俺、ツインテールになります。 The Another Red Hero   作:IMBEL

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UA10万突破…!? 皆さんのツインテール愛に喜びを感じながらも、更新です!
では3巻編、ここからスタートです!!


第3巻
第35話 眼鏡とツインテール


「痛ってえなぁ畜生…」

痛む身体で塵埃だらけのコンクリートを這いながら進み、リヴァイアギルディが残していった巨乳属性(ラージバスト)の属性玉をギアへと収める。共にいたテイルブルーは先ほどの激闘のせいか目を回すように床に寝転がったと思うと、寝息を立ててしまっている。

それを見ていると戦いがようやく終わったんだという感覚がして、途端にまぶたが重くなってくる。家に帰って、布団でぐっすりと眠りたいという気持ちが波のように押し寄せてくる。

「…呆れた! あんたまだ動けるの!?」

「!? お前…なんでここにいるんだよ!?」

ここで工場の入り口付近から聞き覚えのある声が聞こえ、反射的に振り向き、驚いた。そこには呆れ顔のレイチェルが腰に手を当てながらファイヤーを見ていた。またファイヤーも驚きの顔でレイチェルを見ていた。

「あのね…あんたが心配だからに決まっているじゃない! あんなボロボロのままで戦闘を続けるわ、あいつの技に真っ向から向かうわ…! 見ているこっちの方が痛かったわ!!」

「…あー、その…ごめん」

「それにブルーのことも気になるしね。いくら強いからって、戦いが終わった途端に眠るなんて流石に心配よ…あたしが救援を頼んだせいでこんなんになっちゃったんだから、ケジメは最後までつけなくちゃ」

「…お前がブルーに頼んでくれたのか!? あ、だからブルーが『あの子』って…」

「そうよ、もっとあたしを褒めなさい。そして感謝して。あたしがいなかったらあんた負けてたわよ」

そう言うとレイチェルは横になって寝ているブルーの腕に血圧計のような腕帯を付け、何やらパソコンで調べ始めた。どうやらブルーの健康状態を調べているらしい。そしてポーンという音と共に結果が映し出される。

「…うん、健康面は何の問題も無しね。あー良かった、この子も結構無茶してたから心配したのよね」

満足そうに頷くと、どこからともなく毛布を取り出して、ブルーへと羽織る。今度はファイヤーの方を見た。

「さ、次はあんたの番よ。腕、出して」

「…分かったよ、はい」

寝そべったままでレイチェルに急かされるように言われ、諦めたように左腕を突きだすと、二の腕に帯で巻かれる。テキパキとした動作で健康状態のチェックが開始される。

「お前さ、こういうの慣れてんの? えらい動きが機敏だけど」

「…まあね、マネージャーみたいなもんなのよ、あたしの仕事は」

「へえ」

すると同じようにポーンという音と共に結果が判明した。

「…あんたの場合は過度な疲労が見られるわ。恐らく属性力を極限まで使ったせいでの疲労でしょうね。後は打撲と擦り傷が少々」

レイチェルは的確に症状を言い当てると、これまた慣れた手つきで湿布やら塗り薬を取り出し、ペタペタとファイヤーの全身に張る。ぷんと香るその匂いから、かなり強烈な薬品を使っているのが分かった。

「…はい、ということであんたは先に家に帰って寝てなさい。後はあたしの方で何とかするから」

「って言われてもな…ほら、ブルーのこともあるし…」

「いいから! さっさと帰って寝なさい!!」

「お、おい!」

有無を言わせないとばかりにレイチェルは勝手にギアを遠隔操作し、ファイヤーはその場から姿を消してしまった。強制的に家に戻すと、工場内にはレイチェルと寝ているブルーだけが取り残される。

「全く…! あいつはお人よしなんだから…! 人の心配をする前にもう少し自分の心配をね…!」

ぷりぷりと怒りながらレイチェルは苛立ち混じりに足元の石を蹴飛ばす。

こっちはあいつのことを心配して家から飛び出して来たのに、あいつはもう…! それともあいつには痛みに耐える趣味でもあるのか?

「頼むからあいつだけはそっちの道には行かないで欲しいものね…」

レイチェルが思い浮かべるのは先ほど間違った方向へと覚醒してしまったテイルイエローととある科学者だった。

天才にして犯罪者予備軍として君臨するあいつ。イエローもあいつも最初はまともだったんだけど、ドンドン毒されちゃって今や…。まあ、どっちも覚醒の片棒を担いでいるのは私なんだけど。テイルギアの装着者は皆、変人の世界へと導かれる運命にあるのだろうか?

