元宮チアキではなく、“元”チアキ   作:元宮チアキ以外の誰か

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本編に関わるところだけ手っ取り早く読みたい人は【ここから】読んでください。

それとタグにガールズラブを追加しましたが、万魔殿には全く関係ないのでご安心ください


チアキではなく、エイミ その1

当番。順番に交代する仕事に就き、自分の番で担当している人を指す言葉。

シャーレにおける当番とは、各学園から一人か二人シャーレに派遣し、その日の先生の仕事を手伝うというシステムとなっている。

 

__『いかがわしいこと』などでは決してない

 

 

 

 

 

「あー……、シンド」

 

シャーレの先生というのはやることが多い。

連邦生徒会から回ってくる様々な仕事、数々の学園へ渡す書類に、生徒の問題解決。

 

趣味の『人間観察』が存分に楽しめる立場ではあるのだが、それをやるための障害が多すぎる。やりたいのは人間の未熟で複雑な精神が絡み合って生み出される芸術作品の鑑賞であり、くだらない権力争いだの書類仕事ではない。ここに来る前に『教員』を目指さなかった理由がこれでもかと詰まっている。

 

それをリンに愚痴ってみれば『当番』を使ってみてはどうか、と提案された。天啓だ。

なるほど、所属した生徒を当番として呼び出し、仕事に協力してもらえば『人間観察』をしつつ仕事も進んで一石二鳥という訳である。

 

いや、この当番を活かしてさらに生徒の内面へ潜り込めるようになったのだから一石二兆ぐらいの恩恵を得ていると言っても過言ではないだろう。

 

 

とまあ、ぐちぐち言いつつも何だかんだ先生はまじめに仕事をこなしていた。

この日の当番は、ミレニアムサイエンススクールの明星ヒマリである。

 

「はい、どうも。このミレニアムの誇る偉大で優雅な天才ハッカー、明星ヒマリの登場ですよ」

「おはよ……う?」

 

明星ヒマリは車椅子を必要する生徒であり、この日も車椅子に乗ってこのシャーレへとやってきた。

 

「さあエイミ、シャーレに着きましたよ。一緒にお仕事しましょうね」

「……私はすること何もなさそうだけど」

 

しかし、今日の車椅子は随分と『個性的』な見た目をしている。

 

「あらあら、忘れてしまったのですか?エイミにはこの私を温めるという大事な役目があるでしょう?」

「まあ、それはそうなんだけど……でも、じっとしてるだけじゃん」

 

ヒマリは、所属する『特異現象捜査部』の後輩『和泉元エイミ』に座って現れたのだ。

エイミは車椅子に固定され、身動きが取れない状態になっている。いや、エイミは部品として車椅子に組み込まれていると表現するのが正しいかもしれない。文字通り『個性的な』車椅子という訳だ。

 

__まさか、その車椅子でここまで来たんじゃないだろうな

 

ただでさえ「先生はシャーレに生徒を連れ込んでいかがわしいことをしている」などと囁かれているのだから、これ以上変な見聞を広めないでほしいものだが。

 

「……えーっとヒマリ、その車椅子は何か聞いても良いかな」

「ふっふっふ、よくぞ聞いてくれました!」

 

明星ヒマリは先生の疑問に対して、待ってましたと言わんばかりの勢いで答えた。

 

「ではこれから、このミレニアムの英知が詰まった最新型車椅子『椅子見事(いすみごと)にエイミ』がどれだけ素晴らしいか教えて差し上げましょう!」

「……洒落が利いた良い名前だね」

 

先生はヒマリに対して言いたいことがあったが、今言うべきではないだろうと最低限にとどめる。

 

「まず、私が寒がりでエイミが暑がりであるということはご存じですね?」

「そうだね」

 

エイミとヒマリが室温で言い争いしているのは、もはや日常茶飯事だった。常に温かい服装をしているヒマリ、常に服を脱ごうとするエイミ。服装からエイミの方がいわゆる『やばい人』として扱われがちではあるが、サウナぐらいの温度でちょうどよいと言っているヒマリもヒマリで大概である。

 

もっとも、先生的にはこういう『癖』が強い人ほど見ていて楽しいものではあるのだが。

 

「そのせいでしばしば争いが起こっていましたが、ついに!私は解決策を発見したのです!」

 

そんな正反対のような2人だが、その仲はかなり良好。むしろキヴォトスで5本の指に入るぐらいには堅い信頼関係で結ばれているのではないか、というのが現段階での先生の評価だ。

