ホグワーツは世界一安全(仮)!   作:こんいろ

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#62 1月 根を張る木々

 クリスマス休暇の終わりも近づいたある日、レイチェルはロンドンの中心部にやって来ていた。

 大都会ロンドンとは言っても、今レイチェルの目の前に広がっている光景はさびれたパブと何年も使われていなさそうなオフィス、それからゴミの溢れた大きなゴミバケツだ。街灯の灯りはまだ朝だと言うのにまだチカチカ点滅しているし、背後にある壁はお世辞にも品が良いとは言えない落書きだらけ。レイチェルくらいの年頃の女の子なら、大抵は通りに足を踏み入れた瞬間引き返すだろう。レイチェル自身も本当にここで合っているのかと疑いたくなったけれど……でも、残念ながら教えられた場所は確かにここだ。

 

「お嬢さん、その電話は壊れてるよ。電話を探してるなら、通りの向こうだ」

「あー……その……ええ……ありがとう」

 

 親切心で話しかけてくれただろうマグルのおじいさんに、レイチェルは曖昧に笑みを浮かべた。レイチェルの目の前にある電話ボックスは見るからに古ぼけていて、塗装のペンキは剥がれて茶色く薄汚れているし、ガラスもところどころ割れてしまっている。扉越しに見える電話機本体も、本来あるべき位置よりも随分と斜めに傾いていて、大抵の人はよほどの緊急事態でなければわざわざこの電話ボックスを使おうとは考えないだろう。しかし、レイチェルが用があるのはこの電話ボックスなのだ。立ち止まったままのレイチェルを、おじいさんは不思議そうな顔で通り過ぎて行った。その姿が見えなくなったことを確認して、レイチェルは扉を開けて素早く電話ボックスの中へと入った。

 

「えっと……6、2、4、4、2……っと」

 

 おばさんから託されたメモを確認しながら、かじかむ手で慎重にダイヤルを回していく。ガラスが剥がれてしまっているところから、冷たい風が吹き込んできて、レイチェルは思わず身を震わせた。こう言った────魔法界への入口はマグルが目に留めないようにみすぼらしいものにしなければいけないと聞いたことがあるけれど、ガラスくらい塞いでくれればいいのに。レイチェルはイライラと受話器のコードを指で弄んだ。

 

「魔法省へようこそ。お名前とご用件をおっしゃってください」

 

 そんなレイチェルの苛立ちとは正反対に、落ち着いた女性の声が電話ボックスの中に響いた。声はレイチェルが手にしている受話器ではなく、天井から聞こえているようだ。せっかく電話があるのだから、どうせなら活用すればいいのに……。そんなことを考えながら、レイチェルは受話器の口へと声を吹き込んだ。

 

「レイチェル・グラントです。魔法生物規制管理局のエイモス・ディゴリーに書類を届けに来ました」

 

 そう。レイチェルがなぜわざわざ魔法省に足を運んでいるかと言うと、エイモスおじさんが家に置き忘れてしまった仕事の書類を届けるためだった。つまり、おつかいだ。おじさんが忘れ物に気づいていれば姿現しでさっさと取りに帰って来るだけの話なのだけれど、どうやら全く連絡がないらしい。本来おつかいを頼まれるはずだったセドリックは今日は朝からルームメイトのジョンの家に遊びに行っているし、おばさんはこれから家に人が来るので留守にできない。と言うことで、隣の家で暇をしていたレイチェルがその任務を仰せつかったのだった。魔法省には前にも行ったことがあるし、いつもお世話になっているので、これくらいどうと言うこともないと引き受けたのだけれど……ここまで来るのに使った夜の騎士バスでひどい乗り物酔いをしたことは、レイチェルの機嫌を低下させる原因だった。外来用の入口はこっち────マグル側のロンドンにあるので、漏れ鍋からだと随分歩かなければいけないらしい。だからおばさんがバスを呼んでくれたのだけれど、運転はめちゃくちゃだし、ココアを零されてあやうくセーターを汚されるところだったし、散々だった。煙突飛行で直接行くこともできるのだけれど、建物の中で受付をしようすとると入省許可のバッジを時間がかかるので、利用者の少ないこっちの入口を使う方が結果的には早いらしい。