はあ、とため息をつくとパソコンを畳み、勢いよく立ち上がる。

「さてと…後はここに来ている馬鹿をとっとと追っ払いましょうか。四十八区あいつでしょうしね」

それは先ほど部屋で見た映像。戦いが終わったレッドに接触をし、しかもレッドをトゥアールだと勘違いしているあのメガネの少女。

あいつには見覚えがある。あいつはとある科学者と同じで変質者の世界にツッコんでいる人間であり、その変態を崇拝している人間。あの頃より成長してしまったものの、その燦然と輝く眼鏡は忘れようにも忘れられない。認識攪乱装置を装備しているらしいが、レイチェルの目はごまかせない。

幹部クラスとの戦いの後に現れた増援。仮に戦闘に発展したら、戦いを乗り切る体力は私たちにはない。ならば、ここは私が出ることであいつにいったん引いてもらうように催促するしかない。あいつに任すという手もあるが、泥沼にはまって戦闘というケースが容易に想像できてしまうため、あまりやりたくない。

正直いって姿を現すというリスクは避けたいものの、現場に姿を現した方が成功率は上がるし、ここは最善を尽くすしかない。

そしてファイヤーを無理矢理帰したのも、これが関係していた。身体のことも勿論そうだが、本心はあいつに接触している自分を見て欲しくなかったからだ。…正直、あいつと知り合いってことは光太郎には知られたくないのだ。

(…あいつを追い払ってレッドを助けなくっちゃね。そして事が済んだらすぐさま逃げよう)

レイチェルは覚悟を決めて工場の外へと出た。

 

 

 

 

 

 

「わらわと共に、戦って欲しい」

目の前で手を握ってくる少女の言葉は、にわかには信じられない衝撃的な内容だった。

アルティメギル直属の戦士、ダークグラスパー。まぎれもない人間である少女は、確かにそう名乗った。

「…! す、すまぬな。いきなりのおさわりはファンクラブの中でも禁止されていたはずじゃったな…!」

慌てて手を離し、飛び跳ねるように後ろへと下がる少女をレッドは更に疑い深く見る。

不可解なのはこの少女は何故レッドをトゥアールだと勘違いしているかということと、人間なのにアルティメギルに所属しているかということだ。

「…君は一体何者だ?」

狼狽しつつもレッドはそう切り出した。

後ろには気絶したイエローが倒れている。これ以上近づけさせるわけにはいかない。そして今後の為にも、彼女が何者なのかという情報を聞き出しておくべきだと判断したのだ。

「ふふ…そうか…」

だが目の前の少女は真意の見えない薄い笑みを崩さずに、じっと目を見つめる。

「やはり、わらわがあまりにも美しく成長し過ぎて、記憶と重ならぬのか。喜ぶべきじゃろうが…寂しいものじゃな」

案の定、レッドをトゥアールだと勘違いしたまま話を進めている。

背丈も見た目も何一つ一致しない2人を勘違いしている。その考えられる理由は、レッドのテイルギアのコア…トゥアールのツインテール属性を感じ取って、トゥアール本人と誤解していると予想できる。それはドラグギルディとの激闘の際、トゥアールが教えてくれた情報であり、トゥアールは先代のテイルブルーであることは既に知っているが――。

(じゃあ、何故人間であるあの子が属性力で人を認識するんだ?)

新たな疑問が湧き出てくる。エレメリアンならまだしも、人間であるあの子が見た目ではなく属性力で人を区別するのだろうか? …もしかしたら見た目が人間なだけでその正体はエレメリアンなのか?

色々な疑問が浮上していると、多少のノイズと共にギアの通信機能が起動した。

『総二様、総二様』

「…!」

通信先からはトゥアールの声が聞こえてくる。驚いたが、悟られないように顔をグッと強張らせて、通信を聞く。

『ここは私に任せてくれませんか? 悪いようには致しませんから…後ろに手を回して…』

言われるがままに後ろに右手を差し出すと、その途端、掌に何か重いものが握られるのを感じた。手の感触からするにこれは通信用のデバイスであるトゥアルフォンだ。これを転送で上手く少女に見えないように渡したのだろう。

