俺、ツインテールになります。 The Another Red Hero   作:IMBEL

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大幅修正した前話からの続きとなりますので、そちらも見た方が分かりやすいと思います…。
あと、20万UAありがとうございます! どこまで続くか分かりませんが、よろしくお願いします。

では、どうぞ!


第53話 火傷とツインテール

「あいつ、どこいっちゃったのかしら…」

テイルファイヤーとメガ・ネが大爆発に巻き込まれてからほどなく。その相方がピンチに巻き込まれているなど、微塵も気付かないでいるレイチェルは朝から姿が見えない光太郎を心配していた。それもそのはず。朝起きたら、隣のベッドはもぬけの殻であり、玄関からは光太郎が普段履いているスニーカーだけが忽然と姿を消していたのだから。

一応、テイルリストには何度も通信を送っているのだが一向に返信してこないし、もう一つの連絡手段である携帯電話もテーブルの上に置きっぱなしのままだ。

外出する際はいつも持ち歩いているはずなのに、どうやら今日はそれを忘れてしまったらしい。さっきからメール受信を示すランプがついたり消えたりを繰り返しており、そんな些細なことですら、レイチェルは苛立ってしまう。

「勝手にどっか行くって奴じゃないはずなんだけどね…それにしても携帯を忘れるだなんて…」

用意されていた朝食を食べ終え、食器を流しに運びながら、ぶつぶつと文句を言っていると、ふと、変な感覚を味わっていた。

(もうすぐ3か月経っちゃうのよね…何だかあっという間というか…)

この世界に来てから2か月以上が経過している。自分の世界がアルティメギルに侵略されてから、数々の並行世界を旅し続けてきたレイチェルにとって、これほど長い期間の滞在は経験がなく、最近では、レイチェルは自分でも、この世界にずっと住んでいるかのような気さえしてくるのだ。どこか頼りなさげなあの光太郎も、自分の親戚かなんかじゃなかったっけ? とうっかり錯覚してしまうようなこともある。

天才が故に幼くして親元を離れざるを得なくなり、人生の半分以上の時間を一人で生活してきたレイチェルにとって、まるで家族みたいな存在がごく近くにいるというのは新鮮なことだった。もしかしたら、自分の人生の中で何かがほんのちょっとだけ違っていればありえたかもしれない、当たり前の幸せがここにはあった。

(……考えてみれば、初めてまともに接する男と同居している私って…)

なんだかとっても奇妙ね…と思いつつ、食器に水を張り終えると、最近てっきりつけていなかったテレビのスイッチを押した。

そのままテレビから流れる音をBGMに、今日はアップデート用のデータでもまとめあげようかしら…と思った矢先、どこかの局のアナウンサーの切羽詰った声が聞こえてきた。

『えー、今速報が入りました。テイルファイヤーと謎のロボットが戦っていた高速道路が突如大爆発を起こし、周囲に甚大な被害が発生しているとのことです! 高速道路の周囲には森林地帯が広がっており、山火事などの二次災害が引き起こされる可能性があります! 付近にお住いの皆さんは決して近づかないでください!』

テレビの画面には、アルティメギルが占拠した高速道路の一部分が火の海に包まれていることを伝えるニュースが映し出されていた。敵の攻撃がタンカーに積まれていたガソリンへと引火し、大規模の爆発事故を引き起こしたらしい。テレビをよく見ると、高速道路に取り残された市民が蟻の子を散らせたかのように逃げ惑い、何とか脱出をしようとしているがそれを戦闘員が阻止している映像が見えた。

「…どういうこと!?」

レイチェルの表情も切羽詰ったものへと変わるのにそれほどの時間はいらなかった。そのまま、床に置いてある愛用のノートパソコンを起動させるが、そこにはアルティメギルの出現の反応が一切関知されないでいた。

「…何が起こっているの…?」

アルティメギルの反応は無い。しかし、現にアルティメギルの戦闘員は高速道路に姿を現しており、一般市民の逃亡を阻止している。と、いうことはいつものように何らかの反応が現れてなければおかしいはずなのだ。しかし、レーダーやセンサーは一切の反応を示さない。

映し出された映像には、高速道路のあちこちにファイヤーのギアの欠片が転がっているのが確認でき、つい先ほどまであの場所で戦闘が繰り広げられていたという何よりの証拠なのだが…。

