俺、ツインテールになります。 The Another Red Hero   作:IMBEL

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原作より変態度は控えめ…なのかなぁ?


第1話 春、時々ツインテール

人、人、人、人。休日の繁華街は切れ目すら見えぬ程に行きかう大勢の人々で賑わっている。

その人の流れを縫うようにして、俺、丹羽光太郎(にわこうたろう)は一人歩いていた。

だがその足取りは重い。まるで迷子になった子供みたいに弱弱しく歩を進めている。はっきりいって気分は最悪だ。人ごみで酔ってしまうし、見知らぬ街をあてもなく歩くことにも精神的な負担がかかっている。そんな俺の心情とは裏腹に町中の桜が綺麗に花を咲かしているのは何かの皮肉なのだろうか?

季節は4月。新たな始まりを意味する季節。明日から高校生へとなる光太郎は春休み最後の日を、近所を適当に歩き回ることで過ごしていた。

しかし、その始まりが俺にとっては物凄く重い気分にさせている。これから始まる高校生活が自分に重くのしかかっている、そんな気がするのだ。

(あーあ、地元の奴らともなかなか会えなくなるんだよなぁ…)

俺、丹羽光太郎はこの春からこの町にある『私立陽月学園』へと通うことになった高校生だ。それを気に地元を離れ、この町へと引っ越して来た。電車通学という手もあったのだけれど、実家と学園はかなり離れてて、とてもじゃないけど通えない。その為、親元を離れての一人暮らしとなったのだ。

…まあ、当然不安だらけだ。

小学校も中学校も皆と同じ場所に通うだけだったのに、学力という格付けで皆が別々の学校へと進むことになった現実、生まれ育った地元を離れての一人暮らし、仲が良かった友人との別れ。離れて暮らすことでの負担や迷惑など、心配事や不安事が押し寄せてくる。

(…はあ)

光太郎はため息をつきながら、繁華街の脇にあるベンチへと座った。

ああ、まだ何も始まってはいないのに、既に押しつぶされそうなこの気持ちはなんなのだろうか。こんなことになるのなら、地元に留まっていた方が良かったかも…。

まるでネガティブのバーゲンセールのように落ち込んでいく俺の心。…ああいや、そんなことを考えるな。ポジティブポジティブ。これ以上考え込んじゃうと鬱になっちゃいそうだから、とりあえず落ち着こう。

光太郎は深呼吸を数回し、胸いっぱいに空気を吸い込む。そして肩に下げているバッグから家から持ってきた清涼飲料のペットボトルを取り出して、一気に口に呷った。

まだ冷たさが残っている中身が胃に落ちていく感触をしっかりと感じ、ようやく気分が落ち着いてくる。

…とりあえず、落ち着こう。俺は3年間…まあ、途中で学校を辞めるとかがなければ、この町に住むことになる訳だ。今住んでいる家には親も兄弟もいない、完全な一人暮らしだ。深夜遅くまで起きていても問題ないし、何をしようと怒られない。いつまで起きていても何をしようと誰にも注意されない、自由な時を過ごせる。

それにせっかく引っ越してきたんだ、これを機に何か新しいことを始めてもいいかもしれない。例えば、今まで出来なかったバイトをやってみるとか。

今、考え付くだけでもこれだけの事が出て来る。…何だ、案外、悪い事ばかりじゃないじゃないか? 俺は少しだけ機嫌が良くなった気がした。

それよりも俺が本当に気を付けなければならないのはたった1つのことだけだ。幸いにも新しい街に引っ越してきたことで、俺のことを知っている人はこの町に一人もいない。自分のどこかおかしいこの性癖だけは周りにしっかりと隠さなければ。もし、ばれたりしたら…。

と自分の忌々しい性癖を頭に浮かべたその瞬間、さっと自分の横に誰かが座った。

(…ん?)

