ホグワーツは世界一安全(仮)!   作:こんいろ

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#36 6月 夏休みのはじまり

 ハーマイオニーから聞いたところによると、ハリー・ポッターは結局3日間目を覚まさなかったらしい。ただ1人、真実を知る張本人が不在な以上、噂だけがどんどん1人歩きして、今や彼はホグワーツの英雄だった。一応、内密にするように先生達から注意されたものの、噂好きな生徒達がそれを素直に聞くわけがない。いつだって、「これを皆に知らせてちょうだい」とお願いするより「秘密にしてね」と言う方が話が広まるのは早いのだ。

 まるで茨の塔の姫君のように、こんこんと眠り続ける英雄の元には、崇拝者達からの贈り物がたくさん届いているらしい。フレッドとジョージはトイレの便座を贈ったのだと本人達から聞いたけれど、それを知ってレイチェルはやっぱりこの双子とはユーモアのセンスが少しばかりズレているらしいと感じた。清潔な病室に便座を贈ることは、レイチェルにはあまり愉快なことだとは思えない。もしもレイチェルが医務室にお世話になっているときに双子に同じことをされたとしたら、たっぷり1ヶ月は彼らと口を利かないだろう。

 何はともあれ、時の人、ハリー・ポッターは学期末パーティーがもう始まろうとしているタイミングで、ようやく生徒達の前に姿を現した。大きな扉から入ってきた小さな少年の姿は、1000対もの視線を集め、大広間は瞬く間に彼の話題で持ちきりになった。そして、彼の冒険のパーティーと共に、ダンブルドア校長から直々にその知恵や勇敢さを称えられて、所属寮に栄誉と優勝杯をもたらしたのだ。

 

「自分の命をチップにした賭けに勝つと寮杯がもらえるのね。知らなかった」

 

 グリフィンドールの優勝に────と言うかスリザリンが優勝しなかったことに────熱狂する周囲に合わせて拍手しながら、レイチェルは苦々しく呟いた。

 グリフィンドールの優勝は嬉しいけれど、手放しで祝福できそうにはない。不愉快だし、イライラする。向こう見ずで無謀な行いをしたのに、まるで反省や後悔している様子のないハリー・ポッターにも、手の平を返したように彼を英雄扱いして絶賛する周りにも。自分勝手な行動で1度に50点も減点されたとしても、同じだけ加点されれば差し引きゼロ? そんなことってあるだろうか。何だか、真面目にやってるこっちが馬鹿みたいに思えてくる。

 

「でも、とっても偉大なことだわ。大人の魔法使いだってなかなかできないことをしたんですもの」

「そうね、すっごく偉大よ。でも、賢者の石と寮杯に何の関係があるの? マーリン勲章が授与されるって言うのならわかるけど」

 

 レイチェルは正直、スリザリン生に同情していた。確かにスリザリンの監督生達は他の寮から理不尽に減点するし、クィディッチでも反則を使って勝とうとする。彼らに寮杯を奪われてしまうことは、納得できないと言う気持ちもある。けれど、だからって1度手にしたと思った寮杯が手の中からすり抜けていくのはどんな気分だろう。レイチェルは、壁を覆い尽くしている真紅の寮旗を見上げた。つい数分前では、大広間の装飾は鮮やかなエメラルドグリーンだった。いくら駆け込みの加点と言っても、せめてパーティーの飾りつけをする前にしてあげればいいのに。

「まあ、確かにちょっとダンブルドアの加点は甘すぎよね。グリフィンドールを勝たせようとしたとしか思えない。でも、スリザリンが勝つよりずーっといいわ! せっかくのパーティーだもの、楽しみましょ!」

 

 パメラが弾んだ声で言って、レイチェル達のゴブレットにジュースを並々と注いだ。

 そうだ。せっかくのパーティーなのに、ハリー・ポッターのことばかり考えて苛々しているのはもったいない。それに、加点されたのはハリー・ポッターだけじゃない。ハーマイオニーやロン・ウィーズリーだ。つまり、グリフィンドールの優勝はハリー・ポッター1人のおかげと言うわけじゃない。それに、ハーマイオニーはこれで寮の中で肩身の狭い思いをすることもなくなるだろう。

 ゴブレットを高く掲げたパメラに、レイチェルとエリザベスも同様に倣った。

 

「1年間お疲れさま!」

 