「…光太郎は無事なの…!?」

しかし、肝心のファイヤー本人の姿が見えない。もしかしたら、爆発の衝撃で森林地帯に吹き飛ばされてしまったのだろうか…? 変身が解除されていなければ軽症ですむかもしれないが、万が一生身のまま地面に叩きつけられたりしたら…。

最悪の展開にゾッと背筋が寒くなったレイチェルは、一刻も早くファイヤーの安否を確かめようと通信を送るが、何故か一向に繋がらない。他のツインテイルズとの連絡はおろか、トゥアールにすら連絡がとれなくなっている。緊急用に作っておいた別の回線でも試してみたが、全て全滅。一切の連絡が出来なくなっていた。

(これでも駄目なの…!? まるでこっちの全てが見透かされているみたいに妨害されている…!)

レイチェルはこの状況にデジャヴを感じていた。頭にひっかかるものがあるのだ。昔、こんな状況と凄く似ているシチュエーションを、どこかで経験したことがあるはず。まるでこちらの手の内を読んでいるかのようにありとあらゆる対策が無効化されているような感覚が―――。

『そしてこの爆発の付近にあるライブ会場では、テイルレッド以下3名と先日出現した三つ首の怪人が戦闘を繰り広げています!』

するとテレビの映像が切り替わり、高速道路の数キロ先にあるライブ会場の空撮映像へと切り替わった。ギリギリまでズームされたその映像から、ステージ上でレッドとケルベロスギルディが激しくぶつかり合っているのが辛うじて分かった。

『この会場では本日、アイドルの単独ライブが行われており、集まった観客の安否が―――』

「…!? これって…イースナ!?」

そして、善沙闇子という名前と共に出た少女の顔写真を見た瞬間、今までの疑問の全てが氷解した。

アイドルとして変装をし、更には認識攪乱を使って本人とはばれないように対策をしているらしいが…かつての世界で、奴とは嫌という程絡んでいたせいで、レイチェルは真っ先にその正体に気付いてしまった。

(あいつ…! やけにおとなしいと思っていたら…こんなことやっていたなんて…!)

今回の作戦には奴が一枚噛んでいるのはどう考えても間違いなかった。

イースナは属性力を抜きにしても、トゥアールとレイチェルの2人で仕掛けたメール対策にも難なく対応できる程の素質を持った人間なのだ。あいつだったら、こちらの通信を解析して、それ専用の妨害を行うなど朝飯前に違いない。この通信妨害も、何らかの手段で奴が行っているに違いない。通信履歴をご自慢の属性力で解析でもしたのだろうか…。

…そして、ファイヤーが戦っていたという謎のロボットという情報も気になった。恐らくこれはイースナが放った刺客と考えるのが自然なのだろう…が、詳しいデータが分からない以上、あれこれ考えても仕方のないこと。まずは、なんとしても光太郎の安否を確かめなければならない。その為に行うことはただ一つ。

「ふ、ふふ…! ストーカーのくせに…やけに手の込んだことをやってくれるじゃない…! ならね、こっちも本気でいくわ…!」

かつて自分やトゥアールを散々苦しめた女に一本取られたという現実は、レイチェルに多大な屈辱をもたらした。口元は歪み、目は血走り…本気であの腐れストーカーを叩きのめさなければという決意が湧き出てくる。

「屈辱だわ…! あんな…あんなクソアマに…!」

ぶつぶつと普段は人前で喋らないような単語を口走り、光太郎の前では絶対に見せないような顔つきでキーを叩き、連絡を取ろうとブルーのギアへとアクセスを開始するが…数秒も経たずに、画面には通信エラーを示すマークが現れた。

だが、レイチェルはこれを気にする素振りを全く見せずに、ある一つのプログラムを立ち上げた。

「裏コード…承認!」

――その声が認識された瞬間、イースナの妨害をもすり抜ける悪魔のプログラムは起動された。非常用に備え、本人の意志や他者からの妨害などを無視し、レイチェルの意のままにギアへと命令を下す最恐にして禁断の合図が、ついに承認されたのだ。

その命令はただ一つ。『ブルーのギアへの強制介入』、ただそれだけのみ。

「通れ、通れ…!」

僅か数秒の時間の間、祈るような思いだった。この裏コードまでイースナに読まれていたら、突破口は開けない。いけ、いけ、いけ―――!

