オルクセンに存在する、あるビアホールで起きた騒動のお話です。

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酒に交われば

賑やかなりし夜の酒場。

そこは、町で一番の広さをホールに人が集まる。

オークだけではない。

コボルト、人間、ドワーフ、黒エルフたちが騒ぎながら酒を飲み、飯を食らうひと時。

誰かは女を引っ掛け、誰かは相方の自慢話を耳にして退屈そうに相槌を打つ。

 

しかし、そんな一角のテーブルで酒の回った二人の男が立ち上がり、お互いの襟を掴み立ち上がった。

 

一人はオークの若者で、もう一人は偉丈夫な人間の若者。

その様子は例えるなら、ブランデーにマッチを近づけたらすぐに発火してしまいそうな塩梅だった。

 

「もう一度言ってみろ」

人間がドスの利いた声で、オークの男を睨む。

「ああ、言ってやる!こす狡い事ばかりする奴らだろうが。“島の猿”が服を着た程度と事実を言って何が悪い!」

「ついに本音が出たな、ならそちらこそ、肉と女を裸で食い荒らしていた“森豚”だろう!」

 

売り言葉に買い言葉が交錯し、剣呑な雰囲気が徐々に周囲に広がっていく。

そこに、歩み寄る男が二人。

ドワーフとコボルトの男だった。

 

「おいおい、落ち着かねえか。ここは酒を飲む場所で怒鳴る場所じゃねえ」

瓶を口に当てて、ごぶりと喉を鳴らしてドワーフが酒を飲む。

「そうそう、喧嘩するよりお酒を飲んで、楽しくやりましょうよぉ」

陽気なコボルトもそれに続いた。

 

そこに、オークと人間族の言葉が重なった。

「「るっせえ!!ビア樽胴と犬食い野郎は黙ってろ!」」

 

この罵倒にはドワーフとコボルトもキレた。

四人の男がガンを飛ばし合う。

ウェイターやウェイトレスはおろおろし、周囲の人もその様子に気が付いて静まり返っていく。

酒が頭に回っているから、血が上るのも早い。

四人の男は全員が腕に、指に力を籠めて、いつ殴ろうかと言う事だけを考えていた。

 

「ちょっと、暴れるなら外に出てやんな。迷惑千万!子供じゃ無いんだから!」

そんな一色触発の場に黒エルフが割って入った。

同時に黒エルフの連れも賛同する。

「そうだそうだ!」

「お姉さま、良く言った!!」

しかし、そこに飛んできた言葉は。

 

「「「「木の股から生まれてきた奴には関係ねえだろ!!」」」」

 

火が付く所か、爆発、大爆発であった。

黒エルフが即座に投げたビールジョッキが人間の頭にヒット。

それを合図として壮烈な喧嘩が始まった。

 

オークが怯んだ人間を殴ろうとするが、その隙を見逃さず、コボルトがオークの腕にかみつく。

ドワーフがオークに組み付き、地面に倒そうとするが、ドワーフのもさもさの髭をひっつかみ、黒エルフは、その顔面を机に叩きつける。

怒声や悲鳴が酒場にこだまする。

椅子や食器が乱れ飛び、それを契機とした意図せぬ喧嘩も周囲で勃発。

ウェイターやウェイトレスは喧嘩を止めようとする者もいれば、安全圏に避難する者もいて、もはやこの場にバトルロワイアルを止められる者はいないと断言できる。

客も隠れる者、急いで逃げる者、これ幸いと食い逃げする者、喧嘩に注目する隣のテーブルの酒や食事に手を出す者、中には誰が勝つか賭け事を始める者まで出る始末。

 

この喧嘩が止まるのは時間を要した。

何しろ最初、通報を受けた警官は些細な喧嘩を仲裁する程度と向かったら、思った以上の大騒動。

応援を呼ぼうにも、逃げようとする人や、周囲からの野次馬に阻まれてしまい、応援を呼ぶのが遅れたからだ。

報告を受けた警官の部隊が遅れながらも到着、警告の発砲によって、ようやく喧嘩は止まったのであった。

 

「いだい、いだい折れる!!折れる!!とめて!!!」

と言う、黒エルフに両手首を掴まれて、背中側に力をかけられていたコボルト族の叫びだけが響いていた。

 

 

 

それから数十年後―。

いつかの道を、老人が歩いている。

腰の曲がった人間の男が杖をつきながらヒョコヒョコ歩く。

昔は、さっさと歩けたのに今ではずいぶん時間がかかる。

息もあがるし、足もすぐに疲れるから座り込んでしまいたくなる。

そんな時は少し杖に体重をかけて休みながら進んでいく。

道の先にはあの時の四人がいた。

「待たせちまったかな……」

「たいして待っちゃいないさ」

オークの男がはにかみながら呟く。

「そうそう、こいつも遅刻してるし」

コボルトはドワーフを指さし笑う。

「余計な事をいうな!深酒しちまっんだ!秘密にしとけ!」

ドワーフも照れ隠しに怒鳴るのを見て、黒エルフはふっと笑う。

「取り合えず、入りましょ」

 

酒場のドアを開けると―。

静まり返った空間が広がっていた。

誰もいない。机と椅子は端に寄せられている。

飾りつけも長い間で変わっているから、あの時のままではない。

喧噪の欠片も無い、寂しい空間。

それでも、あの時の雰囲気の多くを残し、留めていた。

「懐かしいなぁ……」

年老いた人間の言葉に誰もが感じ入った。

老朽化で建物の解体が決定。

ついにはこの酒場ともお別れが近づいていた。

その、最後の姿を見ておこうと集まったのだ。

「ああ、でもそうだな、楽しかった」

「うん、そうそう楽しかったな!」

「ったく、あの時の痛みがぶり返しそうじゃ。酒飲みてえわい」

「続きでもやろうか?」

そして、全員が笑いあった。

 

