俺、ツインテールになります。 The Another Red Hero   作:IMBEL

17 / 56
まさかの9000字越え…ここまで書いたのは初めてです。
後、お気に入り500突破、感謝です!


第16話 決戦、ツインテール 後編

「ちょっと…どいて…ください」

野次馬でごった返しているレインボーブリッジへとようやく到着したレイチェルは、人ごみをかき分けながらも器用に前へと進んでいた。この自分の小さな体は軽いコンプレックスになっているのだが、こういったことだけに対しては便利だった。

(まったく、神様って、不公平よね…!)

頭の中にはぼんやりとあの超ド級のスタイルを持つ変態痴女科学者の姿が浮かんだが、直ぐに無かったことにした。あいつの顔を見ると、反射的に手が出てしまいそうだったし、今この場で考えると、イライラが止まらなくなる。

そして、ようやく最前列へと着こうとしたその時、何かがぶつかったような轟音と、野次馬の大きな悲鳴が上がった。

「「「テイルファイヤー!!」」」

「「「お姉さま―!?」」」

光太郎の身に何か起こったのか? 急いで最前列へと向かうレイチェル。…そして、目の前に広がる光景に愕然とした。

「…!?」

その光景に思わず口元を押さえてしまう。それ程酷く、衝撃的な光景だったからだ。

レインボーブリッジの柱に寄りかかりながら、瓦礫に埋もれるテイルファイヤーとそれを見下ろしているエレメリアンの姿。それが示す事実はただ一つ…誰が見ても明らかな光景だった。

テイルファイヤーは、負けたのだ。アルティメギルに、侵略者に負けた。無慈悲なまでの現実がそこには映し出されていた。

「ふ…ふははははははは!」

ぐったりと意識を失ったテイルファイヤーを見下しながら、高笑いをするワイバーンギルディ。勝者と敗者、それを見せつけるような高笑いがレインボーブリッジ全体に響き渡った。

「何がツインテールの戦士だ、何がテイルファイヤーだ! 所詮はただの人間でしかなかったではないか! 隊長も俺を何だと思っているんだ、人間如きに俺が負けるとでも!?」

その笑いに何人かは涙を流し、膝から崩れ落ちた。嬉しそうに笑うワイバーンギルディに誰もが屈しそうになる。レイチェルも目頭が熱くなるが、グッと堪え、ワイバーンギルディを睨みつける。

(そう、それがあんたらのやり方って訳…!)

アルティメギルの侵略方法は自分たちの世界が襲われたときに何となく察していたが、今一度見せられるとようやく確信できる。こいつらの侵略の方法は変態の癖に非常に悪質だ。

今までの怪人が弱かったのは、ヒーローを世界的に有名にするための生贄。そして、ヒーローが世界的に有名になり、世界中で大流行するとその辺りで強敵をけしかけ、ヒーローを叩きのめし、動揺したところを一気に世界侵略させる。ヒーローが活躍した際に広まった様々な属性力を回収し、侵略を完了させる…。要は植物を育てる時と同じなのだ。肥料をまき、実が育ちきった所で回収させる。変態が考えたくせによくできている侵略方法じゃないか…。

「でもね…」

小さく呟いて、レイチェルは手ごろな大きさのコンクリートの破片を持った。それを構えて、フルスイングで投げた。綺麗な放物線を描いたそれはワイバーンギルディの頭へと当り、高笑いが止まる。

「…誰だ?」

ギロリと破片が飛んできた方向を向くワイバーンギルディ。眼光だけで人を殺せるような鋭さのそれに、何人かの野次馬が悲鳴を上げて、逃げ出した。

そんな中でもレイチェルは凛と前へと躍り出た。ここで屈してはいけない。少なくとも時間は稼げる。奴らは人こそ襲うけど、人殺しはしない。死んでしまえば、奪うはずの属性力も一緒に消えてしまうからだ。属性力を糧とする奴らにとっては意味のない行為。

最悪、私が犠牲になってでもいい。レッドやブルーが駆けつけてくれるだけの時間が稼げればいい。

それを心の支えとして、レイチェルは言い放った。

「人間は、人の意志は…あんたらアルティメギルなんかには屈しないわ!」

幼き少女が言い放ったとは思えないような声で、そう叫んだ。

 

