ホグワーツは世界一安全(仮)!   作:こんいろ

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#21 2月 ロマンチック戦線

「2月ね!」

 

 カレンダーを捲りながら、パメラが言った。レイチェルがちらりと窓の外へ視線を向けると、灰色の空からはパウダースノーがちらついている。最近ますます寒くなってきたわけだ、とレイチェルは溜息を吐いた。しかしそんな寒さなどどこ吹く風で、パメラはウキウキと楽しげな様子でレイチェルを振り返る。

 

「ねえ、レイチェルはどうする? 楽しみよね!」

「……ホグズミードのこと? 今回はお店を絞ってゆっくり回ろうってこの間決めたじゃない」

「違うわよ! 2月と言ったらほら、他にもあるでしょ!」

 

 ベッドに座ってザ・クィブラーを読んでいたレイチェルは、雑誌から顔を上げて首を傾げた。一体どうしてパメラはこんなにハイテンションなのだろう。イースター休暇はまだまだ先だし、パメラが楽しみにするような行事と言うことは勉強関係ではないはずだ。 何かあっただろうか、とレイチェルはカレンダーに視線をやって考えた。

 

「……ああ、エリザベスの誕生日ね。私はもうプレゼントを頼んだけど、もしかしてパメラはまだなの?」

 

 レイチェルはポンと手を打った。2月の終わりにはエリザベスの誕生日がある。レイチェルはふくろう通販でエリザベスに似合いそうなブローチを見つけたので、プレゼントにと注文した。来週くらいには届くはずだ。

 平日だから談話室でちょっとしたサプライズパーティーをしようと言う話もしていて、それに関しても準備は進んでいる。と言うか発案者はパメラなので、そんなことはわかっているはずだ。

 わけがわからないとレイチェルが疑問符を浮かべていると、じれったそうにパメラが答えを出した。

 

「そうじゃなくて! バレンタインよ、バレンタイン!」

「バレンタイン?」

 

 そう言えばそんなイベントもあったなと、レイチェルはぼんやりと考えた。城中に盛大な飾りつけがされるハロウィンやクリスマスと違って、バレンタインは大広間にピンクのハートや赤い薔薇が飾りつけられたりするわけではないから、何となく忘れがちだ。たぶん、学校が表立って不純異性交遊を推奨するわけにはいかないからだろう。

 恋人が居る上級生達は、愛を確かめ合うべく盛り上がっているようだけれど――――去年レイチェルはうっかり7年生の濃厚なキスシーンに遭遇してしまって非常に気まずい思いをした――――恋人どころか好きな人さえいないレイチェルには無関係の行事だ。レイチェルは再び雑誌へと視線を戻した。

 

「……一体何を騒いでるの? 貴方達。廊下まで聞こえていたわ」

「あ、おかえりエリザベス」

 

 ガチャリとドアが開いて、エリザベスが部屋に戻ってきた。パメラはどうやら、しわしわ角スノーカックの記事を読み耽り始めたレイチェルに見切りをつけたらしい。いいタイミングで帰って来てくれたとばかりに今度はエリザベスへと向き直ると、またさっきと同じにウキウキと声をかけた。

 

「ねえ、エリザベス! あなたはバレンタインはどうするの?」

「どうって……え? バレンタインの日って、何かあったかしら? 小テストはしばらくないわよね?」

 

 エリザベスは驚いた様子でちょうど手に持っていたらしい手帳を捲り始める。エリザベスらしいと言えばエリザベスらしいけれど、パメラの期待した反応とは違ったらしい。パメラはガッカリした様子で肩を落とした。それでも何とか気を持ち直したらしいパメラは顔を上げたかと思うと、サッと杖を振って呪文を唱えた。レイチェルのザ・クィブラーとエリザベスの手帳が手元から離れ、天井近くへと浮き上がった。

 

「あなた達、それでも女の子?」

「そのつもりだけど」

「一体何を怒っているの、パメラ」

 

 言われるまでもなく、レイチェルもエリザベスも女の子だ。きょとんとした顔でパメラを見返すレイチェルとエリザベスに、パメラは呆れ半分、怒り半分と言った様子だった。パメラは頭が痛いとでも言いたげに額を押さえると、信じられないと疲れた口調で叫んだ。

 

「だからつまり、誰かにカードとかプレゼントを贈らないのかってことよ!」

 

 ────ああ、なるほど。そう言うことか。

 レイチェルは思わずエリザベスと顔を見合わせた。ここまで言われないと気づかないくらいなのだから、当然レイチェルにそんな予定あるはずもない。たぶんエリザベスも同じだろう。しかし、素直にそう答えると怒られそうな気がしたので、レイチェルは話の矛先を逸らすことにした。

 

「パメラは誰かにカードを贈るつもりなの?」

「まあね! ……と言うか、あなた達くらいよ! もう3年生だって言うのに、そんな寝ぼけたこと言ってるの!」

 

