夢への旅路   作:梅のお酒

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 GW中にもう一個いけるかなと思ったらめちゃくちゃ難産でした。

 あと、今回少しだけばっちい描写があるのでお気を付けてください。


第22話 月光花

 「藤原、別にいいんだぞ。ウチに預けても布団の上から簀巻きにすれば良いだけだしな」

 「大丈夫です。それに今日は虹夏ちゃんも星歌さんもお疲れでしょうから、これくらいは何とかなりますよ」

 

 打ち上げが終わりお店を出た所で、私はちょっとした押し問答をしていた。

 

 「やったー! 美空とお泊りだー!」

 「うっさい! 騒ぐんだったらそこら辺に捨ててくからね!」

 

 私の腕に引っ付いている押し問答の原因であるきくりを窘める。

 予想通りというか案の定というか、きくりはしこたまお酒を飲んだせいでかなりデキあがっていた。

 で、流石にこのまま一人で帰すのは無理だと思い、星歌さんが連れて帰ろうとしたのだが私がその任を引き継ごうとしてちょっとした押し問答が起きたわけだ。

 虹夏ちゃんはライブ本番、星歌さんは運営とやる事が盛り沢山な一日でお疲れの中で、更にきくりのお世話を任せるのは気が引けた。

 本人達は大丈夫って言ってくれたけど、私としては友達が自分の目の届かない所で迷惑を掛けるのが嫌だったので、それだったら私が引き取った方がお互いwin-winになると考えたのだ。

 っていうかそもそも、お金持ってないくせに一番飲み食いするなよな……。

 

 「あんまりそいつを甘やかすなよ。何かあったら遠慮しないで電話くれ」

 「うっす。その時はお願いします」

 

 ため息交じりに言う星歌さんへの挨拶もそこそこに、終電の時間もあるので早々に皆とさよならをした。

 

 「えへへ。美空、美空~」

 「あんまりくっつかないでよ。重たいんだけど」

 

 道中、きくりはずっと私の片腕に両腕を回して抱きしめながら歩いていた。

 おかげで腕が痺れるし、重心が変になるから体が凝ってしょうがない。

 

 「大人しくしてろって言ったのは美空だよ? 離れちゃうと私、寂しくて泣いちゃうかも」

 「あーもう、あぁ言えばこう言う。好きにしなさい」

 「じゃあ遠慮なく~」

 

 そう言うと、猫みたいな顔をして頬ずりをしてきた。

 はぁ、随分と強かになったこと。周りから変な目で見られなきゃいいけど……。

 そんなこんなでなんとか新宿まで出て、そこからまた乗り換えて最寄り駅まで向かう。

 大きな荷物を背負っているから、なるべく空いている各駅停車に乗ると運よく二人分並んで座ることが出来た。

 何が良いのやら、相変わらずきくりは飽きもせず私の腕にべったりくっついている。

 

 「ねぇ、美空」

 「何?」

 

 ふと、きくりが顔を上げて私に尋ねてきた。

 

 「今、楽しい?」

 

 良く通る声音のその問いかけは、私の頭の中に妙に響いた。

 ……楽しい、か。

 答えは当然、決まっている。

 

 「楽しいに決まってるじゃない」

 

 ニッと笑顔を浮かべ、胸を張りながら私は答えた。

 

 「結束バンドの才能は本物よ。今はまだまだ粗削りだけど、SIDEROSやあんた達に追いつく事だって出来ると私は思ってる。そんな子達の成長を間近で見れるなんて、これ以上ない楽しみよ。あ、勘違いしないで欲しいけど、私の指導のおかげで~何て言うつもりは一切ないからね」

 「ふふ。知ってる。美空はそういう人だもん」

 

 私が一息で言うと、きくりは昔と同じ様に控えめな笑顔でクスクス笑った。

 

 「けど、良かった。美空が音楽を嫌いになってなくて」

 

