夢への旅路   作:梅のお酒

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 この世界線ではオリ主の影響できくりさんは近しい人から名前で呼ばれていて、きくりさんも近しい人を名前で呼ぶという設定です。


第25話 時の階段(前)

 「マルクスの資本論か、あったわねぇそんなの。……何が資本よ、いずれ北〇の拳ばりの核戦争が起きてお金なんてケツを拭く紙にもなりゃしないってのによ」

 「先輩、色んな意味で大丈夫ですか?」

 

 就業前、会社の冷蔵庫で作った氷嚢を頭の上に乗せて教科書と睨めっこしていた私に三森ちゃんから結構ガチ目で心配そうな声をかけられた。

 

 「あぁ、ごめんね。思ったより高校の勉強って大変でさぁ」

 「前から気になってたんですけど、先輩どうしてそんな勉強してるんですか?」

 「実は私、ひとりちゃんに勉強も教えてるのよ」

 「えぇ!? バンドのコーチだけじゃなくて家庭教師もしてるんですか!?」

 

 今更ながら言ってなかったな、というのを思い出して説明すると三森ちゃんは心底驚いた様子だった。

 まぁ、勉強なんて好きでやる人は少数派だと思うし、そのリアクションもしょうがないよね。

 

 「おや、藤原さん。ウチの会社では副業は事前申請が必要ですよ?」

 

 すぐ傍のデスクで仕事の段取りを組んでいた私の上司、村田さんが眼鏡をキラリと光らせながら尋ねてきた。

 村田さん、普段は穏やかなおじさんなんだけど若手の頃はかなりのやり手だったらしくてたまに怖いのよね……。そういう時は決まって今みたいに眼鏡が謎の光を放っていて目線が読めないから尚更怖い。

 

 「いや、お金は一切貰っていないんですよ! 学生時代の先輩の縁で、タダで部活のコーチをやってるOGみたいな感じです」

 「ふむ。まぁ、藤原さんの事ですから大丈夫でしょう」

 

 私が説明すると、村田さんはあっさり引き下がってくれた。あぁ、普段から真面目に仕事やってて良かった。

 

 「あ、そうだ! 村田さんも結束バンドのライブに行ってみませんか?」

 「結束バンドのライブ? 雑貨屋さんの実演販売か何かですか?」

 「じゃなくてですね、先輩が今教えているガールズバンドです! とってもエモくて良い子達なんですよ~」

 

 そう言うと三森ちゃんは村田さんの傍に移動してスマホを見せる。

 最近、三森ちゃんは隙あらば社内でも結束バンドの布教活動に勤しんでくれている。

 喜多ちゃんがSNS大臣を務めていて、イソスタとかに練習風景やライブの切り抜き映像などをアップしているので、恐らくそれを見せているのだろう。

 ファンの中からこういう行動を起こしてくれる人がいるっていうのは、自分の事の様に嬉しかった。

 

 「ほう、ロックバンドですか」

 「村田さん、ロックは聴くんですか?」

 「親がビートルズやクイーンに嵌っていたので多少知っているくらいですね。好んで聴くわけではないですけど、嫌いではないですよ」

 「じゃあ、これを機にライブに行ってみましょうよ!」

 「ははは。私みたいなおじさんが行っても浮いちゃうだけでしょう。まぁ、CDとか出たら売上に協力しますよ」

 

 三森ちゃんの熱心な勧誘にもさらりと受け流す。ここら辺は年の功って感じですね。

 

 「ですって先輩! CDとかっていつ頃出そうなんですか?」

 「いやぁ、まだそこまでは曲数が足らないし、作るお金もないからねぇ」

 「じゃあ、もっと一杯宣伝して私もお金を落とすのに協力しますね!」

 「あー、うん。気持ちは嬉しいけど、程々でいいからね?」

 

 何かアレだな、ホストに嵌った若い子みたいね。それとなく暴走しすぎないように手綱を握った方がいいかしら。

 まぁでも、メジャーデビューを目指す事になったから商業的な宣伝策も考えなくちゃいけないし、やる事はホント山積みよねぇ。

 今度、きくりに聞いてみようかしら。いや、今のきくりのあの様子だとあまりアテにならなそうだからやっぱり志麻……なんだけど、まずは土曜日がどうなるか、か。

 最悪、息の根を止められかねないからなぁ……。

 いやいや、悩んでいてもしょうがない。

 まずは今の仕事をきっちり終わらせて、休日出勤なんて事にならないようにしないと。

 

