俺、ツインテールになります。 The Another Red Hero   作:IMBEL

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今回はアルティメギルサイドがメインです!
…なんか書いていて心が痛んできちゃったよぉ…!


第37話 処刑人とツインテール

「なあレイチェル。昨日、何していたんだ?」

「…ん、少しね」

「それじゃ分かんねえよ。俺を無理矢理帰した後で何かあったんだろ?」

次の日、馬鹿みたいに早く起きた光太郎はレイチェルにそう聞いてみたが、当の彼女は口を濁しただけだった。

いない間に何かあったかと聞いているだけなのにその返答はどこかおかしいと思った俺は、レイチェルに食い下がった。最初は何のことかとしらばっくれていたレイチェルであったが、しつこく食らいついている光太郎に遂に折れ、話をすることにした。

「昨日、あの場には新たな敵が現れたの」

「…!」

話はこうだった。俺がレイチェルに無理矢理帰された後、あの場にはダークグラスパーなる敵が現れたそうだ。その姿はまぎれもなく人間。テイルギアを模した鎧、グラスギアなるものを纏って、レッドの前へと現れた。

幸いにもレイチェルの介入もあって、戦闘には発展せずに、宣戦布告だけで済んだそうだが、その知らせは俺を大いに落ち込ませた。

レイチェルのことが敵に知られたという事もあったが、それよりもショックな出来事だった。

「人間がアルティメギルに…」

「ええ。本人はアルティメギルに屈した訳じゃなく、自分の目的の為にあくまでもいるに過ぎないって言っていたけどね」

「でもよ!」

「戦いづらいって?」

「…そりゃあ、まあ…な」

レイチェルが見せてくれた静止画を見ながら唸る。写真に写っているのは見事なツインテールと黒色の眼鏡を光らせる少女。グラスギアも黒色ながらも輝きを放っており、そこからは心の輝きが見て取れる。

「一難去ってまた一難か…」

正直言って、かなりやりずらい。怪人相手ならまだ腹は括れる。だが人間相手となると話は別だ。俺は女の子を殴るどころか叩く、あるいは小突くことすらためらうというのに…。

聞くところによれば、このダークグラスパーという戦士はレイチェルがかつていた世界の住人で、しかもレイチェルの知り合いだというではないか。ますます悩みは増えるばかりだ。

やっと強敵のリヴァイアギルディを倒し、ブルーと少しだけ仲が近づけたかと思えば、もう次の課題が待ち受けていた。しかも今までと違って今度の課題は大きく、難しい。いや、なによりも苦しい。

「気持ちはわかるけど…そうも言ってられないのよ。こいつが来たってことは、あっち側も更に策を練り始めると思うし」

「マジかよ」

「あたしも面倒な女と知り合いになっちゃったもんよ…」

「「はぁ…」」

げっそりしてても腹は減る。俺たちは茶碗に盛ったご飯を口に入れながら、同じタイミングで落ち込んだ。

気分転換にテレビをつけてみたが、どうでもよかった。

会長が買っていた完全可動のテイルファイヤーフィギュアの初回生産分がオークションで定価の数十倍の値段で取引されているとか、近々イエローの物も発売されるとかブルーのフィギュアだけが在庫が多いとかが聞こえてきたが、どうでもよかった。

「ああ…それと、レッド達にも会ってきたわ。あいつらのアジトも見てきたわよ」

「ぶぅー!」

そしてレイチェルがさりげなく言った一言に俺は驚き、食後のお茶を全部テーブルへとこぼしてしまった。『とりあえずビール』みたいなノリでとんでもない事言いやがった。

俺がいない間にレッドに会っただけでなく、アジトまで見てきたとは…。

「安心して、あんたのことは何も喋ってないし、あたしもあの子たちの正体も何も分かっていないわ」

「だからってなぁ…!」

「あたしはレッドたちのバックにいる奴に接触しただけよ。特に正体に繋がることは喋らなかったし、聞かなかったわ」

レイチェルがあそこに来た目的はあくまでも俺を家へと突っ返すのとダークグラスパーの撤退、そしてひと月前くらいに話していたレッドたちにブレスを託した人物との接触だけであったらしい。ここで正体を知ることは互いにフェアじゃないと判断したらしい。