 

「そう!エイミが私を温め、私がエイミを冷やす!こんな単純なことだったんですよ!」

「……遠きを知りて近きを知らず、It's hard to see what is right under your noseというやつだね」

 

先生は記憶の中の『先生』らしく話しながら、それにしたっていかんせん『距離』が近すぎやしないか?と内心では思っていた。だが、口には出さない。むしろ興味深いという感情が勝っている。

 

あともう一押しぐらいで『一線』を超えそうな関係ほど見ていて楽しいものは無いからだ。

 

 

閑話休題。

 

 

「こうして作成されたのがこの『椅子見事(いすみごと)にエイミ』という訳です。この車椅子にエイミを固定し、クッションとして採用することでエイミの体温で私の体を温めつつ、車いすに内蔵した冷房と私の体温でエイミを冷やしているのです」

「……なるほどね。ちなみにエイミはそれで苦しくないの?」

「快適」

 

傍から見ると拷問してるようにしか見えないが、本人が納得しているのならそれでいい。それ以上は『個人的な趣味嗜好』の領域だ。

 

「さらにですね、エイミがその優れた体格で私をがっしりと固定してくれる上に、常にエイミと一緒に行動できて私も安心安全、という訳です」

「合理的でしょ」

「……うん。まあいいか。ちなみに、MSS(ミレニアムサイエンススクール)からその車椅子でここまで来たの?」

「ええ。エイミがしっかりと支えながら温めてくれたので快適な旅路でしたよ」

 

先生が聞きたいのはそういうことではなかったのだが、満足げに答えられると何も言えなくなってしまう。

 

「ふふふっ、この車椅子は世界に一つしかない逸品ですからね?エイミ?」

「うん」

「当の本人たちが気に入ってるならそれでいいんだ。無茶ができるのも学生の特権だしね」

 

自分も学生の頃はだいぶ無茶をしたものだなぁと先生は思い返していた。

 

女性視点の恋愛感情というものを理解しようとインターネット上で女性になりきることを繰り返して最終的に……いや、この話はするべきではないか。

 

例え自分が椅子として改造されていたとしても、傍から見ると拷問されているようにしか見えなくても、その『本人』たちが『納得』しているならそれでいいのかもしれない。

 

先生の趣味である『人間観察』だって、『納得』の繰り返しだ。

複雑怪奇な芸術である人間の精神を自分の脳内で理解して落とし込むために考察と分析を繰り返して、最後には『納得』のいく形にする。そうして個人の詳細なデータや相関図を作り上げていくと、ただの難解なパズルを組み立てている時には得られない爽快感と達成感が味わえるのだ。

 

とは言っても、目の前の車椅子が納得のいくものかと聞かれたら少し怪しい。だが、だからこそ『人間観察』は面白いと捉えることもできる。

 

納得できないことを人は嫌う。

納得できない未来を恐れる。

納得できない過去を呪う。

 

でも、その一方で、人は「納得」さえすれば、どんなことでも受け入れるものでもある。

 

目の前の二人が行っている部活動、現在は主にデカグラマトンという機械生命体(のようなものであると先生は予想している)を追っている特異現象捜査部だって、設立当初はMSSの生徒会長、調月リオが『納得できないこと(未知)』への備えとして設立された組織だ。

 

 

 

結局のところ、どうやって『納得』するかなのだろう。

 

大事なのは、『納得』だ。

 

 

 

 

 

時折『車椅子』にちょっかいをかけつつ、ミレニアムの誇る偉大で優雅な天才ハッカーの名に恥じない速度で仕事を片付けていくヒマリ。それを眺めながら先生も自身の仕事を常人よりも少し早いぐらいの速度でこなしていく。

 

「……そろそろお昼休憩にしようか」

 

気が付くと、卓上時計の長針と短針が12に近づいていた。休憩するにはいい時間だろうと、先生はヒマリたちに声をかける。

 

「そうですね、私の方もキリがいいですし」

「じゃあ私は下のコンビニで何か買ってくるけど……」

「私たちはお弁当作ってきたので大丈夫ですよ。一緒に作りましたもんね、エイミ?」

「うん。部長、朝から張り切ってた」

 

微笑み合うエイミとヒマリは、やはり一見すると恋人のような雰囲気を醸し出していた。しかし、本人たちはそんな関係ではないとはっきり否定するだろう。

 

