俺、ツインテールになります。 The Another Red Hero   作:IMBEL

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皆さんはロボットや戦闘機の出撃シーンでどれがお気に入りですか?
IMBELは特撮限定で言うと「ウルトラマンネクサス」、アニメ限定で言うと「マクロスプラス」が大好きです。


第44話 誕生とツインテール

そして部室内にいる全員が、トゥアールさんが部室から消えてしまったことにようやく気付いたのはそれからしばらくしてからだった。

「あいつ、どこに消えちゃったのかしら。そーじ、知らない?」

「俺も知らないからこうして困っているんだろ…」

残されたのは彼女が愛用しているノートパソコンだけで、他には一切の痕跡がない。何か書き置きでもないものかと全員で部室中を探しているものの、それらしきものすら残っていなかった。

(部室から出ていったのなら、誰かが絶対に気付くはずなんだけどな…)

俺は長テーブル付近を懸命に探しながらも、別の考えの方に意識が向いていた。そう、彼女がどうやって部室から出ていったか、ということだ。

出入り口は一つだけ、しかもその付近には人が密集していた。普通、あそこから出入りしたのならば誰か一人くらいは気づいてもいいはずなのだが…。

窓から出入りしたという考えもなくはないが、外はあいにくの雨。こんな天候でわざわざ窓からの脱出を行おうとする方がおかしいだろう。

(ま、俺の腕にあるテイルリストみたいに瞬間移動や転送が出来るんなら話は別だけど…)

だがそれはあまりにもありえない話だ。いくら彼女が天才だからって、属性力といったオーバーテクノロジーを開発できるとは思っていない。

あれが出来るのはレイチェルやツインテイルズの面々しか所持していない技術なんだから。こんな高校のクラスメイトが持っている技術ではないだろう。

「丹羽君…ちょっといいですか?」

「?」

ちょいちょいと指でつつかれ、振り向くと後ろに慧理那会長が立っていた。教室の端では尊先生がどうにか総二に婚姻届を渡そうとあれこれやっており、まるで詐欺師が一般人を騙そうとしているみたいだった。…毎度のことながら、あれにつきあう愛香さんも大変そうだ。

「あ、あの…例の件のことなのですが……」

「…ああ」

会長がなんとなく言いたいことは分かったので、俺はパクパクと金魚みたいに声を発せずに「ベ、ル、ト」とだけ口を動かすと、慧理那会長はそのとおりとばかりに首を縦に振った。

「! ええ、それなのですが…どうでしたか?」

不安そうな口調の会長の姿は、まるで迷子になった幼子のようであり、こんな姿の会長もギャップがあって可愛いかな? と思ってしまったが、可哀そうなので早く真実を教えてあげる。

「とりあえず…大丈夫です。作ってくれるとのことです」

「! そ、それは本当ですの!?」

キラキラと目を輝かせて迫ってくる会長は、まるでプロ野球のホームランボールに憧れる野球少年のような瞳だった。よほど、レイチェルがベルトを作ってくれることが嬉しいのだろう。

「ええ。時間はかかるみたいですが、とりあえず完成させるとあいつも言っていました。材料や機材はあっちで準備するとのことでして…会長はベルトが完成するのを待っているだけでいいと」

「…そんな。遠慮しなくてもよろしいのに」

「い、いえ。材料や作り方も、あいつはもの凄くこだわるので…全部こっち任せでやりたいとのことでして」

「はぁ…そこまでこだわりがあるのですか」

「手抜き工事は出来ないって言っていましたし、誰かに手伝わせるのも嫌みたいなんですよ。頑固っていうのか…職人気質というのか…」

流石に本物のテイルドライバーのパーツを流用する以上、下手に会長に介入されるとそこから俺の正体がばれかねない。

そこまで本気出さなくてもいいのに、レイチェルは変な所で職人気質というか、頑固というのか…。インテリって全員あんな感じなのだろうか?

会長はどこか不服そうではあったが、ベルト制作者の並々ならぬこだわりを感じたせいか、それ以上踏み込んではこなかった。

「……………あの、一つ聞いていいですか?」

「?」

ここで俺は会長にとある質問をぶつけてみた。というのも、どうしても気になることがあるからだ。

「会長は総二や愛香さんとはどうやって親しくなったんですか?」

それは俺がベルト云々よりも疑問に思っている事だった。学年が違えば身分も違う。接点なってほとんどないはずの総二たちがどうして慧理那会長と親しくしているのか…それがずっと気になっていた。

「それは勿論、私たちがツイン…!」

すると会長はハッと何かを思い出したかのように言葉を切って、口を閉ざしてしまった。

「…ツイン?」

「! い、いえ! 何でも無いのです…」

俺の怪訝そうな態度に驚いたのか、会長は数歩下がった。

と、その時、コツンと会長の手が机の上に放置されているトゥアールさんのパソコンのマウスに当ってしまった。その途端、黙りこくっていたパソコンがうねりをあげて動き出す。

スリープ機能が解除されてしまったのだろう。パソコンが息を吹き返したのを会長はビックリした様子でそれを見ていた。…何故かその顔も赤かった。

「あー…、あんまり気にしない方がいいと思いますよ」

俺は頭をかきながら、会長をフォローする。きっと会長は他人のパソコンを勝手に動かしてしまったことに罪悪感を感じているのだろう。でもあくまでもそれは事故。ばれないようにもう一度スリープにしておけば、事件はなかったことに…。

