「皆、突然な話なのに集まってくれてありがとうね」
週が明けた月曜日、初ライブの反省会を兼ねたミーティングの前に、あたしはスタジオに集まってくれた他の三人にそうお礼を述べた。
「えっと虹夏先輩、どうしたんですか……? そんなに改まっちゃって」
困惑を隠せない様子で喜多ちゃんが尋ねる。
前日にロインで『少しだけ話したい事があります』と連絡した上に、あたしが神妙な面持ちで来ればその反応はしょうがない。
ぼっちちゃんも心配そうな表情でソワソワしているし、リョウもいつも通りの無表情に見えて張り詰めた空気を纏っている。
そう、これで良いんだ。
これくらいの緊張感がなきゃ、皆に打ち明けるのに張り合いがない。
「今日集まってもらったのはね。あたしの夢と、バンドの目標に関して話をしたかったからなんだ」
皆の目をしっかりと見据えながら、あたしは話を始めた。
昔は、お姉ちゃんと仲が悪かった事。
バンドなんて、大っ嫌いだった事。
ある日、突然お母さんが亡くなってしまった事。
ライブを通じて、お姉ちゃんと仲直り出来た事。
どうして、このお店が生まれたのか。
そして、あたしがバンド活動で成し遂げたい夢。
「……あたしはお姉ちゃんの為にも、お母さんの為にも、もっと有名になってSTARRYを輝かせたいんだ」
変わらずに皆の目を真っ直ぐに見ながら、話を続ける。
「当然、メジャーデビューして有名になるなんてほんの一握りのバンドしか出来ないし、想像もつかないくらい辛い道になる。でも、あたしは皆の将来を強要してまで同じ目標に進んで欲しいとも思っていないんだ」
折角ライブまでして、リーダーとして引っ張って来たのに無責任かもしれない。
「あたしに付いて行けないって思ったら、遠慮しないでバンドを抜けてください。その時は、あたしは自力でまたメンバーを集めて自分の夢に進みます」
目を逸らさず、言葉も濁さずに、そう皆に言い放つ。
「ここまで聞いてくれてありがとう。今ここでどうするかを直ぐには聞かないから、夏休み一杯、どうするかをよく考えて結論を聞かせてください」
最後に、皆に頭を下げてあたしは話を締めた。
胸の中にはどうなるかという不安よりも、全てを曝け出したある種の爽快感が広がっていた。
言った後に後悔よりも清々しさが広がっているという事は、自分の心に嘘をつかない選択を選べたということだ。
仮に皆が抜けてしまったとしても、あたしは前に進める。
──いや、進んでみせる。
数秒なのか、数分なのか、数時間なのか。
あたしにとっては永遠とも思える静寂の中、
「ゔ、ゔぅ~~~……っ! 虹夏先輩~~~~!!」
突然のダミ声に驚きながら顔を上げると、喜多ちゃんがぐしゅぐしゅと顔を涙で濡らしていた。
「立派です虹夏先輩! 家族の為に、そんな大きな夢を背負っていたなんて……今まで気づかなくてごめんなさい!」
「わぷっ! 喜多ちゃん!?」
そのまま喜多ちゃんはあたしに勢いよくガバっと抱き着いてきた。
「私、もっともっと頑張ります! 結束バンドのメンバーとして、虹夏先輩の夢を叶えるお手伝いをさせてください!!」
「え!? ちょ、ちょっと喜多ちゃん!? 気持ちは嬉しいけど、自分の将来に関わる事なんだよ!?」
あまりにも即決すぎて、思わず聞き返してしまった。
けど喜多ちゃんは涙を拭いながら、いつも通りの太陽みたいな笑顔で答えてくれた。
「いいんです。私、最初は不純な理由で先輩達とお近づきになりましたけど……ここまでライブをやって、今、もっともっと先を目指してみたいって楽しめてるんです」
屈託のない笑顔で、喜多ちゃんは話を続ける。
「生まれて初めて、自分の人生を費やしても進んでみたいっていう夢が出来ました。虹夏先輩の夢は、私の夢でもあるんです」
嘘じゃない。
そう感じ取れる程、喜多ちゃんの笑顔は眩しかった。
「それに、バンド活動を頑張った経験は宝物になりますよ。案外就活とかでアピールポイントになるかもしれないですし、美空さんも居ますから相談してみましょうよ」
