盛大に出遅れをかましましたが、今年も本作をよろしくお願いします。
結束バンドへの取材をお願いした日から三日後、届いたメールを見てあたしは驚いた。
『ぽいずん♡やみ様
お世話になっております、以前結束バンドの件でお話をさせて頂いた藤原美空と申します。
取材の件でございますがその後メンバーとも相談をした所、受けさせて頂きたいという前向きな方向で話が進みました。
つきましては懇親会という形で、一度お食事の場を開かせて頂けないでしょうか。
私の友人に音楽業界に詳しい人物がおりまして、その際にその方も同席する形で情報交換の場としても親睦を深められれば幸いです。
お忙しい中お手数をおかけしますが、御一考の程よろしくお願い致します。
藤原美空 』
正直、今回のアプローチに関しては失敗したと思っていたからだ。
だって高校生バンドにあんなしっかりした大人のコーチが付いているなんて思わなかったんだもん。他のライターに先を越されないか功を焦り過ぎたってのもあったけど、おかげで警戒心バリバリの初対面だったからこの話はお流れになる可能性の方が高い事を覚悟していた。
しか~し、天はあたしを見捨てていなかった! 再び湧いた大チャンス! これはもう行くしかないでしょ!
ぶっちゃけさっさとギターヒーローさんに会わせてよ、っていう気持ちだけどこのチャンスをふいにしたら次は無いと見ていい。
すぐに取材じゃなくて食事会っていうワンステップを挟んだのはあたしがまだ警戒されていてその人間性を見極めようって魂胆だろうけど、そんなものは上手くやり過ごしてみせる。むしろ新しいコネ作りも向こうから提案してくれているんだから、ここで断って相手のへそを曲げてしまった方があたしにとってデメリットは遥かに大きい。
こちとら泥水を啜ってでもクソ記事を書いて生き延びて来たんじゃい、今更表面上取り繕うなんて屁でも何でもないわ!
と、意気込んだ所で溜息も出てしまった。
「本当、あたし何やってんだろ……」
誰にも縛られずに自分が良いと思ったバンドをもっと知って欲しいからフリーになったのに、今は日銭を得るのにも苦労してアクセス稼ぎのためだけのしょうもない記事を書いている。
「梶原さんが知ったら何て言うんだろう……」
ふと頭の中に、この仕事のイロハを教えてくれた先輩の姿が浮かんだ。
あの人は今もバリバリ最前線で働いて主力として活躍しているんだろうな。
フリーになって自分の力だけで活動し始めてから、昔は社畜だなんて馬鹿にしていたけど、あの人がどれだけ凄かったのかを思い知らされている。
あたしなんか井の中の蛙で、実績の無いあたしみたいな小娘を相手にしてくれる人なんて誰もいない。
あたしは、あの人がいたから色んな場所に取材に行かせてもらって、様々な経験をお零れで貰っていただけなんだ。
それを自分の実力だと勘違いして、今はこの体たらく。
「……ぐすっ」
感傷的な気持ちに浸りかけたけど、目元を拭って気合を入れ直す。
失った時間は戻せない。
今はもうフリーで活動して、自分の未来は自分で切り開かなくちゃいけないんだ。
その為には、今回の案件は絶対に失敗出来ない。
今はまず目の前の事に集中! 憧れだったギターヒーローさんに近づけるチャンスなんだからしっかりしなさい愛子!
ひとまずは是非お願いしますと返信をして、あとギターヒーローさんの事を堂々と言う訳にはいかないからもう一度結束バンドの演奏を確認できるだけしときましょう。表向きは結束バンドそのものの取材なんだから、ちゃんと調べておかないと取り繕う事も出来ないしね。
いつものクソ記事作成とは違う、それこそ新宿FOLTに挑む時と同じくらいの気持ちであたしは準備を進めた。
……最初からちゃんとアポ取ってれば取材出来たんじゃねと思ったけど、そこはスルー。
結局チャンスは回って来たんだから結果オーライよ! 勝てば官軍なのよ!
