俺、ツインテールになります。 The Another Red Hero 作:IMBEL
さて、1巻ももうすぐ終わりに近づいてきました。
4月ももうすぐ終わろうとする中で迎えた日曜日の昼下がり。戦いが起こらないこの平和な時間を光太郎は、市内の図書館にて学校から出た課題を片付けることに費やしていた。
この1カ月弱、アルティメギルはこっちの都合に構わず、世界中のどこにでも時間を問わず現れて侵略活動を行ってきた。レイチェルが開発した転送装置のおかげで、すぐさま現場にかけつけて戦えてはいるものの、時間だけはどうにもならない。深夜にレイチェルにたたき起こされて出撃したことも何回かはあるし、いざ夕飯を食べようとした瞬間に現れたこともある。幸か不幸か、今の所は授業中など正体バレに繋がるような時間帯に戦うことはないので、そこは助かっているが。
こういった自由な時間を有効活用しないと、課題などを行う時間が取れないのだ。ヒーローの辛い所なのだろうな、これは。
だが、のほほんとした空気は突然かかってきた通信によって崩れ去った。
『アルティメギルが現れたわ! 場所は山奥の採掘所よ!』
またか。課題が終わり、一息ついていた途端にかかってきた通信にそう思いながら、出撃準備に取りかかろうとするが…。
『あ、でも、待って…レッドが倒しちゃったわ!』
「早っ!?」
人気のない所へ移動して転送ゲートを開いてくれと頼もうとしたのに、既に決着がついてしまった。どうやらレッドが文字どおり怪人を瞬殺してしまったらしい。
『悪かったわね、通信かけちゃって』
プツンと切れた通信。腕につけたテイルリストを擦りながら、ぼんやりとする。
(なんていうのか…変な感じだ)
自分が出撃しなくても戦いが終わったことやレッドが勝利したことが嬉しいはずなのに、なぜか腑に落ちない。ここ最近、ずっと思うことだ。
フォクスギルディとの戦い以来、アルティメギルの動きに不自然さがあるような…そんな気がするのだ。何の対策も立てないで犠牲者が増やすようなやり方もそうだし、今日だってそうだ。瞬殺されるほど弱い相手をなぜ出撃させたんだ? そんなの組織にとってデメリットにしかならないのに。まるで俺の知らない所で何かが進んでいるかのような…そんな気分がする。
(…考えすぎか?)
椅子に寄りかかりながら、俺は思考の海に入っていく。
そもそも何故あいつらは一気に侵略に取りかからない? そこがいつも疑問に思う所だ。
メタ的な発言をすれば、ゲームのRPGと同じようなツッコミが入るのだ。『どうして勇者の国の近くは弱い敵しか出ないのか』とか『どうして魔物の大群で勇者を攻めないのか』とかだ。普通は勇者を倒すのならば育ちきっていない序盤で徹底的に強い敵で叩きのめしたり、人海戦術で攻めればいいのに何故だ?
やり方次第では俺たちを倒せる方法とかいくらでもあるはずだ。なのに、20日間近くで苦戦した相手は俺が戦ったヘッジギルディとレッドと共に戦ったフォクスギルディの2体だけ。
まあ、お約束だとかルールだとか言われてしまえば納得するが…、まあ相手が変態集団の癖に変な所は律儀な奴らなんだ。あり得なくもない話かもしれない…。
(考えすぎだったのかもしれないな)
椅子をシーソーのように揺らしながら、そう考えていると、再びテイルリストに通信がかかってきた。
「!」
ガタガタン! 突然の通信にビックリして椅子から転げ落ちるが、何とか通信を開く。何人かこちらを見ているが、それは無視しよう。
「なんだよ? 帰りに買い物のリクエストか?」
『違うわよ!』
ツッコミの後に一呼吸置いて、レイチェルは焦った声を出す。
『アルティメギルがレッドの前に現れたの! 恐らく、最初に現れた1体目は囮よ!』
「何ぃ!?」
声が裏返った。1体目は囮…つまり、本命は今現れた2体目。戦いを終え、レッドが気を緩めた瞬間を狙っての出現か。アルティメギルも味な真似をする。
「分かった、俺も現地へ行くよ」
『ええ、お願い』
荷物を図書館内のコインロッカーに預け、人気のない所まで移動する。
『転送ゲートをそっちへ送るわ』
「おう!」
テイルドライバーを腰に着け、準備万端な俺の前に、光のゲートが現れる。そして両足に力を籠めようとした時、『待って!』という声がした。
「どうしたんだ? 何か言い忘れていたのか?」
『…気を付けてね。多分そいつ、今までの奴と違うから…』
「ああ…、行くぞ!」
了解という合図を送り、俺は光のゲートに飛び込みながら変身を完了させる。
今までのアルティメギルの行動とは違うと、何か嫌な感じはするが、レッドと2人ならば大丈夫なはずだ。あの子とならば、どんな敵にだって負けはしない…。
テイルファイヤーはそのまま転送ゲートの力に包まれ、テイルレッドのいる採掘所へと瞬間移動する…はずだった。
「…え?」
俺は呆然としながら声を漏らすしかできなかった。それは2つの驚きがあったからだ。
1つ目は転送の際に感じた違和感。移動する自分とどこか違う力の流れを一瞬だが感じ取った。まるで何か別の力の流れに巻き込まれるような、混線するような奇妙な感覚。
そして2つ目にして最大の驚きは目の前の光景だ。
採掘所に転送されるはずなのに、目の前一面に広がるのは大きな海と煌びやかな街の姿。そして俺はどこか見知らぬ橋のど真ん中に立っている。既に現場は荒らされており、人々が逃げ惑っている。そして自分が今いる場所を調べると、とんでもない場所にいた。
(東京のレインボーブリッジ!?)