「イースナ…何故、この世界に?」

レッドはますます驚いた。何故なら背中から自分の声が聞こえたせいだ。思わずトゥアルフォンを落としかけるが、グッと堪える。

すると、少女はぱあっと明るくなり、嬉しそうにはしゃぐ。

「! おお、ようやく思い出してくれたか! そうじゃ、わらわはあなたの一番の信奉者(ファン)であった、イースナじゃ!!」

「ええ、お久しぶりですね」

それは後ろに持っている多機能通信デバイス、トゥアルフォンから聞こえる声であった。

後ろに持っているトゥアルフォンへとトゥアールが通話し、更にトゥアルフォンにある変声機能でレッドの声に変換することでまるでレッドがそのまま喋っているように見せているのだ。幸いにも、トゥアルフォンはそこら辺の携帯とは比べ物にならない高性能の為、音質は肉声と比べても遜色のないクリアーで、通話によるタイムラグもない。よほどのことがない限りバレることはないだろう。

まるで見た目は子供な名探偵のようなこの状況、トゥアールはレッドになりきることで情報を更に引き出そうとしているのだ。

…まあ、自分の知らない所で自分の声を使うことができるという機能にどこか危険を感じてしまうが、ここは少女の知り合いであるトゥアールに任せるしかない。

念には念をとレッドは深刻に悩んでいるかのように空いている片腕で口元を覆い、唇の動きを悟られないようにする。

「以前と随分性格が変わったようですね、それも、そのグラスギアとやらの影響ですか?」

「そうじゃ。グラスギアを纏い、ダークグラスパーとなった時、わらわは本当の自分へとなれた。側にいても恥をかかせぬ、一流の戦士となったつもりじゃ! あの頃のヘタレなわらわは死んだのじゃ!!」

「あなたの属性力が失われずに健在ということは――私たちの世界の侵略が完了する前に…属性力が奴らに奪い尽くされるその前に、あなたはアルティメギルの仲間になったということですね?」

「むう、確かにそうじゃが…」

初めてバツが悪そうな顔でイースナという少女は頷いた。

「では何故です。テイルギアのシステムは私のオリジナルであるはずです。アルティメギルにいるあなたが何故私の模倣品を所有しているのです?」

そう問われるや、一転して誇らしげな表情と共に、眼鏡をクイッと上げた。

「それはわらわの心の力じゃろう。トゥアールのことをずっと、ずっとずっと、ずっとずっとずっとずっとずっと見続けているうち、わらわの眼鏡には不思議な力が宿っていたのじゃ。後はテイルギアを参考にして、この眼鏡を変身ツールに改良して…変身アイテム神眼鏡(ゴッドメガネ)は完成したのじゃ」

なんと絶妙に微妙でダサいネーミングの変身アイテムなんだろう。眼鏡は確かに数多のヒーローの変身アイテムの一つではあるが、もう少しカッコいい名前を付けれたはずだ。

だが、レッドもこの状況を傍観していく内に、トゥアールとイースナの人物関係がなんとなくではあるが把握できるようになっていた。

「トゥアールよ、教えてくれぬか? 何故、あなたはそんな子供のような姿になってしまったのだ? 確かにあなたが幼子ばかり愛する戦士でロリコンであることは全世界の人間の知る所ではあったが…」

そんな不名誉な情報を世界中に広められてもなお、誇り高く戦い続けていたのかトゥアールは。…何か、容易にそんな姿が想像できるから困るな、うん。今と全く変わらない姿で幼女を見てはニヤニヤしていたのだろう。

「…初めは贖罪のつもりでした。今までの自分の身体を捨て、私が愛した幼女の姿にあえて変身してこの世界を守ろうと――罪滅ぼしをしようと。ですが、小さい身体に変わることを私自身の身体は全く拒みませんでした。むしろ、それが快感になっていったのです」

その幼子ばかり愛するロリコン戦士は相変わらずのペースで、でまかせの嘘をペラペラと言い放つ。詐欺師もびっくりのタイムラグ無しの嘘でイースナをまくし立てる。

確かに好きなものに変身できるのなら、それは罪にはならないだろう…喜んでしまうのも分かる気がする。テイルレッドの変身者の総二もまたツインテールの女の子になれてとても嬉しく思っているが…。

「やがてこの身体を完全に受け入れてしまったその結果…私は元の姿に戻れなくなってしまったのです! あなたが愛してくれたトゥアールという存在は、もうこの世のどこにもないのですよ!!」

