夢への旅路   作:梅のお酒

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 いざという時にかっこいい山田を書いてみたかった。


第10話 Painkiller

 何が起きたのか、理解できなかった。

 藤原さんのおかげで無事に皆の前で演奏をすることが出来た私は、お礼を言おうと声をかけようとした。

 けど、声をかけた瞬間、まるで糸が切れた操り人形みたいに藤原さんは床に倒れこんでしまった。

 突然の事に皆が固まって動けなくなってしまった中、一番早く動いたのはリョウさんだった。

 

 「郁代、店長を呼んできて。虹夏、ぼっち、ドラムが邪魔だから動かすよ」

 「わ、分かりました!」

 「う、うん! ぼっちちゃん、やるよ!」

 「あ、はい……!」

 

 喜多さんがスタジオを飛び出し、残った三人で藤原さんの前を開けるようにドラムセットを端に寄せる。

 片づけた後も藤原さんは変わらず倒れたままだったけど、その傍にリョウさんがしゃがみ込み、手を握りながら声を掛けた。

 

 「藤原さん、聞こえますか。聞こえていたら手を握ってください」

 

 リョウさんが問いかけると、横から見ていた私でも分かるくらいには手を握り返すのが見えた。

 ひとまず意識はあることに私達がホッすると、リョウさんはまた声をかけた。

 

 「救急車、呼びますか。呼んで欲しかったら手を握ってください」

 「……いや、いい……。お願い、救急車は呼ばないで……」

 

 問いかけに対して、藤原さんは声を絞り出して答えた。

 違和感を覚えたのは、呼ばないで、という拒絶の言葉。

 まるで呼んだら何かが終わる様な言い方に、本当に呼ばなくていいのか心配だったけど藤原さんの懇願とも言える声音に、私達は何も言えなかった。

 

 「……分かりました。ひとまず、体を起こしますよ。二人とも、手伝って」

 

 リョウさんが目配せをして、リョウさんが背中側、私と虹夏ちゃんがそれぞれ横から支えるようにして、藤原さんを起こしてあげた。

 

 「藤原!!」

 

 そして、ちょうど起こし終えた所で店長さんがドアを突き破るような勢いでスタジオに入って来た。

 店長さんは急いで藤原さんの傍に駆け寄ると、お医者さんみたいに手を首筋や額に当てながら話しかけた。

 

 「お前、治ってなかったのか!?」

 「星歌さん、ごめんなさい……」

 

 驚く店長さんに、藤原さんは薄っすらと目に涙を浮かべながら答えた。

 

 「お姉ちゃん、どういうこと!?」

 「説明は後だ! 喜多、リョウ! 二人はこっち来て手伝ってくれ!」

 「はいっ!」

 「了解。二人は手を握りながら支えてあげてて」

 

 リョウさんのアドバイスを受けた後、三人は慌ただしく出て行き、私と虹夏ちゃんでそれぞれの片手を背中に回しつつ、もう片方の手で藤原さんの両手を握った。

 

 「ごめんね……。後で必ず、理由は話すから……」

 「大丈夫です、藤原さん。今はゆっくり、息を整えましょう」

 

 うわ言の様に呟く藤原さんに、虹夏ちゃんが優しく声をかけた。

 そのまま支えながら体を触って分かったけど、汗の量がすごくて運動をした後みたいに服がぐっしょり濡れていた。

 いくら一番体力を使うドラムを演奏したといっても、一曲分もやってないのにこんな状態になっているのは医学の知識が無い私でも異常だと察した。

 私も何か声をかけたかったけど手を握ってあげるのが精一杯で、ゆっくり深呼吸をして何とか息を整えようとする藤原さんの息遣いだけが部屋の中に響くだけだった。

 とてつもなく時間の流れがゆっくりに感じて、早く何とかしないとという焦りだけが生まれる中、先に喜多さんとリョウさんが戻って来た。

 

 「タオルとお水、持ってきました!」

 

 喜多さんが何枚かの大きいタオルと小さいタオルを、リョウさんが数本のペットボトルを抱えながら駆け寄ってきた。

 喜多さんが背中側に回って、大きいタオルを藤原さんの肩にかけ、小さいタオルでポンポンと軽く顔に張り付いていた汗を拭ってあげる。

 

 「水、飲めますか?」

 「うん……。ありがとう……」

 

 リョウさんが蓋を開けたペットボトルを差し出すと、藤原さんは両手で包み込みように持ちながら口をつける。

 けれど、息が苦しいのかキャップ一杯分位しか一度に飲み込むことが出来ず、ゆっくりと、繰り返しながら水を少しずつ飲んでいた。

 