「…っ! よし! 繋がった!!」

『…嘘っ!?』

遂にレイチェルの通信がブルーの元へと届いたのを確認すると、小さなガッツポーズをとる。ブルーもまさかレイチェルからいきなり通信が来るなど思っていなかったのか、悲鳴に近い声をあげる。

かつて、変態(トゥアール)の暴走を止める為に仕組んだこの裏コードが、奇しくも同じ穴の虫である変態(イースナ)の妨害を突破する切り札になろうとは。

『レイチェルちゃん!? あなた何でこんな状況で通信なんか出来るの!?』

「ちょっとした裏技を使わせてもらったのよ…それよりもブルー! そっちにファイヤーはいないの!?」

『…いないわ。あたし達も心配なんだけど、あいつ(ケルベロスギルディ)が邪魔をしていて…! あっちはあっちでヤバいんでしょ!?』

「…あいつから、そっちに連絡は?」

『ないわ…』

悔しそうに話すブルーの顔が歪む。

「なら、トゥアールを経由して捜索は出来ない? あいつ人工衛星持っているんだから、空からでも…」

『それが無理なのよ! さっきから一向に繋がらなくて! おかげであたし達も…ああ――! 痛い痛い痛い!』

『あ、あまり動かないでくださいまし、ブルー!!』

『だって、そうでもしなきゃ動けないじゃない!』

『そ、そうは言いましても…』

『うぁ…ツインテール同士で…三つ編み…!?』

『ふふふ…! アタシの力を込めて編んだ三つ編みはどう!? 簡単に振りほどくだなんて出来ないわよ!? ましてや、ツインテールの戦士が自分でツインテールを切り落とすだなんて出来るはずがないわ!!これで形勢は逆転したわね!』

「…………何がどうなってんの?」

ようやく音声だけでなく映像も映し出されたが、レイチェルは自分が少し見ない間に何が起こったのかが理解できないでいた。

ブルーとイエローは互いのツインテールを編み物のように編み込まれ、背中合わせで縛られたような珍妙な格好で束縛されているし、レッドは2人のツインテールが絡み合い、縄跳びのように交互に揺れている光景に顔を真っ赤にして見入っているし、ケルベロスギルディは愉悦そうな顔でレッドを誘惑している。さっきまでのシリアスムードが一気に吹っ飛んだ。

この場にトゥアールがいなくて本当に良かったとレイチェルは思う。もしいたら、『ええええ!? 私のおっぱいはスルーするのに、そんなので興奮するんですか!?』みたいなセリフが飛び出すに違いない。

『あっという間に3対3じゃなくて3対2…いーえ、3対1ね!! ファイヤーがいないせいで人数の差もすっかり逆転しちゃったわね!』

『くそっ…また別れやがって…! さっさとファイヤーを助けに行かなきゃならねえっていうのに!!』

ペースがすっかり崩れてしまったレッドを、ケルベロスギルディは自慢の分身能力で3体に分身して襲い掛かった。

自分自身と息を合わせることなど造作もないのか、縦横無尽な連携でレッドを追いつめていく。

『ブルー!私にお任せください! そして見ていてください、お姉さま!!』

「…………………お姉さま呼ばわりはやめてくれないかしら?」

『多分、レイチェルちゃんが何を言っても無駄だと思うわ…』

イエローは闇雲に動くよりもこの場に留まり、アウトレンジからの援護に徹した方がいいと判断したらしい。肩のバルカンを分身したケルベロスギルディ目がけて乱射、その内の1体がそれをまともに食らって吹っ飛ばされ、敵の連携が一時的に乱れる。

『イエロー! 助かった!!』

『レッドは目の前の1体にだけ集中してください! 残りは私が!!』

畳みかけるように全身の火器で攻撃するが、ここで肩に装備されているバルカンを撃ちつくしてしまい、とても嬉しそうな表情で肩パーツごと脱ぎ捨てるイエロー。しかし、それが運悪くブルーの後頭部へと直撃してしまった。

