俺、ツインテールになります。 The Another Red Hero   作:IMBEL

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最近、風が強くて自転車で移動するのがつらくなっています。
では、今回もお楽しみください!
※1/22pm19:30…戦闘シーンを追加しました。修正版をお楽しみください!!


第39話 唇とツインテール

時刻は午前4時を回っていた。真夜中もいい所で、子供どころか大人ですら眠りに入っている時刻だ。

勿論、俺も布団に包まりながら睡眠を取っていた。レイチェルもぐっすり眠っており、朝6時半にセットしている目覚ましが鳴るまで、2人はそのまま寝ているはずだった。

だが、レイチェルの枕元に置いてあるパソコンが突然点灯したかと思ったその時、けたたましいアラート音が部屋中に鳴り響いた。

「!」

瞬間、レイチェルはガバッと布団から身体を出した。眠そうな目をしていたが、アラートがわんわん鳴っているパソコンを見るなり、しゃっきりした顔つきになる。

「敵か!?」

俺もアラート音でたまらず飛び起きて、布団の上で中腰の体勢になる。大抵は昼間に出現するアルティメギルだったが、今回は真夜中の出現か。それが敵による嫌がらせのように感じてしまい、つい苛立ち混じりの声色へとなってしまう。

レイチェルも同じような気分らしく、大きな声で返答してきた。

「…そうね、敵よ! しかも今回は海外に出現したわ!」

「海外!?」

「…ハワイよハワイ! こっちとの時差は19時間差、あっちは朝の9時くらいってことになるわね。あっちの時間では絶好の侵略日和って事ね」

「~! 半日以上離れているじゃねえか!?」

また面倒くさい所に出たもんだ。言葉が通じないものだから海外は非常にやりづらい舞台なのに、時差が半日以上離れている国に出現するだなんて…。

(授業中に寝ないように気をつけなくちゃな…)

眠い目を擦って、無理矢理意識を覚醒させながら、そう思う。出来ることなら、早く終わらせて通学までの睡眠時間に当てたい。

更に悩みの種はそれだけじゃない。俺のテイルドライバーは現在、レイチェルに預けたままだ。リヴァイアギルディ戦で武装のほとんどを壊してしまったので、修理には時間がかかりそうだった。はたして間に合っているかどうか…。

「…はい」

するとレイチェルは心配ご無用とばかりにテイルドライバーをベッドの上へと投げた。

「直ったのか!?」

「修復率は7割ちょっとって所だけど…戦闘には支障は無いわ。ある程度の機能は直したからね」

ひび割れていた外見はすっかり綺麗に直っており、レイチェルの言う通りに、ある程度の修理は終わっているということを示していた。

「ありがてえ!」

「でも気を付けて! 左腕の修理はまだ完全には終わっていないの! 左腕の武装は使えないわ!」

「…大丈夫だ、問題ない!」

ファイヤーウォールと属性玉変換機構(エレメンタリーション)が使えなくたって、戦える。右腕さえ使えるのならば、問題はない。いざとなったら、懐に飛び込んでカウンターでも食らわせてやるさ。…またブルーに怒られてしまうかもしれないけれど、その時はその時だ。

「…そう、じゃあ転送、行くわね!」

「おう!!」

あっという間に変身を完了した俺は、レイチェルの転送によって、遥か彼方にあるハワイまで瞬間移動を果たすのだった。

 

 

 

 

 

 

視界一面に青い海と大空が広がる常夏の国ハワイ。

太陽がさんさんと輝くサンセットビーチには壊滅的に似合わない戦闘員が水着美女を追いかけ回しており、水着美女たちは悲鳴をあげていたが、どうも下手なコントのようにしか見えない。