喧嘩が止められた後の話である。

警官に止められ、喧嘩の後処理と原因の尋問が始められた。

 

全員が床に座りうなだれていたが、最初の原因である、オークと人間のやり取りを聞いて、他の全員が呆れ返った。

つまり、人間がオルクセンの『酸っぱいキャベツ』が苦手と言ったのに対し、オークがお前の故郷の『まずい料理』よりはマシと返したことが最初だった。

そこから、徐々にお互いの国の欠点やら何やらを上げていき、エスカレートして掴みかかってしまった―。

結局、全員が喧嘩の罰金を払い、酒場とは弁済を後々行う事で和解。

そして、まず黒エルフ以外の四人が黒エルフに謝罪。

次に、オークと人間がドワーフとコボルトに謝罪。

最後にオークと人間が双方に謝罪、と言う事で解決を見た。

 

警察から解放された時には既に夜が明けていた。

そして五人はお互いを見て。

「「「「「「飲みなおすかぁ」」」」」

「どこに行くんだ?」

「あの角の店なら、まだやってる」

「あ、でも罰金でお金無いんだけど」

「心配すんな!あそこの店主なら顔見知りだからツケが利く」

「よし、じゃあ最初に潰れた奴の奢りで勝負しよう!」

 

酒飲みはバカなのだ。

酒を飲んだら喧嘩して、酒を飲んだら仲直り。

 

そして出来た飲み仲間とは毎日のように飲んだ。

冠婚葬祭にも顔を出したし、悩み相談から商売の話、何でもした。

喧嘩から始まった仲が何十年も続くのだから、つくづく奇妙なものだが、オルクセンの諺に『膠(にかわ)の友情』と言うものがある。

曰く、熱した膠も固まれば違う素材同士でも強力にくっつく。

それを人間関係に例えた物だ。

 

静まり返った酒場を眺める五人。

「しっかし、あのオーナー、うまい事やりやがったよな……」

店の中にある、あの日、あの時には無かった物に目をやると、オークが苦笑した。

他の四人もただ頷いた。

それは、店の真ん中に作られた、鉄柱とロープで作られた簡素なリングだった。

 

あの日の大騒ぎは、新聞に載った。

酒場の大乱闘となった現場は野次馬が寄る事もあったが、本来であれば一過性ですぐに忘れられてしまうものだ。

しかし、商機と見た店主は店が片付いたのを良いことに、中央に喧嘩用のリングを設置した。

やり過ぎないように、止めに入れる屈強な者も雇って、『いざこざがあればリングでやれ!』と言う事で、毎週の様に殴り合いやつかみ合いが店の中央で行われた。

看板もかけかえて『太陽よまた明日』から『喧嘩一番』に改名。

音楽を専攻する学生をつかまえて曲と歌詞まで書かせ、店で大合唱をさせ、喧嘩ショーを見世物にして大ヒット。

あの小さなリングで、オークのプロボクサーに挑戦できるイベントを行った事すらある。

その結果。

 

「今や何店舗も出してるとはね……」

本当に笑ってしまうほどだが、まあ名物酒場の歴史に名を刻んだことは良かったのやら悪かったのやら。

「さて、そんじゃ飲みに行くか!」

「待て待て、こいつ酒止められてるだろ」

オークが人間の男をちらりと見る。

「何、少しくらいなら構いやしないさ。ま、日に六杯程度さ」

「随分減ったわね」

「いやいや、精々三杯にしとけ、長生きすりゃ総合して倍以上飲めるかもしれん」

愉快に笑いながら、人間の男に合わせて、皆がゆっくりと酒場に向かって歩いていった。

 

 

終―かもしれない。

 

 

 

ここからは、秘密のある夜の話―

 

喧嘩してから間もないころ。

いつもの面子も用事があるとかで飲み仲間が欠けることもある。

そんな中で出た話。

 

「そういやあ」

オークが口を開いた。

「あいつのいる前じゃ言えないけどよぉ」

コボルトが察する。

「あー、うんわかってる。多分、全員同じこと思ってる」

ドワーフが後に続く。

「だよなぁ。何でこうあいつは……」

人間の男は黙って酒を飲む。

 

新聞に載らなかった事がひとつだけある。

喧嘩の勝敗である。

コボルトが痛みの悲鳴を上げていたところで喧嘩は止められたが―。

その時、オークは昏倒。

ドワーフは床に転がり悶絶。

人間の男は上に乗ったコボルトと黒エルフの体重で息が出来ずに懸命に呼吸をしようともがいていた。

 

「何かすっころぶ様に投げられて、顔面から床にたたきつけられた」

オークが頭をさすりながら言う。

「ハンマーで殴られた方がなんぼかマシだぜ……鉄の塊みてえなパンチ放ちやがるんだ」

ドワーフが腹を抑える。

「気づいたら何か、手を後ろに回されてた……なにあれ、めっちゃ痛い」

コボルトが腕の痛みを思い出す。

人間の男は陸で溺れるような苦しさを思い出し、恐怖で小刻みに震えていた。

だけど、こんなこと本人の前ではとても言えない。

全員が墓の下まで、いや地獄の底でも口を割るまいと決心したことがある。

 

あいつが一番狂暴だった―と。

 

そんな話がされているころ、黒エルフは同族の恋人とデートしてる中で、大きなくしゃみをしてしまったとか、しないとか。

 




時間軸が違う種族でも友人になれると思って書きました。

なお、コボルトさんがかけられていた技は、パ〇スペ〇ャルです。

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