この距離感だからこそ生まれる絶妙な空気感に先生はニヤニヤしたくなる衝動を抑えつつ、階下のコンビニへと向かった。

 

 

 

 

 

「はい、エイミ。あ~ん」

 

のり弁を買ってオフィスに戻ると、ヒマリが車椅子に固定されているエイミに弁当を食べさせていた。

 

「おいしいですか?」

「うん、おいしい」

「ふふ、それは良かったです。どんどん食べてくださいね」

 

そんな光景を目の当たりにしながら、先生は買ってきた弁当を食べ始めた。

 

「……本当に2人は仲良しだね」

「当然ですよ。私とエイミは一心同体みたいなものですから」

 

ヒマリは、当たり前でしょう?とでも言いたげな顔で返答する。確かに今の状態は文字通り『同体』ではあるだろう。

 

「部長には感謝してる。色々サポートしてくれるし……」

「ふふ、そうでしょうそうでしょう」

 

褒められて上機嫌になっているヒマリをさらにエイミが褒めていく。

 

「手相でも私とエイミは相性抜群と出ていましたし」

「へぇー……そうなんだ」

 

手のひらをくっつけ合っているエイミとヒマリを副菜にして先生は魚の白身フライを口に運んだ。

 

特異現象捜査部というその名の通り特異な学生生活を送っている彼女たちだって年頃の生徒。やはり恋愛やら占いやらに興味は尽きないのだろう。ヒマリは特段そういったことが好みであるらしく、昼食中の自然と話題は占いへと移っていった。

 

「占い自体には私個人はそこまで興味はなかったけども、そこで形成されるコミュニティには興味があったから齧った程度の知識はあるよ」

「先生らしいですねぇ」

「ああ、あと『人間観察』の応用で占いの真似事もできるね。話の流れを誘導して情報を集め、さっき聞いたことをあたかも『占いで導き出しましたよ』みたいな顔をして話せば案外それっぽくなるんだぜ」

「詐欺師のテクニック?」

 

エイミに詐欺師呼ばわりされてしまったが、その指摘もあながち間違いでもない。先生が高校時代に出会った『前職でマジシャンをやっていた数学教師』曰く、マジックの応用で人の注目を集める方法を熟知しておけば飽きない授業をやることができるし、やろうと思えば詐欺にも活用可能であるらしい。

 

実際、彼が教えてくれた数式よりも、勝手に盗んだこの技術の方が自分の人生には役立っていると先生は感じていた。

 

高校の文化祭では、その数学教師の授業中の様子を見よう見まねで再現しながら、手相を一切見ずにアイスブレイクの雑談で趣味や仕事を聞き出してそこから性格を分析しつつ、趣味や仕事でメジャーな不調や不安事項を分析した相手の性格を元にそれっぽく話す手相占い(笑)で大活躍したものだ。

 

たとえ手段がどうであろうと、それっぽいことを相手に納得させればこっちの勝ちである。仕掛けを解説してあげた友人からも詐欺師呼ばわりされたことも、今となっては懐かしい思い出の一つだ。

 

ふと、ヒマリの顔を見ると、あの時の友人のように微妙な顔をしていた。これはバッドコミュニケーションというやつだ。話題を変えなければならない。

 

そもそもヒマリは占いを『信じる』タイプの生徒であるがゆえに、こうした『技術』で納得させる占いのやり方はあまり好みではないはずだ。ついつい自分の得意分野になると早口になってしまうのが人間の悲しい性である。

 

「手相とか名前とか……そういう人によってさまざまなものを使った占いはかなりメジャーだけども、やっぱりキヴォトスだと『ヘイロー占い』とかあったりするのかな?」

「ふむ……ヘイロー占い……なくはないですが……」

 

先生が何気なく気になったことを口にすると、ヒマリは微妙な顔をやめて椅子になっているエイミと不思議そうに見つめ合っていた。数秒後、ヒマリは何かが『納得』がいったたようで軽く頷きながら再び先生の方へと向き直る。

 

「ああ、そういえば先生は私たちのヘイローがそれぞれ違った風に見えるんでしたっけ」

「あー……」

 

またやってしまった。ヘイローがそういう風に見えているのはおそらく自分だけであるということを先生は失念していた。どうにも自分には普段からそう見えているせいで、他人にもそういう風に見えているものだと思い込んでしまうのだ。

 