どんな時にもポジティブに考えられる喜多ちゃんが、今のあたしにはものすごく頼もしかった。
「あ、あの! 虹夏ちゃん!!」
「ひゃっ!? ぼ、ぼっちちゃん!?」
喜多ちゃんに見惚れていると、今度は逆側の腕にぼっちちゃんが抱き着いて来た。
「私も同じです! 虹夏ちゃんの夢を叶える為に、私も一緒に行きます!」
「で、でも……。もしかしたら、ぼっちちゃんだったら大きなレーベルにスカウトされて単独でメジャーデビュー出来るかもしれないんだよ?」
ぼっちちゃんの実力はあたし自身、ひしひしと感じている。
仮に結束バンドの一員として活動しても、ぼっちちゃんが実力を伸ばせば伸ばす程、引き抜きのスカウトが来る可能性もあるはず。
「嫌です! 結束バンドじゃないと、音楽を続ける意味なんてありません!」
いつもの及び腰な雰囲気は吹き飛び、まるで獣の叫び声みたいな迫力でぼっちちゃんは言葉を紡ぐ。
「前にも言ったじゃないですか……。私、虹夏ちゃんが誘ってくれなかったら一生バンド活動なんて出来なかったかもしれないですし、動画の世界では分からなかった楽しさを知る事も出来ませんでした……」
溢れる想いに感情がついて行けていないのか、涙交じりの声でぼっちちゃんは話す。
「私の目標は、ギタリストとして、大切な結束バンドを最高のバンドにする事です。今度は、私が虹夏ちゃんを助ける番です」
「ぼっちちゃん……」
瞳を潤ませながら、でも優しい微笑みを湛えてぼっちちゃんは応えてくれた。
「リョウ先輩! リョウ先輩はどうなんですか!?」
ぼっちちゃんの返答に満足いったのか、珍しくリョウに対してくわっと凄みのある表情で喜多ちゃんが問いかける。
「……別に、言わなくても分かるでしょ?」
それに対してリョウも珍しく、苦虫を嚙み潰したような表情で、口をものすごくへの字に曲げながら答えた。
「だ、駄目ですリョウさん! こういうのは、ちゃんと口に出して言わないと!」
「ひとりちゃんの言う通りです! 心で想ってるだけの気持ちなんて、伝わらないんですよぉ!」
な、なんか喜多ちゃんがガン〇ムに出てくるキャラみたいなこと言ってる……。
本当に珍しくぼっちちゃんも鬼気迫る表情で問い詰めて、後輩二人の予想外の勢いにリョウもぐぬぬ……って感じの表情で唸っている。
ややあって観念した様子で、
「はぁ~~~~~~~」
と長い溜息をリョウは吐いた。
「……私も、皆と一緒だよ」
そう呟いた後、リョウは椅子から立ち上がってあたし達の後ろに回り、両手を目いっぱい使って皆を抱きしめた。
「この四人で、メジャーデビューを目指して頑張ろう」
「……えへへ。決まり、ですね」
「えぇ! 虹夏先輩、また一緒に頑張りましょう!」
リョウと、ぼっちちゃんと、喜多ちゃんと、また一緒にバンドをやれるんだ。
あたしは、この暖かさを失わなくていいんだ。
「……あ、ありがとう……! 皆、本当にありがとう……!」
リーダーとして、皆を引っ張るって決めたのに。
そう誓ったのに、あたしは溢れる感情を止める事が出来なかった。
「……そっか。皆、本気でメジャーデビューを目指す事を決めたんだね」
『はい』
私が意思を確認すると、結束バンドの皆は揃って頷いた。
仕事終わりにいつも通りスタジオに入ると皆清々しい顔をしており、お互いを隔たる壁の様な物が消えているのを感じたから何となくそんな気はしていた。
よかったね、虹夏ちゃん。と心の中で呟くも、一つの疑問が生じた。
「けど、本当に今まで通り私が見ていいの? 実績のある先生を探すんだったら、私も手伝うよ?」
「そこも皆で話しました。美空さんじゃないと嫌なんです」
「美空さんだからここまで頑張れたんですから、今更辞めてもらうなんてありえませんよ」
「そ、そうです。美空さんは自分の事を低く見すぎです……!」
虹夏ちゃん、喜多ちゃん、ひとりちゃんがそれぞれ異を唱える。
たはは……。何気にひとりちゃんに駄目出しされるのが一番効くな。