もう完全にアトラクション感覚だ。こっちは眠い目擦って出動しているのに、ビーチに降り立った途端にそんな間抜けな光景を見せられたら脱力せざるを得ない。

「先に来ていたのかファイヤー!」

「あんた、今日は随分早いのね」

「今日は俺が一番乗りらしいですね」

丁度、転送してきたレッドとブルー、イエローは同じような顔つきで俺に挨拶をすると、現場へと降り立った。皆、俺と同じように眠そうな顔つきをしており、そのことからさっきまで寝ていたんだろうなということが容易に想像できる。特にイエローはまだ眠気から覚めていないらしく、気を抜いたらまた寝てしまいそうなほど、うとうとしていた。

「お、おはようございますわ…」

ふわぁと大きな欠伸をかみ殺して、イエローは俺に挨拶をするが、すぐまたうとうとし始めてしまう。彼女のツインテールもどこか不調のようだ。

これは不味いなと思い、俺はイエローの元へと近づいた。イエローは銃撃タイプの戦士であるから前線には出ないけど、これでは敵に狙ってくださいと言っているものではないか。

「だ、大丈夫?」

「!」

俺がすっとイエローへと近づくと、彼女はカッと顔を茹でダコのように真っ赤にし、猛スピードでレッドの後ろに隠れてしまった。

「え!?」

俺は思わずすっとんきょんな声を上げてしまった。挨拶を交わして数秒、いきなりイエロー側から拒否られる行動を取られるとは。

(…暴走は起きていないよな?)

一瞬、俺は時折やってしまう、見事なツインテールを見たら暴走してしまうあの病状が起きてしまったのかと思ったが、それは勘違いだったようだ。あの時起こる、身体の熱さは今は感じないし、最近は自分でも自制が出来ているし。

ひょっとすると、何か俺は彼女に嫌われる行動でもとってしまったのだろうか? イエローはそういうことを結構気にする人っぽいから、気をつけなくちゃならないって分かっているんだけど。

やっぱり性別の壁は大きいなぁ…。

「い、いえ。何でも…何でもないのですわ…!」

ちょこんとレッドの後ろから顔を出して、イエローは小動物のようにこちらを見ている。

「そ、それならいいんだけど…。もし調子が優れないのなら、今日は帰っても…」

「だ、大丈夫ですわ! 今日は、今日の私は前回までの弱い私とは違うのですから!」

「は、はぁ…」

「生まれ変わった私の力、存分に見せて上げますわ!」

レッドの後ろで隠れているのと、どこか自信ありげな口調で語るイエローの行動が矛盾している気がするのだが、このやり取りで眠気は覚めたらしく、しゃっきりした顔になった。

だが俺はやっぱり心配だった。本人がああ言っていても、何だかはぁはぁと息が乱れているし、身体をうずうずさせているし…風邪でも引いているんじゃないだろうか?

『…まぁ、本人がやるって言っているんだから大丈夫なんじゃない?』

レイチェルは何だか呆れたような声でそう通信してきた。

『ヤバくなったら、あたしがこの前みたいに指示を飛ばすわ。…それとね、一つ言っておくわ』

「?」

『今のイエローは十分戦えるほど成長しているんだけど…その…驚かないでね』

「はあ?」

何がだ、と聞きたかったが俺は見事にタイミングを逃してしまった。敵が目の前に現れたのだ。

「あ~、あなたたちが噂のツインテイルズですかぁ~」

「何だあいつは!?」

砂浜に現れたエレメリアンは、地面に踵をつけずにフワフワと浮いていた。そして、そのエレメリアンにすぐに違和感を抱いた。

「蝶…昆虫?」

今までのエレメリアンは、ワイバーンやリヴァイアサンなど伝説上の生物やハリネズミやキツネなどといった実在する動物がモチーフのものばかり。目の前にいる蝶のような昆虫タイプのエレメリアンは今まで見たことが無く、身に纏っている雰囲気から、そいつが今までの敵とはどこか違うのだということが分かったからだ。

ダークグラスパーの襲来に合わせたかのように、未確認タイプのエレメリアン。これは偶然ではないだろう。

「あ、どーもです。私、パピヨンギルディと申しまして……ダークグラスパー様直轄部隊にして、アルティメギル四頂軍の一角、美の四心(ビー・ティフル・ハート)の先鋒でして、ええ、あと唇属性(リップ)の為に戦っております~、はい」

