俺、ツインテールになります。 The Another Red Hero   作:IMBEL

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『俺、ツインテールになります。』と同じガガガ文庫から出ている『下ネタという概念が存在しない退屈な世界』のアニメ1話を見ました。
…その、なんというのか…凄かった! こんなの深夜枠でも放送できねぇよ! という原作でしたが、まさかほぼ完全再現をやらかすとはwww 後半、ほぼピー音だけだったじゃねぇか!!
…とりあえず、私から言えることは「俺ツイ」と双璧をなすこの変態作品と共に、ツインテールがもっと評価されるようにと祈る事です。
………作画崩壊は、ないよね?


第51話 ライブとツインテール

夢を見ていた。

光太郎の頭の中ではグルグルと色々な映像が断片的に回っていた。まるでメドレーのように次々と映像が切り替わっては流れを繰り返している。まるで映画館のスクリーンで一度に別々の映画を見ているようだな、と光太郎は他人事のように感じていた。

今日の全校集会の時のひと騒動、部室での相談、理事長室への殴り込み、逃げ出した自分、放課後のケルベロスギルディとの戦い、幼女の三つ編みをツインテールへと戻した時の光景…実に濃密な回想だった。

やっぱり女の子の髪は年によって色々と勝手が違うんだな、などという無駄な知識を噛みしめていると、突然場面が変わった。

光太郎は、何も見えない暗闇を全力で走っていた。目的地は分からず、手元にはしっかりと焔色のツインテールを握りしめている。

そして走りながら、光太郎は背後から何かの気配を感じていた。それは誰かの視線だったのか、それとも誰かが自分を追いかけているのかも定かではなかったが、確実に何かがいるということだけは感じ取れた。立ち止まって振り向きたいと思ったが、何故かその行動に移ることができない。確認したいのに、それを見ることだけはどうしてもできないでいる。只々前に進むことだけを強いられていた。

光太郎は悲鳴をあげたが、声が全くでない。そんな後ろからはじりじりと何かが近づいてくるような感覚がし、何かが恐るべき警告をしている…。必死で逃げているのにも関わらずその距離は広がらず、むしろ狭まっているようだ。

すると後ろの何かは光太郎に近づき、何かを話しかけてくる。誰の声だかは分からず、頭の中にガンガンと鳴り響くが、その殆どは意味不明だ。何とか聞き取れたのは、この単語だけだった。

『ツインテール、ツインテール、ツインテール…』

だが光太郎はそんなことを言われることよりも、一刻も早く目を覚ましたかった。ツインテールは分かっているんだ。そんなことよりも目を、覚まさせてくれ…目を、目を、目を!

「!」

その瞬間、光太郎の目はカッと開かれたのと同時に、ばねに弾かれたように飛び起きた。どこか遠い場所から駆け戻ってきたかのようにその動悸は激しかった。

「夢…?」

焦点が合わない目を数回瞬きしてから、再度目を開いてみた。

テスト対策用のノートやプリントと共に、愛用の財布とすっかり型が古くなった二つ折りタイプの携帯…所謂、ガラケーが置かれているテーブル、数か月使い込んだためか少し汚れてきた座布団、部屋の隅にある小さめの本棚には辞典や参考書が並んでおり、その奥にはゲームの攻略本や愛読のコミックと一緒に、同居人には内緒で買っている『週刊ツインテール』なる雑誌がこっそりと隠してある。そして、そのすぐそばにはノートパソコンの前でネコのように丸まって寝ているレイチェルの姿が、カーテンから漏れてくる朝日に照らされていた。

間違いない、ここは自分の家であり、現実だ。さっきの訳の分からない光景はただの夢だったんだ。

それを確認できると、少しだけ冷静になれたが、快適な目覚めには程遠かった。一晩中どころか、数日にも渡って悪夢を見続けてきたような気がする。目を覚ましても、まだその悪夢の一部が継続しているみたいな気分だった。

枕元にある目覚まし時計を見てみると、時刻は午前8時22分…平日ならば学校にいる時刻だが、今日は休日。もう少しだけ居眠りをしてもいい時刻だった。

だが、あの悪夢のせいで完全に目が冴えてしまっており、2度寝をする気にもなれなかった。そして何よりもぐう、とお腹がなることで空腹を思い出し、睡眠どころではなくなってしまった。

(そういえば、ケルベロスギルディ対策用の会議とテスト勉強のせいで夕飯をまともに食べていなかったんだっけか…)

昨日の記憶が確かならば、夜は間食用に買い込んでおいたスナック菓子しか食べていなかった気がする。ここ数日の間、ケルベロスギルディ対策の会議とテスト勉強に追われる毎日のせいで、食欲が湧かないでいたのだ。

