「で、何で私まで手伝わなくちゃいけないんだ?」
「あの子達の為なんですから、文句言わないでくださいよ」
あの後ひとまず皆を家に帰し、私は星歌さんとバックヤードで例のぽいずん何某の事を調べていた。二人で調べているのは、単純に人手が多い方が早いからだ。
確かネットでライターをしているって言っていたから、あれだけ変にインパクトがあるなら調べれば何かしらの情報は出てくると思ったけど……。
「おい。検索していきなり出て来たのがアンチスレだぞ」
ノートパソコンで調べていた星歌さんがゲンナリした声で呟き、自分のタブレットで調べて同じ結果になった私の頬も引き攣った。
恐る恐るそのアンチスレを開くと、まぁ出るわ出るわ罵詈雑言の嵐。
その上本名や電話番号も晒されていて、スレを進んでみると体をボディビルダーに挿げ替えられたコラ画像や、どこに需要があるのか分からない目力ぽいずんBBやティラノサウルスぽいずんBBといったクリーチャー画像まで作られていた。
「どう考えたってアウトを通り越してゲームセットじゃねぇか。やめとけやめとけ。こんな奴の取材を受ける価値なんて無ぇよ」
既にやる気が無くなった声で星歌さんは早々にパソコンを閉じてしまった。
私もこれは駄目かと思ったけど、スレを見ると彼女が書いた記事のリンクが張られていた。
ミュージシャンであればその人となりが音楽に出るように、記事を見れば彼女の事が分かるかもしれない。
直感的にそう感じた私は、リンクから記事を開いて目を通してみた。
物事はやり始めが一番情熱がある。
ひとまず二年くらい前の一番古い記事を読んでみると、そこには最近テレビで紹介されるようになったバンドの事が書かれていた。
さらに注意深く記事を読んでいくと……読ませる文章というのか、そこには確かに情熱を感じた。
メンバーの経歴や曲の事をよく調べているし、専門的な用語は最小限にして多くの人に分かりやすく伝えるための工夫がされている。
記事にするためにはそれなりの文章量が必要だが、それを感じさせない引き込まれる程の熱量が籠った語り口。
このバンドの事をもっと知って欲しいという彼女の願いが、その記事からは感じた。
「……星歌さん。私、もう少しこの人の事調べてみます」
「おいおい本気かよ? 時間の無駄にしかならないと思うぞ」
「ははは。まぁ、そこら辺はちゃんと見極めますよ。それじゃ、お疲れ様でした」
今はまず、自分の直感を信じてやるだけやってみるしかない。
そう決めた私は、足早に帰路へと着いた。
家までの帰り道、電車の中で私はひたすらぽいずんが書いた記事を読み漁っていた。
記事のクオリティの差は極端だけど、熱が入っている時の文章は的確に取材対象の事を捉えている。加えて、高クオリティの記事で書かれたバンドは後にメディアで注目されるようになったバンドもいくつかあり、その審美眼の高さに驚いた。
残念な事に最近はアクセス稼ぎ目的の為なのか炎上商法みたいな記事が多いけど、幸運な事に僅かな良い記事の中で私にとって突破口足りえる物を見つける事が出来た。
家に着いてスーツも脱がず、荷物だけを床に置いて勢いのまま電話をかける。
夜に電話をかける事に申し訳なさを感じつつも、相手はすぐに出てくれた。
『はいは~い。銀次郎よ』
「お疲れ様です銀次郎さん、美空です。夜分にごめんなさい。今お時間よろしいですか?」
『えぇ、大丈夫よ。急に珍しいわね、どうしたの?』
「いきなりで申し訳ないんですけど、ぽいずんやみってライターを知っていますか?」
『あぁ~、知ってるわよ。前うちへ取材に来た事あるもの』
ひとまずの手掛かりが掴めた事に、こっそりガッツポーズをする。
数ある記事の中で一つだけ、FOLTで取材したものがあったのだ。
最初はまさかSICK HACKかSIDEROSに取材したのか!? と思ったけど、その時は私が知らないバンドだった。
ただ記事のクオリティは良いパターンであり、FOLTで取材したのであれば銀次郎さんも知っているはずだからこっちの知らない情報を持っている可能性に賭けた。
「実はこっちにもアポ無し突撃取材に来まして、ひとまずは保留という事で帰ってもらったんですけどFOLTの時はどうでした?」