 

 

 

 

 

瓦礫に埋もれるテイルファイヤーもとい、光太郎は意識が朦朧としていた。手足は鉛のように重く、まぶたも重い。意識はまだ失ってはいないものの、あと一押しでプツンと切れてしまいそうな状態に陥っていた。

(これは、きっと、夢なんだろうな…)

頭の中で流れる映像に光太郎は簡単に結論を出せた。ワイバーンギルディに殴られて、柱に叩きつけられて頭も打っている。もう、夢と現実の区別ができないくらいに朦朧としていた。だから夢を見ていたって、きっとおかしくないんだろう。

それに、今自分が見ている光景が、ありえないような話なんだから、夢に決まっている。なぜなら夢の中で俺と対峙しているのが、顔も輪郭も見えない人間なんだから。

『ここで眠っちゃうの?』

聞こえたのは男性とも、女性とも区別がつかない柔らかい声だった。姿は…駄目だ、目がかすんで見えない。でも、人間だということは辛うじて分かる。

…でも、今、自分は凄く眠たい。このまま眠ってしまったほうがどれだけ楽か…。

『本当にいいの?』

まあ、ヒーローだったら、ここで立ち上がるんだろうけどさ。…俺は負けてしまった。

だから、きっと、レッドが仇を討ってくれる…俺はここで、用済みなんだ。そういう展開も、悪くないんじゃないかな? ヒーロー殉職っていうのもお約束じゃないか。

『それは貴様の本心なのか、丹羽光太郎?』

次に現れたのは、光に包まれた何かだった。渋い声で、俺へと語りかけてくる。

…誰なんだ、あんたは?

『私は、お前のツインテールだ』

一瞬、訳が分からずに疑問に思ったが…直ぐに納得できた。

夢、だもんな。ツインテールが現れようと喋ろうと関係ないか。ありえないようなことが起こる、それが夢なんだから。

『夢などではない!』

ペチリと片方のツインテールで顔を殴られた。夢のはずのその一撃は妙に痛かった。

『ふん、貴様はいつもそうではないか! 頭のいい方向へと持って行きたがるその癖が私は…!』

ガミガミと叱るツインテール。何だろう、これは? 夢にしてはやけにリアルだし…。

『あーもう! まどろっこしい!!』

人間は俺の歩へつかつかと詰め寄ってきた。

『あんた、本当にこのままでいいの!? おねんねしていたら、確かに助けに来てくれるかもしれない。けど、カッコ悪いって思わないの!?』

その問いに俺は言葉が詰まる。

俺だって…本当は戦いたいよ。でも、あいつ、強いし…俺が立ち上がったって、勝てるかどうか…。

『ふん、そういう事を聞いているのではない!』

ツインテールは俺の手に、くるりと髪の毛を絡めてきた。…痛いよ、それ。

『私は『できるかできないか』を聞いているのではない! 貴様は『どうしたい』のだ!?』

…! どう、したい、か?

『このままおねんねして、仲間の助けを待つのか!? それとも僅かな可能性にかけて、立ち向かうか!? …もう一度聞く、貴様は『どうしたい』のだ!!??』

…俺、は。返答に詰まった。…きっと、これはとても大切な選択となるであろう質問だ。

『…光太郎、ツインテールは何故2本の髪の束で作られていると思う?』

は? 頭の中で?マークが流れ始める。俺は聞き間違いかと思って、ツインテールを見た。突然何を言い出すのだ? 哲学とか…そういう類の質問なのか? いったい何の脈略があるんだろう。

『ふ…分からないといった顔をしているな』

いや、多分誰に聞いてもこういうリアクションになると思うんだけど…。

『分からない貴様に教えてやろう! ツインテールが2つの髪で作られる理由はな…人間の足と同じだからだ!』

どんっ! とツインテールは述べた。

『前へ前へと進む髪型。遥か昔から愛されてきたツインテールは、時代を変え、国を変え、あらゆる形、あらゆる意味を込めた髪型へとなった。それは貴様も分かるな?』

うん、とツインテールの語りに自然に首を頷いてしまう。確かにそうだ、ツインテールと一言で述べても千差万別。齢や背丈、性格、髪質、形状、長さなど大まかな違いを上げるだけでもこれだけある。その中に込められた思いだって無数にある。

