俺、ツインテールになります。 The Another Red Hero   作:IMBEL

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第42話 宴とツインテール

「この、バカッ!!」

「痛ってえええ!?」

夕食時、俺は今日の昼にあった出来事をレイチェルに話すと、怒りの形相と共にスプーンを顔面に投げつけられた。

そしてキレ顔で詰め寄られると、今まで見たこともないような恐ろしい顔で俺の胸元を掴まれ、床に叩きつけられた。

「あんたが自分でトラブルの種を撒いて、どーするのよ!!」

「そりゃ…そうだけどさぁ!! あれは半分事故みたいなものだったし、仕方ないだろ!!」

「ばれにくくするために直接装備しないタイプのベルトにしたのに…この、バカ、バカ!!」

「ぎゃああああああああ!?」

落ちていたスプーンを拾うと、今度はスプーンを鈍器代わりにして、光太郎の頭へと振り落とす。小刻みに揺れるスプーンが地味に痛い。

「しっかりと隠しておかないと意味ないでしょ!?」

「だ、だからごめんって…!」

「あたしに謝ったって意味ないでしょ!」

レイチェルが開発したテイルドライバーは、トゥアールが開発したテイルブレスとは違い、常に身に着けていなくてもいいタイプの変身アイテムだ。サイズも比較的小柄な為、通学カバンにも隠しやすいアイテムになっている。

…が、その『隠しやすさ』を念頭に置いている為か、ベルト事態に認識攪乱装置を搭載していないのだ。ギアの性能を極限まで引き出す為に、無駄な所はとことんそぎ落としているらしい。

元々、あのベルトは常日頃身に着ける訳でもないので、しっかりと隠していれさえすれば問題はなかったのだろうが…あの時、つい光太郎は隠すことを怠ってしまった。そのせいでカバンからこぼれた時に、慧理那に見られるといったことが起きてしまったのだ。

「…で? その子に頼まれちゃった訳? ベルト作ってくれって」

「うん」

「何で断られないのかしらね、あんたは? NOと言えない日本人だから?」

「しょうがねえだろぉ! あんな凄いツインテールに迫られたら…」

「…あんたツインテールだったら、ゴリラにでもお願いを聞くのかしら…?」

レイチェルは呆れた顔で俺を見つめると、ふうっと小馬鹿にしたようにため息をついた。というか、こんな小さな女の子に罵られたり、暴力を振るわれる俺って…。

そしてレイチェルはしばらく考えると、仕方ないわねとだけ呟いて、メモ帳に何かを書き始めた。

「…分かったわよ。正体がばれるにしろばれないにしろ…このままじゃ都合が悪くなる一方ね。未然に防ぐために仕事は引き受けるわ」

「!」

「幸いにもばれたのは学校の生徒会長で、あんたとはそれほど接点はない子みたいだし…対策次第ではいくらでもカバーは可能よ。あんた友達少なくてよかったわね~」

「…うるせぇよ」

意外だった。てっきり俺だけで何とかしろと言われるのかと思ったのに。

「ベルトの外装だけなら予備パーツで何とかなるし…後は電機部品や流用で問題ないわね」

「玩具にわざわざ予備パーツ使うのかよ」

「あたしに手抜き工事やれっていうの!? 頼まれたからには限りなくオリジナルへ近づけさせるわ!!」

「…分かったよ、お前の好きにやってくれ」

レイチェルはとんでもない! といった表情で湯呑みを振りかぶる体勢をするが、俺のリアクションでそれをテーブルの上へと戻した。

どうやら、レイチェルは玩具制作にも己の本気を出すらしい。科学者って皆そういう所があるのかな?

そしてどこから取りだしたのか、空いている手で小型レンチをバトンのようにクルクルと弄びながら、更にペンを走らせる。

「勿論、道楽や正体バレ対策の為だけに作るつもりはないわ。これを機にテイルドライバーの予備パーツも作っておきたいの。この間の修復で、だいぶストックしていたパーツを消耗しちゃったから、それの補充も兼ねて引き受けるって訳よ」

「…玩具に使うパーツがギアに使えんのか?」

「あら、使えるわよ。属性力なんかのオーバーテクノロジーを除けば、テイルギアって掃除機や冷蔵庫なんかの電化製品とそんなに変わんないんだから。この世界にある電機部品からパーツの制作は十分に可能よ」