『痛い! …ちょっと! 脱ぐの我慢しなさいよ!』

『けれど、援護射撃はやめる訳にはいきません! その為には脱衣は致し方ないことですわ!』

『それをイコールで繋げんなって言っているのよ!子供が見てんのよ!?』

『だからこそこの状況を見て貰わなければ…』

『あんたの脱衣は教育に悪いって言ってんのよ! もーいいわ! 後はあたしがやる! 髪紐属性(リボン)!』

ブルーは背部に装備されているリボンを翼(ウイング)に変形させようと、髪紐属性(リボン)を使って、飛行しようとするのだが…。

『お待ちください、ツインテールに引っ張られて…!』

『うわ、バランスが崩れ………あ――――!!』

髪に重りを括りつけてあるような状況下で、飛行しようなどあまりにも無謀すぎた。当然体勢を維持できずに、すぐに2人はまとめて墜落。ますます珍妙な体勢へとなってしまう。

「2人とも何やって…うわぁっ!!」

墜落した2人に気を取られてしまったレッドは、3体に分身したケルベロスギルディの口から放たれた火球を防ぎきれずにモロに食らってしまう。大きく吹き飛ばれ、ステージの残骸に叩きつけられるレッド。

(…まずい。みんな冷静な判断が出来なくなってる…!)

通信妨害を行ったのはこの為でもあるのかもしれない。

敵は連携に重きを置き、今までの敵とは違う戦法で戦うケルベロスギルディ。3人が共に協力し、冷静な判断が出来なければ、敵いっこない相手だ。

いつもは漫才的なノリでオペレートしてくれるトゥアールがいるが、今日は通信妨害の影響でそれが出来ない。舵を取ってくれる者がいない為、この崩れてしまった状況に対応できないでいるのだ。

(…どうする? まずはブルーとイエローが自由にならなきゃ人数の差が埋まらない…! 項後属性(ネープ)で三つ編みを解こうにも、三つ編み属性(トライブライド)が邪魔して無理でしょうし…レッドも遠距離攻撃でやられたらアウト…。せめて弱点でも分かれば突破口が開けるのに…それに早く、早く光太郎の無事を確かめなければならないのに…!)

そして、一番落ち着いてなければならないレイチェルも焦りと不安から、いつもの冷静な判断ができないでいた。光太郎の存在が頭を支配して、カチカチと身体が震える。

(どうしよう、どうしよう―――あいつがいなくなったら、どうしよう…)

『は、早くしてよイエロー…この体勢は色々と…キツイわ…!』

『もう少しだけ、我慢してくださいまし…! 属性玉――文学属性(ブック)!』

そんな中、イエローはまるでツイスターゲームの真っただ中のような体勢から無理矢理立ち上がると、属性玉変換機構(エレメンタリーション)を起動させ、今まで使っていなかった属性玉を発動させた。

すると、イエローの顔の前に小さなスクリーンが形成され、そこに簡素なケルベロスギルディの全体像が映し出され、無数の文字列が表示される。

『…分かりましたわ、ケルベロスギルディの弱点が……!!』

『『え!?』』

『敵は1体の時に攻撃しても瞬間分離してダメージを拡散してしまいます…3体に分離している時に間髪入れずに全てを攻撃して撃破する! これしかありませんわ!!』

どうやら文学属性(ブック)の属性玉は、敵の弱点や能力をスクリーンへと映す解析型の能力を備えているらしい。文字列をあっという間に速読したイエローはケルベロスギルディを倒す策を2人へと伝える。

『つまり、俺たち3人でピッタリ息を合わせろってことか!!』

『でも、倒し方が分かったところでどうすんのよ、レッドの援護だって満足にできないこんな状況で!?』

現在のブルーとイエローの体勢では蟹歩きすら出来るか怪しい。そんな状態で息を合わせろなど無理難題とでも言いたいのだろう。

だが、イエローは心配無用だという顔で自信満々の態度を崩さない。

『私にいい考えがありますわ! ですからここは私たちにまかせて、お姉さまは早くファイヤーお姉さまの元へと駆けつけて下さい!!』

「…え?」

まさかの返答に、レイチェルは面食らう。まさかイエローからそんなことを言われるとは思わなかったのだ。

『ブルーとの話を聞いたところ…今、お姉さまはピンチなのでしょう!? ならば、お姉さまがいるべき場所はここではありませんわ! レイチェルお姉さまが今することは、ファイヤーお姉さまの元へと駆けつけてあげることですわ! こんなピンチ私たちだけで切り抜けられますわ!!』