『そして、人間もツインテールと同じ。前へ前へと進む、例え躓いても、立ち上がれる。風に吹かれても雨に濡れてもツインテールが不滅のように…何度だって前へ進む。人間だってそういう生き物でしょ?』

猿から人間へ進化した人類。その進化の過程では何らかの過ちや失敗があっただろう。しかし、人類はその度に立ち上がって、人類は今へと至る。

『そう、ツインテールが最強の属性力と言われる所以は…2つの足を持って立つ人間と同じように、その2つの髪で遥かな時を歩んできたからなのだ!』

な、なんだって…! 驚きで目が見開く。眠ろうとしていた意識が覚醒していく。

『それにね、逆境から立ち上がるヒーローって、燃えない!?』

わくわくするような声でそう語る人間。いや、お前は…何処かで…?

『確かにボロボロでカッコ悪いかもしれない。でも、同じ負けるでも、このまま寝ていて負けるよりは立ち上がって負けた方が何倍もカッコいいって思わない!?』

その人間の顔は陰に隠れて見えなかった。でも、その声は、どこかで聞いたような気がする。

『あいつは確かに強い。最強の属性力を持つ貴様でも勝てるとは保証できない。…だがな、強大な力を持つ者はまた、その強大な力そのものが弱点へと繋がるのだ!』

ツインテールはそう言うと、言葉のトーンを上げる。

『さあ、もう一度聞くぞ、丹羽光太郎…いや、テイルファイヤー!』

そしてツインテールと人間の声が重なる。

『『お前は『どうしたいんだ』!?』』

その問いに、やっと俺は答えを見つけ出す。大切なのは、『どうしたいか』か…なら、俺がしたいのは…。

「ああ、俺は―」

俺はそっと、腕に巻きついているツインテールを握る。俺が、したいのは―!

 

 

 

 

 

 

「コノヤロー!」

「お前なんか怖くないぞ!」

レインボーブリッジでは、ワイバーンギルディ目がけてありとあらゆるものが投げつけられていた。ビンや石ころ、破片、挙句の果てにはゴミや靴などがポンポンと空を舞う。

レイチェルがコンクリートを投げ、ワイバーンギルディへとタンカを切った。このことが火種となり、残った野次馬は傍観者であるのを辞めたのだ。近くにあるものを手当たり次第、ワイバーンギルディへと投げつけていく。

「テイルファイヤーさんが欲しいなら、俺たちを倒してからにしろ!!」

「「そうだそうだー!」」

「…いいとも!」

ワイバーンギルディは苛立ち混じりにそう言い、ブンと腕を薙ぎ払った。

軽く薙ぎ払ったそれは、ワイバーンギルディの腕力もあり、人が軽く吹き飛ぶ突風へとなる。

「「「うわぁぁぁぁ!!」」」

最前列にいた何人かは吹っ飛んだ。レイチェルも吹き飛びそうになるが、必死で踏ん張る。

まだ、駄目だ。まだ倒れている訳にはいかない。

(…!)

そして突風の中でレイチェルははっきりと見た。瓦礫に埋もれて全く身動きしなかったテイルファイヤーが不意に立ち上がったのだ。

「「「テイルファイヤーさん!?」」」

「「「お姉さま!!」」」

不意に立ち上がったテイルファイヤーに驚く野次馬やワイバーンギルディ。しかしレイチェルは、ぱあっと笑みを浮かべた。そして、テイルファイヤーは少し俯いたまま一歩一歩、歩き出した。