チラリと隣を見る。俺の横に座ったのは、小学生くらいの女の子だった。余所行きの服装に身を包み、手には近くの売店で買ったと思われるアイスクリームが握られていた。ああ、きっとあの子は家族連れとかでここへ来たんだろうなとかぼんやりと思い、すぐに顔を戻した。見たこともない赤の他人だったし、これ以上興味を示す必要もないだろう。

「…」

けれど少しだけ気になって、もう一度顔を動かした。俺はその子を…正確に言えばその子の髪型をもう一度見た。

隣に座っている女の子の髪型。それは長い髪をゴムで左右に縛って、綺麗に別れていた。

(ツイン…テール…だと?)

思わず目を見開いた。そして今度は女の子の髪型全体を冷静に見てみる。

左右を根元で縛っているので、ある程度の遊びを残しているその髪型。左右違う動きをし、まるで2つ別れた髪が別々の個性を持っているような髪型。

…ツインテールだ。あの髪型は! 迷うことなき、ツインテールじゃないかぁ!!

光太郎がそれをツインテールだと認識した瞬間、まるで止まっていた歯車が大きな音を立てて動き出すような感覚がした。体中に何かが漲って来るような感覚が光太郎の体を襲う。

ああ、なんて美しい髪型、麗しい髪型!! 俺の心を奪い、俺の全てを変えたその髪型!

あの子の右側のツインテールはアイスクリームを舐めるたびにゆらゆらと揺れていた。まるで幼い子供特有の元気さがそのまま具現化されたように大胆に動いている!逆に左側のツインテールはその揺れに従わずに沈黙を保っている。ほう、シャイなのか。右側は大胆な思考で左側は乙女な思考を持っているのか? ああ、いいじゃないかいいじゃないか!!

さあ叫べ、その心理の名を。愛の象徴を! 尊ぶべき名を! ツインテール! ツインテール! ツインテール!! ツインテェェェル!!!

感情の大波は光太郎の全身を揺さぶり、大声で叫びたい衝動を必死で堪えていた。右手にはペットボトルが握られていたままだというのに、両の拳に力が入っていることにも気づかないほど興奮していた。

そして、光太郎が正気に戻ったのは、強く握りしめたペットボトルの中身が漏れ、自分のズボンを濡らした時だった。

「うわあっ!」

太もも辺りが冷たい感覚がして、思わず声が出た。そして自分の出した声とズボンから滴り落ちる液体の感覚でハッと我に返る。

(…何やってんだ、俺!?)

我に返った瞬間、激しい自己嫌悪が光太郎を襲う。俺はまたあれをやったのか!? あまりにもあの子が素晴らしいツインテールだったから、正気を失ったのか!? 大体俺は何分くらいこうしていた!?

視線を動かすと、まだあの女の子がいた。…が、女の子の様子が明らかに変だった。

俺を見て、怯えている。まるでエイリアンか何かを見るような目で俺を見ている。さっきまであんなに楽しそうに笑っていた様子が微塵も見られない。彼女が舐めていたアイスクリームは足元に落ち、アイスの部分がコンクリートに溶け出していた。

一体何で怯えているんだ? と思い思考を巡らせて…俺は途端に自分が何をやらかしたか気付いて、ぞっとした。俺はあの子のツインテールを見ていただけだ。…でも、それは端から見れば、あの女の子から見て、俺は何をしている人間に見える?

『アイスクリームを舐めている幼女をジッと見つめて、興奮している高校生』これが示すものは?

…答えは簡単、変質者か、あるいはその予備軍。それにしか見えないだろう。どう見ても、犯罪者です、本当に、本当にありがとうございました。

あ、女の子がとうとう泣き出した。泣き声に驚いて、通行人がこっちを見ている…。あ、何人かが携帯を取り出して…? あ、やばい、やばい、ヤバい!

瞬間、俺は自分の荷物を手に取り、全速力でその場から離れた。女の子の泣き声にも大騒ぎしている通行人のことも気にしている余裕がなかった。

 

 

 

 

 

 

くそ、くそくそくそぉ! あれほど表には出すなと誓った途端にこれか!