「イエロー…」

ツインテイルズの中でも1、2を争う程変態なイエローに言われるとは変な気分だったが、おかげで混乱気味だった頭が少しだけ冷静になれたような気がする。

『後、お姉さまが持っている属性玉をこちらに転送してくれませんか? それがあれば、あの敵を倒せる技が発動できるのです!』

「…ええ、分かったわ」

レイチェルの指が素早くキーボード上を動くと、プログラムの書き換えは終わっていた。

レイチェルたちが所有している属性玉を保管しているネットワークに、ブルーのギアが接続できるようになったのだ。これでもう、いちいちファイヤーから手渡しで属性玉を受け取らなくても済むようになる。

『あら、本当にいいの? せっかくのチャンスを棒に振っちゃって? そんなことをしたら…』

『分かっていないのはあなたですわ! 私たち人間は一人一人では単なる火…それが無数にもなれば、炎となる! そして、それは私たちも同じ!!私たち3人は炎となって…あなたという敵を燃やし尽くしますわ!!』

ケルベロスギルディの挑発にもイエローは揺るがない。

『そしてこれだけは伝えて下さい! 私やブルーもレッドも…!! みんな…みんながお姉さまたちを信じていますから!!! ツインテイルズとしてではなく、一人の人間として大好きなんですから!!!』

「…ええ、伝えておくわ!」

レイチェルはイエローの言葉が終わると共にパソコンを勢いよく折り畳み、とりあえずテレビで流れていた森林付近へと転送しようとして、ふと何かの鳴り響く音が聞こえた。

「……?」

その音源はテーブルの上から鳴っていた。バイブレーションで揺れる携帯と背面の小さな液晶に、新たなメールの受信を知らせる表示が出たのだ。近づいてみると、そこにはレイチェルにも聞き覚えのある人物からのメールだった。

…そしてレイチェルは少し考え、光太郎の携帯を手に取って白衣のポケットに入れると、そのまま姿を消した。

 

 

 

 

 

 

頭上の高速道路では火が激しく燃えていた。タンカーの中だけでなく、トラック本体や近くの車の燃料にも引火したのだろうか。だから、あれだけ凄まじい爆発となったとかもしれない。

「くっそ…」

悪態を付きながらも、テイルファイヤーは若干傾斜気味になっている森林を駆け下りていた。いや、駆け下りるというよりはほとんど這っているといっていいかもしれない。滑るたびに乾いた土が身体にかかり、汚れた身体をますます汚していく。

(あのままやられてくれればいいんだけど…)

頭に浮かぶのはあの忌々しいロボットだった。

冷酷無慈悲な攻撃をするのに、変な所で誤射しやがって、爆発に巻き込みやがって…いや、ひょっとしたらあれも計算済みだったのかもしれない。向こうは『まだまだ殺すな、いつでも殺せる。ゆっくり殺せ、楽しく殺そう』的な考えを持っているのかもしれない。だからロボットって嫌いなんだ。こっちは疲れていく一方なのに、向こうは平然としているんだから。

あのロボットの誤射ビームのせいでタンカーは大爆発し、その爆風でテイルファイヤーは高速道路下にある森林へと吹き飛ばされてしまった。幸いにもこの森林にある葉っぱや枝がクッションの役割を果たしてくれたおかげで五体満足にはいられた。そして、下手に留まる事は危険すぎると判断し、斜面をずるずると這い降りはじめたのだ。

しかし、五体満足とは言っても怪我が無い訳ではない。身体のあちこちは切り傷や擦り傷でいっぱいだし、青タンや打撲している箇所もいくつかあった。

…さらにまずいのは、爆発の影響で装甲が覆われていない右手足に火傷を負ってしまったことだ。肌が焼けるように痛く、普通に走ることどころか立っていることさえもツラい。だからこうやって、火傷部分が擦れないようなみっともない体勢で撤退に及んでいるのだ。半分、身体ごと引きずりながら距離を取るヒーローなんて前代未聞だろう。

(ちっくしょう…また怪我しちまった…!)