「…いや、驚いた。あのまま倒れていれば、楽だったものの」

ワイバーンギルディは笑う。それに対して、テイルファイヤーも自傷気味に笑った。

「ほんと、何で立っちゃったんだろうなぁ…」

そう、寝ている方が遥かに楽だったのに。でも、俺は、こっちを選んだ。寝てることよりも、立ち上がる事を選んだ。

「ふん、下らん足掻きだ…だが、これで貴様も終わりだ!」

ワイバーンギルディは猛スピードで接近して、拳を振るう。これで終わらせると言わんばかりの一撃を繰り出そうとしている。

「強大な力が…」

ブツブツと下を俯いて呟くテイルファイヤー。そして、拳を構えて、自分もワイバーンギルディと同じように前方へ走り出した。

「相手の…」

「!?」

その瞬間、ワイバーンギルディはゾッとした。顔を上げたテイルファイヤーの眼光が、先ほどとはまるで違っていたのだから。沈んでいた目が、炎のように熱く輝いている。

「弱点と…!」

テイルファイヤーは無理矢理身体を捻り、腹部を狙ったワイバーンギルディの拳を皮1枚の距離で回避した。

「なる!!」

そして、その燃えるような瞳を見開いたまま、自らの拳を伸ばし、全力の一撃をワイバーンギルディの顔面へとぶち込んだ。

ドグシャア!! 先ほどの一撃とは比べ物にならないほどの音が響いた。テイルファイヤーの拳は、ワイバーンギルディの顔面へと深くめり込んでいた。

「カウンターだ…!!」

誰かがそう呟いた。そう、それはテイルファイヤーが使った技の名前だった。相手の勢いを利用し、自分の拳の威力と掛け合わせる。見事なまでのカウンターが成立した瞬間だった。

「なぜ…、貴様の拳が…」

ワイバーンギルディは初めてもろに食らった拳に足をガタガタと震わせる。

確かにカウンターはブレイクシュートを放った時もやった。だが、あれは後ろに下がりながらのカウンター攻撃だった。

だが今度は相手の全力から逃げずに、己も全力で踏み込んでの、真正面から立ち向かった上で顔面への一撃だ。ワイバーンギルディの力を込めた拳がカウンターによって倍になって顔面に返ってきたのだ。そこに、ダメージは確かにあった。

「だが…、まぐれは続かん!」

ワイバーンギルディはキッと睨み、手刀の構えでテイルファイヤーの顔面を狙う。

「まぐれなんかじゃ…ねえ!」

先ほど打ち込んだ右拳を戻して、籠手部分をスライドさせ、回転させる。

「飛ばす拳か! それは俺には…」

「効かない、だろ?」

分かっているよ、そう言いたげにニヤリと笑ったファイヤーは回転させたままの右拳を手刀へとぶつけた。

ギィィィィィン!! 拳が触れ合った瞬間、バチバチと両者の属性力がぶつかり合い、金属が削れる嫌な音がする。だがしばらくの間拮抗していた拳が、徐々に徐々にワイバーンギルディが押し始める。

「ぬ、がああああ…!」

だが、押しているにも関わらず、ワイバーンギルディは苦しそうに顔を歪める。

何故か? …それは異常なほどの高回転で回り続けているテイルファイヤーの右手のせいだ。射出せずに高回転するそれは単なる拳ではなく、今は鋼鉄を貫くドリルの役割を果たしている。そして、その際に生じる摩擦のせいで異常なほどの熱気がワイバーンギルディの手を襲っているのだ。

「う、ああああああああ!!」

そしてテイルファイヤーの叫びと共に、右手にある装甲が放熱の為に展開すると、その拳が燃え上がり、ワイバーンギルディの爪を根元まで砕いた。

「ぬぐああああああ!!??」

悲鳴と共に、たまらず引火した手を押さえながらワイバーンギルディは後ろへと下がる。

(逃がすか…!)

テイルファイヤーは冷静に深追いせずに狙いを定め、まだ高速回転を続ける右手を先ほどのお返しと言わんばかりに射出する。

「ブレイクゥゥゥシュートォォォォ!!」

大声で叫びながら燃える拳を放つテイルファイヤー。

だがその技は最初に放った技とは違った。摩擦で生み出された炎が回転によって広がり、炎の渦を生み出していく。そして、その渦が前方へと進むにつれて竜巻へと変わっていく。

「うぐおおおおおおおおおお!?」

炎に飲まれたワイバーンギルディは身体が燃えながらも、脱出する。

だが、攻撃はまだ終わらない。

「まだだぁぁぁぁぁ!!」

「!」

接近し、更なる追撃を図ろうとするテイルファイヤー。だが、ワイバーンギルディもそこまでは許さない。

「そこ、までだぁ!」

ギシギシと全力で右手を握り絞めるワイバーンギルディ。高速回転するこれがお気に召さないようだ。

「捕まえたぞ…! これで貴様の奇術もここまでだな!」

…ああ、そうさ。右拳(・・)は封じられたな。

でもさ、俺の心が、ツインテールが叫んでいるんだよ。ここで終わるのは早すぎるってな!