「…ああ、そうなんですか」

「私はツインテイルズのことも大好きなんですけれど~、敵同士ですから戦わなくちゃいけないんですよね~。今日は互いのベストを尽くして、頑張りましょうね~」

「どうも…」

蝶型のエレメリアン、パピヨンギルディは腰の低い外回りのサラリーマンのような雰囲気で、自己紹介と戦いに対する意気込みを語る。またもや脱力しかけたが、その雰囲気と反比例した大層な肩書きを矢継ぎ早に告げられ、混乱してしまう。

「アルティメギル四頂軍の一角……美の四心(ビー・ティフル・ハート)の先鋒、パピヨンギルディ! いよいよ敵も強力な増援を仕掛けてきたのですね…!」

「記憶力いいんだな、イエロー」

「そ…そんなこと、急に言わなくても…はぁん」

「…?」

色々告げられた重要な情報に苦悶している俺たちとは違い、イエローの記憶力は凄まじかった。…また変な声と共に、もじもじ身体をくねらせるのは疑問だったが。

「…つまりは、今までの敵とは違うってことだな! いくぞ、レッド!」

「OKだ! みんな、気を引き締めようぜ!」

俺たちはそれぞれの武器を構え、戦闘態勢に入るが、パピヨンギルディはうっとりとしたような表情で、俺とレッドを見ていた。

「レッドもファイヤーもやっぱり可愛いですわ~、やっぱり姉妹っていいですね~。でもまずは…」

じろりとレッドの目を見つめるパピヨンギルディ。

「…何だよ?」

パピヨンギルディは、蝶特有のとがった口を撫でながら、恥ずかしそうにこう述べた。

「テイルレッドさん~、その…あなたのですね、はは、唇が欲しいのですが~」

ビュオン! 言い終わるが終わらないかのうちに、パピヨンギルディ目がけてブルーの槍が投げられ、パピヨンギルディの身体へと飛んでいった。

離れている俺たちとパピヨンギルディの距離は約20メートル。ここから獲物目がけて投げ槍を放つのは、アフリカのジャングルとかにいる裸族だけだと思っていたのだが、どうやらそれは違ったらしい。そのカテゴリーにテイルブルーも付け加えなくてはならないらしい。

砂浜という足場の悪い環境をものともしない、見事なまでの早業だ。ブルーは今日も絶好調のようであったが、何故か顔を真っ赤にしていた。

「いや~中々凄い挨拶ですね~、生まれて初めてですよ~槍なんて投げられたのは~」

「効いていない!?」

しかし、パピヨンギルディは投げられた槍を自分の身体に当たるギリギリのところでキャッチしており、ダメージを受けていなかった。

驚愕する俺たちを余所に、平然としているパピヨンギルディにブルーはキレた。

「っざっけんじゃないわよ! 誰があんたなんかに渡すもんですか! …あんたが外国に現れた理由が分かったわ、日本と違って挨拶代わりだものね!」

「女性の唇を何だと思っていますの!」

『所有物のように言うのは気に入りませんが、その通りです! 身の程知らずに思い知らせてやってください!!』

槍を防がれたことよりも、敵の態度に怒りを滾らせるブルーとイエロー。どうやら向こうの通信先の人物も怒っているらしい。

(…でも、どっかで聞いたことあるような声だな?)