『えぇ~、アポ無しで来たの? うちの時はちゃんと事前連絡入れてくれたわよ』
教えてくれた事実にカチンと来た。
「……つまり、こっちはナメられてるって事ですかね」
『そんな卑屈にならなくてもいいじゃない。でも、私も勿体ないな~とは思うのよね』
「どういう事ですか?」
『同業者から噂になっていたけど、思ったよりずっと真面目な子って印象よ。身だしなみをちゃんとすれば愛嬌と取材中の熱心さのギャップで応援したくなっちゃう気持ちになるもの』
「それはFOLTくらいの店で無礼を働いたら損失の方が大きいっていう理由じゃないですかね?」
『まぁ、自分で言うのもなんだけどそれもあるかしら。たぶん本命はSICK HACKやSIDEROSへの取材でその時は今後の足掛かりだったのかも。でも、さっきも言ったけど仕事っぷりが真面目だったのは本当よ』
「そこは……まぁ、そんな気はします。書いた記事でFOLTを拠点にしているバンドのがあったんですけど、熱が入った良い記事でした」
『そうそう、あれは私も嬉しかったわ。そのバンドって良いモノは持っていて頑張っていたんだけど、中々結果に結びつかなかったの。でも取材以降ファンが増えて、それを燃料にまた頑張って、今ではうちで五指に入るバンドになっているわ』
「マジですか」
FOLTでそこまでの評価を得られるバンドだったという事は、やっぱり彼女は音楽に対して先見の明を持っている。
でもなぁ……う~ん、どうしよう……。第一印象と銀次郎さんの話があまりにもかけ離れ過ぎていて判断が難しい。
「同業のお友達から他に何か聞いた事ってあります?」
『んー。片手で数えられる範囲だけど、何だかんだでやっぱり仕事の姿勢は真面目みたいよ。でも炎上商法みたいな記事を書いているのも事実だから、美空ちゃんが二の足を踏む気持ちも分かるわ』
「あの、もし行き詰ったらそのお友達からお話を聞かせてもらったりしてもいいですか?」
『えぇ、もちろん。頑張ってね』
「ありがとうございます。それじゃ、おやすみなさい」
お互いに挨拶をして、電話を切る。
思ったより得られた情報は多かったけど、それはそれで混乱の元にもなってしまった。
かと言いつつネットで調べるにしてもこれ以上新しい情報が得られるとは思えないし……と考えた所で、藁にも縋る思いでもう一つの案が浮かんだ。
「今ならまだお店にいてくれる、はず」
「よぉ美空ちゃん、お疲れさん」
「お疲れ様です梶原店長。急にごめんなさい」
「構わんさ。後は戸締りするだけでそんな時間は掛からないからな。今日はどうしたんだい?」
銀次郎さんとの電話が終ってすぐ、梶原店長に連絡した私は馴染みのスタジオへと足を運んでいた。
もうすぐ閉まる時間だったにも関わらず、快く応じてくれた店長には感謝しかない。
あまり時間を掛けるわけにはいかないので、私は早速本題に入った。
「いきなりですけど、ぽいずんやみってライターを知っていますか?」
「ライター? お笑い芸人の間違いじゃねぇのか?」
質問に対して店長は怪訝な表情で返す。
気持ちは分かる至極当然の反応に苦笑いしつつ、タブレットを店長に渡した。
「今日、STARRYに急に来て結束バンドの取材をさせてくれって言われたんです」
「アポ無しで来た上に情報源がアンチスレかよ……」
眉間に皺を寄せつつ、店長はタブレットに表示しておいた件のアンチスレを読み始めた。
「あー、何々? ぽいずん♡やみ、音楽ライター。本名は佐藤愛子……佐藤、愛子ぉ!?」
名前を口にした途端、店長は目玉がサングラスを突き破るんじゃないかという勢いで驚いた。店長のこんなリアクション、初めて見たかも……。
そのままスレとブログも読んでいるらしく、重苦しい沈黙が続く。
そして一通り読み終わったのか、タブレットから目を離して椅子の背もたれに深く体を預けながら
「何やってんだあいつ……」
とため息を吐いた。
それはもう、途轍もなく深いため息で見ているこっちが気の毒になるレベルだった。
えっと、これはもしかして当たりとかそういうレベルじゃない話……?