 今学期は、小さなものから大きなものまで、たくさんの事件が起こった。来年は平和な1年になりますようにと願いをこめて、レイチェルは親友達と乾杯した。金属のぶつかり合う、涼しげな音が小さく響いた。

 

 

 

 

 

 翌日には試験の結果発表があった。朝からざわざわしているレイブンクロー塔を出て、レイチェル達は重たい足取りで掲示されている廊下へと向かった。大きな羊皮紙で掲示板が覆いつくされる様子は、見ているだけで胃の辺りが重くなってくる。試験の手ごたえはそれなりだったので、落第の心配はしていなかったけれど、それでもやっぱり楽しいものじゃない。

 

「毎年のことだけれど、結果が張り出されるのは怖いわ」

「何言ってるのよエリザベス! どうせあなたは10番以内に決まってるじゃない!」

 

 青い顔で溜息を吐くエリザベスを見て、パメラが顔を顰めてみせる。学年でもトップクラスに居る────確か去年は5位だった────エリザベスがそんなことを言うのは、下手をすればちょっと嫌味だ。しかし、エリザベスがそんなつもりで言ったわけじゃないことはパメラにだってきっとわかっているだろう。レイチェルは苦笑して肩を竦めた。

 

「エリザベスは私達よりずっと努力してるわよ、パメラ」

「まあね、私にはあんなに勉強できないわ! 気が変になっちゃう」

 

 成績について両親にうるさく言われるわけでもないレイチェルでもほんの少し憂鬱になるのだから、エリザベスは一体どれくらい不安なのだろうか。もしかしたら、ドラコも同じようにプレッシャーを感じているのかもしれない。だとしたら、名家ってやっぱり大変だ。普通の────人に言わせるとちょっと変わっているらしいけれど────家に生まれてよかった、とレイチェルはこっそり胸を撫で下ろした。

 

「今年って、人によって選択してる科目が違うじゃない。それなのに、どうやって順位を決めるの?」

「総合順位は、7科目の合計点で決めるんですって。選択科目は科目ごとの順位だけらしいわ」

「ってことは、魔法生物飼育学の点数は順位に反映されないってこと!? あてにしてたのに!」

「残念だったわね、パメラ」

 

 そうこうしているうちに、目的の場所へ着いた。総合順位が掲示されている壁の前は混み合っていたので、レイチェル達は科目別の順位から見ることにした。どの科目も成績上位者の名前しか貼り出されていないけれど、得意な変身術、魔法薬学、それから呪文学にはレイチェルの名前も入っていた。特に、魔法薬学はレイブンクローの女子の中では1番の成績だったのでレイチェルは思わずニッコリした。そして────セドリックの名前は、選択していない科目以外全ての科目に載っていた。魔法薬学の順位が自分よりも下にあるのを見てホッとして、マグル学の順位がわずか数点差でレイチェルのすぐ上にあるのを見て落胆した。

 ようやく総合順位の掲示の前が空いてきたので、そっちへ移動する。とりあえず上から見ていこうと天井付近へ視線を向けてみて、レイチェルは驚いた。

 

「1位」

 

 1位、セドリック・ディゴリー、ハッフルパフ。837点。

 瞬きをしてからもう1度見てみたけれど、間違いない。1位の隣にあるのは、セドリックの名前だった。そもそも、7科目しかないのに合計点がおかしい。セドリックを探して、おめでとうを言った方がいいのだろうか。魔法薬学は自信がないとか言っていたくせに、やっぱりあれは謙遜だったのだろうか。色々な思いがぐるぐると頭の中を回る。まさか本当に、セドリックが1位を取るなんて。

 

「うわ、セドリックってばすごい。去年は何位だったっけ?」

「3位……だったはず」

 

 同じように掲示を見上げたパメラが口笛を吹いた。

 そう。去年は3位だった。それでさえ驚いたのに、今年は1位だなんて。信じられない。いや、信じられないなんて言ったらセドリックに失礼だろうけれど……。

 セドリックの名前を見つめたまま呆然としていると、パメラがレイチェルの肩をバシバシ叩いた。

 

「レイチェル、あなたの成績、すっごい上がってる! 27位だって!」

「え? あ、ああ……本当だわ」

 