疑いのまなざしを向けるが、レイチェルはあっけからんと言った為、ここは信じるしかないだろう。

ヒーローの変身アイテムを家電量販店にある商品と同じ括りにするのはどうかと思うのだが…。

するとようやくメモを書き終えたのか、レイチェルはまたもやメモ帳を俺へと投げつける。

俺はそれをしっかりとキャッチして内容を見てみると、何やら電機パーツの必要な量などが事細かに書かれていた。

「じゃ、善は急げよ。今から秋葉原に行って、このメモに書いたパーツ類全部買ってきて」

「…今からか!? もう8時回っているんだぞ!?」

壁掛け時計を指さしながら俺は叫ぶが、レイチェルはだからどうした? といった顔だ。

「あんたが捲いた種なんだから、あんたで責任取んなさい! あたしが作るんだから、あんたが材料くらい買いなさい! それがあんたの仕事よ!!」

「しかもこれ…何だよ? 電気コードとかスイッチとか、充電用クリップとか…」

理系教科はそこそこ得意でも自分には専門外の世界の用語にちんぷんかんぷんな俺。

恥ずかしい話だけど、俺は小中と電池や配線を使った電気実験は全部友達に丸投げしていたんだぜ? こんな物分かる訳が…。

「分かんなかったらあたしに連絡しなさい! さあ早く行くのよ、ハリーハリー!!」

光太郎は急かされるように靴を履いて秋葉原に転送しようとするが、レイチェルにちょっと待ってと呼び止められた。

「そういえばベルトを欲しがっている生徒会長のその…詳しい情報は分かる?」

「…何で?」

「ベルトの腰回り。あんまりその子が大きいのなら、それ用に調節しなきゃいけないもの」

「あー、そうか…」

確かにベルトの大きさは重要だ。サイズが違えばきちんと腰に巻きつけることができなくなってしまうものな。

「…背丈はそんなに大きくなかったかな…? …うん、確かそうだ。背はお前より少し大きいくらいだったよ」

「…そう、分かったわ。じゃあ腰回りはそう設計するわ」

そうレイチェルは返すと、転送用のプログラムを立ち上げる。

「じゃ、さっさと帰って来てね。転送!」

「はいはい…」

せめて日が変わるころまでに帰ってきたいなと思いながら、俺は光の渦に飲まれていくのだった。

 

 

 

 

 

 

その頃、アルティメギルの秘密基地では、この基地にいる全員がホールへと集合していた。彼らには断る権限はない、何故ならこの集合はダークグラスパーによる強制命令なのだから。末端の戦士たちには断る権限なんて存在しない。

「…俺、帰りてぇ」

「本当に帰ったら、何されるか分かんねえぞ…」

「殺されてしまうかもしれねえな…」

ホールに集まっている一同の顔は暗い。

当然だろう、前回あれだけダークグラスパーの機嫌を損ねてしまったのだから。何をされるか分かったものではない為、皆戦々恐々といった様子でホールを見渡す。

ホールには結婚式に使うような大型の丸テーブルがいくつも置かれており、各エレメリアンのネームプレートが置かれていた。

「…ここに座れってことなのか?」

「多分そうじゃねえのか?」

「爆弾とか仕掛けられていない?」

周りに何かトラップや仕掛けが無いか用心深く注意しながら、自分のネームプレートが置かれた席へと着くエレメリアン。

ダークグラスパーからの事前の命令は『そこで待っていろ』というものだけであり、不安はますます加速する。

…もしやフェンリルギルディのように何かしらの処罰が執行されてしまうのでは? と一同がいらぬ妄想をしたその時だった。

「待たせたな」

ガチャリと正面の入り口が開かれ、ダークグラスパーがガラガラと大きな滑車を押しながら入ってきた。滑車の上には箱状の何かが山積みになっているが、残念ながらその上から黒色の布をかけられているせいで中身は見ることが出来ない。

「まぁ皆の者、肩の力を抜くのじゃ」

「「「…………………」」」

そうは言っても、座っているエレメリアン一同はガチガチに緊張してしまっている。ダークグラスパーは平然としているが、それが余計に恐怖となる。この間、アドレスの催促をされたことが未だにトラウマになっているエレメリアンも多いからだ。