通信先の声は、どこかで聞き覚えのあるような気がするのだが、どうも思い出せない。…まあ、いいか。

「?」

レッドは小首を傾げているが、その方がいいと思う。2桁いっているか分からない子に唇云々の話題は少し早い。女の子のファーストキスは凄く大事なんだから。そもそも日本でそんなこと言ったらレッドファンの皆に殺されるぞ。

するとパピヨンギルディは羽を羽ばたかせ、動色に輝く鱗粉を放出し始める。

「…!?」

鱗粉はあっという間に凝縮し、ノートサイズほどの銅板へと変化する。

「さ~どうぞ、行ってください~」

完成した無数の銅板が合図と共にターゲットであるレッド目がけて殺到する。

「ファイヤーウォー…しまった!?」

とっさにレッドの前に出て、故障中の左手を突きだしてしまった。さっきバリアは使えないってレイチェルから説明を受けたばかりなのに、いつもの癖でやってしまった。

当然だが、左手からはバリアは展開されず、見る見るうちに銅板は近づいてくる。

「危ないですわっ!!」

するとイエローは胸アーマーからホーミングミサイルを発射し、銃を逆手に持って銅板目がけて突撃を始めた。

ミサイルを砂浜目がけて着弾させ、大量の砂が舞い上がらせることで、銅板の動きを止める。そしてその隙に銃をトンファーのように叩きつけて、銅板を粉砕した。

「おお…!」

レイチェルの言う通り、イエローは見違えるように成長している。まるでヒーローみたいじゃないか。

だが、短いヒーロータイムはここで終わりを告げた。イエローは何故か脚部アーマーを丸々パージして、優越そうな表情を浮かべた。解放した胸がたゆんと揺れる。

「ん?」

あれ、何かおかしいぞと思ったが、イエローの奇妙な行動はまだまだ続く。

「うふふふふふふふふふふふふふふ―――!!」

イエローの全身に装備されている砲門が一斉に火を噴き、パピヨンギルディにダメージを与える。

ブルギルディ戦で見せた一斉射撃を一人で行っているのは称賛出来るのだが、何故かイエローは撃つたびに身体中に装備されている重火器をパージしているのだ。

訳が分からない表情をする俺を見て悟ったのか、レッドは申し訳なさそうに呟いた。

「その…イエローは強くなったんだけど! …代わりに露出癖に目覚めちゃったんだ!」

「…何がどうすればそんな結末になる!?」

「本当にごめんファイヤー! あの場にいた俺が無理矢理にでも止めるべきだったんだ!!」

クラーケギルディ戦に介入してきたイエローは、戦う内に覚醒を起こし、脱衣による快感を味わってしまったらしい。そしてそれがもろに今の戦闘スタイルに反映されているのだ。

「あははハハハハハ―――!」

もう気分がハイになってしまっているのか、もの凄くいい笑顔で重火器を乱射しまくるイエロー。そして撃つたびにアーマーが脱がれていき、肌の露出が酷くなっていく。

と、ここで先輩からの強烈なダメ出しが入った。

「何で脱いじゃうの!? しかも真っ先に胸アーマーを飛ばして!! それは一番最後に取っておいて! どうしてもどうしようもない時だけ、断腸の思いで脱いで!! 胸アーマー!!」

