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ありがとうございます。
あと、今回キリの良い所まで詰め込んでたら過去最長になっちゃいました。
8月最初の土曜日、遂にオーディションの日がやって来た。
本番まで、あと30分。
スタジオで最終練習を終えたあたし達は、今までにない緊張感に包まれていた。
「あぁ~……、はぁ~……」
「喜多ちゃん、大丈夫だよ」
深呼吸を繰り返しながらマイクスタンドの周りをぐるぐる回る喜多ちゃんに、あたしは声をかける。
「うぅ、そう言われても……。だって、もしここで落ちたら今まで練習してきた事が全部水の泡に……」
珍しく眉を八の字にさせて喜多ちゃんは弱音を吐いた。
確かに喜多ちゃんはフロントマンで、かつ一番経験も浅いからその緊張はあたし以上なのかもしれない。
リーダーとして、落ち着いてもらうように何か良いアドバイスをしないといけないけど、どうしようか……。
「郁代」
と、あたしが悩んでいた所で、リョウが声をかけた。
リョウはそのまま喜多ちゃんに近づくと、まるでお姫様の手を取る王子様みたいに、両手で喜多ちゃんの左手を包んだ。
「え、先輩……?」
「指、だいぶ良くなってきた」
リョウの声は普段の無気力な感じとは違って、あたしも聞いたことが無いくらいの優しさが込められていた。
「始めは嘘だったかもしれない。けど、私達は郁代が努力してきた事を知っている」
ゆっくりと諭す様に、そして喜多ちゃんの指をなぞる手つきはガラス細工を扱うみたいに繊細で……。
「だから、嘘を本当にしてやろうよ。郁代なら、出来る」
向けられた微笑は、安らぎを与えてくれる温かいものだった。
「……先輩っ!」
「よしよし、おいで」
広げられた腕に喜多ちゃんが飛び込むと、リョウは小さい子供をあやす様に頭と背中を撫でてあげていた。
……え!? これ本当にリョウ!? 実はそっくりな双子の姉妹と入れ替わってるとかじゃなくて!?
やばい、付き合いが長いあたしでも思わずクラっときちゃった……。顔面偏差値はめちゃくちゃ高いから、尚更破壊力がすごい……。
はぁ、けどリョウのおかげで喜多ちゃんは持ち直したかな?
珍しくリョウ、グッジョブ!
……と、あたしが心の中で褒めていると、当の本人は『計画通り』みたいな笑顔を浮かべていやがった。
あ、さてはこいつこれをネタに今後たかりやすくする気だな!?
んんんんんー、許るさーん! けど今は本番前だからシバくのは後回し!
それに、さっきからぼっちちゃんがすごい静かなのも気になる。
先週二人で話した後から練習での気迫もすごかったし、もしかしてあまり緊張してないのかも?
頼もしさを感じながら、丸椅子に座って静かに佇んでいたぼっちちゃんをよく見ると……
(チーン)
白目を向いて口から魂が飛び出ていた。
違う! これ気絶してるだけだ!? アカンこれじゃぼっちちゃんが死ぬぅ!
もー! 昨日までは大丈夫だと思ってたのに!
「起きてぼっちちゃん!」
「んはっ!?」
慌ててあたしが体を揺すると、なんとか息を吹き返してくれた。
「に、虹夏ちゃん? あ、そっかぁ。オーディションもう終わったんですよね」
「ぼっちちゃん、落ち着いてよく聞いて。……まだオーディション前だよ」
「あばばばばばばばばばばばばばばばばばばば」
今度はムンクの叫びみたいな顔をしながら震えだしちゃった……。
え~い、しょうがない。ちょっと恥ずかしいけど、さっきのリョウみたいに……!