だが、俺はここでうっかり近づいて、トゥアールさんのパソコン画面を見てしまったのがまずかった。

「い…!?」

その瞬間、俺の頭は混乱した。そして、会長がどうして顔を真っ赤にしてパソコンを見ていたのかも理解できた。

「…これ、その…ええ!?」

「こ、こんな破廉恥な…!」

何故なら、パソコンの画面には…トゥアールさん似の少女が淫らな格好で映っていたのだから。…俗にいう『エロゲー』なるものがそこには映し出されていた。

 

 

 

 

 

 

レイチェルとトゥアールの日常が変わったのは、スケッチブックのイラストを見られてから数か月後のことだった。

確かあれはトゥアールとカラオケに行って、その帰りに危うく『ラブから始まってルで終わる所』に連れ込まされかけた翌日のことだった。2人はその日は珍しく仕事場に早く来たのだが、そこでトゥアール宛に謎の封書が送られていることに気付いた。

「宛先は…書いてありませんね」

「ラブレターか何かなのかしら?」

「幼女のだったら万事OKなんですがね!」

「…警察行こうか?」

相方の相変わらずさに流れるように携帯を取り出したレイチェルであったが、もうそのことをツッコむ人間は残念ながらこの研究所にはいない。

「ええと、これは?」

「宝石…かしら?」

封筒から出てきたのは、2つの宝玉と一枚のディスクだった。ころん、と宝玉が机の上を転がる。

「わあ! こういうの欲しかったんですよね!」

「ちょっと! 悪戯かもしれないんだから、軽々しく持たないでよ!!」

「でも凄く綺麗じゃないですか!?」

転がり落ちた宝玉の一つをさっと拾い上げ、見せびらかしてくるトゥアールを注意しながらレイチェルは封筒を拾い上げてまじまじと観察する。

「…住所も名前も何も書いていない…書いてあるのは『世界一のツインテールの持ち主、トゥアールさんへ』だけか」

どうやらこの封筒は直接ポストへ入れられたらしい。オシャレなやり方かもしれないが、無難で少し臆病さが滲み出てくる感じがする。

念には念をと指紋なども調べてみたが、自分たち以外の諮問は検出されなかった。封筒を閉じるテープの裏側からも指紋は検出されなかった。…単なる悪戯にしては手が込み過ぎている。

「これ見てくださーい! 何かプレゼントが入っていましてね!!」

「トゥアールちゃん、それ何?」

「へえ、宝石かぁ…」

トゥアールは一人はしゃぎながら研究所中を走り回っている中、レイチェルは入っていたディスクをパソコンに差し込み、読み取らせた。

やがてレイチェルのパソコンには膨大なデータが現れる。そのデータの中身は、例の宝玉のデータが収められていた。

レイチェルはキーを操作し、次から次へとデータを切り替えていく。そしてその度にぞわぞわとうずく感覚がしてくる。

「何、これ?」

属性玉(エレメーラオーブ)――その単語が、画面の中で光り輝いていた。その形は封筒に入っていた例の宝玉に似ている。そしてその宝玉に示された属性は「ツインテール属性」だった。

「…ツインテール、ね」

確かトゥアールの髪型の名前だったかしら、とふと思った。でも名前はどうでもいい。問題はこの宝玉に込められた恐ろしいほどのエネルギーだった。

それは現在、レイチェルが確認できるどのエネルギーよりも出力が上であり、これ一つでエネルギー問題を解決できる程であった。そしてこの宝玉で、今まで頓挫していた数多くの研究が進歩し、人類を新たな境地へと誘うことが出来るほどのものだった。

「―――!」

レイチェルは途端に封筒の持ち主に接触したくなった。これを何処で見つけ、そしてどうやって手に入れたのか――それを聞きたくなった。

そしてそのディスクにはまだおまけがあった。それは近い将来、この星に悪しき侵略者が訪れる。その2つの属性玉(エレメーラオーブ)を使って何か兵器を作ってくれないかというメッセージだった。属性玉と君たちの持っている科学力を組み合わせれば、必ずや侵略者を倒せるはずだ、と。

『頼んだぞ、ツインテールを愛する女子よ…』

最後にあった声付きのメッセージに色々ツッコミたい欲求に駆られたが、レイチェルは我慢する。

そして無言で手元に残った宝玉の解析を始めると、紛れもなくこれがディスクに示されていた属性玉の内の1つなのだと確信する。

(…まるでアニメみたいね)

どこか怪しいであったが、この封筒の送り主を信じてみたくなった。データだけでなく、実物を送って来るなんて悪戯にしては手が込み過ぎている。…もしかしたら、ディスクに収められた話は全て本当のことなのかもしれない。

侵略者にオーバーテクノロジー…トゥアールが喜びそうなシチュエーションだ。…というか、恥ずかしい話だがレイチェルもどこか胸を踊らせている。

確かにこれがあれば今まで技術的にはOKでも、エネルギーの問題で実現不可能だった数々の兵器が実現可能になる。侵略者の件は話半分に聞いていたが、仮にそいつが現れた時の為に何か武器の一つでも作っておいた方がいいだろう。

(とりあえずはロボット工学の奴らにも話をつけてくるか…それとあいつも捕まえておこ)

それには準備が必要だった。それにはまず、相棒のあいつを捕まえなければ。

…そしてその封筒を受け取ってから1週間後。メッセージの通りに奴らはやってきたのだった。侵略者、アルティメギルが。

 

 

 

 

 

 

「やあっ!!」

「ぬ…ぐううう!!」

それから数週間後、都会のとあるビルの屋上。

そこには青色の鎧を纏い、槍を振り回すツインテール姿のトゥアールとボコボコにやられている怪人の姿があった。その様子は全世界に生中継されており、皆固唾を飲んで見守っている。

