ホグワーツは世界一安全(仮)!   作:こんいろ

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#23 2月 2分の1の憂鬱

 それから2週間が経っても、バレンタインの話題はなかなか終わらなかった。女の子達は、自分の贈り物はちゃんと想い人に届いただろうか、喜んでもらえただろうかと男の子達を遠巻きに噂していた。カードやお菓子が届いた女の子達は、自分を密かに想ってくれている素敵な男の子は誰かしらと胸をときめかせ、筆跡や何かから「犯人探し」に夢中になった。そしてそれは、自分への贈り物だけではなく他の誰かが貰ったものに関しても行われていた。プライバシーなんて乙女の好奇心の前では消し炭と化すのだ。

 

「私、チョウが貰ったカードのうち、1枚はロジャーじゃないのかと思うのよね!」

「どうしてそう思うの?」

「貴方達……試合に集中しないと、選手に失礼だわ」

 

 上空で行われているクィディッチの試合を観戦しながらも、話題はそんな感じだった。コメット260はその名の通り彗星のような早さで飛び回っている。青いローブのチョウを探して、レイチェルは視線を彷徨わせた。ちょうど、すぐ近くにはロジャーも居る。エリザベスの溜息を無視して、パメラが弾んだ声で言った。

 

「ちらっと見えたんだけど、字がそうみたいだったのよね! ほら、ロジャーの字って特徴的でしょ!」

「……要するに、字が汚かったのね。まあ、ありそうよね」

 

 ロジャーと何度かノートの貸し借りをしたことがあるレイチェルは、なるほどと頷いた。チョウはレイブンクローのクィディッチチームの紅一点だし、性格も良いし、何よりとても可愛い。同性のレイチェルの目から見てもとても魅力的だと思う。一緒に練習するうちに好きになってしまったと言うのは十分に考えられる気がする。

 

「それにほら、ロジャーって面食いじゃない!それに関しては、あなたがよく知ってるわよね? エリザベス」

「何のことかしら? 思い当たらないわ」

 

 ニンマリ笑うパメラに、エリザベスがふいっと顔を逸らす。1年生の頃、ロジャーがエリザベスにアタックしていたことは同級生の間では有名な話だ。まさか同寮生の女子にボロクソに言われているなんて知るはずもないロジャーは、箒の上からこっちに向かって手を振ってみせた。と言うかたぶん、エリザベスに向かって。

 そんなことをしている暇があったらクアッフルを見てほしい。レイチェルは呆れて溜息を吐いた。とは言え、試合に集中していないのはレイチェル達も同じだ。もっと応援に気合いを入れなければ。レイブンクローの旗を握りしめ、レイチェル達も選手達に声援を送った。が、残念ながら競技場を出たレイチェル達の表情は晴れ晴れとした笑顔と言うわけにはいかなかった。

 

「あー、もう、悔しい! 負けちゃうなんて! これで今年のレイブンクローの優勝はなくなっちゃったわね」

「セドがスリザリンをこてんぱんにしてくれることを願うわ」

 

 レイブンクローは僅差で負けてしまったので、1敗1分け。残りの試合に勝ったとしても、グリフィンドールが既に2勝しているのでどう足掻いても優勝杯は手に入らない。ハッフルパフがスリザリンを下してくれれば、何とか2位争いに食い込むことができる。まあ、そうでなくったってセドリックには勝ってほしいと思っているけれど。

 

「毎年のことだけれど、スリザリンは本当に反則が上手いわ」

 

 エリザベスの言葉に、レイチェルもパメラも全くだと頷いた。審判の目を誤魔化してこっそり何かやることに関しては、スリザリンチームの右に出るものは居ない。チョウがまだ試合に不慣れなのをいいことに、あの手この手で邪魔し放題だった――――いつから、スリザリンではチェイサーも棍棒を持ってよくなったのだろう。しかも、その妨害のせいでチョウはスニッチを見失ってしまったのだから、どうにもスッキリしない。セドリックのフェアプレー精神を少しは見習うべきだ。

 

「何か食べましょ、お腹ペコペコ」

 

 部屋へと戻ったレイチェル達は、すっかりお腹を空かせてしまっていた。試合後に祝勝パーティーが開かれる可能性があったから、朝食は軽めにしか食べなかったのだ。負けてしまったので当然パーティーは中止。談話室では今、選手達の反省会が行われているところだろう。

 昼食まではまだかなり時間がある。パーティー用に取っておいたハニーデュークスのお菓子があったので、レイチェル達はそれを囲んでちょっとしたティータイムを楽しむことにした。

 

「ねえエリザベス、このチョコも開けていい?」

「ちょっとパメラ、それはいくらなんでもまずいんじゃ……」

「構わないわ。好きなだけ食べて頂戴」

 