「ぼっちちゃん!」
「ひょえっ!? に、虹夏ちゃん!?」
驚くぼっちちゃんに構わないで、震える体を抑える様に彼女を抱きしめた。
「聞こえる? あたしもさ、すごい緊張してるの」
「あっ……」
早鐘の様なあたしの心臓の音を感じられたのか、少しするとぼっちちゃんは落ち着きを取り戻してくれた。
「虹夏ちゃん……」
そして、今度は恐る恐る、あたしの背中に手を回して抱きしめ返してくれる。
「ごめんなさい。私、自分の事ばっかり……」
「ううん、気にしないで。誰だってさ、緊張はしちゃうよ」
ポンポンとぼっちちゃんの背中を叩いた後、ちょっと名残惜しいけど体を離して話しを続ける。
「けどさ、美空さんも言ってたじゃない? 苦しい気持ちの先にある、楽しい事をイメージしようって。あれって、今の自分達の全力を出せばどんな結果になっても前に進める力になる、って事でもあると思うんだ」
話をしながら、この一ヶ月近く、皆で一生懸命練習してきた記憶が浮かんできた。
苦しい事もいっぱいあったけど、それでも、皆で一歩ずつ前に進んできたんだ。
「だからさ、後先考えないで、思いっきり楽しもうよ!」
そう言い切ったあたしの顔には、自然と笑顔が浮かんでいた。
「そう、ですね」
ぼっちちゃんは深呼吸をすると、静かな闘志が宿った眼でこっちを見返してくれた。
「やりましょう、虹夏ちゃん」
そう言い放つ顔は引き込まれるくらいかっこ良くて、紛れもなく本当のヒーローと言えるものだった。
「うん!」
答えたあたしの心に、もう迷いはなかった。
「まぁ、今の私達はSTARRYの常連バンドくらいのレベルはあると思うから、何とかなるよ」
眼鏡をかけてもいないのにデータキャラみたいに手で目元をクイってやる動作をしながらリョウが言ってきた。
っていうか喜多ちゃん、いつまで引っ付いてるの? コアラじゃないんだからさ。
「あ、だからリョウさんはそんなに落ち着けてるんですか?」
「まぁね。あとぶっちゃけ、美空さんが練習見てる方が100倍怖いし」
「それはリョウがやらかしまくってるからでしょ」
「てへぺろ」
「可愛く言っても駄目」
はぁ。緊張したりふざけたり、締まらないなぁ。
……けど、この方があたし達らしいかな!
「じゃあ、一発円陣でも組もうか!」
「何その運動部臭いノリ」
「いいからやるの! ほらほら喜多ちゃん、一回離れて」
「え~。もうちょっとだけ~」
「受かったらまたしてあげるから、郁代」
「はぁい先輩♪」
「さぁさぁ、ぼっちちゃんも」
「あ、はい」
相変わらずまとまってるのかそうじゃないのかよく分かんないけど、それでも今なら何でもやれそうだと思えた。
「まず、美空さんも言ってたけど、お姉……店長の審査に受かろうと合わせる必要はない。あたし達の全力を見せれば、結果は必ず付いてくる」
皆の顔を見ながら、言葉をかけていく。
「色々と不安はあるけれど、結局は楽しんだもの勝ちだと思うんだ。だから、思いっきりやろう!」
「はいっ」
「はーい!」
「うむ」
あたしの言葉に、皆が笑顔で答えてくれる。
あたし達なら、出来る。
そう心の中で念じ、息を一つ吸って、お腹から思いっきり声を出した。
「結束バンド、行くよ!!」
『おーーー!!』
オーディション開始の15分前、私はSTARRYの中に入って星歌さんに挨拶をした。
「星歌さん、お疲れ様です」
「あぁ」
星歌さんはステージ前の椅子に座ったまま横目で私をチラリと見て返事をすると、またステージに目を向けた。
おぉ……、流石に星歌さんも空気がマジだな。
けど、仕方ないか。店長としての立場と、保護者としての立場の板挟みに苦しい時もあるだろうし、私が思っている以上に星歌さんの気持ちは複雑なんだろうな。
チラリとステージを見ると結束バンドの皆が準備をしていて、マイクの位置だったりチューニングの確認をしたりしている。
彼女達の邪魔にならないよう、なるべく視界に入らないカウンター沿いの椅子に私は座った。
「いいんですか? 藤原さんだったら店長の傍に座っても大丈夫だと思いますよ?」
いつの間にいたのか、PAさんが袖で口を隠しながら小声で尋ねてくる。