レイチェルには冷凍しておいたおかずとご飯をしっかりと食べさせたが、夕飯も適当にすませてしまっており、飯らしい飯は口にはしていなかった…どうりで腹が減る訳だ。

レイチェルを起こさないようにゆっくりと立ち上がると、何か軽くつまもうと冷蔵庫へと向かうが、現実は残酷だった。

「………飯が、ない…?」

なんと冷蔵庫はおろか、冷凍庫にまで食材が見当たらなかった。いざという時の為に冷凍しておいたご飯も一人分しかなく、戸棚を探っても食べられるものは存在せず、麦茶と氷しか目立つ物が見つからなかった。後はご飯にかけるふりかけくらいか。

(…そういえば、最近、買い出しに全くといっていいほど行っていなかった…)

最後に食材を買ったのは…確か、2,3週間前ほどだっただろうか? いつかは行かなければならないと思ってはいたのだが、それがずるずると引きずったまま…今朝を迎えてしまったのだ。確か昨日レイチェルに出したのが最後のおかずだったはず…。

「買い出し、行かなきゃな…」

ぽつりと呟き、所持金の確認の為に冷蔵庫脇の戸棚にある通帳の残高を確かめようと立ち上がった時、テーブルに置いていた携帯電話が、チカチカと点灯していることに気がついた。

「…?」

ランプの点灯具合からメールの受信だろうか…? など思いつつ、光太郎はテーブルまで近づいて、携帯を掴んだ。二つ折りの機体を開くと、メールの送信相手は光太郎がよく知る相手からだった。

「ノブ…?」

そのメールの送り主は、弟の信彦だった。弟がメールだなんて珍しいもんだな、と光太郎は思いつつ、画面を見つめる。受信した時間は昨日の夜10時ごろであり、その頃はバリバリテスト勉強対策に追われていたため、携帯など見ている暇がなかった。

「……」

画面を見つめる光太郎の目が、ゆっくりと見開き――――そして、呆れた色へと変わった。

「…なんで、なんでこんなことをわざわざ俺に教えるかなぁこの弟は…?」

…メールの内容はあまりにもくだらなく、馬鹿馬鹿しかった。

それはノブのお気に入りのアイドル、善沙闇子の大規模なライブに行く為に、現在深夜バスに乗って移動していることが綴られていた。人生初の深夜バスに浮かれ、はしゃいでいるらしく、その様子をメールで兄に伝えたかったらしい。

それに関しては別に何にも問題はない。初めての深夜バスで寝れるかどうかなど不安そうな弟の内容は大変微笑ましいのだが…P.S.(追伸)と書かれたその続きに問題があった。

『P.S. そういえば兄さんは闇子ちゃんのことをどれくらい知っている? まさか名前くらいは聞いたことあるよね? 闇子ちゃんの魅力は…そう、何と言っても眼鏡なんだ! レンズという文明の利器の素晴らしさを改めて僕に教えてくれたのは何を隠そう、闇子ちゃんな訳であって、そのきっかけは深夜1時にやっている深夜番組の…』

…あまりにも長々しいそれは追伸の意味を成しておらず、むしろこっちがメインに思えてくる。

(一度でも俺が『この子に興味がある』って話題に出したことがあったか?テスト期間も近いし、ケルベロスギルディに頭を悩ませている自分の身にもなってくれよ…)

液晶画面の中では『深夜バスなう』という説明文と共にやけにはっちゃけた服装で映り込んでいるし、足元にあるカバンからはサイリウムが何本も確認できた。その顔は大変生き生きとしており、その顔には当然の如く眼鏡がかけられていた。

『決戦は明日のライブ』と意気込んでいるその姿は、まるで戦に赴く武士か、あるいは戦場で行進をする兵士を彷彿とさせる…そう思うと、弟がもの凄く頼もしい奴に見えてきた。

「…やっぱり、ノブのお気に入りのアイドルはライブ開くくらいに売れてんだなぁ…」

本日行われるライブの会場は、電車を乗り継いでいけば1時間足らずで辿りつける所にある為、あいつが日帰りでなければノブに会うことも出来たかもしれないな…と頭の片隅で思いつつ、携帯をテーブルに置くと、戸棚にある通帳を取り出すためにキッチンへと戻った。

今の光太郎にとっては興味の薄いアイドルの話題よりも、通帳の残高とどうやってこの空腹を満たそうとする方が重要だった。

―――その弟が、数時間後にとんでもない事態に巻き込まれるとも知らずに。

 

 

 

 

 

 

「「闇子ちゃーん!!」」

「「こっち見てー!!」」

今巷を騒がせている人気アイドル、善沙闇子初の大規模なライブ…野外会場には数万人もの人間が詰め寄せており、数万分の一、その中の一人として総二はこのライブに参加していた。