胸というワードを強調するブルーに何か私怨的なものを感じてしまう。まだ胸を気にしていたのか…。

「で、でもテイルギアにはフォトンアブゾーバーという光膜が全身を覆っているから、装甲を脱ぎ捨ててもさほど防御力は問題ないと…」

おろおろとしながら反論するイエローであったが、ブルーはここで引き下がらない。たゆんと揺れた胸をぐぬぬといった視線で見ながら、更に論破していく。

「ヒーローになりたいのならむやみやたらに脱いじゃ駄目でしょ! そんな布みたいなアンダーウェア一丁で戦っちゃ駄目!!」

「う、う…」

ブルーの説得を受けて、迷いが生じ始めているイエロー。すると、ブルーの視線は俺の方を向いた。

「ほら、あんたもなんか言いなさい!」

「えっ!?」

「えっ、じゃないわ! あんたも説得に加わってよ!!」

「!」

ぐいと引っ張られて、イエローの前に立たされる俺。そんな俺に、イエローはまたもや茹蛸のような顔になってしまう。

「お、お姉さま…も、申し訳ありません」

「お、お姉さま?」

そう言うイエローの目はウットリとしており、とろけたような声を発する。

「はい…あなたは私の…お姉さまです…! 私を変えてくれた、お姉さま…!!」

「……………………」

「ほら、こういうことなのよ…」

俺は顔をこわばらせてしまった。確かに世の中にはそういった路線で応援してくれるファンもいるけれども、まさか身内にまでそう呼ばれる日が来るとは…。

「…とりあえず、着よっか?」

ガチャンと脱ぎ捨てたアーマーを一つ拾うが、イエローはぶんぶんと首を振る。

「…その…どうして、脱いじゃうのかな?」

すると、イエローはぱあっとした顔になる。よくぞ聞いてくれた! といった感じなのだろうか。

「これが、本当の私だからです! …本当の私を、皆に見て欲しくて…このおかげで私は覚醒して、ヒーローになることが出来ましたのに…お姉さまも褒めてくれると思ったのに…」

イエローは『脱衣を行って何が悪い』といった戸惑いの表情で俺を見てきた。

「う、うん…立派に戦えているのは凄く嬉しいんだけど…」

「でも、真っ先に胸アーマーを飛ばしたのは良かったと思いませんか!?」

「その前提でもう間違っているわ」

ブルーが残念そうな顔でそう呻いた。

そもそも各アーマーに装備されている武器がイエローのギアの長所なのに、脱衣という行為で全部それをドブに捨ててしまっているのだ。モラル云々よりも戦闘面に関しても不味すぎた。

「その…女の子が簡単に脱いだりしたら色々とマズイし…今、凄いことになっているの気付いている?」

「えっ?」

「今のイエローの身体は、黄色より肌色の方が多いんだって」

アンダースーツ一丁のイエローはあちこち素肌を晒してしまっている。ギアのメインカラーの黄色が霞み、肌色の方が主張を上げているのだ。これじゃヒーローとは言わない、ただの痴女って言うのだ。

「日曜朝のヒーローだって、戦いながらスーツを脱いだりしないし…ヒーローを目指すのならば、脱衣は控えてくれないかな…?」

そう説得する俺であったが、ここでイエローは予想外の反撃をしてきた。

「そ、それを言ったら…! お姉さまだって戦闘中、脱いでいるではありませんか!?」

「「はぁ!?」」

まさかのカウンター攻撃に、俺とブルーの声が重なり合う。

「ワイバーンギルディの時もリヴァイアギルディの時だって…お姉さまはいつもアーマーを壊して、素肌を晒しているではないですか…! あれは脱衣なのでしょう!? 皆に見てもらいたいから、ああしているのでしょう!?」

「いや、それは…!」

「じゃあどうしてお姉さまの大切な所だけはしっかりと隠れて、あちこち破れたりするのですか!? 私だってお姉さまみたいに強くてたくましいヒーローになりたくて…脱衣を行っているのに…!!」

イエローはそう言うと、涙目になってしまった。

これはヤバい。ああ言えばこう言ってくるし、言い返すたびにこっちが追い込まれていく。

「あ、あの…ブルー、助けて…?」

だがさっきまで近くにいたはずのブルーはいつの間にかレッドと共にパピヨンギルディと熱い戦いを繰り広げていた。

「叩き落とす! 銅板は一枚残らずぶっ壊すわ!」

「あら~そんなこと困ります~」

レッドに襲い掛かろうとしている銅板を一枚残らず叩き落としている。

(に、逃げられた…)