「これでいいんですよ。私が目の前にいたらあの子達も気が散るでしょうし」
「う~ん。むしろ安心すると思いますけどねぇ」
「どちらにせよ、私はどこまで行っても遠くで見守る事しか出来ませんから。逆に、ここで自分達だけでどうにか出来なくちゃ、ライブなんて夢のまた夢ですよ」
「あら、厳しい。じゃあ、折角なので私はプレッシャーをかけに行っちゃいますかね」
「お手柔らかにお願いします」
私が苦笑しながら返事をすると、PAさんはニコニコと笑顔で星歌さんの隣に座りに行った。
……そう、どうあがいても、私は彼女達とは一緒にステージの上に立つことは出来ない。
だから、事前に皆には時間前の練習には来ないで、オーディションの時間ギリギリに見に来ると伝えていた。
本番までの時間をどう使い、どう気持ちを上げて行くか。
その部分を身に付けないとこの先困るのは、他ならぬ彼女達だから。
……まぁ、正直心配な気持ちもあったからここに来るまでは私自身もドキドキしっぱなしだったんだけど、それはどうやら杞憂のようだった。
改めてステージ上の結束バンドに目を向けると、皆緊張はしているものの動きがガチガチというレベルではない。
不安はもちろんあるだろうけど、それを振り払おうと自分達で鼓舞して、良い意味で開き直っているような顔つきだった。
──それで大丈夫。審査員に迎合する必要なんてない。
自分達の音楽を、どれだけ貫き通せるか。
それが出来れば、道は開ける。
「時間だ。始めてくれ」
予定の時間になったので、星歌さんが声をかける。
結束バンドの皆がお互いに顔を見て頷いた後、フロントマンの喜多ちゃんが挨拶をする。
「結束バンドです! 曲は『ギターと孤独と蒼い惑星』、よろしくお願いします!!」
一瞬の静寂の後、虹夏ちゃんのドラムを皮切りに演奏が始まった。
それに呼応する様に、ひとりちゃん、喜多ちゃん、リョウちゃんもそれぞれの楽器を奏でる。
『ギターと孤独と蒼い惑星』は全体的にアップテンポで、最初から全員が飛ばしていく迫力ある曲調だ。
その分、出だしからどれだけ皆がスピード感を維持しつつ合わせられるかが鍵だったけど、今日は過去一で最高とも言えるスタートを切れた。
その証拠に今までと違う何かを感じたのか、星歌さんの肩がピクっと震えるのが見えた。
私自身も大きなリアクションをしないよう、組んだ腕を拘束具みたいに握りしめ、演奏を見守る。
『突然降る夕立 あぁ傘もないや嫌 空のご機嫌なんか知らない』
軽快なビートに合わせて、喜多ちゃんが歌う。
歌詞はひとりちゃんが担当している事もあって、正直ネガティブな感は否めない。
けれど、そこは作曲担当のリョウちゃんが上手くカバーする事で陰鬱な雰囲気ではなく、さらに虹夏ちゃんの真っ直ぐなドラムと喜多ちゃんの力強い歌声が重なることで、もがきながらも何者かに成りたいという青臭い情熱が籠った曲に仕上がっていた。
『息も出来ない 情報の圧力 めまいの螺旋だ わたしはどこにいる』
気づいたら私は、他の人達には聞こえないくらいの声で歌詞を口ずさんでいた。
──あぁ、やっぱりいいなぁ……。
ビリビリと体を打つ音の波に委ねながら、物思いに耽る。
音楽は、自由だ。
誰が歌おうが、どんな歌詞であろうが、どの楽器を使おうが、誰もが自分を表現できる。
彼女達と一緒にいると何度もその事を実感し、改めて音楽の楽しさを教えてもらっている。
……もしもこの先、彼女達がメジャーデビューを目標にしたら、『ビジネスとして売れる音楽』と『自分達の音楽』の狭間で悩む事があるかもしれない。
でも、せめて今だけは、誰に何を言われようとも自分達の音楽を楽しんで欲しい。
毎日を全力で挑んで、時には休んだり、ちょっと寄り道をしたって構わない。
そして、その過程で自分達の信念を見出し、それを愛して欲しい。
そうすれば、たとえ壁にぶつかったとしても、自分達の道を見失わずに乗り越えられるだけの力を得られるから。
『馬鹿なわたしは歌うだけ ぶちまけちゃおうか 星に』
最後のフレーズが終わると、私は自分の頬が自然と綻ぶのを感じた。
私はもう、ステージに立つ事は出来ないけど。
だったらせめて、彼女達を応援するくらいは、いいよね……?