「それに、そもそも外部のコーチを雇うお金なんて無いしね。あ、私達が売れっ子になったら美空さんには色を付けてお返しするから期待してて」
「まだ売れっ子になるって決まったわけじゃないでしょうに……」
相変わらず妙な自信を持つリョウちゃんの発言に苦笑する。
でも、お金にがめついリョウちゃんにそこまで言って貰えるって事は、やっぱり信頼してくれてるって事なのかな。
天井を見上げ、ふぅ、と息を吐く。
……メジャーデビュー、か。
かつては私も目指した場所だけど、結局辿り着くことは出来なかった。
そんな私が彼女達の為に何が出来るのか、って気持ちもあるけど……皆が頼ってくれるなら、私自身も腕を磨いて、皆を支える方法を模索するだけだ。
「ありがとう、皆。私も今まで以上に勉強して皆の役に立てるよう頑張るから、宜しくね」
『宜しくお願いします!』
挨拶を交わすと皆と初めて関係を結んだ時の景色が思い出され、改めて気持ちが引き締まるのを感じた。
「さぁ~て。今まではまず楽しむ気持ちを忘れないで欲しいから手加減してた所があったけど、これからは遠慮なくビシバシ行くからねぇ!」
「お、お手柔らかにお願いします……」
ケケケケと悪魔の様な笑い声を出す私は、たぶん皆からしたら角とか尻尾が見えているかもしれない。
と言っても、半分は冗談で生半可な練習では辿り着けない目標であるという事を意識して欲しいって事なんだけどね。
「ただ、折角皆が気合を入れた所で申し訳ないんだけど、今週仕事が忙しくて練習に来れなくなっちゃったのよ」
私は手を合わせながら皆に謝る。
お盆の影響もあり、ただでさえ忙しい月末進行がかなりギリギリの状態なのだ。
「だから、今日はライブの反省会をやって、残りは皆でどうするかを自由に決めて。夏休み最後の週だし遊ぶのも良し、みっちり練習するも良し。その代わり、学校が始まったら今まで以上に時間がないから、もっとハードな練習になるのは忘れないでね」
「分かりました。じゃあ、反省会が終わったらそこら辺も皆で話そうか」
虹夏ちゃんがそう締めた後、時間が勿体ないので早々に反省会を始めた。
皆で改めて目標を共有した事もあり、いつも以上に活発な意見交換が行われた反省会に私は微笑ましい気持ちになった。
「それじゃ、お疲れ様でしたー」
「お、お疲れ様でした。また明日」
ライブの反省会が終わって美空さんが先に帰り、今後の予定の話し合いも終わり、郁代もぼっちも帰った所でスタジオは私と虹夏の二人だけになった。
……丁度いいタイミングだ。
「虹夏、ちょっといい?」
「何?」
皆に秘密を打ち明けて肩の荷が降りたのか、虹夏は軽い足取りで私の呼びかけに答えた。
……人の気も知らないで、呑気なものだ……。
そんな虹夏を見ると体の奥からムカムカした気持ちが湧いて来た。
「さっきは皆が居たから言わなかったんだけどさ」
「え……。リョウ……?」
ズイっと。
逃げ道を塞ぐように距離を詰め、いわゆる壁ドンの姿勢で虹夏を追い詰める。
いい機会だ。いつも言いたい放題言われているから、ちょっと仕返しをしてやる。
「虹夏の夢の事、私には先に相談してくれてもよかったんじゃない?」
淡々と、表情を変えずに問い詰めると虹夏はビクッと体を震わせた。
「そ、それは、ごめんなさい。あたし自身、どうすればいいのか中々気持ちの整理がつかなくて……」
「私をバンドに誘ったのは虹夏じゃん。付き合いも一番長いんだし、信じてくれなかったの?」
一度口を開くと、アクセルをベタ踏みした車の様に気持ちが加速していった。
「それとも何?」
『だってあたし、リョウのベース好きだし!』
私の頬を突きながら言ってきた虹夏の笑顔がフラッシュバックして。
「私のベースが好きって言ってくれたのは、嘘だったの?」
酷く平坦な声で言った瞬間。
パキン、と。
私の中で何かが割れた音がした。
「──違う!!」
一瞬頭が真っ白になって、叫び声に意識を引き戻されると目に涙を湛えている虹夏が目の前にいた。
