ホグワーツは世界一安全(仮)!   作:こんいろ

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#31 5月 名前で呼んで

 針のむしろって、きっとこう言う状況を指すのだろう。レイチェルはベーグル・サンドを食べながらぼんやり思った。

 大広間の入口からちょうど入って来たのはハリー・ポッターだった。彼が1歩中へと足を踏み入れた途端、全てのテーブルが急にざわざわし始める。まるで組分けの儀式の日に戻ったみたいだなあとレイチェルは呑気にそんなことを考えた。ハリー・ポッターとは親しくないし、どうしたって他人事だ。

 ホグワーツ一の有名人のゴシップは瞬く間に学校中に広がり、2週間経った今では事の詳細も段々はっきりしてきていた。ハリー・ポッターはどうやら、スリザリンの1年生を罠にかけようとして夜中に抜け出したらしい。しかも、ドラゴンがどうのこうのなんて嘘をついて。ハーマイオニーの様子から見るに、恐らくそれは真実ではないのだろうとレイチェルは思ったものの、当人達はその汚名を甘んじて受け入れることにしたようだった。

 最初はこのセンセーショナルなニュースを面白がっていたレイブンクロー生やハッフルパフ生も、どうやらこの件で1番得をしたのはスリザリン生だと言う事実に気付いてからは、態度を一変させていた。本来なら、他の寮の点数が減ったところであれこれ言う筋合いもないのだけれど、今回ばかりは寮杯の行方がかかっていたのだから仕方ないのかもしれない。しかも、大抵の生徒は試験前でイライラしている。せっかくスリザリンから寮杯を奪還できると思ったのに、それを台無しにされた失望は大きい。

 150点の失点全てがハリー・ポッターのせいじゃないことは皆だってわかっているけれど、他の1年生が誰なのかわからない以上、矛先が向かうのは有名人のハリー・ポッターだ。廊下を歩けば悪口が聞こえてくるし、ハリー・ポッターの顔を見ればヒソヒソと囁き声が広がる。ついこの間までホグワーツのヒーローだったのに、こうも嫌われてしまうなんて不思議だ。少し可哀想だなと思いもするが、夜間外出したこと自体は確かなので、自業自得だとも思う。

 レイチェルは今となっては、彼にバレンタインカードを贈ったことを後悔し始めていた。トロールのときと言い、シーカーのことと言い、ハリー・ポッターが先生の言いつけや規則を破ることに対して罪悪感を持たない人間だと言うのはわかっていたはずなのに、どうして少しの間大人しくしていたからって忘れていたのだろう。いくらシーカーとして素晴らしくたって、それと人柄の良し悪しは別物だ。そうでなければスリザリンチームがあんなに強いはずがない。この間4階の廊下でハリー・ポッターを見かけたのも、もしかしたら偶然迷い込んだんじゃなく、わざとだったんじゃないかと思い始めていた。立ち入り禁止だと知っていて、あそこに行こうとしていたんじゃないだろうか。たぶん、ちょっとした好奇心か何かで。

 今回の件についても、自分は1年生シーカーで特別だから、ちょっと夜出歩いたって大丈夫だと思ったのかもしれない。ハーマイオニーからハリーは謙虚だとか優しいとか聞いていたからすっかりそんな気がしていたけれど、ハーマイオニーはきっと友達だから良い方にフィルターがかかっているのだ。誰だって、大切な友達を嫌な奴だと思いたくない。

 さすがに悪口は言わないけれど、レイチェルも周囲と同様ハリー・ポッターに反感を覚えていた。女子トイレで誰かが言っていた、「ちやほや特別扱いされるのが当然で、規則なんてゴミだと思っている、調子に乗った嫌なガキ」と言う意見には思わず言い得て妙だと納得して頷いてしまったくらいには。

 レイチェルだって、1年生のやらかしで寮杯を逃してしまったグリフィンドールには同情するし、スリザリンが反則だらけのクィディッチで点を獲得したことを考えると、この結果を残念に思う気持ちはある。けれど単にそれだけでなく、いやそれ以上に、レイチェルはハリー・ポッター個人の性質が気に入らない。

 

 

 

 

 

「頼む、レイチェル! 先週のマグル学のノート、見せてくれ!」

 