「でさ、どうだったのよ? …やっぱり、心当たりがある奴だったのか?」

レイチェルはこくりと無言で頷いた。

「やっぱりあたしの知り合いだった。あいつ…生きていたのよ」

「…よかったじゃねえか。その人生きていて」

「うん」

そう言うレイチェルの顔は複雑そうだったけど、どこか嬉しそうで。やっぱり世界を滅ぼされた同じ境遇の人間が生きていたというだけでその嬉しさは言葉で表すことが出来ない程なんだろう。俺だって今通っている学校に俺と同じような境遇の生徒がいたら凄く嬉しいし、それと同じようなもんだ。

それにレイチェルだってまだ子供だ。そこら辺の幼女にはない精神力を持っているが、俺とは違った、本音を話せる友達や知り合いは一人でもいた方がいい。

「何にも変わっていなかったわ。あいつ、相変わらずだった」

「はは、そうか」

「そうよ。あいつは本当に…」

レイチェルは俺に色々話してくれた。まるでテストで満点を取った時みたいな顔で色々話してくれた。知り合いは昔、一緒に色々な研究をしていたとか、レイチェルは飛び級をして既に大学を卒業しているとか。今まで知らなかったことを多く語ってくれた。

しかも話を聞くと、その知り合いは相当変わった人間なんだとか。レイチェルにセクハラはするわ、その度に知り合いはブルーに吹っ飛ばされるわ、変態的なアプローチはするわ…。相当カオスな展開になっていたらしい。

(まるでトゥアールさんみたいだなぁ…)

吹っ飛ばされる人物こそ違うものの、ブルーと知り合いさんのやりとりは愛香さんとトゥアールさんが日ごろから見せている掛け合いみたいじゃないか。最近の女の子の間ではド突きあいをするのが定番になっているのか?

「あ、それとね。ブルーからあんたに伝言を預かっているわ」

「伝言?」

「うん…無茶するな」

「…そうかい」

「ブルー、あんたのことを心配していたみたいよ。見た目は女の子だもん、あっちだってあんたが殴られるのを、あまりいい気がしていないみたい」

「はは…そりゃ、嬉しいねぇ…」

確かに悩みの種は増えた。けど、それに勝るくらいに得るものもあったかもしれない。

…例えば、ブルーから伝言を貰う、とかね。

 

 

 

 

 

 

その頃、アルティメギルの秘密基地では。

ドラグギルディだけでなく、増援に来たリヴァイアギルディとクラーケギルディの敗北というショックから、いち早く回復したのは文学属性(ブック)を持つフクロウ型のエレメリアン、オウルギルディであった。

古株である彼は皆をどうにか励まそうと、ある一つのノートのコピーを同胞へと広めようとしていた。

「いいから騙されたと思って読んでみよ! 心の中にエデンが広がろうぞ!」

「…すまぬが私のエデンは可愛い女子の耳たぶにこそあるのだ」

「むう…絶対にこれを読めば英気を養えるのだが…!」

受け取りを拒否したのはワニ型エレメリアンであるアリゲギルディであった。近寄るだけで子供が泣くと言われている凶悪そうな顔とは裏腹に耳たぶ属性(イアローブ)という図体に似合わぬピンポイント過ぎる属性力の持ち主であった。そして今から開かれようとしている作戦会議で進行役を務めている。

「申し訳ないがオウルギルディ殿、その話は会議が終わった後だ。ではこれより―――作戦会議を始める!!」

その言葉が合図となり、会議室は暗くなり、スクリーンが下りてくる。そしてスクリーンにはテイルレッドが凛々しく剣を構える映像が大写しになった。

「「「「おおおおおおおおおおおおお!!」」」」

その瞬間、ホールでうなだれていた面々が活気を取り戻し、一斉に声を上げた。

「やはり可憐だ…」

「見事なツインテールも最近は更に磨きがかかっているな!」

「レッドのツインテールを形容するのに、美という言葉では収まらぬ!」

「もはや守護者という言葉では収まらぬ…女神であるな!」

…作戦会議と名はいいが、実質はただのツインテイルズ鑑賞会になっているのは気のせいだろうか。だが、エレメリアンたちの失っていた英気は徐々であるが取り戻しつつあった。