 「藤原、酸素使うか?」

 

 最後に戻って来た店長さんは、スポーツ選手とかが使う酸素スプレーを持ってきた。

 

 「ありがとうございます……」

 

 飲んでいたペットボトルを床に置くと、藤原さんは酸素スプレーを使いゆっくり深呼吸をした。

 そしてまたお水を少し飲み、また酸素スプレーを使い息を整える。

 一人で苦しみと戦う藤原さんの姿を、私達は黙って見守ることしか出来なかった。

 

 

 

 倒れてから大体30分後くらい、スタジオの外に出て、ライブハウスにある丸テーブルを囲むように私は結束バンドの皆と星歌さんと座っていた。

 今日はライブの予定はないみたいで、今の所他のお客さんもいないのは幸いだった。

 

 「皆、ありがとう。それと、情けない所を見せてしまってごめんなさい」

 

 肩にタオルをかけた状態で皆に頭を下げる。

 

 「い、いえ。ひとまず、大丈夫そうで良かったです」

 

 虹夏ちゃんが慌ててフォローをするけど、それ以上は何も言えずに黙り込んでしまった。

 けど、それは当然と言えば当然の反応だし、こうなってしまっては私も皆に打ち明けなくてはいけない。

 

 「藤原、無理をしなくても……」

 「いいんです、星歌さん」

 

 気遣ってくれる星歌さんにも出来る限りの笑顔を浮かべながら手で制する。

 

 「たぶん、皆察しがついてると思うけど……」

 

 一つ息を吸い、皆に語りかける。

 

 

 「私、病気を患っていたんだ」

 

 

 フラッシュバックの様に頭の中に思い浮かぶのは、苦しみの記憶。

 

 「お医者さんが言うにはホルモンの異常分泌で、原因は遺伝だったり疲労だったりストレスだったり、人によって様々。症状も人それぞれなんだけど……私の場合は、演奏がきっかけでさっきみたいな症状が出てしまうの……」

 

 一つ一つ話す中で、体の奥をざわつく感触が私を纏うけど、それを抑え込む様に全身に力を入れて話を続ける。

 

 「最初は、大好きな音楽が原因で病気を引き起こすなんて認めたくなかった。だから、病気に負けるもんかと思って必死に練習したんだけど、練習すればするほど演奏も歌うことも出来る時間は短くなっていって……遂に私は続けることが怖くなって、音楽を辞めてしまったの」

 

 突然絶望に叩き落された、虚無感。

 そして、大切な仲間との別れ。

 あの時の事は、忘れたくても忘れられない記憶として、今も私の中に残っている。

 思い出すと声が震え、涙が溢れそうになる。

 けど、これ以上皆を不安にさせるわけにはいかない。

 一度目を閉じ、大きく息を吸い呼吸を整え、私はまた話を始める。

 

 「その後は、見かねた両親の提案で東京を離れて、当時は大学生だったから移住先の大学に編入しつつ、療養生活を送ったの。幸い、そこでの生活で病気は良くなったから、卒業を機に東京に戻ってきて就職して今に至る、って感じかな」

 

 全てを話し終えた後、皆の間には沈黙が続いた。

 

 「お姉ちゃんは、知ってたんだよね?」

 

 その沈黙を破るように、虹夏ちゃんが睨む様な視線と共に星歌さんに尋ねた。

 

 「……病気の事は知っていた。けど、てっきりもう良くなっていると思ってた」

 「それでも、どうしてちゃんと確認しなかったの!?」

 「虹夏ちゃん、星歌さんは何も悪くないの!」

 

 一触即発の空気に私が慌てて割って入り、服に皺が寄る程腕を握りしめていた星歌さんを見ると、虹夏ちゃんも冷静になったのか『ごめんなさい……』と謝って座り直した。

 再び訪れた沈黙に私もどう声をかければいいのか迷っていると、

 

 「ご、ごめんなさい……」

 

 と、後藤さんが呟いた。

 

 「わ、私が、最初から全部一人でやっていれば、こんな事にはならなかったのに……!」

 

 ポロポロと、涙を流しながら彼女は私に謝った。

 ……私は、駄目な大人だ。

 こんな優しい子を、泣かせてしまって……。

 

「謝らないで、後藤さん」

 

 私は椅子から立ち上がり、後藤さんの傍に寄りそいしゃがみながら目線を合わせて彼女の涙を拭う。

 

