしれない。本人に自覚がないまま、誰かを追い詰めることはある。
羽沼マコトの方針は、『以前』と違って「明るく楽しい、親しみやすい万魔殿」だった。そのために努力してきたつもりではある。
だが、それすらもチアキには負担になっていたのかもしれない。
入学して1週間も経たない時期に直談判までして万魔殿に入りたいと訴えてきたチアキ。あの必死さはどこへ消えたのか。熱意に溢れていたチアキが、あそこまで追い詰められて、それでいてほぼ完璧に隠して相談することもなかったのは、やはり『
あの時の直談判に来たチアキからは何がなんでも絶対に万魔殿に入ってやるぞというある種の必死さを感じ、それに感動して私はチアキを万魔殿に入れたというのにこんな調子では……
「……ん?」
マコトは、自分の中で何かが引っかかり、思考を中断させた。何が引っかかったのか、思考を反芻しながらポイントをさぐる。
『何がなんでも絶対に万魔殿に入ってやるぞというある種の必死さ』
ああ、これだ。
確かに、これは事実である。
あの時、マコトはその心意気に感動して万魔殿の仲間に加えたのだから間違いない。よく覚えている。
それは、先ほど述べたように『入学してから1週間も経たない時期』のことだ。
「…………」
マコトは、手元の書類に纏められているチアキの経歴を確認した。チアキに思い出して貰うために色々纏めておいたのが役に立っている。記憶を取り戻すという点においては、現時点だと全く役に立っていないが、それはいい。
「……正式に万魔殿の一員となったのは、『入学して3日後』か」
それを見ているうちに、マコトはあの日のことを細部まで思い出し始めていた。
そう、チアキが直談判に来たのは、入学して2日目だ。流石にマコトと言えど、即日その場で自分の独断で加入!とする訳にはいかなかったので一度持ち帰り、サツキに話して次の日に決定した……はず。
そう、入学して2日目にはその『何がなんでも万魔殿に入ってやるぞという熱意』があったのだ。
だが……
「……なぁ、チアキ」
「はい!なんでしょうか!」
マコトは、自分の胸中に浮かんだ『疑惑』を悟らせないよう静かに問いかけると、元気のよい返事が飛んできた。
「……正直に言って欲しい。君は……『万魔殿』に入りたいか?」
「そうですねぇ……『前の私』が入っていたんですから続けるつもりではありましたけど……」
チアキは、腕を組み、斜め上に目線を向けた。今は考え中ですよという分かりやすい仕草である。
「けど?」
「そうでなくても、私は同じ選択をすると思います。というか、その時のことは忘れちゃったけど、私が入りたいって思ったんですから!」
「キキキッ、そうか……ちなみに、その気持ちはどれぐらいだ?」
「うーん、どれぐらいですか……楽しそう!良さそう!って感じですね!私のしたいこととも合っているみたいですし!」
──違う。あの日の、あの必死さがない。
「……そうか。なら、もし万魔殿に居続けられないとなったら……どうする?」
マコトは、表情を変えずに言った。だが、先生には気づかれているかもしれない。
「あー、確かに記憶を失った私がずっといるのもそれはそれとして問題がありそうですしねぇ……」
一瞬、チアキは悲しげな表情を見せた。だが、すぐに笑顔に戻る。
「でもでも!先輩方と同じ学校のお友達であることに変わりはありませんから、そこまで後悔はないと思いますよ!それに他にも楽しそうな部活はたくさんあるみたいですし!」
「……なら、よかった」
よかった、という感想は、マコトの本心であり、本心ではないとも言える。チアキが万魔殿に居続けてくれる意欲を見せてくれたのは喜ばしいことだ。だが、マコトの目の前に居るのは『入学式前日のチアキ』だ。『入学して2日目のチアキ』と地続きであるはずなのに、同一人物であると思えなかった。
「……少し、席を外すぞ」
「え?ああ、うん。分かったわ」
マコトがそう言うと、サツキは少しだけ戸惑ったような声を出したが、特に追求してくることはなかった。
「…………」
部屋を出る直前に、ヒナへアイコンタクトで合図を送る。ヒナは、小さくこくりと頷いた。
人気のない空き教室。二人は向かい合った。
「……何か分かったの?」
「ああ。だが、その前に一つ聞きたい」
マコトは間を置き、低く問う。
「人がたった一日で別人のように変わってしまうことが、あると思うか?」
「……どういう意味かしら」
意図を測りかねた様子で、ヒナが問い返す。
「……順番に説明するぞ、まず今いるのは『入学式前日のチアキ』だ。それは分かっているよな?」
「もちろん」
「そして、チアキは入学して2日目に私へ万魔殿に入りたいと直談判してきた」
「そうね、まとめた資料にはそうあったわ」
「その時、私はチアキの熱意に感動して万魔殿に加えることを決めた」
「でも、さっきの感じだとチアキも万魔殿に入る熱意はあったと思うけど……」
ヒナは、不思議そうに問いかけてくる。確かに、先ほどの問いかけの中でチアキから『熱意』は感じられた。
「いや、違う」
「違うの?」
マコトがきっぱりと否定すると、ヒナは再び不思議そうな表情になる。
「……私は、あの時のチアキに『必死さ』を感じた。だが、さっきの質問の中では、熱意こそあれどその『ベクトル』が違っていた」
「ベクトルが違う……」
ヒナは、マコトの言葉を咀嚼するように繰り返した。
「そこで、さっきの質問というわけだ」
「……なるほど」
「私には『入学式前日のチアキ』と『入学して2日目のチアキ』が同一人物には思えない」
おかしなことを言っているとは、自分でも思う。人がたった1日で変わってしまうなど、ありえない。しかし、そうとしか思えない。
ヒナは、少し考え込んでから口を開いた。
「結論から先に言うと、
「……そうなのか?」
マコトとしては、否定されるつもりで投げた質問だったのだが、意外なことにヒナは肯定した。そのことに、思わず目を見開いてしまう。
「ええ。実際に私はその目で見たもの」
「本当か!?」
「というか、あなたも知っているでしょう?」
「いや、心当たりがないが……」
ヒナは、さも当然のことのように言っているが、マコトとしてはあり得ないことだと認識していたから問いかけたのだ。即ち、思い当たるような事案はない。
「そんなはずはないわ。だって……」
そんなマコトに対し、ヒナは少しだけ呆れるような表情をしながら言葉を溜める。
「先生とカスミによってアコの性格が二転三転していたことは、情報局経由であなたに伝わっているはずよ」
リスペクト元の小説は未来でも見てたんですか?