元宮チアキではなく、“元”チアキ 作:元宮チアキ以外の誰か
朝は、いつだって憂鬱だ。
『私』は目を覚ました。
一縷の希望を込めて自分の体と部屋を確認する。だが──体は今日も変わらず『元宮チアキ』で、部屋も『私』が初めて目覚めたあの日から何ひとつ変わっていない。
目が覚めたら、知らない天井、知らない体。そんな非現実が起きるなんて、普通はない。
……でも、一度だけあった。
だから、今日も少しだけ期待してしまうのだ。
『チアキ』ではなく『私』で目覚めたことに軽く落胆しつつ、昨日の帰りに買った食パンを齧る。口の中に広がるのは、何の変哲もない食パンの味。
それだけだ。
「……ごちそうさまでした」
聞いている人が誰もいないのに、口に出してしまうのはやはり『生まれ持った性』なのだろうか。誰かに聞かせるわけでもない挨拶を済ませると、食後の
『チアキは、そんなもの飲まないのにね』
虚空から声が響いて、手が止まった。
「……うるさい」
それもまた、誰に聞かせるでもない言葉。部屋には『私』しかいない。だからきっとあの声は、罪悪感の声か、ストレスの産物か──あるいは、どこかに囚われてしまった本物の『元宮チアキ』の、無念の声なのかもしれない。
『チアキは、そんなこと言わない』
__それは、分からない。
私はチアキのことを、実のところほとんど知らない。もしかしたら裏では暴言を吐きまくるような人物だったとしても、不思議じゃない。
それでも、チアキに会えるなら会いたいと思う。
会って、謝りたい。
体を乗っ取ってしまったこと。勝手に使っていること。チアキになりきれなかったこと。そして、彼女の人生を壊してしまったこと。
謝って、謝罪して、詫びて、そして──
いつか、この体を本当の元宮チアキに返したい。
そんな願いを込めるように、私は薬を飲み込んだ。
「万魔殿の書記、元宮チアキ! 今日も一日、頑張りますよぉ~っ!」
自分に言い聞かせるように叫びながら、部屋を出る。『あの時』から全く変わっていないこの部屋から出るということは、他人から『元宮チアキ』として見られるようになることを意味している。
だからこそ、この薬は手放せない。
無理をしているのかもしれない。それでも、いつかチアキが帰ってきた時のために『私』が頑張るしかないのだ。
健康のためには日光を浴びるといい──という話を聞いたことがある。その真偽はさておき、確かに陽の光を浴びると、少しだけ気持ちも晴れる気がする。
ブラックマーケットの薬売り、どうやら『的場サトカ』というらしい彼女の仕事には、頭が下がるばかり。流石は『元』とはいえミレニアムの生徒と褒めるべきだろう。私の要望に応えて調整されたそれは、今の私にとって必需品だ。
……もっと頑張らないとなぁ。
薬の効果か、少しずつ気分が明るくなってきた。このまま、薬に頼らず生活できるようになれたら──それが理想だ。
でも、きっとそれは遠い未来の話。
その日が来るということは、『私』が消えて『元宮チアキ』が戻ってくるに違いない。
ああ、なんと待ち遠しい。
『チアキ』が戻ってくる、その日が。
来るはずが、無いのに。