 「こっちに帰って来てからは一度も再発したことなくて、演奏する前は本当に体は何ともなかったの。誰が悪いとかじゃなくて、たまたまこうなってしまっただけなんだよ」

 

 出来るだけ彼女を不安にさせないように、私は語りかける。

 ……本音を言うと悪いのは私だけれど、それを言うと目の前の優しい女の子は尚更自分を責めてしまうような気がした。

 だから、少しでも彼女が気に病まないように、何とでもないという風に振る舞う。

 

 「それにね、今日後藤さんと演奏出来てすごい楽しかったんだ」

 「どうして、ですか……?」

 

 罪悪感からか疑問と困惑に満ちた表情で聞き返す彼女に、私は笑顔で返す。

 

 「音楽を再開してからずっと一人で練習してたから、後藤さんみたいなすごい人と演奏出来て、嬉しかった。それに、後藤さんの音楽は聴いている人の心を動かす力があるから、自分の事を卑下しないで、前向きに頑張って欲しいな」

 

 二人でご飯を食べた時と同じように、私は彼女の頭を撫でながらお願いをする。

 

 「……ありがとう、ございます。私、もっと頑張ります」

 「うん。楽しみにしてるね」

 

 服の袖でぐしぐし顔を拭いた後、演奏する前と同じ強い意志の籠った瞳で彼女は返事をしてくれた。

 

 「虹夏ちゃん達も、ありがとうね」

 

 後藤さんが落ち着いたのに安堵して、忘れてはいけない虹夏ちゃん達にも顔を向けてお礼を言う。

 

 「気にしないでください。大事にならなくて良かったです」

 「まさか、親に習ったことが活かされるとは思わなかった」

 「けど、そのおかげで皆助かったんですから、さすがリョウ先輩です!」

 

 およそ経験することがない状況だったにも関わらず、彼女達は明るく返してくれた。

 彼女達の優しさに心の中で感謝して、けど、だからこそ私は表情を引き締めて提案をした。

 

 「その上で、もう一度皆に考え直して欲しいの」

 

 え? と皆が疑問符浮かべる中、私は続ける。

 

 「私みたいないつ居なくなるか分からない人間に教えてもらうのは気が気じゃないと思う。会ったばかりで話が行ったり来たりして申し訳ないけれど、もう一度皆で今後の事を話しあって決めてくれる?」

 

 外から見ると、私の態度は突き放した冷たい物だったかもしれない。

 けど、彼女達には才能があって、可能性がある。

 だからこそ、私が足を引っ張って彼女達の未来を潰す事は許されない。

 ……ほんの僅かな期間だったけど、結束バンドと出会えた事は幸運だった。

 ここで関係が切れても影から応援し続けようと、そう思える程良い子達だった。

 少し間が空いた後、虹夏ちゃんが他の三人に目配せをする。

 

 「皆、いいよね?」

 

 そう問いかけ後藤さんも、山田さんも、喜多さんも頷いた後、

 

 「私たちの事、これからも見てください!」

 

 と、私に言い放った。

 

 「え……?」

 

 予想もしてなかった返事に、一瞬頭が真っ白になった。

 

 「会ってまだ短いですけど、それでも藤原さんは音楽が好きで、すごい情熱を持ってる人だって、皆と話してたんです」

 「厳しい事はたくさん言われましたけど、その中でも優しさがあって、前に進めてると思えました」

 「今以上に上を目指すなら、藤原さんのアドバイスは絶対に必要」

 

 虹夏ちゃん、喜多さん、山田さんが、迷いの無い言葉を送ってくれる。

 

 「藤原さん」

 

 そして、後藤さんが私の両手を優しく包んで、声をかけてくる。

 

 「私も、藤原さんがいてくれたから勇気を持てました。だから、藤原さんも自分の事を卑下しないで、私達にもっと色んなことを教えて欲しいです」

 

 澄んだ青空を思わせる綺麗な瞳と、温かさに満ちた笑顔を向けて、彼女は言ってくれた。

 

 「皆……」

 

 私の頬を涙が伝うのを感じたけど……もう、これ以上は泣いていられない。

 彼女達は、私を選んでくれたのだから。

 

 「……ありがとう。改めて、これからもよろしくね」

 『よろしくお願いします!!』

 

 頬を拭って皆に返事をすると、皆も声を揃えて返してくれた。

 そこにはさっきまで周りを包んでいた暗く重い雰囲気は無く、明るい空気に満ちていた。

 