しかし、キヴォトスに生きる彼女たちからしてみればヘイローはそこに在るということは分かるが詳細は分からないものであり、個人の判別などもってのほかなのだ。それができる先生という存在は呼吸音で個人を判別できる変人のように見えているらしい。

 

「……先生なら、呼吸音でも個人を特定できそうですけどねぇ」

「いやいや、私が興味を持っているのは『個性』であり、決して『人体』ではないんだよ」

 

何故だか知らないが先生は『他人を分解して隅々まで調べたいと思っている狂人』だと思われている節がある。先生からしてみれば事実無根の噂だ。まったく、体を分解しても人の心理は分からないだろう。生きているからこそ『人間関係』という複雑で美しい芸術が生まれるというのに。

 

「しかし……先生でしたら呼吸音と性格に関係性を見出してデータに纏めていそうな雰囲気がありますが……」

 

ヒマリは、先生がアロナにも誤魔化しながらまとめている『個人情報』ファイルを勝手に覗いたことがあり、先生の個人的な趣味嗜好を把握している数少ない生徒の1人だった。

 

「あったとしても、できるだろうがやりはしない」

「できはするんですねぇ……私でも機器に頼らなければエイミかそれ以外かしか分からないというのに……」

 

先生はかつて呼吸、心拍数、視線、そういったものに興味を持ち、調べたことがある。だが、精々相手の精神状態だとか嘘をついているかどうかの判別にしか使えない。それはそれでかなり役に立つし、応用すれば個人の特定もできなくはないだろうと自負してはいるが。

 

「でも、そうだね、私からしてみればヘイローほど個性豊かなものは無いと思ってるよ」

「そこまで言われてしまうと……気になりますが……」

「手描きのイラストでまとめたものがあるけど見てみる?どうせヒマリならそのうち勝手に覗きそうだし」

「先生!……と、注意したいところですがせっかくなので見てみましょうか。エイミのヘイローも気になりますし……」

 

先生は、シャーレのデスクの改造した引き出しの二重底に隠しているUSBメモリを取り出し、ヘイローのデータをまとめたファイルだけをヒマリに渡した。ヒマリはそれを受け取ると、エイミと共に入っていたデータを興味深そうに眺める。

 

「私の考えでは、ヘイローと『個性』は密接に関係していると思うんだけど、ヒマリはどう思う?」

 

先生は、まだこのキヴォトスにやってきて一年も経っていない新参者である。故にこの世界の法則などはまだ完全に理解しきれていない部分が多かった。ヘイローもその一つである。

 

「そうですねぇ……私の個人的な考察では、ヘイローというものは『私たちそのもの』ではないかと」

「ほう……」

 

先生は、顎に手を当てヒマリの話をじっくりと聞く姿勢をとった。

 

「ヘイローというものは私が私であるという証明であり、私が生徒であるという証明でもあるのです」

「証明、ねぇ……」

「指紋や虹彩は個人の証明になるでしょう?それらと違って触れることも、正確な形を見ることも私たちにはできませんが、『そこに在る』からこそ私たちが存在していることを証明できる」

 

ヒマリが話している様子は、先生からするとまるで鏡を見ているような気分になるものだった。おそらく無意識のうちに自分の身振り手振りを真似しているのだろう。

 

「先生に分かりやすくお伝えするなら『魂』という表現が一番近いでしょうか」

「なるほどねぇ」

 

先生は深く頷く。今まであくまで『キャラクターを構成する装飾品』のようにしか考えていなかったが、ヒマリの話を聞いていると『魂』という表現もしっくりきた。

 

「ヘイローをまとめたファイルを見ていると……私には学園ごとに特色が出ているように思えます」

「例を挙げるならば……ミレニアムはシャープで近未来的、トリニティは優雅で神秘的、ゲヘナは荒々しく力強い……大まかに分類するならこんな感じでしょうか」

ヘイロー()によって性格や個性が決まるのではなく、性格や個性によってヘイロー(魂の形)が決まるのかもしれません」

「置かれた環境に生物が適応していくように、その環境で育ったことによって形成された『自我』がヘイローに現れているのではないか……私はそう思いましたね」

 

ヒマリの考察は、納得のいく部分があった。確かに、ゲヘナの給食部の愛清フウカが良い例だろう。

 

フウカのヘイローにはおにぎりのような模様がある。産まれた時からヘイローがそうなっていたのなら『愛清フウカという概念が誕生した時』から給食部であることが決定されていたようなものだ。流石にそれはないだろう。まさか『そういうキャラクターを作ろう』として愛清フウカはデザインされた、なんてことはあり得ない。