「みんなー! 今日はライブに来てくれて、ありがとー!!」

「「「ウオオオオオオオオオ!!」」」

興奮の坩堝に包まれる会場内だったが、総二の顔は複雑だった。目の前にいる闇子の髪は総二が何よりも好むツインテールであり、本来なら飛んで喜ぶはずなのだが、それが敵では素直には喜べない。

自分だけがアイドル善沙闇子の正体に気がついているのはいい気がしないものだ。この熱気も、歓声も、笑顔も全てがまがい物に見えてしまう。

(何か裏があるんじゃないか…? こんなに大規模な会場でのイベント。何かをやらかすような気がしてならないんだよな…)

わざわざ本来あった予定を蹴ってまでこのライブに参加したのは、大規模なイベントで何かアクションを起こすのではないかという疑惑があったからだ。

当日券が比較的取りやすかったのも、余っていたのではなく、出来るだけ多くの観客を集める必要があるからではないか。野外会場にしているのは自分の声や周囲の動きがドームなどで行うよりも伝わりやすいからではないか…? など、状況に嫌な予感がしてくる。全てが自分の思い過ごしであればそれでいいのだが…。

「…あの」

「?」

ちょんちょんと肩を叩かれ、思わず横を向くと、隣に立っていた数歳下のような少年が心配そうな顔をしていた。

「次、曲始まりますよ? パフォーマンスの準備はしないんですか?」

「え? あ、いや、俺は…」

…困ったことになった。

総二はアイドルやタレントなどを好きになったことは無い。勿論、コンサートやライブの経験など皆無であり、振り付けはおろか小道具の準備すらしてきていない。会場内にあった物販には色々なアイテムが売ってはいたが、当日券を買うだけで精一杯だった総二にそんなものを買う余裕などない。

もしかしたら、一人だけ浮いている自分にいちゃもんをつけようとしているんじゃないか。会場内では変に目立ちたくはないのに。

「……あの、もしかして今日が初めてですか? 眼鏡、かけていませんし」

「え? ええ、いや、その………まぁ、はい」

返答に困って適当に返したのだが、その途端に少年は嬉しそうな顔になった。

「ああ、やっぱり! 僕の初めの頃と感じが似てましたから!!」

慣れ親しんだ感じと眼鏡の柄が印刷されたTシャツを着ているその風貌から、ライブの常連らしい。その顔には当然の如く眼鏡があった。

少年はバッグをごそごそと漁ると、応援用の照明器具―――所謂、サイリウムを数本、総二に手渡した。

「よかったらこれ、使ってください。あっ、曲が始まる前にあらかじめ折っていた方がいいですよ、始まってからだと折る暇なんてないですから」

「いや、俺は…」

「遠慮なんてしなくてもいいですよ。僕は予備も含めて20本以上のストックがありますから。こういうライブでは、騒いだ方が楽しめますよ」

「あの、そうじゃなくて…」

「あっ、振り付けのことですか? 知らなくたって大丈夫ですよ、適当に合わせてるだけでもオーケーですから。本当に完璧にやってる人なんて、一部だけですよ」

「いや、だから…」

「あっ、もう始まりますよ!!」

次の曲のイントロが流れ始めると隣の少年は訓練されたような動きでスタンバイを始めた。そして、闇子が歌いだすとウオー! と雄叫びを上げ、サイリウムと身体を動かしていく。

(…ツインテールを見たり、語ったりするときの俺って、周りから見ればこんな感じに見えるんだろうか?)

周りの熱狂に全くついていけない総二は、まるで言葉の通じない原住民の群れの中に迷い込んでしまった気分だった。

受け取ったサイリウムもどう使えばいいのかが分からず、とりあえずマラカスを振る要領で適当に振りながら、隣の少年の踊りを真似、見よう見まねの振り付けを行う。

「…?」

そんな少年をよく見ていると、どこかで見たことがある気がした。どこかの誰かに似ている、そんな感じがする。

『コンタクトも、レーシックも、全宇宙から消し去る♪』

「「「消し去るーーーー!!」」」

コーラスにも率先と応える隣の少年。一層と激しい動きをしたせいか、かけた眼鏡がずり落ち、ちらりと素顔が見えた。

(そうだ…眼鏡をとって、数センチ背を伸ばして、髪型を変えて、ちょっと目つきを変えれば―――光太郎にそっくりじゃないか)

珍しいことがあるもんだ―――初めて来たライブでクラスメイトにそっくりなファンと会うだなんて。でも、性格は光太郎とは似ても似つかないな。あいつは普段は真面目だから、こういう所に来たら何をしていいか分からずにうろたえるに違いない。…いや、案外吹っ切れると大騒ぎするかもしれないな、あの理事長室の時みたいに。