槍と怪人がぶつかり合うたびに青色の閃光が走り、怪人にダメージを与えていく。

「オーラピラー!!」

「ぬおっ!!」

そして青色の拘束ビームが怪人を捕えると、トゥアールが持っている槍『ウェイブランス』の切っ先が開き、必殺技の体勢へと入った。

「エグゼキュート! ウェェェェェイブ!!」

「無念だ――――!!」

青色のエネルギーの刃が怪人を貫き、遂に戦いは終わった。そして戦いを見守っていたギャラリーから割れんばかりの喝采が巻き起こる。

「トゥアールお姉さんカッコいい――!!」

「トゥアールさん素敵だ――!!」

人々の声援を受け、トゥアールは変身を解除し、生中継中のカメラに向かって微笑みを返した。

「小さな女の子の皆、私の為に応援してくれて、ありがとうございまーす!! あ、後他の皆も応援ありがとう!」

わあー!という歓声が巻き起こる。…主に語りかけていた対象が幼女という時点で色々とあれなのだが、もう世界中の皆にそれは知れ渡っているので今更それにうるさく言う人はいない。

「今日の夜7時からのテレビには私が出演するので、皆さん見て下さいね! ではまた次回お会いしましょう、とうっ!!」

再度変身すると、トゥアールはビルの立間を横切っていく。その度に人々が眼下で叫ぶ。

「見ろ、あそこ!」

「トゥアールさんだ!!」

その声にトゥアールはひらひらと手を振って答える。そしてとある路地裏に着地すると、そこに待っていた親友と合流する。

「お待たせしました! 最近、妙に怪人の出現ペースが増えてきていて…」

「あんた…また素顔でカメラに映ったのね?」

ジト目でパソコンを閉じ、トゥアールに詰め寄ったのはレイチェルだった。わざわざこんな所で親友のオペレーターなんてしたくないのだが、こうでもしないとトゥアールのファンに追いかけ回される羽目になる。

「え、えへへ…だって可愛い女の子たちはその方が喜んでくれますし…」

「正義の味方が軽々しく顔出ししないでよ!!」

ゲシッとトゥアールの太もも目がけてローキックをかますと、トゥアールはくごもった悲鳴をあげる。

「…何で、正体ばらしちゃったのかしら、あんたは?」

レイチェルは遠い目をしながらトゥアールを見つめる。

そう、あれは侵略者アルティメギルが初めてやってきた時のことだった。

『全てのツインテールを我らの手中に収める!』

開口一番、大声で世迷言を叫びながら現れた侵略者アルティメギル。

あのメッセージはやはり本物だったのだ…レイチェルやトゥアールが集めたメンバーの面々は確信に至った。警察も軍隊もまるであの怪人にはかなわない。ならば…。

『…だったら、私が戦うしかないでしょう! 私のツインテールも奴らの侵略に怒っていますのが聞こえます!!』

そのメッセージを発した人物から託された1つの属性玉(エレメーラオーブ)とレイチェルたちの世界の科学力を結集して出来た兵器――それがテイルギアであった。

『いきますよ…大、変身!!』

そしてそのギアの適合者は、誰よりもツインテールを愛し、そして今もツインテールにしている銀髪の女科学者…トゥアールだった。掛け声や決めポーズを何時の間に考えたのか、ノリノリで初出撃をしていったトゥアール。その銀髪のツインテールもまた、美しく輝いていた。

でもトゥアールが言っていたツインテールの声って何なのだろうか? 変な方向にねじ曲がっている親友の行く先を心配しながらも、事前に対策していたようにレイチェルはトゥアールのオペレーターを担当した。

結果から言えば、トゥアールは初戦を大勝利で飾った。…テイルギアは出そうと思えば100トンちょっとの力が発揮できるようになっているのだから、そりゃ負ける方が難しいのかもしれないのだけれども。

だが、問題はここからだった。

『こんにちは! 私、こういうものでして…』

『あんた何やってんの!?』

近くで戦いの行方を見守っていたテレビ局のカメラにトゥアールは自らの正体をばらしてしまったのだ。目の前で変身を解除し、しっかりとカメラ目線で映って、名刺を渡して。

勿論、このことで世界中が大騒ぎになった。連日連夜、研究所の電話は鳴りっぱなしだったし、レイチェルの自宅にもマスコミたちが押し寄せてくるし…。

まあ、本人曰く『下手に正体を隠すよりは公開して戦う方が、皆を元気づけられる』って言っていたし、それも一理あるとは思うのだが…トゥアールは既に科学者として有名なのに、ヒーローに変身しているというのが騒動に拍車をかけてしまっている。

ばらすのはもう少し日を置いてからでもよかったのでは? …そうレイチェルは思っている。なんたって今やトゥアールは映画女優も顔負けの日々を送っているのだから。

「…ま、あんたも戦いにも慣れてきたようだし、あたしも楽できるってもんよ」

「もう! そんなこと言って…!」

トゥアールは自分のツインテールを弄りながら、レイチェルの隣へと座った。そして路地裏から街の様子を観察する。

「…増えましたね、ツインテールの子達」

「そうね」

そっと街を見渡せば、あっちもツインテールでこっちもツインテールと、見渡す限りのツインテール天国が広がっていた。

「レイチェルはしないんですか? ツインテール!」

「怪人に狙われたくないから、しないわ。あいつらのツインテールにかける思いはあんた以上かもしれないもの」

「もったいない…せっかくきれいな髪をしているのに」

「あたしの勝手でしょ?」

トゥアールは残念そうな顔をしたが、レイチェルは何食わぬ顔をしてトゥアールに手を差し出す。

「…あんたのギア、預かるわ。よこして」

レイチェルはいつも戦闘が終わるたびにテイルギアを預かって、整備をしていた。良く分からないオーバーテクノロジーを扱う以上、戦闘ごとの整備やギアのアップデートはサポート役の大事な役目だった。良く分からない物を分からないままにしておくのは科学者として嫌だったのだ。

