俺、ツインテールになります。 The Another Red Hero   作:IMBEL

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遂に1巻分のエピソードは終了いたします。


第17話 決着、ツインテール

(俺、は…)

ワイバーンギルディは目を開けた。まぶたが酷く重く感じる。そして、周りをゆっくりと見渡した。

まず見えたのはボロボロの腕だった。所々焦げており、爪は砕け、何か所も切れている。出血も多いのか、頭がボーとする。

次に感じたのは全身に走る激痛と背中から伝わるコンクリートの感覚と冷たさ、人間たちの歓声だった。

そこでようやく、自分が倒れているのだと気づいた。そして、この戦いの結末にも。

(負け、たのか…人間に…)

ギリッと歯を食いしばる。…悔しさは当然あった。

アルティメギルという組織の中で若きエリートの地位を欲しいままにしてきたワイバーンギルディはあらゆる勝負に勝ってきた。戦闘も、営業も、同僚との地位争いにも。その実力と、自信過剰な性格で全てをねじ伏せてきた。

いつしか負けることが無くなった彼はどこか傲慢に、いじらしくなっていたのかもしれない。自分は強い。最強だと。やり方次第では上司であるドラグギルディをも倒せると調子に乗っていたこともあった。だから、人間如き、たかが小さな生き物に遅れを取ることなどないのだと、ずっと思っていた。

『まだだぁぁぁぁぁ!!』

だからこそ、ワイバーンギルディには理解できなかった。どうして、目の前の小さな生き物がまだ生きて、立ち上がるのか、理解できなかった。

目の前にいる人間は違う。幾度となく自分の前に立ちはだかってきた、この女は違かった。

何度叩きのめし、必殺の拳で吹き飛ばしても、不死身であるかのごとく立ち上がってきた。自分の自慢の腕さえも撃ち砕き、敗北へと叩き落とそうとしていた。

『来ぉい、人間!!』

そして最後のクロスカウンター。…あの時、自分は勝利を確信していた。奴の拳のリズムは何発も食らっているから分かっている。だから、同じタイミングで踏み込み、拳を打ち込めば勝てると、思っていた。

だが、最後の一歩を踏み込もうとした最大の局面で――迷いが生まれた。

ここで打って、あいつがまた立ち上がってきたら…? 俺は勝てるのか? いや、そもそもあいつがこのことを予測して、リズムを変えてきたら…? いや、そんなはずはない相手は人間だぞ? しかし…あの目は何だ? あの燃えるような目は…何だ!?

湧き出る恐怖心と自身のプライドのせめぎ合い。それが一瞬、ほんの一瞬だけ、動きを鈍らせた。

『おおおおおおおお!!』

テイルファイヤーは迷わなかった。目の前の敵を倒す。ただそれだけの目的の為に、身体を、心を、焔色のツインテールを揺らして、走る。

――そのほんの一瞬が、勝負を分けた。自身の有り余る傲慢さが崩れに崩れ、そして亀裂を入れ、バラバラに打ち砕かれた。

『人間よりも上だという傲慢さ』。それがワイバーンギルディの強さでもあり、弱点でもあった。その弱点を突かれ、ワイバーンギルディは敗北したのだった。

「ハ、ハハハハハ…!」

乾いた笑い声がレインボーブリッジに響き渡った。何人かはギョッとした顔でワイバーンギルディを見る。まだ生きていたのか、といった驚きなのだろう。事実、殴り倒したテイルファイヤーですらも驚いた顔をしていた。

「見事だ…人間、いや……テイルファイヤー…」

ワイバーンギルディは目の前で立ち尽くしているテイルファイヤーを見ながら、フッと笑う。

「負けた、完膚なきまでに、俺の、負けだ」

途切れ途切れのその言葉だが、その言葉は野次馬たちにもはっきりと聞こえた。

敗北宣言。今まで傲慢なことばかり言っていたワイバーンギルディとは思えない発言に、皆が戸惑った。

「なるほどな…これが隊長の言っていた人の強さ、か」

ワイバーンギルディはポツリと呟いた。

我々にない物を持っている、ドラグギルディ隊長はそう言った。そのことを始めは意味が分からなかった。

でも今なら分かる。人間は確かに弱い、道具を使わなければアルティメギルにも立ち向かう事もできないちっぽけな存在。けど…弱いからこそ、劣っているという訳ではなかった。