強敵をなぎ倒すその姿、一般市民にもみくちゃにされ、半泣きになっている姿。

それらの姿を見ながら、怪人たちはほっこりした顔をする。

「次にテイルブルーの映像なのだが…」

アリゲギルディが一同に確認を取った。

「早回しで構わぬな?」

「…いや待ってくれ。最新の映像ではテイルファイヤーとの共闘が映っているのだ…ここは、早回しは避けてくれないか?」

いつものようにテイルブルーの部分は飛ばすか早回しにするのがお約束なのだが、ここで意に反する意見が飛び出た。

「せめて、せめてでいいんだ! ブルーの部分だけは飛ばしていいからファイヤーさんの所だけは通常再生にしてくれ!!」

「…分かった」

そしてテイルブルーの部分だけを10倍速で再生するという意見で鑑賞会は再開した。

キュルキュルと早送りしても見えてくるのはテイルブルーの容赦ない一撃と恐ろしいまでのその表情だった。特にブルギルディ戦でのファイヤーの胸が潰れたシーンなんか、人質として捕えられた女の子が悲鳴をあげるほど凄まじい顔になっていた。

それを見ながら何人かのエレメリアンが涙目になるも、その恐怖を和らげようと何人かがおちゃらけた口調で解説を始めた。

「的確なまでに急所を狙って来るよな、あいつ。多分俺らで実験していると思うんだよ、どの方法が一番苦しんで倒せるかをよ」

「俺たちをモルモット扱いにしているのかよ…」

「無慈悲な殺戮要塞という二つ名が広まる訳だ…恐ろしいまでにも程がある」

「…ツインテールはいいのになぁ」

「「うん」」

そして最後に映ったのはテイルファイヤーがリヴァイアギルディにとどめを刺すシーンだった。一同はボロボロになりながらも立ち上がり、ブルーの武器であった槍を掴み、前へと走っていくシーンに大興奮する。

そして敵の胸に槍をねじ込み、最後の力を振り絞って戦いへ勝利したファイヤーをエレメリアンたちはスタンディングオベーションで大喝采した。ファイヤーだけを拍手していた。

「ブラボー!!」

「隊長の奥の手にも屈せずに…くそぅ! 憎むべきか褒めるべきか分からねえ!!」

「彼女こそ、勇者だ!!」

「レッドは女神、ファイヤーは勇者か…! まさに『 紅の姉妹(クリムゾン・シスターズ)』の姉であるファイヤーにふさわしい二つ名だぜ!!」

テイルファイヤーの評価は最初こそ、レッドの姉というポジションということだけで評価されていたものの、最近はそうではなかった。

正々堂々とした振る舞い、拳一つで戦う一昔前のスタイル、そして不屈の闘志で何度も立ち上がるその姿に感動を覚えているエレメリアンも少なくはない。特に最近は戦うごとにその動きにもキレが増している気がするのだ。今やファイヤーはレッドから離れ、独自のファンをも獲得する人気となっている。

「では次は新戦士のテイルイエローだ。こやつは先の戦いでクラーケギルディ様に勝利を収めた曲者よ」

次に移ったのは重火器を雨あられと発射しながら、何故か自ら武装を脱衣していくイエローの姿だった。

「馬鹿な、何故脱ぐのだ!?」

「…わからぬ。これほど神に祝福されたツインテールを持ちながらも、この戦士は進んでそれをドブに捨てているのかがどうしても分からぬ!!」

「これじゃあただの痴女じゃないか!」

「銃を持っているのにわざわざ前に出るのも理解が出来んな…」

イエローが脚部アーマーをパージした途端に胸が揺れたが、その光景に一同は色気も何も感じなかった。むしろ感じるのは戸惑いと戦慄。またはその両方だった。

「この世界には乾坤一擲という言葉がある。あえてこやつは自分に辱めを課すことで、潜在能力を底上げし、勝負に挑んでいるのではないだろうか?」

「馬鹿な…そのような枷をはめ込みながら、勝負に挑んでいるのか!? ううむ、なんという覚悟か…!」

まさか怪人たちも、イエローがドMに目覚め、好き好んで脱いでいるというあまりにもぶっ飛んでいる真実には到達できずに、ただ困惑するだけだった。

「ふむ……ブルーとイエローに関しては十分に研究が出来た。やはり、レッドとファイヤーに十二分に時間をかけねばなるまい」

「「「異議なし!!」」」

そして再びテイルレッドとテイルファイヤーの鑑賞会が始まった。それは悪の組織の作戦会議としてはあまりにも不愍すぎた。

それらをじっくりと数時間観賞し、締めのエンドロールが流れ始めると、エレメリアンたちは満足げな顔になっていた。特に作戦を考えているわけでもないのに、それだけで大きな仕事を達成したような錯覚に陥っていた。そして最後にはお待ちかねの会議参加者の配給品を配る時間となる。