そっと火傷跡に手を当てると、ずきっと痺れるような痛みが走り、やっぱり触らなければよかったと後悔する。この間のオウルギルディ戦の時もそうだが、ここ最近はほんの些細な事でも怪我を負っているような気さえする。

…いや、それだけでない。何故かテイルギアも壊れやすくなっているような気もするのだ。最初の頃は力任せにぶん殴っても攻撃を受け止めてもびくともしなかったのに、今ではまともな攻撃を受け止めるだけでヒビが入ってしまう。勿論、戦っている敵のランクが一般兵ではなく隊長クラスばかりなのもその原因の一つかもしれないが…。

(ああっくそ。またレイチェルに迷惑かけちまうな)

またレイチェルにギアの修理を頼むことになると思うと、嫌な気分になる。この前に修理してもらったばかりなのに、また壊してしまうだなんて…。

そのまま更に2、3分ばかり進み続けて、ファイヤーはようやく動きを止めた。そっと後ろを見ると、あの燃えている高速道路がずいぶん遠くに見えた。近くには何の動きも無い。耳をすましても、何の物音もしない。

(もしかしたら、逃げ切ったのか?俺、 助かったのか?)

ほっと安堵したその時、ファイヤーの問いに応えるようなタイミングで、ぐっと腕に何かが絡みついた。

「!?」

まさか、もう追いついて来たのか!? 突然の事態に混乱し、口から小さな悲鳴が漏れた。すると、「バカ!」と耳元でささやく声と共に腕に加わっていた力が消え、代わりに口を生暖かい手が塞ぐ。そして、ズルズルと少し離れた茂みの中まで身体を引っ張られた。

そこでようやく冷静になれた。あのロボットの腕はこんなに暖かくはなかった。口を塞いでいる手はこんなにも小さくなかった。

「危ないじゃない、光太郎…」

「レイチェル…?」

辛うじて喋った声に反応するように、ファイヤーの口を塞いでいた手がゆっくりと離れた。ようやく辺りを見渡す余裕ができ、ようやく目の前にいるのが…レイチェル本人だということを確信できた。

「悪い…またギアぶっ壊しちまった…」

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ! あんた腕が」

「ちょっと、痛いだけだから…」

「ちょっとじゃないじゃない!」

馬鹿な事を言うな、とも言いたげな口調でレイチェルはファイヤーを叱った。そして、肌に刻まれた火傷や打撲を見て涙目になりつつも、レイチェルは事の一部始終を説明してくれた。

今、ツインテイルズ全体の通信機能が妨害を受けている事、自分が孤立されてしまったこと、向こうは向こうでケルベロスギルディとの戦闘で苦戦しているということを。

「…それで、お前、なんで俺がここにいるって分かったんだ?」

「森の中をあちこち探し回っていたら、人が引きずられたような跡を見つけたの。後をつけたらあちこちにテイルギアの部品が落ちていたから、多分、あんたじゃないかって思って…」

「ごめん」

「なんであたしに謝るのよ! とりあえず、火傷の治療をするから、一旦変身を解除して。服を脱がしてから薬を塗るわ」

「…分かった」

ファイヤーの変身を解除すると、身体が一瞬光った後に、パーカー姿の光太郎へと戻った。そっとパーカーの袖をまくってみると、元の身体にもくっきりと火傷の跡が残っている。

「染みるけど、我慢して」

パーカーを脱がされ、あの塗り薬が肌に塗られると、声にならない悲鳴が出た。思わず暴れたくなったりもしたが、グッと歯を食いしばりながら堪える。

下に着ていたシャツも脱がされると、レイチェルはそのシャツを歯で細く裂き、包帯代わりに腕に巻きつけた。

「ちょっと不恰好だけど我慢してね」

「ああ」

光太郎は、自分が泣きだしそうになっているのに気がついた。勿論、傷が痛いというのもあったけれど、大部分を占めるのは物理的な痛みではなく、心の痛みだった。

「…なあ、レイチェル」

「?」

レイチェルの手がピタリと止まった。

「…俺みたいな奴がさ、テイルファイヤーなんかやってていいのかな?」

気がつくと、光太郎はそんなことを口走っていた。

―――最近の光太郎は失敗や、手をこまねく状況が非常に多かった。

慧理那会長にはテイルドライバーを見られるし、理事長の前でツインテールのことを大声で口走ってしまうし、直してもらったギアもすぐに壊してしまって、おまけに怪我までしてレイチェルを半泣きさせてしまっている。

ツインテイルズの皆は確実に成長している。最初は頼りないと思っていたあのイエローですら成長し、すっかり戦えるようになっている。ただし、成長のベクトルは正しいのかどうかは分からないが…。

それなのにファイヤーだけは、丹羽光太郎だけが成長しているどころかむしろ退化しているような気さえするのだ。今まで出来ていたはずのギアのスペックを引き出せず、あのロボットに一方的にやられて、怪我を負い無様に地を這い、パートナーのレイチェルも泣かせてしまって。

自分なんかよりもテイルファイヤーに相応しい人物が他にいるのではないか? 例えば、自他ともに認めるツインテール一筋男の総二。自分よりも凄まじいツインテール愛を持っている総二にこのベルトを託した方がいいのではないか――?