 

給食部に入るような今の愛清フウカに育ったからこそ、彼女のヘイローにはおにぎりのような模様がある。そう考えた方が自然だ。

 

どこの学園にも所属していない、ブラックマーケットでたむろしているような自己の定まっていない生徒は、どこか無個性的にも見えるのもそのせいかもしれない。

 

「その考察が正しければ、ヘイローからおおまかに性格を当てることはやっぱり可能かもしれないな」

「もしかしたら……人格や心といったものが宿っているのは『ヘイロー』なのかもしれませんねぇ」

 

と、まあここまで二人で議論をしてみたが、所詮は根拠のない話だ。正しいかどうかなんて全く分からない陰謀論、いや陰暴論である。

 

「先生は、『人格』『心』といったものがどこに宿ると考えていましたか?」

「私は、人格や心といったものは基本的には『脳』に宿るものだと考えているよ。脳が思考し、感情を生み出し、記憶を蓄える。それが人間の個性につながる。でも——」

 

ここは生まれ故郷とは時間も空間も法則も何もかもが異なるキヴォトス。そういったものが脳の電気信号という単純なもので生み出されているという確証はない。

 

「では、一つ思考実験をしましょう。仮に私の素敵で聡明な頭脳をエイミの中に移植したとします」

「……仮に、だよね?」

 

ヒマリの話を遮るように、その背後から若干悲しそうな声が聞こえてきた。

 

今は椅子になっているエイミも、出会った時と比べると随分と感情が表に出やすくなったと思う。というか、エイミがシャーレに加入してきた頃、正確には『リオ会長の命令で所有しているオーパーツ及び先生本人の調査、各校への牽制兼バランス調整要員としてセミナー下級役員と身分を隠しながらシャーレに送り込まれてきた頃のエイミ』だったらヒマリの車椅子の一部に組み込まれる、なんてことは絶対にしなかっただろう。

 

事実として、先生が纏めたエイミの『個人情報』は二度三度改訂されている。

 

「仮に、です。やろうと思えばできますが、やりませんよ」

「……できるんだ。まあ、部長がしたいなら拒否はしないけど」

「…………コホン、話を戻しますが『私の頭脳』が『エイミの身体』という容れ物に収まった場合、そこにいるのは『明星ヒマリ』でしょうか、それとも『和泉元エイミ』でしょうか」

「自分としては、『明星ヒマリ』だと思うけどなぁ」

「いいえ。どちらでもありません。『私の頭脳』はこの『明星ヒマリ』という素敵な体に収まっているからこそ、明星ヒマリとして成り立つのです」

 

ヒマリは、誇らしげに胸を張った。

 

「先生が言う『脳』だけで人格が決まるなら、もし私の脳をエイミに移植したら、そこにいるのは完全な『明星ヒマリ』ですよね?」

「……そう言われると、確かに違う気もするな」

「つまり、『私が私である』ためには、脳だけじゃなく、ヘイローも、身体も、記憶も、そのすべてが関係しているのでは?」

 

手術で臓器移植をしたら患者の性格が変わった、なんて話を何回か聞いたことがある。

まあ、その話に関してはオカルト的なものは一切なく手術を乗り越えたことによる変化でしかないと先生は考えているが、性格が変化するならば手術をする前の患者とは別人になっていると言ってもあながち間違いではないのかもしれない。

 

「故に、『私の頭脳』が『エイミの身体』という容れ物に収まっていたとしてもそこにいるのは『エイミとヒマリが混ざった別人』なのではないでしょうか」

「なるほどねぇ……」

「その時の『私の頭脳』がどういった結論を出すかは、私にも分かりません。今まで通りに『明星ヒマリ』として生きる道を選ぶのか……もしかしたら『自分が和泉元エイミと偽って』生きていくかもしれません」

 

ヒマリは、そっとエイミの頬を撫でる。身動きが取れないエイミはそれに対してくすぐったそうに身を捩った。

 

「いずれにせよ、そこにいるのは『今までの明星ヒマリ』ではなく『新しい明星ヒマリ』であることに違いはないでしょう。……エイミ、着いてこれてますか?」

「いや……」

 

先ほども言ったが、ついつい自分の得意分野になると早口になってしまうのが我々の悲しい性である。

 

「要は、変化に対して私たちはどう納得していくのか、そしてその納得した形こそが『ヘイロー(自己)』であるのかもしれませんね、という話ですよ」

「あー、うん。なんとなく分かった」

 