まさかのブルーの逃亡に唖然とするファイヤーであったが、事態はますます酷くなっていく。

イエローのコンディションだって下がってきているし、このままでは戦闘継続も困難になってしまうかもしれない。…というか、俺も覚醒の片棒を担いでしまっていたのか。

『…ファイヤー! あたしと変わりなさい!!』

「レイチェル!?」

『ここからはあたしが説得するわ!!』

そう言うと、レイチェルはイエローのギアに通信を繋げた。

『久しぶりね、イエロー! 元気だった?』

「!? レイチェルお姉さま!!」

ぱあっとイエローの顔が明るくなったが、それ以上に重要なワードが飛び出ていたことに俺は気づいてしまった。

「…! おま、お姉さまって…!」

『悪いけど、あたしもイエローを目覚めさせてしまった原因の一つでもあるの…尻拭いはするわ…!』

そう言うと、いつにもなく真剣なレイチェルの声が始まった。

『ねえイエロー? 官能小説で痴漢物ってどうして人気があるシチュエーションだと思う?』

「…!?」

イエローの顔が羞恥で真っ赤に染まった。俺も同じように染まった。まさかハワイのビーチで、官能小説と痴漢というワードが出てくるとは思わなかった。

「お前何言って…!」

『あんたは黙っていて。これは説得に必要なことなのよ』

レイチェルは真剣な口調でそう言うが、その口調と話すワードの差が激し過ぎる。

『痴漢って脱衣と似ているのよ。人がいるという状況、移動する車内、変わる景色…誰かに見られてしまうというシチュエーション。『脱ぐ』という行為を場所と人がいる空間で行う…脱衣と似ているとは思わない?』

「思いますわ…」

そこは納得しちゃ駄目だよイエロー。

『そうよ…イエロー、皆に見られているという中で気持ちが昂るのはおかしいことじゃないの。でも…何でもかんでも脱いでいる今のままじゃはいつか限界がくるわ…!』

「? 今の…ままでは?」

『そう…あなたはきっと今の快感じゃ満足できなくなってしまう…マンネリ化が必ず起こるわ!!』

「―――!?」

それはヒーローにも繋がる事だった。

毎週毎週同じピンチ、同じ展開、同じ必殺技…お約束と言ってしまえば聞こえはいいが、視聴者もいつかは飽きが来てしまう。だからヒーローはあらゆるシチュエーションで戦ったり、普段は組まない面子で戦ったり、発想を転換させてピンチを切り抜けたり…とマンネリ展開を打破している。

脱衣にも同じことが言えてしまう。確かに目覚めたばかりの今はそれでいいかもしれない。

でも人とは慣れてしまう生き物だ。いつかはその快感が普通に思え、更なる快感を…。永遠に終わらないイタチごっこの始まりだ。

『じゃあ話を変えるわね。ファイヤーのアーマーが砕けて、素肌を見せるのは何時か分かる?』

「…自分よりも強敵や格上の相手としか…」

『そうよ、ファイヤーは限られた状況下でしか脱衣を行わない…! 何故だか分かる!?』

「それは…」

『タイミング、シチュエーション…本当に脱ぐべきタイミングをファイヤーは見極めている…! 全てが重なり合ったシチュエーションで最大限の効果を発揮する時にしか、ファイヤーは脱衣を行わないのよ!!』

「な、何ですって!!」

ああ畜生。通信先の相手にロケットパンチを飛ばして黙らせる方法はないのだろうか?

『ファイヤーは強敵と戦って、勝利を掴むという最大のシチュエーションでしか脱がない…何故なら、本当においしい瞬間を知っているからよ!』

「―――!!」

そう、アニメでの燃える展開と同じだ。その瞬間に行う行動や仕草は、ここぞという時に輝く。最大の山場で見せる演出なんかは特に視聴者を釘付けにする。

痴漢も同じだ。数々のシチュエーションが重なることで通常のプレイとは違った快楽を得ることが出来る。

『ここまで言えば分かるわよね…? あなたはいつか何でもかんでも脱ぐスタイルでは満足できなくなる…でも、ここぞという時にまで我慢し、最高のタイミングで行ったとき!』

「行ったとき…?」

『あなたは、味わったことのない快楽と共に、ヒーローになれるわ…!』

こんな間抜けな説得、聞いたことない。イエローは真剣な表情で聞いているのが居た堪れない。

『それと…ファイヤーはね、少し不器用な所があるの…今日みたいにね…。だからあなたが後ろで支えて上げて…! ファイヤーの拳とあなたの銃撃が合わされば、敵はいないわ!!』

「!!」

『そして、あなたの必殺キックは最後の切り札として取っておくべきよ! 普段は隠して、ここ一番でとっておきを見せるのも、燃えるシチュエーションの一つ! じゃあ健闘を祈るわ!!』

レイチェルはさりげなく、砲撃なのに接近戦ばかりするイエローをフォローするような発言を残して、通信を切った。…それが出来るんだったら、前半戦ももう少しまともな説得が出来たんじゃないだろうか?