「ではこれより人数分のテイルレッドとテイルファイヤーのミニフィギュアを配るぞ! これで各自戦いに備えよ!!」

「「「おーう!」」」

もう完全に夏休みにやっている子供向け映画の入場者特典みたいなことになっていた。それでいいのか悪の秘密結社。スケールにして約20分の1のフィギュアがはたして戦いの役に立つかどうかはもうアルティメギルの世界の住人にしか分からないのだろうが、皆とてもいい顔つきをしていた。

だが、残念なことにその入場者特典は出来にばらつきがあるらしく、一人の怪人が不評の声を漏らした。

「待たれい! 見よ、我に配られしレッドのフィギュアを!」

「あ、お前のフィギュアはツインテールの先端部分が俺と違うな…」

「そうだ! ここの部分は橙色ではなく朱色でなくては駄目なのだ! 手抜きもいい所だ! 適当な塗料で塗りやがったな!」

「そんなものはまだマシだ! 俺の物に至っては瞳の位置がずれているんだぞ!? 作画崩壊アニメじゃあるまいし、これじゃあ子供が泣くぞ!」

「ああここも! ファイヤーの両腕部分の関節が弱くてすぐに取れる! 関節部分の補強をせねば…俺の部屋からパテを持ってこい!!」

「ええい筆を貸せ! スミ入れをして立体感を出してやられば! それに色の修正も…!」

「畜生、こっちは塗装が剥げている!? これを作った奴出てこい! お前のいい加減な仕事のせいで俺たちの夢が壊れるんだぞ!」

「完全可動シリーズを見習え! あれと比べれば雲泥の差ではないか!!」

大部分の怪人はちっちゃなフィギュアでギャーギャー言って遂には乱闘騒ぎが始まるが、その光景に愕然としている怪人も少なくはなかった。古株のオウルギルディもそうであったし、参謀役にして新隊長のスパロウギルディもそうであった。

「…これでは、もう…!」

「こんなんで侵略が上手くいくのかなぁ?」

スパロウギルディはがっくしと肩を落とし、目の前でたかがフィギュアが原因で起こった大乱闘騒ぎを冷めた目線で見ていた。

彼らは大部分の怪人が戦意を失い、部隊の空気が末期へと近づいていることに気付いていた。

ドラグギルディにワイバーンギルディ、リヴァイアギルディにクラーケギルディと強敵が揃いも揃って倒された。そのことで部隊の大部分の面子に諦めムードが漂い始めているのだ。どうせ俺なんか無理に決まっているよというだらけきった空気が部隊を覆い尽くそうとしている。

今までは同じツインテールの女子を見て熱狂するにしても、目の輝きが違った。妨害されようと必ず奪ってやるぞという熱が、決意があった。

だが今はもはや、勝てぬと分かって体裁を繕うだけに作戦を立てている始末だ。作戦会議がただの鑑賞会と化しているのがいい証拠だ。

そしてリヴァイアギルディが負けたことで何か決意の表情をしていた側近のスワンギルディの姿も見当たらなかった。一体どこへ行ってしまったのか。あるいは彼も諦めのムードに流されてしまったのか。

(もはや…これまでか…!)

スパロウギルディが力なく俯いたその瞬間であった。

「一同、控えよ!!」

会議室のドアが勢いよく開かれ、凛々しい女性の声が響いた。

「何奴!?」

その声がこの場の濁った空気を吹き飛ばし、一同は全員入口へと視線が向かった。…そこには、見たことのない戦士が仁王立ちで立っていた。

この部隊にいるのは、動物や神話の獣の姿をした怪人のみ。しかし仁王立ちしている戦士の姿は色鮮やかな2対の羽が2枚あり、体表が細かくあった。顔は巨大な複眼と、鋭い棘のような嘴。―――その姿は蝶、昆虫型のエレメリアンだった。

「昆虫の姿のエレメリアン…?」

「一体どこの部隊なんだ? 合流するだなんて話聞いてないぜ!?」

「ま、まさか…まさか!」

「知っておられぬのですか、スパロウギルディ殿!?」

この事態に一人察した様子であるスパロウギルディにアリゲギルディは震えながらも声をかけた。

「―――噂で聞いたことがある。アルティメギル四頂軍の内の一つ、美の四心(ビー・ティフル・ハート)は昆虫の戦士が集まる部隊だと…!!」

「せ、先鋭部隊であるアルティメギル四頂軍がここにいるのですか!?」

「恐らくはそうであろう。…見よ、後ろにも同じような戦士が控えておる」

「あ…!」

確かにスパロウギルディの言う通りだった。蝶型エレメリアンの後ろには同じ昆虫モチーフであるカマキリ型怪人とアリ型怪人の2体がいた。両者とも立ち上る属性力はここにいるエレメリアンの比ではなかった。ただ立っているだけでもその実力の高さが伺えた。