 5月も中頃になり、試験勉強もますます切羽詰まったものになってきていた。

 祈るように手を合わせてレイチェルに頭を下げているのは、同級生のロジャー・デイビースだ。捨てられた子犬のような目で自分を見るロジャーに、レイチェルは小さく溜息を吐いた。

 

「悪いけど、嫌」

「なんでだよ!」

 

 さっきまでの低姿勢はどこへ行ったのか、不満げに顔を歪めるロジャーを無視してレイチェルは重たい鞄を肩にかけた。これ以上ロジャーと話を続ける気はなかったからだ。

 どうしてか? それは、自分の胸に聞いてみるのがたぶん1番早いんじゃないだろうか。

 

「どうせまた、授業中に寝てたんでしょ。先週のって、その前もその前の前の授業のノートも貸してあげたじゃない」

「仕方ないだろ! 朝一番の授業は眠いんだよ」

「それは皆同じでしょ。別にロジャーだけじゃないわ」

 

 レイチェルの心が狭いのかもしれないけれど、1度や2度ならともかく、3度目はさすがにいい加減にしろとも言いたくなる。レイチェルだって、連日の試験勉強で寝不足だ。けれど、この後も図書室に行って勉強しなければいけない。欠伸を噛み殺しながら扉の方へと歩き出すと、なおも諦めきれないらしいロジャーは慌ててレイチェルの後をついてきた。

 

「なあ、本当、頼むって! マグル学知り合い少ないからヤバいんだよ俺! 代わりに古代ルーン文字のノートなら貸すからさ」

「……私、古代ルーン文字のノートは間に合ってるから」

「何でだよ! レイチェル、この前の水曜の午後の授業、寝てただろ!! 俺、見たんだぜ!」

「どうしてそんなこと知ってるのよ……。ちゃんと前向いて授業受けたら?確かにあの日はちょっと寝ちゃったけど、もうその分のノートは貸してもらったから。って言うか、足りてなかったとしてもロジャーのノートじゃ意味ないわ」

 

 ロジャーの字は何と言うか特徴的で、残念ながらレイチェルには読めない。しかも古代ルーン文字のノートだなんて、どれがアルファベットでどれがルーン文字なのかを見分けるのさえ大変だろう。交換条件としては成り立たない。レイチェルが冷たく切り捨てると、ロジャーは悔しそうに頭を掻いた。

 

「くそ! 借りたって誰に……エリザベスか! エリザベスのノートだな!ルームメイトが優等生だからって楽しやがって!」

 

 もはや、自分が頼みごとをしている立場だと言うのを忘れたらしい。と言うか、喧嘩を売っているのだろうか。レイチェルは思わず眉間に皺を寄せた。確かにエリザベスは優等生だけれど、別に楽なんてしていない。それに、たとえそうだったとしても3週連続で他人のノートを借りて楽をしようとしているロジャーにだけは言われる筋合いはない。

 

「違うわ。居眠りが原因なのにエリザベスがノートを貸してくれるわけないでしょ。セドに借りたのよ」

「ディゴリーのノートかよ! 最高じゃないか!見せてくださいお願いします!」

「あなたプライドってないの、ロジャー」

 

 レイチェルは呆れて溜息を吐いた。いつもなら、ハッフルパフは敵だとか何とか言っているくせに。と言うか、セドリックのノートが欲しいのなら、本人に直接頼めばいいとも思う。セドリックのことだから、どうせもう書かれた内容なんてほとんど覚えてしまっているだろうし、親切だから快く貸してくれるだろう。わざわざレイチェルから又借りする必要はどこにもない。

 

「頼む、レイチェル! あんまり成績悪いと、クィディッチチームから外されるんだよ!」

 

 そう叫んだロジャーの顔があんまり必死だったので、レイチェルはさすがに可哀想になってきた。それに、ロジャーは勉強に関しては多少いい加減なところもあるけれど、クィディッチについては一生懸命だ。レイチェルは小さく息を吐くと、鞄の中の羊皮紙の束から先週分のマグル学のノートを探し当てた。

 

「わかったわ、貸してあげる。その代わり、次の試合では絶対負けないでよね」

「任せとけ!」

 