そう、何故かテイルファイヤーは今、本来移動するはずの採掘所と真逆の位置にある大橋、レインボーブリッジにいたのだ。
どういうことだ、転送ミスか? でも、そうでもしないとこの目の前に広がる光景の説明がつかない…。
ぐるぐると思考を回転させていると、ちりちりっとした感覚がした。
瞬間、ペタリペタリと足音がする。その小さな音からでも嫌な予感がする。今までの怪人とはどこか違うような、そんな感覚がする。そして、姿が見えてくる。
テイルファイヤーと頭一つ以上離れた身長。黒い体に鱗。何よりも目を引くのは翼竜のような薄い翼と一体化した腕。何よりも身に纏うオーラが違う。薄っぺらさがあった今までの怪人とは違い、引き締まって、凛としている。
ペタリと怪人は足を止め、テイルファイヤーを見る。テイルファイヤーもまた怪人を見、互いの視線が交差した。
「悪いな、貴様を隊長の所へは行かせん。そして…」
「!」
ジャギン、と怪人の手が光り、そこへ凄まじい力が宿っていく。
「テイルファイヤー。お前を…倒す!」
その言葉と共に怪人、ワイバーンギルディは襲いかかってきた。
※
「どういうこと!?」
レイチェルのパソコンの画面では、レインボーブリッジで戦うテイルファイヤーの姿があり、採掘所ではレッドが大剣を操る怪人との戦いが映っていた。共に戦うはずの2人はバラバラな地点でそれぞれの戦いを繰り広げていた。
本当なら採掘所にファイヤーが駆けつけているはずなのに何故? どうしてあそこにテイルファイヤーがいるの? 何故転送が失敗した!? 原因を解明するためにパソコンを大急ぎで操作し、解析してみる。
システムの方は何の問題もなかった。定期的に調べていることだし、つい先日動かした時もいつも通り動いたことから、その信頼性はお墨付きだ。
だとしたら、考えられる原因は…。
「外部からの、介入」
レイチェルは思わず爪を噛んだ。
考えたくない原因だが、アルティメギルの何らかの介入によって転送が中断され、意図的に転移する空間を変えられた。
でも、そんな芸当ができるアルティメギルが本当にいるのか? 属性力を自在に操ることができれば話は別だろうが…。
そして先ほどの転送の際の動作確認へとチェックが移った時、ある一つの部分が気になった。
「この部分…」
転送の際、何者かが無理矢理進路を変えたような形跡が見られた。例えるのなら、道を歩いている時に無理矢理手を引っ張って進路を変えた、そんな形跡だ。
(…まさか)
じろりと画面を見る。あくまでも推測だが、このようなことを引き起こせる属性力をこの怪人は持っている。そして、意図的にレッドとファイヤーを引き離した。
何故? …恐らくはこれをやってのけたエレメリアンは、フォクスギルディの時と同じことが起こらないようにさせた。レッドとファイヤー、一つ一つは小さいかもしれないが、二つ合わさればそれこそ巨大な炎へと変わるあのコンビを結成させないように分断させた。
(個別に戦って、確実に始末するために分断させた!!)
