第1話
静かな部屋で、カタカタとキーボードを打つ音が響く。
壁に掛けられた時計をちらりと見ると、定時まで残り10分だった。
(よし、そろそろ準備しよう)
そう心の中で一声かけ、今日の自分の仕事を確認する。
進捗は問題なし。
今日も含めた向こう一週間分の仕事は着実に進んでいる。
急なお客さんのアポも入ってないし、今の所は何もかも大丈夫。
卓上カレンダーとも併せて仕事のスケジュールを確認し、丁度業務日報を作成し終えたところで定時である5時のチャイムが鳴った。
「ふっ、う~ん…」
一つ伸びをして、デスクワークで固まっていた体をほぐす。
周りを見ると早々に帰り支度を始めていて、タイムアタックでもやってんのかと思うほど足早に帰る人もいた。
世間ではそんな人がいると『あいつは仕事に対して情熱がない』だのなんだの文句を言う会社もあるらしいが、あいにくうちの会社は残業を少なく定時で帰りましょう、を掲げている会社だ。
仕事中は静かなのも単に皆集中しているだけだし、余裕がある時は雑談ぐらいもするホワイト企業の鑑である。
こればっかりは本当にありがたいとつくづく思う。
なぜなら、趣味に打ち込める時間が確保できるからだ。
「お先に失礼します」
「はい、お疲れ様」
「お疲れ様です、先輩」
同じグループの上司と後輩ちゃんに挨拶し、私も足早に帰路についた。
会社から徒歩と電車込みで約40分、自分の家の最寄り駅に到着した。
(お弁当でいいか)
電車の中で軽くこの後の予定を考える中で、私はそう結論付けた。
基本的に晩御飯は行きつけのお弁当屋さんで買うか、簡単な自炊だ。
ただ、今日は大事な趣味に心も時間も割きたいので、手軽なお弁当で済ませるのがベターだと本能が訴えていた。
ちなみに買ったのはシンプルな鮭弁と小鉢くらいのサイズの野菜サラダ。値段が手ごろで注文をしてから作ってくれるので、リーズナブルだと私は気に入っている。
お弁当を受け取って、帰宅。時計を見ると夕方の6時くらい。
健康のために手洗いとうがいをし、仕事着をハンガーにかけジャージにTシャツという考えるのにリソースを割かなくていい楽な服に着替えると、お弁当を食べ始める。
少し早い夕ご飯だが、7時からの予定を考えるとこれくらいが丁度いい。
お弁当を食べ終えたら、また少しうがいをして、準備を始める。
「今日は……ギターかな」
ラックに立て掛けてあったギターをケースに入れ、私は再び家を出た。
自宅から歩くこと10分程の音楽スタジオ『Power』に私は足を踏み入れた。
「こんばんは~」
「おう、美空ちゃん。いらっしゃい」
私が挨拶すると、店長の梶原さんが声を掛けてくれた。
プロレスラー並みのマッスルボディを革ジャンとジーンズで包み、スキンヘッドにサングラス装備。
どう見てもカタギではなく、音楽スタジオ経営よりも銃とかを売ってそうな見た目だが、優しい人で私にとっての恩人だ。
「7時から1時間だったよな。いつも通りに準備してあるから好きに使いな」
「えへへ、ありがとうございます」
ニカッと笑う店長に釣られて、私も自然と笑顔になる。
私も最初は店長にビビりまくってたけど、すごい気さくな人なので仲良くなるまでそう時間はかからなかった。
受付を済ませて、軽い足取りで用意されたスタジオに入る。
こぢんまりとしているが綺麗な所で、何より場所を取るドラムが用意されているのが嬉しい。一人暮らし用のマンションに住んでいる身としては、近場かつドラムの練習もできるこのスタジオは、正に神がかっていると言ってもいいのだ。
「よしっ」
気合を入れ準備を終えると、スマホのタイマーを20分にセットしてから持ってきたギターで練習を始める。
最初は、基礎の部分から。
フォームの確認、ピックを持つ指の力の入れ具合、コードの押さえ方といった初心者もやることを丁寧に確認していく。
これは、私が音楽を始めた頃からずっとやっているルーティーンだ。
どんなに上手い人でも、基礎を大事にする。
基礎を疎かにすると、音に綻びが出る。
そう口酸っぱく教えられた私は、今でもこの作業は大事にしている。
一通り確認し終えた頃、丁度タイマーが鳴った。
水を少し飲み、次は店長が貸してくれた三脚にスマホをセットし録画機能を開始した。
ここからが、本番。
一呼吸置き、私はギターをかき鳴らした。
演奏するのは、私が好きなバンドのハードロック。
ドラムとベースが無いのは少し寂しいけど、何百回と聞いた曲なので全てのパートは頭に入っている。
足りない音は脳内で再生し、体から湧き上がってくるエネルギーを餌に、私は夢中で演奏した。
──うん。やっぱり、思いっ切り演奏するのは楽しい!
このお店に通うようになってから約1年。
一時期は、とある事情で音楽に触れることができなかった。
だからこそ、またこうして演奏ができていることに、たまらない幸福を感じた。
「店長、ありがとうございました~」
「お疲れさん。楽しくできたかい?」
「はい! おかげさまで!」
「そうかい。そいつは良かった」
お会計をしながら私が本心から笑顔でそう答えると、梶原店長も笑ってくれた。
「また来てくれよ。美空ちゃんならいつでも大歓迎だ」
「はい、よろしくお願いします! それじゃ、お疲れ様でした~!」
心地よい疲労を感じながら、私はスタジオを後にした。
そして、家に帰ってから録画した自分の演奏を確認し、修正点を洗い出す。
これが、私こと藤原美空の何気ない日常だった。
「あれ?」
ある日、私は仕事帰りにあるものを見つけた。
「これって、ライブハウス?」
基本的に会社のある下北沢には通勤の為に来るだけなのだが、何故か今日は散策してみようという気分になって、会社とは逆側をぶらぶらしていた。
そこでたまたま目についたのが、STARRYという看板のお店だった。
マンションの地下に続く階段を下ると、お店のオープンとチケット販売に関する案内板が設置されていた。
どうやらライブハウスで間違いなさそうだが、仕事帰りの時間帯なのにクローズの看板が出ている上に、ホワイトボードでも『本日はお休みさせて頂きます』と案内も出ているから、今日はお休みのようだ。
少し残念な気持ちで、次は開いている時に来てみようかな、などと考えていると
「すいません、今日休みなんですよ」
と声を掛けられた。
急だったのでびっくりしながら、慌てて声の方向に振り返った。
「あ、すいません。また今度来ま……す……」
声を掛けた人の姿を見て、私は思わず言葉を失ってしまった。
腰まで届く長い金髪に、鋭い目つきの女性。
一見すると威圧感があるけれど、私はその人が本当は優しい人だと知っている。
「星歌さん……?」
恐る恐る、私は名前を呼ぶ。
向こうも私の顔を見て驚いたみたいだったけど、名前を呼ばれてハッとしたようだ。
「藤原、だよな?」
思いがけずに、私は憧れの人と再会を果たすのだった。
他の方々のぼざろ二次創作に感化されて自分も書いてみたいという勢いだけで書き始めました。至らない点も多々ありますが、よろしくお願いします。