『許せるのは眼鏡だけ♪ それ以外は、許さない♪』

「「「許せないーーー!!」」」

振り付けの中に眼鏡とツインテールを強調する仕草に周りの観客はメロメロだ。まるで洗脳しているみたいに歓声が激しくなっていく。幸いにも光太郎とツインテールのことで頭が一杯な総二には周囲の興奮に飲まれることなく、一人冷静だった。

(最近、避けられている気がするし…やっぱり、俺がツインテール部なんて物に誘ったから落ち込んでいるのか…? あれ以来、慧理那の家庭事情にも巻き込んじゃったし、変な追っかけには振り回されるし…それに、光太郎はツインテールのことを話題に出してほしくないみたいだし…)

総二の心境とは裏腹に、会場の熱が最高潮に達した、その時だった。

「きゃ―――――!?」

突然空から何かが猛スピードで降って来て、そのままステージに直撃した。ステージで歌っていた闇子の悲鳴と粉みじんになった木材が紙吹雪のように観客席に降り注ぐ。

何かの演出だろうか? と、どよめきだす観客であったが、粉みじんの中から現れた三つ首の怪人の姿が白日の下にさらされた。

「エ、エレメリアン!?」

「きゃ――!! 誰か助けて――――!!」

いかに世間でのエレメリアンの危機感がお気楽状態でも、いきなり至近距離で厳つい怪人が現れれば、パニックは起きてしまう。しかも、アイドルの悲鳴というオマケ付きであれば、その効果も一入だ。

先ほどまで闇子に対する歓声で包まれていた会場が、一転、飛び交う悲鳴で埋め尽くされていった。観客は我先にと逃げ出し、ステージの周りはあっという間に無人となった。

総二も人ごみの中を縫う様に移動してステージを離れると、ポケットからトゥアルフォンを出し、早速トゥアールへと連絡をかける。

「トゥアール! 俺の目の前でケルベロスギルディが現れた!! 直ぐに愛香と慧理那にも連絡を!! 場所はアイドルの屋外ステージだ!!」

『こっちでも感知していますが…総二様、何故その場に現れると分かったのですか!? やっぱり、私との勉強会を蹴ったのも、何か理由が…!!』

「悪い…独断専行してしまって…後で全部話す!!」

話すだけ話して通話を切ると、隣にいた30代ぐらいの男性が心配そうにこちらを見ていた。

「…君、気を確かに持ちなさい! 延々とツインテールツインテールと連呼していたが…心配ない! テイルレッドとテイルファイヤーがもうすぐ来てくれるから!!」

「あ…はは、そうですね…」

一応そこはツインテイルズが、と言って欲しかったところだが。そしてやはり総二が持つトゥアルフォンには早急な改良が必要だと思われた。愛香が持っている野獣語変換も嫌だが、かといって総二のツインテール語変換がいいという訳ではない。

「じゃ、じゃあ俺は失礼しますね」

総二はそそくさとその場を離れると、人ごみがあまりない場所を探すと共に、隣にいた光太郎似の少年を探していた。彼の無事を確認したいのと、折らずに振っていたサイリウムも彼へと返したかったのだが、結局見つけられずに、売店近くの手ごろな大型パネルの後ろへと身を隠した。そして、悪あがきに看板から身を乗り出して人ごみを見渡してみたが、それでも見つからない。

…見つからないのならばしょうがない。彼が無事に逃げれたことを心の中で祈りつつ、総二は左腕のブレスを構えた。周りの視線がステージに集中している今こそが絶好の変身チャンスだった。

「…テイルオン!」

念のために普段よりも声のボリュームを下げながら変身を完了すると、天高くジャンプ。そのままの勢いでケルベロスギルディのいるステージへと着地する。

「現れたな、ケルベロスギルディ!」

「むう、今日はやけに早い到着だな、テイルレッドよ!」

闇子=ダークグラスパーだとすれば、ここからが作戦の肝だったはず。ケルベロスギルディが何か目立ったアクションを起こす前に駆けつけることが出来たのは不幸中の幸いだった。

「これで手間暇かけたダークグラスパーの作戦もおじゃんって訳だ。ライブで何かやらかそうとしているらしいが、そうはさせねぇぞ!」

「…確かにその通りだ。今日、ここに貴様が現れる前に、私の作戦は失敗に終わってしまった。このライブが開幕した時点で、作戦は水泡に帰していたよ」

ケルベロスギルディは三つの頭全てを垂れ、しょんぼりと打ちひしがれていた。地獄の番犬というよりは打ちひしがれた子犬のようだった。

「お前の…?」

「欲目をかきすぎたのだ。彼女なら眼鏡だけでなく、三つ編みも拡散してくれると期待して夢を託したのだが、それが原因で路線がぶれてしまった…初めから眼鏡を最大限に引き出す演出に徹しなかった、私の落ち度だ」