「お姉さま…」

するとイエローは申し訳なさそうな顔をしながら、こちらを見てきた。

「レイチェルお姉さまの言う通りですわ…お決まりのパターンは、いつか飽きられてしまう…そのようなことにならないように、お姉さま方は気を遣ってくださったのに…私が、私の配慮が足りないばかりに…!」

「え、いや…そういうことじゃ…!」

「いえ、何もおっしゃらなくてもよろしいのです! 私は、私は…!」

するとイエローは突然立ち上がったかと、パピヨンギルディ目がけて駆け出した。

そして俺は即座にレイチェルへと通信を繋げた。

『なぁに?』

「なあに? じゃねえ! お前、本当にいい加減にしろよ!!」

『…でも、大体あっていたでしょ!?』

「お前さ、辞書で一回大体って意味、調べてみろ。かすりもしてねえぞ…」

レイチェルの妙な説得は自分もどこか納得しかけてしまったが、待て待てと踏みとどまった。

嘘を言っているんじゃなくて、事実を膨らませている分、レイチェルは性質が悪い。

『…でも、これでむやみやたらに脱ぐことは防げたと思うわ。大事なのはシチュエーションとタイミングだって説明したし、これで脱ぐ頻度が下がればいいんだけど…』

「だと、いいんだけどな…」

レイチェルが行った説得は、果たして効果を発揮してくれるのだろうか? …してくれたらいいんだけどな。

 

 

 

 

 

 

「はあああああああああああああ!!」

「あら~脱ぐツインテイルズさん、もうお話はいいのですか~」

飲むヨーグルト的な謎の呼称を付けられたイエローは駆けだしながら、自分が脱ぎ捨てたアーマーに意識を集中させた。イメージするのは、脱衣した服をもう一度着る感覚。露出の時、ばれそうな瞬間にトレンチコートを着るように…。

「戻って来て下さいまし…着衣(プット・オン)!」

すると木陰に隠していたアーマーが数度動き、独りでにイエローの元へと戻っていく。そして腕に、足に、胸に…バラバラだったアーマーはイエローの身体に再び装備される。

「あらあら~」

その光景にパピヨンギルディは落ち着いて指を鳴らすと、戦闘員がぞろぞろと集結し、イエローを止めようと一斉に襲い掛かってくる。

「一斉解放ですわー!」

するとイエローは素早く肩アーマーだけをパージさせ、イエローの左右にいる戦闘員へと当てる。そしてパージしたアーマーにあるバルカンが時間差で解き放たれ、辺り一面に弾丸の雨を降らせる。

「!」

戦闘員が怯んだその隙に銃を展開、まるでグルグルと踊るかのように回転し、銃を乱射し始めた。四方八方に乱れ飛ぶ銃弾を戦闘員や銅板、パピヨンギルディをまとめて叩き込む。さらに追加分だとばかりにレールガンとニードルガンも追加される。

「乱れ撃ちますわぁ―――!!」

それは大変ロマンあふれる光景だったが、見境のない全力砲撃に、俺やレッド、ブルーなど関係のない面子まで弾丸が降り注ぐ。

「あっぶ、危ない!!」

「だあああああ、脱がないと思ったらこれかぁ!」

剣で飛んできた弾丸を叩き斬るレッドと叩き落とすファイヤー。いつの間にか集まっていた後ろのギャラリーにまで攻撃が及ばないように何とか被害を食い止めようと頑張っていた。