 ほぅ、と。

 安堵した様子で、きくりは息をついた。

 

 「……正直さ、音楽に触れたくないっていう時期はあったんだ。けど、やっぱり自分の中で何かが足りない気がして……。そんな中でたまたま梶原店長に会って、それがきっかけで立ち直る事が出来たんだ」

 「じゃあ、あの人は美空にとって恩人なんだ」

 「うん。で、せめてものお返しにスタジオに通って練習してるんだ」

 「そっか。良い縁に恵まれたんだね」

 

 私の話を、きくりは穏やかな表情で聞いている。

 ……何でかな。この表情の時のきくりには、思わず口が軽くなっちゃう。

 

 「じゃあさ、美空。もし良かったら、来週あたりFOLTにも遊びに来てよ」

 「え?」

 

 思わず間抜けな声を出して聞き返してしまう。

 

 「来週だったら皆いて志麻も銀ちゃんも喜ぶし、イライザも紹介したいんだ」

 

 屈託のない笑顔を向けながら、きくりは話す。

 一方で、私の頭の中には複雑な感情が駆け巡り、何て言えばいいのか分からなかった。

 

 ──しっかりしろ私。散々ひとりちゃんに感情の整理の事を話しているのに、自分が出来なくてどうする。

 

 目をつぶって、ふぅ、と息を吐く。

 そんな私を、きくりは黙って待っていてくれた。

 

 まず、言われて率直に感じた事は……どんな顔をして行けば良いのかという罪悪感。

 一方的に私が迷惑をかけたのに、今更どの面を下げて会いに行けるのか。

 ……いや、そうじゃないだろ。

 心の中で被りを振って、その更に先の感情を掘り起こす。

 結局は、私が勝手に壁を作っているだけだ。

 会ったら容赦ない罵倒をくらうかもしれない。もしかしたら、志麻相手だったらボコボコに殴られるかもしれない。

 でも、あの時悪かったのは紛れもなく私で、ずっとそれが心残りだった。

 謝罪をして許されるとは思わない。

 それでも、自分が悪いという罪悪感を盾に逃げちゃ駄目なんだ。

 会うチャンスがあるなら、ちゃんと会って謝りたい。

 そこで縁を切られたら、その時はその時だ。

 対話もしないで逃げ続けたら、その方が私は一生後悔をする。

 そう決めたら、心の中にストンと落ちる物があった。

 それに、皆に会えるって聞いたら……嬉しいと思ったのも事実だしね。

 

 「そう、だね。久しぶりにFOLT、行ってみたいかな」

 「やった! ふふふ。美空と会ってからね、皆に秘密にするの大変だったんだよ」

 「別に秘密にする程の事でもないでしょうに」

 「けど、そうした方が皆びっくりするでしょ?」

 

 そう言いながらきくりは悪戯っぽい笑みを浮かべる。

 ……そうだ。今までなあなあにして来たけど、まずは言わなくちゃいけない相手が目の前にいる。

 

 「きくり」

 「ん~?」

 「あー。その、さ……」

 

 何やってるんだ。逃げちゃ駄目だってさっき決めたばっかりだろ。

 息を吸い、歌う時と同じ位の勢いで言葉を発する。

 

 「黙って居なくなって、ごめんなさい」

 

 本当はもっと言わなきゃいけない事があるはずなのに、そう告げるので精一杯だった。

 きくりは一瞬キョトンとした後に……昔と同じ穏やかな笑顔を浮かべてくれた。

 

 「気にしてないよ。私は、また美空と会えただけで嬉しいから」

 「……ありがとう」

 

 お礼を返しながらきくりの頭を撫でると、また猫みたいにゴロゴロくっついてきた。

 そのまま駅に着くまでお互い何も言葉を交わさなかったけど、心地よさを感じる時間だった。

 

 

 

 ようやく最寄り駅に辿り着き、相変わらずひっついた状態のきくりを運びながら家へと向かう。

 駅からはほんの五分くらいだから、特に何事もなければもう少しでミッションコンプリートだ。

 で、部屋に向かうためマンションのエレベーターに乗ったんだけど、きくりの様子が何かおかしい。

 

 「きくり、どうした?」

 

 さっきから妙に静かなきくりに問いかけると、青い顔をしたきくりがボソリと呟いた。

 

 「……ごめん美空。ヤバいかも」

 

 ……ヤバい? え、この状況でってことは、まさか!?

