夢への旅路   作:梅のお酒

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 先に少し補足をしておくとアニメ版でライブの日付は8/14になっていましたが、この物語では理由をこねくり回して一週間ずらしの8/21という設定になっています。

 メタ的な理由だと、その方が話を進めやすかったからです。


第15話 ELECTRICAL COMMUNICATION

 近所で夏祭りがあるからか、私の目の前を通り過ぎる人達の顔つきはどこか明るい。

 けれど、それとは裏腹に、私の気分は暗く沈んでいた。

 

 (どうしよう……)

 

 オーディションが終わった次の日の日曜日、地元の駅前で私は途方に暮れていた。

 

 昨日、オーディションを無事合格できたことはすごい嬉しかった。

 それこそ、人生で今まで一番と言えるくらいだったかもしれない。

 けど現実は残酷で、今度はライブに向けてのチケットノルマという壁が立ちはだかった。

 ノルマは一人五枚で、家族には強がりで学校の友達に配るって言っちゃったからアテにできない。

 

 ……と、今までの私なら絶望していただろう。

 

 だがしかし! 今の私はオーディションを突破したスーパーモード!

 午前中のリモート勉強会でも美空さんがオーディションの出来を褒めてくれたし、向かう所敵なしに違いない。

 

 私はギターヒーローで! 登録者数10万人で! 100万回再生なんだよぉ!

 今なら路上ライブだって朝飯前! 私にかかればちょちょいのちょい!

 なんならノルマ以上のチケットを捌いて皆から褒められまくりのモテまくり!

 

 『ぼっちちゃん偉い!』

 『ぼっち、最高にロックだぜ』

 『ひとりちゃん素敵!』

 『頑張ったね、ひとりちゃん』

 

 うへへぇ。しょんなことないですよぉ、でへへ。

 

 ……って、なるはずだったのに……。

 

 お父さんに協力してもらって路上ライブ仕様のアンプも準備して、ギターヒーロー参上! とカッコよく行くはずが、全く真逆で道行く人々を前に体が固まっているだけの自分がいた。

 

 「う、うぅ……」

 

 喉から水分が抜けて、うめき声みたいな声しか出せない。

 一人で演奏するなら動画撮影と同じ感覚で行けると思ったけど、全然違う。

 通り過ぎて行く人達の何人かが不思議そうな目でこっちを見るけど、それだけで私の心臓は破裂しそうな程緊張した。

 もし演奏を始めたとしても、この視線が全部自分に向くことを考えたら余計に体が硬直してしまう。

 ライブの宣伝以外にも、前に美空さんに言われたあがり症を治す為に一人路上ライブを

やろうとしたのに、やっぱり私は皆が居ないと何もできないんだ……。

 

 「……帰ろう」

 

 ギターを下げて、私はそう呟いた。

 逆に良い方向に考えよう。まだ私には早かったんだって。

 やってみなきゃ分からない事だったし、できない事が知れただけでも進歩だよね?

 ……ノルマの事とかは解決してないけど、そこは美空さんにこっそり相談してみようかな。

 機材を片付けながらあれこれ考えていると、

 

 「あれ~、ここどこ~? っていうか気持ちわるおぶぇ」

 

 どこからともなく声が聞こえて、気がついたらドサリという音と共に私の目の前には人が倒れていた。

 え!? い、行き倒れ!?

 突然の事態にパニックになってしまう。

 ど、どうしよう!? こんなこと、いきなりすぎて私じゃ無理! だ、誰か助けて!!

 声も出せずに心の中で叫ぶも、道行く人は遠巻きに見ては通り過ぎるだけ。

 ま、まずい……! このままじゃ私が犯人みたいに!?

 今すぐ逃げ出したいけど、ここで逃げたら余計に犯人みたくなっちゃう。

 私が思っている以上に警察の捜査能力ってすごいらしいし、おまけに大きい荷物も持ってるから防犯カメラの映像とかで私の事を特定して逮捕なんて簡単なんだろうな……。

 そうしたら結束バンドにもいられなくなって皆から

 

 『見損なったよ、ぼっちちゃん!』

 『最低だな、ぼっち』

 『ひどいわ、ひとりちゃん!』 

 『残念だよ、ひとりちゃん……』

 

 って非難されて、弁護士さんを雇うお金もないから何もできなくて……!