人生において、生活が今までとは全く異なる状態になるなんてことは珍しくもない。

進学、転勤、病気、事故、災害……。

人は、その人生の中で何度も変化を求められる。

 

しかし、変化はいつも歓迎されるものとは限らない。時には予期せぬ形で訪れ、私たちの心を揺さぶる。慣れ親しんだ環境を離れることに不安を感じたり、先の見えない未来に戸惑ったりするのは当然のことだ。

 

けれど、そんな変化の中でこそ、人は自分自身を見つめ直し、成長する機会を得るのかもしれない。苦しみや迷いの中でこそ、今まで気づかなかった可能性に気づくこともある。まるで嵐の後の青空のように、混乱の中を抜けた先には、思いもよらない景色が広がっていることもあるのだ。

 

だからこそ、大きな変化に直面したときは、無理に抗おうとするのではなく、一度深呼吸をしてみる。そして、その変化の中で自分が何を感じ、何を大切にしたいのかを考えてみる。もしかすると、それは新しい一歩を踏み出すための、人生からの静かな招待状なのかもしれない。

 

 

 

いきなりキヴォトスにやってきて先生なんて立場になっても、自らの体が車椅子の暖房として組み込まれていたとしても、本人がそれに納得できているならば、それでいいだろう。

 

__これは、そういう話だ。

 

 

 

「まあ、ここまで長々と話していましたが、あくまで『雑談』ですし、アカデミックな場所でもありませんから根拠も何もない、想像ベースのお話ですからね」

「……そうだね」

 

先生は、一息つきながらコーヒーを口に含んだ。

 

「ねえ先生」

「ん?どうしたエイミ」

 

器用に腕だけを動かしてヘイローのデータを眺めていたエイミが、話しかけてきた。

 

「ゲヘナのここ、データが抜けてない?」

 

 

 

「あら、本当ですね。万魔殿の『元宮チアキ』さんの画像データが真っ白ですよ?」

「あー……」

 

 

 

チアキのヘイロー。非常に難しい問題だった。

描くのが難しい、というのもあるが……

 

というか、ここまでに話した『ヘイローとは自己』である、という考察をベースに考えるなら元宮チアキという生徒は……

 

「ねぇ、ヒマリ」

「はい。なんでしょうか?」

「さっきまでの話をベースにするなら……」

 

 

 

 

 

「ヘイローがちょっとずつ崩壊していってるのって、マズい?」

 

 

 

 

 

「……私の清廉な口から発するにはあまりにも品がないスラングに『ヘイローを壊す』というものがあります。意味を簡単に解説すると、『死ね』です」

「あー……」

「性格を元にヘイローが決定されると考えるなら……」

 

 

 

「自殺を……考えているのでしょうか……?」

「それは……ないと、思いたいけどなぁ」

 

 

 

 

先生が始めたチアキと会ったあの日、他の生徒と同じようにチアキのヘイローを描いた。

あの時はゲヘナだし、そういうデザインの子もいるかと、刃毀れしているような形状のヘイローに何の疑問も持たなかった。

 

だが、数日前に見た時は、以前と比べると明らかに崩れていた。形状が変化したから現在はデータを修正中にしているのだ。

 

『ヘイローとは自己』である、という考察をベースに考えるなら元宮チアキという生徒は、『自己が崩壊するようなこと』があったとしか思えない。言動や動作の隅々から自分に自信がなく、無理に陽気に振る舞っている節があるのは最初から分かっていた。

 

人と関わろうとするときに自分を偽ることは、よくある。

 

目の前で車椅子になっているエイミだって、最初は『セミナー役員』と名乗っていたのだから。(正確には特異現象捜査部はセミナー傘下であり、それほど間違っているわけではないのだが、特異現象捜査部という肩書を隠していたのは事実である。)

 

周囲に馴染もうとして、『誰か』を演じてしまうのも、選択肢の一つではある。

 

それを他人が無理やり引きはがそうとするのは関係を悪化させてしまうのだ。故に、先生はゆっくりと距離を詰め、その仮面に隠れた『本当のチアキ』と仲良くなっていこうと画策していた。

 

 

「そのチアキさん、私はよく知らない……いえ、私が手慰みに作った匿名掲示板に熱心なファンが何人かいましたね。鬱病だのなんだの好き勝手言われていましたので、本人のために少し規制することを考えていましたが……先生のその様子ですと……」