「いえいえ、今日の午後はまるまる空いてますから自分で整備しますよ」

「……オフなんだから、休める時に休んどいてよ。それくらいあたしがやるわ」

「えーでも…」

「でももへちまもないわ! さっさとよこして!」

催促するように手を伸ばすと、しぶしぶトゥアールは青色のブレス――テイルギアをレイチェルの掌に乗せる。

「夜までには返せると思うから、それまで休んでおいてよ」

「分かりました! じゃあ…!」

「ただし! 警察のご迷惑にはならないようにしてね。もうあたし嫌よ、あんたの身元引受人になるの」

じゃあね、とだけ言い残すとレイチェルは路地裏を歩き出した。そしてトゥアールが完全に見えなくなる地点まで歩くと、ふうっと盛大なため息をする。

(ツインテールにしないのかって? …余計なお世話よ)

決して親友に漏らさなかった本音を心の中に思い浮かべる。

自分の親友は今や世界中の人々にとって一番の有名人。世界最強クラスのツインテール属性の持ち主であり、世界を守る正義の味方。科学者としても優秀で、取得した特許の数も3桁目に昇ろうとしている超人。

そんな人物の近くにいる自分がツインテールになったことで、周りに何かを言われるのが怖かった。自分だけが馬鹿にされるのならばまだ我慢できる。でも、もしその矛先がトゥアールに向けられたら? 自分のせいで親友に不愉快な思いをさせてしまったら? …考えるだけでも嫌になる。

(あたしのツインテールなんて、絶対に見せないわよ…!)

理由はもう一つあった。

――レイチェルには、ツインテール属性がなかった。それはレイチェルにはテイルギアを扱えないことを示していた。何度も確認して分かっていることだし、どうしようもない事実だった。

もう一つ託された属性玉から同じようなテイルギアは作れても、それをレイチェルには扱えない。せっかく作ったもう一つのギアも結局は日の目を見ることも無く、研究所で予備のギアとして保管されているだけになっている。

『自分はトゥアールみたいに戦えない』

ただそれだけなのに、親友との差が大きく開いてしまったような感覚に陥ってしまう。自分が劣っているような錯覚にかかってしまう。

本当はあいつをもっと支えて上げたい。バックアップだけでなく、戦闘でも隣に立って、二人一緒に戦いたい。でもそれは不可能なことなのだ。自分にはただあいつが戦っているのを見ている事しかできない、それが嫌だった。…形だけのツインテールにしたところであいつみたいになれるわけでもない。ツインテール属性が得られるわけじゃない。ただ虚しくなるだけだった。

勿論、世界を牛耳ろうとするアルティメギルとの戦いに自分は関わっていることは、自分にとって大変な誇りだ。親友が活躍して、メディアで大々的に報道されるのも嬉しい。

でも、その気持ちに矛盾して、奴らが侵略を諦めるまで続くであろうこの戦いや親友と肩を並べて戦う日々を考えると、どこかそれが重たく感じてしまう。

『トゥアールさんは世界の平和を守る正義のヒーローなんでしょ?』

『そんな人の近くに居れて、羨ましいなぁ』

『ねえ、レイチェルちゃん。サイン貰ってきてくれない?』

そんな風な声を聞くと、キリキリと耳の奥が鳴る。向こうも悪気があって言っているのではないにしろ、それが余計にレイチェルを苛立たせる。

トゥアールの話題や彼女自身の言葉に、鬱々としてしまう日々が続いている。

「…やめよう、こういうこと考えるの」

自虐的になってしまった気分を無理矢理切り替える。有名人が近くに居るとこういうことは必然的に起きてしまうものだ。元々、そういう所はあったじゃないか。

(…こいつのギアに組み込みたいものもあるし、まずは戻ってオーバーホールしなきゃ)

それに戻ったら、あの封筒の持ち主からの連絡が来ているかもしれない。

初めての戦いから時間は経ち、世界は劇的に変わっていった。トゥアールが敵を倒すたびに手に入れている属性玉は、この世界の科学の進歩やエネルギー問題に大いに役に立っている。そのことについて改めて、あの封筒の持ち主に接触をしたかった。

お礼も言いたいのだけれど、どうやってこれを手に入れたのかを問いただしてみたいのだ。

…でも、例の封筒の持ち主の行方は分からないままだった。

(トゥアールがこの間出演したテレビで、その人のことをぼかしながら言っていたし、それに期待するしかないのよねぇ…)

レイチェルたちはまだ知らない。

アルティメギルとトゥアールの戦いは、アルティメギルにとって効率のいい作戦の一環であり、人間たちは掌で踊らされているだけであることも。

その封筒の送り主は他でもないアルティメギルであり、故意に技術を流出させ、自分たちに対抗できる存在を意図的に「造り上げている」ことも。

…それに気付いたのは、全てが手遅れになった後だった。

 

 

 

 

 

 

