時間が経つのは早いもので、気づけば一学期が終わり太陽の光が眩しい夏の訪れを感じる季節になった。
勝手知ったるなんとやらといった感じで、STARRYに訪れるのは私の中ですっかり日常となっていた。
「お疲れ様でーす」
「あ、美空さんこんにちは!」
店内で声をかけると虹夏ちゃんが出迎えてくれた。
「うぇ~い虹夏ちゃ~ん。今日も良い笑顔だね~」
「えへへ~」
大天使のほっぺを両手でもちもち揉むと、ニコニコ可愛い笑顔を浮かべてくれる。
あ゙ぁ゙~~~、虹夏ちゃんの笑顔は国宝級やでぇ~~~。
仕事で疲れた体にエネルギーを補給していると、喜多ちゃんに支えられながらぽてぽて歩いてくるリョウちゃんが目に入った。
「美空さん、お腹すいた……」
げっそりした顔でそう呟く彼女を見た瞬間、私も虹夏ちゃんも顔から笑みがスンッ……と消えた。
「……リョウちゃん、お金は大事に使おうって言ってるよね? このままじゃ将来ビッグになっても借金生活で苦しむよ」
「美空さんはリョウ先輩が餓死しても良いんですか!?」
「私は喜多ちゃんの将来も心配だよ……」
んもー、リョウちゃんの事になるとすぐ甘やかすんだからー。
とは言え、このままだとこれからの練習に支障が出そうだから、私は鞄の中からスーパーで売ってる○秒チャージゼリーもどきとのど飴をリョウちゃんに渡した。
「とりあえず、このゼリーと飴で頑張りなさい」
「美空さん、優しい」
私からブツを受け取ると早速リョウちゃんは餌に群がるカブトムシの如くちゅぱちゅぱ吸い始めた。
う~む……。これじゃ何時か喜多ちゃんがガチで貢ぎ始めそうだな。
古今東西、人間の争いの火種はお金絡みだからね。後で虹夏ちゃんと星歌さんに監視しとくようにお願いしよう。
「あの、美空さん」
と、今度は後ろから声が聞こえたので振り返ると、そこには例のピンクジャージではなく制服姿のひとりちゃんがいた。
「おぉ~! ひとりちゃん、制服似合ってるじゃない!」
「そ、そうですか……?」
私が惜しみない賞賛を送ると、ひとりちゃんはぎこちないながらもどこか嬉しそうに笑顔を浮かべてくれた。
実は私がいない時に皆で話し合いをしたらしく、今後のバンド活動においてギターヒーローの知名度には頼らないという事を決め、万が一の身バレ防止策も兼ねてひとりちゃんは制服を着用する事になったのである。
私はそれを最初に聞いた時、誰に言われるわけでもなく、彼女達が自分達の本当の実力で頑張る決意をしたという事に感動し、同時に私自身も改めて頑張ろうという気持ちにさせてくれた。
けどどういう訳か、ひとりちゃん本人にとっては制服を着るのは何故かハードルが高いらしく、一学期も終盤だったので夏休み中に慣らし運転をして、二学期で本格的なお披露目を目指すとのことだ。
……しかし、野暮ったいジャージ姿の時は薄々~って感じだったけど、整った格好をしてるとやっぱりひとりちゃんって……。
「え、どうしたんですか?」
ひとりちゃんの周りをグルグル周りつつじっくり見ていた私を不思議に思ったのか、彼女は不安げに尋ねてきた。
私はスゥっと息を吸うと、一気にお腹に力を入れて声を張り上げた。
「ひとりちゃん、気を付け!!」
「はいぃ!?」
軍隊の号令の様な掛け声に、反射的にひとりちゃんは気を付けの姿勢を取る。
ごめんねひとりちゃん、と心の中で謝りつつ、ちょいちょいと手を加えていく。
「背筋を伸ばして、顎を引いて……。うん、やっぱり。ねぇねぇ皆、ひとりちゃんって可愛いよね?」
姿勢が崩れないように軽く手で支えながら皆の方にひとりちゃんを向けると、そこにはアイドルも顔負けなくらいのスタイル抜群な美少女が立っていた。
「あ、やっぱり美空さんもそう思いますよね!?」
「皆で駄弁ってる時にもそういう話になったんだよね~」