 

「ありがとうございます。外来の方はバッジをお取りになり、ローブの胸にお付けください」

 

 事務的な声が再び響き、カタンと音を立てて目的のバッジが落ちてきた。銀色のバッジには細かい文字が刻まれている。『レイチェル・グラント 書類持参』。何だかちょっと違うような気がするなと首を傾げながらレイチェルはバッジをコートの胸に留めた。それを見計らったかのように、電話ボックスの床がガタガタと揺れ始める。

 

「魔法省への外来の方は、杖を登録いたしますので守衛室にてセキュリティ・チェックを受けてください。守衛室はアトリウムの一番奥にございます」

 

 ガラス窓越しに、地面が段々とせり上がって来る。視線の高さへ、それから頭の上へと。そうして辺りは真っ暗になり、目の前の電話機さえ見えなくなってしまった。ガリガリと壁が擦れる耳障りな音だけが響く。もし途中で止まったら一体どうなるのだろう……。そんなことを考えていると、真っ暗な電話ボックスの中に金色の光が差し込んだ。足元、腰、そして顔を照らす光で、扉の向こうの様子が見えた。ピカピカに磨き上げられた黒い床、そして同じ色の壁には金色の暖炉がいくつも据え付けられている。金色の文字が輝くピーコックブルーの天井。レイチェルはほうっと息を吐いた。以前来たのはホグワーツ入学前だったから随分と久しぶりだけれど、相変わらずこの場所はとても荘厳だ。レイチェルはさっきまでの苛立ちが消えて行くのを感じた。

 

「魔法省です。本日はご来省ありがとうございます」

 

 そうだ。帰りはバッジを返すだけでいいから、煙突飛行を使えるはずだ。そうしたら、漏れ鍋から少しだけチャリングクロスロードの方へ行ってみよう。今日はマグルのお金は持っていないけれど、ちょっと辺りを散歩してお店を見るくらいならできるはずだ。レイチェルは機嫌を直して、豪華なアトリウムへと足を踏み出した。

 

 

 

 

 

 守衛室での杖の手続きも済ませたレイチェルは、エレベーターに乗ってエイモスおじさんの仕事場である地下4階の魔法生物規制管理部へ向かった。おじさんはどうやら昼休みになったら家に書類を取りに戻ろうと思っていたらしく、レイチェルがわざわざ届けに来たことにとても感謝してくれた。おじさんの上司がせっかく来たのだから魔法省の中をおじさんに案内してもらってはどうかと勧めてくれたけれど、レイチェルはその申し出を断った。前にも魔法省の中は見せてもらったことがあったし、それに、ここに来るまでの間、未成年が1人で居ることに職員達に不思議そうな視線を向けられて居心地が悪かったからだ。何より、レイチェルが今見たいのは魔法界の中枢ではなくマグル界の中枢なのだ。

 そんなわけで、レイチェルはおじさんに別れを告げて、再びアトリウムへ戻ることにした。到着したエレベーターに乗り込み、扉を閉めるためにボタンを押そうとして────誰かが向こうから急ぎ足でこちらに向かって来ているのに気がついたので、レイチェルはボタンを押してその人達を待つことにした。

 

「いやいやすまないね、ありがとう。7階を押してもらえるかな」

 

 そう言ってエレベーターへと乗り込んできた山高帽の紳士の顔を見て、レイチェルはあっと声を上げそうになった。魔法省大臣の、コーネリウス・ファッジだ。仕立てのいいピンストライプのスーツに身を包んだファッジは思っていたよりも小柄だったけれど、新聞の写真で見るよりもずっと威厳があった。

 しかしその威厳も、ファッジの後にエレベーターへ乗り込んできた人物の前では霞んでしまうようだった。コツン、コツンと大理石の床を杖が打つ硬質な音が響く。1歩足を動かすたび、闇を溶かしたような艶のある漆黒のローブが翻る。ゆったりとした、それでいて優雅な所作は大型のネコ科の獣のようだった。背中へと流れる銀色の髪に、息子のドラコとそっくりの顔。────ルシウス・マルフォイだ。

