朝食と昼食に関しては人によって時間や場所がバラバラだけれど、夕食は大体の寮生が同じ時間に取る。そして、この後に何か授業があるわけでもないので、時間を気にする必要もない。のんびりと皿の上のマッシュポテトを突いていたレイチェルは、斜め前に座っている後輩の様子に首を傾げた。
「パドマ? どうしたの?」
押し黙って目の前のお皿と睨めっこしていたパドマは、レイチェルの問いに顔を上げた。いつも溌剌としているパドマには珍しく、その顔にはどこかぎこちない微笑みが貼りつけられている。一体どうしたのだろうかとレイチェルは不思議に思った。
「……私、その……茹でたニンジンって苦手で……」
生のは食べれるんだけど、と眉を下げる。なるほど。真っ白なお皿の上で色鮮やかなオレンジ色が、憂鬱の原因だったらしい。さっきエリザベスがパドマの分のローストビーフを取り分けたときに、付け合わせとして一緒にお皿に乗せたものだ。レイチェルは自分のフォークに刺さっていたニンジンを飲み込み、パドマへと手を伸ばした。
「貸して。私、食べるから」
「……いいの?」
驚いたように目を見開くパドマに、レイチェルは頷いた。皿の上にちょこんと乗せられたにんじんは、パドマにとっては大変な量なのだろうけれど、レイチェルにしてみればほんのちょっとだ。遠慮がちにレイチェルの手の平の上へと乗せられた皿を見て、エリザベスが眉を寄せた。
「レイチェル! いけないわ、そう言うのは……」
「この場合はいいんじゃない? 茹でたのが苦手ってだけで、ニンジン自体は食べれるんでしょ? ねえ?」
パメラの問いに、パドマがこくこくと頷く。各自が好きな物を好きなだけ食べれるようになっているホグワーツの食事では、下級生の栄養が偏らないよう目配りするのも上級生の役割だ。1年生の男の子なんかは、放っておけば何も考えずに好きなものばかり食べてしまう。だから基本的にはこう言うやり取りはあまり良くないのだけれど、まあ、誰にだってどうしても苦手なものはあるし、調理法が変われば食べれるのなら、栄養的には問題ないはずだ。ちょっとくらいならいいだろう。エリザベスも一応は納得してくれたらしいのでレイチェルはまた食事を再開しようとしたのだけれど────。
「……何してるの、ロジャー」
レイチェルが余所見をしているからバレないと思ったのだろう。パドマからさっき受け取ったお皿に、ロジャーがこっそりと自分のお皿のにんじんを移そうとしていた。レイチェルが見咎めると、ロジャーはばつが悪そうに視線を彷徨わせた。
「……俺もニンジン苦手なんだよ、知ってるだろ」
食べて、と甘えるような声で笑みを浮かべてみせる。レイチェルはロジャーの手にあったお皿を取り上げ、テーブルへと置き直した。勿論レイチェルの前ではなく、ロジャーの前にだ。冷たい視線を向けて、ぴしゃりと言う。
「馬鹿なこと言ってないで、自分で食べたら」
ロジャーがニンジンが苦手なことは知っているけれど、だからと言ってどうしてレイチェルがそれを処理しなければいけないのだろう。レイチェルだって3人前も食べたいほどニンジンが大好物なわけじゃない。浅く息を吐くと、ロジャーは非難がましい視線でレイチェルを見つめ、拗ねたように言った。
「何でパドマは良くて俺はダメなんだよ」
「パドマは可愛いからいいの。ロジャーは可愛くないからダメ」
と言うか、そもそも3年生にもなって1年生の女の子と同じ扱いを望まないでほしい。そんなやり取りを聞いていたパメラは声を立てて笑い、エリザベスは頭を抱えて深く溜息を吐いた。そして、パドマやその隣に座っていたリサもクスクス笑いを漏らした。
「ほら、1年生に笑われてるわよ」
だからちゃんと食べるべきだと促すと、ロジャーはしぶしぶフォークをニンジンへと突き刺した。のろのろと口に運ぶその表情がいかにも憂鬱そうだったので、ちょっと可哀想だったかな、なんて思ってしまう。レイチェルも皿の上のニンジンを食べた。レイチェルには甘くておいしいけれど、パドマ達はこの甘さが苦手なのだろうか?
「テリ―、そのグリンピースを残したら呪文学のレポートを見てあげる約束はなかったことにするわ」
「そりゃないよ、エリザベス!」
たしなめるようなエリザベスの声、そしてテリー・ブートの悲劇的な叫びがレイブンクローのテーブルに響き、上級生達が微笑ましそうにクスクス笑う。レイチェルもそんなやり取りを聞きながら、食後の紅茶へと手を伸ばした。今日もホグワーツの食事は絶品だ。
そんな風に、夕食の時間はいつもと変わらず穏やかに過ぎていった。