アルティメギル四頂軍。それはアルティメギル首領直轄の精鋭部隊である。云わばエリート集団である奴らたちは精鋭部隊だけあって実力が高いエレメリアンが多いものの、その分問題児と呼ばれるものも多いのだ。

だが、次に現れたのはそれ以上にスパロウギルディたちの度肝を抜いた。黒いマントをなびかせながら悠然と歩を進めるそれに、全員が戦慄を覚えた。入ってきた奴の姿は昆虫ですらなく、そして怪物ですらなかったからだ。

「――に、人間だと!?」

「ツインテイルズがとうとう基地に侵入してきた!?」

何も知らない者がそう誤解するのも無理はなかった。何故なら、年端もいかぬ女子が平然と会議室へと入って来たのだから。そして彼女はテイルギアと非常に似た鎧を纏っていたのだから。その色が禍々しい黒色であることを除けば、限りなくツインテイルズに似通っているのだから。

「違う。わらわの名はダークグラスパー。首領様のご意思を伝えるものじゃ」

「何ぃ!?」

ざわざわとざわめきが大きくなった。これが噂に聞く地獄の処刑人。しかし、まさか人間だったとは、誰もが驚いていた。

「本日付より、わらわは首領補佐としてこの部隊を指揮することになった! これは首領様の意志じゃ、反論は許さぬぞ!!」

そう言いきったものの、当然拍手や喝采は起こらなかった。部屋中に重い空気が漂い始め、彼女がこの部隊に迎えられている空気ではないことは火を見るより明らかだった。

「こ、こんな小娘が…アルティメギル最強の処刑人だと!?」

「確かに…確かに奴のツインテールは見事だ! だが、いくら不勝を重ねてきた我らとて、プライドはある! 人間の配下に下るなど!」

「そこまで俺たちは落ちぶれていない!!」

だがダークグラスパーはふんと鼻で笑うと、目ざとくスパロウギルディへと視線を移し、気軽に声をかけた。

「そこのツバメ。確か最近見た顔じゃったな。貴様がこの部隊の現在の最高責任者か?」

「お久しゅうございます。仰る通り、私はドラグギルディ殿の参謀を務めておりましたが、名誉の戦死を遂げてから、今は隊長という立場におります。ですが地獄の処刑人という異名を持つあなた様が自ら指揮を取られるとは…」

「理由は言わずとも知れたことじゃろう。この部隊は属性力の回収のペースが悪すぎる。首領様もお怒りであったぞ。…もっとも、この程度のレベルの奴らでは捗らぬのも無理はないか」

「…!」

「歩だけ並べて王将を倒せというのも、難儀な話じゃしのう」

その挑発により、会議室は瞬く間に一触即発の雰囲気となった。

「…ふん、わらわが気にくわぬか? ならば誰でもよい。今この場でわらわの属性力を奪ってみせよ」

そう言ったダークグラスパーは全身を始めた。武器も持たず、余裕ともいえる不敵な笑みを浮かべたまま。

護衛として来たであろう昆虫型のエレメリアンは、依然として入り口に立ったままだ。何の手助けもしようとしない。

「…う、うう!」

「ぬぅううう!」

踏み込めば、いくらでも手は出せる。だが、踏み込んだ瞬間、自分たちの命はないだろう。

彼女は無防備だ。だが無防備が故に、何をされるかが分からない。ただ人間が歩いているだけなのに、それだけで身体から汗が昇り始める。

達人とそこら辺のチンピラ並みに実力の差はあった。それほどなまでの理不尽さがあった。

だが、圧倒的な力の差を感じ取ることが出来ただけでも落第点といえる。もし飛び出したのならば以前のフェンリルギルディのように粛清が執行されていたに違いないからだ。

「ふん…いよいよ持って使えぬ持ち駒じゃ。前に進むことだけが歩に与えられた権利だというのに、動くことすら出来ぬとは」

ダークグラスパーはつまらないものでも見るような目でエレメリアンを見る。…だがこれに異を唱えるものもいた。精神を総動員して、反論する者もいた。

「俺たちは前に進めなかったんじゃない、進まなかったんだ。…実力も分からぬところで命を落とすのは4流のすることだとドラグギルディ隊長は言っていた! 俺たちは本当に勇気を出す場所を知っているんだ!!」