「! なんと…変身による一時的な身体変化ではなかったのか!? ではあなたのおっぱいは!? トゥアールのあのそびえ立つように大きなおっぱいはどこに消えてしまったのじゃ!?」

「身体に拒絶されたのは残念ながらおっぱいの方でした。わたしのおっぱいは、次元の彼方へと消え去り、どことも知れぬ亜空間で今も寂しく2つそびえ立っていることでしょう」

「な、何じゃとおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!??」

誰かこれ止めろ! レッドは口元を押さえながらそう思う。一応の辻褄はあっているっぽい嘘なのだが、この嘘を信じてしまってはいけない、そんな気がひしひしとする。そしてそんな嘘を真剣な表情で聞くイースナも色々と残念すぎる。そしてこれを傍観している自分がだんだん嫌になってくる。

「…幻滅、したでしょう? もう私のことは忘れて新しい恋を…」

「い、いや…あなたのおっぱいはわらわが必ず! 必ずや取り戻してみせるのじゃ!! 何ならわらわの膨らみかけのおっぱいをやるから、これで何とか…!!」

「いいえ、いりません。私は膨らんでいないおっぱいが好きだということを、あなただって承知の事実でしょう? そんな中途半端に大きくなったおっぱいなど、貰っても嬉しくありません」

「ぬぬ…!」

だが、ここでおっぱいの話題が出たのがまずかった。イースナはふと、何かを思い出したような顔になる。

「ところで、お主らの過去の資料映像を見たのじゃが何故、あのような絶壁の胸をしている女がトゥアールのおさがりのギアを使っているのじゃ? 初めて見たときはてっきりアイロン台の上にテイルギアが載せてあるのかと思って驚いてな…よく見れば人間の胸であったから更に驚いたぞ」

「ああ、そのことですか。その辺にいた貧乳にテイルギアをくれてやることで、かつての自分の身体への未練を断ち切ったのです。太陽とピンポン玉並みの差の胸を見ることで、二度とセンチな気持ちになどならないようにという戒めを自分に課したのです」

「むうう、なんという気高き決意じゃ…!」

ここにブルーが、そしてかつてトゥアールが使っていたギアの現所有者である愛香がいないことをいいことにあることないこと言いまくって調子に乗り始めているトゥアール。

「とにかく、もう私のことは諦めて下さい。そんなに可愛くなったのなら、どこにいったって新しい恋くらいすぐに探せますよ」

「いや、それはできぬ」

するとイースナは懐から携帯電話を取り出した。デザインや色のくすみ、擦り切れ具合から見てかなり長い間使い込んでいるということが分かる。

「この携帯電話に登録された唯一のアドレス…あなたは世界を離れた時にそれを捨ててしまったのじゃな。あなたからのメールが来なかった日々は大変寂しかった…だがわらわのアドレスはあの頃のままじゃ! さあ、もう一度わらわにメールアドレスを教えてくれぬか!?」

「……………………………………」

あれだけうるさく喋っていたトゥアールがまさかの沈黙となる。…そして、か細い棒読みの声でこう発した。

「―――――ワタシ、イマ、ケイタイ、モッテイマセン」

外国人だってもう少しまともな発音で喋れるであろう言葉であった。ここでまさかの逃げの一手を放った。

…今、レッドが持っているスマホがトゥアールの物であろうに、まさかの携帯持っていない発言をかました。勿論『あらそうなの、持っていないの』と通じる相手でもなく、信じられないという目をする。

「そんな馬鹿な! あれほどいつも携帯を持ち歩いていたそなたがか!? 幼い女の子たちにメールアドレスを配って、『あなたたちの写メをお姉さんに送って!』とお願いしていたのは何じゃったのか!? それだけでは飽き足らず『これが私のパートナーなの!』と言って電光掲示板に自分の携帯の画像を載せて、かつての相棒との写真なんかを公衆の面前に見せびらかしていたのにか!? 皆トゥアールに気に入られたらそのような行為に及ぶことができると必死になり、それがエスカレートした挙句ついには…」

「んんんんはああああぁああああおあああああああんんっふ!!」

どれだけあなたの喉に痰が詰まっているのですかと云わんばかりの強烈な咳払いをするトゥアール。

「違います、違うんですよあれは! あれは怪物に襲われた子たちのアフターケアをしていてですね! 決してやましい気持ちがあった訳では…!」

トゥアールはまるでイースナではなく総二に言い訳するかのように、必死で弁明するが、仮にこの弁明が成功してもかつての相棒の件はどうやっても弁明の余地がないと思うのだが。というか、トゥアールに相棒がいたのか…。