 パッと顔を輝かせて、ロジャーはレイブンクロー寮の方向へと走って行く。その背中をレイチェルはぼんやりと見送った。さて、レイチェルも図書室へと向かわなければならない。早く行かないと、席が埋まってしまう。急ごうと元進んでいた方向を振り向いたレイチェルは、その拍子に誰かとぶつかってしまった。

 

「あっ、ごめんなさい……」

「いや、俺も前見てなかった…………って、あ……君、この間の……」

 

 スリザリン生だったらまた減点されてしまう。ぶつけた鼻を押さえながら恐る恐る上を向くと、そこには知っている顔があった。グリフィンドールのクィディッチチームのキャプテン、5年生のオリバー・ウッドだ。

 オリバーが言葉に詰まっているのを見て、レイチェルは軽く会釈した。

 

「レイチェル・グラントです」

「オリバー・ウッドだ。そうか、知らない顔だなとは思ったけど、グリフィンドールじゃなかったのか。アンジェリーナ達の友達みたいだったから、てっきりうちの寮かと」

 

 どうやら、この間のホグズミードでアンジェリーナ達と一緒だったのを覚えていたらしい。直接話をしたわけではないのにと、レイチェルは驚いた。記憶力がいいのだろうか。レイチェルがそんな風に感心していると、ウッドはロジャーが去っていた方向を難しい顔で見つめていた。

 

「……今のは、レイブンクローのチェイサーだな? 仲が良いのか?」

「ええ……まあ、同じ寮なので……」

 

 真剣な顔で聞くウッドに、レイチェルは素直に頷いた。ロジャーとは特別仲がいいわけじゃないけれど、まあそれなりに親しい方だ。同じ寮だし。ロジャーがどうかしたのだろうか。と言うか何でそんなことを聞くのだろう? レイチェルが不思議に思っていると、ウッドは疑り深い視線でレイチェルを見つめた。

 

「まさか、グリフィンドールの戦略を流してたりなんかは……」

「そ、そんな……してません! してません!」

「ならいいんだが……すまない」

 

 予想外の疑惑をかけられて、レイチェルは慌てて否定した。そもそも、アンジェリーナ達ともロジャーともクィディッチの話なんてそんなにしていない。申し訳なさそうな表情をしつつも、明らかに安心した様子のウッドを見て、レイチェルは思わずクスクス笑ってしまった。疑われて嫌な気持ちになるよりも、何だかおかしくなってしまったのだ。アンジェリーナ達の言う通り、この人は本当にクィディッチが好きで好きでたまらないらしい。

 

「試験後の試合、頑張ってください。楽しみにしてますね」

「ああ。こうなった以上、何としてもクィディッチの優勝杯だけは獲得しなきゃな」

 

 クスクス笑いがようやく収まったレイチェルがにっこり笑うと、ウッドは複雑そうに苦笑してみせた。レイブンクローに勝ってほしいけれど、グリフィンドールにも頑張ってほしい。……まあ、グリフィンドールがクィディッチで勝利するとしたら、そこはやっぱりハリー・ポッターの活躍が必要になってくるから複雑なところではあるのだけれど。

 

「ミスター・ウッドは……」

 

 初めて会ったのに、しかも上級生に、いきなり親しげに名前で呼ぶのは失礼かもしれない。そう思って名字で呼び掛けることにしたレイチェルだったが、続くはずだった言葉はウッドが咳き込んだことによって遮られた。何だか珍しいものを見るような視線がしげしげとレイチェルを見下ろす。

 

「いや、ちょっと……何か照れるから、その呼び方はやめてくれ。オリバーでいいよ。じゃなきゃ、ウッドで。アンジェリーナ達だってそうなんだし」

「はい……えっと、じゃあ、オリバー。試合、頑張って」

「ああ。レイブンクローには悪いが、次の試合の勝利はグリフィンドールが貰うよ。じゃあ、レイチェル。また」

 

 爽やかな笑顔を浮かべて手を振るウッドに、レイチェルも振り返した。遠ざかって行く背中は、キーパーだけあってがっしりしている。やっぱり何かに打ち込んでいる人と言うのは輝いているなと、レイチェルはそんなことを思った。ぼんやりと廊下の真ん中に立ち尽くしていたレイチェルだったが、突然誰かにポンと肩を叩かれた。