 滑るようにエレベーターの扉は閉まり、ガチャガチャとチェーンがうるさく音を立てている。気詰まりだな、とレイチェルは眉を下げた。どうして滅多に来ない魔法省で、しかもよりによってこんな狭いエレベーターで、魔法界の要人と乗り合わせてしまうのだろう。

 

「おや。これはこれは」

 

 ふいに、艶のあるテノールが鼓膜を震わせた。思わず振り向くと、ルシウスの視線がレイチェルを捉える。実際には、捉えると言うよりも、捕えるの方が感覚的に近いような気がした。頭のてっぺんから爪先まで、ゆるやかに皮膚の上を滑っていく視線は、まるで品評されているみたいで、あまり居心地がいいものではない。思わず視線を逸らしてしまったレイチェルに、ルシウスは存外柔らかな声で言った。

 

「もしや、レイチェル嬢では?」

 

 まさか名前を言い当てられるとは思わなかったので、レイチェルはぽかんと口を開けて固まってしまった。しかし、自分を見つめる2対の視線に、ハッと我に返った。これでは、ものすごくぼんやりしている子だと思われてしまう。レイチェルは頭の中にエリザベスのいつもの様子を思い浮かべた。スカートを少し摘んで、できるだけ丁寧にお辞儀をする。

 

「あっ、えっと……はい。レイチェル・グラントです。初めまして」

「私はルシウス・マルフォイだ。妻のナルシッサと息子のドラコはもう知っていると思うが」

 

 鷹揚に頷くルシウスの表情を見たところ、どうやら及第点には届いたらしい。スカートを履いて来ていてよかったと、ホッと胸を撫で下ろす。そのやり取りを黙って見ていたファッジが、怪訝そうな顔でレイチェルをしげしげと見下ろした。

 

「ルシウス。知り合いかね?」

「ご存知ではないかな、大臣。作家のロザリンド・アンチゴーネ・バングズの……グラント家のご令嬢だ」

「……ああ、なるほど。妻は君のお母さんのファンだよ」

 

 ファッジが親しげな笑みを浮かべて、手を差し出して来る。それを戸惑いがちに握り返しながら、レイチェルは何だかとても奇妙な気持ちだった。自分は、今、魔法省大臣と話している。ぎこちない笑みを貼りつけるレイチェルに、ルシウスも唇の端を微かに持ち上げた。

 

「ナルシッサは随分と君を気に入っているようだ。次の夏のガーデンパーティーに、君を招待したいと」

「ええ……ミセス・マルフォイにはよくして頂いています。今年も、とても素敵なクリスマスプレゼントを頂きました。よろしくお伝えくださるようお願いいたします」

 

 必死にエリザベスの口調を思い出して真似てみる。満足げに目を細めるルシウスに、レイチェルは今ここには居ない親友に心の中で感謝を送った。持つべきものは、お嬢様の友人だ。でも、あまり長く話していると上品なフリがバレそうなので早くアトリウムに着いてほしい……。

 

「レイチェルと言ったかな。ホグワーツはどうだね?」

 

 いきなり親しげに話しかけられて、レイチェルは戸惑った。ファッジの表情はにこやかで、口調もまるで小さな子供に対するような穏やかなものだったけれど……その目の奥は笑っていないことに気づいてしまったから。

 

「えっと……その……」

 

 どう答えれば正解なのだろう。相手は両親やディゴリー夫妻や親戚じゃない。魔法省大臣だ。たぶん言葉の通り、レイチェルがホグワーツを楽しんでいるかとか、どの科目が得意かなんてことを聞きたいわけではないだろう。ただの世間話なのだろうか? それとも……何か、意図があるのだろうか。レイチェルが言葉に詰まっていると、ファッジが大げさに肩を竦めてみせた。

 

「おやおや、どうしたのかね。私はそんなに難しいことを聞いてしまったかな?」

「無理もありませんな。今の状況では」

 