が、ダークグラスパーは弾むような声と共に、皆が想像している事とは真逆のことを言い始めた。

「皆、わらわの着任、思うところはあるはずじゃ。不服と思っている者が多いのも重々承知。…故に、今日は腹を割り、ここで結団式でも一つ行おうと思ってな」

「け、結団式?」

「そのような御中を我らに?」

ざわざわとざわめきが大きくなっていき、満足そうにダークグラスパーの顔に笑顔が浮かぶ。

「今日は無礼講じゃ! 今日は互いの身分は関係なしに思う存分騒いで、英気を養い、明日からの侵略活動に励んでほしい! わらわのとっておきのコレクションであるエロゲーを皆に一つずつ振る舞うぞ!!」

バサッと滑車にかけられていた布を取ると、そこには多種多様のエロゲーが山のように積まれていた。

「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」」」

闇の処刑人がやることとは思えない、思い切った催しに皆の緊張感が解け始めた。

確かにここ最近の基地内のムードはどんよりしている。ダークグラスパーの就任に始まり、同胞たちが倒されていく現状、雑用係に堕ちたフェンリルギルディなど部隊の空気は決して良いとは言えなかった。

ダークグラスパーはこのどんよりした空気を変え、新たな門出を切ろうとでもしているのだろう。その気の利いた行動に、一同はほっとしていた。

更に自分のコレクションから一人にひとつずつ振る舞うとは、なんという太っ腹なのだ。その中には既に生産中止の物まであり、ダークグラスパーがどれだけこの宴へ心血を注いでいるのかが伺えた。

「ではこれより、名前を呼ばれた奴は前に来るのじゃ! わらわが厳選したエロゲーを振る舞う! では…!」

「は、はい!」

一人、また一人と前に出ては各エレメリアンの好みをピンポイントで突いた、個々が好むエロゲーがダークグラスパーの手から渡されていく。

一体どこからそんな情報を手に入れたのかは分からないが皆、首領直属の戦士という遥か彼方にいる存在が、末端の自分たちのことを気にかけているということがたまらなく嬉しかった。この基地にいるエレメリアンたちにあれだけボロクソに罵ったのに、自らのコレクションを分けてくれるなんて。きっと俺たちのことを認めてくれたのだと、胸を踊らせる。

皆、半年以上早いクリスマスプレゼントの到着に大はしゃぎだ。中にはあれだけ対立していたリヴァイアギルディとクラーケギルディの部下たちが仲良く語り合っている光景も見られた。以前では絶対に考えられなかった行動だ。

彼らからダークグラスパーへの不信感はすっかりと消え失せていた。きっとこの司令官の下でなら、ツインテイルズを互角…いやそれ以上に戦えると、そう思っていた。

個々のテーブルから一斉にノートパソコンがせり上がってくるまでは…。

「「「?」」」

あれ? とテーブルを見た誰もが思った時だった。ダークグラスパーはエロゲーの箱を杯のように掲げ、残酷な言葉をホール中に叫んだ。

「さあ、人数分のPCも用意した! 遠慮はいらぬ、思う存分プレイしてくれ!!」

「「「………え?」」」

空気が、凍った。ホワイトクリスマスのように穏やかだった空気は突如、凍死寸前の北極のような過酷な空気へと早変わりした。エレメリアンたちはさっきまでの喜びや躍らせていた感情が一気に氷点下まで下がる。

確かにエロゲーを貰えたことは嬉しかった。ダークグラスパーが腹を割ってくれたことも嬉しかった。けど、エロゲーという物はそもそも部屋でこっそりと一人でやるものであって、堂々と人前でやるものではないはず。

周りには見知った仲間や上司がいる。こんな環境で、果たして遠慮などしないでプレイが出来るだろうか? …無理だ、普通なら人前でエロゲーなど、絶対に出来ないなどしない。仮に出来てしまったら、そいつは生物として何か大切なものをどこかに置いてきてしまってるはずだ。

ホール内の空気が絶対零度に凍りついたのにも気付かずに、ダークグラスパーの視線は目の前に座っているクマ型エレメリアン、ベアギルディを捉える。

「おい、そこのクマ。わらわの前に座っているのじゃから先陣を切ってみせい」

「い、今この場でやるのでありますかあああああああああああああああああああ!?」

ベアギルディの頭には三日月のエンブレムをあしらわれた武士の兜が装備されており、まさに宴の先陣を切るのにはうってつけの人材かもしれない。

…今から繰り広げられようとしている、魔界の宴には似つかわしいはずなどないが。

ベアギルディはドヤ顔をしながら目の前でPCの設定をしているダークグラスパーが不気味な魔女に見えた。呪いの言葉を吐きながら、毒薬が煮えたぎる大釜をかき混ぜている不気味な魔女に。