 パメラが手を伸ばしたのはエリザベスがバレンタインに贈られたチョコレートの箱だったので、レイチェルはギョッとした。が、エリザベスは躊躇う様子もなく許可を出した。レイチェルも勧められたので、ありがたく1つ貰うことにする。1粒1粒が繊細な作りのチョコレートは、上品な甘さで舌の上をとろけていく。

 

「結局、誰なのかしらね。このチョコの贈り主!本当に心当たりないの、エリザベス?」

「だから、ないって言ってるでしょう……しつこいわ、パメラ。貴方こそ、あれは一体誰からなの?」

「秘密。レイチェルがあのカードは誰からなのか教えてくれたら言うわ!」

 

 パメラとエリザベスがじっとレイチェルを見るが、レイチェルは聞こえなかったフリをして黙秘を貫いた。

 レイチェル達の中でも「犯人探し」は行われていた。とは言っても、パメラもレイチェル同様贈り主に見当がついているらしいので、主にエリザベスの贈り物についてのみだ。だが、捜査は今のところ難航している。

 エリザベスには結局4つの贈り物が届いた。1つは花びらにメッセージ――――『あなたは僕の薔薇だ』――――が書いてある薔薇の造花(エリザベスは軽薄だと眉を顰めていた)、1つはこの立派なチョコレートの箱(エリザベスはさっきから1粒しか食べていない)、そしてバレンタインカードが2枚だ。そして、そのうち1枚には差出人の名前があった(調べたところ、ハッフルパフの1年生の男の子だった)が、それもエリザベスの気分を害していた。

 

「バレンタインカードに名前を書くなんて……」

「まあまあ、まだ1年生なんだし、許してあげなさいよ! 可愛いじゃない!」

 

 残りの3つのうち、どれかは以前エリザベスをデートに誘って来た人だろうと言う結論になったが、どれかわからないし、他の2つに関しても誰からかわからないらしい。

 一方、パメラは贈り物をとても気に入っていた。サテンのリボンがかかった小箱に入っていたのは、淡いピンク色をした大きなイミテーションの宝石だった。上から覗きこむと、パメラだけに見えるメッセージが浮かぶようになっているらしい。レイチェルには当然見えないけれど、キラキラと光を反射して虹色に光る様子は、見ているだけでもうっとりしてしまう。どうやらパメラがカードを贈った相手からのものらしく、パメラはそれをベッドサイドテーブルに大事に飾っている。

 レイチェルはと言えば、あの例のカードだけれど――――実のところ、苦悩していた。いや、嬉しかったのだ。すごく。もしもレイチェルだけ何もなしだったら、きっとみじめな気分になってしまっただろうから。嬉しかったのだけれど、双子のウィーズリーからだと言うのが苦悩の原因だった。いっそのこと、エリザベスのように誰から贈られたのか分からない方が平和だったような気がする。贈り主がわかっているのだから、何かお礼を言ったりお返しをしたりした方がいいのだろうか……? でも、それも色々と誤解を招きそうだ。パメラは「いいのよ。バレンタインってそう言うものなんだから。って言うか、カードの心当たりがあるなら自分も贈ればよかったじゃない」なんて言っていたけれど、貰いっぱなしと言うのは何となく落ち着かない。

 

「バレンタインっていいわよね」

 

 5粒目のチョコレートをつまんだ――――何度も言うようだけれどエリザベスのだ――――パメラがニッコリ笑って言った。同意しかねるレイチェルは黙ってミルクティーを飲むことにする。横を見ると、エリザベスも同じことをしていたので、どうやらレイチェルと同意見らしい。

 準備だけでなく、終わった後でさえこんなに悩まされるだなんて。いくらマグルの文化とは言え、来年からはレイチェルはバレンタインには参加しない方向で行きたい。

 

 

 

 

 

「ハリーにバレンタインカードが届いたの」

 

 自分が貰ったカードのことで頭がいっぱいだったレイチェルは、自分も1通のカードの贈り主であり、誰かにとっての「犯人」であることをすっかり忘れていた。もっと早くハーマイオニーの顔を見れば思い出したかもしれないけれど、先週の金曜日はフリットウィック先生に用事を頼まれていたせいで会えなかったのだ。とは言え、焦ることはないとレイチェルは気を取り直した。だってレイチェルがカードは贈った相手はあのハリー・ポッターなのだから。

 

「そうなの。たくさん届いたんでしょ? 何通くらいあったの?」

「いいえ。1通よ」

「えっ?」

 