 

 

 

 そんなこんなで無事に仕事を終わらせる事が出来た私は来たる土曜日を迎え、今は新宿駅できくりと待ち合わせをしている。

 朝から気分はソワソワして、待っている間に何回も深呼吸をする。

 折角結束バンドの皆が誘ってくれた江の島観光を断って来たんだ、やるからにはきっちりケジメを付けないと。

 

 「美空~、お待たせ~」

 

 そんな私の気を知ってか知らずか、待ち合わせ場所に来たきくりの様子はのほほんとしたものだった。

 いやまぁ、あまり厳粛な雰囲気でもそれはそれで困るけどね……。

 

 「おはよう。早速だけど、行きましょうか」

 「もー。そんなに緊張しなくても大丈夫だよ」

 

 そう言ってきくりは歩き始めた私の手を握って隣に並んで歩く。

 ……手汗めっちゃかいてたりして気持ち悪がらないか心配だったけど、少なくともきくりの様子を見る限り問題は無さそうだ。

 

 「っていうか、何でOLさんの服装なの?」

 

 FOLTに向かいながら、きくりが尋ねる。

 言われた通り、今日の私の服装は路上ライブの時と同じ仕事着スタイルだ。

 ちなみに、片手にはお菓子の詰合せが入っている紙袋もある。

 

 「久しぶりに会うからちゃんとした格好じゃなきゃ何か嫌だったのよ」

 「考えすぎだよー。皆、また会えるといいねってずっと言ってたんだから」

 

 お堅い考えの私が不満なのか、ムスッとした顔できくりはこっちを見てくると盛大にため息を吐いた。

 

 「はぁ~~~~。昔は自分の事をスーパー美少女アーティストなんて言ってた美空がそんな弱腰だったら皆がっかりするだろうなぁ」

 

 カチーン。

 

 「ほ~ん。教室の隅っこで本読んでばっかだった引きこもりが言う様になったじゃない」

 「いひゃいいひゃい……!」

 

 繋いでいた手を放してきくりの頬っぺたをムニーンと伸ばしてパチンと戻す。

 きくりはちょっと涙目になって私を睨んできたけど、すぐに笑顔になった。

 

 「いつもの調子に戻ってきたじゃん。それくらいが美空には丁度良いよ」

 

 そう言って嬉しそうにまた手を繋いでくる。

 一瞬、ふわりと学生時代と変わらない空気が私達を包んだ気がする。

 

 「……ありがと」

 「ふふふ。それじゃ、改めてレッツゴー!」

 

 再びFOLTに向けて行く足取りは、さっきとは違って軽く感じた。

 

 

 

 

 「とうちゃ~く!」

 

 歩く事数分、私達は遂に目的地へと辿り着いた。

 おっかなびっくりで中に入って行きつつ、店内をゆっくり見渡していく。

 私が知っている頃よりもバンドのフライヤーの数が増えており、内装も年季が入っている気がした。

 多くのバンドマンがここでライブをし、残滓とも言える熱気がまだ燻っているようにも感じ、開店したら更に活気が溢れるんだなという事は想像に容易かった。

 そんな風に考え事をしていたら、道案内も兼ねて先に歩いていたきくりと少し距離が離れてしまっていた。

 

 「あ、銀ちゃんおはよ~」

 「あら、きくりが時間前に来るとは珍しいわね」

 

 ドアの向こうから、懐かしい声が聞こえる。

 

 「実はね、銀ちゃんに会って欲しい人を連れて来てるんだ」

 

 入って来てという事なのだろう、ドア越しからこちらに向かって声をかけられたのを機に、私はおずおずと中へ進んでいった。

 

 「銀次郎さん、お久しぶりです」

 「えっ……!? もしかして、美空ちゃん!?」

 「はい。恥ずかしながら、戻って来ました」

 

 一瞬呆けた様な表情で銀次郎さんは固まったけど、すぐにこっちにパタパタと近寄って出迎えてくれた。

 