 ルシウスが冷笑した。その言葉にばつが悪そうに眉を寄せたファッジに、レイチェルはやっぱり、と思い至る。ファッジはきっと、継承者騒動についてレイチェルから聞き出すつもりだったのだろう。レイチェルには詳しいことはわからないけれど、新聞に事件のことがさっぱり載らないと言うことは、ホグワーツか魔法省のどちらかが一連の事件について隠したがっているのだろう。隠して、そして、世間に知られない内に早く解決してしまいたいと。

 

「それで、大臣。現在あちらで起こっていることについての処理はどうなさるおつもりですかな」

「ルシウス。先程も言ったが、ダンブルドアが介入を許さない。我々は指を咥えて見ているしかない状況なのだよ」

「ホグワーツはダンブルドアの私物ではない。そこを見誤り、魔法省を蔑にするならば、彼が校長の座に相応しいかどうか、1度見直すべきでは?」

 

 どうやらレイチェルが居ることを忘れたらしい。穏やかとは言えない会話に、レイチェルは気まずくなって眉を下げた。そして、ルシウスの言葉に驚いてしまった。ダンブルドアを悪く言う大人なんて、レイチェルの周りには今まで居なかったからだ。

 

「ルシウス。君は、ダンブルドア以外に一体誰が……!」

 

 焦ったようなファッジの言葉は、そこで途切れた。エレベーターが、2人の目的の階に到着したからだ。スルスルと開いていく格子から、ルシウスが外へ出る。そうして未だエレベーターの中に居るファッジへと向けて薄く笑ってみせた。漆黒のローブが、レイチェルの視界に翻る。

 

「ファッジ。とにかく、ホグワーツの理事として……そして、1人の生徒の保護者として、一刻も早い事態の収拾を貴方に望む。これ以上マグル生まれの生徒が襲われれば……あー……魔法界の未来にとって、非常に重大な損害となるでしょうしな」

 

 その言葉に、レイチェルはギュッと心臓が締め付けられたような錯覚を覚えた。「重大な損害」。口ではそう言っていても、ルシウスがそう思っていないことは明らかだった。そして、その言葉を平然と受け止めているファッジも、きっと。

 ああ、この人は────この人達は、純血主義なのだ。ドラコと同じ────いや、ドラコよりもきっとずっと強く、マグルに対する偏見を持っている。マグルの文化を軽んじて、マグルを蔑んでいる。この人がドラコに、穢れた血と言う言葉を教えた。頭の中に、先日見たばかりの美しいイルミネーションの光が瞬いた。違うのに。マグルが魔法使いよりも劣っているなんて、そんなことはないのに。

 

「あ……の…………」

「どうかしたかね?」

 

 どうやらやっとレイチェルの存在を思い出したらしい。とってつけたような笑みを浮かべるファッジに、レイチェルは何か言おうと口を開いた。が、レイチェルを見つめる2対の視線に、出てくるはずだった言葉はまた喉の奥へと引っ込んでしまう。レイチェルは俯いて床を見つめた。

 

「いえ……何でもありません」

 

 絞り出した声は、やけに乾いていた。自分の声じゃないみたいだ。胸の中では、失望や苛立ちや、様々な感情がごちゃごちゃと混ざり合って渦巻いていた。パメラの顔。ペネロピーの顔。ハーマイオニーの顔。マグル学で習った色々なマグルの道具。頭の中に色々なものが浮かんでは消えていった。

 

「そうかね? 何か気になることがあったら、すぐに魔法省宛てにふくろうを送ってくれたまえ。ホグワーツで何が起こっているのか、魔法省は正確に把握する義務があるのだからね。色々と大変だろうが……頑張りたまえ。君達には、魔法省がついているよ」

 

 どうやらレイチェルの言おうとしたことを、ホグワーツの状況についてのことだと勘違いしたらしい。レイチェルの肩をポンポンと叩いて、ファッジはルシウスと共に大理石の廊下の奥へと遠ざかって行く。2人の姿を遮るように、格子が滑るように閉まった。レイチェル1人きりになったエレベーターの中には、金属のチェーンが擦れ合う耳障りな音ばかりがやけに響く。レイチェルはギュッと唇を噛みしめた。叩かれた肩が、やけに重い。キリキリと締めつけられるように、胸が痛んだ。