時間の進みが百倍くらい遅くなったヘビーな感覚に陥るけど、勇気を出して私は尋ねる。
「あの、もしかしてお知り合いですか?」
「……まぁな」
返されたタブレットを受け取ると、店長は姿勢を直して話し始めた。
「佐藤は……俺の前の仕事のアシスタントだ」
店長の前の仕事? そう言えば、それなりに付き合いはあるけど一度も聞いたことはなかったな。
頭に浮かんだ疑問を解消するように、店長はまた話を始めてくれた。
「この店を始める前、俺は音楽系のライターをやっていたんだ。これでも有力な会社で主力として活躍していたんだぜ?」
そう言って店長は笑うけど、いつもみたいな力は無く自嘲気味の笑顔だった。
「佐藤は……あいつが高校に入ったぐらいの時だったか。たまたまアシスタントを募集していた時に直接会社に来たんだ、アポ無しで募集要項を持参してよ」
「昔から行動力はあったんですね……」
「あぁ。本当は大学生くらいからの募集だったんだが、話してみたら音楽に対しての熱意が凄くてな。面白そうだったから採用したんだ」
昔話をする店長の声音は、懐かしさと楽しさと寂しさを含んだ哀愁が漂っていた。
「あいつの音楽に対する情熱は本物だった。仕事の要領も良かったし、自分で原石を見つける行動力もあった。路上ライブやオーチューブ、ライブハウスで燻っているバンド。お前は警察かってくらい足を使っていたな」
「一通りの仕事を覚えたらゆくゆくは自分で記事を書きたいって言ってたから、じゃあ試しに真似でも何でもいいから書いてみろって言ったんだ。これが中々筋が良くてな、雑誌の隅っこに載せてもらったんだ」
「あいつ、めちゃくちゃ喜んでたな。『その内梶原さんなんて追い抜いてやりますよ!』なんて言いやがってよ。俺もその時は、あいつは将来会社のエースになれるくらいの人間だと思っていたんだ」
そこまで話すと、再び店長の声音は沈んだ物になってしまった。
「だが、短大を卒業するタイミングで『自分はフリーでやって行きます!』って出て行っちまったんだ」
「え、どうしてですか?」
「早い話、宮仕えが嫌だったんだ。会社の言いなりで記事を書きたくない、自分が良いと思ったバンドの記事を自由に書きたいってな」
「その時、店長はどうしたんですか?」
「当然止めたさ。会社に口を利いてやるからまずは正社員として経験を積め、それからでも遅くはないってな。結局、あいつを止める事は出来ずにそれっきりだ」
「じゃあ……その責任を取る形で店長は会社を辞めたんですか?」
「いやいや、そんな大仰な話じゃねぇさ。所詮あいつも立場はちょっと時給の良いアルバイトに過ぎないからな。……だが、あいつが切っ掛けだったのも事実だ」
そうして店長は何度目か分からないため息を吐いた。
「あいつが辞めてから、自分の仕事に迷いが出るようになったんだ。俺も昔は佐藤と同じで、原石足るバンドをもっと知って欲しいという気持ちでライターを始めた。だが仕事が評価されるに連れていつしかその志を忘れていた事に気付いて、一回考え直すと本当に心から自分が良いと思った記事を書けているのか分からなくなっちまった」
「ライターもビジネスで会社の看板を背負っているなら利益を上げてなんぼだ。話題になるからこそ金になるって事で、芸能事務所との力関係も絡んで自分の意志とは反対の記事を書いてでも飯を食う覚悟が必要だ」
「これはどっちが良い悪いとかの話じゃねぇ。そういう現実だと割り切れるかどうかの話だ。佐藤はそれが嫌で自分の理想を追い求めたが……結局は俺も同じだったわけだ」
「段々と仕事に対してのモチベーションが薄れた時、運よく仕事の付き合いを通じてこのスタジオを経営してみないか誘われて今に至る、って感じだな。……笑っちまうぜ、あいつに偉そうに説教していた癖に結局俺もライターを辞めてるんだからよ」
最後に店長はクツクツと空しそうに笑い、息を吐いた。
「悪いな美空ちゃん。年寄りの自分語りに付き合わせちまって」
「いえ、そんな事全然思って無いです!」
私は必死に頭を振って店長の言葉を否定する。
そして手をグッと握り締め、意を決して尋ねた
「あの、店長」
「何だい?」
「前にこのお店を通じて音楽を楽しんで欲しいって、それが始めた理由だって言ってましたよね? その気持ちは……本心ですか?」
「あぁ、それは本当だ。もっとも、クソみてぇな罪滅ぼしの気持ちが根底にあるがな」
