「まずいわセド、急がなきゃ!」
「そうだね。このままじゃ遅刻だ」
レイチェルとセドリックは、次の授業に向かって急いで廊下を走っていた。いくらマグル学の教室がある北塔と、次の授業である魔法薬学が行われる地下牢が離れていて移動に時間がかかるとは言え、バーベッジ教授はいつも通り余裕を持って授業を終わらせてくれたので、十分間に合うはずだった。なのにどうしてこんなに慌てているかと言うと、動く階段がへそを曲げてしまったせいで、遠回りせざるを得なくなってしまったのだ。
スネイプ教授は遅刻に厳しい。間違いなくセドリックもレイチェルもそれぞれの寮から5点は減点されてしまうだろうし、今日の授業では正しい調合をしても加点してもらえなくなってしまうだろう。そんな事態は避けたい。バタバタと足音を立てながら、廊下を進む。当然ながら、セドリックの方が早い。時々レイチェルを振り返って付いて来ているか確かめてくれはするけれど、どうしたって歩幅が違うのだから仕方ないことだ。レイチェルも遅れないよう必死に走っていた。その時だった。
「あの」
唐突に、後ろから誰かにローブの袖を掴まれた。正確に言えば、掴まれたと言うほど乱暴な手つきじゃなかったけれど――――何にしろ、後ろへと引っ張られてしまったせいで、レイチェルの動きは止まらざるを得なかった。
急いでいるのに、一体誰だろう。イライラしながら振り向くと、そこには困ったように眉を下げる眼鏡の少年が立っていた。――――ハリー・ポッターだ。
「これ……えっと、違いますか?」
「あ……」
そう言って差し出された手に握られているのは、一枚のハンカチだった。ハリー・ポッターの言葉はまさしくその通りで、レイチェルのものだ。たぶん、走っているうちにポケットから落ちてしまったのだろう。淡い色合いの花柄のハンカチは、レイチェルのお気に入りだ。この広いホグワーツでは、なくしものをしまったら探しても見つからないこともある。レイチェルはホッと息を吐いた。
「あ……えっと……私ので合ってるわ。どうもありがとう」
「いいえ。どういたしまして」
レイチェルがぎこちなく微笑むと、ハリー・ポッターは屈託のない笑みを浮かべた。少し息を切らしているのは、きっとレイチェルを走って追いかけてきてくれたからなのだろう。その気遣いはとてもありがたがったけれど、レイチェルは同時に申し訳ない気持ちになった。
「あの……」
「レイチェル! 遅刻するよ!」
「あ、うん! セド、待って! 今行くから!」
彼に何か言おうとしたレイチェルだったが、廊下の向こうから呼び掛けたセドリックの声によって遮られた。そう言えば、急いでいたんだった。どうしようと迷ったけれど、時計を見ると本当に時間がギリギリだ。どうやら、今のレイチェルには言葉を探す暇さえ与えられていないらしい。ああもう、と歯がゆい気持ちで眉を下げた。
「ごめんなさい、今急いでて……本当にありがとう!」
「あ、ウン……」
ハリー・ポッターの手にあったハンカチを受け取り、レイチェルは廊下を全速力で走った。苦しくなるほど必死になった甲斐あって、魔法薬学の授業には何とか滑り込みで間に合うことができた。崩れ落ちるように椅子に座ったレイチェルは、ハンカチを握り締めたままだったことに気づいた。お気に入りのそれをポケットへとしまいこみながら、拾ってくれた少年の顔を思い浮かべる。
たかがハンカチ1枚のために、わざわざ走って追いかけてくれるなんて。やっぱり……ハーマイオニーの言う通り、彼はきっと、優しくて思いやりのある男の子なのだろう。