今日の授業は、混乱薬の調合だった。
いつも通り、授業の前半は薬の用途や注意事項なんかについての講義。説明が一通り終わると、ペアになって調合を行うよう言い渡された。ギリギリに滑り込んだレイチェルは、パメラやエリザベスとは席が離れてしまったので、そのまま隣に座っているセドリックとペアを組むことにする。レイチェルはホッと胸を撫で下ろした。レイチェルの仲良しは自分を含めて3人組なので、いつも誰か1人は余ってしまって、他の余った誰かと組むことになる。大抵じゃんけんで決めるのだけれど、今日はその必要もないだろう。慎重なセドリックなら、大鍋を爆発させたり溶かしたりする心配がないので安心だ。
後は教卓に置いてある材料のセットを取りに行って、黒板に書かれた文字に添って手順を踏んで行くだけ────そう「だけ」なのだけれど、なかなかどうして今日の調合は難しい。
調合が始まって30分経った。きちんと教科書通り上手くいっていれば、淡い水色の煙の輪が上がって、ジャスミンに似た香りがするはずなのだけれど────そもそも水色、広く見て青い煙が上がっているのは、教室の半分だけだ。そして、その煙が輪の形になっているのは更に半分。人の鍋からジャスミンの香りがするかどうかまではわからないけれど────とりあえず、レイチェルの反対隣のロジャーの鍋からは、焦げたタマネギのような香りがする。そのせいで、レイチェルは自分の鍋を覗きこむようにして自分の薬の香りを確かめなければいけなかった。そして、教室内には失敗作になることが確定したピンクや紫、果ては茶色なんかの煙があちこちから立ち上っていて、視界が不思議な色に霞んでいた。教室内を歩き回って監督しているスネイプ教授の眉間の皺が段々深くなっていっているだろうことが、見なくてもわかってしまう。
「これはこれは……貴重な毒ツルヘビの皮をこうも跡形もなく……ミス・ジョーンズ。君の頭には、山嵐の針は左回りに3度撹拌した後、右回りを1度加えてからだと言うのが届かなかったようですな」
ついでに、パメラが米神に青筋を浮かべているだろうことも手に取るようにわかった。パメラが今回どんな物体Xを作り出してしまったのかはわからないけれど、どうやらまたスネイプ教授の関心を引く────と言うか、嫌味の格好の標的になるような物を生み出してしまったらしい。きっとまた後で荒れるんだろうなと小さく溜息を吐いていると、コツコツと足音が近づいて来た。
緊張に背筋が伸びる。レイチェルはごくごく丁寧に、鍋の中を撹拌した。左に6回、右に2回。大丈夫だ。今のところ、薬の様子は教科書の通りだし、この手順だって間違っていない。早く通り過ぎて別の生徒のところへ行ってくれることを願っていると、しげしげとレイチェルの鍋の中身を見つめていたスネイプ教授が静かに言った。
「貸したまえ、ミス。グラント」
「は、はい……っ」
抑揚なく告げられた言葉に、レイチェルは大人しく従った。が、内心は気が気ではなかった。ちらりとセドリックの鍋を盗み見る。どうしてだろう。セドリックの薬だって似たような様子だし────ちょっとレイチェルのより色が薄いだけで、後は同じだ────そんな、わざわざ教授に手を加えてもらわなければいけないほどひどい状態ではないはずだ。減点されたらどうしよう。不安になっていると、スネイプ教授は黙ったまま、レイチェルがやっていた薬の撹拌を続けていた。そして火を一度止めると、レイチェルの鍋から一匙掬い取り、それを視線の高さまで持ち上げる。それから、教室に響き渡るような声で言った。
「見たまえ、諸君。教科書通りの色だ」
その言葉に、レイチェルはぽかんと口を開けてしまった。調合の手本を見ようと、同級生達が手を止めて鍋の回りへと集まり始める。失敗した人達のどこがいけなかったか、どこが成功と失敗の別れ目だったかなどを細かく説明すると、スネイプ教授はレイチェルを振り向いて一言、告げた。
「完璧な調合だ。レイブンクローに3点」
授業が終わり、クリスタルの瓶に詰めた薬を無事に提出し終わっても、レイチェルはぼんやりと椅子に座ったままでいた。信じられない。スネイプ教授が完璧な調合だと言うなんて。それに、ほんの少しとは言え加点してもらえるなんて。夢でも見ていたんじゃないかと思うくらいだ。
「スネイプ教授に褒められちゃった……」
「よかったね、レイチェル」
「うん……滅多にないもの。嬉しい」
素直に祝福してくれるセドリックに、レイチェルも微笑んだ。と言うか、頑張って真面目な顔を作ろうとしても、頬が勝手に緩んでしまう。日頃から魔法薬学で大きな失敗をすることはそうないけれど、やっぱり皆が苦戦するような難しい調合でも成功したと言うのは嬉しいことだ。
嫌いだと言う人も多いけれど、やっぱりレイチェルは魔法薬学が結構好きだ。