「悲しいことに、否定するのが難しいね」

 

だが、こうも急速に崩壊が進行してしまってはそうも言ってられないのかもしれない。

  

「……まあ、この後は私が対応するから。ヒマリたちは、今日はもう帰っていいよ」

「そうですか……気を付けてくださいね?」

 

先生は、ヒマリたちに別れを告げるとゲヘナ方面へと急いだ。

 

 

 

――

 

 

 

軽い雑談だったのに、いつの間にかとんでもない話になったなぁ、とエイミが車椅子としての役目を果たしながら考えていると、ヒマリが自身の車椅子を操作しているのが目に入る。何をしているのだろうかと気になった次の瞬間、エイミを固定していた器具が外れ、数時間ぶりに車椅子から解放された。

 

「あれ……部長、いいの?」

 

突然自由になった手足を伸ばしながら、ヒマリに訊ねた。今日は一日中この状態ですよ、と伝えられていたのだが気が変わったのだろうか。

 

「……エイミは、ここまで聞かされて今夜はぐっすり眠れそうですか?」

「別に私は鍛えてるから2分あれば十分な睡眠状態に入れるけど……」

 

和泉元エイミは、ヒマリほど他人に興味を持つような性格ではないと自負している。それに、他校の生徒会メンバーという自分が首を突っ込むには少々厄介だ。しかし、こうなったヒマリは放っておくとめんどくさいし、ヒマリを手伝うようにリオ会長から命令されているから手伝わないわけにはいかない。

 

「まあ、部長がちょっと調べるって言うなら手伝うよ。そのままスルーするほど、私も冷たくないし」

 

手伝う姿勢を示すと、それを聞いたヒマリはぱあっと明るい笑顔を見せる。

 

「エイミは、あったかいし、優しいですからね?」

「……うるさい」

 

 

 

__これが、数日前の出来事。

 

 

 

和泉元エイミは、元宮チアキを数日に渡って観察していた。

 

「…………」

 

リオ会長お抱えのエージェントの『一人』である。故に、尾行は容易いことだった。

 

現在ではヒマリの下で特異現象捜査部として活動してはいるものの、立ち位置的にはC&Cと言っても過言ではない。ヒマリには紹介(飛鳥馬)できない同僚(トキ)のように正式なメンバーではないのだが。

 

閑話休題。

 

エイミからしてみれば、チアキの変装は粗末なものであり、彼女の『不注意なところ』も相まって誰かにバレてしまうのではないかと不安になってしまう。それに加えて、精神状態のせいなのかは分からないがやや不安定な足取りだった。どう見ても不審者の類でしかない。

 

それでも、チアキが目的地へたどり着こうとする意志だけは確かなように、エイミの眼には映っていた。

 

 

 

完璧に気配を断ち、ブラックマーケットをチアキに続いて進んでいく。

しかしだ、今日に限っては「チアキが尾行されていることに気づいてしまう」可能性があった。

 

「……ゲヘナの風紀委員長?」

 

ゲヘナの風紀委員長である空崎ヒナが、エイミと同じくチアキを尾行していたのだ。『情報』によれば今の空崎ヒナは尾行をするような人物ではないとされている。

 

そのせいなのかは分からないが、現にこうしてエイミにはバレてしまっている。チアキにバレてはいないようだからいいものの、空崎ヒナという人物は尾行をするにはあまり適性が無いように思えた。一般生徒と比べれば『できる方』なのだろうが、いかんせん今の空崎ヒナは存在感が強すぎる。ゲヘナの抑止力としては十分すぎるのだが、尾行する人員としてはあまり向いていないだろう。いや、小柄な体躯は隠れるのに適しているからその視点では最適な人材なのかもしれないか。C&Cのリーダーも、尾行に関してはなかなかに上手であったと記憶している。

 

とすれば過去の空崎ヒナは……と、考えたところでエイミは思考を打ち切った。今するべきなのはチアキの尾行であり、空崎ヒナの考察ではない。「ヒナがチアキを尾行している」以上の情報は必要ないだろう。どうしてヒナが尾行しているのかの考察は、チアキの尾行を終えてからにするべきだ。

 

偶然BMに入っていくチアキを見つけてしまったからなのか、それとも『風紀委員長が出てくるような案件』にまでチアキのことは発展しているのだろうか。現時点では、エイミにその判断はできない。

 

とにかく、今は何が何でもチアキに尾行していることを悟らせるわけにはいかないのだ。

 