「頑張れ、結束バンド」
そっと呟いた私の言葉は、鳴り響く余韻の中に溶けて消えていった。
『ありがとうございました!!』
演奏を終えた結束バンドの皆が頭を下げて挨拶する。
星歌さんは少し考える仕草を見せた後、
「いいよ。合格だ」
と結果を言い渡した。
『……やったぁ!!』
結束バンドの喜びの声が、ライブハウスの中に響いた。
かく言う私も、無事にオーディションを通過出来た事に思わずほっと息をついてしまった。
「た・だ・し!」
喜びに沸く彼女達を制する様に、星歌さんは声をかける。
「全体的にまだまだ緊張感があって固い。もっと大勢の観客をイメージしないと、本番で余計縮こまるぞ」
「え~。受かったんですからもう少し優しくしてあげてもいいんじゃないですか?」
折角の余韻に水を差されてシュンとしちゃった皆のフォローも兼ねて、私が声をかける。
「甘やかしたってこいつらの為にならないだろ。若い内はこれくらいで良いんだよ」
「ふ~んだ。じゃあ私が代わりに甘やかしちゃいます。皆~、よく頑張ったね~」
『わ~い♪』
腕を広げて結束バンドの皆を出迎えると、嬉しそうに駆け寄って来てくれた。
あ、星歌さんがぐぬぬって悔しそうな顔をしてる。
……まぁ、星歌さんの事だから、たぶん何だかんだで枠は空けてくれてたと思うけど、それは言わぬが花ってやつかな。
それに、この先はまだまだ大変な事があるから、今だけは喜びに浸らせてあげてもいいよね。
「んじゃ、お疲れさん」
『お疲れ様で~す』
オーディションを終えた後、結束バンドの皆はバイトがあり、そのままお客さんとして残っていた私は閉店後に星歌さんとPAさんと一緒にご飯を食べに来ていた。
掛け声と共に、グラス同士がカチンと鳴る音が響く。
ちなみに飲み物は星歌さんはハイボール、PAさんはカシスオレンジ、私はウーロン茶といった具合だ。
「藤原さん、遠慮しないで飲んでもいいんですよ?」
「あー…。体の事があるんで、お酒は飲まないようにしてるんですよ」
「あ、ごめんなさい」
「いえいえ、お気遣いありがとうございます。お二人は遠慮せずに飲んでいいですからね」
PAさんの気遣いに、私は笑顔で答える。
「そこが気になってたんだけどよ。お前、体の方はあれからどうなんだ?」
「ちょっと店長、いきなり過ぎますよ」
「構いませんよ。そこら辺は私も話しといた方が良いと思いますし」
星歌さんを諫めるPAさんに感謝しつつ、私は話を続ける。私自身も、経過報告をどこかしらでしたいと思っていたから丁度良いしね。
「結論から言うと、一人での練習は問題ないんですよ。あれから近所のスタジオでボーカル付きでギターやベースを弾いたり、ひたすら長い曲を通しでドラムでやってみたりしましたけど、大丈夫でしたね。やっぱり、昔と同じで誰かと演奏して興奮状態になるとああなるみたいです」
「なるほどな。……かぁ~。そうなると、私とのセッションじゃ全然響かなかったって事か~」
「勘弁してくださいよ。あの時、実は私嬉しくてちょっと泣いちゃったんですからね」
「あら、良かったじゃないですか店長。慕ってくれる後輩がいてくれて」
下手したら暗い雰囲気になりかねない話題だったけど、星歌さんが敢えておどけた様な口調で話し、それにPAさんも乗ってくれたのが嬉しかった。
「まぁ、それだけひとりちゃんのパワーが凄かったって事ですね。で、実際今日の演奏を聞いてどうでした?」
結束バンドの皆はいないし、話題転換も兼ねて率直な意見が聞きたいと思い、私は質問を投げかけた。