「…ちょっと待て。まさか、善沙闇子のプロデューサーってお前だったのか!?」

そういえば善沙闇子も途中で三つ編みに路線変更していたが…まさかこいつが一枚噛んでいたとは予想できなかった。

「~! 本当なら、10代女子のファンの比率が圧倒的に高くなるはずだったのだ! 眼鏡だけでなく三つ編みも広まるはずだったのだ! しかし、2つの属性力のぶつかり合いで変に路線がぶれてしまい、本来のターゲットとは程遠い男性ファンばかりが増えてしまうといった結果に…!!」

確かに、今日のライブで盛り上がっていたのは男ばかりで、女性ファンはそんなにいなかった記憶がある。

「ダークグラスパー様には合わせる顔がない…この未熟者の腕を信じ、一分の狂いも無くその要求に応えてくれた彼女の仕事を、私自身が台無しにしてしまった」

遂に善沙闇子がダークグラスパーだという証言を得たものの、あまりの落ち込み様にレッドはつい同情心が芽生えてしまう。

「で、でもよ、ダークグラスパーは眼鏡属性(グラス)なんだろ? ほら、観客は皆眼鏡をかけていたぞ!! 三つ編みの拡散は無理だったけど、眼鏡は充分拡散には成功しているじゃないか!」

「あのような、愛無き紛い物の眼鏡を見ても、ダークグラスパー様は喜びにはならない」

「…ええっと、伊達眼鏡じゃ駄目ってことか? 別にいいじゃないかよ、アクセサリーの眼鏡だったとしても」

「ではレッドよ。ツインテールを愛する貴様は、ウィッグのツインテールが広まっても嬉しいか?」

「ど、どうだろう、似合えばいいと思うけど…」

確かに言っている事も分かるが、それとこれとは別の問題だろう。あくまでもウィッグのツインテールは、髪の短い女の子が触れるきっかけとしての役割としては、必要だとは思うが…。

「それでは属性力は育たないのだ…あくまでも一過性の移り気、紛い物の心。そんなことでは例え、広まったとしても属性力を宿してなどいない」

「うっ…」

ツインテール一筋なレッドには耳が痛い話題だった。確かにそのような心配事も分かる気がする。いくら広まったとしても、そこに愛が無ければツインテールは単なる髪型にしかならない。それでは真に広まったとは言い難い。

「いつか大人になる日が来る以上、限りある少女時代を無碍にしないで欲しいのだ。三つ編みは……三つ編みは………そう、三つ編みはね! 女の子を女の子たらしめる聖なる髪型なのよ! 教科書に乗せて指導を徹底しない、この世界の教育方針はあまりにずさんよ!!」

ケルベロスギルディは急にヒートアップし、熱く語りながら身体をくねくねと動かし始めた。

「この世界はね、もうツインテールの独壇場なのよ! アルティメギルにとっては、それでいいのかもしれないわ。でもね、それじゃあ刺激が足りないって思わない!? 普段はツインテールでいいかもしれないけれど、偶には色々な髪型を楽しんだっていいと思わない!?」

「そ、そうかもな…」

以前、慧理那がツインテールを解いた時、光太郎は『これはこれでアリなんじゃないか』みたいなリアクションをしていた。あの時は『友よ、お前は悪魔に魂を売ったのか!?』と叫びたかったが、ケルベロスギルディの必死の主張を聞いてみれば、なんとなくだがその気持ちも分かるかもしれなかった。

「はっ!? ち、違うの……あ、いや、違うのだ。これは、本当の私ではなくてだな…」

と、ヒートアップしていたケルベロスギルディは突如我に返り、慌てて口調を取り繕い始めた。やっぱり、奴は三つ編みのことに関するとなると口調が変になる…いや、もしかしたらそっちの方が素なのかもしれない。

「…口調なんて気にするなよ。無理に他の奴に合わせなくたって」

「そうもいかないのよぉ! 色々と肩書きが出来るとね、いくら優秀でもオカマ口調じゃ威厳がないだとか、周りの士気に関わるとかで上層部から苦言ばかり…」

「そ、そんなことないって! ありのままのお前も結構いいぜ!?」

遂には体育座りでいじけ始めてしまった。そんな雰囲気に飲まれてしまい、レッドも隣で体育座りをして空を見上げる。

「三つ編みは……このまま世界から廃れてしまうのかしら…?」

「まあ、中々広まらないっていう気持ちはわかるけどさ…今は大人になってもツインテールを続ける人も増えてきているみたいだし、三つ編みだってもうちょっと頑張ってみようぜ」