 

 『判決! 後藤ひとりは倒れた人放置罪で死刑!』

 

 ほぎゃああああああああああ! 15歳にして私の人生早くも終了!?

 そ、それだけは絶対に嫌だ!! せっかく皆でライブのチャンスを掴んだのに……!

 でもでも、こんな状況どうすれば……あ、そうだ! 前にリョウさんがやってたことの真似をすれば。

 私は倒れている人の傍にしゃがみ込んで、手を握って呼びかけた。

 

 「あ、あの! 声、聞こえますか? 聞こえていたら手を握ってください」

 「う~ん……。お水とかあります……?」

 

 私の声に反応して、倒れてる人はヨロヨロと膝をつきながら起き上がり始めた。

 これなら大丈夫そう、かな?

 

 「は、はい。ちょっと待ってください」

 

 夏なので水分補給用に大きめのペットボトルのお水を持っててよかった。

 私がお水を渡すと、行き倒れの人はグビグビと勢いよく飲み始めた。

 あっという間に飲み干すと、今度は

 

 「あと、栄養ドリンクとシジミ汁とお粥もください……」

 

 と言いながら縋り付いてきた。

 あ、あれ……? かなり余裕そう?

 正直、今すぐ逃げ出したい気分になったけど後が怖いので、私は言われたものを用意するためにコンビニへ駆け込むしかなかった。

 

 

 

 

 「くは~! 助かった~!」

 

 用意したものを一通り平らげた後、行き倒れさんは満足そうに言った。

 さっきは慌ててたからあまり気にする余裕がなかったけど、顔立ちが整ったお姉さんだったのにビックリした。

 

 「いや~ありがとね。おかげでまた楽しくお酒が飲めそうだよ」

 

 そう言いつつ、どこから取り出したのか紙パックのお酒をストローでちゅーちゅー飲み始めた。

 え……ま、また飲むの!?

 やばい、この人かなりアレな人だ!

 

 「げ、元気になってよかったです。じゃあ、私はこれで」

 「あ、君ギタリストじゃない? その感じ、路上ライブしようとしてたんじゃないの?」

 

 逃げようと背を向けた私の肩をゴム人間みたいにニュッと伸びた手で掴まれてしまった。

 ひぃ! 逃げられない!?

 う、うぅ……。もうどうにでもなってしまえ……。

 お姉さんも楽器ケース持ってるし、もしかしたら何か解決に繋がるかもしれないと思い、半ばやけくそ気味に私は自分の状況を話してしまった。

 

 「はぁ~、なるほどね。宣伝も兼ねて度胸を付けようと路上ライブを」

 「はい……。けど、結局足がすくんで何もできないので、もう帰ります……」

 

 そうしてトボトボと帰ろうとしたら、お姉さんが

 

 「じゃあ、私も一緒に演奏するよ」

 

 と提案してきた。

 

 「へ?」

 

 あ、あれ? デジャヴ? 美空さんもだけど、大人のミュージシャンって皆こんな感じなのかな?

 

 「あ、もしかしてちゃんと演奏できるか疑ってるな~? これでも私、インディーズでは結構売れてる存在なのよ」

 

 私の疑問符を別の意味に受け取ったのか、お姉さんはカラカラ笑いながら続ける。

 

 「普段は新宿を拠点にしてるんだけど、ライブ帰りに飲んでたらいつの間にかこんな所に居たんだ~」

 

 話ながらお姉さんが楽器ケースをごそごそ探してクシャクシャになった物を広げると、それは確かにお姉さんが写っているバンドのフライヤーだった。

 

 「ちなみに機材はこのケースに入ってるから大丈夫。これを持ってれば即興ライブで帰りの電車代を稼ぐ事もできるからね」

 

 自信満々に笑いながら、お姉さんは傍らのキャリーケースをパンパン叩いた。

 いや、そもそも帰りの電車代は残しておくものでは……?