 セドリックには10個以上も贈り物が届いたので、てっきり有名人のハリー・ポッターもそれくらいだろうと思っていたのに。レイチェルはハーマイオニーの言葉にギョッとした。まさか、レイチェル1人きりしか贈っていないなんて。思惑がまるきり外れてしまった。レイチェルは掌に冷や汗が滲んで来るのを感じた。

 

「えっと……ハーマイオニーはそのカード、見たの?」

「いいえ。見せてくれないの。カードを貰ったのは初めてで、すごく嬉しかったみたい。でも、誰が贈ってくれたのか、心当たりはないんですって」

 

 よかった。それなら、筆跡でバレてしまうことはないだろう。レイチェルはホッと胸を撫で下ろしたが、同時に疑問も湧いてきた。詳しくは知らないけれど、ハリー・ポッターって確かホグワーツに来るまでマグルの世界で生活していたはずだ。それなのに、バレンタインにカードを貰ったことがないとはどう言うことなのだろう? 女の子に人気がなかったのだろうか?

 そうだ。マグル式バレンタインと言えば。

 

「ハーマイオニーも、やっぱり誰かにカードを贈ったの?」

「え?」

 

 ハーマイオニーはマグル生まれなわけだから、当然バレンタインもマグル式のはずだ。そう思ってレイチェルが訊ねてみると、今度はハーマイオニーが目を見開いた。照れ隠しなのかと思ったけれど、その目には明らかに困惑が浮かんでいる。伝わらなかったのだろうかと、レイチェルは言葉を続けた。

 

「バレンタインよ。マグルの女の子は皆男の子にカードやチョコレートを贈るって……」

「何の話?」

 

 訳がわからないと言った様子で首を傾げるハーマイオニーに、事の次第を話すと、困ったような顔でマグルの女の子も魔法使いと同じで、気になっている人にしかカードを贈らないのだと説明された。

 

「……ちょっとごめんなさい、ハーマイオニー。申し訳ないんだけど、今日の勉強会はこれで終わりにしてもいい?」

 

 2月ももう終わろうとしている頃になって、レイチェルはようやくバレンタインの真実を知ったのだった。

 

 高くそびえるレイブンクロー塔のてっぺんにあるレイブンクロー寮は、眺めは最高だけれど足腰には最悪だ。しかし、いつもならうんざりする長い螺旋階段もこのときばかりは気にならなかった。ダンダンと大きな足音を立てながら駆け上がって行くレイチェルをすれ違う同寮生達が怪訝そうな目で見ていたが、今はそれどころじゃない。

 

「パメラ!」

 

 息を切らしながら勢いよく自室の扉を開け放ったレイチェルは、ベッドでマニキュアを塗っていた親友を睨みつけた。レイチェルの怒りの理由に見当がついたらしいパメラは、悪びれる様子もなく舌を出してみせる。レイチェルは床に落ちていたクッションを投げつけたが、パメラには軽く避けられてしまった。

 

「ひどいわ! 騙すなんて!」

「いいじゃない、楽しかったでしょ! 小学校の授業でカードを書かされたこともあるから、嘘は言ってないわよ!」

 

 バタバタと追いかけっこを始めた2人に、エリザベスが呆れたように溜息を吐く。ストーブの近くに干してあったタオルがばさばさと宙を舞い、机の上に積まれたままだった羊皮紙が床に散らばる。2月に入ってからと言うものの、バレンタインのことばかり考えさせられていた反動でレイチェルの怒りは大きかった。

 

「冗談じゃないわ! 誰に贈ればいいかって、1週間以上も悩んだのよ!」

「たまにはレイチェルも男の子のことで悩むべきよ! それに、カードを貰ったんだから、どの道バレンタインと無関係ではいられなかったわよ!」

「それでもパメラが嘘を教えなかったら、悩みは半分ですんだわ!」

 

『マグル式バレンタイン』だなんて。信じてたのに。あんなに悩んでカードを書いたのが馬鹿みたいだ。マグルの文化だと聞かされなければ、そもそもカードを贈るつもりなんてなかったのに。

 ちっとも反省していない様子のパメラは、レイチェルをからかうようにベッドの影からひょっこり顔を覗かせる。

 

「そう言えば、結局誰にカードを贈ったのよ? 私、聞いてないわ」

「パメラにだけは絶対教えないわ!」

 

 結局、部屋が散らかって迷惑だとエリザベスに叱られたのと、パメラがレイチェルに何かマグル製品をあげると約束してくれたことでひとまず怒りを収めることにした。が、今度からパメラの言うマグル情報を信用するのはやめようとレイチェルは決心する。疑わしそうな情報は必ずハーマイオニーに確かめよう。

 

 こうして、レイチェルにとって悩み多き1ヶ月は過ぎて行った。

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