 

「驚いた。レイチェル、君、ウッドと友達だったのかい?」

 

 聞き覚えのある声に振り返れば、やっぱりそこには見知った顔があった。しかも2つも。燃えるような赤毛の双子が、意外そうな顔でレイチェルを見つめていた。視線を落とすと、手にはまたも悪戯道具が握られている。レイチェルは思わず溜息を吐いた。

 

「違うわ。さっきぶつかっちゃって……話したのは、今が初めてよ。……と言うか、別にあなた達には関係ないじゃない」

「『初めて』」

 

 レイチェルが正直に答えると、双子のどちらかが顔を顰めて唸った。そのまま2人でレイチェルに聞こえないようヒソヒソ内緒話をし始めたので、レイチェルは思わずムッと眉を寄せた。

「言いたいことがあるのなら、はっきり言って」イライラと吐き捨てれば、双子はようやくレイチェルの方を振り向いた。

 

「初めて会ったウッドは『オリバー』で、俺達は『あなた達』だとよ」

「君、僕達の名前知ってるかい? 覚えてないって言うのなら、ディゴリーじゃなくて君がトロールだって噂を流すべきだったぜ、レイチェル」

「だから、セドはトロールじゃないってば……」

 

 思わず声を荒げかけたが、双子が真剣な顔でレイチェルを見返すものだから言葉に詰まった。双子のウィーズリーの名前を知らないなんて、そんなことあるわけがない。だって、2人は学校中の有名人だ。1年生だって知っているし、勿論レイチェルだってちゃんと覚えている。

 

「えっと……その……知ってるわ。でも、あの……私……」

 

 確かに双子が指摘する通り、レイチェルは彼らの名前を滅多に呼ばない。特に、2人がセットで居る時には。

 最近では見直すこともあるものの、ずっと出来る限り双子を避けてきたのでタイミングを逃してしまって、今更親しげに呼び掛けるのは気恥ずかしかったからだ。それに。

 

「あなた達の見分けが、その……つかなくて。うっかり、名前を呼び間違えちゃうかもしれないわ」

 

 レイチェルには2人で一緒に居られると、どっちがどっちなのか全くわからない。毎回尋ねるのも失礼な気がするし、かと言って呼び間違えるのも失礼なので、結局この2人と話さなければいけないときは「あなた達」と呼んでしまう。レイチェルが気まずくなってボソボソと呟くと、2人は呆れたように溜息を吐いてみせた。

 

「君、そんなこと気にしてたのかい?」

「ママでも僕達を間違えるくらいなんだぜ。どっちがグレッドでどっちがフォージか」

「君もディゴリーもトロールじゃないってんなら、ぜひとも名前で呼んでほしいね」

 

 確かに、名前を間違えることも失礼だけれど、名前を知っているくせに呼ばない方がよっぽど失礼かもしれない。レイチェルだって名前を知っている人から「そこの人」とか「君」とか呼ばれたら何か怒らせてしまうのかと思うだろう。レイチェルは2人の顔を見比べて、小さく彼らの名前を呟いた。

 

「フレッド……と、ジョージ……」

「上出来さ」

「ちなみにこっちがフレッドで俺がジョージさ。今はね」

 

 ニヤッとと笑ってみせる双子に、レイチェルはパッと視線を逸らした。呼び慣れていないせいで、何だか恥ずかしい。たぶんだけれど、少し顔が赤くなってしまっているような気もする。気づかれたら絶対からかわれると俯けば、ジョージがレイチェルの髪をぐしゃぐしゃと掻き混ぜた。

 

「じゃあな、レイチェル!」

「これからフィルチの部屋に糞爆弾を投げつけに行くんだ」

 

 どうやら、彼らが両手に持っていたのは糞爆弾だったらしい。また悪戯をする気なのかとか、と言うかグリフィンドールは大失点があったばかりなのにそんなことをして大丈夫なのかとか、色々聞きたいことはあったけれど、双子はレイチェルを残してさっさとどこかへ行ってしまった。

 

「試験勉強しなくていいの……?」

 

 レイチェルの小さな呟きは、角を曲がって見えなくなってしまった2人には恐らく届かなかった。

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