弱いからこそ、ちっぽけだからこそ、前に進め、変わることができる。弱いから…未熟だから、強くなりたいと思え、成長できる。

テイルファイヤーが、この戦いを通じて、俺に勝ったように。だからこそ、人という生き物は属性力をその身に宿すことができるのかもしれない。

始めから超越した肉体を持つ自分たちアルティメギルとは違った強さ、心の強さを、人間は持っている。

「だが、な…」

グググ、とワイバーンギルディは自分の体に鞭を打ち、無理矢理立ち上がった。ワイバーンギルディ自身、どこにここまでの体力があるのか、分からなかった。

「だからこそ、俺は貴様に…」

一歩一歩、弱弱しくも歩き始めたワイバーンギルディ。踏み出すたびに痛みが電流のように身体を走るが、それでも止めない。

それはワイバーンギルディに残された、最後のプライドであった。心を完全に砕かれた上で、その肉体までも、バラバラにはされたくはなかった。そんなことは、戦士として、絶対に許すわけにはいかなかった。

「倒される訳には…いかない」

戦いには必ず勝者と敗者が生まれる。必ず、どちらかが消えなければならない。だが、自分は生き残ってしまった。戦う相手の人間に負けた。だから、この戦いの幕を引く方法は、敗者である自分が自ら命を絶つしか残っていなかった。

「俺は…ゲホッ、戦士、ワイバーンギルディだ…!」

もう、これしか方法は残っていないのだ。ワイバーンギルディは自分にそう言い聞かせるように拳を握りしめ、テイルファイヤーと向き合い、笑った。

「…おい!」

テイルファイヤーはワイバーンギルディが何をしようとしているのか気づき、駆けだした。

しかし、テイルファイヤーの到着より先に、ワイバーンギルディはレインボーブリッジから後ろ向きに身を投げた。彼の後ろにあるはずの防護柵は、戦いの最中に壊れ、跡形もなくなっていた。

「さらばだ…テイルファイヤー…」

その呟きと共に、ワイバーンギルディの身体は音もなく、落ちていった。

(申し訳、ありません…隊長)

最後にそれだけを思い…翼竜の戦士、ワイバーンギルディは東京湾へと姿を消した。そして、彼が着水した直後、凄まじいまでの水柱が天を昇った。

 

 

 

 

 

 

戦いは、俺たち人間の完全勝利に終わった。

あの後、レイチェルから聞いた情報によると、テイルレッドは現れた2体目の怪人との戦いを制し、無事生き残ることができたらしい。どうやらあちらも本気でレッドを潰そうとしていたらしく、多くの戦闘員を戦場に投入していたらしいが、ブルーがまとめて全員倒してしまったらしい。

本当は俺も戦いに加わりたかったのだけど、装備もボロボロで使い物にならなかったし、これ以上変身できるかどうか怪しいほど疲弊しきっていた。だから焦ったような声で「これ以上戦うな!」と怒られてしまった。

話を聞くと、レイチェルはあの現場で俺の戦いをずっと見ていたらしい。だから俺の身体状態がヤバい事になっていると判断したらしく、早く帰って寝ろ! と一喝されてしまった。

「…」

あの戦いの後、満身創痍の身体を引きずって、家まで帰ってきた。たった数時間しか家を空けていないはずなのに、まるで何日も帰っていないような不思議な感覚がした。

そして明かりをつけないままベッドで横になって、色々考えていた。あの戦いのこと、今後のこと、そしてワイバーンギルディのこと…。内容があり過ぎて、頭の中がグルグルする感覚がした。

(どうして、あいつは…)

自ら、命を絶ったワイバーンギルディ。何故あいつは俺に倒されることを拒んだのだろう…?

奴が見下していた人間の手で倒されるのが嫌だったのだろうか? それとも、自爆という奴なのだろうか? …どちらにせよ、原因は分からない。あいつは俺の前から姿を消してしまった。真相は永遠に闇の中だ。…だから、もやもやするのだ。

と、ここで玄関の扉が開いて、誰かが入ってきた。振り向きはしなかった、誰が入ってきたか足音で既に分かっているからだ。

「ただいま」

「…ああ、おかえり」

靴を脱いで、家に入ってくるレイチェル。すっかりこのやり取りも定番と化していた。

レイチェルはパチンと明かりをつけてくれた。蛍光灯の光で突然部屋が明るくなり、目に染みたが、それでも俺は横になったまま微動だにしなかった。

「…どうしたの?」

そんな俺の様子が気になったのか、声をかけてきたレイチェル。どこか身体の調子が優れないのか? という意味で聞いているらしい。

「ああ、いや。ちょっとな…身体は大丈夫だ。特に異常はないよ」

「…あいつのこと?」

「…うん」

あいつとは説明するまでもないだろう、ワイバーンギルディのことだ。レイチェルはベッドの端にそっと座った。

「…あいつらは私たちとは違う生き物よ。行動原理も違ければ、誇りも、信念も違う。私たちとは価値観が違っていても不思議ではないわ」

「けどさ…」

「気になるって?」

俺は無言で頷いた。アルティメギル、変態な奴らだけどどこか人間臭い種族。誇りとか信念とか、どこか奴らは間違っている方向に進んでいる気がするけど、それでもどこかしら俺たちと似ている生物。…だけど、その行動には、理解できない部分も多い。今日のあの身投げがその最たる物だ。