「っていうか水着のイメージビデオとか出せば楽勝でバンドの活動費稼げるんじゃね?」
皆のリアクションを見るに、やっぱり私の勘は当たっていたようだ。特に喜多ちゃんは目をキラキラさせて何か『キターン』っていう効果音も出してるし。
あと、リョウちゃんの発想がゲス過ぎる。
そんな事したら音楽に全く興味も無い変な人間がわんさか集まるだけで、ひとりちゃんも押しに弱いから怪しい勧誘に引っ掛かりかねないでしょ……。現にカウンターの方から星歌さんが妙にねっとりした視線で凝視してるし。
むむむ、けどな~。ダイヤの原石をこのまま埋もれさせてしまうのももったいないしな~。
「普段から姿勢を正して前髪も切ってみればもっと良くなると思うのよね~」
「ひんっ!? か、髪の毛だけは勘弁してくださひでぶぅ!!」
私がひとりちゃんの前髪をかき上げると、どういう原理か彼女はドロドロに溶けてしまった。
「ぎゃーーー! ひとりちゃんがスライムみたいに!?」
「あ、いつもの事なんで大丈夫ですよ」
「5分もすれば元通りになる」
「最初は見てて面白かったんですけどね~」
「え、何? 驚いてる私がおかしいの?」
その後、ひとりちゃんは丁度5分経ったくらいで何とか人間の姿に戻りました。
……とまぁ、そんなこんなで結束バンドと出会ってから、私の日常は色んな意味で刺激的でありながら楽しさに溢れたものと変わっていった。
皆との距離感も変わり、今ではメンバー同士も含めてお互いに名前で呼ぶくらいの関係にもなっていた。
最初は私が虹夏ちゃんだけ名前で呼ぶのも変な気がしたから他の子達も名前で呼んでいい? って話なだけだったんだけど、それならメンバー間でも名前で呼ぼうと虹夏ちゃんが提案してくれたのだ。
ただ、喜多ちゃんはどうやら自分の名前が嫌いらしく、名前で呼んでいいのはリョウちゃんだけという制約が付いた。なんでも「来た~行くよ~」というダジャレみたいな語感が嫌だとのこと。
私はレッツゴージャスティーンみたいでかっこいいと思うんだけどなぁ。まぁ本人が嫌って言うなら無理強いをする必要はないけどね。
ややあって練習が始まり、その風景をカメラで録画しつつ私は皆に注目していた。
今は来月予定の路上ライブとお店での本チャンのライブの為にコピー曲と結束バンドオリジナル曲を並行して練習しているが、彼女達の才能には舌を巻くばかりだ。
練習を重ねれば重ねる程上手くなっていき、更に夏休みに入ってからは私に言われなくても自分達でガンガン自主練習をする事で、早くもSTARRYを拠点にしている常連バンド達にも追い付かんというばかりの上達速度だった。
(普段は男子高校生みたいなおバカな事ばっかりやってるのに、こういう所があるから可愛いんだよなぁ)
練習前とは打って変わって真剣な表情で演奏をする彼女達を眺めながら、私は独り言ちた。
「皆、良くなってきてるよ。虹夏ちゃんは土台が固まって来たから、自信が付いて安定したリズムと音の主張に繋がってきてる。リョウちゃんとひとりちゃんは周りと合わせられるようになってきてるし、喜多ちゃんもコードミスが減ってきてるね」
椅子に座り録画した映像を皆で確認しつつ、各自が練習ノートに良かった所や改善点をまとめる事で次に繋げていく。最初は運動部じみた一連の流れに少し戸惑っていたけれど、今ではこの練習後の反省会も皆にとっては大切な物と認識してくれているようで何よりだ。
そして、通常練習はこれで終わりなんだけど、ここから先は更にお祭り的なモノをやるのが恒例だった。
「じゃあ、最後に『ひとりちゃんデスマッチ』やろうか!」
私がパンと手を叩きながら声をかける。
すると、普段は眠たげなリョウちゃんの目がキラリと光るのが見えた。
「覚悟しろぼっち。今日こそ誰が主役か教えてやんよ」