「…今は、ただ戦う日々です。誰かのケアをするなど、おこがましいと思っています…」

そしてまた演技モードに軌道修正するトゥアール。何なのだろう、これ。もうどうしようもなく軌道修正は不可能に等しいぞ。

「え、遠慮はしないで欲しいのじゃ! 24時間いかなる時にメールを貰おうと、3分以内に返信することを約束する! 今度はわらわに、あなたの心のケアをさせてくれぬか!!」

そう断言するイースナの目は本気の目だった。たとえ熟睡していたとしてもトゥアールからのメール受信専用の音声が鳴り響いた途端に、すぐさま起きてやるという凄みを感じる目だった。

「…それが迷惑だって何で分かんないのかしらね、あんたは?」

「「「!?」」」

どこからともなく聞こえてきた声。そして聞いたことのない声にレッドは戸惑った。それはトゥアルフォン越しで話しているであろうトゥアールも、目の前にいるイースナも例外ではなかった。

「お、お主は…」

「久しぶりね、イースナ…いや、今はダークグラスパーって言った方がいいのかしら?」

工場の中から現れたのは見事なまでの茶髪の美少女だった。背丈は小さいものの、身に纏う空気にはどこか張りつめが感じられる。白衣を着て、まっすぐとした視線は、そう、どこか真剣な時のトゥアールに似ているとレッドは感じた。

 

 

 

 

 

 

ああ、何であたしここにいるんだろう。レイチェルは瞑想するかのように、少しだけ目を閉じて…そして目の前にいる黒い甲冑の少女を見る。

やらなきゃならない。今までの会話状況から相当事態はカオス化しているが、何とか言いくるめて撤退まで追い込まなければ。

「お、お主…生きていたのか!? てっきりわらわは死んだとばかり…!」

「ええ、この通りぴんぴんしているわ。背は伸びなかったけど、頭は数段賢くなってね」

突如現れたレイチェルを豆鉄砲でもくらったような顔で見つめてくるテイルレッド。…まあ、向こうはあたしのことは一切知らないんだから仕方ないか。

「あ、あんた…」

「…静かに」

スッとさりげなく近づくと、レッドの耳元でこう囁いた。

「…あんたの代わりに喋っている奴の知り合いって言えば分かる?」

「!」

「ここはあたしに合わせて、テイルレッド」

わずか数秒足らずの短いやりとりであったが、レイチェルは何事もなかったかのように会話を再開させる。親指でビッとテイルレッドを指さす。

「まあ、今は姿が変わったこいつのサポートをやらせてもらっているわ。幼女化したっていうこいつのサポートで手いっぱいでね、いろいろ忙しいのよ」

「そ、そうなのか…では一つ聞きたい! トゥアールが携帯を持っていないというのは…」

「事実よ」

「何じゃと!?」

「にわかには信じられないかもしれないけどね」

渋い顔をするレイチェルはあまりにも馬鹿馬鹿し過ぎる演技だと頭の片隅で思うが、しっかりとやり遂げなければという気持ち一つでなんとか表情を維持する。何とか戦闘だけは避けられる展開まで持っていかなければ。

「そ…そうなのか。し、しかし…何故、持たないのじゃ!? あれほど持ち歩いていたトゥアールが…」

「それはね…あいつはストーカーなんてもう勘弁だって言っているのよ。そのせいで携帯を持ちたがらなくてね」

「す、ストーカー!? 一体誰が…」

「あんた以外にいると思うの!? この現役犯罪者!」

ビシッと犯人を言い当てる名探偵並みに勢いがついた指さしでダークグラスパーを、いやイースナを糾弾する。世界を超えてまで追っかけてくるその姿はまさに最凶のストーカーと言える。

当然、イースナは狼狽するがネタは既に上がっているのだ。もうこの場に居られない程に罵って、撤退させてやる。

「わ、わらわが犯罪者…ストーカーじゃと!? それは違うぞ! わらわは愛するが故にあのような…」

「世界のどこに個人のメール送信だけで回線をパンクさせる人間がいるのよ!? あんた酷い時は1時間に60通以上文面の違う長文メールを返信してくる人間メールサーバーと化していたじゃない!!」