「…さあ、お主のエロゲーに最適な設定は済んだぞ?」

「だ、ダークグラスパー様…」

「…分かっておる。わらわの眼鏡は全てを見通すからの。うぬの好みは、結ばれるその瞬間まで一切媚びぬ、病的なまでに加虐志向なヒロインであろう! そのゲームのヒロインは主の好みにあった設定でな、キャラデザが気にくわぬかもしれぬがこれがやる内に味が出てきて…!!」

「「「……………!!」」」

「わ、わ…我がフェイバリットシチュエーションのご唱和、恐悦至極ッッ!!」

ベアギルディは泣きそうな顔でそう叫んだ。というか、半分泣いている。

命を預ける友にすら喋っていない自分の好みやシチュエーションなど、洗いざらい全てをダークグラスパーに言いふらされた。同志たちもこんな状況でそんなこと聞きたくなかったとしょっぱい顔をする。『地獄への道は善意で舗装されている』なんて言葉があるが、まさしくその通りだ。

もはや宴はとっくの昔に公開処刑に変わっている。仲間や少女の前で嬉々としてエロゲーを嗜むには、ベアギルディは早すぎたのかもしれない。…しないほうが正解なのではと思ってはいけない。

「………………………………」

同志たちが見守る中で、インストール作業を強制されるベアギルディ。それが終わるまでの時間が、まるで絞首台に昇るまでの長い階段を思わせる。

そしてインストールが完了した途端、メーカーのロゴが現れ、オープニングが流れ始める。

「さあ、主が好むヒロインはこの子じゃ」

「は、は、はい…!!」

「ほう、泣くほど嬉しいのか。わらわも心血を注いだ甲斐がある」

ベアギルディは血の涙を流しながらダークグラスパーに感謝の言葉を述べたが、残念ながらダークグラスパーにはその涙の意味が分からないらしい。

プレイが始まるも、このエロゲーは濃いキャラデザとバリバリの萌え声で繰り広げられるまさにエロゲー中のエロゲー。皆が見ている中でプレイするものとしてはあまりにも不適切過ぎた。ヘタレ主人公の成長やバトル展開等の熱い要素があるエロゲーの方がまだマシだった。そういう物は大抵、家庭用ゲーム機への移植や小説・漫画とメディア展開しているので、そっち方面だと割り切ることも可能なのだが…。

『あたしの胸に顔をうずめないでくれない!?』

「はぁはぁ…ぐほげほぉ!!」

「下を俯いては駄目じゃあ! このイベントは後の伏線となっていてな…!」

下を俯いてゲームを進行しようとしたベアギルディの頭を掴み、無理矢理画面へと向けるダークグラスパー。ベアギルディの首からゴキゴキと鳴ってはいけない音が聞こえたような気がしたがお構いなしだ。

その光景にベアギルディだけでなく、周りで見守っている仲間たちもあまりの苦行に目を背きたくなる。それはじわじわと精神の一つ一つがすり鉢で擦られるような恐ろしい拷問だった。

「う…うわ…うわああああああああああああああああああああ!!」

遂に耐えられないとベアギルディはたまらず、ctrlキーを秘孔を突くかの勢いで押してしまった。だがあまりに力んだせいか、その一撃はctrlキーを壊すだけに留まらず、PCを内部から破壊してしまった。イベントをスキップする為に押したのに、PCごとゲームを強制終了させてしまった。

「ぬう!?」

「あ…あ…あ…」

そして一撃に全てを賭けたせいか、ベアギルディは吐血し、ばたりと力尽きてしまった。

「ううむ…まだまだこのゲームには驚く展開が多いのだがな…」

ダークグラスパーはベアギルディが倒れたことを悪びもなくそう呟くと、壊れたPCを分解して、ディスクだけを取り出した。

「お、おいベアギルディ!」

「くそ、タンカを持ってこい!」

「分かった!」

「じゃあ俺は救急箱を…」

血を吐いたベアギルディの安否を気遣ったのか、ほぼ全員のエレメリアンたちが立ち上がった。だが、逃げられるとでも思ったのか警告の合図ともいえる鞭が地面を撃つ。反射的に全員の動きが止まった。