それからまた数週間後のトゥアールやレイチェルが働いている研究所では、レイチェルが新たに組み込んだ『同調(シンクロ)システム』の起動テストが行われていた。

トゥアールはいつものようにテイルギアを纏い、レイチェルは予備で組んだギアを腕に付けていた。

「どう?」

「特に変わった感じはしませんね。ギアの方もこれといって数値も変わりませんし」

「…そう」

レイチェルはため息をつきながら、ドカッと椅子に寄りかかった。そのせいで机の上のルーズリーフが数枚、床に落ちるが、どうでもよかった。

「…失敗ってこと? でもシミュレーションでは上手くいっているんだけどなぁ」

属性玉変換機構(エレメンタリーション)とは少し違った原理になりますし、そうなるのも無理はないんじゃないですか?」

「…まあ、あっちは属性玉を使って能力を発揮するけど、こっちは体内にある属性力をそのまま引き出すって原理だしね。更に意識のシンクロや共鳴となると…」

難しい顔でキーを叩くレイチェル。改良に改良を重ねたのだが、どうやら現実にはうまく機能しなかった。

「一応、この間手に入れた項後属性(ネープ)で接続させることも可能なんだけど…それを使うにはあんたがもう一人いなきゃ意味ないしね…」

「そもそも私にそれを使ったら、引きずりながら戦うことになりますし…」

「…はあ」

頭をかきながらモニターを睨むレイチェルであったが、変身を解除したトゥアールは励ますように肩を叩く。

「だ、大丈夫ですよ! システムに頼らなくたって私は強いんですから!」

「…あんた一人でいつまでも戦わせるわけにはいかないわよ」

隣で戦えないのなら、せめてあいつをもっと近くで支えてあげたい…それを目的にこれを開発したのに、上手くいかないなんて。レイチェルは歯噛みする思いだった。トゥアールには照れ隠しで『戦う技術を持たない人たちでも、これを使えば戦士を支えられる』と大義名分を言ってしまったが、本音は別だった。

「レイチェルは心配し過ぎなんです! 最近はあいつらも落ち着いていますし、きっと侵略を諦めたんですよ! 私のツインテールとおっぱいの前に屈したんです!!」

「………だと、いいんだけど」

「心配しなくてもいいんです! レイチェルのことも皆のことも…私が全部守ってあげますから!!」

…ああ、まただ。また耳の奥がキリキリと鳴る感覚がする。

「だから、無理に新しいシステムを作らなくたって大丈夫なんです!! レイチェルが後ろでオペレートしてくれるだけで私は戦えるんですから!!」

「…………………………」

トゥアールの言葉がグサグサと心に刺さり、イライラとしてくる。確かにトゥアールはそれでもいいのかもしれない、でも自分はそれでは嫌なのだ。

何時までも後ろに回って、もっと近くで何もしてあげられない自分が、ちっぽけで無力な自分が嫌なのだ。

「あ! もしよかったら、この同調(シンクロ)システム! 私の方で改良…」

「!!」

その言葉が最後まで言い終わらない内に、レイチェルはダン! と机の上を叩いていた。

「……………………あたしの仕事を、あんたが奪わないでよ」

苛立ち混じりにボソッとそれだけを言うと、レイチェルは部屋を飛び出した。携帯もパソコンも全部机に置きっぱなしにしているのにも関わらず、レイチェルは研究所を出て、一人街の方へと走っていた。

(あんたに…何が分かるっていうのよ! 力が無くて、何も出来ない奴の気持ちが…親友に守られている奴の気持ちが…後ろで見ることしか出来ない惨めさが…!)

そして、ふと我に返ると、自分の腕に予備のテイルギアをつけっぱなしで飛び出してきてしまったことに気がついた。

戻らなきゃと一瞬思ったが、良く考えれば今日は金曜日だった。土日は研究所も基本的に休みになって、行く必要がないのだ。

(………………月曜日になったら返そう。そして、あいつにも謝ろう)

今はあいつに会いたくなかった。幸いにも、ポケットには財布が入っていた。これさえあれば、どうとでもなる。明々後日になったら嫌でも会わなきゃならないのだから、それまではどこか遠くに行って、頭でも冷やそう。少しばかりの休暇を貰ったと思えばいいのだ。

最近はエレメリアンの出現率も落ちているし、仮に出たとしてもトゥアールなら自分がいなくたって倒せてしまうんだろうさ。…だってあいつは『正義の味方』なのだから。

しかめっ面をしながら、レイチェルは夜の街に姿を消していった。

…でも、その次の月曜日(・・・・・)は永遠にやってはこなかった。何故なら、その月曜日が来る前日、トゥアールはドラグギルディに負け、世界は瞬く間に侵略されてしまったのだから。

レイチェルというパートナーを欠いたトゥアールは負け、そしてレイチェルもまたあの時逃げてしまった罪悪感から彼女との再会をとことん拒んだ。

もし再会してしまったら、何を言われるかが分からなかったからだ。

 

 

 

 

 

 

そして今。

レイチェルとトゥアールは平行世界である地球で再会し、こうやって同じ部屋で会話している。一人は再会した喜びに歓喜し、もう一人はあの時の罪悪感を胸に痛めて。

「そう…おほん。テイルレッドが使っているギアのモチーフは、あなたのスケッチから拝見させてもらいました。あの外見だったら、もしかしたらレイチェルも気付いてくれると思って…!」