 

しばらくすると、チアキはとある廃ビルの中に入り、それに続いてヒナも入っていった。二人に気づかれないようにエイミも侵入する。

 

廃ビルの中は、巧妙にカモフラージュされているが、薬品の製造体制が整っていた。

 

 

なるほど、チアキが日常的に服用していた薬は、ここの物だったのか。とすれば、チアキの件はエイミの想定よりも複雑で巨大な問題なのかもしれない。だと知ればわざわざ空崎ヒナがチアキを尾行していることにも納得がいった。ゲヘナの運営組織である万魔殿のメンバーの一人、それもそこそこ重要な役職の元宮チアキがBMで製造されている違法な薬品を使用しているとなれば、ゲヘナ全体を揺るがすスキャンダルである。それに、エデン条約も迫っているのだからなおさらだ。

 

だが、エイミにはそれよりも気がかりなことがあった。

 

BMにしては、薬の製造体制が整いすぎている。

 

薬の売買で莫大な利益を上げているのだろうか、使用されている機器はミレニアムの最新モデルばかりである。しかし、ミレニアム最新モデルなどBMのその辺の薬売りが手に入れられるようなものではない。これはこれで報告しなければならないと感じたエイミは、リオ会長に報告するべく証拠を写真として収めていった。

 

まだそこまで流通しているわけでもない機器をなぜBMの薬売りが所有しているのだろうか。何か巨大な闇を覗いてしまっているのではないかと気がかりで仕方がない。

 

エイミは、そこまで考えてから、じゃあここで薬を売っているのは誰なのだろうかとチアキの方を、いや正確にはチアキを尾行している空崎ヒナを見た。

 

バレないように廃ビルの外壁に張り付き、チアキのことを写真に収めている。エイミは、リオとヒマリとそのお友達(ヴェリタス)に叩きこまれた『技術』で盗み見しているヒナの端末をさらに盗み見した。

 

 

 

 

 

『……ほら、いつもの』

『ありがとうございます』

 

「…………!!」

 

そこに在ったのは、かつてミレニアムから逃亡し、危険人物であると現在でも事実上の指名手配を受けている生徒、『的場サトカ』がチアキと薬品の取引をしている光景だった。もしかすると、先生やヒマリ部長が考えていた元宮チアキの精神的な不安定さは、的場サトカの薬によるものなのかもしれない。

 

エイミは、去年の時点で逃亡したサトカ自身の性格などは全くと言っていいほど知らなかったが、リオが対処するべき事項として彼女の名前を挙げていたため、その重要度は理解している。

 

そんなサトカを思わぬ形で発見してしまったことにはやや驚いたが、現在までセミナーやヴェリタスの追跡を逃れ続けた彼女ならばミレニアムの最新機器を仕入れることも可能だろうという嫌な納得感が浮かび上がってくる。おそらくミレニアム内にはまだ彼女を慕っている生徒がいるのだろう。

 

となれば、流石に他校の生徒会メンバーを個人的な興味で調べている場合ではない。すぐさまミレニアムに帰還し、リオ会長に報告しなければならないだろう。

 

 

 

何も知らないチアキは、おそらく薬の効果でやや上機嫌になりながら、ゲヘナ方面へと帰っていった。その様子を、外壁をよじ登って屋上に辿り着いているヒナが何かを考えこむように、静かに見守っている。

 

 

 

 

 

まあ、こうしてゲヘナの風紀委員長がチアキの異変に気が付いているのだから、チアキの対処はゲヘナに任せた方が良いだろう。他校が勝手に首を突っ込んでいい問題ではなさそうだ。

 

 

 

ただそれはそれとして、ヒナはやはり尾行という行為があまり向いていないように思える。

 

それを得意としているエイミは、サトカのように薬学に深い知識があるわけではない。

 

何が言いたいのかというと必要なのは役割分担である。

 

餅は餅屋、適材適所というようにチアキに関してはゲヘナが対処するべきだろうし、逆にサトカに関しては自分たちミレニアム側が対処するべきだろう。

 

これはミレニアム、ゲヘナの生徒会同士の協力が必要になるかもしれない。もはや部長と自分の個人的な興味で首を突っ込んでいい範疇を超えている。

 

 

 

__上手くできるのだろうか。

 

自分ほどではないが、口下手気味で色々抱え込みがちなリオ会長に若干の不安を抱きつつ、エイミもミレニアム方面へと帰還した。

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