「そ、それは…!」

「愛って言葉をつければ何でも許されると思ったら大間違いよ!!あんたのせいで病む一歩手前にまで追い込まれたことがあるんだから!!」

ああ、思い出すだけでも腹が立ってくる。思い出すのは自分がまだこっちの世界ではなく、元の世界で暮らしていたころの記憶だった。

イースナは当時、現役で活躍するツインテイルズ、トゥアールのファンであった。最初の内はまだよかったのだが、幼さを見せ小さくて可愛いイースナをトゥアールが気に入ってしまい、贔屓するようなメールを送ってしまったのだ。そしてその瞬間…奴は弾けた。

幼きファンは凶悪なストーカーと化し、個人のメールアドレスだけでなく、トゥアールやレイチェルが所属する研究所にまでメールを送って来るようになったのだ。それは同じ種族である人間の方がエレメリアンなんかよりもずっと怖いと感じた瞬間でもあった。

ここまで来ると、もう警察のお世話になってもおかしくないのだが、世界を守るヒーローであるトゥアールにストーカー被害があったという事は世間へのイメージダウンにもなりかねない為、何とか身内だけで処理しようということになった。その過程で白羽の矢が立ったのが当時、トゥアールのパートナーであり、オペレーター担当のレイチェルであった。

最初は真面目に対策を考えていたものの、あらゆる手でこれを回避するイースナに本気で腹が立った。懲りないイースナに遂にブチギレたレイチェルは、イースナが使っている携帯会社のメインコンピューターにハッキングして、ありとあらゆる情報とシステムをまとめて消去、クラッシュしてやったのだ。バックアップまで残らずに行ったそれは、奇しくも人生で初めてのハッキングとなった。

…だが、イースナが携帯会社を変えてまで同じ行為に及んできたとなるともうお手上げだった。

受信拒否にするとストーカーは何をしでかすか分からない。そう意見したトゥアールと共に対策を考え、最終的に受信時のメール振り分けで通販のダイレクトメールと同じフォルダにぶち込ませることで、メール自体を見ないことにするということで一応の解決となったのだが…そこまでに行き着くまでに奪われた時間を返せと声高に叫びたい。

「…とにかくあんたのやったことは世間では全部犯罪って認識されるのよ。世界が変わったからといって、性懲りもなく同じことを一度でもやったら今度こそあんたを国家権力の前につきだすわ…! あんたの行為はこの国でもバッチリ犯罪なんだからね!!」

証拠もバッチリあるしね…と言いながら、実は何にも関係のないUSBメモリを目の前で印籠のように掲げる。だが後ろめたいという自覚が少しはあるのか、イースナはギクッとしたような表情を浮かべた。それをレイチェルは見逃さなかった。

「まあ、痴漢やストーカー被害ってのは犯罪者の中ではかなり軽蔑されるらしいから、ぶち込まれた刑務所ではいじめやはぶられなんか起こるかもね。まあ、ぼっちのあんたにはお似合いの場所じゃない? 『はーい、2人組作ってー』の時に味わう時みたいに孤独で楽しく愉快な獄中生活があんたを待っているわよ」

「そ、それは…!」

トラウマを刺激され、ガクガクと震えるイースナ。よぉし、いい感じに追い込んでいる。後はもう一押しだ。

「そ、それだけは…警察だけは勘弁を!」

「更に言うとね、トゥアールが胸を失った原因の大半はあんたのせいでもあるんだからね…! あんたがやってきた数々の行為でトゥアールは病んで、精神面に異常を起こしたのよ! そのせいであいつは亜空間に自慢の胸を持っていかれたのよ!!」

「!?」

「確かにトゥアールの言っていることも原因の一つよ。でも、持っていかれた日のあいつのコンディションは最悪だった…あんたがやってきたストーカーのせいでね。病んだ結果、あいつはおっぱいを亜空間に持っていかれた…」

どんな等価交換なんだろう? しんみりと話すレイチェルは自分で自分をツッコミたくなる。

「本人はああ言っているけどそれは所詮、嘘で固めた建前! あんたのせいなんだからね!! あの頃のトゥアールは一番の信奉者(ファン)であるあんた自身に殺されたのよ!!」

もう自分でも何を言っているのかさっぱり分からない。目に涙を浮かべながら、被害者面して叫んでる自分がとてつもなく情けなくて馬鹿に思えてくる。ああ畜生、早く帰って頂戴、ストーカー。

「つまりね、あんたが何と言おうと、こいつの気持ちは一切変わらないわ。あんたの所に行こうだなんて微塵も思っていないし、あたしだって同じ気持ちよ。今のあんたにアルティメギルを抜けてくれって言っても無駄なようにね…!」

「うっ…くぅ…!」

マジ泣きしながら、マントを翻すイースナ。ああ畜生、泣きたいのはこっちだ。

「…今日は、今日はこの辺にする…この辺で引き上げる…! だが、わらわは諦めはせぬぞ! 幾多の世界を超え、ようやく巡り会えたのじゃ…決して諦めはせぬ!」

極彩色の膜が、イースナの後ろに出現する。ああ、とっとと帰ってくれ!