「うわぁ、すっごい三下臭いセリフ」
「ひとりちゃん、遠慮しないで思いっきりやってね!!」
「は、はいっ」
リョウちゃんの一言を合図に、皆のやる気がまた再燃し始める。
『ひとりちゃんデスマッチ』とは、普段の様にお互いが合わせる演奏ではなく、ひとりちゃんがギターヒーローの力を全開にし、逆に他の皆がひとりちゃんに合わせる様に演奏をする練習方法の事だ。
周知の通り、ひとりちゃんの本気はプロレベルの腕前なので一見すると練習にならないかもしれないが、この取り組みはむしろコミュニケーションとしての意味合いを目的としている。
まず、今の段階では基礎と全体の調和を第一として練習しているけど、こればかりだと一番経験があって天才肌のリョウちゃんには特に窮屈な思いをさせてストレスが溜まると考えた。なので、本気のひとりちゃんと一緒に演奏する事でリョウちゃんも遠慮なく思いっきり演奏でき、かつ高い目標を常に意識させる事を図った。
一方、虹夏ちゃんと喜多ちゃんは更に高い山を登らせる事になるから相当辛いかもしれないけど、事前にこの練習に関してはとにかく付いて行けるだけ付いて行くので良いと伝えてある。
幸運にも頭の良い二人は自分なりに色々と考えていたみたいで、ひとりちゃんが思いっきり弾けるようになる事が結束バンドの大きな武器になる事であったり、高いレベルの人と一緒に演奏出来る大事なチャンスと考えたりと、前向きに捉えてくれていた。
そして、ひとりちゃんにとっては自己主張の練習であった。
本人はまだまだ卑屈で遠慮しがちだけど、彼女の技量は間違いなく結束バンドの切り札足り得るものだ。
だからこそ、この練習を通して自分の殻を破り、本当のヒーローとしての歩みを進めて欲しいという願いが込められていた。
「虹夏ちゃん! 喜多ちゃん! 付いて行けなくてもタイミングを見て合流し直して! やり続けるだけで意味があるんだから!」
『はいっ!!』
「リョウちゃんは集中力キープ! 理性と感覚を総動員しないと直ぐに振り落とされるよ!」
練習も終盤、今スタジオ内は今日一番の熱気に包まれていた。
演奏しているのは結束バンドオリジナル曲のひとりちゃんアレンジといった形であり、目まぐるしい緩急で奏でられるギターに皆が付いて行こうと必死だった。
「ひとりちゃん手を緩めない! あなたが思いっきりやるのが前提なのよ!」
「っ!」
思わず私の口からも檄が飛ぶが、ひとりちゃんは怯まずに力強く頷いて返してくれた。
所々一部の楽器の音が切れたり乱雑な音の並びであったり、はっきり言って傍から見たら曲とは呼べない代物であったかもしれない。
けれど、泥臭くも目標を目指して進み続ける彼女達の姿は、何よりも美しいものだと私は確信した。
「お疲れ様でした」
『お疲れ様でした』
「はい、じゃあ今日はこれで全体練習はおしまいだけど、ひとりちゃんはこの後の勉強会も頑張ろうね」
「は、はひぃ……」
練習が終わり私が声をかけるとさっきまでの気迫は何処へやら、ひとりちゃんは今にも消えちゃいそうな声で返事をした。
そんなひとりちゃんに苦笑しつつ、私はよろめきながら立ち上がろうとする彼女の体を支えてあげる。
「あ、私はもう少し自主練していきます」
「お、喜多ちゃんやる気だねぇ! あたしも付き合うよ」
「私は疲れたから帰る」
「おいコラ! そこは先輩としての威厳見せんかい!」
居残り練習する他のメンバーを尻目に、私はひとりちゃんを励ましながら一緒にバックヤードへと向かって行った。
「はい。これが約束の物ね」
「あ、ありがとうございます」
ちょっと小休憩を挟んだ後、私はひとりちゃんと勉強会を始めた。
ちなみに何でバックヤードかと言うと、お金がかからずお互いに一番都合がいい場所がここだからである。