「言っただろ? まだまだ固さがあるからこのままだと本番の空気に吞まれるぞ。……まぁ、良くなってるのは認めるけどさ」
「いや~三十路のツンデレはキツイっす」
「まだ29だ!」
机を挟んでポコっと頭を叩かれた。何も殴んなくたっていいじゃないかよぉ……。
「PAさんはどうでしたか?」
「そうですねぇ……」
気を取り直して尋ねるとPAさんは少し考えた後、
「まだまだ補正のし甲斐がありますけど、今後が楽しみって感じですかね」
と笑顔で言った。
「手厳しいですね……」
朗らかな表情で言い放たれた容赦ない言葉にガクっと崩れてしまう。
……まぁ、ここで既に完成されていたら面白くないしね。
「むしろ、ここで上がって行けば拍が付くってものですよ!」
「おう、頼むぞ」
「ふふ、頑張ってくださいね」
二人からエールを貰い、その後はお店の事を話したり、星歌さんをいじったりしながら楽しい時間を過ごした。
んで、そこから結構な時間が経ちまして……。
「最近はさぁ~、虹夏がさぁ~、良い顔をするようになったんだよぉ~」
「そうですねぇ。虹夏ちゃん、生き生きとしてますよねぇ」
「今日のオーディションだってさぁ、ちゃんと私の事を店長って呼んで『オーディションを受けさせてください』って頭を下げて頼んで来たんだよぉ」
「そうでしたねぇ。あの時の虹夏ちゃん、立派でしたねぇ」
「そうだよぉ。虹夏は偉いんだよぉ。それなのに私は……駄目なお姉ちゃんでごめんよ~!」
私の目の前には、PAさんに慰めてもらっている酔っ払いがいた。
あ~、個室居酒屋でよかった。オープンな席だったら絶対恥ずかしかったわ。
「まぁまぁ、虹夏ちゃんだって星歌さんが大変なのは分かってくれてますよ」
流石にPAさんに任せっきりなのは申し訳なかったので、私もフォローの言葉をかけると一変して星歌さんはこちらをキッと睨みつけてきた。
「うるへー! お前に言われたって嬉しくねぇんだよぉ!」
「えぇ……。何でですか……」
逆ギレしてきた星歌さんに思わず口を尖らせて反論してしまう。
その言葉に星歌さんは更にヒートアップしたのか、残っていたお酒を一気にグビグビ飲み干すと、
「お前ばっかりぼっちちゃんを独り占めしてズルいぞ!!」
と宣いやがった。
「お前には自分から話しかけてくれるのに、私には未だに目も合わせてくれないんだぞ! 私だって、もっと色々お話したいのにぃ~!」
今度は机に突っ伏してさめざめと泣き始めた。
面倒くさいなぁ、もう。
だったらもっと話しやすい空気作る努力とかしましょうよ。ただでさえヤンキーみたいな見た目でひとりちゃんにとってはハードル高いんですから。
……とかって言うと火に油を注ぐ結果になるのは目に見えるので、我慢する。
いっそこのまま酔い潰すか? と考えていた所、PAさんが助け舟を出してくれた。
「大丈夫ですよ店長。後藤さんだって、本当は店長と仲良くしたいはずですよ」
「そうなのか……?」
「だって、嫌だったらバイトを辞めちゃえば済む話じゃないですか。後藤さんは大人しい子ですから、タイミングが分からないだけだと思いますよ」
「そうかな……。そうかも……」
「そうですよ~。だから、今日はもうお休みしましょうね~」
「うん……。そうだな……」
子守唄の様なPAさんの声に誘われ、星歌さんはそのままもたれかかって寝てしまった。
その鮮やかな手腕に、思わず私は拍手をしてしまった。
「お見事です、PAさん」
「いえいえ、慣れてますから。ただ、家まで送って行くのを手伝ってもらっていいですか?」
「もちろんです」
ひとまず酔っ払いを任せて、私は先にお勘定を済ませるのであった。