 「気になったんですけど、藤原さんは後藤さんがギターヒーローだって知ってたんですか?」

 「いや、最初は知らなかったよ。けど、実際の演奏のクセとかを見て気づいて、私から今回の事を相談したんだ」

 「あ~、そういう事だったんですね」

 「ぼっちがいきなり一人でサプライズが出来るとは思ってなかったから、納得した」

 「リョウさん、ひどい……!」

 

 そんなこんなでしばらくさっきの演奏の事を皆と話をしていると、星歌さんが私の頭にポンと手を乗せてきた。

 

 「お話のところ悪いけど、話がまとまったなら私はこいつを家に送ってくるわ」

 「え。そんな、大丈夫ですよ」

 

 流石にそこまでして貰うのは悪いと思い、私は遠慮をしたが、

 

 「馬鹿野郎。帰り道でまた倒れられたりしたら、こっちが嫌なんだよ。大人しく甘えとけ」

 「うっ……」

 

 ぐうの音も出ない正論に、私は黙らざるを得なかった。

 

 「……すいません、お願いします」

 

 私がおずおずと頭を下げると、星歌さんは満足そうな笑顔を向けた。

 

 「よし。じゃあ虹夏、これから行ってくる。PAにも言っておくけど、今日はそんなにお客さんも来ないだろうから少しの間頼む」

 「うん、任せて。藤原さん、ゆっくり休んでください」

 「ありがとう。明日には一度連絡を入れるね」

 

 激動の一日だったけど、ひとまず色んな要素が落ち着いた事に安堵して、私は星歌さんに寄り添ってもらいながら帰路についた。

 

 

 

 「ありがとうございます、星歌さん」

 「気にすんな。自分で言っただろ、誰も悪くないんだよ」

 

 最寄り駅から家への帰り道で改めてお礼を言うと、星歌さんはポンポンと頭を軽く叩きながら言ってくれた。

 その後、私の肩に手を回して真剣な声音で話しかけてきた。

 

 「藤原」

 「はい」

 「あの子達は、同情でも何でもなく自分達の意思でお前を選んだんだ。それだけは忘れるなよ」

 「……はい」

 

 たぶん、星歌さんは私が結束バンドの皆に気を遣わせてしまったのではないかという後ろ暗い気持ちを察したんだと思う。

 でも、彼女達を良く知っている星歌さんがそう言ってくれたおかげで、私はその暗い気持ちを振り切らせることが出来た。

 

 「ん、よろしい」

 

 それ以上は何も言わず、星歌さんは私の頭をクシャクシャ撫でてくれた。

 ……こういう所があるからやっぱり敵わないな、星歌さんには。

 

 「今度、二人で飯でも食いに行くか」

 「奢ってくれるんですか?」

 「そんだけの軽口が叩けるなら、大丈夫だな」

 

 私が冗談めかして言うと、フッと笑顔を向けてくれた。

 

 「じゃ、またな」

 「はい。お休みなさい」

 

 マンションの入り口で私と星歌さんはお互いに手を振りながら別れて、星歌さんの後ろ姿が見えなくなるまで見送った。

 ……またな、か。

 そう。私にはまだ、次があるんだ。

 

 

 

 自分の部屋に戻り明かりを点けると、私は棚から一つの箱を取り出した。

 それは救急箱であり、普通の薬から絆創膏までしまってあるが、底の方にしまってある一つの袋を取り出した。

 中には病気の症状を抑える薬が入っており、再発を懸念して念のためお医者さんから処方してもらいながらも、今まで使うことはなかった代物だ。

 私はその袋を睨みながら中身を取り出し、手の上に乗せる。

 昔はこの薬がなければどうする事も出来ず、私にとっての僅かな救いだった。

 けど、今はあの時と違う。

 病気に打ちひしがれ、これがなければ生きる希望も見いだせなかったあの頃とは。

 目を閉じ、頭の中に結束バンドの皆や星歌さんを思い浮かべる。

 こんな私を必要としてくれる人達がいるなら、私はその人達の為に生きる。

 

 「負けるもんか、絶対に……!」

 

 獲物に喰らい付く獣の様に、私は薬を飲みこんだ。




 ぼざろ二次創作とは思えない重さですが曇らせや鬱展開を書きたいという気は一切なく、最後はハッピーエンドで終わらせるのは確定しています。

 あと、美空さんの病気は実在の病気をモチーフにしていますが、「都合のいい病気だな」とか「日和った設定だな」といった意見は承知しております。
 作者が書きたいと思った物語を書くにはこういう形の設定しか思いつきませんでした。
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