「ファイヤーウォール!!」

左拳を握り、防御用の技を使う俺に怪訝そうな顔をするワイバーンギルディ。

「ただし、左手だけぇぇぇぇ!!」

炎の防壁を作り出し、左拳をバリアで固めた拳で殴りかかろうとするファイヤーに、マズイと離脱しようとするが、右腕を握りしめ返し、逃がさないように抑え込む。

「こいつ…!?」

先ほどの火炎で火傷を負った部分をもう一度拳で勢いよく殴る。左拳は、バリアの強度が加わることでバンテージで固められたような強固な拳となった。

ドゴン! ドゴン!! ドゴン!!! 2発、3発と繰り出される拳に、ワイバーンギルディの膝が震え、倒れそうになる。

「人間如きが…図に、乗るなぁぁぁぁ!!」

右腕にしがみ付いていた俺は、力任せに投げつけ、放り投げられた。そして、その勢いのままコンクリートに落とされ、その上を転がった。

敵を吹き飛ばしたワイバーンギルディ。だが、その行動は近づけたくないという気持ちが、即ち拒絶の感情が見えるということだ。

その証拠に、先ほどの猛攻からの恐れからか、顔が曇っている

「はあ…はあ…まだ、まだ!」

「ぬうっ!?」

そして、むくりと立ち上がったテイルファイヤーに対して、明らかに表情を歪めた。

「人間如きが、生意気に!」

「人間を、舐めるなよ!!」

前へ前へ。焦るワイバーンギルディに対して、一直線に向かってくるテイルファイヤー。

拳と拳が交わり、その衝撃で互いの属性力がぶつかる。ツインテール属性と(ハンド)属性。互いが生み出す強大な属性力が原因で、触れるだけでダメージが両者を襲う。

「とっとと…沈めぇ!」

「!!」

握りしめた両手で、テイルファイヤーをハンマーのように叩きつけて地に沈める。テイルファイヤーは大の字になってコンクリートに叩きつけられた。

「まだ、だぁ!!」

だが、すぐさま立ち上がって、反撃を再開する。

(何故だ…何故倒れない!?)

ワイバーンギルディは訳が分からなかった。ボロボロなのは明らかにテイルファイヤーだ。アンダースーツは破れ、素肌のあちこちが露出している。あれほど評価していた手も、煤と泥で汚れまくっている。装甲もヒビが入り始めている。これほど満身創痍という言葉が似合う相手がいない。

それなのに、なぜ立ち向かってくる? 叩きのめしても、吹き飛ばしても、奴はすぐ立ち上がる!?奴は何故その燃えるような目を辞めない!?

(何故だ、何故? 何故何故何故!?)

弱い存在。そう決めつけていた人間が何故立ち向かってくるのだ!?その焦りが拳を鈍らせ、更なる攻撃を貰う。

勿論、テイルファイヤーだって苦しくない訳がない。動くたびに、苦痛で顔が歪んでいく。

(まだ、倒れないのか…!)

両者が放つ拳がぶつかり、テイルファイヤーの右拳装甲にヒビが広がる。…それでも、進撃を辞めなかった。

いつかレイチェルが言っていた。「属性力は心の力だ」と。それを糧にして、テイルギアは動いている。そしてテイルギアはその心の力を推進力に、パワーを発揮する。それは正に意志の力を表現できるデバイスなのだと。

折れない心が、力となり、体を動かしていく。そして、今の光太郎はまさしくその状態に入っていた。

ツインテールがテイルファイヤーの背中を押しているのだ。数々の武装の応用技も無意識の内に編み出していた。前へ進むテイルファイヤーをまるでここを打て、こう使えと語りかけている。

「ぐうっ…!」

左手の装甲が軽い爆発を起こし、煙を上げた。それでも止まらない。

(前へ…突き進む!!)