「…」

「もしあなたが生きていて、同じ世界に来ていたのなら…一目で分かるようにってしたんですよ」

奇しくもあのスケッチの1ページから、瓜二つのツインテール戦士が生まれた。

一人はトゥアールが作り出したギアと彼女自身のツインテール属性の属性玉が込められた赤色の戦士、テイルレッドが。

もう一人はレイチェルが開発し、あの時持ってきてしまった予備のテイルギアから拝借した属性玉が込められた焔色の戦士、テイルファイヤーが。

子供に憧れる少女と大人に憧れる少女が作り出した戦士は、奇妙な運命と共に同じツインテールを愛する男の手へと渡り、戦いの幕は開いたのだった。

「あの…テイルファイヤーの武装や武器は…」

「あんたの負けた時のデータを元に改良し続けたの。一人でも戦えるように…絶対に負けないようにって」

トゥアールがかつて使って、今は愛香が使っているギアは元々、スピード主体の設定のギアだった。確かに速さは戦いにおいては有利に運ぶ要因の一つではあるが、決め手に欠ける一因でもあった。

だからレイチェルは持ってきてしまった予備用のギアを改修し続けた。

トゥアールのギアに足りなかった火力を主に置き、バリアやロケットパンチといった武装を積み、武器を奪われたり壊されたりといった状況に左右されることがなく、一人でも戦い抜けられるギアに…まるで炎のように爆発的な火力を生み出すことが出来るギアへと。形を変え、ギアの形状を変えてまでも、力を求め続けた結果、今のテイルファイヤーの姿がある。

「ねえ、本当に恨んでないの?」

「…?」

「あたしはつまんない嫉妬や妬みであんたから逃げて、その結果、一つの世界を滅ぼした…。あの時、あたしがいれば、あんたは勝てていたかもしれないのに…」

全てがレイチェルのせいではなかったものの、敗北の原因の一因にレイチェルの不在があったのは間違いないだろう。

だが、トゥアールはあっけからんとした顔をしていた。

「レイチェルの不在を言い訳にするほど、私は堕ちていませんよ。あの時、現場にいた私が勝っていれば、全て解決していたんですから。私が悪いんです」

「でも…!」

「過去はどうにもなりませんが…未来は変えれます。『もしも』なんていうのがありえるのは、未来だけなんですから。…現にレッドは私が倒せなかったエレメリアンを倒し、ブルーは私のギアを受け継いで…そしてあなたと再会できた!」

トゥアールは嬉しそうに語る。それは天才科学者でも先代のツインテイルズでもない、唯の一人の少女の顔だった。

「…あたしに罰は与えないの?」

「ええ。罪はこれまでも、そしてこれからも背負っていかなければいけないんです。もう二度と、あんなことが繰り返されないようにね。あなたは勿論のこと、私だって償っていかなければなりませんから」

「…あんたって残酷なのね」

レイチェルの目には涙が浮かんでいた。でも、レイチェルにとってその涙は悲しみの涙ではなかった。

「それが大人なんですよ、失敗したら責任を取らなければならないんですから。だから大人は自分の行動に責任を持たなければならないんです。大人になるっていうのはそういう事なんです」

「…耳が痛くなるわ。ドMだと思っていたら意外にSっ気もあったのね」

だが、トゥアールはにんまりと笑って、またもや飛びかかって来た。

「と言うことで! レイチェルにはその罰を身体で支払って――!」

「!」

「あぎゃん!?」

これを察したレイチェルはまたもや紙一重でこれを回避する。

「…悪いけど、あたしはもっと真っ当なやり方で罪を償っていくわ…身売りはごめんよ」

せっかくいい話だったのに、最後の締めがそれでは全部台無しになった。さっきまで出ていた涙が引っ込んでしまったではないか。

「じゃ、じゃあ今日はホテルに泊まりましょうか!?」

「あたしには帰る家があるから、外泊はしないわ」

そんな風に話す2人は少しではあったが、レイチェルの顔はどこか柔らかくなっていた。両者の間に出来ていた溝が埋まりつつあった。

 

 

 

 

 

 

そして時刻は7時を回った。作業を終えたレイチェルはそのまま帰宅し、トゥアールだけが一人残される。

「さーて! そろそろ総二様が帰って来る頃ですし、今夜に向けて色々としこみを…!」

そう言いながらホールの扉が開かれると…トゥアールは絶句した。

「あら、お帰りなさいトゥアール」

「…お帰り、トゥアール」

椅子に座っているのは、不自然なまでに笑顔の愛香と下を俯きながらどんよりと落ち込んでいる総二。そして顔を真っ赤にしている慧理那と怒りのあまり婚姻届を構えている尊の姿があった。

「ど、どうしたんですか? 特に殴られるようなことをした覚えはないんですが…」

「どうしたもこうしたもないわ! あんたなんて物をパソコンに入れてんの!?」

バンと自分のパソコンを見せられたトゥアールは何食わぬ顔をする。

「何って…私が作ったエロゲーじゃないですか!!」

「それがおかしいって言ってんのよ!!」

愛香までもが顔を真っ赤にしながら、トゥアールに詰め寄る。その両拳はグーになっており、何時でも殴れるんだぞという地味なアピールになっていた。

「おやあ愛香さん、これはただのゲームなんですよ? 何を照れる必要が…」

「身内だけにばれたのならまだいいわ! それを光太郎に見られたのよ!?」

「こう…ああ、あの教室の隅のコケみたいなモブですね? モブのくせに総二様のお茶を貰うとは生意気な…!」

トゥアールから見た光太郎の評価はボロクソだったという事実に、トゥアール以外の全員が居た堪れない顔をする。本人がもしこの場に居たら泣いてしまうかもしれない。

「あたしたちが光太郎を説得するのに、どれだけ苦労をしたか…! しかもこのエロゲ、無駄に上手いのが腹立つのよね、なんで絵まで自分で描いてんの!?」

「私くらい女子力が高ければ、自分で自分のCGから原画から彩色までこなします! 勿論シナリオ、音楽、ディレクターも全部私です! 攻略ヒロインも私だけ! 最後のシーンは私のフルボイスでのHシーンが…!」