「ああそうだ! 例え歩であろうと俺たちには誇りが、勇気がある! 盤面を埋め尽くせばやがてそれは王にも届くだろうさ!」

「そうだ! そもそも、名だけ知れた処刑人がしゃしゃり出てくるな! 突然指揮を執るなど、我々が将棋の歩ならば、貴様はチェスのクイーンが勝手に割り込んでくるものではないか!」

「とっとと帰れ! 根暗女!!」

彼らは女神や勇者と崇めるミニフィギュアをロザリオのように握りしめて、立ち上がった。言われっぱなしではないということを見せつけていた。

「ほう」

その行動にダークグラスパーは初めて、侮蔑ではない笑みを浮かべた。

「行き場のない敗兵だと侮っていたが…口と気迫だけは失っていないようではないか。金に成るという気概があるのならば、歩でも構わぬ」

一同をグルリと見回し笑うと、ダークグラスパーはマントの裏から携帯電話を取り出した。

「気に入った。褒美として、わらわのアドレスをくれてやる。各々、携帯電話を出すがよい!」

「「「……はい?」」」

空気が、死んだ。

さっきまでの怒りややる気がどこかへ飛んで行ってしまい、皆呆気にとられたような顔をして立ち尽くしていた。

「どうした、わらわのアドレスが欲しくないのか!?」

「「「…………………」」」

無言。皆無言でいた。会って数分、しかも先ほどまで憎しみの対象であった人物のメアドなど誰が欲するのか。

「…まさか。まさかかと思うが貴様らの携帯は赤外線機能すらない骨董品なのか!? それとも携帯すら持っていないとか言うまいな!?」

そういう問題ではないのだが。怒る部分を完全に間違えているダークグラスパーは、見当違いな罵声を浴びせるが、それでも誰一人携帯電話を出そうとはしない。

「全く古式ゆかしき奴らだ…ならばパソコン! パソコンぐらいは皆も持っているであろう!? エロゲーすら嗜まぬ小僧がこの部隊にいるわけがなかろう! この際、パソコンのアドレスでも構わぬぞ!」

「「「…………………」」」

やはりエレメリアンたちは無言であった。後ろに控えている昆虫型エレメリアンですら、我関せずといった様子で明後日の方向へと顔を向けていた。

目に見えて機嫌が悪くなっていくダークグラスパーを前に、先ほどあれだけ勇ましい様子を見せた戦士たちも、だらだらと違った汗を流し始めた。

力とは違う、ダークグラスパーのどこかヤバげな危険さをようやく理解し始めているのだ。こいつあれだ、俗にいう痛い女…。

「…おいそこのワニ」

「ワニ!?」

「そうじゃ。そこにいるワニ口の主じゃ。本当は持っているのであろう、携帯を? さあ出すのじゃ」

ヤンキーがいじめられっ子にパシリを頼む時みたいに指名されたのは、アリゲギルディであった。

しかし、彼は何とか逃げようと悪あがきを続ける。

「わ、私は戦い一筋の無骨者! それ故に携帯などいうハイカラな物は持ち合わせておらず…!」

「本当か?」

「嘘などついておりませぬ!!」

完全にヤンキーといじめられっ子の関係だ。いつ『おら、とっととジャンプしろよ。小銭、ポケットにあるんだろ?』という展開になってもおかしくない。

だがダークグラスパーはアリゲギルディが嘘をついていると感じたのか、確認の為にパチンと指をならした。

するとどこからともなく、ささっと誰かが小走りで走って来た。そしてダークグラスパーの数歩後ろで立ち止まる。…すると何かに気付いたのかスパロウギルディが驚いたような声を出した。

「!? お、お前…フェンリルギルディか!?」

「「!?!?」」

彼を知っている全員が驚き、信じられないような目でその怪人を見た。すると目の前にいる怪人はよぼよぼのじじいの声であいさつを始めた。

「…お久しぶりです、スパロウギルディ殿。私、なんとか生きておりますフェンリルギルディです…」

「? なんじゃスズメ、こやつと知り合いだったのか?」

「か、かつての私の部下でしたが…。お、お前、本当にフェンリルギルディなのか?」

確かに目の前に立っているエレメリアンはフェンリルギルディに似ていた。怪狼型の怪人であるし、その外見も非常に類似している。

だがあまりにも彼は老けていた。あんなに見事だった銀の毛皮はくすんでいたし、顔色も生気がない。それに首から下げている雑用係」という札の存在が気になった。確か、フェンリルギルディはそこそこ高い地位にいたはずでは…。