「あ、もしもし店長。佐藤さんですけど会ってもらえる事になりました」
『よぅし。後はあの野郎を締め上げて吐かせるだけだな』
「拷問じゃないんですから駄目ですって」
そこから更に三日後、食事会の待ち合わせ場所に向かってあたしは歩いている。
場所はなんと銀座! 藤原さんが言うには例のご友人とやらがセッティングしてくれたみたいで内心かなり舞い上がっていた。
いわゆるザギンでシースーってやつ? これはもしかしてかなり上位の業界人なんじゃな~い?
ニヤニヤしそうになる顔を必死に押さえつけて待ち合わせ場所に着くと、そこには既に藤原さんが居た。
「藤原さん、お疲れ様です。お待たせしちゃってごめんなさい」
「あ、ぽいずんさんお疲れ様です。ご足労頂きありがとうございます」
「いえいえ。こちらこそありがとうございます~」
前回とは様子が変わって穏やかな笑顔を浮かべながら藤原さんは挨拶をしてくれる。
まぁ向こうにとっても情報発信の手段は欲しいだろうからね。表面上は穏やかでも値踏みされているのはあたしも同じだって事を忘れないで警戒はしておかないと。
「ところで、ご友人の方はまだ来てないんですか?」
「そろそろ来ると思うんですけど……」
質問に対して藤原さんが答えようとした瞬間、ヌゥッとあたしの後ろから体を覆う様に影が下りた。
へ、何これ? 夜とはいえ街灯が明るい街中でこんな事が起きるなんて……
「いよぉ佐藤。久しぶりだな」
声を掛けられた瞬間、あたしの心臓は止まった、ような気がした。
聞き覚えのある声の方向へ、ギギギと錆びついたロボットの如く顔を向けると、そこには居たのだ。
あたしの頭何個分もデカイ体、スキンヘッドにサングラス、革ジャンにジーンズというどう見ても輩にしか見えない大男。
こんな人物二人も居ない、かつてあたしに仕事を教えてくれた先輩が目の前に居た。
「オ、オヒサシブリデス……。カジワラサン」
「つれねぇな、そんなよそよそしい態度取らなくていいじゃねぇか。久しぶりに会ったんだ、今日は楽しくお喋りしようぜ」
目の前のタコ入道は笑顔を浮かべて言うけど……そんなん出来るかぁ! っていうか何でこの人がここに居るのよぉ!?
ガマの油みたいに汗をダラダラまき散らしながら藤原さんの方に駆け寄り、少し離れた所に手を引いて連れて行く。
(ちょっと藤原さん! あなたあの人とどういう関係なんですか!?)
(えっと、家の近所にあるスタジオの店長さんでよくお世話になってるんですよ)
(はぁ!? スタジオの店長!? ライターじゃなくて!?)
(そこら辺は私からは言えないので本人から聞いてくださると幸いです。でも音楽業界に詳しいのは本当ですよ)
「まぁまぁ佐藤。積もる話は後にしてひとまず店に行こうぜ。今日は俺の奢りだ、好きなだけ飲み食いしていいぞ」
ひそひそと藤原さんと話していたら件のヤクザ面が肩にポンと手を置いてきた。
ぐぎぎぎぎ……! こんなの計算外も計算外だわ! でもここで帰りますなんて言ったら折角のチャンスが……!
結局あたしはどうする事も出来ず、一気に重くなった体を引きずる様にお店へ歩みを進めるしかなかった。
ちなみに道中はあたしの両サイドを藤原さんと海坊主が挟むように並んで歩き、気分はロズウェル事件の宇宙人状態だった。
「それでは、ひとまず乾杯という事で」
「乾杯」
「……どうもです」
藤原さんが音頭を取ってひとまずは食事会が始まった。この人、この空気の中で堂々と始められるとか図太いわね。
「っていうか藤原さん。もしかしてあたしとこの大男の関係を知っていたんですか?」
「おっと佐藤、美空ちゃんを恨むのはお門違いだぜ。たまたまお前の事を相談されて、無理を言って同席させてもらったんだ」
「ふーん、そうですか。あと店長って何ですか? ライターは辞めたんですか?」
「その通りだ。お前が辞めた後一年経ったくらいでな」
「何ですかそれ? あんな偉そうに説教してたクセに辞めるとか、人の事全然言えないじゃないですか」
「……あぁ、そうだな」
考えるよりも先に口が動き、その度に胸の奥がズキズキと痛む。
……あー、しまった。藤原さんが傍に居るのに早速やっちゃった。それに、本当はもっと言わなきゃいけない事がたくさんあるのに……。
半ば自暴自棄になって俯いていると
「佐藤」
と梶原さんが声を掛けて来た。
その声音は真剣で、反射的に姿勢を正すと。
「すまなかった」
テーブルに手を付いて、頭を下げる梶原さんの姿が目の前に飛び込んで来た。
「あの時、俺はお前の意見を頭ごなしに否定するだけだった。今更謝った所で自己満足に過ぎない事は分かっているし、殴りたいなら好きなだけ殴ってくれて構わない。こんな形でしかケジメを取れなくて申し訳ない」
……うぐぐ。ふぎぎぎぎ……! くっそぉ……! 何なのよ、本当にもう!!