「そんな女子力がこの世にあってたまるか――――!!」

愛香は殴る体勢から瞬時に背負い投げの体勢に切り替え、トゥアールを床の上にメンコのように叩きつけた。

「トゥ…トゥアールさん、どうしてこんないかがわしいものを…!」

「私の裸は全然いかがわしくありませんよ! そういう慧理那さんだってイエローに変身した時は脱いでいるじゃないですか! あなたの脱衣はよくて、何故私は駄目なんですか!?」

「私は全裸ではありませんもの!!」

…なんというレベルの低い争いなのだろうか。この争いを傍観するしかない総二は、今後の光太郎との人間関係をどうするかといったことを必死に考えていた。

だが、総二が黙っている間に、話はとんでもない方向へと向かい始めた。

「そもそも、これは総二様のためのゲームなんです」

「…………………………え?」

絶句する総二を尻目に、トゥアールは分かっていますから、とばかりに肩を叩いた。おい、何が分かっているんだ。

「総二様は変身すると幼女になってしまいます! これは想像以上に精神に負担がかかることなのです。そこでこうしてエロゲーをプレイして、女の子の身体に慣れる必要があるんです!! テイルレッドにとって、女の子に慣れることこそ、もっとも重要な特訓なんです!!」

「慣れ…」

「今日も総二様はあのモブに、しかも男にお茶を差し出しましたよね? …もしかしたら総二様の思考は幼女のそれに近づきつつあるのかもしれません!」

「! い、いや、確かにツインテールにしながらテレビを見たら、楽しいかな?って思うことはあるけど、まさか…!」

総二は信じられないような顔をするが、それは慧理那も同じだった。

「で、でも! 女性に慣れることが裸を見ることだなんていうのは…あまりにも短絡過ぎますわ!!」

「何故です!? 服を着た女性などそこらじゅうにいるではないですか!」

「で、でもでも…私たちはか、仮にも学生です……そんな淫らな事を…!」

「それが駄目なんですよ!」

「ひうっ!!」

トゥアールは白衣を大げさに翻すと、まるで選挙に臨むかの如く、演説は激しさを増していく。

「男性が思春期に女性の身体に興味を持つことは当たり前なんです! それは決して罪などではありません、それを悪しき様に非難することこそが罪なんです! 世界の為に戦っている総二様に、無用な罪の意識を向けさせてしまうのです!!」

「そ、それは…!」

「男が女の裸を見ることが罪ならば、その裸そのものに変わってしまうことはどれほどの罪になってしまうのですか!!??」

「―――――――!?」

慧理那はハッと何かに気づいたような顔をするが、残念ながらそこでする顔じゃない。

「総二様がモブの男にお茶を出すような血迷った行為に臨まぬように、一刻も早くこれはしておくべき特訓なのです!!」

「そ、そうよねぇ! きっとそうよね! そーじ、あんたテイルレッドのせいで、男としておかしくなっているんじゃないかしら!?」

何故か急に援護し始めた愛香ではあったが、総二はそれを違う意味で解釈してしまった。

「あの…俺は別にホモじゃないからな? ノーマルだからな?」

「分かっているわよそんなことぉ!!」

「…勿論、私たちは学生です。こういった物を所持してはいけないという慧理那さんの言い分は正しいです。ですが、これはツインテール部やツインテイルズ…しいては世界の為にどうしても必要なことなんです。どうか地球の為にエロゲーの一つや二つ、目を瞑っていただけないでしょうか!? いいですか慧理那さん!? 正義の為には! エロゲーが必要なんです!!」

「正義…」

トゥアールがやっていることが完全に詐欺師の常套手段なのだが、慧理那はそれに見事に嵌ってしまった。

「それとも慧理那さん…男の子がエッチなことに興味を持つことはやだー! とかそんな子供っぽいこと考えているんですか~!?」

「…! し、失礼な! 私だって、そういうことはしっかりと理解していますわ!!」

「そうですよね~、同級生の私たちならともかく、年上で! お姉さんで! 生徒会長である慧理那さんがそんなお子ちゃまみたいなに騒いだりしませんよねー!」

「と、当然ですわ!」

そしてトゥアールは最後にダメ押しの言葉を口走った。

「そ、れ、に。慧理那さんがこういうことを許してくれたら、きっと愛しのテイルファイヤーさんも喜んでくれると思うんですよね~」

「!!」

「『ああイエロー、君はなんて器の大きい女の子なんだ!』 …って言ってくれると思うんですけどねー!」

それはまさに慧理那にとっての殺し文句だった。見る見るうちに表情が変わっていく。

「ですから! どうか総二様に行う特訓の時だけはどうか席を外してくれませんか! 私も世界のためとはいえ、生徒会長に校則違反を堂々と見逃してくれというのは、ムシが良すぎる話ですから」