「まあ、どちらが正しくて、何が間違っているのかとか…私には分からないわ。あんたのことがあんたにしか分からないように、あいつの価値観はあいつ自身にしか分からない。あいつにとっては、あそこでああしたのがあいつの価値観なんでしょうね」

レイチェルは「だけどね」と続けてくれた。

「あんたは、あいつの魔の手から、この世界の日常を守ってくれた。それだけは紛れもない事実よ。…だから、自分の行動に自信を持って頂戴」

レイチェルはそっと俺の手を握った。…でも、その手は震えていた。

「今日の戦いは、あたしの世界と同じようになるかもしれない戦いだった。…あんたはそれを退けてくれた」

「いや、俺は…」

俺は喋ろうとしたが、レイチェルはそれを制した。…何故か身体も震えていた。

「だから…ありがとう。あの時、立って、くれて…。私、凄く、しん、ぱいしたんだから…!」

レイチェルは言葉を打ち出しながら、ぽろぽろと泣き出した。シーツの上にぽたぽたと涙が落ちていく。

テイルレッドぐらいの身長で俺よりも年下に見えるのに、いつもどこか生意気にしている普段のレイチェルからは考えられないような姿に、少しばかり俺はショックを受けた。いつも生意気に笑っているあいつとは思えなかったのだ。

「わたし、倒れているあんたを見て、とんでもない戦いに、あんたを、巻き込んじゃったって…。わたし、もう、いやなの…あんなこと、いやなの…」

レイチェルは機関銃のように、弱みを吐露していく。

俺はグスッグスッと涙と鼻水を流すレイチェルの背中をそっとさすった。…やはり、レイチェルも人の子なのだ。

俺が殴られて、傷つく姿を見ていて、ずっと辛かったのだろう…。誰かがボロボロに傷つくのが、嬉しくてたまらない人間なんているはずがないのだ。

「うん…分かったから、大丈夫だからさ」

「ほんと?」

レイチェルが呟く声は、自信を欠いたように聞こえた。

「うん、大丈夫だよ。…だって、俺、テイルファイヤーだからさ」

「…なによ、それ」

それから、しばらくの間、しゃくりあげるレイチェルの背中をずっとさすってあげた。まるで保護者になった気分だった。

 

 

 

 

 

 

観束家の地下にある秘密基地。その片隅にある一室では、トゥアールがネグリジェ姿で机に座っていた。

先ほど総二を誘惑しようとこの恰好で総二の部屋に待機していたのだが、どこから入ってきたのか、愛香に止められ、追い出されてしまった。

何度か肩関節が外されたが、自力で戻せるあたり、トゥアールもだいぶ慣れてきたんだなぁとしみじみに思う。

(ああ、総二さまの初めてを奪おうと思っていたのですが…!)

愛香対策用に開発したメカ『アンチアイカシステム』も粉々に粉砕されてしまったし、更なる対策法を考えなければ…。

ぼんやりとそんなことを思いながら、トゥアールは部屋に備え付けてある小型の冷蔵庫からジュースを一本取り出し、部屋のモニターをつけた。そして、セットしておいたビデオを再生する。

「…」

クイッとジュースを口に含みながら、モニターを見るトゥアール。…こうして見れば、結構な美人であるのだが、彼女の痴女っぷりがその美しさを帳消しにしてしまっているのが何とも悲しい。

モニターには夕方のワイドショーの映像が映し出された。途中から録画したので、中途半端な所からの再生となる。

『…レインボーブリッジでは、つい先ほどまでテイルファイヤーとアルティメギルとの戦いが繰り広げていました! テイルファイヤーは勝利しましたが、舞台となったレインボーブリッジは破壊された箇所が酷く、修復に時間がかかるとのことです。観光会社からはツインテイルズの新たなる聖地として、観光に利用』

トゥアールは映像を止めた。

テイルファイヤーとワイバーンギルディの戦いの舞台となったレインボーブリッジ。その映像の奥、野次馬たちが映っている中で、わずか一瞬、とある少女の顔が映し出されている。

映像は小さく、拡大とノイズを除いても荒れているが、トゥアールの目には判別がついた。あの少女を、トゥアールが見間違えるはずがなかった。

「…レイ、チェル」

トゥアールの手が自然と力が入った。彼女の手の中で握りつぶされたジュースの缶が、悲鳴を上げていた…。




さて、次回から2巻のエピソードに入ります。…会長とメイドさんを原作以上に暴れさせたいなぁ…と考えております、IMBELです。
次回もお楽しみに。

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