 

『マグルの技術は、私達が思っているよりずっと素晴らしいものばかりです』

『私のマグル生まれの友人はとても聡明で、私はいつも彼女から教えてもらうことがたくさんあります』

『マグルだとか、魔法使いだからとか、そんなのおかしいです。嫌な人は嫌な人だし、優しい人は優しい人。どちらが優れているかなんて、決められません』

 

 頭の中では、そう反論していたのに。言いたいことは、たくさんあったのに。

 ────どれも、言えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 アトリウムから煙突飛行で漏れ鍋に行って、そこからマグルのロンドンへと出て、マグルのお店のショーウィンドウを見て、洋服屋さんや雑貨屋さんを覗いてみて、夏休みにペネロピーに連れて行ってもらった本屋さんへ行って、それから、それから。

 ついさっきまではそんな期待に胸を膨らませていたレイチェルだったけれど、結局は寄り道はせず、真っ直ぐオッタリー・セント・キャッチポールへと帰ってきてしまった。とてもそんな気分にはなれなかったからだ。

 何も言えなかった自分が悔しくて、情けなかった。違うのだと、マグルや、マグルの文化や発明は、あなた達が思っているよりずっと優れていると、そう反論したかった。けれど、何も言わなくてよかったんじゃないかと思ってしまう気持ちもあった。あのとき感情のままに言葉を口に出していたら、レイチェルはルシウス・マルフォイの不興を買ってしまったかもしれない。子供のすることに目くじらを立てるような人には見えなかったけれど……マルフォイ家は、魔法省に対して影響力を持っているし……魔法省以外にも、顔が利くのだと聞いたことがある。もしもレイチェルのせいで両親やおじさん達に迷惑がかかったらと考えると、ゾッとする。

 何が正解なのか、わからなかった。もしかしたら、正解なんてないのかもしれない。あのとき感情のままにルシウスに反論することが正解ではなかったのは、きっと確かだ。たぶん、考えがまとまらないままにレイチェルの意見をぶつけても、2人には届かなかっただろうから。

 どう言えばよかったのだろう。どう言えば、レイチェルの言いたいことがうまく伝えられたのだろう。あの人達はきっと純血主義で、マグルを見下している。でも、それを口に出したわけじゃない。レイチェルの前で、マグルを馬鹿にしたわけでも、罵ったわけでもない。「穢れた血」と言う言葉を使ったわけでも……スリザリン生のように「マグル生まれの生徒なんて襲われたところで問題ない」なんて言ったわけでもない。言葉だけなら、この上なく公正で、公平だった。それなのに、レイチェルが「マグルを馬鹿にしないで」なんて言い出したら、きっとわけのわからない子供の癇癪だと笑われてしまうだけだっただろう。

 それに、もしも────もしも、レイチェルの気持ちが、きちんと伝えられたところで────あの2人は、ほんの少しでも、考えを変えてくれるのだろうか? そもそも他人の考えを変えようなんて思うこと自体が、子供じみた傲慢な考えなのかもしれない。

 マルフォイ家が純血主義だと言うことは、知っていた。ファッジに関しても、ファッジの時代に魔法省に入れた人はほとんどが純血だし……魔法省大臣に選ばれたくらいだ。ルシウスだけでなく、これまでも純血主義の人達と上手く付き合ってきたからこそ、あの地位に居るのだろう。年齢が年齢だから、本人も多少なりともそちら側寄りの思想を持っているだろうことは想像に難くない。今の魔法界を動かしているのは、そう言う人達だ。グリンデルバルドや例のあの人のように、マグルを排斥すべきだなんて極端な考えを持っている人は少ないけれど、魔法の使えないマグルを軽んじたり、哀れんだりする人はお年寄りには多く居る。昔はそれが当たり前だったのだと、レイチェルだって知っている。ほんの何十年か前まで、魔法使いとマグルの結婚は法律で禁じられていた。マグルは野蛮で、魔法使いにとっては危険な、関わるべきではない存在だと、そんな風に考えられていた。