光太郎は人ごみの中を生涯で一番早い身のこなしで駆け抜けていく。人ごみの合間を縫って、時には人にもぶつかって。「気をつけろ!」という怒鳴り声が聞こえるが、気にしている余裕がなかった。

(あんな小さな女の子にも反応するなんて…俺は猿か!? ツインテールであれば幼女でも興奮する変態か!?)

俺の心は自己嫌悪と罪悪感でいっぱいだった。…いつもそうだ。自分にツインテールが絡むと、絶対に碌なことにならない。

自分の好きなことを胸の奥に封じ続けた結果、光太郎は時折あのような暴走を引き起こしていた。見事なツインテールを目にすると自分で自分を抑えられなくなるのだ。

(ああ、きっとあの子は俺に怯えてもうツインテールにすることができなくなるんじゃないか…)

一人の少女のツインテールへの未来を奪ってしまったかもしれないことへの罪悪感が光太郎の自己嫌悪を加速させる。

俺の好みはツインテール。それを何で隠すのか? …それが世間一般から見てそれは「おかしい」からだ。

如何に「ツインテールという髪型の素晴らしさ」を声高に叫んでみても、世間は分ってくれない。遠目にヒソヒソされるか逃げられるか、警察呼ばれるのが関の山。裁判やっても負けるに決まっている。この日本で普通と違うことする、あるいはレールを外れるという行為は大変な孤独感と劣等感を味わう。俺はそれが怖かった。だから俺は必死で自分の趣味を隠して、頭のいい生き方をしたかったのに…まるでツインテール好きという呪いが俺にかかっているみたいだ。

と自分への自虐で頭が一杯になって、前方への注意を怠った次の瞬間、誰かと思いっきりぶつかった。さっきまでの肩のぶつかりとは違い、正面衝突といってもいいほどの衝撃が光太郎を襲い、無様に転んだ。光太郎とぶつかった人も同じように転び、ぶつかった相手の所持品とも思われる電子機器類が地面を滑った。

「ちょっと…気を付けてよね!」

倒れた女性からの声だった。その声色から、ぶつかった相手が女性だということを理解するのに数秒かかる。光太郎の頭の中はぶつかった時の衝撃と、地面に叩きつけられた痛みでいっぱいだった。

「あ、すいませんでした…」

そう言って、よろよろと光太郎は体を起こす。そしてようやくぶつかった相手を見る。

ぶつかった相手はその声色から女性だと思っていたが…もっと幼かった。先ほどのベンチのツインテール少女並みの背丈であり、齢は二桁もいっていないかもしれない。女性というより少女といったほうが正しいだろう。髪は茶髪で腰に届きそうなほど長く、何故かジャンバー代わりに白衣を纏っていた。

「…ふん」

ぶつかってきた俺の謝罪の言葉に一応納得をしたのか、少女はそれ以上追及してこなかった。そして地面に落ちた電子機器を拾い、白衣を整えると、そのまま人ごみの中に消えていった。

(…悪い事したな)

俺は苦虫を噛みしめるような顔をした。今日1日で2回も女の子に迷惑をかけた。ついていない、そう感じた。少なくとも女の子に嫌な思いをさせてしまうのは男の風上にも置けない奴だ、という自論を持つ俺にとって今日の出来事はまさしく汚点とも言うべき恥ずべき行為だ。

(ああ、でも…さっきのあの子…)

自分の体の土埃を落としながら、光太郎はふと思った。あんなに長い髪を持っている彼女ならば、ツインテールがさぞお似合いだっただろうに…。

(…ああ、いかんいかん。ツインテールの事は考えるな)

俺のツインテールがらみの悪い癖が出てしまうのを必死で堪えながら、光太郎はその場を後にした。

残ったのは2人の少女への罪悪感と、自分に対する自虐心だけだった。




人生でここまでツインテールを連呼した文を書くのは初めてでした。
…とりあえず、光太郎を早く本編に絡めたい。

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