「バカ」

「!」

弱音を吐いた光太郎の腕に軽くデコピンをするレイチェル。もっとも、軽くと言っても今の光太郎には数十倍の痛みにも感じられるのだが…。

「あんた、言ってたじゃない。俺、テイルファイヤーだからって…言ったあんた自身が、それを否定してどうすんのよ」

「…俺、そんなこと言ったか?」

「言ったわよ、このバカ」

レイチェルは涙を引っ込めて、怒り心頭の様子だ。忘れてんじゃないわよ、このアホンダラといった目をしていた。

「だってあんた、ツインテール好きなんでしょ? 消えて欲しくないんでしょ? だから、戦っているんでしょ?」

光太郎は何も答えない。いつもなら、何かしら返答するのだが、その気力もないのだろうか。…あるいはその気持ちですら、光太郎の中で揺らぎ始めているのかもしれない。

「…あのね、光太郎。あたしはね、あんた以外のテイルファイヤーは認めないわ。あたしだけじゃない、多分ツインテイルズのみんなだって認めないでしょうね」

「………」

「だって…みんな、あんたが好きなんだもん。強いからとか綺麗だからとかじゃなくて…あんたがあんただから、好きなの。そりゃあ、時々過度な期待で見られることもあるかもしれないし、あんただってそれが苦しいかもしれない。…だからって、そんなこと言わないで」

「………」

「あんたが変身するから、テイルファイヤーなのよ。あんただから、あたしも協力しているんだから」

光太郎は黙ったまま、下を俯く。すると、彼女は白衣のポケットから持ってきた携帯電話を取り出し、その画面を見せつけてきた。

「これ、なんだか分かる?」

光太郎の画面を見つめる目がゆっくりと見開かれる。痛む腕など気にせずに、慌てて携帯をひったくった。

「あなたの弟さんからのメールよ。信彦…だったけ? それが何通も届いていたわ」

画面をスクロールしていくと、信彦から光太郎宛てのメールが確認できた。避難が完了したよとか、今ツインテイルズがピンチかも…などのタイトルの物が何件も。なんと、数分前に送られてきたのもあった。

「あんたの弟さんはすごく几帳面なのね。さっきから携帯が震えてばかりだったわ。そういう所はやっぱり、血が繋がっている兄弟なのかしら?」

…弟は、ノブは無事なのか。少なくとも今のところは、メールを打てるような場所に避難しているのか。

几帳面な弟の性格が幸いし、その安否が確認できたことで、光太郎は少しだけ落ち着きを取り戻していた。

「会場にはあのケルベロスギルディがいるわ。あんたを襲ったっていうロボットも来るかもしれないし、一人じゃ敵わないかもしれない。あんたはツインテイルズで一番弱いしれない。けれど、たった一人の弟さんくらいは守ってあげられるような、そんな男であって。そんなお兄さんであって」

次の戦いはあたしもサポートに回るわ、これでいくらかはマシになるわよ…と、レイチェルは笑った。

「そして、戦いが終わったら…弟さんに自分の姿を見せてあげなさい。元気…とまでは言えないかもしれないけど、きっと喜ぶはずよ」

「ああ」

「家族ってそういうものだもんね」

「ああ…」

光太郎は地面に落ちていたテイルドライバーを力いっぱい掴んだ。

さっきの弱音は撤回しなければならなかった。

たった一人の弟の無事をこの目で確かめるまでは、まだテイルファイヤーをやめる訳にはいかない…そう心に誓いながら、光太郎は塗り薬の痛みに耐える。今は、この火傷をどうにかすることが最優先事項だった。




次回あたりでケルベロスギルディ戦を決着にしたいなぁ…まだ、アイツが残っているんだし、ファイヤーも書かなきゃならないし…。
一人一人は~、のくだりは完全に『トップをねらえ!』から取って来ています。会長は特撮好きだけど、アニメはどうなんだろ…?

では、次回もお楽しみに!! …次、いつ更新できるんだろうなぁ?

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