「頑張れるかしら…」

「大丈夫だからさ、泣くなよ」

レギュラー争いに負けてしまったスポーツ少年を励ますマネージャーみたいな絵面の光景だ。いつの間にかケルベロスギルディは体育座りのままレッドを見つめてみた。すると照れくさくなったのか、えへへと鼻をかいている。

…なんだこのカオスな光景? と一人、心の中でツッコむレッドであったが、こんなものはまだまだ序の口であった。

「――――ユニットだわ」

「は?」

何をぽつりと呟いたのかと思えば、ケルベロスギルディはおもむろに立ち上がり、その豪腕でレッドの肩を強く掴んだ。

「そうよ、まだその手があったわ! あなたとダーちゃんがユニットを組めばいいのよ!! ああ、なんで気がつかなかったのかしら、あなたってすごーくすごく三つ編み映えしそうなツインテールじゃない!!」

「お前それ、本末転倒じゃねーか!!」

「恥ずかしいかもしれないけれど大丈夫よ! 何ならお母さんのファイヤーも混じってやってみる!? 親子同士の競演、この手もあるわよ!!」

「絶対嫌だ―――!!」

一体全体、どうして対立している者同士でアイドルユニットを組ませようという発想が思い浮かぶのだろうかが理解できない。

「あ…でも、それは無理だったわねぇ、残念ながら…」

「? …おい、どういうことだ」

ファイヤーの話題が上がった途端に、しゅんと首を垂れるケルベロスギルディ。そんな気遣わしげな空気に、レッドは嫌な予感がした。

「…その、ね? ダーちゃんはテイルファイヤーのことをよく思っていないらしいのよ…ほら、あの子のマネージャーにこっぴどく虐められていたみたいだし、ツインテイルズ内でも結構実力があるから…だからね?」

ケルベロスギルディは消えそうな声で続きを言った。

「もしかしたら…今日がテイルファイヤー最後の日になるかもしれないのよ…」

 

 

 

 

 

 

時刻は少しばかり遡る。

光太郎は市内にある大型ショッピングモール(クラブギルディの戦いを繰り広げた)に、バスを乗り継いでやって来ていた。適当にフードコートで朝食を済ませると、食材売り場まで足を運び、特売品を中心に回り始める。

(低脂肪牛乳が特売…でも、この牛乳、レイチェルは嫌がるんだよなぁ。とりあえず、俺用に1パックだけ購入して、少しだけ高いのをもう一つ…)

羽織ってきたパーカーのポケットに突っ込んであるメモを取り出し、必要な食材だけをカゴの中へと入れていく。確認した通帳の残高は多少の余裕はあったものの、考えなしで買ってしまってはあっという間に赤字になってしまう。2人での同居というものは意外に金がかかるものなのだが、それが最も反映されるのが食費だろう。

(…鶏肉が安いのか。肉系は最近食っていないし、2パックくらいは買って…後は鉄分不足を補う為に牛レバーと魚と。あっ、もやしも特売か…)

食材を選んでいる最中でも、快適な気分には程遠い。まるで悪夢の一部がタールのようにねっとりと光太郎の心の中を犯しているような、そんな気分だった。

「ありがとうございましたー」

数分後、大量の特売品をカゴに入れ、レジを通過した時も光太郎の心は晴れないままだった。こういうどうでもいい時に限って、レジを打ったバイトの子が妙に可愛くて、髪型がツインテールであった。いつもなら心の中で歓声を叫んだり、喜びの舞いの一つでも踊りたい気分だが、今日に限ってはツインテールのことはあまり考えたくなかった。

家から持ってきたエコバッグに戦利品を突っ込みながらも、頭の中を支配しているのは、今朝見ていた夢だった。

夢の中では、手にはツインテールだけを持ち、真っ暗闇を全力で駆け抜けていた。後ろからは誰かが自分のことを猛烈な勢いで追いかけていた。あと少し目が覚めるのが遅ければ、光太郎は後ろの何かに捕まっていただろう。

(俺は、何から逃げていたのだろう? そして、どこへ向かおうとしていたのだろう?)