 パメラに言われた通り視線を下に追っていくと、そこには確かにレイチェルの名前があった。27位、レイチェル・グラント。去年よりもずっと上がっている。

 ハーマイオニーとの勉強会のおかげに違いない、とレイチェルは思った。年下の友人にガッカリされないようにと、たくさんの本を読んだり、色々なことを調べた結果だ。そんなことを考えていると、当の本人が混雑した廊下を掻き分けてこっちへ向かって来るのが見えた。

 

「レイチェル!」

「ハーマイオニー」

 

 上級生達の間から押し出されるようにしてレイチェルの前にやって来たハーマイオニーは、ひどい有様だった。もみくちゃにされたせいか、髪もボサボサになってしまっているし、ローブもしわくちゃだ。けれどその表情は、瞳がキラキラと輝いていて、今までレイチェルが見た中で一番幸福そうだった。

 

「私……私、学年トップだったわ!」

「おめでとう、ハーマイオニー」

 

 自分でも信じられないのか、頬を紅潮させているハーマイオニーにレイチェルは微笑んだ。友人の快挙はレイチェルにとっても嬉しいことだ。ハーマイオニーならきっと1位を取るに違いないと思っていたので、あまり驚きはしなかった。ハーマイオニーよりも勉強している子が1年生に居るとも思えないし、大きな失敗さえしなかったなら順当な結果だ。

 向こうから名前を呼ばれたハーマイオニーの背中を見送って、レイチェルはセドリックの姿を探した。セドリックにもおめでとうを言わなくちゃ。きょろきょろと辺りを見回すと、セドリックは遠くの方で友人達やハッフルパフの寮生達に囲まれていた。たぶん、からかいやお祝いの言葉を言われているのだろう。その輪の中に混ざっていく勇気と積極性はなかったので、レイチェルは部屋に戻ることにした。お祝いを言う機会はきっとまたあるだろう。

 セドリックが1位をとったことも、自分の順位が大きく上がったことも、嬉しいことのはずなのになぜか素直に喜べなかった。

 順当な結果なのはハーマイオニーだけじゃない。セドリックだって同じはずだ。セドリックが賢いことも、努力していることも、近くで見ていたから知っている。嬉しい気持ちも勿論あるし、誇らしいとも思う。

 

 それなのに────ハーマイオニーの1位は素直に喜べて、セドリックの1位にはどうにも複雑な気分になるのは、どうしてだろうか。

 

 

 

 

 

 あっと言う間に城を去る日がやって来た。机の上に置かれていたぬいぐるみやアクセサリーは全てトランクの中へ片付けられ、洋服ダンスもベッドも空っぽになった。1年間親しんだ部屋は、学期の始まりのときよりもずっと広々として見えて、何だか寂しい気持ちになる。また来年、別の誰かがこの部屋を使うのだろう。セストラルが引く馬車に乗って、レイチェル達はホグワーツ特急へと乗り込んだ。

 

「こんな注意書き、配るのを忘れちゃえばいいのにね」

 

『休暇中は魔法を使わないように』。毎年のことだけれど、この注意書きさえなければ夏休みはもっと楽しいのにと思う。魔法が使えたら、マグルの町に行かないよう大人達があれほどうるさく言うこともないだろうし、家事だってもっと簡単だ。羊皮紙を小さく折り畳みながらレイチェルが溜息を吐くと、アンジェリーナが可笑しそうにくすくす笑った。

 

「フレッドもさっき同じこと言ってたわよ!」

「……じゃあ、今のは撤回するわ」

 

 その言葉に、レイチェルは眉を顰めた。問題児のフレッドとジョージと思考回路が似ていると言うのは、あまり好ましいことではない。

 コンパートメントの中に居るのはレイチェル達3人、そしてアンジェリーナとアリシアだった。おしゃべりをしたり、この間のホグズミード休暇で皆が買ってきたハニーデュークスのお菓子を食べたり。楽しい時間を過ごしているうちに、車窓は緑の田園風景からマグルの建物が並ぶ町並みへと変わっていった。

 ゲートをくぐりプラットホームの外へ出ると、辺りはごった返していた。ホグワーツの生徒達と、迎えに来た保護者達、そして忙しそうに行きかうたくさんのマグル。あちこちからホーホーと言うフクロウの鳴き声、ガラガラとトランクを引きずる音、リンリンと鳴るベルの音や汽車の規則的な音。それら全てが混ざり合って、右も左もわからない状況だ。立ち止まっていると後ろがつかえてしまうので、レイチェル達は重たいトランクを引きずって、自分達の迎えを探すために歩き出した。