 思わず言いかけた言葉をひとまず飲み込み、話を続ける。

 

 「けど、会ったばかりなのに悪いですよ……」

 「さっき助けて貰ったからそんなこと気にしないで良いよ。それに……」

 

 

 「昔の私みたいで、ほっとけないんだよね」

 

 

 そう言ったお姉さんの顔は、さっきとは打って変わった優しい表情だった。

 

 「私も昔は度胸付けるために一人で路上ライブしようとしたんだけど、最初は怖くてしょうがなかった。それでずっと立ちすくんでいて泣きそうになっちゃった所を私の親友とたまたま出くわして、見かねて一緒に演奏してくれたんだ」

 

 取り出したベースを撫でながら語るお姉さんの顔は、どこか遠くを見ながら何かを想う、儚げなものに見えた。

 その表情を見た時、なぜか私の頭には前に一緒にご飯を食べた時に見せた美空さんの表情が思い浮かんだ。

 

 「一回やったら自信が付いて、そこからは一人でもできるようになったかな。誰かの力を借りてもいいから、一歩踏み出せば君も変われると思うよ」

 

 お姉さんはすぐパッと明るい表情を見せて、励ますように言ってくれた。

 確かに、このまま帰っても得られるものは何もない。

 ちょっと変な人かもしれないけど、自分のことを話していた時のお姉さんの表情は嘘と思えないし、ここでこうして協力を提案してくれたのも不思議な縁なのかもしれない。

 ……前の私だったら、こんな考え方にならなかったんだろうな。

 一瞬目を閉じて、深呼吸をした後、私はお姉さんに頭を下げた。

 

 「ありがとうございます。お力を借りてもよろしいでしょうか」

 「よしキタ! それと、そんなに畏まらなくていいよ。袖振り合うも他生の縁ってね」

 

 お姉さんはパンっと膝を手で叩くと、ニカッと明るい笑顔を浮かべた。

 

 「あ、その前にライブのチラシとか持ってない?」

 「あ、はい。まだ白黒の仮のやつですけど、日程は変わらないはずです」

 「なるほど。本番前に路上ライブやったりする?」

 「はい、やります」

 

 私は虹夏ちゃんが作ってくれたチラシを見せる。

 ふむふむ、とお姉さんは頷くと楽器ケースからペンを取り出した。

 

 「なら、今から本番まで時間が空くから、どうせだし路上ライブの日程も書き加えちゃおうか」

 「は、はい」

 「先に2,3枚だけ書いて私が配ってるから、書き加えをやってて。全部書き終わったら私はそのまま呼び込みをやって、君は後ろでセッティングをやりつつ心の準備をしてていいから」

 「あ、ありがとうございます」

 

 さっきまで酔っぱらっていた人とは思えないテキパキとした指示で、私は思わず頼もしさを感じた。

 

 「は~い! 皆さんご注目~! 今からこの子のバンドの曲演奏しま~す!!」

 

 二人でせっせと作業をして、お姉さんが物怖じせず呼び込みをすると、普段より人通りが多かったのもあるのか早々に足を止めて見てくれる人が出てきてくれた。

 

 「あ……。う、うぅ……」

 

 けれど、人が増えるのに比例して、やっぱり私の体は緊張で動けなくなってしまう。

 下を向きながら深呼吸を繰り返しても、それは一向に良くならない。

 

 「……怖い?」

 

 いつの間に傍に居たのか、お姉さんがゆっくり私の背中をぽんぽん叩きながら問いかけてきた。

 正直に私が頷くと、お姉さんは

 

 「じゃあ、おまじないを一つ授けよう」

 

 と人差し指を立てながら言ってきた。

 

 「見てくれる人も音楽も、敵じゃないよ」

 

 ニコリ、とお姉さんが笑顔を見せた時。

 私の中に、言葉で言い表せない電流のような刺激が駆け巡った。

 顔を上げて、ゆっくりとお客さんの顔を見てみる。

 そこには敵意を見せてる表情の人はいなくて……皆、これから何が起こるんだろうと好奇心に満ちた目で見てくれていた。

 

 ──そうか、敵なんかいないんだ。

 私が、勝手に……!