 「きゃーー! やだー嬉しいー! 戻って来てるなら連絡くれてもよかったのに!」

 「そこら辺は、ごめんなさい。中々気持ちの整理がつかなくて」

 

 乙女の様にぴょんぴょん跳ねながらリアクションする銀次郎さんに相変わらずだなという感想と、変わらずに自分の事の様に喜んでくれる優しさが嬉しかった。

 

 「あの、これよかったら皆さんで食べてください」

 「あらぁ、そんなに気を遣わなくてもよかったのに。ありがとうねぇ」

 

 持ってきたお菓子の紙袋を渡すと、申し訳なさそうにしながらも銀次郎さんは受け取ってくれた。たぶん、変に断った方が私に気を遣わせてしまうと思ってくれたのだろう。

 

 「それにしても、すっかり素敵なレディになったわね」

 

 私をしげしげと眺めた後、まるで母親みたいな慈愛の籠った笑顔で銀次郎さんは言ってくれた。

 ストレートに褒められて、何だか照れくさくなってしまう。

 

 「そんな、大袈裟ですって。普通に就職して、一般常識を身に付けただけですよ」

 「その常識がどんな世界でも大事なのよ。ほんと、誰かさんも見習って欲しいわ」

 

 ちらり、と隣で見ていた人物に視線を向けても当の本人は「でへへ~」と笑って誤魔化していた。

 ……まさか、銀次郎さんにまでたかってるんじゃないわよね? 

 これは後で尋問やなぁ、と私が考えていたら視界の端っこから人が近寄って来るのが見えた。

 

 「銀ちゃーん、どうしたノー?」

 「またきくりが何かやらかしたんですか?」

 

 声をかけてきたのは金髪の外国人っぽい子と、黒髪で中性的な見た目の子。

 金髪の子はたぶん私が抜けた後に入ってくれたメンバーだろうけど、非情に申し訳ないがまずはもう一人の親友である黒髪の子に私は声をかけた。

 

 「……志麻、久しぶり」

 

 私が話しかけると、志麻はまるで幽霊でも見たような表情で驚いた後……一変して今度は親の仇を見るような鋭い目つきで私を睨んできた。

 

 「美空……! お前ぇ!!」

 

 志麻は怒りに満ちた声と共に足音を響かせながら近づいて来て、そのまま引き倒すかの勢いで私の胸倉を思いっきり両手で掴んで締め上げてきた。

 

 「志麻!?」

 

 金髪の子が驚きながらも止めようとしてくれるけど、片手を挙げて私は制する。

 急な事態にオロオロとするその子とは裏腹に、私の頭の中は波一つ無い水面の様に冷静だった。

 

 ──そうだよね。何も言わずに、勝手に居なくなったんだもん。

 

 志麻は頭が良くて頼りになるけど、激情家な側面もある。

 でも、悪いのは私だから思う存分殴って、それで志麻の気が済むのならそれで良かった。

 骨の一本や二本は覚悟していたけど、志麻は私の胸倉を掴んで俯いたままだった。

 

 「……殴らないの?」

 

 思わず、尋ねてしまう。

 ともすれば挑発に思える行為だったけど、やっぱり志麻は俯いたままで、フッと笑うのが聞こえた。

 

 「会ったら殴ってやるって、ずっと思っていたさ。……けど、不思議だな」

 

 ようやく上げて見せたその顔には、涙が浮かんでいて……。

 

 「いざ会ってみると、そんな気持ちどうでもよくなったよ」

 

 そして、掴んでいた両手を放して私を抱きしめてくれた。

 

 「また会えて良かった、美空」

 

 耳を打つその声は、暖かさと優しさに満ちていて……。

 

 ……どうして?

 どうして、志麻もきくりも、そんなに優しくしてくれるの?

 悪いのは、全部……私なのに……!

 

 「志麻……! ごめんなさい……、ごめんなさい……!」

 「いいんだ。あの時は、お互いああするしかなかったんだ」

 

 子供みたいに泣きじゃくる私を、それでも志麻はあやすようにゆっくりと撫でてくれた。




 少し中途半端ですが一回ここで切ります。
 続きはなるべく早く上げられるようにします。
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