そう思うと、猛烈な悲しみが襲ってきた。そして、それを考えないようにと、顔を叩いて無理矢理頭の奥へと押しやる。

総二たちとも、あれ以来どこかぎくしゃくした関係が続いている。自分が悩んでいる原因についてしっかりと説明することが出来ないでいる以上、変に近づくのは藪蛇になる可能性もあって、難しい状況だった。

戦利品を詰め終えたエコバッグを持ち上げ、使ったカゴを戻すと、光太郎はさっさと立ち去ろうとした。

「…おお、丹羽ではないか!!」

「?」

突然、背後から見知ったような声がかけられ、ふと振り返る。

「…なんだ、尊先生ですか」

「なんだとはなんだ。一応臨時ではあるが、私は貴様の担任なのだぞ?」

光太郎の後ろには、相も変らぬメイド服姿の尊が立っていた。その後ろには付き添いなのか、何名かのメイドがいた。

「お知り合いですか?」

「私の教え子だ。少し話がしたいので、一人にさせてくれないか?」

「…手を出すのであれば、私たちが立ちはだかりますよ?」

「ここではやらん。ここの店長に『次、騒ぎを起こしたら出禁にする』と言われている。そうなると本業の方にも影響が出る」

「………分かりました」

後ろのメイドは疑心暗鬼な視線でその場を去っていった。…つまり裏を返せば、『このモール内でなければ、何かしらの問題行動は起こす』ということでもあるのか。

「さて久しいな、丹羽! こんな所であったのも何かの縁だから、一つ婚姻届でも…と言いたいのだが、ここでは騒ぎを起こせないのでな、勘弁してくれ」

一体尊は過去にここで何をやらかしたのだろうか、聞いてみたいという好奇心がほんのちょっぴり湧き出たが、では教えてあげようと言われても面倒なことになるだけなので、黙ったままにしておく。

「…先生はどうして、ここにいるんですか?」

「む? 私の本業を忘れた訳ではあるまい。私は教師である以前にメイドだぞ? 今日はメイド全員を引き連れての買い出しだ。いくら勤めている職場が金持ちでも、こういう特売の日で少しでも金銭を浮かせるのが私たちの仕事だからな」

「はぁ」

「丹羽も買い出し…らしいが、随分と量が多いな? 一人暮らしらしいが、そんなに買い込んで食品は大丈夫か?」

「…兄弟、みたいな奴がいるんで、その分多いんですよ」

「従妹みたいなものか?」

「そんな感じです」

「ふむ…」

光太郎は根掘り葉掘りと聞いてくる尊の観察眼を舐めていた。買い物の量で一人暮らしではないことを察するとは…。それが即、怪しいことに繋がるとは限らないが、万が一に光太郎の家を確認することにならなければいいのだが…。あそこにはレイチェルもいるし、あいつの体臭なんかも部屋に混じっているし。

「まぁ、意外にしっかりしているみたいで安心したぞ。ここ数日、お嬢様や津辺が貴様を心配していたのだからな」

「はぁ」

そういえば、尊は急に逃げ出した光太郎のことを見ていた一人だったか。

「週明けにはしっかりと顔を出してやれ。何も言っていないが、観束もお前を気にかけているのだぞ?」

「………」

「ま、私が言いたいのはそれだけだ」

尊の声に呼応するように、ぴょこんとツインテールが揺れる。そんな尊のツインテールに光太郎は目を奪われそうになったが、反射的に目を逸らした。

(悩んでいる日に限って、どうしてツインテールばかり…!)

無性に苛立ちが募っていく。あの理事長の一件以来、自分の周りにある何もかもの調子が落ちているような、そんな気さえしてくる。

すると、家電売り場でバラエティ番組を垂れ流していたテレビの映像が、突然切り替わった。

『えー、番組の途中ですが、ここで臨時ニュースをお伝えします』

? そんな導入から始まった臨時ニュースに、自然と光太郎の目線がテレビへと映った。

『本日未明、××市にある野外ライブ会場に、エレメリアンが姿を現しました。更に会場に続くありとあらゆる交通網が封鎖されており、警察はアルティメギルと呼ばれている組織が何かしらの妨害を行ったと見て…』

画面の中では線路上に立って進路を妨害している戦闘員や高速道路の料金所でやってくる車を外へ出さないようにしているエレメリアンの姿があった。

『本日、ライブ会場ではアイドル、善沙闇子の大型ライブが企画されており、この妨害で生じる金銭損失は軽く―――』

女性アナウンサーが発したある一つの単語に、光太郎はフリーズしてしまった。

「善沙……闇子…?」

確か、ノブが好きなアイドルだったはずだ。そこで今日ライブがあると、ノブもアナウンサーも言っていた。そこで楽しんでくると、ノブはメールを送ってくれた。そこがエレメリアンに占拠された? 何のために? 目的は?