「それが本心なら、それで良いじゃないですか」
私は暗い雰囲気を吹き飛ばすように、笑顔で語りかける。
「あの日、店長と会っていなかったら私はずっとドン底に居たと思います。たとえ仕事は変わっても、店長のその気持ちのおかげで前に進む事が出来た人間が目の前に居るって事を忘れないでください」
「……ありがとうな美空ちゃん。他ならぬ美空ちゃんにそう言って貰えただけで俺は幸せもんだ」
さっきとは違ういつもの豪快なニカッとした笑顔を浮かべて、店長は答えてくれた。
良かった、どうにか立ち直ってくれたかな。
「それに今になって腑に落ちました。前に結束バンドのライブに来てくれた時すごい熱心にメモを取ってくれていたから、ライターさんだったなら納得です」
「あれに関しては久しぶりに気持ちが熱くなったから、結束バンドには本当に感謝しているよ。……っと、話を戻すが、そもそも何で佐藤は結束バンドに取材をしに来たんだ?」
「一応SNSに投稿している動画を見て将来性を感じたとか言ってました」
「それ以前にあいつ、ちゃんとライブを観に来ていたのか?」
「私が知る限りでは見た事ないですね。星歌さんとPAさんも初対面な感じでしたから、可能性はほぼゼロだと思います」
「もしかして後藤さん、もといギターヒーローの事に気づいたんじゃねぇのか?」
「あー。やっぱりそっちの可能性ですかねぇ」
「あいつだったら動画を見比べまくって辿り着く可能性はある。大方、他に先を越されない様に成果を焦ったか、ギターヒーローさんにはソロの方が相応しいとか余計な事を考えたんだろ」
二人揃って色々な感情が籠ったため息を吐いてしまう。
「それで結局、取材の件はどうする?」
「私は佐藤さんと会って話をしてみたいと思います。ただ、店長の話を聞いても100%信用は出来ないので、まずは私だけで話をしてみてそこで判断したいです」
「当然の判断だな。悪いな、元身内が面倒かけて」
そこまで言った所で、店長ははたと動きが止まった。
「……なぁ美空ちゃん。もしよければ俺も同席させてくれないか?」
「へ?」
突然の提案に間抜けな声で訊き返してしまう。
「俺があの時、佐藤ともっとちゃんと話していればこんな事にはならなかったかもしれねぇ。クソみてぇな罪滅ぼしだってのは百も承知だが、やっぱりずっとそれが気掛かりだったんだ」
そして店長は頭を下げて頼んできた。
「もし佐藤との取材がご破算になったら、その時は俺の伝手で何とかして別の記者に渡りをつける。自分勝手な頼みで悪いが、この通りだ」
「そんな、頭を上げてください。その、昔の知り合いともう一度話したいっていう気持ちは……私も分かりますから」
店長の体に手を添えて、頭を上げてもらうようにお願いする。
私も思いがけない切っ掛けできくり達と話す機会が生まれ、また関係を作る事が出来た。
恩人である店長が似たような境遇なのに、実利を優先して断るなんて事を私はしたくなかった。
「でも、どうやって話しましょう。梶原店長も同席させてください、って言ったら佐藤さんは逃げちゃうんじゃないですか?」
「物は言いようだな。俺の名前は伏せて『知り合いに音楽業界に詳しい人がいるのでよかったら情報交換も兼ねた交流会をしませんか』とでも言えば食いついてくるだろう。あいつからしたらメリットの方が大きいし、依頼主の機嫌を損ねてお宝を逃すほど我慢の効かない人間でも無いはずだ」
「お、おぉ……。流石、相手の事をよくご存じで」
「それに、アポ無しで取材依頼をしてくる礼儀知らずは先輩として再教育してやらないといけないからなぁ……!」
「あ、あはは……。そこはまぁ、お手柔らかにお願いします……」
手をバキバキ鳴らしながらそう言う店長は、見た目も相まってそのスジの人にしか見えなかった。
ともあれ、今後の方針は決まったわけだ。
後は一度結束バンドの皆にこの事を話して、相手が乗ってくるか成り行きに身を任せるしかないか。
原作の流れで行くと美空さんが黙っているわけないと思うのですが、社会人経験あるなら体よく相手を追い返すスキルを身に付けているだろと思ってこういう流れにしました。そもそも子供の前で大人同士が言い争いする展開なんて書きたくなかったというのもありますが。
あと梶原店長とぽいずん氏の仕事感の話は『華麗なる食卓』のワンシーンをモチーフにしました。作者自身も自分の理想と実際の仕事のギャップで悩む事ってありましたので。