「……それとこれだけは覚えていてほしい。わらわは、人間に仇なす存在としてアルティメギルの軍門に下った訳ではない。わらわは、わらわの守るものの為、戦いを選んだのじゃ!」

「…そう」

一番肝心な部分をさらっと流していく。もっと聞きたいのだが、残念ながらイースナは撤退の準備に入っている。

「それとトゥアール! わらわのメルアドはあれから一度も変更しておらぬ!! メールはいつでも募集中じゃぞ!!!」

そんな悲しい捨て台詞を残して、イースナは光に包まれて消えていった。

 

 

 

 

 

 

「さて、と」

ようやく奴が去ったことで何か間違った充実感が胸を満たすが、まだ仕事は残っている。

目の前で?マークを浮かべているテイルレッドに状況をなるべく早く伝えて逃げなければ。逃げたいところなのだが、今後の為にも最小限の自己紹介をしておかなければ。早い所逃げないと、あいつはすぐさまこっちに転移してくるだろう。

それをコンマ数秒で考えると、早口でレッドへと迫った。

「始めまして、テイルレッド。あたしはレイチェル、いつもうちの相方が世話をかけているわ」

「相方…?」

まだ?マークを浮かべるレッド。その姿は見事に可愛いと思うが、残念ながら見とれる時間はレイチェルには無い。

「…あんたと凄く似ている奴のパートナーって言えば分かる?」

「! まさかテイルファイヤーの!?」

「ご名答。あいつのサポートをやっている者よ」

ついニヤリと笑みがこぼれ、レッドにこの状況で色々説明したい衝動に駆られるが、残念ながら時間がない。腕に装着してあるテイルリストが警告音を発しているのだ。転送のラグから考えるに残り時間は約20秒、早く撤退の準備をしなければ…。

「と、とりあえず今日はこの辺にしときましょうか。お互い、疲れているし何より時間が…」

「じゃ、じゃあ! あの人が誰なのかも知っているのか!? 俺、あの人に色々言いたいことがあるんだ!!」

「ちょ、ちょっと! 離して…!」

「嫌だ! 俺はあの人に、ツインテールにお礼を言わなくちゃならないんだ!!」

レッドが強烈な力でレイチェルの白衣の襟をつかむせいで、その場から離れることが出来ない。転送しようにもこんなに近くにいるんじゃレッドまで一緒に転送してしまう。

「そ、そのうち話すから今日は…」

「レイチェル!!」

その声に、レイチェルの足がピタリと止まった。嫌という程聞き慣れている声色に、反射的に足が止まってしまったのだ。

「…!」

その声の主は、ついさっき自分がやってきた方向から歩いてくる。息を切らして走るその姿、揺れる胸元、長い銀髪、そして…自分と同じ白衣を纏っている少女だった。

あっという間に近づいてきて…そして数メートル前で止まった。息を切らしながら、信じられないような表情でこちらを見てくる。

「…レイ、チェル」

そして自分の名前が呼ばれた。そしてレイチェルもまた、目の前にいるその人物の名を呟いた。

「トゥアール…」

まるで互いの存在をしかと確かめるように、2人は互いを見つめ合う。

それはかつての相方同士、そして戦士のサポートに徹する、科学者同士の再会であった―――。




はい、という訳でイースナちゃん登場です!
原作ではあの変態のトゥアールですら苦手に感じているというある意味凄まじいキャラでしたが、レイチェルはトゥアール以上に苦手に感じているという設定です。そして彼女を詳しく知る人物の一人でもあります。
だってイースナ、エロゲマニアで根暗コミュ障の変態ストーカーなんだぜ…!?これで苦手でないと感じられる人間が果たしているのか…!?
そして遂に2人の再会! さて、どうなってしまうのか…!?
ではでは次回もお楽しみに!!

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