だが慧理那は首を振り、トゥアールに真っ向から反論した。

「いいえ…私は生徒会長である以前に、テイルイエロー・神堂慧理那ですわ! 仲間のピンチに高みの見物など出来ません! 私も観束君の特訓に協力いたしますわ!!」

ここだけ切り取ればもの凄くカッコいいのに、ボソッと「お姉さまの為にも」と言ったのを総二は聞き逃さなかった。

…多分、そんなことをやられても、ファイヤーは困るだけじゃないかなぁ。総二ですら戸惑うのに、常識人なあの人はもっと戸惑うに決まっているじゃないか。

当然、このことを黙って見ていられない尊は、ようやく傍観者であるのを辞め、トゥアールに向かって歩を進めた。

「おのれ貴様っ…さっきから黙って聞いていれば、お嬢様に何たることを! 許せん! この婚姻届に判を押させてやる!!」

激しい怒りをトゥアールへと向けながらも、何故かその両手はしっかりと総二へと向けていた。見事なまでに心と身体が一つになっていない。

「俺、何回婚姻届を貰えばいいんだ!?」

「…でも、尊が一人の男性に二回以上求婚するのは、珍しい事ですわね。光太郎君にも言えたことですけど…」

「いえお嬢様。あいつらは意志が弱そうなので、ぐいぐい押せばそのうち折れて判を押してくれるんじゃないかって気がしまして」

総二は自分の鼓膜を破ってでも聞きたくなかったことを、しかと聞いてしまったことを後悔してしまった。

「ところでトゥアールさん! 仲間のピンチを救うには私はどうすればいいのでしょう!! エロゲとやらを作ればいいのでしょうか!?」

「そうですねぇ…慧理那さんをエロゲーに出演されると色々とヤバそうですので…」

トゥアールにも良識というものが1グラムでも残っていたそうで、慧理那に説得を試みている。

「…とりあえず、慧理那さんはエロ本でも買ってきてくれませんかね?」

前言撤回。彼女には良識なんて一欠けらも残っていなかった。

「そ、そのエロ本があれば、観束君の特訓に役立つのですのね!」

「ええ立ちますとも! 言わばこれは修行回における重要なファクター! 慧理那さんは突破口となる重要なアイテムを買わなければならないのです!」

「立たねえよ!?」

エロ本は何一つ役に立たないということを慧理那が理解するには頭を冷やす必要があるのだが、ここまで熱くなってしまった慧理那に冷水をかけてもただ蒸発するだけだった。

すると愛香はトゥアールの首根っこを掴みながら、部屋の隅の方に移動し始めた。そんな幼馴染が何をしているのかが気になったのだが、総二はそれよりも慧理那と尊が早速エロ本の調達について相談し始めているのが不安だった。

「…エロ本というのはいつも行くモールに売っている物なのでしょうか?」

「いえ、ああいう所のテナントは家族連れに配慮していますし…まず置いていないでしょうね。ここは通販で取り寄せてみてはいかがでしょう」

「いえ、この手で直に購入して初めて、観束君の特訓に誠心誠意助力が出来るのですから通販は無しですわ!! …ところで殿方はどういったエロ本を好むのか、尊は知っていますか?」

「えっ!? …おっぱいがいっぱい出ているやつとかじゃないですかね?」

「そういう本なら普通はいっぱい出ているのだと思うのですが…違いますの?」

「………………いや、あの…俺本当にいらないから…」

「! 駄目ですわ観束君!!」

やんわりと止めようとしたが、慧理那はグッと拳を握って総二に宣言する。

「大丈夫ですわ! 新参者の私が真に仲間となって打ち解けるには、こういった小さなエピソードが必要不可欠ですわ! 追加戦士が加入した翌週のエピソードみたいに!!」

そう微笑む会長と共に、ツインテールがふわりと舞い、総二の顔が強張る。

確かに断るのは簡単だ。しかし、それは会長だけでなく、この美しいツインテールをも否定してしまうのではないか…というジレンマに悩まされる。

「…あんた会長にあんなこと吹き込んで大丈夫なの?」

「…これは千載一遇のチャンスなんですよ、愛香さん」

「はぁ?」

「私や愛香さんが総二様にエロ本を渡したところで警戒して読んでくれません。ですが比較的新参者であり、総二様が憧れている慧理那さんであればこの条件はクリアできます。総二様は義理堅い性格ですので、エロ本を読んでもらう確率は高いです。とにかく、エロ本を見てもらう…もっと言ってしまえば、女体そのものに関心を持ってもらうことが大切なんです」

「…一理、あるわね。あいつ、性欲とかそういった物は全部ツインテールに向かっているし」

「ええ。この際、エロ本を読んでもらわなくても構いません。とにかくこの一件を通して、総二様にツインテール以外で女の子に関心を持ってもらえればそれでいいんです。そうすれば私や愛香さんのことももっと違った目線で見てくれるかもしれませんよ」

「!」

「しかも…慧理那さんがこのことを通して性に関心を持って、周りからも目に見えてエロくなれば縁談なんて全部吹っ飛びますよ。家の風習を重んじる親御さんが、そんな娘を相手方に顔見せできるはずがありませんからね」

「…あんたこういうことに関してだけは頭の回転早いわね」

「ふふ…ここは一時休戦といきましょうよ。総二様も愛香さんや私、さらには慧理那さん。皆が皆幸せになれる、完璧な作戦です!」

「オッケー、つかの間の握手といきましょうか」

2人の会話は総二には聞こえないものの、何かを企んでいる事だけは理解できた。

何だか総二の知らない所でとんでもない展開になってきていると感じつつ、総二はそっとホールを抜け出すのだった…。




トゥアールとレイチェルの関係は「鉄のラインバレル」の浩一と矢島に似ている感じです。
トゥアールは『後ろでいてくれるだけでいい』、レイチェルは『もっと近くであいつを支えてあげたい』。…守っている者と守られている者、この2人の意識のズレが悲劇を生んでしまった…そんな感じです。
では次回をお楽しみに!

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