「そいうのやめてくれませんか!? 調子狂うんですよ!!」
あたしはあたしでテーブルをバァン! と叩いて、勢いのまま自分のビールをグビグビと飲み干す。飲まなきゃやってられんわこんなの!!
「あたしは自分の意志でフリーになったんです! 今更梶原さんに謝ってもらっても何にもならないですしそんな時間無駄ですからさっさとネタになりそうな情報でもくれませんか情報交換の場も兼ねてるんですからいいですよねそれにあなたを殴ったらこっちの手が壊れますし!?」
一息で肺の空気が空っぽになるまで言い切り、またグビグビとビールを飲む。早くも一杯目がなくなっちゃったけど別にいいわよね奢りだし。
ふーふーと息継ぎすると少し冷静になって来て……本当に言いたい事を言うなら今しかないという決意も湧いてきた。
「……あたしの方こそ、あの時は申し訳ありませんでした」
そう言って、テーブルに付く勢いで頭を下げる。
「一人になって初めて、梶原さんが言っていた事が嫌という程分からされたんです。どれだけ良い記事が書けたと思っても、実績の無いあたしみたいな若造は誰も相手をしてくれなくて……。梶原さんが傍に居てくれたから良い経験をさせて貰っていたのに、それすらも自分の実力だって勘違いしていたんです。だから、その……ごめんなさい」
「……ネットにあったお前の記事、全部読ませてもらったよ。炎上商法みたいな真似は辞めて欲しいのが本音だが、その中でも光る物もあった。お前はまだ若いんだから、焦らず丁寧な仕事をしていけば必ず見てくれる人が居る。他ならぬ美空ちゃんがそうだ」
「え……。そうなんですか?」
「私だけじゃないですよ。新宿FOLTの店長さんも評価してくれていました」
藤原さんの方を見ると、彼女は優しくニコリと微笑んでくれた。
そして手をポンと合わせ、あたし達に言った。
「まぁ私の事はさておき、お二人は仲直りしたいって事でいいんですよね?」
「あぁ。そう、だな」
「えっと……まぁ、そうですね……」
「じゃあ、お互い謝ったのでこの件はもうお終いって事で。さっきぽいずんさんも言った通り、ここからは情報交換も兼ねた交流会と行きましょう!」
「ははは、美空ちゃんの言う通りだ。その方が建設的だな」
「はぁ……。中々強引ですね藤原さん」
「あら。そうしたいって言ったのはぽいずんさんですよ?」
藤原さんは悪戯っ子みたいな笑顔を浮かべるけど、この人なりの気遣いなんだと思う。
うん、そうよね。いつまでも過去を引きずってないで、前を見て進まなきゃ。
チラリと梶原さんに目配せすると、ニカッと久しぶりに豪快な笑顔を見せてくれて、釣られてあたしも笑ってしまった。
「それじゃ、改めて」
『乾杯』
空っぽのグラスを打ち合わせた音は、不思議と透き通った綺麗なものに感じた。
「そもそもお前なぁ、アポ無しで突撃した上に何だその恰好は? あからさまに不審者過ぎて警察呼ばれなかったのが不思議なくらいだぞ」
「なによもー! 結局説教が始まってるじゃないのよー!!」
数十分後、あたしは目の前のタコ入道からネチネチと小言を言われていた。
「だいたい、自分だって今と変わらない輩みたいな格好してたじゃないですか!」
「俺のは見た目と仕事での真面目な姿勢のギャップを狙ってやってる業なんだ。単に印象を残そうとキャラ付けに必死で痛々しいお前とは違うんだよ」
「びええええええん! 藤原さんあいつがいじめるー!!」
「よしよし。もう店長、あまりいじめちゃかわいそうですよ」
個室なのを良い事に泣きながら藤原さんに助けを求めると、優しく抱きしめて頭を撫でてくれた。あ、藤原さんって結構着痩せするタイプなのね。その柔らかさ誉れ高い。
「美空ちゃんに甘えんな。今回の取材の件だってちゃんと結束バンドのライブを観たのか? もしネタ記事目的で書こうってんならその時は」
「その時は……?」
「埋めるしかなくなっちまうなぁ」
「あんたが言うと洒落にならないんですよ!!」
見た目ヤクザなんだから冗談に聞こえないのよ!