繰り出された攻撃を受け流して、懐に入る。

夢の中であのツインテールは言った。ツインテールが強いのは、2つの髪が人間の足のように、前へと進んでいるからだと。そして人間は言った。俺は『どうしたいのか』と。

だから、俺はこう思ったんだ。戦いたいって。勝つ負けるとかじゃない、戦うのだと。暴力とか喧嘩とか苦手だけど、それでも戦いたいと。カッコ悪くても、無様でもいい、前へ進みたいのだと。俺の焔色のツインテールのように熱く、強く。そして、今の俺を支えている、ツインテールの為にも、戦うのだと!

そして、この意志はこの戦いで更に洗練されていく。こんな素晴らしい髪を奪う権利なんて、お前らにも俺にも、誰にもないのだと!!

今まで曖昧で、何ができるのか分からないまま来ていた。でも今日の戦いで折れかけた決意が、覚悟が生まれ変わった。ハッキリしたんだ…俺がどうしたいのか、何をすべきなのか!

「お前を倒して、皆も、ツインテールも守る!!」

―それが、俺の、本当の『どうしたいか』という感情なんだ!

テイルファイヤーは踏み込んだ勢いで肘鉄を食らわせ、ワイバーンギルディを吹き飛ばす。

(お前には分かるか、ワイバーンギルディ!! 手しか執着しないお前に、誰かを守りたいと言う信念が、思いが!)

遠方に吹き飛ばされたワイバーンギルディを一瞥するテイルファイヤー。

「ごふっ…!!」

ワイバーンギルディはボロボロの身体を必死で動かしながら、初めに対峙した時のように向き合う。

「ごほっごほっ…!!」

対するテイルファイヤーも咳き込みながら右腕を押さえ、満身創痍で向き合う。…多分、これが最後の一撃となるだろう。俺の煤だらけのツインテールが、そう知らせてくれる気がした。

「…行くぞ!!」

俺が先に踏み込んだ。先手必勝、前へと突き進む。もう握ることすら難しい右手をグーの形にする。

「来ぉい、人間!!」

ワイバーンギルディは焼け焦げ、爪が砕けた右手を握った。血が滲み、握る事すら苦痛であろう右手を握る。

「おおおおおおおお!!」

「ぬううううううう!!」

赤き戦士の拳と翼竜の戦士の拳が、空中で交差した。互いをかすめた拳は火花を散らしながらすれ違い、それぞれの顔へと向かう。

「「…!!」」

…グシャア!! そのぶつかった音は、何の音なのか? 拳が潰れた音か、装甲が砕けた音か、それは分からない。だが、土煙が晴れ、徐々に姿が見えていく内に、確実に分かることがあった。

「おい、あれ!」

「ああ!!」

それは、テイルファイヤーの右拳がワイバーンギルディの顔面にめり込み、ワイバーンギルディの拳がテイルファイヤーの顔面数ミリ前で止まっていたことだった。

「クロス…カウンター!!!」

その光景を、観戦していたレイチェルが叫んだ。相手の打撃に合わせて顔面を打つカウンターであり、相手の拳と自分の拳がクロスすることから呼ばれる技、それがクロスカウンター。その拳は深々とワイバーンギルディを捕えていた。

そして、拳を突き出したまま静止していたワイバーンギルディが、ズルズルと膝が折れ、完全に地面へと倒れた。

「た、倒れた…」

「お、おお…」

先ほどまで黙っていた野次馬たちがざわざわと騒ぎ出す。そして、テイルファイヤーの突き出した拳がだらんと落ち、右手の籠手が砕け散った。

「俺の…勝ちだ、ワイバーンギルディ!!」

テイルファイヤーの高らかな声が響き、遂にこの戦いの勝者が誰なのか、ハッキリと分かった。

この戦いを制したのは、最後まであがき、突き進み、ワイバーンギルディが劣ると馬鹿にしていた人間だった。




ワイバーンギルディ戦、次回で終了です。1巻終了までもう少しかな…?
次回もお楽しみに!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。