 が、すぐにまた自分たちへと戻ってきてしまった。そんなこと言われても、とレイチェルは気まずく視線を泳がせた。レイチェルに言わせれば「まだ」3年生なのだけれど、パメラの感覚では「もう」3年生らしい。

 そう言えば今朝、ハッフルパフの女の子達が雑誌の特集を見ながら楽しそうにはしゃいでいた。あれはもしかしたら、バレンタインのことを相談していたのだろう。だとすればきっと、パメラの言葉はあながち嘘ではないのだかもしれない。

 

「別に、皆がやるからって私までやらなきゃいけない理由にはならないし……」

「私、そう言う軽薄なことってあまり好きじゃないわ」

「ああもう、甘いわ、二人とも!」

 

 ブツブツ言うレイチェルとエリザベスを、パメラはビシッと指差した。人を指差すなんてお行儀が悪いわ、とレイチェルは心の中でエリザベスの真似をしたものの、口に出すと怒られそうなので黙っていた。エリザベスの方も、早くこの話題が終わってほしいと言いたげに溜息を吐いている。しかしそんなレイチェル達の願いは届かず、尚もパメラの演説と言う名のダメ出しは続いた。

 

「私達もうすぐ14歳になるのよ! 皆『いいな』って思ってる男の子の1人や2人や3人居るんだから! ぼさっとしてると皆誰かに唾つけられちゃうわよ!」

「……そんな、バーゲンセールじゃないんだから……」

「付き合うつもりもないのに、思わせぶりに贈り物をしたりするのは、却って失礼じゃないかしら」

 

 ノリの悪い2人をパメラが睨んだので、レイチェルとエリザベスは大人しく口をつぐむ。

 何だろう。何だかすごく……理不尽だ。そんなこと言われたって、レイチェルには好きな男の子が居ないのだから、バレンタインに興味がなくたって仕方がない気がする。パメラに気になる男の子が居ようと、デートしようとパメラの自由にすればいいと思うけれど、レイチェル達にまでそれを強要しないでほしい。レイチェルは邪魔したりしないから、好きなだけカードでもお菓子でも贈ればいいじゃないか。

 レイチェルがムッとして眉を寄せていることに気がついたのか、パメラは何かを考え込んでいたかと思うと、何か思いついたかのように大きな青い目を輝かせた。

 

「……あ、そうそうレイチェル! マグルのティーンエイジャーの女の子達の間では、男の子にバレンタインカードを贈る習慣があるのよ!」

「そうなの? バーベッジ教授はそんなこと言ってなかったけど……」

「マグル生まれの私と元々は魔女のバーベッジ先生、どっちを信じるの!?」

「……それもそうね。パメラを信じるわ。誰か1人に贈ればいいの?」

「決まりね!」

 

 バレンタインの起源についてレイチェルは詳しくないけれど、それがマグルの間でも広まっている文化だと言うのなら、レイチェルもぜひ乗っかる所存だ。みすみす見逃す手はない。

「マグル」の一言であっさりと意見を変えたレイチェルに、パメラはようやくザ・クィブラーを返してくれた。が、エリザベスの手帳はまだパメラの手の中だ。もしや、YESと言うまでの人質なのだろうか。ありえる。

 

「と言うわけで、誰か素敵だなって思う男の子にカードを贈ること! ちょうど来週ホグズミードだから、皆でカードを選びましょ! この時期ならきっと色々種類があるわ!」

「わかったわ」

 

 すっかり機嫌を直したらしいパメラが、ニッコリ笑ってそう言った。その案にはレイチェルも賛成だ。色々な素敵な魔法のかけられた華やかなカードは、見ているだけで楽しい。レイチェルは元気よく良い子のお返事をしたが、エリザベスは困り顔のままだ。やっぱり気乗りしないらしい。

 

「レイチェル達だけで楽しんで頂戴。私は別に……」

 

 エリザベスはちらちらと手帳を見ながら遠慮がちに言葉を紡いだ。せっかくだから、皆でやればお祭りみたいで楽しいのに。けれど、お嬢様育ちのエリザベスは男の子との付き合い方について両親から色々と厳しく言われているみたいだし、エリザベス自身も少し潔癖なところがあるので仕方がない。レイチェルそう思ったが、パメラはちっとも諦める気はないようだった。

 

「マグルの文化を馬鹿にするのねエリザベス! やっぱりあなたって純血主義のお嬢様なんだわ……!」

「違うわ! わかった、わかったわ、私も贈ればいいんでしょう!」

 

 ワッと声を上げて大げさに泣き真似をしてみせたパメラに、エリザベスは頬を紅潮させて否定した。どうやら、純血主義者の不名誉を着せられるくらいなら、多少軽薄なイベントに参加する方がマシだと考えたらしい。