「もう、もう……私はむやみやたらに脱ぎませんわ…でも、でも…! この火照った身体は誰にも止められませんわ―――!!」

肩アーマーを戻したイエローはトリガーハッピーに目覚めてしまったのか、フィギュアスケート選手みたいに回転しながら弾丸を放つため、ねずみ花火が爆発したかのような悲惨な状況になっていた。あははと笑いながら、銃を撃っていた。

レッドとファイヤーは飛んでくる弾丸を叩き落とすことで精一杯だ。手が空いている奴といえば…。

「ブルー!」

「頼む! イエローを止めてくれぇ!!」

「…属性玉―――学校水着属性(スクールスイム)!」

するとブルーは砂の中に潜って、弾幕を回避する行動に映った。

「おお…!」

リヴァイアギルディ戦で見せた戦法にファイヤーは期待したが、いつまでたってもブルーは砂の中から現れない。ビーチには、イエローの笑い声とパピヨンギルディの悲鳴だけが聞こえる。

で、つまり――このことから分かることといえば…。

「に、逃げやがった…!」

レッドは信じたくない残酷な現実をようやく悟ったのか、愕然とした顔になった。俺も同じような顔になった。

「さあ、いきますわよ…!」

イエローは回転を辞め、ツインテールを砂浜へと突き刺し、必殺技の体勢に入る。

ガシャン! 肩、背中、足元…イエローの全身にある、ありとあらゆる砲門が開き、パピヨンギルディを捕える。

発動するのは、クラーケギルディ戦に使ったキックではない。最初の戦闘で、ファイヤーと共に放った…テイルファイヤーとの連結技を一人で発動させようとしているのだ。そして、ピピッと全砲門をパピヨンギルディへとロックオンする。

「…! ジェネレイト!フル!! バーストォ!!!」

全身の砲門が一斉に火を噴いた。レールガンが、ビームが、ミサイルやバルカンが一斉にパピヨンギルディ目がけて打ち込まれる。

「あ~、そういえば戦力の把握が目的でした~、いや~ダークグラスパー様に怒られちゃいますね~」

全身を撃たれたパピヨンギルディは呑気な遺言と共に爆発四散した。最初に使った必殺技を、しかも一人で放つという燃える展開なのだが、どうもこれに燃えてはいけない気がする。

「き、気持ち…いいですわ………!」

するとイエローは顔を真っ赤にして、さっき纏ったばかりのアーマーをどんどん脱ぎ捨てていく。身体からは湯気が立ち上っており、火照っていることが一目でわかった。

「な…あ、あ…!」

唖然とするファイヤーにイエローは振り向くと、とてもいい笑顔をしていた。

「お姉さま…私が脱ぐべきタイミングが分かりましたわ…! それは敵を倒した時に脱ぐという、トドメ演出ですわ…!!」

そうやら俺たちの説得を歪んだ解釈で理解してしまったらしくて。結局は脱ぐという行為は止められないらしくて。

イエローは涎が滲んだ唇からうふふと喜びの声を漏らすと、だんだんと大きくなって、その笑い声はハワイのビーチ中にこだました。…こっちの方がホラー映画みたいだ。

「どうすんだこれ…?」

『…とりあえず、長い目で見て、少しずつ直していきましょう…』

まるで喫煙者の煙草を辞めさせるために家族一丸で協力する話みたいだ。

「出来るのかなぁ…?」

『頑張りましょうよ…』

「あはははははははは何かいい感じですわ―――!!」

イエローの笑い声を聞きながら、レッドとファイヤー、レイチェルは同じ確信を抱いていた。明日のニュースは、絶対に見てはいけないと。

 




イエロー「戦闘中は脱ぐのを控えますが…トドメをさしたのならば、脱いでも構いませんよね!?」
ファイヤー&レイチェル「違う、そうじゃない」
結局、イエローは脱衣から逃げることはできない…!
では次回もお楽しみに!!

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