「でも、ぽいずんさん。私も結束バンドを取材する理由を聞いてみたいんです」
「うっ……」
体を離して藤原さんの顔を見ると、さっきとは打って変わって真剣な表情と声音だった。その上綺麗な空みたいな眼をしていて、問いただすのではなく純粋にあたしと向き合いたいという誠実さも感じた。
……この人からすれば教え子達の将来に関わる事だし、ちゃんと理由を聞きたいのは当然よね。それに、あたしの事が怪しいと思っていたならそもそもこの会合だって最初から断っていたはず。
ちゃんとあたしの記事を読んでくれて、その上で会って話をしてみたいと思ってくれたのなら……あたしも取り繕ろわないでちゃんと打ち明けないと、人として本当に終わってしまうと思った。
「……ごめんなさい。最初のきっかけはギターの子がステージからダイブした動画を見て、それをネタにしようと思ったからなんです。そこからSNSの動画を見ていたら……その……ギターの子がギターヒーローっていう動画投稿者なんじゃないかって思って、それを確かめたくて取材をしようと……」
「お前なぁ、そんなパパラッチみたいな事をしたいからフリーになったんじゃねんだろ。言ってみろ、何でライターやってるんだ?」
「それは……自分で良いと思ったバンドをもっと知って欲しいからです」
「なら結束バンドの件は諦めろ。そんな理由で取材をするんだったらバンドにもお前にも何の為にもならねぇ」
「待ってください、梶原店長」
言葉の端から怒りが滲み出ている梶原さんに臆する事なく、藤原さんが手で制してくれた。
「ぽいずんさん。一回、あの子達のライブを観に来てくれませんか?」
「え……? い、いいんですか?」
金輪際接触NGなのも覚悟していたから、思わず訊き返してしまった。
「映像と実際に観るのだと全然違いますからね。一回はちゃんと観てジャッジして貰わないとこっちもスッキリしませんし、ぽいずんさんに良いと思ってもらえる自信はありますよ」
「おいおい美空ちゃん、甘すぎねぇか?」
「まぁまぁ、そう言わずに。それに、あの子達は本気でメジャーデビューを目指しています。その想いを実際に受け止めて、ぽいずんさんが本心でどう思ったのかを聞いてみたいんです」
「……あたし、忖度しないで本当に率直に評価しますよ?」
「構いません。そういう評価こそ今後の為に必要ですからね」
「そもそもチャンスを貰った側なんだから偉そうに言うなよ」
「うるさいですね! 分かってますよ!」
申し訳なさと有難さが混ざりながらも、居住まいを正して藤原さんに向き直る。
「ありがとうございます。是非一度、ライブを観させてください」
「よろしくお願いします。ありのままの、あの子達のライブを楽しんでください」
そう言いながら浮かべる藤原さんの笑顔は、この上なく屈託のない眩しいものだった。
なんだかんだでぼざろ界でまともな常識人枠のぽいずん氏にあまり悪者ムーブをさせたくなかったので早々に和解ルートに持って行こうと思いました。
それにしても話が進めば進むほど会話を書くのが難しくなるのはどうにかならないのか……。