「うむ、確かに奴はアルティメギルの掟に反し、罰は受けた。だが何の因果かこうして生きていてな。今は罰則期間として、色々と雑用の仕事をやらせているのじゃ…おい!」

「!」

ダークグラスパーの声に条件反射ともいえるスピードで毛皮の中から携帯電話を取り出したフェンリルギルディ。その動作でやっと全員が目の前にいるのが紛れもないフェンリルギルディ本人だと理解するに至る。毛皮に色々な物をしまうのは彼の癖だったからだ。それは携帯も例外ではない。

するとフェンリルギルディは何やら無言でカチカチと入力し始めた。そしてあっという間に入力を終えると、そのまま携帯電話を毛皮へとしまった。何故かフェンリルギルディの携帯は威嚇状態の深海生物みたいにラメラメなっていたが。

…すると無情にも、アリゲギルディの腰元から着信ボイスが最大音量で鳴り響いた。

『おにーちゃん、メールがきたよ! おにーちゃん、メールがきたよ!』

「ぬぐ、何といういたずらっ子よ!!」

焦りのあまり、アリゲギルディは両手でバウンドさせながら携帯を取り出し、顔を引き攣らせながらメールを受け取った。着信のタイトルは短く、こう書かれていた。

『今度はマナーモードにしておけ』と。

「あああああ!」

「…………」

その悲鳴と共に、ダークグラスパーとアリゲギルディの目が合った。そして理解した。ダークグラスパーはフェンリルギルディを利用して、携帯の有無を確かめたのだと。

「ふん!」

そしてアリゲギルディはダークグラスパーに殴られ、頭から壁へと突っ込んだ。

「ふん、腰抜けどもめ! もうよいわ! とにかくこの部隊の指揮官はわらわじゃ! 反論があるならば、いつでもこの首を取りに来るがよい! わらわのアドレスをくれてやるわ!!」

難解すぎる捨て台詞を残し、ダークグラスパーは去っていった。後ろにいたフェンリルギルディも、昆虫型エレメリアンも同じように去っていった。

そして乱入者がいなくなった会議室で、誰もが呆然とする中、ぽつりと一人のエレメリアンが呟いた。

「これから俺たちどうなっちゃうんだろう…?」

「「「……………………」」」

それに答えてくれるのは、誰もいなかった。

 

 

 

 

 

 

ダークグラスパーはエロゲだらけの自室に戻ると、変身を解除した。瞬間、鎧に包まれていた身体はジャージ姿へと変わる。

そして元の姿に戻ったイースナは苛立ちを隠せないように親指を噛み、猫背で部屋をグルグルと歩き回った。

「ど、どいつもこいつも…変態の癖に、プライドだけは高いんだから……ゆ、許せない…!」

さっきまでの自信満々な雰囲気はどこへやら、ぶつぶつと恨み言ばかり呟いていた。

「はぁ。ほんま、イースナちゃんは友達作るの下手やなぁ…」

するとイースナが帰ってきたのに気付いたのか、一人のある人物がカシャカシャという足音と共に近づいて来た。

それはエレメリアンではなかった。勿論、人間でもなかった。それは銀色で出来たロボットであった。角ばったボディに、たくましい脚部、V字を描く頭部はツインテールを模しているのか。その体型に似合わないアイドル声優のような声にして、何故か関西弁。

メガ・ネプチューン=Mk.II。それはイースナのパートナーにして、保護者ともいえる存在だった。

「あ、あいつらがいけないんだもん…わ、私がアドレス教えてあげるって言っているのに、あんな小さなフィギュア握りしめて…!」

「イースナちゃんかて、この間まで小さかったやんか。て、いうかなんでうち、この部屋から出ちゃあかんの? はよぉ皆に自己紹介したいんやけどなぁ…」

メガ・ネプチューン=Mk.IIが動くたびにガチャガチャと細かい稼働音が鳴る。

「あ、あいつらが…私を上官だって認めるまでは、籠っていて。が、我慢して…」

「心配せんでも、うちはすぐに皆と仲ようなるから大丈夫やで?」

するとイースナは曇った目で、恨めしそうにメガ・ネプチューン=Mk.IIを睨んだ。

「そ、それがいやなの……。あいつらは、ああいう奴らは、生身の人間に興味ないんだ、もん。あなたが出たら人間じゃないあなたの方に、親近感、湧くだけ…。全く、嫌な奴ら」