ちゃんと星歌さんには許可を貰っており、ひとりちゃんの将来がかかってるんです! とお願いしたら、綺麗に使う事を条件に貸してくれたのであった。
そして、当の本人は私から渡された物を見ると、ズーンと音が聞こえるレベルで落ち込んでいた。
私が渡したのはひとりちゃんと喜多ちゃんが通う秀華高校よりもレベルが低い高校の過去問であり、事前に彼女が解いたのを私が採点した物であった。
結果は国語50点、社会30点、英語20点だったが、ひとりちゃんには言えないけど、正直もっと酷い結果になると思っていた私にとっては幾ばくか光明が見えた結果であった。
「ひとりちゃんって、塾とかは通ってなかったの?」
「あ、はい。親からも特に通えとかは言われなくて、その分ギターばっかやってました……」
相変わらず落ち込んでいるひとりちゃんになるべく優しく問いかけつつ、頭の中を整理する。
前に見せてもらった中間テストと今回の過去問の答案では、前半の問題は一生懸命回答している形跡があったけど、後半になるほど空欄が目立っていた。
一つの仮説を立てつつ、私は話を進める。
「ひとりちゃんは、どうやってギターの練習をしてた?」
「え……? え、えっと……教本を片っ端から読んで、それで出来そうな所をちょっとずつ積み重ねて、って感じですかね……」
「じゃあ、その出来そうな所も出来なかったらどうしてた?」
「えっと、えっと……。例えば出したい音が出せなかったら押さえ方がおかしいはずだから、弦を抑えている指の確認とか、フレットと指の位置を見直したりとかします」
「そう、それなんだよね」
以前皆に話した時と同じように、人差し指を立てながらゆっくり説明をする。
「ギターも勉強も、分かる所から積み重ねて、出来なかったら理想から逆算して修正して行くのが大事だと私は思うんだ。ひとりちゃんは勉強が出来ないんじゃなくて、勉強のやり方を知らないだけなんだよ」
彼女の答案では頑張って回答をしていた前半部分はそれなりの正答率であったが、不器用な性格故か、真正面から問題に取り組み過ぎて難しい問題にも時間を割いてしまい、それが全体として上手く点数に結びついていない原因だと感じた。
落ち着いて解ける所から解くというのは塾や学校で教えてくれる部分だと思うが、恐らく自己評価の低い彼女にとっては、何をしても自分は駄目だという心理的な部分が働いてしまっているのも大きいのかもしれない。
「それに、ギターは始めた人の九割が最初の一ヶ月で辞めるなんて言われてるからね。独学であそこまで弾けるようになった自分なら、なんか勉強も行けそうな気分にならない?」
「そ、そう言われると、そうかもしれないです……?」
我ながら詐欺師みたいな言い方かもしれないけど、実際にあれだけの演奏を独学で身に付けたのは誰にでも出来る事ではない。
であれば、引退したスポーツ選手が現役時代の思考ルーティーンを基に難関資格試験に合格したという話もあるから、彼女にもそれが応用出来れば成績が伸びる可能性はあるはずだ。
「練習、ライブ、バイトに勉強ってやることが山積みで大変かもしれない。けど、夏休みで時間があるからこそ、ここで頑張ればひとりちゃんは大きく成長できるから、頑張ろう!」
「……はい!」
ひとりちゃんの良い所は、変わりたいという意思を持っている所だ。
これで最初からやる気すらなかったらお手上げだが、道を提示すれば少しづつでも前に進めると私は信じている。
……とは言え、絶対的な基礎知識が足りないのも覆しようのない事実なんだよね……。
あぁ……また参考書代でお財布が軽くなるなぁ……。
最初は勉強シーンは独立した一話でやる予定だったのですが、結束バンドとの距離感の変化とまとめて描写した方がテンポが良かったためこうしました。代わりにぼっちちゃんがハードスケジュールで死にそうになりますが。