 

 「ちょっと!? あと少しだから我慢しなさい!」

 

 流石に共用部を汚すのはマズい! いや、自分の部屋でも良くないけど他の人に迷惑が掛かるよりはマシだ!

 なるべくきくりを揺らさないように、それでいて迅速に自分の部屋へと足を進める。

 ポケットから鍵を取り出し、すかさず玄関をオープン。

 トイレはすぐ傍だから急いでドアと蓋を開けて、きくりを突っ込ませる。

 そしてきくりがトイレの中に頭を入れた瞬間。

 

 「~~~~~~~~~~~~~~~っっっ!!!!!!!」

 

 デスボイスを通り越した、クトゥルフ神話もびっくりな声が木霊した。

 間一髪、何とか間に合ったか。

 変な汗がドっと出たけど、状況は終わっていないのでひとまずきくりの背中を擦ってあげる。

 擦るのがまた刺激になったのか、ビクビクとひきつけを起こしながらまた呻き声と同時にボチャボチャと水音が響いた。

 ……こりゃしばらくかかりそうだな。

 

 「無理しないでいいから、少し待ってて」

 

 そう言い残し、トイレを出てまずはお風呂場と台所の換気扇のスイッチをオンにする。

 次に食器棚からマグカップを取り出して、お水を入れて電子レンジにシュート。

 温めている間にリビングに移動して、扇風機を全開にして窓を網戸でオープン。

 こうすれば、少しは空気が回るはず。

 網戸越しにムワッとした夏の熱気が漂うけど、臭いが籠るよりかはマシだ。

 換気をしていると、今度は電子レンジがチンと鳴る。

 マグカップを取り出して、一口飲んで温度を確認。

 少し熱いかと思ったので、ほんの少しお水を入れて調整。

 よし、これくらいなら大丈夫でしょ。

 マグカップを持ったままトイレに行き、きくりに声をかける。

 

 「お湯持ってきたけど、飲めそう?」

 「うん……。ありがとう……」

 

 涙目になりながらきくりがお湯をチビチビ飲むと、またそれが刺激になり再びトイレに頭を突っ込んで呻き声をあげるので、背中を擦るを繰り返す。

 ……はぁ。何が悲しくて友達が吐くのを看病しなくちゃいけないのか……。

 こうして何分経ったのか分からないくらいの時間が経つと、ようやくきくりの息が整い顔色も少し良くなってきた。

 

 「どう? 大丈夫そう?」

 「うん……。ごめんね……」

 

 涙に濡れている瞳は酔っぱらっている時のグルグルしたものではなく、幾ばくか焦点が定まっていそうな感じであった。

 でもこのままじゃまだ心配だな。しょうがない。

 

 「支えてあげるから、このまま一緒にお風呂入るわよ」

 「へ?」

 

 きくりは『何言ってんの?』といった様子で聞き返してくる。

 でも、こちらとしては寝床を貸すのに洗ってない動物みたいな臭いをされては困るわけだ。

 

 「い、いや……いいよ。一人で入れるって」

 「昔はちょいちょい一緒に入ってたんだから、今更恥ずかしがる事でもないでしょ。それに足元ふらついて転んでもしたらどうすんのよ。人の家を事故物件にする気?」

 「う、うぅ……」

 

 私が一気に捲し立てても、きくりはなお抵抗するような目を向けてくる。

 ……こうなったら、実力行使だ。

 