 そう。別に、改めて驚くようなことじゃない。こんな風にショックを受けるのも、今更な気がした。純血主義は恥ずべきことだと言われていても、実際はまだまだ古い価値観が根付いていることなんて、知っていたはずだ。

 

「あ、お帰りレイチェル」

「ただいま。……セド、帰ってたの」

「母さんは今ちょっと手が離せないらしいから、しばらくここで待ってたら?」

 

 おばさんに無事おつかいが終わったことを伝えようとディゴリー家に向かうと、セドリックはソファに座って箒を磨いていた。レイチェルは勧められたソファの隣へ腰を下ろすと、そのままセドリックの肩へと頭を預ける。

 

「……何かあった?」

「ううん……」

 

 気遣うようにセドリックが言ったが、レイチェルは静かに首を振った。さっきの出来事を口に出したら余計に気持ちが滅入ってしまうような気もしたし、セドリックに相談したらきっとレイチェル以上に難しく悩んでしまうだろう。一緒に解決方法を探せるようなことならともかく、こればかりは考えたところで結論が出るとは思えない。慰めの言葉がほしいわけでもない。

 

「何でもないの」

 

 要するに、たぶん、自己嫌悪なのだ。マグル生まれの友達が居て、マグルの文化を少しでも知っていて、マグルの道具が好きなのに。いざ純血主義の人達を前にすると、何も言えなかった。そして、言わなくてよかったんじゃないかと思ってしまった。マルフォイ家の不興を買わなかったことに、おじさん達に迷惑をかけることにならなくてよかったと、安心してしまった。家柄なんて関係ないと、ドラコに言ったばかりなのに。嘘つき。本当に気にしてないなら、きっと相手が誰だって反論できたはずじゃないの?

 自分が悪くないとは思わない。だから、セドリックには言いたくない。セドリックはいつだって、レイチェルの味方になろうとしてくれるから。

 

「何でもないけど……ちょっとだけ、こうしてていい?」

「いいよ」

 

 幼馴染だから、落ち込んでいることはきっとバレているんだろうなと思う。レイチェルが、セドリックが元気がないときに気づくのと同じ。わかっていて何も聞かないでいてくれるセドリックが、こうやって側に居て笑ってくれるセドリックが、好きだなと思う。セドリックの隣はホッとする。

 

「……セド、課題終わった?」

「うん、大体は。レイチェルは?」

「あと、防衛術と天文学だけ……」

 

 テーブルの上に置きっぱなしになっていたレポートを見ながらそんな会話をして、レイチェルはふと顔を上げて窓の外を見た。空はまだ明るいけれど、あと30分ほどもすれば段々と暗くなりはじめるだろう。そしてまた、1日が終わってしまう。

 

「クリスマス休暇も、あとほんの少ししかないのね」

 

 楽しいクリスマスは終わってしまって、新しい年がやってきた。あと数日後には、レイチェル達はホグワーツ特急に乗って学校へ戻らなければいけない。また、あのピリピリした空気の中で、誰かが継承者に襲われるんじゃないかと怯える毎日が戻って来る。

 

「ホグワーツに、戻りたくない……」

 

 ぽつりと漏れた弱音に、セドリックがレイチェルの頭を優しい手つきで撫でた。

 オッタリー・セント・キャッチポールも、ホグワーツも。どちらも大好きな、レイチェルの大切な家だ。だから今までどちらにも、戻りたくないなんて思ったことはなかった。勉強が嫌だとか、夏休みの終わりが寂しいとか不満を言うことはあっても、本気でホグワーツに行きたくないと思ったことはなかった。

 でも、今は────戻りたくない。

 早く継承者が捕まればいいのに。早く、また、授業や課題のことを愚痴りながら、何も気にせずに皆で馬鹿みたいなことで笑い合える日が来ればいい。

 

 1日も早く、戻ってほしい。レイチェルの好きな、いつものホグワーツに。

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