 

 お姉さんの方に向き直ると、変わらずにお姉さんは優しい笑顔を浮かべていた。

 

 「行けそう?」

 「はいっ」

 「よし、じゃあ行こうか!」

 

 私の答えにお姉さんは満足そうに頷いた後、背中をパンっと叩いてくれた。

 いつものように、目を閉じて深呼吸をする。

 そして、不安を吹き飛ばすように、私は思いっきり声を出した。

 

 「け、結束バンドです! 一曲、やらせて頂きます!」

 『頑張れ~』

 

 上擦った声で宣言すると、見ている人達は拍手と共に声援を送ってくれた。

 お姉さんに一瞬目配せをしてお互いに頷いた後、私はギターを奏でた。

 すると、さっきまでの緊張が嘘みたいに、軽やかに演奏をすることができた。

 お姉さんの言葉に勇気づけられたのもあるけど、それだけじゃない。

 

 (この人、すごい……!)

 

 お姉さんのベースに、私は体が身震いするのを感じた。

 即興なのに迷いが無い、自信に満ちた演奏。

 私の演奏を支えてくれて、それがまた更に先に進む力を分けてくれる。

 そしてなにより、音楽を心から楽しんでいるのが伝わってくる。

 

 その姿は、正に私が憧れていたヒーローの姿と言って良いものだった。

 

 思わずそのまま聞き惚れそうになってしまったけど、足に力を入れて踏ん張り、更に演奏に力を注ぎこむ。

 

 私も、誰かの心を動かすヒーローになりたい!

 

 その一心で、私は無我夢中で演奏を続け、気が付いたら一曲演奏を終えることができていた。

 

 「あ、ありがとうございました!」

 

 慌ててお客さんに頭を下げると、皆笑顔で、最初に送ってくれた以上の拍手をしてくれた。

 

 皆、笑顔になってくれた……!

 

 その光景を見た時、私の心の中は得も言えない暖かさに包まれた。

 これから、もっとたくさんライブをしたら……もっとこんな笑顔が、見れるのかな……?

 この日、私はまた何か一つ、大切なことを学べたような気がした。

 

 

 

 

 「あ~気持ちよかった~! 楽しかったよ、ありがとう」

 「い、いえ。こちらこそ、本当にありがとうございました」

 

 片づけを終えて、私は何回も頭を下げてお姉さんにお礼を言っていた。

 結局チケットは売れなかったけど、すごい良い体験をさせてもらったから何回お礼を言っても足りないくらいだった。

 挨拶もそこそこにお別れしそうになると、お姉さんが手を差し出してきた。

 

 「そういえば自己紹介してなかったなって。私、SICK HACKの廣井きくり。新宿に来た時はよかったら見に来てね」

 「は、はい。私は、結束バンドの後藤ひとりです」

 

 差し出された手に自分の手を重ねて、私達は握手をした。

 

 「あはは、面白い名前のバンドだよね。あと、さっきチラシ見たんだけど、下北沢のSTARRYってお店で活動してるの?」

 「はい、そうですけど……」

 「もしかして、店長さんって金髪でヤンキーみたいな伊地知さんって人じゃない?」

 「え!? し、知ってるんですか!?」

 

 突然出てきた店長さんの名前に、私は驚いてしまった。

 

 「学生時代の先輩でね。うへへ、そうか~。良いこと聞いたな~」

 

 私の反応を聞いたお姉さんは、でへでへと何か気味の悪い笑顔を浮かべている。

 

 「その内そっちにも顔を出すと思うから、その時はよろしくね」

 「は、はい……」

 

 そう言い残すと、お姉さんは荷物を持って駅に消えていった。

 あ、あれ? 私、もしかして言わない方が良かったことを言っちゃった?

 っていうかお姉さん、帰りの電車代あるのかな?

 ……こ、こういう時は、逃げるが勝ち!

 助けてもらったのに申し訳なさも感じたけど、私は急いで回れ右をして家に帰った。

 

 

 

 ──この出会いが、後で大きな転換点になるとは、この時の私は知る由もなかった。




 原作と少し違った酒クズ姐さんとの出会い。
 この人が一番今作において色々設定をいじったので、この物語ならではのきくりさんをお見せできれば良いなと思っております。
 
 あと、ぼっちちゃんとの路上ライブですが、きくりさんが機材を持ち歩いている理由をアレンジしてみました。アニメ版だと誰かに電話して持って来てもらってましたが、仮に新宿から持って来てもらったとしたらすごい時間かかんじゃね? と思ってこうしました。背景が明かされていたら作者の勉強不足です、ごめんなさい。
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