そのことを理解できた瞬間、レイチェルは部屋を飛び出していた。レインボーブリッジへとその足を向かおうとしていた。
このままじゃマズイ。相手は今までとケタが違う、取り返しのつかないことになる。―そんな予感がしたからだった。
※
「ぐうっ!」
土煙から飛び出したテイルファイヤーは後ろから猛スピードで迫ってくる怪人に防戦一方だった。
「!」
レーザーの如き素早い突きが、土煙を割ってテイルファイヤーの眉間を貫いた。その拳の迫力とスピードで、遠く離れた所で観戦している野次馬にまで風圧が届く。
「「「テイルファイヤーさーん!」」」
その驚異的な風圧は何台かの車も舞い上がり、野次馬たちの悲鳴が聞こえる。
だが、次の瞬間、テイルファイヤーのツインテールが真横へとなびいた。
(危ねぇ…!)
紙一重で今の突きを避けたテイルファイヤーは、敵の横へと回り込み、攻撃のチャンスを作ろうとしているのだ。
「ほう…」
だが、怪人の勢いは止まらない。突きの構えから素早く体を捻らせ、踵落としを焔色の戦士の頭を狙い、振り下ろした。
「!!」
踵が頭をかすり、かろうじて避けるも、怪人の踵がコンクリートへと叩きつけられ、大爆発を引き起こす。その際に生まれた衝撃によって俺は吹っ飛び、強制的に距離を置かれてしまう。
「なかなかやるな」
「うる、さい!!」
地面を蹴り、猛然と襲いかかる怪人とかわすのが精一杯の俺。状況は芳しくない。拳、突きと弾幕を張る怪人の猛攻に攻撃の隙がないのだ。
体格だけでもワイバーンギルディと俺は大人と子供くらい差がある。もう体格からして、ハンデを背負っているようなものだ。
攻撃をよけながら、じりじりと後退を続け…そして遂に止まった。手すりの部分にまで後退して、これ以上下がれなくなったのだ。
「…!」
好機と見た怪人は一気に距離を詰め、拳を振りかぶる。ドゴンッ! という自動車同士がぶつかりあったような衝撃音と共に、テイルファイヤーは動きを止める。
「「「お姉さま!?」」」
女性ファンの悲鳴が上がった。遂に逃げ切れずに攻撃をくらったのかと思ったのだろうか。
「ぬう…!」
だが、違った。怪人は苦しそうに顔を歪ませる。カウンターの要領で放った右腕の武装『ブレイクシュート』が、怪人の腹部に命中したのだ。だが、怪人の身体を貫通するまでには至らずに、拳は腹部で止まってしまう。
(…けど、隙はできた!)
更に前蹴りを繰り出して追撃し、怪人を遠方の地面へと弾き飛ばした。
「はあっはあっ…!」
本当なら喜びの一つでも上げたいのだが、今の俺にはそんな余裕はなかった。息を上げて、苦しそうに前を見る。怪人はまだ倒れているが、一瞬でも気が抜けない。
(あいつ…とんでもないくらい強ぇ…)
今までの怪人がおままごとレベルに至れるほど、レベルが高い。拳、突き、爪によるひっかき。攻撃はどれもこれも味気のないシンプルな物だが、それ故に恐ろしく感じる。
それに、決死の覚悟で作ったチャンスも活かせなかったのもデカい。いつもならブレイクシュート一発で倒せるはずなのに、今回はそれが通用しない。
さっきの一撃で技も見られた、こちらが切れる手札も少なくなるばかりだ。対してあちらの切れる手札の枚数が分からない。目隠しでババ抜きをしている気分だ。終わりが見えないマラソンほどつらいものは無いというがまさしくその通りだと思う。
「なるほど…俺と同じ拳を使うのか。…少しは骨のあるようだ」
むくりと立ち上がる怪人。…くそったれ、少しは効いているようなフリでもいいからしてくれよ。
「だが…それだけでは俺は倒せん」
ゆっくりと怪人はその両拳を動かす。それに合わせるように腰も落とし、両足も広がって行く。それが徒手空拳の構えだと理解するよりも早く怪人の姿が消え去った。
「このワイバーンギルディにはな!!」
「! ファイヤーウォール!!」
ボッ! ミサイルの如くこちらに突撃してきたワイバーンギルディを左手から展開したバリアで止めようとする。が、今まで様々な攻撃を防いできたバリアは、あろうことかワイバーンギルディのたった一撃でヒビが入る。
「…っ!!」
しかも、その衝撃までも殺しきることができない。後ろにのけ反り、ビリビリと金属バットで殴られたような鈍い痛みが左手を襲う。
「よそ見している暇はあるのか!?」
正面突破が無理と判断したのか、ワイバーンギルディはすぐさま行動を変えた。側面に回り込み、接近してくる。
もう一度バリアを張ろうとするが…駄目だ、間に合わない…!