 「はい、いいから服脱ぐ。ついでに洗濯もしてあげるから、大人しくしなさい」

 「わ、分かったから! 自分でやるから待って……!」

 

 抵抗するきくりに構わず、私は問答無用でポイポイ服をひん剥いた。

 その後は、まるでシャンプーを嫌がる猫のお世話をしているかのような気分であった。

 

 

 

 

 

 「はぁ~。あったか~い」

 「ちょっと。あんましくっつかれると寝られないんだけど」

 

 お風呂と洗濯も済ませて後は寝るだけになったんだけど、きくりは一緒になってベッドで寝そべる私のお腹に背中側から手を回して抱き枕にしている。(ちなみに寝間着は貸した)

 どうやらお風呂に入って血流が良くなったからか、また酔っ払いモードに入っちゃったみたいだ。

 

 「いいじゃんいいじゃ~ん。昔、志麻の家でお泊り会した時もこんな感じだったじゃない」

 「……あぁ、懐かしいわね」

 

 頭の中に、もう一人の親友と過ごした記憶が浮かび上がる。

 志麻の実家はお寺で広い部屋がいくつかあったから、一つの部屋に三人で川の字になって一緒に寝たんだっけ。

 まぁ、あの時は恥ずかしがるきくりを私が強引に志麻も誘ってサンドイッチしたんだけどね。

 そんな昔の記憶を思い返すと、今のきくりは堂々としたものだ。

 

 「本当。変わったわよね、きくり」

 

 フッと笑いながら私は呟いた。……まぁ、流石にお酒やお金のトラブルはどうにかして欲しいけど、ひとまずきくりが元気ならそれで良い、かな?

 

 「……美空」

 

 ポツリ、と。

 消えてしまうのではないかという脆さを想起させるきくりの声が聞こえた。

 どうしたのかと尋ねようと振り向く前に、きくりは私のお腹に回している手に、縋る様に力を込めてきた。

 

 「私、何も変わってないよ……」

 

 涙交じりの声が、耳朶を打った。

 

 「お酒を飲まないとステージに立つのも怖くて……。美空の影に隠れてないと何も出来ない、弱い私のままなの……」

 

 ──違う。

 

 「馬鹿な事を言わないで」

 

 考えるよりも先に言葉が出て、私の手はきくりの手に重ね握りしめていた。

 

 「楽器に触ったことも無かったのに、きくりは必死に練習してた」

 

 少しずつ硬くなっていく指先が、頼もしかった。

 

 「自分で何が足りないか考えて、一人で路上ライブにだって挑戦した」

 

 怖がりながらも前に進もうとする姿が、愛おしかった。

 

 「きくりが居てくれなかったら、フェスで優勝する事だって出来なかった」

 

 一緒に同じ目標に進んでくれるのが、嬉しかった。

 

 「星の数ほどあるバンドの中から、ファンの人達はあなた達を選んでくれたのよ。だから、自信を持ちなさい」

 

 きくりは、弱くなんかない。

 

 「それに……たとえ世界中がアンチになっても、私は応援し続けるから」

 

 だから、そんな寂しい事を言わないで欲しかった。

 

 「……ありがとう、美空」

 

 そうきくりが言うと、回されていた手の力が弱まるのを感じた。

 

 「私、頑張るね」

 

 その声は私が知っている、覚悟を決めた時の強いきくりの声だった。

 

 「……うん。応援、してるから」

 

 そう言葉を交わすと、程なくしてきくりの静かな寝息が聞こえてきた。

 けれど穏やかに眠るきくりとは対照的に、何故か私は中々寝付く事が出来なかった。

 はたしてそれは、窓から差し込む月明かりが妙に眩しく感じたからなのかは、分からなかった。




 最初はきくりさんの口に指を突っ込んで強引に吐かせたり、きくりさんの下も決壊しそうになる描写を入れようとしたのですが流石にそこまでせんでもええやろと思ってカットしました。
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