「…タンカは要らぬ、そこで寝かせておけ」

「で、ですが…」

「心配なら医者をここに呼ぶのじゃ。今日は無礼講じゃ…宴は始まったばかりじゃぞ…!!」

ここから絶対に逃がさないといった表情で、エレメリアンたちを睨むダークグラスパー。

「さて…次は誰がプレイするのじゃ?」

ふっと目が動いた瞬間、倒れているベアギルディ以外の全員が目線をダークグラスパーに合わせないように背けた。その行動に彼女は不機嫌になるが、それならばといった顔をする。

「…ここは奴を呼ぶか」

そしてダークグラスパーがパチンと指を鳴らすとほぼ同時に、そしてサササッと何かがこちらに近づいてきた。

「お呼びでしょうか、ダークグラスパー様?」

「「「!?!?」」」

ダークグラスパーの前に跪いたのは、首に「雑用係」という札を下げた割烹着姿のフェンリルギルディだった。よぼよぼのじいさんとは思えない程の身のこなしは、もう雑用の業務に板がついている証拠なのだろうか?

「おおう、早かったのう」

「今日私に与えられた業務は基地全体のダクト掃除です。丁度、このホールのダクトを洗っていたものですから…」

「うむ、早いのは感心じゃ」

「恐縮です」

するとダークグラスパーは空いているPCを起動させ、とある一つのディスクをセットする。その中身は勿論エロゲーだ。

「実はエロゲーを振る舞ってプレイする環境を整えたのに、皆プレイしたがらなくてな? 手本を見せて欲しいのじゃ」

「…かしこまりました」

フェンリルギルディは一瞬だけ顔が強張ったが、承知するとそのまま椅子に座り、ゲームを開始する。そして先ほどと丸っきり同じような状況が始まった。

またあの地獄が繰り返されようとしているのか。

この場にいるエレメリアンたちは、日が変わるまでホールを抜け出せなくなるかもしれないと半ば本気で思い始めた。

 

 

 

 

 

 

秋葉原での買い物は思ったよりも短時間で終わった。少なくとも日が変わるまでに帰ってこれたのは幸運という他ない。

光太郎が訪れたのは単価の安い電気機器を扱う店であり、レイチェルとしょっちゅう連絡を取り合いながら、細かな電子部品を一つ一つ選んでいった。後半あたりになってくると、何がどういった風な原理で動くのか、大まかであるが分かってしまった程だ。ちょっとした良い勉強にもなったかもしれない。

「じゃあ…俺、もう寝るぞ…?」

眠い目を擦りながら、レイチェルを一瞥すると、買ってきたパーツと今あるパーツを細かく分類していた。

そう、買ってきたからおしまいなのではない。ここから組み立てや加工などを行わなければならないのだ。

残念ながらそれは光太郎の管轄外なので、それはレイチェルに丸投げするしかない。

「ええ、これが終わったら直ぐ電気消すから」

「うん、そうしてくれ…じゃあ、おやすみ…」

「おやすみなさい」

ベットに横たわり布団をかぶる光太郎を見ると、レイチェルは再び振り分け作業に戻る。

必要なパーツや加工が必要なパーツなど、袋や付箋などを使いながら事細かに分けること早1時間。もうとっくの昔に光太郎が寝入っている中で、レイチェルはとある重要な障害に悩まされていた。

技術的な問題ではなく、もっと別の問題…設備的な問題についてだ。

「こうして見ると…加工しなきゃ、使えないパーツが多いわね…」

最初はほんの数個位だろうと鷹を括っていたが、改めて所持しているパーツを整理整頓して見ると、きちんとと加工しなければパーツとして使えなかったり、組み込めないものが多い。一応、持ち運んでいる荷物の中には作業用のアームや加工用の工具などが入っている。が、それはあくまで小型化した物ばかりで、大がかりな加工や複雑な加工などには適していない。

テイルドライバーは内部のパーツ取り替えだけで簡単に修理できるようにはしているものの、パーツの加工となってしまうと話が別になってしまう。

「……どうしよう」

パーツはある。だが、それを加工する道具や工房がない。一度、ここに工房を作ってみようとは考えてみたが、この部屋は2階に位置している。トゥアールの所みたいに地下に造る訳にもいかないし、大きめの工具なんかを置いたりしたらそこそこの築年数であるこのアパートの床が抜けてしまうし…。