「がああっ…!」
テイルファイヤーの胸元や太ももを覆う黒のアンダースーツが爪で引き裂かれ、チラリと素肌が見える。無意識に出していた右手を覆っているアンダースーツもビリビリに破れてしまった。
思わず、さっと素肌の部分を隠す。その光景にワイバーンギルディは満足そうにしている。
「…やはり女は素肌を見せるに限るな」
くそったれ。これって所謂、視姦ってやつか。女の服を破くだなんて、マナーがなっていないぞ…俺は男だけど。
「それにしても…いい手をしている」
ワイバーンギルディは音もなく近づいて、芸術品を扱うように俺の右手を持って、素肌の部分をツーと指でなぞった。
「ふむ、肌の細かさはやはり天然ものか、化粧品をつかっていない。それに、やはり若い女子は肌が違うな、婆の肌は干からびた砂漠のようにザラザラだからな」
「~! 気持ち、悪いんだよ!」
ゼロ距離から渾身の拳を打ち込もうと開いている左手でワイバーンギルディの顔面を殴るが、ワイバーンギルディはケロリとした顔をしていた。
「効いていない!?」
「爪の方も…ああ、整ったいい切り方をしている。指を弄る癖もないのもまたいいな。あれがあると肌に良くないからな」
「話も聞いていない!」
「拳を武器に使う割には傷ついていない…良い手だ」
俺を無視して、右手の評価をするワイバーンギルディ。まるでおもちゃを見るような子供のように、俺の右手だけに意識を持っていっている。
何となくだけど…こいつの持つ属性力が分かった気がする。多分、こいつはフェチ…所謂、異性の体などに執着する性的趣向の持ち主だ。こいつの好みから察するに…!
「やはり手はいいものだ」
手フェチの属性力に違いない…!ワイバーンギルディは俺の右手を指で擦ったり、つついたりしている。そのうちこいつ、舐めてみようとか言うんじゃないだろうな…!
「さて、と」
ワイバーンギルディは急に冷めた顔をして、グルンと合気道の要領で腕を捻り、俺を地面へと叩きつけられた。
「がはっ…!」
いきなり叩きつけられたことで肺が圧迫され、一瞬、呼吸が止まる。
「余興は終わりだ。後は貴様を倒してから、ゆっくりと手だけを楽しむことにしよう」
ワイバーンギルディは俺の手を見ながら、そう言った。
(やっぱり…そうだ…)
地を這って体を起こしながら、俺はやっと理解した。
今まで感じていたエレメリアンとどこか違うと感じていた違和感。それがようやく分かったのだ。
こいつ…さっきから俺の手にしか興味を示していないのだ。今までの怪人はどの部位や性格や好みであろうと何らかの形で人間という対象に興味を示していた。…でも、こいつは違う。
まるで人間の存在価値が手しかないような目で見ているんだ。淡々と家畜を殺すみたいな目で俺たち人間を見ている。
(ふざ、けるなよ…!)
ギリギリと歯を食いしばり、立ち上がる。その目で…俺たちを見るな!
「見下してんじゃねえええええ!!」
拳を握り、殴りかかるが、ワイバーンギルディに軽々と避けられる。
「ふん…たかが人間が、俺に立ちはだかろうなど…」
ワイバーンギルディは昨日自分の上司に繰り出そうとした技の構えを取る。
「片腹痛いわぁ!!!」
ドッゴォォォン!! 先ほどのテイルファイヤーが繰り出したカウンターパンチと同じように拳を振りぬいた。ただし、その威力はワイバーンギルディの属性力を纏うことで、比べ物にならないほどの凄まじい威力となった。
その一撃はテイルファイヤーを遥か遠くへ殴り飛ばした。体ごと吹き飛ばされ、数回バウンドし、橋を支える柱に激突する。
「ぐっ…あっ、がっ……」
柱に激突し、瓦礫に埋もれるテイルファイヤーは体を僅かに動かすことだけが精一杯で、起き上がることができなかった。
ワイバーンギルディは
この能力を使い、あらかじめ測定しておいたテイルファイヤーの属性力を目印に、転送しようとする彼女を無理矢理こちらへと引っ張って、連れてきたのだ。時空すらも超える属性力、使い方次第では恐ろしいまでの汎用性を誇るこの属性力は、使い勝手も応用性も高かった。
ツインテイルズの片割れともいうべき炎の戦士、テイルファイヤー。その実力を見極めるためにわざわざ命令を無視してまで戦いを挑んだというのに、何とあっけないことか…。
「終わりか…やはり人間とは、か弱いものだな…」
ワイバーンギルディは瓦礫に埋もれ、下を俯くテイルファイヤーを見て、そう呟いた。
ヒーローは完膚なきまで叩きのめされてからが本番ですよね…?
次回、お楽しみに。