 

「すっげぇ! 見たか? ギルバート・プライスだぜ! タッツヒル・トルネードーズのチェイサーだ!」

「お兄様だわ」

 

 まずはエリザベスがお別れだった。レイチェルも見たことのあるハンサムな黒髪の青年の元へトランクを引きずっていく。続いて、アンジェリーナとアリシアもそれぞれの両親を見つけたようだった。手紙を送るつもりだけれど、また夏の間はしばらく会えないのかと思うとちょっと寂しい。大きく手を振ってくれる2人に、レイチェルも一生懸命手を振り返した。来年はもっと、アンジェリーナ達と一緒に過ごせたらいいなと思う。

 

「じゃあね、レイチェル! 誕生日プレゼントを贈るわ!」

「パメラも。楽しみにしてて! また新学期に」

 

 最後にパメラと別れた。優しそうなマグルの両親はレイチェルに向かって微笑むと、ホームの階段を上っていった。1人残されてしまったレイチェルは、辺りを見回しておじさん達を探してみる。けれど、やっぱり見当たらない。荷物が重くて少し疲れてしまったので、レイチェルはひとまず柱の側で立ち止まってセドリックを探すことにした。

 ハーマイオニー。オリバー・ウッド。フレッドとジョージ。それにドラコ。知っている顔をいくつも見つけたけれど、探している幼馴染の姿は見当たらない。ハリー・ポッターが人に囲まれているのが見えて、レイチェルは思わず眉を顰めた。

 

「セド! こっち!」

 

 しばらくして、ゲートからセドリックが出てくるのが見えた。どうやら、かなり後ろの方だったらしい。セドリックはレイチェルの声に気づいてこっちへ歩いて来ると、当たり前のようにレイチェルと自分のトランクを交換してくれた。こう言うところが紳士だなあとレイチェルはいつも思う。持ち物はそんなに変わらないはずなのに、なぜかわからないのだけれどいつもレイチェルの荷物よりセドリックの荷物の方が軽い。

 

「そう言えばレイチェル、順位上がってたね。おめでとう」

「セドほどじゃないけどね。どうもありがとう」

 

 ガラガラと並んでトランクを引きずりながら、レイチェルは素っ気なく答えた。セドリックが純粋に祝福してくれているのはわかっているけれど、学年1位の人間に成績のことで祝われるのって、正直すごく複雑な気分だ。そんな気持ちが表情に出てしまっていたのか、セドリックが困ったような顔をした。……何だかちょっと罪悪感だ。別に、セドリックが悪いわけじゃないのに。

 

「セドこそ、学年1位おめでとう」

「ありがとう。……でもきっとまぐれだよ」

「謙虚よね。……本当、セドってお利口さんなんだから」

 

 照れたように笑うセドリックを見て、レイチェルはようやく試験結果を見たときから胸に占めていたモヤモヤが晴れていくのを感じた。セドリックの成績がいいのは、セドリックが頑張った結果だ。学年1位が羨ましくないと言えば嘘になるけれど、それならもっと努力するべきだった。置いてきぼりにされたような気がするなんて言うのは、駄々をこねている小さな子供と一緒だ。おじさん達だって、セドリックが学年1位だからってレイチェルと比べたりしないのに。レイチェルはレイチェルなりに頑張ればいいと言ってくれる。それでいいじゃないか。

 

「あ、父さんだ。ほら、あそこだよ、レイチェル。3本目の柱のところ」

 

 セドリックが指差した方向を見ると、そこには確かにエイモスおじさんの姿があった。その影にはおばさんの姿もある。どうやらまだこっちには気づいていないようだ。セドリックが手を振ったけれど、向こうも息子達を探しているらしく違う方向を見ているので、やっぱりまだ気づいていない。

 

「ここだよ! 父さん、母さん!」

「おじさん、おばさん、ただいま!」

 

 重たいトランクを引きずりながら、レイチェル達は声を張り上げた。声に気づいて、2人がこっちを振り向く。親しい人達の優しい笑顔が、レイチェル達を出迎えてくれる。

 夏の空気が肌に纏わりついている。空はどこまでも青く、真っ白な雲が浮かんでいた。これからまた、緑に囲まれたオッタリー・セント・キャッチポールへと帰るのだ。

 

 4年目の夏が、始まる。

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