分からないことだらけだ。

「お、おい丹羽…テレビに釘付けになるのは構わないが、その距離では目に悪いぞ…」

アナウンサーが言っている言葉が半分も理解できず、酷く間抜けな面でテレビを眺めている光太郎に、尊は的外れな言葉をかける。

だが、光太郎はただ一つだけ理解できた――――弟が、戦闘に巻き込まれているかもしれない。その考えに至った時、光太郎の行動は早かった。

「…これ、預かっていてください」

「は?」

「お願いします。後で必ず取りにきますから」

エコバッグを差し出され、目を白黒させている尊に無理矢理押し付け、出口まで走り出した。

「取りにって…おい! これ生物も入っているじゃないか!? それにどこに行…!」

尊の反論にも聞く耳を持たず、駆け足で屋外駐車場へと飛び出した。辺りに人がいないことだけを確認すると、パーカーのポケットからテイルドライバーを取り出して、テイルファイヤーへの変身を完了させる。

「…くっそおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

腹の底から飛び出した怒りの叫びと共に、テイルファイヤーは駆けだした。

よりによって…なんでノブが巻き込まれるんだ! それも画面に映っていたのはケルベロスギルディ! あいつが何かやらかしたのか!? あのアイドルは俺に災厄しか齎さないんだな!!

交通網が封鎖? それが何だ、ハイジャックしても俺は会場へと行くぞ。地下しかルートがないのなら、穴を掘ってでも行くぞ、弟が巻き込まれるかもしれないんだ、地を這ってでも行くぞ!!

近くの電柱を足場に、看板を伝って、時には走るトラックの上に乗って…まるで宙をかける獣のように光太郎はギアが示す最速ルートを駆ける。信じられない程のスピードで走るその姿を捕えられる人がはたして存在しただろうか。

本当ならレイチェルの転送を使えば良いのだが、そんな簡単なことすら頭の中から抜け落ちていた。今すぐ自分が駆けつけなくては、弟は二度と帰ってこないかもしれない…そう思ってしまい、ますます怖くなる。

「!」

僅か5分足らずでたどり着いた高速道路脇の大型ビル。その屋上にある看板を蹴りだし、猛烈な勢いのままガードレールの上へと着地した。着地時の衝撃でベキッと凹んだような嫌な音が聞こえ、ごめんなさいとだけ呟き、走りを再開する。

(まだか、まだか…!)

馬鹿正直に高速道路を走っては絶対にたどり着けない。車の合間を縫って走るのも時間がかかる。ならば、車もいない、人も通らないこのガードレール上を走るのが最短距離だ。

道路沿いに一直線に伸びているガードレールは、テイルファイヤーが駆け抜けるには絶好の舞台だった。

「はやく、早く、速く…!」

自分でも何を言っているのかよく分かっていなかった。ファイヤーの耳には、周りの声や雑音などは一切入ってこない。聞こえるのは自分が走ることで生じる、ブーツがガードレールを叩く音、そしてギアが導き出す最短ルートの案内だけだった。

このままの勢いのまま走れれば、あと10分ちょっとで会場につけるだろう。高速道路脇にある電線を伝い、その上を走ればあっという間だ。

…そう、余計なトラブルさえなければ、の話だが。

「…?」

走りながらファイヤーの背後…上空数メートルの上から、何かがチカッと光る感じと何者かの気配を感じた

最初はただの太陽光か? と思ったが、何かが違った。その煌めきは複数確認できたし、何よりも徐々に徐々にと近づいてくる。

「!!」

そしてそれが自分の進行ルートに当たる、と直感で感じたファイヤーは猛烈な勢いで急ブレーキをかけ、そのままガードレールから道路へと飛び出した。

瞬間、ガードレールは白い閃光に包まれ、爆ぜた。爆音と空気がビリビリと振動する感覚を転がりながらもはっきりと感じ、遅れて近くに居た人たちの悲鳴と怒号が聞こえてきた。

幸いにも被害はガードレールだけであり、死傷者はいなそうだった。

「ミサイル!?」

そのままガードレールを走っていれば、間違いなく自分に当っていたことを想像して、ゾッと青い顔をする。まさか、エレメリアンがいきなりぶっ放してくるとは思わなかったのだ。しかも、重火器などといった近代兵器をいきなり使うだなんて。

「…くそったれ」

うっすらとした粉塵の向こう、ちょうどガードレールを挟んで反対車線側に、巨大な影が見え、忌々しく睨んだ。

奴が、ミサイルを撃ち込んできた犯人だ。そして、立ちふさがる番犬という訳か。速く、急がなければならないのに…!

白銀の装甲、排熱の音と着地の軋み、そして粉塵の中から光らせる瞳と共に、その姿を現したロボット―――メガ・ネプチューン=Mk.IIもまた、見定めるかのような視線でジッとテイルファイヤーを見つめるのだった。




メガ・ネの実力や装備については原作と違いが出るかもしれませんが、ご了承ください。
…あれですよ、フルアーマーガンダムみたいなもんなんだっていう感じでお願いします。

とりあえず…ロケットパンチはありですかね!?

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