「あいつに、頼むしかないか…」

しばらく考えてみたが、解決方法は一つしか思い浮かばなかった。

頼めば、あいつは快く許可してくれるだろう。だが…やはりなるべくはその手段は取りたくはなかった。

身の危険も無くは無いし…なによりも、自分の精神状にも取りたくはない。

だけど、やるしかない。パーツの加工はここよりも設備が整っている、あいつの基地にある研究室を借りるしかない。

「やらなきゃ、駄目ってことよね…」

光太郎がやらかした一件に急かされたみたいな所はあるが、遅かれ早かれこれは確実にぶち当たる問題。だったら、それはなるべく早いうちに解決してしまった方がいい。

「よし…! やるか…!!」

レイチェルはそう自分に鞭打つと、その目的の人物に連絡を始める。通信履歴に残っている、あいつの連絡先に。

『はい!』

ワンコール目ですぐ繋がった。

「…あ、起きてた?」

『ええ、ええ! 起きてますよ!! レイチェルからの連絡ならば、いつだってワンコール目で出てみますから!』

「………………………うん、ありがとう」

つい最近、似たようなことを言った奴がいたような? という既視感(デジャブ)を感じる。何故か眼鏡をかけた黒色ストーカー女がレイチェルの脳裏をよぎる。

『それでそ、れ、で! レイチェルはこの私、トゥアールにどういった用があって連絡したのですか!? もしかして…』

「デートのお誘いではないわね、残念ながら」

『ああん…』

そんな声を出すトゥアールにイラっと来たが、これがトゥアールの平常運転だったなと思い、心を落ち着かせる。

「あんたのとこの研究室、ちょっとの間だけ貸してほしいのよ。あたしん所じゃ、大掛かりなパーツの加工なんてできないから…」

『ええ、ええ! そんなことなら、全然構いませんよ~!!』

レイチェルの覚悟とは裏腹に異様なテンションの高さでそう言うトゥアール。時刻も深夜だし、変なテンションに入っているのかもしれない。

「…ありがとうね、トゥアール」

『いいですよぉ、いいですよぉ!! だって、私たち、親友じゃないですか!!』

「…親友、ね」

その言葉にレイチェルの顔が自然と強張ってしまう。画面の向こう側にいるトゥアールの笑みとはまるで対照的だ。

『はい! 何時だって私たちし』

「!」

プツン! レイチェルは何故か通信を強制終了させてしまった。…気がつくと、掌や背中には嫌な汗がべっとりと滲み出ていた。

「親友…」

狂おしいにまでに動機は早くなってくる。

トゥアールのあの笑みが、とてつもなく恐ろしく見えてしまった。邪な目的などない、ただ普通の笑みなのに、まるで自分を責めているかのように感じてしまった。

「…………………!」

レイチェルはギリッと歯を食いしばると、力任せにパソコンの蓋を閉めて、電気を消した。

そして布団を頭からかぶり、目を閉じた。ほんの僅かでも現実を忘れ、夢という優しい嘘で作られた世界へと逃避するために。

 

 

 

 

 

 

そして深夜をとっくに周り、早朝と呼べる時刻になった頃、アルティメギル基地ではまだフェンリルギルディによる公開エロゲープレイが繰り広げられていた。もう朝日が昇る時刻になっていても、宴と称した拷問は続いていた。

「ほう! そこでそう選ぶのか!!」

「ええ」

「ほほう…わらわがプレイした時は、そこはそうではなくな…」

時折ダークグラスパーの実況が入るそれは、完全に動画サイトなどにアップされている実況プレイと化している。

だがダークグラスパーは気づいていない。フェンリルギルディはさっきから短い言葉でのやりとりをしていないことを。時々、片手をテーブルの下へと引っ込めて、血が出るのでは云わんばかりに拳をグーにしていることを。彼はこの状況を決して喜んでなどいないということを。

(((………………あああ)))

それを見てしまったエレメリアンたちはもう見ていられないといった顔をしながら、フェンリルギルディに同情のまなざしを送る。そしてこの針のむしろのような拷問をいつまで見届けなければならないのか、という苦しみが混じった表情をする。