 パメラはともかく、エリザベスの気になる男の子って誰かしら。レイチェルは気になった。しかし、それよりも先に自分がカードを贈る相手について考えなければならない。

 セドリックでいいか、と3秒で結論を出したレイチェルの頭の中を見透かしたように、パメラが目をキラリと光らせた。

 

「セドリックはダメよ、レイチェル」

「え? どうして!」

「だって、あなた『セドリックのことは男の子としては好きじゃない』んでしょう? セドリックに贈ってもいいけど、それなら他に誰かもう1人見つけなきゃダメ」

 

 この間の会話を蒸し返されて、レイチェルはウッと言葉に詰まった。そうだ。そう言えば、セドリックのことはただの幼馴染としか思っていないと断言してしまったのだった。まあ、嘘や照れ隠しで言ったわけではなく、事実なのだけれど……。

 レイチェルには気になってる男の子なんて特に居ない。思ったより面倒なことになりそうだ。

 

 

 

 

 

「……と言うわけなの。マグルの女の子って大変よね」

「へぇ。そうなんだ……」

 

 事のあらましを伝えると、セドリックは驚いたように目を見開いていた。勿論、最後のセドリックが云々と言う箇所は抜かしたけれど。わざわざ言う必要も感じないし、あまり言いたくない。

 それによくよく考えてみると、セドリックにカードを贈ったりしたら、また恋人同士なんじゃないかなんて噂が立ちかねない。だとすれば、レイチェルがマグル式バレンタインに参加するには、セドリック以外の誰かにカードを贈るしかないのだ。

 

「……パメラに騙されてるんじゃないかなあ」

「え、何? ごめん、聞こえなかった」

 

 ぼそりとセドリックが何か呟いたが、レイチェルが聞き返すと何でもないと苦笑された。あれからマグル学の授業があったので、バーベッジ教授にマグルのバレンタインについて聞いてみた。けれど、バーベッジ教授からはあまり詳しくないからわからないと返事が返ってきた。なのでやっぱり、レイチェルはパメラから聞かされたマグルのバレンタイン事情を鵜呑みにするしかないのだった。

 

「セドは誰かに何か贈るの?」

「え、いや……特には……正直言うと、今レイチェルから聞いてバレンタインの存在を思い出したよ」

「恋人同士のイベントって感じだものね。おじさんはおばさんに花を贈ったりするんでしょうけど……正直、パメラ達がどうしてあんなに張り切ってるのかよくわからないわ」

「僕の周りではそんな話聞かないし、やっぱりバレンタインなんて忘れてると思うよ。恋人が居る奴は別として」

 

 レイチェルの父親も、毎年バレンタインに間に合うように、ルーマニアからわざわざ母親に大きな薔薇の花束を贈って寄こす。1度うっかり忘れたときは、わざわざ本人がルーマニアから帰ってきて謝り倒すくらいの一大事だった。やっぱり、どの年代でもバレンタインに胸をときめかせるのは男の人よりも女の人の方なのだろうか。

「他人事じゃないわよ、セド。きっとセドにもカードがたっくさん届くわよ」

「そうかなあ……そんなことないと思うけど」

「あるわ。絶対ある」

 

 謙遜するセドリックに、レイチェルは力強く言った。セドリックがカードを貰えなかったとしたら、一体誰が貰えると言うのだろう。レイチェルが知っているだけでも、少なくとも2、3人はセドリックにカードを贈りそうな女の子の心当たりがある。もっとも、きっと鈍感なセドリックは全然気づいていないのだろうけれど。

 

「モテるって素敵ね」

 

 溜息交じりに呟いたレイチェルに、セドリックは面食らったようだった。

 セドリックだけじゃない。エリザベスは美人だし、パメラも社交的なので何だかんだで男の子に人気がある。きっとバレンタインには、1枚か2枚はカードが届くだろう。パメラに言われるまですっかりバレンタインを忘れていたレイチェルだけれど、それでも当日になっても気づかないほど興味がないわけじゃない。

 

「レイチェルにだって、カードが届くかもしれないじゃないか」

「…………誰から?」

 

 セドリックの言葉は気遣いなのだとレイチェルにだってわかったが、それでも思わず真面目に聞き返してしまった。残念ながら、そんな心当たりはないのだ。何一つ。

 別に恋人が欲しいわけでもない。好きな男の子が居るわけでもない。だからバレンタインなんて関係がない。

 そう言いきってしまえれば楽だろうけれど、やっぱり他の女の子達がカードを貰っていたら羨ましいと思うし、自分にだけ届かなかったら少しみじめな気持ちにもなってしまうだろう。たとえそれが自分の好きな人じゃなくたって、自分を密かに想っていてくれる人が居ると言うのは、女の子にとってはちょっとした自信になる。それが素敵な人なら、尚更。

 

 セドリックは男の子だから……しかもモテるから、きっとこれに関しては説明したところでわからないだろう。

 羽根ペンを走らせながら、レイチェルは小さく溜息を吐いた。乙女心は複雑なのだ。

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