「リョウと一緒にバンドをやりたかったのも、リョウのベースが好きなのも嘘じゃない! どんなに大変な道のりか、何も分かってなかったあたしが悪いの……!」
嗚咽交じりの虹夏の声を聞いて『しまった』と思うも、遅かった。
「メジャーデビューを目指して、自分達の意志とは真逆のお客さんが求める物を作る事が迫られるかもしれない……。もしそうなったら、リョウがまた音楽を嫌いになったらって思うと、怖くて……!」
……あぁ、そうだよね。
普段は人に余計なお世話をかけるクセに、自分の事になると抱え込む。
お人好しで、責任感が強くて、頑張り屋なのが虹夏だもん。
ただ純粋に、私の事を想っていてくれてただけなんだ。
お互いに無言で、虹夏の啜り泣く音だけが響くスタジオの中で、私の頭は氷水をぶっかけられたみたいに急速に冷えていった。
少しからかうだけのつもりが、自分でも嫌になるくらい悪い方向に暴走してしまった。
それに、虹夏の泣く姿は……かなりクるな……。
罪悪感が、とてつもない。
涙は女の武器なんて言うけど、その破壊力をまざまざと見せつけられている。
一応私も生物学的には女なのにこんな威力があるとか、男が喰らったら消し炭にされるだろ。
現実逃避に馬鹿な事が浮かぶけど、頭を振って意識を戻す。
私が本当に伝えたかったのは、こんなくだらない嫉妬なんかじゃない。
──行け、行くんだ私。
「虹夏」
心の中で発破をかけた後、虹夏を逃がさないように力の限り抱きしめる。
「……っ!」
案の定、虹夏は逃げようと腕の中でもがくけど、放さないように踏ん張る。
ぐぎぎ……ちんまいクセになんつーパワーだ。
それでも、絶対に放してたまるか。
「一回しか言わないから、よく聞いて」
虹夏の耳元でそう言うと、一瞬動きが止まって……。
「虹夏と一緒じゃなきゃ、嫌だ」
二人しか居ないスタジオに、自分でも驚く程声が響いた。
その事を実感すると、段々顔が熱くなってきて、汗がダラダラ出てくるのも感じた。
今の顔は、絶対に見られたくない……!
「リョウ……」
虹夏はゆっくりと私の背中に手を回して、抱きしめ返してきた。
「……ごめんね」
「別にいいよ。虹夏が私の事を心配してくれてたのは分かったし……私もその、言い過ぎた。ごめん」
「じゃあ、さっきのもう一回言って?」
「絶対やだ」
まだ収まらない顔の火照りを隠す様に、私は虹夏を抱きしめ続けた。
でも、さっきまでの剣吞な雰囲気は消えていて………悪い気分ではなかった。
「虹夏が言った事だけどさ、何も今から売れ線がどうとか考える必要はないよ。私達の思うがままに作った曲が受け入れられる可能性だってあるし、私達の考えを尊重してくれるレーベルだってあるかもしれない」
「……うん」
「だからさ、今はただ思いっきり走ろうよ。走って走って、後の事はその時に考えればいい」
「うん!」
ようやく体を放すと、虹夏はいつも見せる無邪気な笑顔を見せてくれた。
はぁ……良かった。
良かったけどとてつもなく疲れたし、お腹もめちゃくちゃ空いたな。
「それはそれとして相談してくれなかった事に対して私は慰謝料を要求する。対価はひとまず、今日の晩御飯で」
「え~? 急にそんな事言ったらおばさんとおじさんが寂しがるよ?」
「大丈夫。最初からそのつもりで話をつけてある」
「もう、しょうがないなぁ。じゃあ、何かリクエストある?」
「久しぶりに虹夏のカレーが食べたい」
「じゃあ、買い出しくらいは手伝ってよね」
お互いにいつものように、軽口を言い合いながら外に出る。
途中、虹夏が手を繋いできたのでしょうがないからそのまま一緒に歩いていた。
表には絶対出さないけど、繋いだ手から感じる暖かさが嬉しくて、この日のカレーはいつも以上に美味しく感じた。
個人的に結束組の中で一番書くのが難しいのが山田です。
クズ過ぎるとヘイトを買うだけだし、かと言いつつクズ要素がないと山田っぽくないので塩梅が難しいです。