そしてそんな時間が一体どれだけ経ったのか、遂にご褒美のシーンがやってきた。

画面上ではヒロインが眉をあげ、不機嫌そうにしながらも服を脱いでいくイラストが展開される。

やれやれ…ようやくこの時が来たかと、皆は胸を撫で下ろした。

このエロゲーは会話が無駄に多いだけでなく、その展開も非常にスローだ。このシーンに入るまで、一体何時間耐え続けなければならなかったのだろうか。

それにもう少ししたらこの拷問も終わる。もう少ししたら、朝の業務が開始される時刻になって、この場から逃げられるからだ。…ゴールは直ぐそこだ、誰もがそう思った時だった。

しかし、次のイラストに変わった瞬間、メッセージウィンドウに表示されたのは、再生されているボイスとはかけ離れた、アルファベットの羅列だった。

「おっと、誤字かと思えば。不思議じゃのう、こんな所にわらわのアドレスが表示されておる」

「「「!!!」」」

盛り上がりを見せるイベントシーンで、痛恨すぎるバグ。というか、こんなバグがあったら、ネット炎上どころの騒ぎじゃなくなる。メーカーに殴り込みをかけられてもおかしくない程の度し難きバグだった。

考えたくないが、ダークグラスパーはこの一文を変えるためにプログラムごと書き換えたのだろう。

そんなダークグラスパーは一切合切の罪悪感もなく、フェンリルギルディの肩を叩いた。

「実に不思議じゃのう」

「ははは、そうですね」

しかもヒロインの大事な部分が隠れているはずのモザイクが、何故かQRコードに変わっていた。皆それがどうしても気になったが、絶対にツッコまねえぞという顔をする。

「ここのモザイク部分がQRコードになっているであろう? これを読み取ればわらわのアドレスが登録される仕組みになっていてな…」

「「「!?!?!?」」」

「ははは、なるほど」

まさかパートナーであるメガ・ネが『友達が出来るように』と作ったQRコードが、こんな所に使われているとはメガ・ネ自身も想像していないに違いない。QRコードの本来の使い方を完全無視したそれは、数百年先でも通じないであろう最先端のファッション過ぎた。

「さてこれで気兼ねなく登録が…と、主はわらわとアドレス交換をしておったな…」

「「「!」」」

まずい、矛先がこっちへと来る! 誰もがそう思ったとき、遂に救世主は降臨した。

『おはようお兄ちゃん!朝だよ! 今日も一日、頑張ろうね!! 早く起きてよぉ、早く早く!!』

「「「!!!」」」

基地全体に流れたモーニングコールは、エロゲーの初回特典についてきた目覚ましボイスだ。

起床の合図が鳴った、ということは今日の業務が始まったのだ。戦士たちの自由時間は終わり、今から仕事を始めなければならない。

「さて、わらわとアドレス交換タイムと…」

ダークグラスパーが振り返ると、そこには誰もいなかった。仕事の始まりの合図を受け、ほとんどのエレメリアンが逃げ去ったのだ。この場に残っているのはフェンリルギルディと彼女だけであった。

「…………………」

「では、私も失礼します。仕事が始まるので…」

そんなフェンリルギルディも一礼をすると、倒れているベアギルディを背中に背負いながら、ホールを後にした。

…ちなみに今日、このホールで繰り広げられた宴でエレメリアンたちは基地設立以来、初めて争いのない瞬間を、そして皆の考えが完全に一致するといった奇跡が起きた。奇しくもこれを通したことでエレメリアンたちの団結は高まったのだ。

そして余談になるが、数日に渡ってフェンリルギルディと思われる狼の泣き声が格納庫から聞こえてくるという現象が起こる。…彼のプライドはまたもやズタズタにされたのだった。




原作でここを読んだとき、「ラノベってここまでするんだ…」と驚愕してしまいましたが、原作最新刊まで読んでしまった今となっては「こんなのまだまだ序の口じゃん!」って断言できてしまうから恐ろしいです。
…では、ここら辺で恒例の嘘? 予告でもやりましょうか!


※この予告は“例のあの声”と”あのBGM”で再生してください。

次回予告

君達に最新情報を公開しよう!

遂に明かされるトゥアールとレイチェルの過去!

何故レイチェルはトゥアールを避けるのか? そして過去に何があったのか?

それは彼女の大人びた性格と幼さが入り混じった、トゥアールに対しての複雑な感情があった…!

The Another Red Hero ネクスト!『過去からの声!』

次回も、このチャンネルでファイナルフュージョン承認!!!

これが勝利の鍵だ!! 【レイチェルのスケッチブック】

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