悠長に明るい声のロボットとぎこちなく、薄暗く鬱屈とした人間の声。象徴的な対比に、どこか哀情を感じてしまう。

「そーやって、イースナちゃんがヘソ曲げるからあかんと思うねんな。仲ようなりたかったら、自分から行かなあかんよ?」

「う、うるさい。私は、歩み寄っているもん。あいつらが…」

堂々巡りなやりとりにため息が出るメガ・ネプチューン=Mk.II。

「全く…。ならばうちがひと肌脱いだる!」

「脱ぐ服もない癖に?」

「気持ちの問題やんかそれは…」

するとメガ・ネプチューン=Mk.IIは腹部から何かを取り出し、イースナの手にポンと何かを乗せた。

「………何、それ?」

「ふふん、うちな色々考えたんよ! イースナちゃんが無理矢理メールアドレスを教えようとするから駄目なんじゃないかってな。エレメリアンの皆みたいに生身の女の子に免疫がない奴なんかは、グイグイ行っても逆に引いてしまうもんやで。だからイースナちゃんのメアドをQRコードにしてプリントしてみたんや! これやったら会議とかでもさりげなく渡せるし、相手の警戒心だって解けるやろ? きっとサラッと登録してくれると思うで?」

そう言って大小さまざまなタイプのシールを、イースナに手渡す。…まあ、エレメリアンの皆が受け取らなかったのは女に免疫がないからではないのだが、残念ながらそれを指摘する者は誰もいない。

「さ、さすがメガ・ネ、頼りになる…いい女、リア充は違う………」

「…その呼び名は辞めてくれへん? ウチの名はメガ・ネプチューン=Mk.IIや! カッコいい正式名称なのに変な略し方しちゃあ台無しや…」

「だって…長いんだ、もん」

「イースナちゃんがうちの名前を名付けたのに!? それに何で一号機なのにMk.IIやねん…いちいちツッコむウチの身にもなってくれや…!」

メガ・ネプチューン=Mk.IIが高ぶったことで、一層部屋がガタガタと音が響いた。

「とにかく! このQRコードとあとはみんなが好きな物を一緒にプレゼントすれば、効果もマシマシや!」

「み、みんなの好きな物…かぁ…」

イースナはちらりとうず高く積まれているエロゲの方を見る。そういえば、この部隊の面子はエロゲをよくやるって聞いたことがあった。確か会議でエロゲキャラを出したほど、皆がハマっているらしい。

「わ、分かった…皆が好きな物、だよね…」

イースナはえへへと笑ったが、その笑みはコミュニケーションが苦手な人間が見せる卑屈な笑みだった。

「…後は笑顔の練習やな。せっかく可愛いんやから、もっとスマイリーにならな! いつまでも変身ばっかりに頼っていたらあかんよ?」

「い、いいの……いつか、あの人の前で、本当の私が笑えればいいんだもん………」

「…………」

表情がないはずのメガ・ネプチューン=Mk.IIであったが、その眼が僅かに光を弱めたように見えた。

「い、一緒にがんばろう、メガ・ネ。私は…ダークグラスパー、支配者なんだもん……この世界の人間の心も、すべて、支配してみせるから……私の、この、眼鏡で…」

「……そやな、ウチは応援してるで。イースナちゃんはやれば出来る子なんやから!」

「え、えへへ…ありがとう」

そう言い終わるとイースナはごそごそとエロゲを選別し始めた。

「ん? 何してるん?」

「メ、メガ・ネ。ト、トゥアールの好みのエロゲは分かるんだけど…テイルファイヤーの好みのエロゲが分かんないの…一緒に選んで」

「いいっ!? まさかあの子にエロゲ渡す気なんか!?」

「だ、だってあの姿は絶対、トゥアールの知り合いか何かだもん…まずは周りから包囲網を…」

するとイースナは詰まれたエロゲから厳選を始めた。そんなイースナを見ながら、メガ・ネプチューン=Mk.IIは疲れたように息を吐いた。

「うちのパートナーも、あの子たちみたいに真っ直ぐやったらなぁ…」




はい、という訳で原作ではそのまま出番がなくなったフェンリルギルディですが、ここでは生存という形になりました。…でも、死んだ方がマシみたいな状態じゃね、これ?
それとイースナちゃんですが…もう、なんかね書いてて心が痛んできたよ。あれだ、わたモテを見ている時と同じ痛みが俺の心を襲ってくるんだ…。
メガ・ネはこの世界で一番まともな人間と言っても過言ではありません! …一番マシなのがロボットってのもなぁ。俺ツイ世界は地獄だぜ…!
では次回もお楽しみに!!

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