「藤原さん、大丈夫ですか?」
「これくらい平気です。近場で良かったですよ」
そして現在、私が星歌さんをおんぶする形で帰り道を歩いていた。
「ごめんなさいね。普段もここまでにはならないんですけど」
横から軽く支えてくれながらPAさんが申し訳なさそうに謝ってくれる。
「まぁ、こうなる可能性は薄っすら想定してたんで。お駄賃代わりにお尻でも揉んでおきます」
私が冗談めかして言うと、PAさんはクスクスと笑った。
「きっと、藤原さんと飲めて嬉しかったんだと思いますよ。藤原さんが来てから、店長も少し雰囲気が変わりましたから」
「そうなんですか?」
「以前はずっと、店長としての責任感でピリピリしてた所がありましたからね。けど、今はちょっとだけ雰囲気が柔らかくなったと思います」
意外だな……。星歌さんはどんな時でもマイペースで強い人だと思っていたけど。
まぁでも、そう言われると……悪い気はしないかな。
「ありがとうございます。けど、やっぱりPAさんみたいに普段から傍に居てくれる人も大事だと思いますよ」
「ふふ、ありがとうございます。じゃあ、店長を見守る会としてこれからもお付き合いお願いしますね」
「あはは、喜んで」
そんな他愛もない話をしながら、なんとか星歌さんの家に辿り着く事が出来た。
「お姉ちゃん、どうしたの!?」
出迎えてくれた虹夏ちゃんが開口一番、驚きの声をあげる。
「ちょ~っと飲みすぎちゃったみたい。吐いたりはしてないから大丈夫よ」
「いや、こんな状態になるだけで大丈夫じゃないですよ!」
虹夏ちゃんがプンプン怒りながらも、一緒に介抱を手伝ってくれる。
ひとまず三人で星歌さんを部屋に運んでいると、
「虹夏……?」
と声を出しながら星歌さんが起きた。
ただ、目は半開きだから夢の中に片足を突っ込んでる状態ではあるだろうけど。
「お姉ちゃん……?」
星歌さんはそのまま虹夏ちゃんの頭の上にそっと手を乗せると、優しく撫でてあげた。
「随分上手くなったな……。頑張れよ……」
そうポツリと呟くと、また目を閉じて眠ってしまった。
「……良かったね、虹夏ちゃん」
「……はい」
返事をした虹夏ちゃんの目は、ちょっとだけ潤んでいるように見えた。
「二人とも、ありがとうございました。よかったら泊まってもいいんですよ?」
ようやく星歌さんを寝かしつけた後、玄関で虹夏ちゃんが頭を下げてそう提案してきた。
「私は近くなので大丈夫ですよ~」
「私も終電はまだあるから大丈夫。それに、明日は朝からひとりちゃんとリモートで勉強会もあるしね」
「あ、そうでしたね。じゃあ、お休みなさい。本当にありがとうございました」
こうして虹夏ちゃんの家を後にし、PAさんとも別れて、私は帰路に就いた。
そして家までの帰り道、今後に向けて色々と考え事をしていた。
──まずは第一関門を突破。次は路上ライブに向けての仕上げかな。あ、チケットのノルマもあるから……たぶんひとりちゃんが一番きつそうだよね。今はまだ内緒だけどとりあえず私の分で一枚だとして、梶原店長あたりを誘ってみるかな。
考え出せばワクワクと同時に、様々な壁も思い浮かぶ。
けれど、きっと彼女達ならそれも乗り越えられるだろう。
『ためらわないで自分を信じたら きっとあなたの風が吹くから』
これからの事に思いを馳せながら、私はそう口ずさんだ。
プロットを見直していたら「やべぇ、PAさんが出るタイミングどうしよう」となったのであれこれ付け加えてたら長くなっちゃいました。
次回からはもう少し短くなると思います。